シバケンの天国
<−介護・凡人の憂鬱ー>
−明日は我が身の話−

禁談・奇談NO.7

禁談・奇談NO.4 禁談・奇談NO.5 禁談・奇談NO.6
禁談・奇談NO.1 禁談・奇談NO.2 禁談・奇談NO.3

要介護[2]NO.1 見えるNO.3
番外・爺さん・婆さんの話 母入院NO.4 要介護1NO.3

題目一覧表

目次

禁談・奇談NO.8

NO.70 三度目の延期交渉の話(2) 内部事情の話

NO.69 三度目の延期交渉の話(1) 諸々の事情の話

NO.68 桜見物の話

NO.67 亀岡シミズ病院の話(5) 帰りの道中での話

NO.66 亀岡シミズ病院の話(4) 大本教の話

NO.65 亀岡シミズ病院の話(3) 待ち時間での話

NO.64 亀岡シミズ病院の話(2) 整形外科、内科の話

NO.63 亀岡シミズ病院の話(1) 送迎車の運転手の話

NO.62 余所の婆様の話(7) 介護の話

NO.61 余所の婆様の話(6) 内々の話

禁談・奇談NO.6


NO.61 余所の婆様の話(6) 内々の話

実は、一寸した話が一杯ありまして。
されどの、イザ、掲載となればの、失念してまして。
何の話やったかなあと。
<中略>
想い出しては、パと消えて。ンの、何やったかなあの、そおそお、誰とは云わんの町内会のご主人の話。保険の小母さんの話、当世の電話事情があったなあ。兎角に最近の中年親父の気の短さ、常識、配慮の無さ。
そおそお、電気工事の話に、トイレの水の止まるの際の音の話に、介護用品業者の件に。母のディ・サービスの送迎の時間の話等々があったなあと。
イヤ、大分、想い出して来たです。
マダ、あったの、誰とは云えんの、云えんの話が多いけれどの、爺様他界の話等々。

実は、この事を、昨年<2011年12月>に記載してまして。
<参考=「単なる雑談NO.74」NO.1009 義姉夫婦の京都見物(20) すみや亀峰菴に到着の話>


そんな事で、当時の文言、読み直しても、「誰とは云わんの町内会のご主人の話」なるは、誰とは云わん以前の、完全忘却。何の話かを、思い出さんです。
「保険の小母さんの話」は、記憶してるですが。「保険の小母さん」と多少の具体性がありまして。そやけど、つまらんなあと。別段にの、保険の小母さんに限らんの、小父さんも居てまして。
それが、兎角に最近の中年親父の気の短さ、常識、配慮の無さに通じまして。

ホカの話は、どでもええなあと。陳腐化してるのと、気が乗らんのと。
そんな事は、ここで以て、ご破算に願いまして、無しにと。

ここまで、記載の間にも、嗚呼と、町内会のご主人の話を思い出したですが。まあええかと。要は口先だけのが、多いの意でして。ええ恰好ばっかり云うて、実行が伴わんの方の話であったです。
別段にの、町内会のオッサンに限らんわの、世間全般に、多なってるかと。
とりあえず、自分を最優先。
イヤ、誰しも、自分が最優先なれどです。一寸、違うかと。それでは、世の中、つまらんなあと。

イヤイヤ、誰しも、世のため、人のためと。出来る事は協力すると。口では云うても、イザとなれば、体よく断るの面々がと。実に多いかと。


でででの、そんな次第の、余計な話。
母の傷害保険請求のための、診断書も出来て。「亀岡シミズ病院」にと。取りに行きまして。精算金額、2通で、8400円也でして。
残念乍ら、後遺障害の件は無しと。ソかと。

そして、よお分からんのは、12月23日<土曜日>に、転けて、救急車で、病院に行ったですが。当日は主治医不在で、当直が、外科の先生かで、されどの、そのままに入院したですが。
おかしな話の、23日は通院で、25日から、入院にされてまして。
どっちみち、片方の保険は、入院費、30日間分しか出ませんが。モ片方のは、入院日数分出るですが。まあええかと。
滞り無く、保険金が下りてくれたらと。
にしても、くどいけれどです。母、何回も転倒、骨折、入院にての、かあるく、元を取ってるです。


そんな次第の、斯くなるでの。
「亀岡シミズ病院」の病室なるは、野戦テントの如く。
理由は、先生が回診されてたり、看護師がと。リハビリの先生が、職員がと。或いは、見舞い客、ご用聞きの家族がと。
そもそもが、生活の主体が病室でして。安静、静養でして。そもそもが、怪我なり、病気しての患者やしと。原則、病室に居たはりまして。

対して、「ふないの里」は、病院に非ず。病室に非ず。
生活の主体は部屋に非ずの、原則、広間でして。テレビはそこにしか無く。オッとの、個室になら、置けるですが。
先生の回診無く、看護師もと。常駐はしたはるですが、1人やしと。リハビリは、1階のロビーでやってまして。見舞いで無く、面会で。ご用聞きは、家族がで。洗濯物が主体でして。
4人部屋に、4人が揃いの居てる事は無く。居てたら、寝てるか、サボってるのかと。
まあ云うたら、部屋は静かでして。母も居てたり、居てなかったり。


での、過日、いつも通りに、洗濯物の回収、並びに、収納のため、母の部屋にと。
母なら、広間を探したですが、居てえへんでねえ。居てても、居て無くとも、どっちでも、宜しいですが。洗濯物が云々なんか、当人が知っても、知らんでも、介護士がしかるべくの、処置してまして。
イヤ、洗濯物は、所定の場所に収納されてまして。ソレを回収するだけでして。

そんな事で、部屋に入れば、珍しくの、余所の婆様の家族、多分なら、息子さんが来たはりまして。ここで、余所の家族に遭遇は初めてでして。病院に非ずで、大体が、長居の出来るの場所でも無くて。

イヤイヤ、様子、瞬時、内々の話、深刻なる話をされてるの雰囲気察知。ソラ、婆様、車椅子で、息子さん、腰掛けに座って、2人、相対峙でして。
当然の、「こんにちは。」と、聞こえるよに、挨拶、声掛け、我が存在を知らしめるがためもあっての、比較的大きな声で、やってるのに、気が付いて貰えませんでして。
余計に、深刻なる話かと。一旦、部屋を出まして。母は居てるかと、再確認をしに、広間を探したですが、居てへんでねえ。

イヤ、仕方が無いしで。居てても、洗濯物をと、一言、云うだけなれどです。
部屋に戻って、再度の、「こんにちは。」と。云うたら、先刻よりも、モと大きな声で、言葉発したならばの、婆様、こっちを向いて、「嗚呼、こんにちは。よお、来たげやはるなあ。」と。
息子と思しきのは、無反応。歳の頃なら、50代やろなあ。そしたら、婆様も、相応の70代か、80になった処かなあと。にしても、愛想の無い息子やなあと。

ホンマやでの、何故か、ここに来るの面会者は、無愛想なのばっかりでして。挨拶の仕方も知らんかと。

そんな話は結構の、気がさえ、付いて戴ければ目的達成の、こっちは、するべきを、淡々と、するだけでして。

ソラなあ、ドアは無いです。
ノックするに出来ずの、音無、ヌと、スと、密かに闖入にての、先客、ハタと気がつけばの、余所者であるの、私が部屋に居てての、内々の話を聞かれてたかと。
と、思われるよりは、明々白々の、存在を予め認知して戴いたの上で、アトはそっちのお好きなよにの、私はやるべくをやりますゾの、私なりの、配慮でして。

イヤ、事実、内々の話であったですが。
内々の話を私が聞いても、意味無いけれどや。どこの誰様かも、知らんのにと。
(12/03/17)


NO.62 余所の婆様の話(7) 介護の話

このところ、寝て、目が覚めるの朝方、喉が痛あてねえ。唾を飲み込むのがさえ、大変でして。
イヤ、花粉症と、空気の乾燥が原因と思うです。
よって、過日より、寝るにマスクをしまして。乾燥防止をしてるですが。マスク1つで、喉の乾燥度合いが相当に違うです。違うでも、痛いは痛いけれどの、マシでして。
以前は、こんな事、無かったですが。1つには、加齢によりの、唾液が少なくなって来てるのかと。

イヤイヤ、孫君1号なんか、凄いよだれでして。
一寸、うつむいたら、よだれ、タラタラでして。これは、これで、モ暫くしたら、解消されると思うですが。
小さい頃<1、2歳>は、色んなモノを口にしまして。口に入れて、良い、悪いを経験し、判定してるのかと。結果、体内の毒気をドンドンと出すがため、よだれ、タラタラと聞いた覚えがありまして。
そこまでの唾液は不要なれどの、確かに、年々、加齢と共に唾液の減少、実感してるです。


での、話は、「ふないの里」に戻しまして。
一応は、我が方の存在を認識して戴きまして。さもなくばの、ホカにダアレも居てへんし。静かやし。余程の、ひそひそ話、小声でなければ、嫌でも、聞こえて来るです。
先様、親子、母と、息子の話がでして。

簡単には、出所後の介護の件かと。
イヤ、介護が、介護がと、聞こえてまして。婆様の方は、そんな事、心配してくれんでもと。
されどの、息子の方は、動けへんのに、出来るのかと。何が出来るかの、具体的なるの話はされてませんですが。自分の事を出来るかの意かと。話簡単には、息子夫婦とは、別居やなあと。
別居故に、婆様、しっかりされてまして。
息子夫婦に頼るの気、一切無し。
とか云われても、半身不随では、何1つ、買い物に出るも、食事の準備もままならずかと。云うたら、洗濯も、着替えも大変かと。

チラチラ、耳に聞こえるの話の中身は、私からしたら、そんな事、相談する話かなあと。
イヤ、相談はしても宜しいですが。先様の勝手の、私共の場合なら、介護する方が計画とするのか、覚悟を決める事でして。
さりとての、別居なら、まずは、一緒に暮らす。同居の、息子の家に来る、来ん。行く、行かんの話が先かと。ソレを拒否したはるのかなあと。

イヤイヤ、拒否されてるです。頑として、ン、そやなあとは申されてませんです。
イヤ、分かるです。私が承知の範囲で、親が、息子宅に移動には、相応の覚悟、諸般の事情が許さん場合に限ってるかと。ソレでも、年月を要してるです。
どことは云わんの両親が揃てたら、マア、無いなあ。親父様、他界で、そこから、年月を要してるが常識でして。事情とは、母親1人となって、年金等々では、1人で暮らすは経済的大変な場合に限るかと。
尚且つの、動けんよになったりと。
万事休すの、万止むお得ぬ状況となってからかと。ソラ、世間は広いし、例外もあるですが。十中、八、九は、親は動かんです。

我が学友を見ても、町内会を見ても、無いなあと。一緒に暮らすは、最初っから、同居でして。
或いは、息子が定年を向かえ、田舎<親元>に帰るのは散見致すですが。これは、何件も承知してるです。
イヤイヤ、ウソと云うなら、周辺を見て頂戴ナと。観察したらと。

そんな話は結構の、余所様の話なれどの、ソラ、息子が来て、介護の件で、真剣なる話をされてるですが。当然の婆様も話としては、嬉しいに決まってるですが。嫁が、嫁がの、一度も、「ふないの里」に義母に会いに来んの嫁がと。
くれぐれも、洗濯をしたり、下準備をしてるは、嫁なれどです。嫁の事は、ここでは、これ以上、触れずに置くです。顔さえ、全然の知らんの人でして。

とりあえずは、婆様は承知の、云うは易しの、行うは難しかと。
息子がどこに住んでるかも、知らんですが。その気があるなら、まずは、一週間に一度でも、親宅に行きの、介護なる事をやってみるも、一法かと。
一週間に一度なら、簡単なる事でして。
これが、出来んよなら、同居は無理かと。
無理、無理も、半身不随では、どしょも無いですが。


斯くなる次第の、斯くなるでの。
余所様は、余所様でして。
正直には、現在唯今、私共、楽してるです。
ご用聞き、洗濯モノの回収、収納なんか、楽々でして。病院に入院の状態での、洗濯モノ、ご用聞き等々よりは、数段に楽々でして。
何が楽となれば、変な話、行くにしても、駐車場の空きの心配不要故、行くに時間帯を気にする事がいらんです。施設が開いてるの時間帯、朝9時から、夕方8時までなら、結構でして。
退院が云々の話もあらへんし。原則、こちらは、3ヶ月でして。

母も、次第、次第に、「ふないの里」に慣れて来まして。ソラ、早くに帰りたいはあっても、介護士の面々も、優しいし、親切やし、人数も沢山居られまして。
私共が行っても、気を使われまして。
その替わりに、費用は嵩張るですが。
反面、病院の如く、テレビ・カードの事を気にする事も無し。部屋には、テレビがありませんでして。


でででの、過日、3月27日。
「亀岡シミズ病院」から退院後の、主治医指定の、検診の日でして。
さての、どのよにするのか、分からんでねえ。先様、「ふないの里」の看護師と、諸般打ち合わせとするのか。連絡を密に取りまして。
(12/04/02)


NO.63 亀岡シミズ病院の話(1) 送迎車の運転手の話

本日<4月2日>。
私共の、結婚記念日でして。
或る意味、覚え易いとするのか。エイプリル・フールの明くる日でして。
とりあえずは、ささやかに、ケーキ屋で、ショート・ケーキを買い求めの、夫婦2人で、喰たです。
イヤ、只、それだけの事でして。


での、ミノル君から、ケータイ一発。
お母さん、「ふないの里」に入らはったんかと。
オッとの、当ホーム・ページを閲覧の、口ぶりからして、「老人ホーム」に入所と思てるなあと。
やから、クドクドの、何度も、ひつこい程に、リハビリ・センターと記載してるですが。余りにひつこくも、ウザイ故、この処、省略してたですが。案の定の、省略すると、この手の解釈されまして。

イヤ、ミノル君は京都市内在住故、「ふないの里」が何かは知らんです。亀岡でも、親が相応の年代、要介護認定受けて、リハビリ・センターにお世話にならんの事には、知らんです。
斯く申すの、私も此度までは、知らんかったです。
での、我が返答、「老人ホーム」では無いの、原則、入所期間3ヶ月の、リハビリ・センターやと。
イヤイヤ、彼のお母さんも、要介護認定受けたらしく、現在、ディ・サービスに通てるです。
<参考=「禁断・奇談NO.6」NO.54 入所から2週間の話(3) 同年代の話>

同居では無いがため、夜には泊まり込みで、介護とするのか、面倒見てるらしく。
これは、これで、大変かと。
当然の、相応に、生活費のための、仕送りもしてまして。
さもなくばの、お母さんの年金収入だけでは、生活出来ずの、ソラ、えらいです。但しの、この処、一緒に居てるの時間が長くなれば、色々と、我が儘を云うしなあと。
ンの、重々承知してるわの、一緒の時間が長くなれば、その分、双方、お客さんでは無くなるしと。
私共、お客さんの時代があらへんしで、お客さん気分は、分からんですが。云いたい放題、云われっ放しの、我が儘だけの母でして。


とかとかの、愚痴話をしててもなあ。
でででの、過日、3月27日は、「亀岡シミズ病院」に行くの日でして。この件は、「ふないの里」に入所の時から、先様には、伝えてまして。
先様、「ふないの里」の看護師より、当日、どするやと。中身なるは、「ふないの里」の車で行くか、私の車でかの返答をと。自分の車では、駐車場の空きの問題もありまして。又、自分の車でも、「ふないの里」に母を迎えにの。診察が終われば、「ふないの里」に送り届けるになりまして。先様の車での場合であれば、原則、家族は先様の車に同乗するになってまして。

ホナラ、どっちにしたって、「ふないの里」に行かんならんしで、先様の車で、宜しくお願い致しますと。ついては、当日、10時に来てくれと。行けば、所定の階に行き、詰め所なり、看護師なりに、来たと伝えてくれと。
ハイ、承知と、指定の時刻に到着の、部屋の方に行けば、看護師も居たはってねえ。

ホナラの早速にも、行きましょかと。ンの、様子からして、看護師も同行かと。
イヤイヤ、私は、母と2人、「ふないの里」の送迎車の運転手と、3人で、病院行きかと、思てたですが。
ソラ、一緒に来て戴けるの方が、有り難く。

そんな次第の、斯くなるでの、看護師が、看護師は中年女性でして。母を車椅子に乗せ、車椅子の母を伴いので、私の方は、何かをする事も無くの、単なるの、同行者みたいでねえ。
ででの、送迎車は玄関先に待機で、ハタと、運転手を見たらば、ンの、どこかで、見たゾの、どこかも、瞬時、判明の、元ローム社員。
私とは、直接の関係は無かったですが。つまりは、クレーム等々にて、彼が担当の顧客に行く事が無く。
但し、20年程の昔に、我が一家、全員で、亀岡の、「大本教」に正月に参拝に行った際、バタリと会いまして。

オッとの、とととの、私め、「大本教」信者では無いです。
云うたら、正月には、抽選会がありまして。ハズレ無しの、ハズレは、ミカン1個で、小さな、こけし、能面等が当たるですが。ソレを目的で、何年かは、初詣に行ってたですが。その20年の昔から、1年、2年経ってから、「大本教」には、行って無いですが。

とりあえずは、社員が多くとも、当時、2000名程度でも、社内で、ウロウロの、顔程度は、全員とまでは、申しませんの、殆どは記憶するわと。
彼とも、ばったりの、奥様、小さなお子さんと一緒での、その場で、一言、二言、言葉は交わしてるの、彼は、こっち<亀岡>の出身であるを、その時、知ったですが。私の方が軽くの先輩社員でして。
一度、そんな事で、言葉を交わせば、以降、社内でばったりの際、会釈程度は致すの、程度の関係でして。社内でばったりも、そんなには無かったけれどの、どっちにしても、20年程度ぶりでして。

イヤイヤ、彼の方は、私を認識してるかなあと。
とりあえずは、送迎車に乗り込みの、双方、どちらからとも無くの、ここに勤めたはるの。今、何をしたはりますかと。ンの、私の方は、アカンねえ。年金生活でと。
一発、間違い無くの、その彼であるが分かったですが。

後は、「亀岡シミズ病院」えの道中、会社の話。アイツはどしてるのやろねえ等々。その、20年の昔の、「大本教」での、ばったりの話まで致しまして。
そんな次第の、奇遇とするのか。こんな事もあるのやねえ。

彼は裏道、裏道。
要は、国道9号線は全然に走らずの、アと云う間にも、「亀岡シミズ病院」に到着の、へえと。よお、こんな道を知ってるなあと。
そらねえ、ズっと、こっちやしと。フウンの、確かに、営業担当故に、車の運転技術は、相当の、極めての安全運転でして。道も細々(こまごま)、良く知ってまして。
(12/04/03)


NO.64 亀岡シミズ病院の話(2) 整形外科、内科の話

本日、4月の3日、春の嵐が吹きすさび。
さながらの、台風みたいな状況でして。亀岡には、竜巻注意報が出たですが。実際に発生したかは、知らんです。

さての、送迎車は、マイクロ・バスを介護用に改造されたモノかと。車椅子に人を乗せたままに乗車が出来まして。
看護師は、母の傍らにで。私はバスの運転手の真後ろに座りまして。イヤ、座るの場所は、看護師の指示でして。

云うたら、私と運転手は喋りっ放しで、気が付けば、「亀岡シミズ病院」に到着してたです。
での、送迎バスはどするのかと、思いきやの、そのままの待機ですて。大変やなあと。
「南丹病院」なら、「ふないの里」の近在故、一旦、引き上げるらしいですが。「亀岡シミズ病院」では、片道だけでも、30分から、45分は掛かるかなあと。往復なら、1時間から、1時間半故、待機ですて。

実は、当初、その辺り、どのよにするのか、危惧してたです。看護師が同行を想定してませんでして。又、運転手がズっと、待機も、想定外でして。連絡手段を尋ねとかんと、拙いゾと。
結果、看護師が同行故に、そんな心配不要で、安心したですが。

イヤ、母の健康保険証は、「ふないの里」に預けてまして。「亀岡シミズ病院」の診察カードは、私が持参してまして。その旨、看護師に伝えたならばの、持って来たはりますかと、診察カードを、看護師に手渡しましたら、母と一緒に暫し、ここで待てと、受付して来ますからと、受付の手前で、待ちまして。
この日は、整形外科と、内科の二つを受診するですが。状況見るに、患者が一杯。
病院に着いた頃には、11時になってまして。軽くの2時間は覚悟かなあと。

イヤイヤ、待合いで待つに、母は車椅子なれどの、私共の座るの場所が大変でして。母の薬を受け取りの際には、私1人やしで、余程でなければ、座らんですが。看護師が一緒のため、座るの場所の確保をと。
イヤ、看護師は私は大丈夫やしと、私に座るを勧めるですが。正直、座ってられませんです。

そんな次第の、斯くなるでの、30分は待ったかの、整形外科の看護師が、レントゲンをの、指示で、「ふないの里」の看護師は、私はここで待っててくれと。自分が連れて行くと。ハイ、承知と。
にしても、楽過ぎまして。一緒に来てるだけでして。

ででの、レントゲンも終わって、順番が回って来まして。診察室に、3人で入れば、主治医と違う医者でして。なあんやと。
日を指定されてるしで、主治医の診察の日と思てたですが。
での、母の装具の件が一番でして。先生に尋ねたならばの、骨はくっついてるし、現在の頑丈な装具は外して結構ですと。但し、安全のため、コルセットはしておいて欲しいと。ハイ、承知と。

その他、諸々の、母の訴え、特には、左腕が痛いですて。
丁度、「ふないの里」に来た時からですて。フウンと。全然、聞かされてませんでして。看護師も、以前より、痛がったはりましたよと。へえと。
それも尋常では無くの、相当に痛いみたいですと。フウンの、退院、入所の時からなら、何回も、ご用聞きには来てるですが。そんな話、一度も聞いてませんでして。
来たら、飴玉が欲しい。
当初なら、ここは嫌いで、早くに帰りたいと。ここは、一番に安い部屋なんやなあと。個室はアカンのかと。リハビリも、全然やってくれやはらへんでと。そんなバカなの、やってる処は、見てるですが。

とかとか、そんな話と、歯が無いの話。
歯が無いとは、差し歯を紛失したらしく。コレ又、当初は、どもないと、云うてたですが。次第、次第に、痛くなって来たらしく。
歯医者の場合、しかるべくの、指定の歯医者がありまして。家族<保護者>から、先様に連絡して欲しいと、看護師から、云われまして。電話一発、見て戴きの、入れ歯を造りますと、連絡戴きまして。そのよにお願い致しますと、相成ってるですが。

腕の件は知らんですが。当人が訴える故にソなんやろと。
腕が痛いも、装具の関係があるかも分からんですが。ガッシリした装具で、不自由でして。
とりあえずは、一寸、様子を見ましょかの、痛み止めの薬を処方して戴きの、又、一ヶ月したら、診察にと。へえの、4月24日にでもと。ハイと。

ハイも、嫌とは云えずの、その一ヶ月なら、母はまだ、「ふないの里」ですが。こんな具合に、大層とするのか、看護師、運転手まで同行の診察かと。
思いきやの、看護師曰くに、次回は看護師が同行は分かりませんですと。車は出しますと。へえと。

そんな事で、整形外科が終われば、内科でして。
内科に何の用事があったかの、全般的なんやろと。入院の最中の一時、起きると、息が苦しいみたいな事を云うてまして。ここは、病院やしで、入院中に見て戴きたいと、「亀岡シミズ病院」の看護師には伝えてまして。
されどの、見て戴いたの話は聞いてなかったですが。イツの間にやら、その件は解消したみたいで、良かったなあと、してたですが。

での、順番が来て、診察室にで、特段の話は無く。
但しの、過去の手術歴の、実は、母の腎臓の右であったか、左であったかの、片方は切除してまして。腎臓結石がため、機能停止で、下手したら、腐って来るがためと。
その件もありで、そしたら、採尿しときましょかと。ンと。

看護師と相談の、今から、採尿では、検査結果が30分掛かるですねえと。されどの、看護師曰くに、今日中に分かった方がと。ソラ、その方が埒が明いて宜しいですが。私は構わんですが。運転手が大変やなあと。

イヤイヤ、ホンマやでの、採尿なら、待ってるの間にでも、指示して戴ければ、やってるのにと。オッとの、コレ又、看護師が、母の採尿に行ってくれたですが。
効率の悪い話やなあと。
とも、云うてられんの、ソとなれば、結果が出るまで、待たんとなあと。
(12/04/04)


NO.65 亀岡シミズ病院の話(3) 待ち時間での話

遂に、専門医の町医者にと。
イヤ、喉はひりひり、唾を飲み込むだけでも痛いし。鼻汁は出るし。痰は絡むし。鼻をかみ過ぎては、鼻血が滲むし、鼻の穴には血溜まりがと。
鼻の穴に指を突っ込んで、血の塊を取り出すに、又、痛いしなあ。

この季節、耳鼻科は大入り満員、待ち時間甚大。待つのは、本来、死ぬ程に嫌で、辛いですが。イツまでもこんな調子で居てられませんですの、鋭意決断の、行って参じたです。結果、ンの、異常に空いてまして。
イヤイヤ、過日、専門医では無いの町医者に行ったですが。出来れば、専門医の方にと、先にこちら様を覗いたですが。靴脱ぎ場をチラ見で、嗚呼、アカンなと、即の退散の、そっちに行っただけでして。

花粉症の薬を処方して戴きまして、ン日経過の、全然の改善せず。ホンマに、花粉症の症状かと。
イヤ、血液検査で、杉花粉は陽性での、花粉症の気があるは承知の、日々、辛いし、ここは一発と。待ちは覚悟で、行けば、3台駐められるの駐車場には、車が一台だけでして。ここは、マンションの1階の町医者でして。正直、ここがダメなら、「スーパー・マツモト」に駐めるにしてたですが。
フウンの、その一台も出るの態勢でして。既に、持ち主が乗り込んでまして。モ一発、フウンの、車が駐められるの状態なら、患者数も知れてるわと。10人も、20人も居たはらへんわの、精々が、多くて5人かと。

車を駐めて、靴脱ぎ場を見れば、靴は子どものが3っつと、大人が2つ。靴脱いで上がるの間にも、3人の子連れの女性が出て来まして。フウンの、ホナラの先客、1人かと。考えられへんなあと。
オッとの、コレ幸いの、受付に行けば、案の定の先客1人。診察カードと、保険証を提示したら、オッとの、保険証と思たは、余所の診察カードでして。イヤ、皮膚科のでして。
保険証なら、家を出るの際には、要確認してるです。
過日、送って来たの、新の保険証が、4月1日から有効でして。

ホンマになあ。
此度、数ヶ月の間に、保険証が二度も変更でして。確かめ、確かめ、持って来てるですの。既に、財布にカード類と共に入れてまして。

そんな事は結構の、先客、患者は、診察は終わって、会計待ち状態でして。すぐに呼ばれて、診察室にで、まあ、ここも、一年、二年に一度は来てまして。先生の顔は承知してるの、どされましたか。
どされたかと、尋ねられるがコレ又、辛く。
風邪なんか、花粉症なんか、分からんしで。
症状、状況だけを伝えよかの、一番は、喉が痛いのです。朝方が一番に痛く。そして、鼻汁が出まして。痰が絡みまして。

先生、話を聞き乍らの、鼻の穴を観察の、血が滲んでますなあの、鼻のかみ過ぎですなあと。ハイの、その通りで御座候の、花粉症はあったのかなあ。ハイ、杉を持ってます。
杉ねえ。モ時期的にはスギたなあと。ンと。
次は、ヒノキやけれど。花粉症の症状とは違うなあと。へえと。

喉の痛いのは、口を開けて寝たはるからと違うですかの。ソラ、その可能性はあるけれどや。当人、私め、分からんの、症状から云えば、ソなんやろと。
とは、云うてえへんけれどや。
「鼻炎」の薬を飲んでも、鼻汁がと。

この、「鼻炎」薬は、市販のでして。別途の町医者で、処方して戴いたの、抗アレルギー薬でも、収まらんしで、買い置きのを服用してたですが。
とも、云うてえへんけれどや。こんな場で、余所の医者の話は出さんわと。

とか、云えば、「鼻炎」の薬も考えモノの、症状は治まるけれどの、鼻水が堅くなってねえと。結果、鼻での息が苦しいなって、口をパクリで、口中が乾燥してしもて。喉が痛く。又、鼻をかみ過ぎて、鼻血がでして。
その悪循環ですなあと。
ンの、まの、その通りかなあと。

よって、喉の炎症止めの薬と、これは、3日分もあれば、充分での、加えての、鼻の中に、シュ、シュと、注入するの薬を出しておきますのでと。これで、鼻が楽になるですと。ハイ、有り難う御座いますで、会計、薬代と共の、しめて、2140円也。

イヤマア、この処、医者代にナンボ散財してるやと。最初っから、餅は餅屋で、専門医、耳鼻科にしといたら良かったなあと。


そんな次第の、斯くなるでの。
喉風邪なんか、単なるの、口をぱくりで、喉が痛いの風邪症状かは、分からんの、この処、病院ばっかりの、母の付き添いでの、「亀岡シミズ病院」での話をと。
ホンマやでの、数年の以前までは、医者、病院には、年に一度も関係してへんかったですが。ここ数年。特に、昨年辺りから、病院通いばっかりでして。
加齢と共に仕方が無いと云えば、仕方が無いですが。オマケに、母の用事もの、母のが多いけれどや。要は、病院通いに抵抗感失せてしもてまして。

での、採尿の結果待ちの間、待合い場所で、待ってたならばの、運転手君、我が後輩のなれどの、様子を伺いにチラと来まして。イヤ、遠くからなれどの、マダ、時間は掛かりそおかの、確認でして。看護師、返答するに、長引きそおやと。
イヤ、双方、手振りでの、質問、返答でして。
ソラ、既に、昼の12時を回ってまして。

でででの、待つの間、看護師、曰くにの、私と、彼、運転手君の事でして。
そもそもが、彼と話をした事が無いですて。フウンの、ソ云われたら、ソかも分からんの、一見、取っ付き難いの雰囲気があるかもなあと。
イヤイヤ、私と彼が、旧知の関係であるを知って、世の中狭いねえの、にしても、2人が、車の中で、喋りっ放しで、そんなに喋る人とは、見えへんかったですと。
まあねえ、人間誰しもの、余程の気さくな性格で無ければ、誰彼構わずの、喋るは無いですが。私にしたって、先の通りの、彼とは、会社が一緒であったが故に、その話題で、華が咲いただけでの、20年ブリでの、その20年の昔に、大本教で、ばったりにしても、喋っても、一言、二言でして。そもそもが、私とは、所属が異なりまして。会社以外の場で、ばったり故に、記憶鮮明での、彼はこっちの方の住人と知ったですが。

その大本教本部にも、以来、行ってませんでして。
彼も、私も退社してまして。そもそもが、私が退社した頃には、彼も辞めてた可能性がの。
までの、余計な話は申してませんですが。
(12/04/05)


NO.66 亀岡シミズ病院の話(4) 大本教の話

過日、木曜日<4月5日>に臨時の、「芋煮会」がありまして。
イヤ、予定されてた日が悉くの雨天順延の、これ以上、延期は時期を逸すると。
何の時期かとなればの、じゃが芋の植え付け時期でして。

平日、有志だけで集まろかとなりの、私は近在故に、ハイ、承知の、結果、7名<総勢12名程>が参加したですが。この日も雨でして。
雨でも決行の、上手い具合に、作業中は曇りでありの、降っても多少の、作業も終わったですが。
この処、雨、雨、雨の、雨続きで、水はけの良い、畑も、ぬかるんでまして。
私も、従前、一度も、長靴では作業はして無かったですが。初めて、長靴で作業したです。イヤ、いつもは、運動靴でやってたです。ソレで、充分でして。

イヤイヤ、前回より、「芋煮会」メンバーに加わった、「Y田」君。
<参考=「単なる雑談NO.77」NO.1032 方向音痴自慢の話(6) 迷子になるの話>

何とまの、パソコンをば、やってえへんでねえ。ケータイは所有も、メールをやってえへんでねえ。へえと。
今時、この手のが存在するかと、ビックリしたです。とは云うても、やってえへんで、死ぬる事も無いけれどや。
「芋煮会」幹事殿、彼に連絡、一々の電話ですて。フウンと。その他の面々には、メールで一発、通知完了なれどです。


そして、過日、3月27日に、「ふないの里」で遭遇の、運転手君。
<参考=「禁断・奇談NO.7」NO.63 亀岡シミズ病院の話(1) 送迎車の運転手の話>

2人共に、元ローム社員でして。何故か、今年に入って、会社のに、良く会うですが。
「Y田」君は、「芋煮会」メンバーと同じの所属に居てまして。<注=細かく云えば、違うですが>
運転手君は、営業畑<ローム本社>故に、私以外の、「芋煮会」メンバー<生産設備の開発部門>とはご縁無く。

イヤ、私の場合、仕事柄、殆ど、全部の部署に用事があったです。記憶には無いですが。もしかしたら、運転手君とも、どこか、顧客のクレームで、一緒してた可能性もありまして。
変な話、クレーム関係で、営業担当と、顧客に行っても、余程、回数を重ねませんと、担当者を覚えてませんです。理由は簡単の、同行しの、雑談をしてても、頭の中は、クレームの件で一杯でして。

こ云われたら、こ返答の、こなれば、こんな具合にと、シュミレーションをばしてまして。営業担当との会話も、どこをどんな具合に車で走ったかなんか、皆目の、覚えてませんです。
話簡単には、適当に、話を合わせたり、質問したりしてるだけでして。行く先が、初めての処ならば、先様の担当者、出て来る人はどんな人かと。どの程度の製品知識を有してるか、先様での、クレームの大きさはと。
等々でして。
特には、各地営業所の担当ならば、尚更の、1回、2回しか会う事も無く。余程でなければ、苗字さえ、覚えてえへんです。
但し、彼の場合、本社営業でありの、会社以外の別途の場所、亀岡の大本教本部で、ばったりが故に、嗚呼、亀岡の住人かと、記憶に残ったです。


でででの、待合いで、順番待ちの待機中。
看護師が、尋ねたです。
大本教とは、どんな宗教かと。ンと。
彼との話を聞いてたかと。聞かれて、拙い話はしてませんですが。での、大本教ねえ。信者でも無いしで、詳しくは知らんですが。

まあ云うたら、出口直を開祖とする、新興宗教でありまして。亀岡城跡を本部にしてまして。出口王仁三郎が飛躍的に大きくした人物かと。
この開祖。そして、出口王仁三郎は謂わばの、予言者でして。出口王仁三郎は特に有名で、予言書とするのか、宇宙誕生から、未来予測<予言>までを含むの、「霊界物語」なる本を出した人物でしてと。

イヤ、私め、この辺りの話、予言であるとか、死後の世界の話なるは、話として、好きでして。話として故、信じる、信じないとは、別の話でして。正直には、死後の世界は信じてませんですが。
イヤイヤ、地獄、極楽はあれば、ええなあと。あって欲しいとは思うですが。願望と、信じてるとは違うです。死ねば、「無」と思てるです。

又、好きとする程には、知らんですが。
変な話、予言者なら、その人物が他界したなら、その段階より、予言は出来ませんでして。にも関わらず、現在唯今でも、宗派が存続の意味が分からんですが。
それを云い出せば、全宗教の開祖なるは、原則、預言者的な事をしてまして。

且つは、名も知らんの、新興宗教団体なるが、沢山存在の、本部は広大なる敷地に、立派な建物を所有してまして。余計によお分からんの、儲かるのかなあと。儲かるのやろなあと。
イヤイヤ、宗教団体には、所得税が掛からんと云えば、それまでなれどの、寄付等々、するの信者が沢山、居てるが故に、儲かるのでありまして。

とまあ、そこまでは、看護師には云うてませんですが。
看護師曰くに、同じ職場にも関わらず、余り喋ってませんですて。ンの、云われてみれば、ソかも分からんですと。
営業担当の割には、自分から進んで、喋るの方ではあらへんなあと。強いてなら、無口の方かなあと。
私の場合なら、共通の話題、昔のロームの話。営業担当も知らんとは云え、新しい人を知らんだけの話の、本社の古手なら、沢山の面々を承知はしてまして。あの人は、この人はと、どしてるのやろなあと。
又、彼を昔に承知してるだけに、話易いもありましてと。
(12/04/08)


NO.67 亀岡シミズ病院の話(5) 帰りの道中での話

本日<4月8日>、昼には、二男夫婦がと。
イヤ、かねてより、来るにしてたですが、こっちの都合が悪かったり、あっちがで、延び延びになってまして。
何の用事かとなれば、何と云う事でも無く。
強いてなら、スタッド・レス・タイヤの交換かと。ノーマル・タイヤを我が家に保管してまして。自分の処にでも保管は出来るですが。マンションでは、一々の移動も邪魔臭いらしく。別段にの、我が家では、嫁はんのタイヤも保管してまして。タイヤ用ラックの棚は2段で、私の車は、スタッド・レス・タイヤを所有せずの、1段空いてまして。好きにしたらと。
とするのか、元々が、嫁はんのと、二男のとを保管のため、ラックを買おたです。

その他、諸々、あったですが。諸般、その時期になれば、掲載致すです。

での、折角故に、母<二男にとっては祖母>の面会もと。私共も二男の車に乗って、同行したですが。
フロアに入るなり、母がソバに居てまして。何かと思えば、トイレの順番待ちらしく。イヤ、フロア入り口のソバにトイレがありまして。介護士が1人1人誘導してたですが。
での、介護士が我々に曰くに、今、風邪が流行ってまして、面会は短時間で、切り上げて下さいと。ハイ、承知の、元々が、そんなに長く居てるのツモリも無いですが。

トイレから出たら、車椅子の母を部屋の方にと、伴いまして。ベッドに座らせまして。
イヤ、過日、母は、この土曜日<7日>、近在に花見に行くになってると申してたですが。花見するに、この近辺、まだ、桜が咲いてえへんでねえ。日伸びで、16日になったですて。フウンのさもありなんの、されどの、16日となれば、今度は、散ってるの可能性があるかなあと。

イヤイヤ、又もやの、二男夫婦の顔を見たら、よお来てくれたと、感涙、涙を流しまして。

泣き止めば、飴を喰いたいと。
来る度、欲しい、欲しいと申すが故、喉飴を持って来てるですが。すぐに無くなりまして。
只なあ、寝乍らは、良く無いでと。喉に詰めたらえらい事やでと。事実、介護士からは、喉に詰められたら危険として、禁止とするのか、介護士が預かり、しかるべくの要求があれば、渡しますと、云われてまして。
母の言では、皆が勝手に食べてると。云うが故に、差し入れてるですが。
原則、隠れて手渡してるで無しの、目立つよに置いてるですが。要は、介護士、黙認の形でして。

アトは、着替えをしかるべくの収納場所に収め。洗濯物を回収で、母、広間に行くと申す故に、ホナラと。車椅子に座らせ、そっちの方に連れてったですが。
ハタと横手を見たら、過日の看護師が居たはりまして。挨拶方々、先日はと。
この看護師は誠に面倒見が丁寧でして。入所者に寄り添い、相手したはりまして。介護士か、看護師か、分からんの程でして。正直、感心致すです。
イヤイヤ、概ね、ここの介護士は、中に溶け込んでしもてまして。親身に世話されてまして。どこゾの介護施設で、虐待が云々は考えられませんです。

そんな次第の、「ふないの里」を退散。
今度は、嫁の里の、妹に小包をと。
イヤイヤ、この2月に女子誕生。女の子用の衣類は無いかと。我が長男の嫁にで。孫娘のが、ある故、過日行った際、受け取り、持ち帰ったですが。
それを、里の妹に送るがため、「ヤマト運輸」にと。

云うたら、嫁の妹は結婚も早かったですが。男の子3人で、女の子でして。凄いなあと。
反対に、嫁の兄弟なるは、女の子3人で、男の子でして。コレ又、凄いですが。尚、嫁は、中手でして。

斯くなる次第の、斯くなるでの、二男夫婦と昼食、夕食を共にしまして。次回は、5月の連休にと。


でででの、過日、3月27日の話。
母の通院のため、「ふないの里」から、「亀岡シミズ病院」にと。待ち時間の間に、看護師と、諸般、雑談をば致しまして。主として、運転主君の件と相成ったですが。イヤ、彼もそんなに話をする人とは、思わんかったと。さもありなんと。一見、取っ付き難い雰囲気もあるかなあと。されどの、誰しも一緒と思うですが。話をし出したら、結構喋るです。
少なくとも、悪い人物には非ずの、話を聞いたはったの、そのままの、ウソの無い、正直なる人物でして。

イヤイヤ、ソと思うの、休みの日でも、緊急の用事があれば、呼び出されやはりましてと。家から、自転車で来たはりますと。フウンの、自宅がどこかは知らんの、確かに、こっち方面であるは、過年、20年の昔に聞いたですが。
私め、こっちの出生に非ずの、土地の細かな話をされても、さっぱりでしてと。

とかとか、雑談してる間にも、30分が過ぎの、呼び出しがありので、診察室に入れば、検尿結果では、特筆するよな件も無く。まあ、結構かと。とりあえずは、特段の事でもあれば、別途での、以て、無罪放免ですと。ハイ、有り難う御座いますで、退散なれどの、看護師曰くに、母の方は、送迎車の方に連れて行く故、私の方は、病院代、精算で、車の方にと。ハイ、承知と。

要は、家族<保護者>は、診察結果の立ち会いと、精算するが役目なんやなあと。
アトは看護師がやってくれまして。
但し、次回、4月24日の整形外科に再診の際は、車は出せど、看護師の同行は分からんらしく。それは、それで、仕方が無いですが。運転手君が彼なら、気易いですが。指定も出来ませんでして。

そんな話は結構の、さての、精算も終わって、「ふないの里」にの、帰りの道中。
矢っ張り、国道は走らず、裏道をと。
諸般諸々のロームでの話をしてたですが。

そらまあ、運転席の真後ろとは云えどの、簡単なる遮蔽もあって、全面的に前は見えませんですが。遮蔽の端から進行方向を見乍ら、喋ってたですが。とあるの、十字路にてです。
マイクロ・バス、送迎車は、十字路の手前で、一旦停止。
実は、右手から、左の方に走るの、高齢者が運転の、「もみじ」マークの軽トラックが一台。これをやり過ごすのツモリやなあと。
片やの、対向車、真向かいから、これ又、高齢者運転の、「もみじマーク」の、軽自動車が、道路を横断の、こっちの方に、飛び出してきて。
での、右手からは、先の通りの、「もみじマーク」の軽トラックが直進で、右から左なれどの、軽トラックは減速、停止せず。

話簡単の、目の前で、真向かいから、こっちに横断の軽自動車の横っ腹に、軽トラックがドスン。
イヤイヤ、冷静、客観的になら、真向かいからの、軽自動車、爺様は、こっち、マイクロ・バスに気を取られたの可能性大なれどの、別段の一旦停止の、右手からの軽トラックをやり過ごすがため、そのままの、停止をしてまして。
軽トラックに対しての、冷静、客観的には、直進の軽トラックの婆様は、道を横断の軽自動車を充分に認識、停止出来るの間があったのにと。

イヤマア、双方、左程に速度は出てませぬが故に、軽自動車の横っ腹に、ドスンでも、特段の怪我をするよな、衝撃では無いですの、双方、嗚呼、あのアと。
私共も、嗚呼、あのアと。
まあ、怪我もしたはらへんみたいやなあと。物損だけみたいやなあと。
(12/04/09)


NO.68 桜見物の話

桜の時期。
我が周辺では、既に、満開の時期がやや過ぎまして。散り始めてまして。
イヤ、京都縦貫道、大井インターから、国道9号線の道に桜の木が植わってまして。

イヤイヤ、母が入所の、「ふないの里」の桜見物が、4月16日<土曜日>と聞いてまして。16日では、更に、散ってるのではと。
思いつつの本日<14日>も、ご用聞き兼の、洗濯モノの収納、回収のため、「ふないの里」に向かうに、八木(やぎ)の辺り、桂川の、大堰橋の周辺は桜が満開状態。
オッとの、この界隈、保津川の上流なれどの、桂川となってるです。保津川の先が、又、桂川なれどです。

車を運転し乍ら、桜を見つつの、16日ではなあと。今日辺りが丁度良いのでないかと、思いつつの、「ふないの里」に到着の、玄関先に、送迎車が数台駐まってまして。ディ・サービスの面々やろかと。
思いつつの、受付に寄りの、3月分の利用料請求書を戴きにの、エレベーターの方に向かえば、車椅子の老人が数名。介護士と共に、エレベーター待ちしてまして。ンの、その1人が母でして。

聞けば、桜見物から、戻った処らしく。へえの、良かったなあと。良かったえと。
云いつつの、妙齢の美女介護士から、一緒に乗ってくださいと、促されの、エレベーターにで、2階までの、ホンの間に、介護士に、16日と聞いてたですが、本日に繰り上げで、正解ですねえと。
一言、挨拶替わりの雑談をと。
介護士、そおですねえと。

2階に着けば、ホナラの預かりますと、母の車椅子をフロアの方にと。
そらなあ、1人で、何人もを、連れて行くは大変でして。階下には、まだ、4名程が残ってたかと。

フロアに入れば、母、オシッコと。ンと。
イヤ、出入り口のソバに、トイレはありまして。原則、介護士が面倒見てまして。私も、身障者用トイレの扱い方は知らんです。
出て来るに、ベルを押せば、介護士が又、諸般、面倒見てくれまして。云うたら、至れり、尽くせりの、リハビリ・センターでして。
出て来たら、母を引き取りの、車椅子を部屋の方にと。
部屋に入れば、母、一寸、横になると。ハイ、承知の、車椅子から、ベッドに諸般、手助け致しまして。まだ、自分1人は無理なる状態かと。されどの、従前よりは、動きはしっかりし出してまして。

での、持って来た、洗濯モノを収納の、洗濯するモノを所定の場所から、回収のと。
その間、どんな具合やと、母に尋ねればの、桜が綺麗やったなあ。良かったえと。フウンの、良かったなあと。されどの、その話を聞いてるのでは無いですが。エレベーターで、聞いてまして。

要はここ、「ふないの里」での様子を尋ねたですが。イヤイヤ、この処、不平不満を云わんよになりまして。
イヤイヤ、前々回、二男夫婦が来た、3月3日の辺りでは、早よ帰りたいと、愚痴ばっかりの、泣いて、泣いての、辺りだけで無くの、3月中旬頃までは、会えば、愚痴ばっかり。
それが、云わんよになりの、前回、4月8日に二男夫婦が2度目に来た時には、比較的のご機嫌さんでして。

その後も、私は来てるですが。母は広場に居たりで、わざわざの、部屋に連れ戻すの事も無しで、母とは、来たでで、洗濯モノを置いとくしの程度の会話しかしてませんですが。母も特段の、広間のテレビを必死に見てるの状態でして。

での、リハビリは進んでるかで、進んでると。フウンの、居心地はと尋ねればの、ええなあと。フウンと。
ええなあとは、初めて聞くの、以前は、ここは嫌で、兎に角、家に帰りたいの、知らんの人ばっかりで、つまらんしと。リハビリも全然してくれやはらへんし、部屋も一番に安いの安物のと。
云いたい放題が、ええなあとは、聞き始めの、桜見物が影響したかなあと。

イヤイヤ、ここの人は親切でなあ。何でもしてくれやはるし、不自由しいひんしと。フウンの何の加減かの、ここに、慣れて来たのかなあと。イヤ、慣れて来たですが。ソラ、入所が、2月21日での、モ、ボチボチにも、2ヶ月が経つです。
慣れて来て当然でして。慣れて来たら、確かに、介護士の面々、親切で、親身であるは、ハタから見てても、思うです。

ホナラの、ホカの施設の介護士は、ソで無いみたいなれどです。
実は、実際の状況は我々、知りませんでして。

ディ・サービスの、「こもれび」にも、ショート・スティの、「けやき」にも、何度も、何度も足は運んでるですが。受付止まりでありまして。内部の状況、詳細は見てませんです。
見て無い事も無いの、多少は見えるですが。見えても、食堂をチラの程度でして。
そこから先、行くの用事が無く。用事も無いのに、施設内をウロウロも出来ず。
結果、介護士がどんな具合に、老人と接してるかは、見えませんです。これ又、全くの見えずかとなれば、多少は見えるですが。遠くから見えるのと、施設内部に入って、見える、見るとでは、見えるの度合いが違うです。
ここでは、イツ来ても、見ても、老人と溶け込んでるよに見えてるです。下手したら、家族かと。

事程左様の、多分なら、どの施設でも、一緒とは思うですが。我々にしても、来る回数増えれば、施設の一部ではあれ、雰囲気にも、慣れて来てまして。慣れて来たら、細々も見えて来てまして。
この人は、イツも顔を見る。この人は、時間帯が違うのかと。あの兄ちゃん、姉ちゃんは、今日は居てへんなあ等々。
介護士の顔も、覚えまして。介護士が、我々家族が来てるに気が付いて無い状態をも見えまして。

ソラ、母の申すの通りの、親切で、慣れてくれば、居心地良いは分かるの、されどの、「老人ホーム」に非ずの、ここは、リハビリ・センターでしての、入所期間、原則、3ヶ月。延ばすを依頼で、5ヶ月、半年までかと。
イヤ、別途の問題の、費用が安くもあらへんわと。

本日、戴いたの請求書の金額、8万と、ン千円也の、母の年金では、足が出るの、されどの、延長も考えてもええのかなあと。
そらなあ、私共も、ここに居てくれたら、病院での患者とは違いましての、気楽、気楽の、安心感があるです。
諸般の、時間の制約もされへんし、あらへんしと。ご用聞き、洗濯モノなんかの、回収、収納、週ン回なんか、全然の、大した手間でもあらへんわと。
ソレさえも、滞るの、嫌がるの、家族、親族が居てるらしいけれどです。
私共からしたらの、ウソやろと。

での、こっちの用事、洗濯モノの処理が終わって、さあ、帰るでと。
母に申したならばの、広場に行きたいと。理由は、3時のオヤツの時間ですて。フウンと。
(12/04/15)


NO.69 三度目の延期交渉の話(1) 諸々の事情の話

イヤイヤ、過日。
母の件にて、諸般、打ち合わせがありまして。
中身、出所の件でして。

そもそもが、骨折にて、昨年<2012年>末、「亀岡シミズ病院」に入院しまして。病院では、長期無理でして。リハビリ名目にて、「リハビリ・センター」に入所。「ふないの里」と、称するですが。
退院、当年、2月21日で、当日、入所。当時の、ケア・マネージャーが尽力してくれまして。
ここは、老人ホームに非ずの、原則、3箇月。

その3箇月で済まずに、母の希望もありましての、更に、3箇月、延ばして戴きまして。これは、すんなり、決まりまして。結果、5月末出所予定が、8月末と相成りの。
イヨイヨの出所間近で、嫁はんの事情、当家の受入体制整わず。
イヤ、白内障手術を入所してるの間にと、考えてたですが。話をして、すぐにも、出来ると、思いきやの、7月初旬に話を出して、9月6日<木曜日>にしか、出来ませんと。えと。
両眼故、二度目が、一週間後の、9月13日でして。
術後二週間は、安静とするのか、余り、過激な事はとされてまして。事情説明の上、入所延長を伝えたならばの、了解と。

イヤ、この伝えたの日は、リハビリの先生2人。相談員1人の、3人様が来られまして。母出所後の、計画とするのか、より、安全、快適のための助言が出来るよにの、現場確認の日でして。
相談員曰くに、当家が、母の出所を急いでるよで、急遽、家に来たですがと。へえと。急いでると、伝えたの覚え無いですが。
とは、云うてませんですが。
そもそもが、常に一方的でして。家の様子確認のため、イツイツ行きたいですが、宜しいですかと。ハイ、結構ですと、伝えただけでして。

ソレ以外となれば、入所一箇月半程してかに、相談員話があると。
内容なるは、母、嫌がってるみたいの話でして。イヤイヤ、当初、2週間辺りまでは、ソ云うてたですが。現在では、諸般、気にいってるです。
正確になら、当初は、「老人ホーム」と思てたんやろねえ。次第に、「ふないの里」の中身、理解したらしく。又、様子も分かって来まして、安心での、ここがええと云い出して。良いなら、頼んでみるわと。伝えまして。
結果、一度目の延期<8月20日>となったですが。

二度目は、先の通りの、こっちの都合でして。
それも、手術の日が分かったのが、家に来られるの話の直前でして。急いでるみたいに何故、受け取られてたかは、分からんの、結果、更に、3箇月延期されたか、11月20日出所となったみたいでねえ。
イヤ、正確、公式には、教えて戴いてませんの、リハビリの先生から、様子を伺うの日<先様より、説明のため、時間を取って欲しいの要請による>、説明資料に、11月20日としてあるを見ただけでして。
へえの、3箇月、延ばして戴いてたかと。有り難いと。

ででの、二度目の延期を申し入れてからのとあるの日。
母がまだまだ、居たいと申すが故に、その旨、相談員に伝えたならばの、そんな、ズルズルとは、延ばせませんの、奥様の白内障手術の件で、延ばしただけでの、10月一杯。11月には、出所して戴きませんとと。
きっぱり、断られてしもて。嗚呼、アカンかと。

イヤ、先日、家に来られた時、相談員曰くに、こっちの方が、イツまでと、日をある程度、決めて欲しいの話もあったが故に、フウンの、ある程度は、こっちの意向を聞いてもらえるかかと、解釈したですが。
云い出せば、母より、早くに入所されてるの面々、まだ、居ておられまして。一部、顔ぶれ替わってるですが。とてもやないの、3箇月で、消えてませんでして。同部屋のホカの3人も同様でして。

これ又、実は、1名様。
良く、喋ってくれるの婆様であるの、息子さん、虎キチなれどの、突如消えまして。出所されたかと、思いきやの、母の話で、個室に移動されたですて。ならばの、入所継続かと。
イヤイヤ、数日、ベッドが空いてまして。コレ又、母に聞けば、あっち、こっち、空いえてるえと。フウンと。
当然の、一週間経った頃に、新人婆様、入所されてたですが。
そんな事で、必ずしもの、3箇月とは、限らんを承知してまして。

オッとの、くれぐれもの、「老人ホーム」で無いは承知の、「老人ホーム」に母が入る筈は無いも承知の、原則、母の希望によるですが。ソレ以外にも、こっちの、都合もありましての、2度の延期を願たですが。
嫁はんの、白内障の経過が、そんなに良くは無く。
とは、少々の語弊の、まだ、安定してませんでして。左目、0.7、右目、0.4であるらしく。それなら、手術前の、007よりは、一桁上がったになるですが。左右で、視力異なると、調子が悪いとするのか、名実共の、頭痛のタネ。目の奥が、きりきりの、重い雰囲気になるですて。

オトトの、斯く申すの私も、目の老化。老眼は当然の、過月、目の奥に圧迫感とするのか、こったよな、感覚発症故、眼科に駆け込んだですが。
検眼結果、視力が、左右で異なって来てまして。若干の、乱視も出てるのらしく。
との、表現、「らしく」は意なれどの、視力の数字、聞くを失念。

先生曰くに、バランスが崩れ。慣れて無いがための、症状ですと。視力、乱視、改善されませぬ故、片方が、悪くなるまで、仕方が無いですと。とするのか、次第に慣れて来ますと。
目薬も、処方するに、モノが無く。気休めにしかなりませんですが。栄養剤的目薬を処方しときますと。フウンと。

よって、嫁はんの目も、術後、目のバランスが崩れた状態と、認識してるですが。
諸般、ならばの、母の出所も延期の方がええかなと。
いらいらしてるの状態で、母出所、帰宅もと。

諸般とは、孫君2号の、誕生日もあるし。二男家、孫君3号の、初宮参りも、計画せねばならぬの、ややこしい時に、帰って来られても、ショート・スティなりを申し込むに、年末迫れば、難しい面ありまして。

さての、どしょかと、延期の申し出なれどの、相談員からは、釘刺されててねえ。
とかとか、思案してるの間に、先様、相談員は、出所方向で、着々と。事進めてまして。
(12/10/27)


NO.70 三度目の延期交渉の話(2) 内部事情の話

原則、母の意向、最優先。

ソラ、諸般、世間には、考えあるです。何が正しいかは、個々人様々、価値判断様々。
親の面倒、見られる限り見るも、無理な状態となればの、しかるべくの施設で世話して戴くの考え。
実は、この辺りの基準が難しいです。面倒見られる限りの、基準がでして。どんな状態でも、見る気なら、見られまして。但しの、正直には、家族の犠牲が伴うです。その犠牲をどこまで、許容出来るかでして。

我が家、母の場合であれば、何度も骨折致しまして。結果、自由には動けぬよになりまして。現在唯今、リハビリ・センター、「ふないの里」に、お世話になってるです。くれぐれもの、「ふないの里」は、「老人ホーム」に非ずの、原則、一生居てる処では無いです。在宅介護に持ち込むが主たるの目的でありの、目標とするの施設でして。
ここで、「原則」とは、微妙なるの、表現なれどの、そんな方も存在するの意でして。
戻るべきの自宅が、家族が、受入体制出来ずの、無理となればの、一生居てもらわんと、仕方が無いです。

での、当家、何度も申すの、原則、母の意向、最優先としてるです。
ここでも、「原則」としてるが故、当然の、受入体制もありまして。
但しの、母の部屋はそのままでして。形的、イツでも、帰るは出来るです。但しの但しで、現在のままでは無理でして。中身なるは、母のベッドは、最早の母に合致致しませんです。

具体的には、所謂のベッドでして。介護ベッドではありませんでして。
介護ベッドとは、高さ調整出来て、起こしも出来ての、要は動かせ、調整出来るのベッドでして。現状のは、固定式とするのか、木製でして。可動箇所ありませんでして。
高さそのまま、固定でも、使えん事は無いですが。当人が1人で、座り、寝るには、不向きでして。介護ベッドであっても、1人では、無理の状態になってるですが。高さを低くした方が、座れるし、滑り落ちずに済むかと。
滑り落ちるは、当人の問題なれどです。何分も横着でして。横着しても、滑り落ちんよに、手摺り等々、あるの、ベッドが宜しいかと。

イヤイヤ、現有ベッドは、購入品故、廃棄処分せねばならぬです。廃棄して、レンタルでの、介護ベッドをと。
さもなくばの、現有ベッドの保管場所があらへんわと。

だけで無く、果たしての、ポータブル・トイレをどするやの話もあるです。
簡単に、ポータブル・トイレをと云うなかれの、病院、しかるべくの、施設やあるまいにの、狭い家に、部屋に、締め切ったの部屋に、簡易でも、トイレはトイレでありまして。芳香剤、消臭剤が幾ら、上等になっても、糞尿は、糞尿でして。

ならばの、部屋、開放したらと、云うなかれの、夏場、冬場は、締め切りませんと、地球を暖房、冷房出来ませんでして。節電、節電、経費節減でして。
イヤイヤ、コレ又、実はの、昨年<2011年>末には、鋭意決断の、モノまで決めて、購入するにしてたですが。その矢先に、転けて、入院での、保留になって。
イヤ、年明け、本年、早々にもと、延ばしに延ばしてたが、或る意味、正解でもあったですが。

何故に延ばしてたかとなればの、ソラ、部屋にトイレも、考えモノの、置くだけで、済まずの、糞尿の世話、処分を誰がするやの、家族やわの、以外に誰がと。
処分だけに非ずの、相応に清潔にもせねばの、清掃もと。
病院、施設では、やったはるゾと、云うなら、あちら様、仕事。と云い出せば、自分の親やないかと、云われソでと。長男の役目やわと、云われソでと。
事程左様の、全部、承知の、臭いが、処分が、清掃がと。強いての話の、覚悟なら、してるわと。余所様、第三者、隣のオッサンに、向かいの奥様に、頼むの気、毛頭無し。
覚悟した故、品番決めの、発注掛けるのまさしくの、ホンの、間際。
当時は、ベッドの件も、一応は想定してたですが。まだ、一寸先でもええかなあと。

思てるの矢先に、転けて、「亀岡シミズ病院」に入院での、最早の、歩行器でも移動無理かの、退院即の、リハビリ・センター、「ふないの里」に入所したですが。
母としたら、「リハビリ・センター」なら、車椅子で、自由に移動出来まして。諸般、何かあれば、呼び出しボタン一発、介護士が飛んで、来てくれて。
三度の食事は、定時に食べられまして。オヤツも出まして。云う事無し。
洗濯モノは、私共が、交換してまして。
但し、集団生活がため、自宅のよな、我が儘、気儘、勝手出来ませんでして。最大の問題、テレビが共同でして。

母の気持ちを代弁したなら、揺れ動いてるかと。
「ふないの里」の方が、生活はし易く。されどの、我が儘、気儘の、勝手は出来ず。とは云え、雰囲気、悪く無く。介護士も親切でして。出来る事なら、長く居たいけれどの、ソラ、家も恋しくてと。

こっちにしたら、先の通りの、原則、母の意向最優先の。されどの、ソラ、「ふないの里」に居てくれてるの方が、安心感もありの、こっちの、自由もありまして。
イヤイヤ、全然の違うわと。
母が居てたら、フイと外出まま成らず。食事の事は全部、準備万端しとかんとと。ディ・サービスの日なら、先様からの、送迎の時刻には、待機してんならんわと。朝9時に迎えが来るなら、それまでには、母が出られるの準備をと。
出すに、1人で動けませんでして。これも、益々の、動けぬよになってまして。玄関から、送迎車には、2人掛かりになるやろなあと。
出たら、戻るの時刻、16時頃までには、戻ってませんとの、時間的、可成りの拘束されまして。

だけでは無いの、ソラ、ン箇月も経過してたら、当方の状況も変動して来てるの、嫁はんなら、先の通りの、入所の間にと、白内障手術を致しまして。諸般、まだ、安定せずの、どしたモノかと。
だけに非ずの、二男夫婦に第一子誕生致しまして。イヤ、当然の、お目出度い事でして。
イヤイヤ、その初宮参りをどするやの、日の問題も絡んで来まして。

ソラなあ、母戻って、即の、ショート・スティも、思う通りには、成りませんでして。原則、2箇月前からの予約でして。既に、産まれて、2箇月云々では、間に合わんわと。
とかとかの、当方の事情もあっての。初宮参り云々なるは、先様、「ふないの里」に話出来る事では無く。無関係での、嫁はんの、目の様態での、話だけで、どにか成らんかなあと。母の入所延長をでして。

くどいけれどの、事程左様の、いつまでもの話をするツモリは無いの、考えてませんの、出来る限り、長くに、世話になれへんかなあと。長くも、最大でも、都合の1年かと。
つまる処の、本年、2月20日、入所故に、来年、2月辺りまでと。
するが、当方の希望。

母なら、揺れ動いてるの、帰るの自信無く。さりとての、共同生活での、我が儘、気儘、勝手も、施設では出来ませんでして。
よって、さての、この範疇にての、どんな具合に話を進めるかが、課題。
(12/10/28)



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