シバケンの単なる雑談NO.143

雑談NO.141 雑談NO.142
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雑談NO.110 雑談NO.120 雑談NO.130 雑談NO.135
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雑談NO.10 雑談NO.20 雑談NO.30 雑談NO.40 雑談NO.50
題目一覧表

目次

雑談NO.144

NO.1700 見舞いの話(10)

NO.1699 見舞いの話(9)

NO.1698 見舞いの話(8)

NO.1697 見舞いの話(7) 点滴とオシッコが仕事の話

NO.1696 期末総会の話(3)

NO.1695 期末総会の話(2)

NO.1694 期末総会の話(1)

NO.1693 見舞いの話(6)

NO.1692 見舞いの話(5)

NO.1691 見舞いの話(4)

雑談NO.142


NO.1691 見舞いの話(4)

いやねえ。
実は、その日、、見舞いの日の、日曜日。
朝から、寝違いでねえ。首が回らんでねえ。
正直には、難儀してたです。寝違い故、本日、行くは止めるも、云えへんし。そこまでの、大層なるの、話、症状で無く。
オッとの、以来、3日経ったの、本日<16日>になって、解消してるですが。

この日、電車、JRでの、行きしなから、大変でしたです。
イヤ、思いの外、満席でして。座るは出来ず。立ったままで、京都駅まではなと。吊革を持ってたですが。両腕挙げて。コレ、1つに、寝違い解消対策の積もり、なれどの、効果無く。
一旦、挙げたら、下げるに一苦労の、腕、サと下げられへんでねえ。

云うとくの、四十肩、五十肩を知らんです。
腕なら、挙げるに苦労せず。回すも出来るし、回転もと。
ついでになら、余計なるの話の、何故に、六十肩、七十肩が無いの、やろなあと。又、四十肩、五十肩になったら、以降、ズと、腕上がらんのか、自然に治るのかも、知らんけど。

イヤイヤ、首が回らんだけで、その他、どもあらへんですが。
1つには、その前日の、「芋煮会」で、久しぶりの畑仕事で、常平生、使わんの筋肉使たが、災いしたの哉と。とも、思たりも。

どちにしろ、本日には、解消してる故、ホと、安堵してるですが。
このまま、永遠に、首回らんよになたら、えらい事と、危惧してたわと。
当世、色んな事に、危惧致すですが。

そんな次第の斯くなるでの。
妹婿母の見舞いなれどの、話、弾んでねえ。お母さんが、想定外の元気で、よお、喋ってくれてねえ。
大体は、こんなに喋るの方でも、あらへんでして。少なくともの、従前まではなと。そもそもがの、こんな具合に喋るの機会も無かった。とも、云えず。
ソラ、何回、見舞いに来てるの怪の、先の通りの、一度や、二度であらへんの、三度でも無いの、此度、五度目。
ンの、考えたら、よお、入院したはるんやなあと。

一番最初の、宇治の、「徳州会病院」の時には、子宮に出来物と、するのか、出来てての、その摘出手術でしたですが。
コレ、見舞いと、するよりは、手術の時の、立ち会いと、するのか、何やろねえ。手術室には、入れえへんしで、終わるまで、待機してたですが。当然の、無事に成功で、現在に至ってるですが。

手術の立ち会いなら、結構、してるです。
「京都市民病院」での、母の、胃の手術の時にも、立ち会いしたし。この時には、誰が居たのか。柴田の、叔父、叔母も居たよな、記憶がと。妹夫婦も、当然の、嫁はんも、息子共も居たですが。
コレ又、無事にで、オトトの、相当以前の話やでの、当方、40代前か、頃でして。
よ考えたら、皆、その分、若かったんやと。
よて、聞けば、サと、出向いたわと。

婿母の事に絞れば、白内障が二度目での。
この時には、当家、母も、嫁はんも、息子共はどやったの哉の。多分なら、全員一緒に、見舞いに行ってるわの、洛西ニュータウンの、当時なら、「関西医科大学病院」でして。
その辺り、白内障の手術なんか、生命に影響あらへんですが。失明の可能性なら、あるですが。

それ、云い出したら、我が母も、嫁はんも、白内障の手術してるです。
当家なら、当方のみ、視力、目だけは、大丈夫での、メガネ知らず。現在唯今なら、ロー眼が可成り進んでるですが。進んでても、メガネの必要性あらへんわと。只なの、細かな文字、読むは辛くなってるです。
にも関わらずの、斯くの如くの、パソコンに向かいの、文字入力なるは、裸眼。
むしろの、メガネなんか、掛けたら、目が疲れてね。長くには、保たんわの、頭痛までが、して来るです。
よて、周辺、暗い日、曇天の時なら、時偶には、ロー眼鏡掛けるですが。時間長めは、避けてるですが。

オッとの、トットの、何の話怪の。
基本、見舞いに来られるよりは、見舞いに行くの立場の方が、ええに決まってるわと。

そんな事で。
婿母とは、昔話もしたですが。
直近で、一番に元気な時、滋賀の時なれどの、姪の子、長男が産まれ、里帰りしてたの時、やったの哉の。
祝いに参じたの、その帰り、やろねえ。
イヤ、妹宅に行ったの、その目的をよ覚えてませんの、帰り。お母さんが、どこかえ行って、走って戻って来やはてねえ。

イヤイヤ、手には、シフォン・ケーキを持って。持ち帰ってくれと。友達が作ったんやと。へえと、オオキニと、有り難く、戴いたですが。
云うてるは、再度の、シフォン・ケーキを手に走って、戻って来やはったと、申してるです。6年程の前やったの哉と。
イヤ、この当時なら、80代にならはったの頃なれどです。走れてたです。

実は、その後、1年経ってからでして。
左半身不随になったがです。当人、曰くに、5年前でして。この時の、入院先が、「大津赤十字病院」。
可成り、落ち込んだはってねえ。無理からぬの、事、なれどです。
結果的、以来、車椅子でして。

云うたって、骨折で無く。リハビリ重ねの、ある程度は、動くよには、成ってるですが。
そして、伏見に引っ越して来て、左半身不随をついついの、忘れてもての、ディ・サービスの時、落としたモノを取るに、車椅子から、ズリ落ちてもての、骨折でして。これの、入院先が、伏見の、「大橋病院」。

当人、曰くの、返す返すの、この5年が辛いと。
自力で、歩けぬが、でして。
とは云えどの、リハビリで、足も、腕も、或る程度は、動かせ、手摺りを使てなら、監視もいるですが。歩けるよになってるです。

イヤ、当人、見せよかと、申す故、イヤイヤ、そんな事、してもらわんでもと。
さっきから、左足なら、動いてるは、見てるわと。左腕も、充分に、動いてまして。
只なの、リハビリ程度では、自力で、1人で、歩くは辛いやろと。
とは、当人には、云うてえへんけどや。

そらなあ、年齢問題あるわと。モすぐにも、90歳。
車椅子生活、移動で、歩くに耐えるの、腰、足、鍛えるは、相当なると。

曰くに、皆、歩けて、ええねえと。
あのなあと。
我々、今から、この歳から、歩けんよになったら、大変やと。
10年、20年早いし、早い、遅いも、お母さんの、その歳まで、生きてるも、分からんわと。
(16/03/17)


NO.1692 見舞いの話(5)

一件、一件、片づけてるですが。
1つは、母の一周忌の件。
親戚筋に順々に連絡とするのか、出欠の確認でして。ノブちゃんの動静分かった故で、加速してるですが。

柴田の方は、叔父、叔母は諸般、遠慮で、遠慮理由、歳と、体調。
代行で、息子<従兄弟>が行かせてもらうと。
コレ、下の叔父に電話で、聞いたです。上の叔父<他界>の娘<従兄妹>と一緒に、行ってくれるみたいやと。そかと。
そかでは、済ませられませんでして。その事、聞いたと、そっち、叔父嫁<叔母>にも電話で、確認致し。

次ぎ、母方の、従兄弟にも、しかるべくの、電話で問えば、上の伯父の次男<従兄弟>から、夫婦で、来てくれると。そかと。再度の、集合場所でもあるの、当家、菩提寺の場所等々、説明致し。
そらなあ、ここまでは、母方親族が、菩提寺にまで、来るの用事無く。

祖母の、親父の葬儀には、母方親族、当時なら、伯父<下>なりが、来てくれたり、してたですが。
イヤ、大体が、その手、仏事に、上の伯父の方なるは、疎遠でして。殆ど、下の伯父が代行してたですが。
ここまでは、柴田なり、祖母の出生でして。母方には、関係してませんでして。年会には、声、掛けてえへんでねえ。菩提寺<光圓寺>、墓所<東大谷祖廟>の事も、円山公園の、「いそべ」も、知らんやろと。

母方、津崎家なら、菩提寺、右京区の、妙満寺で、そこに墓所あるです。
会席なら、諸般、その都度、方々にて、でして。
要は、菩提寺に、墓ある故、簡単でして。一々の、当日の、行程、説明しんでも、宜しくて。
とするのか、墓所は一緒で、会席は場所、違うですが。大抵なら、当日、初めて、聞くですが。

いやなあ、細かな話、当家のは、京都の、ド真ん中、中心部でして。車の場合、駐車場の心配あるわと。
特には、5月3日、なるは、大型連休でして。ましてやの、祇園界隈、観光地でして。車の置けるの場所、あるのやろかと。
円山公園、「いそべ」にしたって、円山公園内やしなと。「東大谷祖廟」のソバ故、そこの、駐車場に車、駐めても、2時間以内に、墓参と、会席、終わらんわと。
イヤ、「いそべ」にも、駐車場と、するのか、敷地内と、するのか、場所あるですが。駐められるは、数台でして。

云うてるは、車で来るのかを、明確にしとかんとと。
要は、当家、当日、車ン台ですと、云うとかんと、先方、「いそべ」の都合もあるやろと。云うたって、その台数で、行けば、「いそべ」に何とか、してもらわんと、仕方が無いけどや。

オッとの、そんな事で、コレ、母方従兄弟、ヨシノブには、そのよに、返答貰い、車どするやで、概ね、状況、承知故に、車は止めると。そかと。
そかも、実際には、少々の困るですが。その分、誰かの、車の空き席あれば、乗せてもらうの、調整せねばと。

での、ノブちゃんの件も、チラと、話を致しまして。要は、欠席方々、動静をと。
云うといたらんと、ヨシノブからも、従兄弟での。同じの、津崎家でして。
そして、モ一軒、津崎家の、従兄妹が居てるですが。こちには、本日、連絡付かず。

での、別途の、モ一件。
2月29日の手術云々の、元ワコー電器の、カツノリなれどの、本日も、モ一発、ケータイしてみたですが。留守電でねえ。
ケータイで、留守電ねえ。チョと、心配でして。
コレも、イザとなればの、黒君に、その旨伝えの、極最近の様子を尋ねるなり、確認させるなりは、出来るですが。

ほんとにねえ、諸般、気忙しいの、事でして。
ででの、手術のは、別途の話での。
歳喰て来たら、実の、義理の、兄弟姉妹も、相応に歳取ってもての、或いは、同じに、亡くなってもてての、実の、義理の、甥、姪の世代に替わるわと。
その甥、姪にしたって、皆、ええ歳になてもてての、当方、息子にしたって、この歳やと。
そ云うたら、電話の際、ついでに、下の叔父に、何歳になったんやと、問えば、87歳になるんやわと。へえの、そ云うたら、当方も、しかるべくの、歳やったんやと。ついついの、叔父達に電話して、話、してたら、自分の歳、忘れてまうわと。


オトトの、トッとの、そんな次第の、妹婿母の見舞いの話に戻すですが。
言葉選ばずの、そらなあ、我が血縁親族に非ず。見舞いも、気楽は、気楽やわと。そらなあ、血縁親族の見舞いとでは、気分、全然の違うで当然でして。
東京の叔母、上の叔父の時は、そらなあ、気分的、深刻でして。

順番的になら、その次ぎが、下の叔父嫁の時でして。
深刻は、深刻も、血縁の、叔母、叔父とはなと。ソラ、差があって、当然での。
そこから、比べたらの、妹の義理の母での、当方からしたらの、姻戚でして。
オッとの、そらなあ、見舞いには、行くの、コレ、言葉選ばずの、妹のタメでして。

それもあるし、妹一家、滋賀大津から、伏見に引っ越して来て、婿母に会おたは、「大橋病院」に、入院の、見舞いの一度だけやわと。
妹宅になら、何度か、行ってるですが。その日、ディ・サービスなりで、居たはらへんでねえ。よて、ええ加減の、3年ブリ程になるの哉と。
イヤ、大津宅でなら、訪問の都度、会おてるわと。

にしたってなあ、ここだけの話の、このお母さん、なるは、始末家でねえ。
我が母とは、性格的、真反対、正反対、とも、云えて。

それもあるし、表面的になら、当家は、ズと、一緒。云うたら、自然に一緒。モと云うたら、昨年他界するまで、一緒。
妹夫婦の場合、姪が産まれてから、独立したです。そして、滋賀大津に引っ越して、年月、定かに、分からんのけどや。概ね、10年、別やったの哉の。親父様、他界で、数年後に、一緒に暮らすになったの哉と。
その10年の間なら、親父様の、入院の際の見舞いと、葬儀の時と、ご当人様の、白内障手術の時、見舞いで、お会いしたの、3度でして。3度の筈でして。

ここの、親父様、阪神ファンでねえ。
兄さん、兄さんと、誘われ、好きでもないの、阪神と、当時大洋<現、DaNA>であった哉の、大洋に、シピンが居た当時、甲子園球場に一緒に行ったわと。
この、シピン、何故に記憶かと、なればの、ヘルメット被って、守備に付き。多分なら、2累手なれどの、大体が、日本野球をバカにしてるの証左での。後年、巨人にも入団したですが。いらんのにと。
オッとの、当方なら、巨人ファンで、どでも結構なるの、観戦でして。試合結果も、覚えてえへんわと。

イヤ、母、嫁はんと、3人、呼ばれてねえ。
妹婿殿の親父様の誘い故に、兄として、断るのもなと。コレ、妹が結婚したの当初での。

とまあ、そんな話、までは、してへんのけどや。
そらなあ、当方、基本、妹の、兄でありの、親替わり、みたいなモンでして。
当人、妹、そこまで、考えてえへんと、思うけど。
(16/03/18)


NO.1693 見舞いの話(6)

さての、本日、従兄弟達の最終的、出欠判明したです。
オッとの、母の一周忌の、でして。

イヤ、本来ならば、当方の、従兄弟で無く、母の、義理のを含むの、その兄弟姉妹なれどの、居てませんでして。居てても、高齢なり、体調の問題にての、出て来るが大層でして。
葬儀でもあるまいにの、無理して出て来るの事もと。

云いたいは、その従兄弟達も、結構なるの年齢でして。
云うたって、当方、一番の年長なれどです。
とか、云うたって、来年には、古希でして。ンの、古希なるは、満年齢で無くの、数え年故、現在、古希なんやなと。
とかとか、云うたって、当人、そんな歳と、自身では、思て無くてね。
ンの、それも、語弊あるの、自身の年齢、自分が一番に分かってるわと。

云うてるは、自身の抱くの、古希の様子、受ける印象からしたらの、信じられんの意での。
コレ、以降も継続するので無い怪と。
この辺りの、意味、伝えるは、難しいのけどや。
イヤ、誰しもの、自分の年齢考えたら、概ねの、意味合い、分かるやろと。

いやなあの、こんな時にしか、親族にも、電話しませんでして。
したら、したで、諸般の話も致すですが。中には、ゲとなるよな、話が飛び込んで来たり。
コレ、下の叔父との話の、自身で、曰くの、胃ガンですて。えと。
当人曰くに、内視鏡で、一度、除去してもろたけど、取り切れてえへんでねえと。それやったら、モ一遍、やらんと、あかんやないか。
モええのやなあ。この歳やしなと。ンの、何歳になったんや。モすぐにも、87歳や。へえと。
へえも、ほんとは、計算したら、分かるですが。自身の年齢と、比較でなと。

トッとの、暢気な事、云うてる場合で無いわと。
分かってるなら、相応の手立てをと、相成るですが。この辺りの、歳の方、この手の事、云うを散見致すです。
そらなあ、有り体には、先、長くはあらへんでして。ここから、10年は、可能性あるも、20年ともなればの、軽くの、100歳突破で、110歳接近。
ここから先、死生観、人生観もあるですが。何歳になっても、どんな形であれどの、生存したいのと、モええでと、考えるの、2分されるです。
くれぐれもの、自身の、寿命、自身で決めるは出来ませんですが。

ンの、よ考えたら、妹婿母と、叔父と、そんなには、違わんのやなあと。
にしたら、我が叔父、まだまだの、元気での、足元、ふらつくものの、階段も登ってるし、とりあえずは、1人で、暮らしてまして。まあなあ、ソバに、息子<従兄弟>も、居てるしと。

でや、この手の事、云うてたは、当方、区長時代、大井神社の宮総代、してた方での、当時で、70代、後半哉と。所謂の、当方とは、20歳は差がありの、現在、生きたはったら、100歳か、それに、近く。
諸般で、親しく、話の出来たの方での、以降、出先、出先で、会えば、世間話もしてたですが。ここ、数年、見てませんでして。ソラ、100歳近く故、方々に出歩くも、難しく。生きてはったらなの話、なれどです。
あっさり、癌やと。へえの、手術はと、問えば、しやへんと。この歳故と。

確かに、若いと、癌の進行、増殖も早いけど、加齢と共にの、進行鈍足化もあって。
それと、手術に耐えるの体力の問題もあるです。云うたって、当世、内視鏡で、除去出来るもあるですが。
とか、云うたって、状態にも、寄るですが。
とかとか、云うたって、分かってるなら、何とか、しやへんのか、出来んのかと、当方的、思うですが。
とかとかの、とか、云うたって、先の通りの、永遠には、生存出来ずの、人生と、するのか、或る程度の年齢になれば、達観もと。
そらなあ、どこえでも、自由に自力で歩けて、走れてたら、そんな事、考えずの、手術でもと、相成るですが。ええ歳になって、諸般、不自由、無理出来ずの年齢になれば、その考え、決断するも、分からんで無く。
当方でさえが、この、分からんで無くが、分かって来てるわと。


オッとの、それでや。
話、戻しての、見舞いの話。
結構、話、弾んだですが。基本、入院患者の見舞いでして。
そんなに長くは、想定してんへんでねえ。そらなあ、疲れやはるわと。息子、嫁、兄弟姉妹、孫、甥姪の見舞いであらへんわの、息子嫁の兄夫婦やわと。
かと、申しの、年月経ての、相応の親しくなってるですが。そらなあ、知り合おてからの、年数、会うの回数、時間の積算でして。

での、ぼちぼちのと、退散するかと、その矢先、モ一寸、待ってくれへんかの、妹の娘、当方の姪なれどの、その一家、婿殿と、その子ども達が、来るですて。へえと。
あのなあの、今から、マダ、待つの怪の、そんな話、知らんがなと。
姪宅からなら、ここまで、30分や、一時間掛かるやろにの、待ってえなと。

先の通りの、本来的、ここまでの、長々の話、するの積もりしてへんでねえ。
所謂の、見舞いも、常識の範疇なるが、存在致すわと。当方的になら、当人からしたって、血縁でも無いの、単なるの、嫁の兄夫婦やわと。極端になら、昔からの、知り合いの、1人に過ぎんわと。
特段の、混み入ったの話も、しませんでして。
何度でもの、見舞い故、患者主体の話での、我が母の事も、問われんの限り、こちからは、一切の話せず。くどいけど、先様主体。
そもそもがの、あれから、9箇月も経ちの、覚えてるの怪の範疇での。そもそもがの、知ってるの怪もあってね。

いやなあの、当方、電車、JRで来てる故、精々が、10分、20分の面談、見舞いで、お暇するの積もりでの。帰りは、京都駅、伊勢丹か、「京すいしん」ででも、昼食をと、思ててね。
そらなあ、10時に山科駅での、そこから、音羽病院まで、10分も掛からんの、半には、御見舞終わってもての、間違おても、11時には、京都駅に着いてるの程度に思てたわと。
11時なら、チラと、伊勢丹探索での、適当なるの時間に、昼食を、でして。「京すいしん」も、11時半開店やしと。

びくりしてたら、ンの、妹夫婦が、山科駅で、待ってるの時、ケータイに電話があったですて。
今から、行くと。へえと。
よて、モ、ぼちぼちにでも、着くの頃かと。ンの、それを先に云えと。
こちにしたら、これから、出発、来るを待つの怪の解釈でして。まあなあ、既に、出てるなら、待ってもと。
云うてるの間、暫くしたら、到着したみたいでね。正直、ホと安堵したですが。
そらなあ、こちの、積もり、予定もあるわと。大した予定でもあらへんのけどや。

但し、子どもは、当、病棟には、入れませんですて。
別途の棟なり、玄関先ですて。子どもの菌は、結構強いのらしく。
かどかは、正確なるは、知らんけど。
よて、どちにしたって、姪到着の、談話室に現れの、こちの、全員、玄関先えと、移動するに相成って。
(16/03/19)


NO.1694 期末総会の話(1)

3月19日、20日と、神戸、長男宅えと。
目的、遅い、ホワイト・デーの、孫娘の服でもと。云うたって、孫君1号、4月には、ピカピカの1年生故、その祝い。等々、色々あってねえ。

その話は、後刻にでも、気が向けばの、致しの、昨日<3月21日・春分の日の振り替え休日>、町内会の、「期末総会」。
イヤ、出席してるです。
余り、批判的なるの見解、遠慮しとくです。

いやなあ、本来的、諸般の意見、提案するの積もりしてたですが。「期末総会」で、出してもなと。コレ又、遠慮したです。「期末」で、今更なと。次期に引き継ぐだけなれどの、総会資料、チラ見したなら、その引き継ぎ会も、終わってもてるのみたいで、ねの、へえと。
そらなあ、「期末総会」にて、次期役員、承認得てからがホントなれどの、なと。不承認に成る事、あらへんのけどや。されどの、手順がなと。どでも、結構なれどです。
さりとての、次回、次期、役員によるの、「期首総会」でも、どするやを悩むですが。諸般の意見、出すをです。

当方も、歳なんやねえ。
面倒臭いが先に立ち。次期区長だけを見た場合、真面目にお役目、遂行すると、予測出来るですが。
他がなと。有り体に申すも、チョとなと、遠慮しとくです。

イヤイヤ、三役三名様の、概ねの、性格、為人なら、承知してるです。
云うたら、区長は、まあ、ええ人でして。気軽に話もしてるし、同年配でして。一緒に、大井神社の神輿にも、参加もしたし。まあ、云うたら、よっく、承知してるです。
誰様とは、申さんの、役職も遠慮しとくの、一役、学齢でなら、5歳下なん哉と。
モ一役、なるは、当方、区長時代の何での、性格、よっく、知ってもたの、学齢でなら、3歳下でして。

この組み合わせは、どなん哉は、蓋開けてみな、分からんわと。
区長の飄々たるの態度で、案外に、上手く行くの可能性大と、思えてね。
イヤ、当方とは、性格が大きく異なるです。その分、まあ、云うたら、諸般の摩擦、避けられるの哉と。
イヤイヤ、当方の場合、或る意味、真面目に過ぎた、とも、云えて。むしろの、飄々の、ええ意味での、適当にしてたらなと。

はきりとなら、当方、片方とは、気合わんわと。
何故か、先方君、当方をば、毛嫌いしてるを察知してまして。当方なら、適当にあしらうも、失礼なるの表現なるも、その通りでの。まあ、云うたら、所詮、年下でして。考えてるの事、概ね、分かってもてるです。
性格的になら、まるきりの、当方とは、正反対とも云えて。の程度に止め置くです。

モ片方の君なら、我が期での、組み合わせが、拙かった。とも、云えて。
当時のモ一役君、若過ぎたわと。且つは、彼の役職がの、コレも、拙かった、とも、云えて。
云うてるは、会計と、副区長では、立場違うです。それもあるし、2005年からは、11年の歳月経ってもての、その分、歳喰てるわと。歳喰ても、根本的、違わんと、思うのけどや。

いやなあ、言葉選ばずの、要は、使い方次第。
とは、区長経験した故。又、三人三様の、性格、為人をば、当方なりに、承知故、見通し、ある程度、出来るわと。
使い方とは、基本、片方の、なら、頼めば、やってくれるやろと。当方の頼みなら、反対、反対の、断ってもです。相手次第哉と。よ、分からんのけどや。

いやなあの、話簡単には、これ、当方をば、毛嫌いしてると、申してるですが。
当方なら、全くの、してへんですが。するの相手であらへんわの、思考回路なら、読めてる故での。
只なの、当方、言葉選ぶですが、先様、選ばんの分、強いなと。こちからしたらの、あえての、摩擦起こすの気、あらへんでして。されどの、余りにひつこいと、最終的、断言的、確信的、当然の、事実に基づきの、発言する故、黙らせてまうになるです。
ここを、飄々の、適当にと、申してるですが。さすれば、摩擦、生じんけれどの、コレ又、当方の性格やしなと。これが、拙いんやなと。

での、或る意味、次期一役と、現区長とは、似たよな性格、では無いの怪と。
そらなあ、期首当時に、支部長<組長>として、前期区長と共にの、ゴミ問題をば、説明の積もりで、同席したですが。ンの、話、全然の噛み合わずで、どしょ怪と。
当方からしたらの、それが、現区長との、正面切っての初議論での、想定外の方針やなと。唖然、呆然の、されどの、先様、区長の立場故、異論あるも、諸般諸々の、あさりの、引き下がったですが。そらなあ、兎に角の、土俵が違い過ぎたわと。

この、土俵の把握が難しいなと。
どちにしたって、次期区長は、区長として、どかと、なればの、案外にと、申せば、異なれどの、真面目にやるのではと。
飄々と、上手く、使うのではと。諸般の人材をや。多分ならなと。

そらなあ、何度でも申すの、蓋開けな、分からんわと。
気が合う、合わんも、世間話と違うんやと。世間話で、済まんのやと。万事、実行伴うです。
云うたら、人事権の無い、上下関係に相成る故、厄介でして。

その上で、二役なるが、区長に協力してやろの、気があって、成立するの役職での。
所詮、町内会の話での。町内会の、でも、諸般の、考えあってね。

そんな次第の、斯くなるでの、よ考えたら、総会にての、副区長様より、次期役員の、名簿、朗読あったですが。例年なら、起立なり、して戴くですが、朗読、読み上げのみでして。
更には、承認の、拍手も求められへんでねえ。
ンの、正確にはの、厳密にはの話の、承認されて無いになるのけどや。ま、ええかと。

トッとの、そんな意地悪云うの積もり無く。
滞り無くの、今期、以て、無事に終了。おめでとさんと。
いやなあ、年々、無風で、終わってまうよになって。我々当時の、総会とは、様相一変してるですが。理由超の簡単の、モノ申すの方の出席無くなってもたわと。
当方にしたって、一言も、意見、出さんし、出したってなと。
ハヤ、そんな気になってもてて。

イヤ、云うとくの、誰様が、区長であれどの、当方、一区民として、出来るの事、全面的協力致すわと。現にして来てるわと。
区長時代の、総会にての、宣言、公約だけで、実行伴わんで、あらへんわと。
有言実行してるです。

そらなあ、運動会には、チャンと、選手として、立候補。とする程の競技で無いけどや。高がの、玉入れ、綱引きなれどの、希望種目に、明記しの、出場してるです。
神輿にも、声掛かればの、昨年なら、諸般、当家、葬儀出してるの身での、遠慮したですが。最早の、神輿も、最高齢となれどの、出られるの状態なら、出るわと。
コレ、当方の、若さ、健康のバロメーターと、相成ってもて。
それ以外の、町内会行事には、サボらずの、出席してるしなと。
これも、協力の一環やわと。
(16/03/23)


NO.1695 期末総会の話(2)

土俵が違う。
コレ、ナカナカに分からんわと。
会社でなら、毎日の如くに顔合わせ、一言、二言なり、話もするですが。業務にも、関係するですが。
町内会はなと。お隣さんでも、早々に顔合わせませんでして。合わせたら、一言、二言の、場合によりの、詔、四事でも、五事でも、延々の、話するの事もあるけどや。

こみ入ったの話、まではしやへんなと。
まあ、ええお天気ですねえ。そやねえと。基本、天気の話、気温のと。
の程度でして。
これで、為人、性格まで、分かれば、天才、占い師で、神様の類の、まあ、分からんわと。
当方なんか、バカやし、深くも考えずの、自分と一緒にしてもおて。

お隣さんでも、その程度での。チョと、離れたてら、余程の事でも無いと、顔さえ合わすの機会、僅少での。
そらなあ、この地に来て、三十有余年が経つですが。顔だけ知ってるの方も居てるですが。顔さえ、知らんの方も、でして。
オッとの、元々が、当方、人名音痴、地名音痴で、真性、純正音痴で、名前、苗字、覚えるを致さんのけどや。

どちにしたって、区長経験して、良かった面、あるです。
反面、人間性が、見抜けてもての、困るの事よの、世間話以外で、接したら、一発でして。
いやなあ、考えたら、寂しいねえ。期待外れが多過ぎて。有り体には、皆様、自分が一番に大事。オトトの、コレ、誰しもの一緒やけどや。
世のため、人のため、この場合、町内会のためと、誠心誠意、粉骨砕身、我が身、少々の、犠牲になってもなんか、まあなあ、居たはらへんなと。
只なの、以前の区長なりは、当方には、そのよに見えてたですが。事実、そと、思うですが。

年々と、するのか、質、明らかに、落ちて来てるなと。
原因、当方、中身、見えるよになってもたと、申せば、それも、そなれどです。

そやけどなの、輪番制実施以前の、区長なるは、確かに、大したモンやったと。
町内会のためと、必死の、一生懸命、伝わってたわと。
そもそもがの、総会での、区長の服装からして、違うわと。

ここだけの話、でも無いの、当世、普段着で、上座に鎮座のが、多く。まあ、良くて、ブレザーで、ノー・ネクタイ。
襟付きのを、着てるだけ、マシの世界の、こんな、簡単なるの、事からして、格段の差、姿勢の違い、浮き彫りでして。ま、ええけどや。見てるの人、見てるし、見てへんの人、見てへんしと。

オトトの、何の話をしてるの怪と。
諸般、三役の顔ぶれ見て、その期、どなるやを、下衆の戯言的、想像するは、こちの勝手の話の、余計な話の、無責任なるの話の、どでも、ええ話、なれどです。
イヤ、当然にしての、常に区長次第、なれどです。

今期はなの、任期的、残、一週間。
変な話、早々に引き継ぎしてもてましての、ならばの、前期から、今期が、どかとなればの、前期区長、早々に、会議所の鍵、渡してもてねえ。
いやなあ、会議所の鍵の管理なるは、区長たるの証左での、責任での、それを、手渡すは、その瞬間に、区長職、渡すになるの、されどの、任期満了してへんしの、何かあったら、どするやの。

任期満了までは、その期、区長の責任でして。
とは、当方の考えなれどの、どなんやろねえと。常識の世界と、違うの怪と。期と、期の間なるは、微妙なるの期間なれどです。
イヤ、簡単に解決出来るの事なら、任期のが、解決すべきでして。チョと、難題なら、次期区長とも、相談するなりが、常識の範疇と、思うです。一般的にはなと。

いやなあ、知る人ぞ、知るの、知らんの方、知らんの、余所の組なら、無縁での。
ゴミ問題にしたって、前後の、賢い区長は、逃げてもて。その、真ん中の区長、真面目は、真面目なれどの、ミスの連発での。結果的、変な具合にまとまって、もたですが。
不満あるも、表立っては、話、出てへんですが。燻ってるだけでして。

いやなあの、ゴミ問題、運が悪かったわと。
次期なら、多分なら、なれどの、ええ方向に解決見るよに、思えてなと。
云うとくの、三役三人、ゴミ問題に無関係なれどです。
イヤ、区長は組違うですが。後の二役、組的、関係するものの、チョと、家の位置、ズレてての、微妙に、関係してへんでねえ。よて、役員会<支部長会>では、議論されるは無いと、思うですが。

出すなら、次期哉と。
当方、組長なら、出すですが。再検討して欲しいと、なと。
多分なら、逃げんと、予測致すですが。これは、次期区長の為人からの話での。当たり前の、実際のところは、分からんのけどや。

オッとの、三役三人なら、無関係も、組長<支部長>から、出すの可能性あるですが。三つの組が当事者での、その三軒共に、被害者でもあって。
只なの、時、既に遅しの、前期、候補に提案のゴミ置き場なるは、既に、転入者決まって、家も、建ってもてるわと。
勿体なかったなと。

ほんまやでの、前々期、チャンと、してくれてたらの。前期がミスって無ければの。今期、受けてくれてたらの、皆、タラタラのと。
ンの、まの、それ考えたら、次期に当問題出しても、名案あらへんなと。
イヤ、先の通りの、周辺の状況、替わってもての、時、既に遅し、でして。

云うたって、当方に、次善の策なら、存在するですが。
最早の、当方、関係致さんが故、案出すも、出さんも、問題提起あったとての、相談来やへんわと。

事程左様の、皆様、余計なるの事、しとは無いが本音での。
当方、余程にバカやなと。
心は、過ぎたるの話も、引っ掛かってもてて。
解決策、提示の、諸般の案あるも、チカラ、及ばんかったのダケに、残念でねえ。只の、組長やったのダケにねえ。

云うてるは、誰か1人、この一連の、何期かの、区長がなと。解決してやるの、気概あれば、遠の昔に、皆が納得の、方向に至ってるですが。残念無念の、そは、成らず。
これが、輪番制区長の弊害也と。
オトトの、次善の策なら、とあるの、当時の、誰様とは、申さんの、組長には、案、申してるわと。
先様、覚えてるかは、知らんのけどや。
(16/03/24)


NO.1696 期末総会の話(3)

昨日より、鼻水タラタラ。
クシャミが出たり、出そで、出えへんかったりの、ハハハの、ハッハの、オシマイやったり。
出そで、出えへんのは、苦しいねえ。

はたまたの、頭が重苦しいてねえ。呆けっとしてもての。この、呆け、いつも、呆けなれどの、尚更の、呆けでの、集中力に欠けるです。
ンの、いつも、集中力には、掛けてるですが。数段にと。
物事、行動起こすに、億劫でねえ。いつも、億劫なれどです。

ンンの、本日、近在の、耳鼻咽喉科、町医者なれどの、休診日でして。ならばの、別途のもあるですが。所謂の内科なれどの、まあなあ、餅は、餅屋で、専門医の方がと。
実際にも、専門医で、処方して戴くの薬の方が、良く効くみたいに思てるです。

での、そんな次第の、斯くなるでの。
ゴミ問題も、当方、お節介にも、思えてね。そんなモン、実際に苦しんでるの方々、不便に思てるの面々なるが、意見出せばと、思うですが。
勝手に斟酌しての、悩んだり、次善の策なら、あるのにと、思たってなと。基本、当事者が、考え、対応するのべきでして。

実はなの、その辺り、相談なり、するの場が無いです。
イヤ、組の寄り合い、支部会なら、あるですが。その結果を受けて、あの件、どなんやろねえと、仲間内で、コチョコチョと、話題にしの、話合うの場がでして。
結果、誰が、何を、どんな具合に考えてるかが、分からんわと。

ほんまやでと。
会社なら、会議の後ででも、仲間内にての、諸般の話、するですが。町内会では、それが無いわと。
特には、この手、新興住宅街ではなと。余程に親しく、なければ、思うの事も、云えへんし。

事程左様の、この手の話、花粉症と一緒で、スキリの、ハキリと、致さんの、イツも、呆けっとし放しでの、どもならんわと。
いやなあ、組の寄り合い、支部会でも、皆様、思うの事、発言したらと、思うですが。しやへんなあと。
結果、口達者と、までは申さんのが、好き放題。
とまでもは、申さんの、真意計りかねの、よお分からんの、提案したり。

立候補の事、申してるですが。善意か、身勝手の意向かが、計りかねの。概ね、身勝手と、思うのけどや。違うかてみい、失礼千万の、万死に値する程の、大袈裟でも無いけどや。
この手の挙手に対するの、疑問点、ソレ、可笑しので無い怪。
とは、申し述べ難いぞと。

ここで、議事進行役であるの、時の、組長<支部長>なりが、皆の意見はと、問えば、又、云い易いけどや。
そかと、そのままの拍手で以て、承認やしなと。
イヤ、結構は、結構なるですが。

まあなあ、どちにしたって、概ねの、思考回路なら、分かってるが故、その時には、しかるべくの、発言するの積もりしてるですが。
何年先の話怪の、7年先の事やわと。
覚えてるは、覚えてても、その時、花粉症やてみい。鼻水タラタラ、クシャミが出そで、出えへんでの、頭ガンガン、呆けっとしててみい。
加齢の呆けも加わっての、どもならず。

いやなあ、当町内会、当組、この手、モヤモヤが多過ぎるわと。
或る意味、正々堂々の、思うの事、議論にならんでねえ。
皆様、そんな意味では、賢いです。誰かに云わせて、ええよにと。誰かとは、誰の事怪と。

ほんとになあ、このところ、煮え切らんでねえ。
そらなあ、ズバズバ、実名出してもての、思うの事、掲載なら、スカリと、するですが。出来んわと。
そんな事して、訴えられたら、どしょ怪と。

とかとか、最近、諸般、考え過ぎの傾向あってね。
かと、申しの、配慮、思慮、不足で、表現間違いの、顰蹙買うもなと。
独断、偏見、言葉足らずも、アカンしなと。
只なの、当たらずとも、遠からじ。とは、思てるですが。人それぞれでの、性善、性悪、二種類あるは、確かでの。中間もあるけどや。
概ね、性悪説に立てば、正解の場合、多く。


そらねえ、「体育振興会本部役員」なんか、従前、任期決まって無くて。
或る意味、延々のされてたですが。只なの、若手で、スポーツ・マンでして。
これを、延々は困ると、輪番制役員に加えられたですが。異議と、するのか、チョと、変と、意見申し述べたですが。結果的、拍手で以ての、賛成多数で、決まってもたですが。

いやなあ、コレ、輪番制では、2名選出、任期1年でして。何としても、勿体ないなあと。1年で、終わるがです。
それもあるし、ええ歳した、爺様が、本部役員も、出来ひんぞと。出来ん事は無いけれどの、足手まといでね。モノの役には、立たぬわと。
これもなの、実は、時の区長のお役目での。
イヤ、退任申し出あらば、次ぎの役員決めると、するのか、頼み回るがです。
そらなあ、区長が、自分1人で、悩む事は無いの、その方と、協力して、或いは、町内会の、体育振興役員とも、相談致し。

実は、我が期、2名の役員の、1名、会長になり。1名、転出での、2名も、決めるになてもてねえ。
会長になるの方が、1人は自分で、頼みに回ると。1人は、町内会、要は、区長が、やてくれと。
人材、当方に、宛無くの、思い当たらんでねえ。どしょ怪の、当時の、町内会の方の、「体育振興会役員」の協力求めの、頼みに回ったわと。

それが、区長の任務と、思てる故の、事実、任務やわと。
何、云うてるかと、なればの、本部の、「体育振興会役員」については、輪番制役員には、相応しく無いです。
くどいけど、ええ歳したの、爺様、婆様が、当たってもてみい。どするやと。

但しの、輪番制役員に組み込んでもたら、区長の役目、減るですが。云うたって、役員が、退任の申し出あった時の、区長の、でして。無ければ、良かったなあの、範疇での。
要は、区長を次期、誰にするやの、 難題に非ずの、しかるべくの、スポーツ・マンから、誰をと、頼みに回るの、事でして。
ここらが、難しいんやわと。

云うてるは、輪番制役員にしてもたら、以降、歴代区長の役目、減るです。
云い替えたら、負担が減るです。
その面、考えたら、輪番制、結構なるも、任期が、短いなと。
これと、三役なりの、責任の重さを、天秤に掛けてみい。同列での、輪番制は、チョとなあと。
ソレ、云い出したら、区長と、その他、役員では、重さ、全然の違うのけどや。
基本、区長になんか、成り手、あらへんわと。
(16/03/25)


NO.1697 見舞いの話(7) 点滴とオシッコが仕事の話

本日<3月25日>、朝三番。
とは、昼直前。
町医者、耳鼻科に出向いたです。ほんとは、朝二番に行ったですが。大入り満員でねえ。イヤ、車で、外から、チラと、玄関の靴の様子を観察したでけですが。それと、建屋の駐車場の車の数でして。
ここは、三台しか置けませんですが。
近在には、スーパーがあるし、大駐車場があってね。大体は、その気なら、歩いてでも、行けるですが。
それでや、朝二番の様子から、間を置いてと、11時半頃、出向けば、丁度、良い具合の先客、患者、一名様のみでの。待ってるの間に、更に、一名様の、ええ具合でねえ。

での、更に、それでや、呼び出しあって、どんな具合ですかと、問われの、鼻水タラタラ、クシャミに、頭がガンガン。ついでに、目がジャリジャリの、砂利と、症状訴えたら、モ杉は2月で、終わってるしの。
今は、ヒノキやねえと。来週一杯、続くですねえと。

云い乍らの喉の具合も、診て戴きまして。ンの、チョと赤いけど、まあ、ええかと。花粉のアレルギーの薬を処方しときますと。目の方も、その目薬を差してくださいと。
ハイと。有り難う御座いますで、終わったですが。
ンの、柴田さんも、六十ン歳にならはったですか。ハイと。1月から、その歳ですと。
云うたなら、花粉症も、ボチボチの軽くなるですねえと。へえの、そですかと。
ども、この手のは、加齢で、症状軽減されるの怪の、ええのやら、悪いのやらの、複雑怪奇なるの気分。
ソラ、花粉症にサイナラ、結構も、その分、歳喰たになるみたいでね。

そんな事、考え乍らの精算致しの、薬戴き、有り難う、御座いましたと、お暇しての、直後。
先刻の、妙齢の美女、看護師が、血相描いて、玄関から、出て来て。柴田さんと。ハイと。
何事怪と、思いつつの、返事したなら、お釣りをと。
ンの、忘れてたみたいでね。これも、歳哉の、すみません。有り難う、御座いますと。


そんな次第の、薬服用も、今だ、効果無く。鼻水タラ、クシャミと、今度は咳も加わってもて。
鼻水も、次第に粘度が増して、鼻の穴が塞がれてもての、コマツタなと。

ででの、そんな話は結構の。結構でも無いけどや。こちの方が、当方的、大問題での、おまけで、便秘症状も加算で、マグミットも、服用致し。
オッとの、でや、町内会の話なるは、4月のいつかの、期首総会で、挙手しの、発言するかは、未定なれどの。そらなあ、諸般の考えもあるやろと。本来なら、小委員会でも作って、そこで、検討させるの法もあるけどや。

当方、区長でもあるまいにと。
云うてるは、ベストな案は無理にしても、ベターのなら、構築簡単でして。
これも、より、広くの考え、収集の必要性あるですが。
そこまで、何で、当方、考えんならんのやと。

とかとか、ども、鼻炎が、花粉症が、風邪気味に加えて、便秘症状がね。
まあ、云うたら、首から上が、鬱で、お尻が鬱で、どもならずが、大いに、影響してるの鴨の、思考回路、投げ槍でねえ。
鼻が詰まってると、同様、考えも、詰まってもての、スキリと致さんわと。

でや、町内会の話も、これくらいに致し。
妹婿母の話。要は、妹の義理の母の話に戻るです。
正直に申せば、妹なり、婿殿からは、可成りの深刻に伝えられてるです。
超の簡単にはの、聞いてたの話、そのままなら、今頃、葬儀。

イヤイヤ、嘘やないのほんまやでと。
今月、3月の初めには、保って、3週間と、聞いててね。
よて、早くにお見舞いにと、申してたですが。延び延びのなてもての、13日<日曜日>に、お見舞にと、相成ったですが。この延び延び、当方の都合にあらずの、妹家の都合やでと。
まあなあ、こちにしたって、13日か、神戸、長男宅から戻ったの明くるの、21日<月曜日・振り替え休日>しか、あらへんですが。
イヤ、6日<日曜日>でも、良かったのけどや。こちだけの、都合で、決まらんわと。

ででや、原因申さんですが。掲載憚る故での、そらなあ、しかるべきの時まではなの、要は他家の事でして。
云えるは、我が母の場合、認知症が進行致しの、喰えぬよになったですが。喰えぬも、チョとは、喰えて。喰えても、吐き出すと。よて、点滴で、まあ、云うたら、延命してたですが。
その痴呆も、急激に進行致し。

云うてるは、その手、話、「こもれび」の、理事長、Dr.より、聞いても、ピンと、来てへんでねえ。当方、嫁はんもや。
そらなあ、しょちゅう会おてるしで、洗濯モノの回収、収納で、でして。会話にしたって、特段の話なんか、あらへんし。行く度、チョとした、喰いモノ、マシュマロとか、イチゴを持参しの、喰わせてたですが。
その程度なら、喰ててねえ。

只、次第、次第に、吐き出すよになってねえ。
この吐き出すも、以前より、時にはあったし、左程に気にはしてへんかったですが。Dr.曰くには、それも、痴呆と、するのか、認知症の、症状也と。人間の生きると、するのか、欲求の、食欲がと。薄れてまうの症状での。
確かに、その傾向、分かって来たてですが。

その母の時の様子と、婿母とでは、数段の差あって。
そもそもがの、母の場合、自力で、立つなんか、とても、とてもの、ソラ、多少はなと。車椅子から、ベッドに寝かすのチョとの間ならなと。これも、パジャマのズボンの胴回り、お尻の方を掴んでの、事での。

ほんとの晩年には、ベッドに寝たままでねえ。
当方、行けば、起きよとする故、寝とき、寝とき、無理すなと。
の程度での、行くの都度、介護士なり、看護師より、母の状況、聞いたですが。

どちにしたって、「同意書」を出せと、成るまでは、まだまだ、保つわと、見てたですが。出した頃には、ンの、もしかしてと、そは、長く無いのではと、思えるの程での。その遙か、以前の、最初の、Dr.の話あった時には、親族には、しかるべくの、連絡致し。元気と、するのか、誰が来たか、分かってるの内に、面会に来い。行ってくれと、申したですが。
そらなあ、認知症進行で、面会なりに、行っても、誰かが、分からんよなら、困るわと。

斯くなるでの、母の時の様子だけに非ずの、これまでの、諸般の、親族の見舞い方々、面会の様子等々からしたって、婿母、元気、元気の、とてもやないの。
この表現、異なれどの、そんな、今日の、明日の、この、1週間、2週間がの、様子であらへんでねえ。
云うたら、何やけれどの、現在唯今、今日現在、訃報、届いてえへんわと。
変な話、妹なり、婿殿の話、電話での事なれどの、そのままなら、先の通りの、葬儀終わってる鴨と。

そらなあ、流動食しか、入らんにしても、入ってまして。
点滴なら、日に3回、されてまして。
母の場合、基本、流動食では無いですが。口から、アイスクリームとか、プリンとか。
そして、点滴も、日に1回を、2回にしたりと、されてたですが。
再度、申すの、認知症の進行が、原因でして。食べられんがや。

婿母の場合、認知症は、全然のあらへんでねえ。結構なると。
やけど、息子であるの、婿殿からしたらの、やから、困ると。頭はしっかりしてる故、イツ、帰れる、退院出来るかと、尋ねられるが、辛いと。
それも、そやろなあと。
思うですが。
イヤ、我々夫婦、見舞いの時も、そのよに、申したですが。今はなの、点滴して、オシッコするが、仕事やわと。
当方、返答致し。
事実故。
(16/03/26)


NO.1698 見舞いの話(8)

花粉症は、益々の重症。
鼻水タラタラ。
とするよりは、鼻が詰まってもてねえ。困るです。

便秘の方、母の薬の残余のが、一杯あってね。
睡眠薬は、キチリ、キチリと、飲む故、殆ど無いですが。無いとするよりは、これがため、代行で、町医者には、手持ち確保のため、処方して戴きに参じてたよなモンでして。
「こもれび」にリハビリで、入所の間なら、あちらで、出してもろてるですが。自宅では、当たり前に、こちらで手配で、入所<リハビリ>の際には、2週間分とかとか、持たせてたですが。
ディ・サービス、ショート・スティでなら、それに応じてで。
どちにしたって、マグミットは、売れる程は大袈裟も、沢山あるですが。
理由、日に、6錠を三回分、処方して戴いてたですが。1回で、6錠も、飲めば、出過ぎでして。適宜、調整の、1回で、2錠辺りが、適当での。そのよに致してまして。
但し、持ち込むの際には、処方箋通りでの。細々なら、便秘が続くのよなら、数増やし。

オッとの、コレ、母の話での。
当方なら、日に、2錠で、充分なるの効能発揮。
とりあえず、その他の薬なるは、処分してるですが。使えるのは、保管してましての、別段にの、腐るよなモノに非ずの、大いに、役立ってるですが。
云うたってなあ、なるべくの、自然な状態がええに決まってましての、余程でなければ、服用致さんですが。


そんな事で、婿殿のお母さんの、見舞いの話。
とするよりは、状態の話での、そらなあ、年齢も、違うです。母とは、4歳違いで、マダ、90歳には、なったはりませんでして。
母も、その辺りの年齢なら、自力で歩けてたし、しっかりしてるし、呆け症状あらへんでして。

車椅子に成り、90歳に達しの、それも、ほんとの晩年でして。
昨年、4月にケア・マネージャーから、特別養護老人ホームの件の話あった時には、呆けの話なんか、出てへんわと。
そらなあ、90代になったの辺りより、時によりの、都合勝手の、呆けなら、あったのけどや。云いたい放題、し放題での、困ってたわと。
云うたら、呆けも、年齢相応の呆けと、解釈してたですが。

話をしてたって、都合の悪いの事には、返事せず。
諸般の説得も、堂々巡りの繰り返しで、困ってたですが。困らせられてたですが。
基本、無理矢理の事、致しませんでして。

呆けの話なるは、5月の連休の次ぎの週、突然に、看護師より、Dr.が、話があると。
血液検査結果が出て、その説明と、されたですが。中身なるは、呆け症状。オッとの、認知症が進行してると。聞いて、へえと、ビクリしたですが。
特には、食欲がと。

まあ、つまり、呆け症状がため、食欲が無くなって来てると。人間の生きる最低要件、欲望の、1つ、食欲が無くなると、生存不可也と。
その内には、息子さん、とは、当方の事なれどの、分からんよに成りの、云々でと。

での、どするですかと、問われたですが。
何の事かと、なればの、認知症を改善は出来ませんですが。進行、遅らせるは出来ると。
又、食欲の事なら、食道を切開するなりしての、流動食を流し込むも出来るですと。
但し、それは、「こもれび<介護福祉施設>」の、範疇に非ずの、病院の仕事也と。

まあ詰まり、Dr.、このDr.なるは、「こもれび」の、理事長でもあるですが。当方に、対し、家族、保護者として、選択せよと。
要は、延命的処置のため、病院か。この状態で、「こもれび」かを、でして。
当然の、「こもれび」でも、出来るの範囲の事、致すですがと。治療的行為は、致さんと。
或いは、在宅で、介護するかを、でして。

但し、諸般、この時では無いですが。後日、6月になってからの話の、在宅介護の場合。
ンの、在宅介護云々となればの、当家、母の場合、元々がの、在宅介護なれどです。入所云々も、リハビリ・センター<中期入所>でして。
話簡単の、住民票、動かしてませんの、特別養護老人ホームに入所はしてませんです。ホームなら、そこの住人でして。住民票移動でして。

当家、母の場合、在宅介護の上での、ここで云うの、在宅介護とは、自宅で、最後を、看取るかの、話での。
点滴をせねばの、家で、ソレ、出来ひんわと。
又、その場合、医者に、往診しに来て戴かねばならぬの、当世、知らんでねえ。往診してくれるの医者をです。

その昔、京都の仏光寺の頃なら、横町の町医者が、往診してくれたですが。
まあ、云うたら、昔には、殆どの医者が、往診してくれたわと。看護婦1人連れて来て。
そらなあ、倒れて、動けん場合もあるですし、救急車もあらへんのにと。
正確には、あった鴨の、大病院にはなの、それでも、1960年代やろと。そんな事、救急車を呼ぶなんか、大層、大変なるの、鋭意決断の、派手がましい事やと。
オトトの、母のは、昨年<2015年>の話、なれどです。

イヤ、ここで、明確の、返答してるです。延命処置、不要と。
諸般、聞いてるです。目にも、してるです。
延命処置と、するよりは、このために、これを。これがため、これをと、パイプを1個ずつでも、ハタと、気が付いたら、一杯付けられてもての。最早のパイプ、外せませんと。
云うてるは、外せば、ハイの、そこまででの、外すは、死を意味致しまして。

よて、外してくれとも、云えず。
さりとて、パイプだらけのを、見てられへんでと。
それも、治り、回復の見込み、可能性あるなら、なれどの、ソラ、無理、無茶でして。年齢的になと。
結果、母の場合、最終的には、流動食は、採用せず、口からを、原則の、プリンなり、アイスクリームなり。あるいは、お粥を少々、とかとかの、後は、栄養分、点滴で、補うの形でして。
とかとか、重々の承知してるわと。母の場合、のみで無く。

どちにしたって、母の時には、Dr.の最初の話、あったの段階にての、即の、親族には、通達したです。
一切の、話、端折らずの、そのままを、でして。
且つは、元気な内にと、面会してやて頂戴なと。

イヤイヤ、5月連休の時には、そんなに替わったの様子なんか、あらへんかったでと。
連休中には、当家、総勢、10名で、面会にも行ってるですが。そらなあ、加齢によりの、口から、こぼすはあったのけどや。
左程にはなの、そら、特別養護老人ホームを検討したらの、その時期と、するのか、家族によるの、施設の見学も、ケア・マネージャーが教えるの話の時での、概ね、5月中にでもの事での。

その上での、連休直後の、5月の、第二週の時、認知症云々の話、飛び出しの、ビクリの仰天したが、事実での。
まあなあ、諸般、見たら、分かるの、少量であれどの、流動食であれ、口から、入ってるからには、マダマダ、保つわと。
兎に角、我が母の様子とは、桁違うわ、元気やわと。
(16/03/27)


NO.1699 見舞いの話(9)

事程左様の、姪が到着。
子ども達と、その婿殿、下の駐車場に居てると。
この病棟では、子どもとは、面会出来ぬ故、皆で、階下えと、移動したですが。

そらなあ、我々夫婦なら、面会しの、諸般の話も終わってもてまして。
イヤ、姪一家が、どれ程の頻度、お婆ちゃんと、会おてるか、までは、知らんですが。
少なくともの、10年程哉は、一緒に暮らしてた期間あるです。
まあなあ、第一子、誕生の時には、里帰りもしてたしなと。その時には、嫁はんと、お祝いに参じたですが。

とかとか、姪一家が到着からは、そちが主体。
こちは、そちにお任せでして。
そらなあ、孫娘、その婿、2人の、曾孫が来てたら、そちがええに決まってるわと。姪婿以外は、血縁者やしなと。
ソレ云うたら、我々夫婦は、血縁で無く。単なるの、息子の嫁の、兄夫婦。


いやなあの、何度でも、申すの、妹夫婦から、聞いてた、聞されてたの、話からは、想定以上に元気でね。様子も全然の違てねえ。へえと、感心してばかりの、印象、とても、とてもの、そんな今日の、明日の、今週中、来週にもの、となんか、何云うてるの怪でして。
かと、申しの、主治医が全くのデタラメ、申すで無く。まあ、云うたら、その程度の覚悟しておけ哉と。
との、解釈致したですが。

そらなあの、当方なんか、元気、元気の印象も、そやからと、基本、回復するで無く。
回復のための、手術は致しませんでして。致さんとは、聞いてえへんのけどや。少なくともの、致す、とは、聞いてませんでして。
ならばの、現状維持が、精々での、ンの、困ったなと。当方が、困るの事、あらへんですが。

そらなあ、いやなあ、ばかりなれどです。
手術するにしたって、年齢問題あるわと。
何歳なら、手術か、なんか、医者でも無いの、我が身に分からんですが。適当になら、80代も前半なら、手術あるの鴨の、諸般、つまらんなと。

オッとの、何を申してるかと、なればの、人の人生、一生がや。
年齢と共にの、出来ぬ事、出来るの事の内、出来ぬ事が、多くなるのやなと。そらなあの、金に糸目付けずの、無限大なら、当世の医療技術でなら、何とか、なる鴨の。それで、どなんやと。
基本、若返りは出来ませんでして。
アンチ・エージングも、限度あるです。極端なるの話、皆、死なんよになてみい、大変ぞと。

それも、健康で、動き回れの、食べられの、金があっての事でして。
それなら、我が母、骨折するまでは。骨折も、一度、二度までなら、ハキリと、申しの、金あったし、方々に旅行もしてたし、好き放題してたわと。
そらなあの、自身の受け取るの、年金、全部が、お小遣いなんやでと。不足で、借金までしてたですが。夜逃げせずの、何とか、なったんやと。
借金、別として、幸せやったんやと、今更乍らに思うです。
ンの借金もなの、我々居てる故、気楽に出来たと、思うですが。お陰様で、こちは、ケチケチでして。

云うたって、こちは、左程に、方々、旅行に行きたいと、思てませんですが。さりとての、偶には、どこかに行きたいなと。
思たって、金無くの、ケチケチ旅行ではつまらんですが。或る程度の、資金持参でなら、ソラ、楽しいやろなあと。当方なんか、金に苦労してへん。とは、云えどの、これは、贅沢せずが基本故。
少なくともの、母みたいな事、逆立ちしたって、出来んわと。
それを、見て来た、見せられて来た故、余計に出来んわと。

まあなあ、歳喰て、たが外れたら、知らんけど。後は、野と成れ、山と成れの、どにでもなれ、成ると、するの気、無ければ、出来んわと。
とか、思たら、母の考え方、羨ましいなあと。
されどの、その分、その息子夫婦が大変やったんやでと。その犠牲の上に、成立してるわと。

とかとか、見舞いなり、何でもや。
今か、モすぐか、等々、余命幾ばく哉の、場面、度々の見て来てたら、どしても、それらとの、比較になてまうわと。
この人は、何ちゅうたかて、幸せやったやないかと、思うのと。よお、頑張らはったな、とかとか、何が楽しみで、生きて来やはったん怪もあるし。
ええも、悪いも、人の人生、一生なるは、こんなモンやと、達観も致すわと。

ほんまやでの、死んでもたら、一緒と、するのか、分からんですが。
ンの、この辺り、死生観、守護霊、死後の世界の、不可思議、摩訶不思議の世界の話に相成るですが。それは、それで、そちの方に掲載、適当と、思うけど。
有り体に、云うてもたらの、何名様が、涙流して呉れるの怪と。
涙も、真性、純正の涙やでと。その場だけの、感情論的とは、違うでと。

ンの、表現、難しいけれどの、誰であれ、一緒でして。
朽ち果てるわ。見放されるわと。
誤解無きよにの、年齢との、問題を申してるです。
80代後半、90歳前と、90代と、ど違うの怪と、なればの、当方の場合、あくまでもの、母が、そなら、相当に悩んだやろと。
これ、高がの、3歳、4歳の違いやでと。
母と、婿母の年齢差がでして。

数字だけで、見たら、80代なら、可哀想の感多少あって。
90代なら、モええやろと。充分やと、相成るわと。人生がや。
これが、70代なら、如何にもの、当世、早過ぎるでと。モ一寸、先延ばしでも、良かったのにと。それでも、手術するに、耐えられん場合もあってね。
嫁はんの親父様が、それでして。70代でして。早いなと。

かと、申しの、それで、何とも、ハヤの、我々には、人生、一生、生死を左右させるの事、出来ませんでして。
只々の、天命でして。
そして、我々夫婦なら、母に対しの、やるべき、やったわの、何ちゅうかの、達成感なるの、表現、異なるも、そんな気、存在致すです。
云うたって、当たり前の事、なれどです。
(16/03/28)


NO.1700 見舞いの話(10)

いやねえ、ナカナカに思うの事、ズバリと、表現するが難しく。
少々、悩むです。

当方と、お母さんの話、横手で聞いてるの妹婿殿の様子がね。
そらなあ、当方、くどいけど、自分の親で無く。有り体には、気楽やわと。
婿殿なら、ハキリと、泪目。そら、気持ち、分からんで無いけどや。こちも、気ぃ使うでと。
分からんで無いの意なるは、主治医から、諸般、親の状況、状態聞いてる故での。にしては、当方、申すの通りの、元気、元気で、今日の、明日のの、話、ほんま怪と。

その泪目、お母さんが見たら、変に思うで無い怪と。
何でやと。
とするのか、諸般、当人、察知してるのではと、思たりも。そちの方見ず、こちの話に夢中になってね。コレ、意図的ではと。

当方なら、分かるです。
点滴、流動食だけで、イツまで、入院してんならんのかと。
そもそもがの、流動食が、気にいらんですが。

いやねえ、東京の叔母の見舞いの時の事、フと、思たりも、致すです。
その時には、母と、2人で、行ったですが。この時は、イツと、するで無く、元気な内にと、面会してやて頂戴なと、従兄弟の言。
まあなあ、歳も若かったわの、叔母、60代でして。従兄弟の案内で、3人して、病室にと。

末期が故、点滴も、モルヒネと、聞いてたですが。背中から、入れてたの記憶がと。
イヤイヤ、元気、元気で、この時にも、ビクリしたですが。別段にの、骨折したりも、してへんでして。お暇するの時には、自身、点滴の器具、手にして、自力で歩いて、エレベーターまで、見送りに来てくれて。
それが、最期やったですが。

この時も、自身、病状、承知してる。とは、口にはしてへんかったですが。
当方の印象、何とは無く、分かってるみたいに思えてね。あくまでもの、何とは無くの範疇なれどです。
での、矢っ張り、従兄弟、これは、涙してたです。
イヤイヤ、お母さんには、見えぬよに、影で、でして。ンの、それ見たら、当方も、貰い泣きしてまうが故、困ったですが。

基本、病院での場合、主治医が、諸般、教えるから、やろなあと。
我が母なら、病院で無く、福祉施設<こもれび>でして。理事長でもあるの、Dr.からは、状況、聞きはしてたですが。保って、イツとの話、あらへんわと。
しかるべく時のため、「同意書」の提出させられたですが。それでも、その手の話、一切の無く。只、感覚的、イツでもの、覚悟はしとかんとと。
とは、思たですが。

よて、電話が掛かれば、ギクリと、してたのけどや。
又、状態急変の様子なら、常に見てての、こちにしたって、分かってるわと。
分かってても、我が親の事故、まだまだ、大丈夫的、保つよにも、思ててね。

そんな事やから、親族が、面会のお付き合いと、するのか、お付き合いやねえ。
当方なんか、始終、見てるし、行ってる故、或る意味、それに加えての事やしなと。その都度、ンの、ンンの、想定以上の速さで、様態、様子、急変は、分かっても、こちの、頭の中、認識が付いて行かんが正直での。

話簡単には、泪目になったりは、一切のしてへんでして。
要は、認めて無いが正解哉と。マダマダ、保つわと。人間、そは易々のと。
又、叔母とか、此度の、婿母の状況とは、全くの違うしと。何度でも、申すの、諸般の話するにも、大した話題もあらへんわと。
そもそもが、会話なんか、殆どしてへんわと。出来てえへんわと。

マシュマロなり、イチゴなりを持参で、食べさせてやるで、モええか。マダ、食べられるかと。
手に好きなだけ、食べられるだけ、持たせたり、喉に通らんで、吐き出すなら、ティッシュで、拭いたり、何したりと。
お付き合いにての、行く場合も、それやしなと。嫁はんなり、当方が処置してるわと。

どれ程、喰うのか、吐き出すのかと。吐き出したら、しかるべくの、処理なり、致さんとと。よて、ポケット・ティッシュなりも、常備。水道水で、濡らして、手を拭いてやったりと。
変貌も、昨日よりマシとか、ンの、酷くなてるな。とかとかの、様態、観察主での。
或る意味、冷静に、冷静にの、やからと、今日の、明日のの、覚悟もしてて。やからと、そは、易々のと。
極めての、矛盾状態の中に居てて。

親族の面会で、案外に元気なら、嗚呼、良かったなが、本音やでと。
このままに、保ってくれたらなと。思てるは、一日でも、余計にと。
出来る事なら、回復して、良くなてくれたら、申し分無くて。その可能性なら、母の場合、あったわと。あると、思てた、信じてわと。

かと、申しの、東京の叔母、此度の、妹婿母に対するの、従兄弟、婿殿の様子を変とも、思てえへんわと。
そら、病状、把握で、主治医から、しかるべくの、伝えられてるからでして。
当方なら、あくまでもの、又聞きでして。見てるの様子が全てでして。


での、ここだけの話の、他言無用の。
一番に困るは、当家、母の一周忌が、5月3日の予定でね。諸般、この日と、重なってみい、どするやと。
一周忌なるは、延期なりにするにしてもの、上手い事、日が取れるの怪と。

云うたって、そしな仕方が無いですが。
諸般のは、日を変更出来ずの、一周忌なら、出来るです。
出来るにしたって、又、あちこち、連絡しなならんですが。

ほんまやでと。
申してるは、主治医の話、トンでもな、までは、されませんでして。母の如くの、日に、日に、変貌、有り得てね。
云うたってなあ。余命、ン日の筈が、半年保つの事もザラでして。
どちかとなればの、保つの事の方、先例多数。

ここらが、ほんとに難しいわと。
冷酷なるの話、してもたら、決着、早いほがと、相成って。
治るの見込み、万分の一でもが、あるなら、保つの方がと、相成るけどや。

そらなあ、万事、考え次第の、保てば、その間にでも、医療の画期的手法が見つかっての、治るの見込みの無いのが、治るになるの、可能性もあってね。
ここからは、又、死生観の話になるけどや。
(16/03/29)