シバケンの天国
<−介護・凡人の憂鬱ー>
−明日は我が身の話−

禁談・奇談NO.6

禁談・奇談NO.4 禁談・奇談NO.5
禁談・奇談NO.1 禁談・奇談NO.2 禁談・奇談NO.3

要介護[2]NO.1 見えるNO.3
番外・爺さん・婆さんの話 母入院NO.4 要介護1NO.3

題目一覧表

目次

禁談・奇談NO.7

NO.60 余所の婆様の話(5) 個室・相部屋の話

NO.59 余所の婆様の話(4) 人間の尊厳の話

NO.58 余所の婆様の話(3) 寄り添うの話

NO.57 余所の婆様の話(2) 年寄りの役割の話

NO.56 余所の婆様の話(1) 嫁は1回もの話

NO.55 入所から2週間の話(4) 諸般、色々な面々がの話

NO.54 入所から2週間の話(3) 同年代の話

NO.53 入所から2週間の話(2) 又かの話

NO.52 入所から2週間の話(1) 面会の話

NO.51 ふないの里入所の話(5) 現場での話(2)

禁談・奇談NO.5


NO.51 ふないの里入所の話(5) 現場での話(2)

過日。
この過日は、昨日。
ホナラの、最初っから、昨日としたら、宜しいですが。
家の階段を上がる際、ドンと一発、右足親指をぶっつけまして。アイタタ、タッタのタのタのタッタと。
イヤ、相当に痛かったです。暫く、息も出来ん程の痛烈なる痛さでして。されどの、間も無く、退きまして。

での、その日は、風呂も入りの、そのまま、寝もしいのの、明くる朝一番、本日なれどの、ソやなあと。足の爪も切っとかんとと。割れたら、大変ゾと、爪切りを取り出しの、靴下を脱ぎので、ハタと、シカと、じっくり見ればの、ンと。
話簡単には、割れてまして。爪がです。
且つは、爪先、中央から、左下斜めに、1センチ程、生身とするのか、の方にと。えと。
辛うじて、生身の根本の方、紙一重で、割れて無くの、保ってるなあの状態でして。イヤ、剥がれては無いです。肉、生身にはくっついてるの状態での、このままでは、再度、ぶっつけでもしたら、生身から、剥がれソでねえ。

これは大変。
早急に処置せねばと。近在の、「ダックス」<ドラッグ・ストア>にと。
捕まえた、男性、中年、薬剤師に、割れた爪の補修剤みたいなのは、置いてませんですかで、置いてません。マニキュアを代用される場合があるですが。推奨出来ませんで、チョン。

帰ってから、インターネットで、検索の、見つけたです。「ネイルネイル・スプリットリペアN」とか、称するのがです。要は、マニキュアかも知らんけれどや。検索で、「爪」「割れ」「補修」「マニキュア」では、あきませんでして。
「マニキュア」を除外で、見つけたです。

イヤイヤ、体操選手等が、爪割れで、瞬間接着剤<アロンアルファ>で処理してるの話を、過日、過年、ン十年の昔に、チラと聞いたよなでして。テレビでの話なれどです。
アロンアルファ云うてもねえ。何でも宜しい筈が無く。当世、山程、無数にと、までは申さんの、種類が出てての、まさかの、爪用としては、出てへんやろと。
はたまたの、「ネイル用グルー」なるのがあったりしまして。グルーとはとは何じゃの、ティッシュで補強するとか、ややこしい事が書いてあったりでして。

イヤ、先の、「ネイルネイル・スプリットリペアN」は、塗るだけでして。
但しの、そもそもが、どこで売ってるのかと。探索すればの、化粧品に分類されててねえ。化粧品屋がどこにあるかも知らんの、ドラッグ・ストアで検索での、「ユタカ」で売ってるみたいでねえ。
イヤ、「ユタカ」に掲載されてても、近在の、「ユタカ」にあるとは断言出来ませんですが。

善は急げで、即刻の、行ったです。
行って、ここは一発、女の子に聞けと、妙齢、美女薬剤師を見つけて、あのねえと。爪が割れての、補修剤は置いてますかで、ええ、ありますよと。軽い調子で返答の、しかるべくの場所、マニキュアが置いてあるの場所に案内してくれましての、これと、これがあるですがと。
「ネイルサポート」<速乾補強コート>と、「ネイルネイル・スプリットリペアN」<亀裂補修コート>ですがの、割れてるなら、こっちの、<亀裂補修コート>がと。

嗚呼、オオキニと。
ドンの、ピシャの、決まったです。
検索で、調べたのと、一緒のがで、迷う事は無いの、での、どんな具合に使うですかと、尋ねたならばの、塗るだけですと。フウンと、楽やねえと。楽ですねえと。状況によりで、二度塗りされてもと。成る程ねえと。
こんなのを想定してたんやと。気色満面。

イヤイヤ、本日、風呂に入るまでには、処置をしたかったです。
さもなくばの、バイ菌でも入ってみい。大変ゾの、又、「皮膚科」に通うになりましてと。

ホンマやでの、爪の状態、見るまでは、少々の痛さも、気にしてへんのに、見た途端、ぶっつけたら、大変やと。歩くに慎重になりまして。そら、下手したら、歩くの間にも、紙一重が、破断の、或いは、何かに引っ掛かっての、割れた爪が剥がれてしもたら、困るわと。


そんな次第の、斯くなるでの、当日、2月21日、母の、「ふないの里」の入所の日。
詳細は、現場の介護士の話が一番に正確の、風呂は、火曜と、金曜でしての、着替えたのは、ここにと。入れておきますので、回収の際は、宜しくの、新しいのは、しかるべくの収納場所にと。
且つは、風呂は午前中ですと。

又、面会方々の、家族の方が来られるの際は、朝、9時から、夜の、8時まででしてと。
イヤ、その時間帯以外、玄関閉まってますと。ハイ、承知と。
その際、面会簿とするのか、記帳して戴きますが、受付では無くの、こちらの方ですと。ソですかと。

そして、持参の、歩行器は、不要ですと、返却されて。へえと。
こちらでは、原則、車椅子移動での、歩行訓練等々なるは、リハビリにてでしてと。ハイ、承知と。
されどの、週2回のリハビリで、歩行回復するのかと。思いきやの、入所初期は、週3回、4回なり、適宜、やらせて戴くですと。嗚呼、その方が有り難いですと。但し、リハビリには、しかるべくの、費用発生するですが。
仕方が無いの、そのための、入所でして。
(12/03/04)


NO.52 入所から2週間の話(1) 面会の話

以来、約2週間。
イヤ、母が入所してから、モすぐにも、早や、2週間が経つです。
様子はどかとなれば、不満らしく。不満は当然の、誰しも、自宅が一番でして。

テレビ、睡眠薬、おやつが命の、睡眠薬は、充当されてるですが。おやつは原則、禁止でして。
とするよりも、センターから、出されてるです。且つは、母の要求の、飴玉<のど飴>は、避けて欲しいとされてまして。
イヤ、先様、現場担当者に尋ねてるです。どしたものかと。さすれば、一気に食べないとか、管理が出来ますかと。或いは、寝乍ら食べられたらねえと。
それを云われたら、あかんです。母は一気に食べるし、寝乍らでして。要は、飴玉を喉に詰められたら大変でして。よって、こっちが預かりますがと。要は、担当者管理の下に、飴玉をとなりまして。
我が方からしたら、そんな手間暇掛けさせるも、気が退けるです。

当人からしたら、誰もが、やったはると。
とは、こっそり、食べたはるの意でして。イヤ、ソかも分からんです。現場の担当者からしたら、斯様な具合にまともに尋ねられて。ハイ、ご自由にと、返答の段階より、許可したになりまして。
万が一の事故でも発生で、責任云々の話にでもなれば、エライ事。又、充分なる可能性がありまして。あるからこそ、原則禁止で、隠れてとするのか、知らんの、関知せぬの間に、飴玉1個、喰われて、アカンよとも、云えずかと。

こっちからしたら、悩ましい話になりまして。
生真面目、大真面目に、アカンとされてるの事を遵守か、母の要求通り、飴玉程度と、手渡してやりたい気も充分にありまして。
テレビは、個室以外はありませんでして。
よって、不満も分かるし、知らんの人ばっかりやでと、云われてもねえ。

ソラ、地域も若干異なり、されどの、くどいけれどの、ディ・サービスに通うの、「こもれび」なら、気心通じた職員も、通所の面々も多いですが。あそこでの、ショート・スティ<宿泊>は嫌と云うしで、あそこならの、「けやき」は、リハビリ・センターに非ずの、あそこは、個室で、テレビ付き。
どっちかとなれば、「けやき」で、宜しいなら、費用も安いです。有り体、話簡単の、1ヶ月で、6万円強かと。こっちは、請求書がまだで、分からんにしても、概ね安くて、8万円。もしかしたら、10万円になるのかと。

まあ、この辺りは追々にで、とりあえずは、昨日<3月3日>、私が右足親指の爪を負傷の明くる日。「ネイルネイル・スプリットリペアN」を入手で、固定をした日。
二男夫婦が帰って来まして。イヤ、諸般の目的の、「ふないの里」に見舞いとするのか、面会をと。面会となれば、我々夫婦も一緒にでして。ソラ、場所を知らんが故で。

話を先にすれば、その明くるの本日<4日>には、妹夫婦が、面会にと。
結果、私共夫婦は、連日のと。ソラ、妹夫婦も場所を知らんしと。


「禁断」「奇談」
ぶっちゃけた話、我々もくたびれるです。
土曜日、日曜日まで、母の顔を見に行くかと。
親やのにと、云うなかれの、顔見る度、諸般、諸々、こんな処、出たい。何で、居てんならんの。帰りたいと、云われてみい。飴は、おやつは、あれが欲しい、これがで、気が滅入るです。


での、車椅子から、ベッドに移動の際、足腰ふらつきがあるがため、腰をしっかとつかまえ、支えるとするのか、持ち上げてたならばらの、二男が、そんな事してええのかと。あのなあと。
余計に気が滅入るです。疲れるです。
私共、介護士がされてるの様子を要観察にての、ンの成る程と、ソレを真似てるだけでして。さもなくばの、すとんと腰から落ちるです。落ちたら、骨折でして。落ちぬよに、見掛け、不格好でも、ベルトの辺りをグと持ち上げるですが。

ハタから見たら、そんなモンやろなあと。
要は優しくの、抱えるよにしたら、見掛け、確かに、良くは見えても、やる方はしんどいでと。タマになら、出来ても、こっちも、ええ歳での、その辺り、我が歳になりての、分かるのかと。
オッとの、斯く申すの、私にしたって、この歳で、諸般、遭遇、相対峙して、分かる事でして。
ホンマやでの、実際問題、抱えるよにしてたって、腰から、砕けられたら、追いつかんです。下手したら、共倒れの、一緒に転けるになるです。抱えられるは、或る程度、足腰がしっかりしてくれてての話でして。こっちも、体力あっての話でして。
リハビリの先生にしたって、転けられたら、意味が無い故、よろよろしてるよなら、同じよに、ズボンを持って、支えたはるです。確かに、一番に簡単、確実でして。

そしたら、当人からしたら、歩けてると、なりまして。
支えが無いと、怖い、怖いの連発でして。


イヤイヤ、くれぐれもの、面会に行ってくれる。来てくれるは有り難いです。母にも、刺激になるやろしと。嬉しいやろしと。
その上での話でありまして。


只、諸般、やり難い事もありまして。
そんなこんなで、母と諸般、やりとりしてたら、うるさいのやねえ。隣の婆様、歌を歌い出し。何の歌か、「待ちぼうけ」。他にも、歌てたと思うですが。
云うたら、病院では、「うるさいなあ。」と、まともに、云われたり。
よって、小声で話をするですが。母の方は斟酌(しんしゃく)無し。
<参考=NO.45 リハビリ・センター入所に向けての話(12) 母に説明の話><最下段参照>

イヤイヤ、コレ又、個々人、様々でして。二男夫婦と一緒に行った際、別途の婆様は、わざわざの、挨拶に来られたり。イヤ、来て、嗚呼と。人間違いであったらしいですが。この婆様は、介護士に伴われ、車椅子で、出先から、戻って来られまして。介護士が消えてから、こっちの方にでありまして。戻って来られた段階にて、挨拶してるです。
或いは、別途の、婆様、又、違うの婆様なれどの、私が入室の際、真向かいに居られた故に、こんにちはと挨拶したなら、こんにちわと、明るく、笑顔で返答して戴いたり。

オトトの、そらなあ、職員にも、同室の方々にも、挨拶なら、必ずしてるわの、歌を歌われた時には、正直、居たはるを認知してませんでして。真隣で、カーテンで仕切られてまして。わざわざの、覗いてまでは、存在の有無を確かめませんです。
歌われた故、帰る際には、「すみませんでした。失礼します。」と、謝罪してるです。
(12/03/05)


NO.53 入所から2週間の話(2) 又かの話

二男夫婦が母に面会に行ってくれたですが。
目的なるは、モ1つあって、嫁が、バレンタイン・デーのチョコレートを持って来てくれたです。
ホントは、2月19日に来るとしてたですが。その辺りには、神戸の長男宅に行くにしてまして。延期してもろたです。

イヤ、神戸では、長男の嫁にも、チョコレートを戴き。帰れば、二男の嫁に貰い。ソラ、嬉しい事でして。オッとの、ホワイト・デーの事も考えんならんですが。
ソラなあ、正直、妙齢の美女2人からのチョコレートは嬉しいわと。
オトトの、まあ云うたら、娘からチョコレートを貰う事が無かったしと。息子からは当然のあらへんしと。ええもんやねえ。
イヤイヤ、正直、この歳で、諸般、沢山のチョコレートを戴いてるです。四国からも沢山届きまして。当然の嫁はんからも貰いまして。

目的とするのか、更なる話もありまして。
その神戸で、遅ればせ乍らの、誕生祝いを貰いまして。イヤイヤ、二男と2人やでと、「Logicool Performance Mouse M950」<消滅・削除・13/01/06>を、くれまして。
云うたら、無線式の、2電源方式<充電式>でして。電池が切れたら、USBからでも、AC電源からでも、充電が出来るのヤツでして。フウンと。オッとの、帰って来たら、見せて頂戴と、二男が申してまして。ケータイでです。
イヤ、貰たでと、お礼方々、メールをしといたです。

二男夫婦は、土曜日(3月3日)の夜とするのか、こっちに着いたが、7時過ぎでして。二男は土曜日も仕事でして。着けば、早速にも、「ふないの里」にで、母も部屋に居たですが。居たとするより、広間から、部屋に戻ったところでして。
そんなに長居もしてませんですが。
イヤ、8時が門限、玄関が閉まるになってまして。

家に戻りの、夕食を共にで、手製ハンバーグ。
喰たら、デザートとして、お雛さんショート・ケーキをと。ソラ、先の通りの、当日なるは、お雛さん、桃の節句の日でして。丁度ええなあと、張り込んだです。
にしても、この手のショート・ケーキはバカ高いねえ。旨かったですが。


での、その明くるの日の、日曜日には、妹夫婦がと。
オッとの、よ考えたら、こっちからは、無かったなあと。イヤ、チョコレートがです。日も、ズレにズレの、過ぎ過ぎてるですが。
こっちは、昼前、11時過ぎでして。我が家に到着がで。どするやで、先に行ってしまおかと。概ね、15分で行けるしと。

着けば、母、広間に居てまして。
皆が居てるの場で、話もナと、車椅子の母を伴いの、部屋に戻ったですが。
部屋に着くなり泣きまして。嗚呼、嫌やと。「ふないの里」がで、又かと。
ここは、「老人村」やと。あのなあの、当人も、老人やのにと。88歳やのにと。
とまでは、云わんの、あのなあと。話の筋は全部承知の、云わせとかんと、仕方が無いの、されどの、どせえと。
兎に角、ここは、知らん人ばっかりやし、リハビリもしてくれへんの、つまらんわと。

尚かつの、一番に安い部屋やしと。
あのなあと。
私共の甲斐性、資金力では、とてもやないの、個室は無理でして。月20万円も取られてみい。こっちの生活が出来ませんですが。
とは云うてえへんけれどの、自分の年金で行けると。えと。そんなバカなと。4人部屋でも、母の年金では不足やのにと。どんな計算かと思いきやの、多分ならばの、部屋代だけを知ったかなあと。
確かに、部屋代だけなら、母の年金でも可能なれどの、あのなあの、諸般、食事、介護、おやつ、おむつ、風呂に、何にの、電気代等々、むしろの、そっちの方が高いですが。それを細々、云うてもでして。

話を聞いてるだけでも、気も滅入るです。
転けてくれへんかったらと、云うても、思ても、過ぎたるは戻らずでして。
ホンマやでの、歳は喰いとは無いなあと。

ホンマに、ホンマに、ど見ても、転ける度、身体能力低下しまして。
こっちからしたら、むしろの、母が退所するまでの、我が家での体制、心の準備も必要でして。されどの、こんな話ばかりをされてたでは、話は進まんしと。ソラ、出来れば、当人の希望もあるかと思うしと。
出来る限り、希望に添おてと、考えてても、それ以前の話、愚痴に終始で、気分が滅入って、帰るだけになりまして。


での、母も昼飯故、広間に戻ると云い出しの、ソかと、連れて行けば、今度は、介護士の面々であるのか、兎に角、職員が気を使てくれての、椅子を4つ持って来てくれて。
イヤ、正直には、部屋で諸般、やってるし、広間に連れて行けば、そのまま帰るのつもりにしてたですが。準備されたら、モ暫くでも、居てな仕方が無いの、母との話は、妹夫婦に任せまして。
イヤイヤ、モ困るの、あの人は、耳が聞こえへんで、あの人は、目がで。あの人はと。あのなあの、余所様の事はどでも良いとまでは申さんの、まずは、自分の事に精進をと。


ででの、さあ、帰ろかと。丁度12時になっての、食事時。
二男の際は、二男の車で来たですが。妹夫婦は、婿殿の車は、我が家の前に置きの、我が愛車でと。4人で、そのまま、国道9号線の、ファミリー・レストラン、「さと」にで、昼食をと。
(12/03/06)


NO.54 入所から2週間の話(3) 同年代の話

イヤイヤ、諸般諸々の、強制的に取られるの経費、出費。要は所得税等々は相応に抑えねばならぬです。
その一環が、所得税のゼロ化でして。
<参考=「単なる雑談NO.78」(NO.1041NO.1042 平成23年分の確定申告の話>

健康保険料にしても、介護保険料でも、相応に減額して戴きませんとと。
されどの、市役所のホーム・ページを閲覧しても、ややこしい表現をしてましてねえ。さっぱり、分からんですが。
ホンマやでの、65歳になったら、即の請求書が届きまして。天引きをしませんですて。銀行振込は出来るですが。ソしたけりゃ、個々人で、手続きせよと。面倒やねえ。手間暇、取らせるねえ。
個々人の選択で、しかるべくの、返答にて、そっちで、手続きしてくれたらええのにと。

云い出せば、我々の年代なら、まだまだ、動けるですが。
これが、後期高齢者年代。更には、我が母の如くに、動けんよになってみい。子や、孫と同居なら宜しいですが。同居と違えど、ソバに居てくれてたら、何とかなってもです。居てへんかってみい。居てても遠くやってみい。悲惨ゾと。
ならば、同居すればと、抜かすなかれ。そんな簡単なる話と違うです。
諸般の事例、嫌と云う程、観察してるです。見えてるです。見方も一寸、違て来るです。私共、最初っからの同居の面々ならば、スケスケに見えるです。


での、話を変えまして。
過日。
この過日は昨日であったか、中学時代からの同級生。
イヤ、親父同士も同級生でして。要は小学校区が違うの、高校も一緒の、会社まで一緒になっての、退職も、同時期での。
そのミノル君から、ケータイ一発。
母親が、転倒にて、人工骨に相成ったですて。結果、車椅子での生活にての、まあ云うたら、どの段階からかは、失念したですが。別居してまして。但しの、極の近くでして。

イヤイヤ、ミノル君のお母さんなら、何度も会おてましての、良く知ってるです。知ってても、そこらでバッタリでも、ミノル君のとは、分からんけれどや。ソラなあ、会おてても、何回やの範疇でして。
中学生時代なら、高校時代でもです。時たまなら、家に行ったりの、チラとなら、顔を合わせての、挨拶ならしてるですが。
直近でなら、約の、4年、5年前であったか。長男が結婚するの直前であったかに、それこその、何十年ぶりか、30年ぶりかに、諸般の用事、ミノル君から、頼まれての、立会人として、会いまして。
会おて、嗚呼、ミノル君のとは、分からんの、ミノル君と一緒やから、分かるだけでして。

オッとの、そんな事で、実家を改造するですて。フウンの大改造やなあと、資金も大変やなあと、返事をしたなら、バリア・フリーで、フローリングにするだけで済むの、身体障害者に認定もされて、補助金が出るらしくて、その範疇で、可能ですて。

結果、会社退職後は、資格<電検3種>を生かして、関西電気保安協会のオッサンとなりての、活躍してたですが。止めたですて。介護に専念致すですて。長男やしと。
イヤイヤ、我が同年代のは、その状況になるのが多いです。
年賀状、引っ越し連絡の葉書にそんなよな話を記載のがです。
この2、3年で、何人かと。その親も、我が母とホボの同じの、80代後半から、90代でして。

云うたら、何やけれどの、我が同級生、親友には、長男が多てねえ。
オトトの、同じの立場同士故に、その辺りの話も真剣に致してるですが。細々の云われんでも、状況分かってまして。

イヤ、エライです。
私共、最初っからの同居は同居で、諸般、自由が無くて、ズっと、辛いの連続なれどの、途中からも、大変かと。切り替えがです。
そらなあ、有り体には、お客様から、息子に、親子に、戻るになるです。気の優しい、にこやかなるの、母親、婆様から、駄々っ子、鬼婆に変貌するです。当然でして。お互い様でして。
きれい事から、現実直視になるです。それだけに、大変と理解するです。

イヤイヤ、そんな事で、ミノル君も又、機会があれば、愚痴話でもと。
従前、目が辛いからと、メールも余りしませんでしたですが。我がホーム・ページも見てくれてえへんですが。これからはと。
よって、余り、事細かにも、掲載出来ませんでして。
ホンマやでの、好き勝手な事を掲載してるみたいで、してませんです。してえへんでも、片鱗、分かればと。


での、何の話をの、妹夫婦が、母との面会に行ってくれて。
昼食は、ファミリー・レストラン、「さと」で済ませまして。
我が家に戻って、コーヒーでもと。

何度も申してるの、妹婿母も、左半身不随に相成りの、要介護認定されまして。
リハビリ・センターにも入所の、退所の、過日、昨年<2011年>、ディ・サービス先で、車椅子から、転けまして。矢っ張り、人工骨に相成りまして。見舞いにも行ったですが。イヤイヤ、左半身不随で、入院の際と、骨折入院の時でして。

ここも、大変は大変でして。
元気なお母さんが、脳梗塞で、突然の、半身不随で、今度は骨折入院でと。
イヤ、結婚して、一時同居で、即の独立。15年、20年かは、別居でして。
親父さんの17回忌が過日での、他界後、数年しての婿母と同居故に、同居してから、十数年が経つのかなあと。

実際問題、この辺りもどっちがとなれば、難しいわと。
私共からなら、別居の間、20年は自由の身でして。されどの、妹夫婦からしたら、同居で、一気、現実にと。イヤ、その分、諸般あるですが。
オトトの、コレ又、その変遷、別居時代の話から、現在に至るの、2人の話、気持ちの変化を事細かには、掲載不可でして。
オッとの、こっちは、注視してたが故に、何気ない話でもを、全部とまでは、別としての、殆どを記憶してるですが。当事者は忘れてるやろなあと。局面、局面が、当人、大変でして。
当然の婿母も相応に、大変なれどです。


斯くなるでの、その、ホンの、4、5年の昔。昔日なら、ミノル君のお母さんも、婿母も、我が母も、元気溌剌とまでは、云えんまでも、我が母なら、シルバー・カーで、ゲート・ボール命で、1人で、競技場<近在の公園>にまで、通てたわと。
他の、カカ様なんか、杖無く、シルバー・カーも無しで、歩いたはったわと。
云い出せば、婿母の場合、二男と、嫁はんと3人で、先様に訪問での。目的なるは、姪夫婦の第一子誕生祝いでして。当時は大津の家でして。さてのと、帰るに、婿母、消えたなあと、思てましたら<注=行った時には、家に居たはりまして>、外出先から、小走りで、帰って来まして。
持って帰れと、シフォン・ケーキをくれたかと。イヤ、ケーキを取りに行ったはったみたいでねえ。
知り合いに頼んでたんやと。

その、小走りの、光景をば、鮮明に記憶してるです。
当時、我が母、既に、要介護認定されてましての、杖2本での歩行で、ディ・サービスに通うの身となってまして。婿母、元気やなあ。されどの、気ぃつけやの、転けるなよと。
とは、口にはしてへんけれどや。
そんな事、そんな場で、間違おても、口には出来ひんわの、当人重々承知の、小走りの気持ちが、有り難くに、過ぎまして。
(12/03/09)


NO.55 入所から2週間の話(4) 諸般、色々な面々がの話

まあなあ、2週間も経てば、母も、「ふないの里」に慣れるし。
私共も、何回も足を運びの、概ねの雰囲気も、分かるかと。


での、話ころりの、関係無いよな話を致すですが。
誰が、誰のとは、申さんの、往々にしてです。
葬儀の場で、大泣き、声を震わせ、涙を流すの面々を散見致すですが。冷淡には、ホンマかと。
イヤ、大泣き、声を震わせ、涙も、ウソとは申しませんの、真実、故人をしのび、悲しく、寂しく、思いの事なれどです。生前、見舞いに行ったか、通夜に居たかと。見舞いに行き、通夜にも参加、参列の面々なるは、疲れ果ててるわと。
イヤイヤ、結果、1人、目立ってまして。


又もやの、話ころりの、二男夫婦が、3月の、3日に、母に面会に行ってくれたですが。
オッとの、二男にとっては、祖母故、嫁にとっては、義理の祖母故、当然なれどです。遠くでも無いしで、モっと、モっと、行ってくれても宜しいですが。
オトトの嫁は、年寄りに慣れてるなあと。先様、実家にも、お婆ちゃんは居たはるですが。居てるから、慣れてるとは云えませんです。

そらなあ、そんな事、こっちも、一々、観察の、意識なんかしてへんですが。
母が、ベッドに横たわるに、ぐらりと体勢崩れまして。嫁、咄嗟に支えて、寝かせてくれまして。
当たり前と抜かすなかれの、気が無くては出来ませんです。気の無いヤツなら、無視でして。嗚呼、危ないと、口だけでして。一切の触りも致しませんです。
やるのは、当然の、真に家族の、私共での、こっちを見られたりと。早よ、何とかして上げんとと。目で催促されたりしまして。イヤ、視線、表情にての、一発、分かるの、近くに居てるのがやれば宜しいですが。自分がやるは、頭っから、論外でして。
そんなのも、多いゾと。

瞬時、咄嗟、反射的に出来るは気のあるの証左でして。
気が無ければ、瞬時、迷うです。ハタに視線が行くです。行動にも、ぎこちさが現れるですが、嫁には、無かったなあ。イヤ、正直、嬉しかったです。

とは、一言も云うてえへんけれどや。
私共なら、別段にの、ソバに居てたら、一切の躊躇は無いです。母であれ、余所の爺様、婆様でも、触るに、支えるに、手を貸すに、何の懸念もありませんです。変な話、嫁と一緒の、咄嗟の判断、反射的でして。
気の無いヤツは、家族でも、やらへんゾと。手を出さんゾと。仕方無くの、出す事があっても、気が抜けてるです。

オトトの、我々なら、既に、母の着替えまで、手助け、必要でして。自力で立てへんなら、ズボンの脱着をしてやらんとと。
云い出せば、まだ、オムツの交換まではしてへんけれどや。自分でやってるですが。その使たのを、ポイと置かれてましての、処置はこっちかと。
こんな事、簡単と抜かすなかれの、母として、父として、子どものは出来ても、実の母のでも、触るのがさえ嫌なのは存在してるの、珍しくもあらへんです。


そんな次第の、斯くなるでの、我が家族の事を諸般諸々、詳細は掲載し辛くて。
されどの、有り難い事に、何度も、行ってる間、「ふないの里」の話の、余所の婆様と話をするの機会がありまして。
そらなあ、そのまま、掲載もしてるわの、部屋に居たはったら、知らんの振りは一切してませんの、存在を知れば、こんばんわなり、こんにちは等々、挨拶程度、常識でして。
カーテンをしたはるのに、覗き込んでまでは、失礼千万の、存在を確認致しませんですが。

ホンマやでの、病院でなら、同部屋の患者の親族かなあ。見舞いか、ご用聞きかで、良く来たはったですが。
中年、老年、若手を問わずの、挨拶さえ、出来ずのが多いですが。多いだけで、挨拶が出来るの面々も散見するですが。

「ふないの里」では、同部屋の関係者<家族等の意>に、遭遇した事が無く。されどの、同じ階でなら、ホンの時たま、遭遇致すですが。矢っ張り、挨拶の出来ずのが、多いなあ。
イヤ、挨拶とするのか、軽くの会釈したなら、目を逸らされるです。あらぬ空間に目をやられまして。
私が異常か、あっちが、非常識かと。

での、こんなのに限って、我が子は挨拶の出来る子に育って欲しいと抜かしまして。親が出来てませんのに、何で、その子がと。
テレビででも、コメンテーターと称するのが、町の孤独死の報道があれば、近在にての、声掛け、コミュニケーションが重要と抜かすですが。対して、反論なんか、するの面々は居てませんですが。
皆様、異口同音の、その通りですねえと抜かすですが。理屈で理解も、実践が重要、先決でして。


そんな話は結構の、誰とは云わんの、云うにも、苗字も、住所も知らんの婆様が居たはりまして。ソラなあ、場所柄、爺様、婆様ばっかりでして。妙齢の美女、紅顔の美青年が居たなら、職員か、訪問者でして。
よって、気楽に掲載出来るですが。

処で、婆様も、二男夫婦と一緒に来た際、歌を歌い出したの婆様は、若干の、耳の聞こえが悪いらしく。されどの、厄介な事に、無関係なる面々の話声は良く聞こえるのかと。困ったなあと。
そんなお年寄りは多いですが。
我が母も、母に話をしてるの時は、聞こえませんでして。分からん、分からんと、余所向いて。嫁はんと話をしてたら、聞こえてまして。何え、何えと。ならばの、聞こえた内には、入ってませんですが。ひつこく、ひつこく、尋ねられまして。

数居たはるの中には、可成りの認知症が入ってるのか、あっちの世界、自分だけの世界に生息の方も居たはりまして。
私共には、無関心の面々もと。


事程左様の、とりあえずは、母と同部屋の名も知らぬの婆様が居たはりまして。
最早の何度も話をしてるです。
矢っ張り、二男夫婦と、一緒に来た際、わざわざの、こっちに来られて、知ってる人かと、勘違いしたと、申されたの婆様でして。
云うたら、気さく。
別の角度からは、誰でも結構の、話をしたくて、したくての、ウズウズの婆様でして。
イヤイヤ、面白いです。あっちも適当、こっちも、無責任に聞いてるだけ。話をするだけでして。
(12/03/10)


NO.56 余所の婆様の話(1) 嫁は1回もの話

イヤイヤ、過日より、嫁はん、風邪気味でして。
イヤ、本日<3月10日>、明日と、神戸の長男宅に行くの予定にしてたですが。そのために、諸般、持参すべきを諸事万端、調達をし、処理もしてたですが。私がです。
調達は、「小倉山荘」の、割れオカキ。処理は、玄米の精米でして。
二男宅も、長男宅も、米を欲しがってまして。
オッとの、米は、どこでも要るですが。嫁はんの知り合い宅、農家から、調達してまして。割れオカキはたまたまの、売り出しメールが入ってまして。嫁はんのケータイにで。登録してるからでして。
折角ならと、私が買い求めにの、30分待ちでの入手やでと。

での、本日朝、どするやと、嫁はんが、私にです。
どするも、こするも、自身の調子はどなんやと。風邪の調子がです。私なら、どっちでも結構の、されどの、行くは宜しいですが。正直には、見合わせた方がと。
結果、とりあえずは、止めにしたら、寝るなあと、ホボの一日、寝てまして。イヤ、先の通りの、嫁はんがで、体調、思わしくないがためでして。

止めて、良かったなあと。
とは、口にはしてませんですが。ホンマやでの、こんな調子で、行くは結構の、帰ったら、ひっくり反ってんならんです。
ソラ、昨日も、町医者に駆け込んでまして。風邪薬を戴いてるのにです。行って、孫共に風邪をうつしてたら、何してる事かと。

さりとての、諸般、行けるの日は、早々に無いです。
来週土曜日は、「芋煮会」が予定されてまして。更なる、土曜日には、「漢方外来」に通院の日でもありの、夜には、町内会の、「期末総会」がありまして。
イヤ、出来れば、孫娘のお雛さんのかたずけを手伝ってやりたいと。当然の、我が運転で、車で行けば、荷物も運べるしと。
ホナラの結果、「芋煮会」をどせえと。
云わせて戴ければ、我が予定は、諸般、往々にして、狂わされまして。今日の事が狂うのに、明日の事、一週間先の事は、さっぱりの、分からんですが。
イヤイヤ、本日、私は行くのつもりにしてたですが。行かずに正解と思てるですが。


そんな次第の、斯くなるでの。
爺様、婆様と、してるですが。よ考えたら、私自身、爺様でして。ソラ、孫が存在での、事実上、爺でして。
オッとの、孫娘が産まれた段階より、名実共の爺を自認の、嫌でも、何でもあらへんです。

そして、この1月の、誕生日、満の65歳となって以来の、「健康保険制度」的にかで、「前期高齢者」と相成ってるですが。にしても、爺は納得でも、孫共に云われて当然の。息子や、その嫁からでも、何とも思わんの。ソラ、孫共のお父さんではあらへんしと。
されどの、「前期」であれ、「後期」は勿論の、「高齢者」は、気にいらんです。


オッとの、での、無くて七癖。あって、四十八癖の、そら、諸般、癖はあって当然の、これこそ、加齢と共に顕著になるのかナと。
当方、同じ行動で、先様の反応、バラバラでして。
過日、この過日は、一週間、二週間の過日で、イツの事かは、忘れたの、イツであっても、結構の、近在での、スーパー・マーケットでの話。
一方は、年寄り夫婦がカートに買い物を乗せて、通路をと。自動ドアがある故、通り抜けられるを待ってたですが。
通過の途端に、カートから、レジ袋のモノが落下で、咄嗟に拾って差し上げまして。ハイと、カートにと。カートの後ろに居たの、婆様、おおきにと。
だけで結構の、だけの話があったです。
イヤ、年齢的、軽くの後期高齢者でして。年齢的、下手に落下のモノをひらうに大変ゾと。簡単なよで、難しいゾと。私なら、爺でも、前期でして。下手したら、年下の面々より、尚若輩と見られてたりで。

その後日、今度は、婆様1人。
レジ袋を手に持ちの、自動ドアの辺りにと。我が方、矢っ張り、通り抜けられるを待ったですが。又もやの、袋の1つが落下致しまして。3つか、4つ、持ってるが故で。咄嗟に、ひろうに、険しい表情されまして。
云うたら、余所の、見も知らぬのヤツに、余計な手助け、不要のと。
とは、口にはされてえへんまでもの、手出しすなの、ほっといてくれ的、表情でして。或いは、持ち逃げされたら大変の、警戒心からかと。
イヤ、或る意味、気丈で、しっかりしたはりましての、一人暮らしのお年寄りに多いかと。
一人で、何もかもをやらんならんし、騙されたらアカン、バカにされて、たまるかと。

での、話は一寸、違うの、自動ドアであれの、先様が来るしで、邪魔にならぬよにと、片脇に移動の、待機してたなら、当然とばかりに、無視の通過は、中年、若年が多いわと。黙礼なりされるは、希有でして。
特に、我が同年代のは、アカンなあと。我れ先の、斟酌無し。


オトトの、そんな話は結構の、「ふないの里」の婆様の話。
いつも、いつも、騒がせて、すみませんねえと、当然の挨拶がてらの一発なれど。
先様、婆様、ニコリの、よお、来たはるねえと。ンと。
イヤ、我が母、余所の人のは、よお来たはるのにと。あんた等、一寸も来てくれへんと、愚痴ばかり、云われてまして。くれぐれもの、1回もでは無いの、一寸もでして。

我が返答、洗濯モノなんか、取りに来たはるのと違うですかと。
云えば、週に1回も来てくれへんわと。嫁なんか、来た事あらへんよと。フウンの、ホンマかいなと。

イヤイヤ、原則、風呂が週2回。聞いてるの範囲ならばの、火曜と、金曜の、朝方でして。ホナラの、火曜、金曜の昼からなり、水曜、土曜に来ませんと、洗濯モノが嵩張るかと。
嵩張るの話以前の、要は息子の嫁が顔を出さんを愚痴られたですが。
くどいけれどの、苗字も、住所も知らんの婆様故に、話、そのまま掲載出来るですが。

最初に申すの、結果、嫁がほったらかしにしてるかとなればの、さに非ずの、洗濯モノを洗濯なりは、嫁がしたはるわと。諸般諸々の下準備もしたはるわと。
その上での話の、我が嫁はんなら、最低でも、週1回は来てまして。その、その上での、来た事あらへんは、誇張もあるかと。

ソラなあ、我が母にしたって、風呂は1回もと、抜かすです。
現に洗濯モノの置き場に、洗濯モノが保管されてるのにです。リハビリにしたって、1回もと。
計画では、最低でも、週2回なれどです。2回では、少ないなあとは、思てるですが。1回もは、云い過ぎの、勘違いなれどです。

されどの、婆様の云うが如くの、1回も、来た事の無いの嫁は事実、多いゾと。実の娘でも来やへんのにと。ましてやの、義理の母なんかの、当世、冷たいわと。冷たくとも、口先では、大変、大変と、云うてるですが。
オッとの、そもそもが、この婆様、息子夫婦と、同居か、別居かも知らんですが。話からは、最低限、息子夫婦が近在かと。
(12/03/11)


NO.57 余所の婆様の話(2) 年寄りの役割の話

そんな次第の、嫁はん、疲れが出てるのやねえ。
本日、11日<日曜日>も、昼まで、就寝。
ホンマやでの、これで、神戸に行っててみい。帰って来たら、大変ゾと。

でででの、妹夫婦も大変でして。ジワジワの、要介護認定に非ずの、先の通りの、急転直下でありまして。
左半身不随は、当人、婿母にしても、予想外、想定外の、状況をば、認めるに、認知するに、覚悟を決めるに大変やったやろなあと。
とは、思うです。
過日なら、先様に訪問の際、持って帰れと、シフォン・ケーキを抱えて、小走りしたはったのにと。ソレが、突然の、車椅子での移動の身でして。

誰しもの、ソと思うです。
ホンの以前、過日までは、自分で何でも出来てたのにと。移動1つが、まま成らぬは、悔しいやろと。

での、婿殿云うてたですが。イヤ、母に面会の日の、我が家で、コーヒー、茶菓子で、雑談をの際です。
昔は、車椅子の人は見てへんかったのにと。居てへんとするよりは、極の珍しいの意なれどです。
事実、ソとは思うの、解釈難しいの話でもありまして。

現在唯今でも、そこらで、見掛けるかとなればの、病院の近所で無ければ、見ませんでして。或いは、言葉選ばずの、諸般の障害者かと。人の集まるの、場所なら、散見致すですが。その昔と比較で、どかとなればの、年寄りが、車椅子は珍しいは事実かと。

只ナの、平均寿命も延びてまして。
医療技術も格段の差でして。
何度か掲載してるの、その昔には、そもそもが、リハビリの概念なるが、無かったかと。
我が祖母とするよりは、当時、40年の昔には、年寄りが転けて、骨折したなら、そのままの、万事休すの、寝た切り生活。衰弱にての、死を意味してたです。
オッとの、家族であるの、私には、その認識は無かったですが。必ずの回復すると、徹底的、心底、信じてたですが。

むしろの、元気な時、祖母が、階段を登り、降りしてた時の方が、大丈夫かと。しんどソでねえ。登れば、顔色が変わってたですが。かと云うて、狭い階段で、手助けも出来ず。手助けなんかしたら、怒り、狂うですが。
当時の爺様、婆様の存在なるは、存在そのものが、珍しく。尊厳、威厳がありの、指導的立場でありの、我々からしても、畏敬、尊崇の念を抱いてたです。
言葉簡単には、加齢そのものに、値打ちがあったです。

云うたら、何やけれどの、当世はやりの、認知症はあったのかと。徘徊老人なんか、知らんです。徘徊以前に寿命がと。
とも、云えるですが。
での、当世なら、我が祖母にしても、骨折にて。金具までは一緒でも、リハビリ生活にての、移動は、車椅子になってるかと。されどの、昔日では、病院にも長居は出来ずで、自宅療養にての、寝たきりになってしもてましてねえ。
車椅子の時代は無かったです。

イヤ、寝た切りでも、車椅子で、移動させてやるなら、出来たですが。そもそもが、車椅子の存在を承知してませんでしたです。あれは、身体障害者の乗り物である的、認識でして。
祖母は、怪我したのであっての、身体障害者に非ずと。
固定概念があったかと。
オトトの、今、思えばです。
或いは、医者が、車椅子を推奨でもしてくれたら良いですが。そんな話は聞いてませんです。


イヤイヤ、言語明瞭には、祖母は、覚悟を決めてたよに、推測してるです。
寝た切りで、愚痴もこぼさんかったです。むしろ、私共に気を使てたかと。オッとの、朝、会社に出掛けるの際は、祖母に行って参りますと。祖母、早(はよ)お帰りやと。

この、早お帰りやのニュアンスなるは、元気に仕事をして、怪我せず、出来る限り、早くに帰って来なさいよ。私は、おまえが元気に怪我せぬを祈りの、無事に帰って来るを、必ずや、待ってるよの、意でして。
非常に暖かい言葉でして。
家を、家族を意識し、痛感するの言葉でして。
オトトの、就職しての、通勤の際だけに非ずの、通学の時からでして。云うたら、出掛ける際の送り言葉でして。

オッとの、孫故、暖かい言葉と抜かすなかれの、同居やわと。
厳しかったゾと。礼儀には五月蠅い、ウルサイ。使いにも、出された、出された。嫌も応も無し。
それが、世間一般、常識でして。爺婆なるは、孫の教育係的存在であったですが。当世、核家族化で、爺婆の甘い事、甘い事。仕方が無いですがと。

当然の、孫であったの私の視線での話でありまして。
現在なら、見方も違うは、違うですが。祖母、孫の立場と、親と子の立場でも、違うですが。それ以上に、時代背景、世間の状態、生活環境なるが、全然に違うですが。
ソラなあ、当世、私共が下手に小さい子、大人にでもです。これは違うゾと、安直に口出し、手出しを出来ませんです。


そんな次第の、斯くなるでの。
名も知らぬの婆様との話やわと。
この婆様も脳梗塞にて、半身不随ですて。聞いて、へえの、大変ですねえと。
としか、返答のしよが無いですが。
アンタのお母さんは、治るのやと。努力次第でと、云われて、異論は無いです。その通りでありまして。

母は怪我でして。
足は動かせば、動くです。腰も、立つの訓練にて、頑丈に出来るです。ソラ、小走りまでは出来んまでもです。
脳梗塞で、脳が壊れては、現在の医学では、どもしよが無いですが。
イヤイヤ、その辺り、母と婆様、話をしてたかと。
(12/03/12)


NO.58 余所の婆様の話(3) 寄り添うの話

呼び鈴、りんりんで、何かと、出たら、郵便屋はん。
イヤ、この界隈、姉ちゃんでして。歳の頃は良く知らん、分からんの、多分なら、40代かと。
イヤイヤ、美女でして。

気さくで、愛想のええの、姉ちゃんでして。
何か一言、云うてくれるの、挨拶がてら。こたびは、寒うなりましたねえ。お風邪を引かれませんよにと。気を付けてくださいねえと。
イヤ、ホンマやでの、暑い時には、暑いですねえ。ヘルメットしてたら、大変ですよとか。これは、当人の実感でして。
バイクで、走り回ってるのを、時折、見るです。先方も、我が方見つければ、ニコリと、会釈をしてくれて。

での、配達物は書留でして。
判子か、サインをお願いしますで、サインをフル・ネームでと。ソラ、サインで良いなら、サインをと。にしても、当世、緩くなったです。その昔は、絶対に判子でして。
ででの、ぽつりと、曰くに、「健康保険証」ですねえと。ンと。
過日、届いたとこやのにと。返答したなら、新しくなるみたいですよと。フウンと。さいならと。

そんな次第の、封を開けの、中身を見たなら、紙に印刷してあってと。「保険証」がです。と思たですが。違うです。よくよく見れば、カード式のが、台紙に貼り付けてありまして。薄っペラで、小さな、「健康保険証」でして。
更に、文面拝読の、この4月1日から有効での、1人1枚の個人持ちに相成っての、有効期限も、1年が2年になりますて。フウンと。

ソレは結構の、届いても、まだ、無効です。
私なんか、過日、1月の話なれどの、失敗してまして。新しく届いたのを、持参で、園部の、「T皮膚科」に行けば、古いのを、持ったはりませんかと。要は、2月から有効の「保険証」を持参してたです。ややこしい話やでと。
<参考=「単なる雑談NO.77」NO.1036 日光角化症の話(4) 執刀の話>

こたびなら、3月12日に届いたですが。3月一杯は無効の保険証でして。
これ又、厄介やなあと。
まあなあ、旧とするのか、現在有効のと一緒にしとけば、間違いは無いですが。一番は、「保険証」を使わん事やと。


イヤイヤ、そんな次第の斯くなるでの。
郵便屋の配達姉ちゃんの如くに、何か一言、声を掛けてくれるのは、有り難いです。親密感も培われるです。
対して、時々、来るの、中年親父配達員は、ムツでして。何か私に、恨み、辛みでもの、自身は訴訟を抱えの、家庭不和。娘が積み木崩しで、息子がぷー助、フリーターでの、嫁はん家出かと。
思えるよなのも居てまして。
全然、顔も見てへんしで、そこらで、バッタリも、分からんわと。

での、ケータイに電話一発。
「亀岡シミズ病院」からでして。当世、家の電話を教えるよりは、ケータイが確実での、用件承知の、母の診断書が出来たかと。
傷害保険の請求用ので、2つありましての、1つは、もしかしたら、不要かなあの、診断書がで。日に、1300円也で、最長、30日分での、こんな特約があるのやねえ。それでも、30日分となればの、39000円と相成るですが。
保険掛け金、年4千円也での、軽くの元は取ってるですが。
<注=入院期間=59日間>

これは、ゲート・ボール命の、母が所属の老人倶楽部で、団体で、入ってまして。そんな意味では、助かるです。
されどの、後遺障害が認定されれば、しかるべくの附加されまして。認められたらの話の、私共からしたらの、歩行器での歩行が困難となれば、後遺症なれどです。
モ一件のは、出してみな、よお分からんの、これは、母の年金を農協で、受け取ってまして。さすれば、加入させてくれるの有利な傷害保険でして。日額3500円也かと。

その、診断書が出来たの話の、聞いて、びっくりの、イツの間にやら、値上げで、従前、2625円<2500円に消費税加算>であった筈が、約の倍額でして。
最初、2通の料金かと、思いきやの、2通で、8400円ですで、へえと、絶句。


斯くなるでの、ここだけの話。
この数年、骨折しては入院での。この保険金を、しかるべくの、積み立ててまして。正直、葬式代にと。さもなくばの、1銭も貯金をしてくれてえへんでねえ。反対には、借金浸けの、都合の、軽くの。
オッの、額までは、云わんとこの、返済させて戴いてる。当人、母はすかりと、忘れてるですが。勝手なモンなれどです。
とりあえずは、積み立ても、マダ、目標額には達してませんです。とは云え、そんなに度々の入院も困るの、リハビリ・センター入所は病院に非ずの、傷害保険は効きませんですが。


オトトの、そんな次第の斯くなるでの。婆様の話をと。
婆様、嫁が、嫁がの、嫁が一度も来てくれへんのに、アンタとこの嫁は、エライなあと。ンの、オオキニと。
としか、返答のしよが無いですが。

会う度、云われましての、余程に来てくれへんか、恨み、辛みかと。その吐け口にされてるかと。私がです。
イヤ、分からんでは無いです。母にしたって、息子の私が来るよりは、女の嫁はんが来てくれる方を喜んでるです。ソラなあ、母も一応は女でして。息子とは云えどの、私に細々とは、云える事と、云えん事がと。
そんな意味なら、実の娘が居たら、ええやろなあと。

とは云え、ピン、キリでの、実母の世話を嫌がるのは、嫌がりまして。実母だけに非ずの、実父でも一緒。余計に嫌がられてるかと。ホンマやでと。
イヤイヤ、特には、病院では、よお、分かるです。一目瞭然でして。
行けば、患者であるの、婆様に寄り添うの。まさしく、「寄り添う」の、中年女性が居たはりまして。ホナラの、余程にしょっちゅう来てるになるですが。言葉使い、態度、接し方、気の使い方、配慮、細々からでも、実の母娘と一発分かるの、婆様も、安心して、あれせえ、これせえと、注文したりしてまして。
そんな意味でなら、確かに、嫁が、見舞いとするのか、ご用聞き、見舞い程度はあっても、「寄り添う」の風情は無いです。皆無とまでは申さんの。ソラ、実際の関係を知りませんでして。もしかしたら、見当違いの、義理の関係かも分からんしと。
そやけど、まあ、義理と、実の関係程度、雰囲気で分かるの、くれぐれもの、じろじろ、まじまじの、監視はしてませんです。


での、禁断、奇談。
されどの、まあ、無いなあと。
あったとしたら、余程のええ関係か、有り体には、超の資産家婆様爺様かと。実の娘であったとしてもや。
云えば、資産があれば、ファッションブランドの君島王国、西武帝国、堤家の類の、骨肉の争いにての、親のぶんどり合戦。
一銭も無ければ、譲り合い、押しつけ合いが相場でして。イヤ、ホンマやでと。一銭も無ければ、寄りつくモノも、寄りつかんです。

オッとの、親に、一銭の資産も無いのに、打算無くの、諸般、面倒見てるが、大多数なれどです。
イヤイヤ、実の娘が、中年女性が、婆様に寄り添うの姿は、ほほえましいわと。男部屋、爺様には、そんな光景あらへんわと。あったら、年齢的、嫁はんでして。
オトトの、「ふないの里」は、病院では無いです。よって、病院での如くに、寄り添うの光景は無いですが。専門職の介護士が居たはりまして。雰囲気は全然の違うです。
(12/03/13)


NO.59 余所の婆様の話(4) 人間の尊厳の話

イヤイヤ、過日。
この過日は、10日間程昔の過日。要は、2月末の話。
<参考=「禁断・奇談NO.5」NO.48 ふないの里入所の話(2) 診察の話>

右目奥に違和感で、珍しくも、眼科医に行ったですが。結果、左右の視力に差。乱視、白内障気味とされまして。
結果の結果、右目が良くなる事は無いの、左目が悪化とするのか、バランスが合うまで、我慢の子ですと。処方の薬も無いけれどの、ビタミン剤でもと、目薬を戴いたですが。結構効いてねえ。
イヤ、右目が良くなる筈は無いの、目の奥の違和感が次第、次第に解消の方向にありましてと。
ホナラ、左目悪化の傾向かと。

過日。
この過日は、3月3日の土曜日。
二男夫婦が戻った日でして。
母に面会。そして、一緒に夕食の日でして。嫁に、二男に、左こめかみの手術アトはこんな具合やと。日光角化症の話をしたり。こんな事で、目薬をと。
云えば、嫁曰くに、赤い色のですねえと。ンと。
現物を取り出し、見たら、確かに、赤色の容器に、赤い色の点眼液でして。フウンのよお知ってるなあの、ソレは、「ビタミンE12」なんですと。フウンと。流石は薬剤師。

ついでの話。
息子共一家。妹一家が我が家に来たら、必ず、一番に仏壇に挨拶。当家、ご先祖様故。
手土産でも、持参なら、当然にして、仏壇にお供えをの、当家、ご先祖様故。
母が居たなら、母に戻った<注=妹は、「来た」です>と、挨拶せよと。帰るの際は、そのよにと。当家一番の年長者故に、当然やと。仏壇に、チンで、帰りますと。常識でして。時間が許す限り、墓参をと。母が入院なら、見舞いは、出来る限り、無理してでもと。常識やと。孫でありの、娘ならばと。
我々なら、好き放題でも、孫でありの、娘ならば、嗚呼、嗚呼、来てくれたかと。感涙、涙流して、喜ぶわと。喜ばせてやってくれと。
だけでして。
とは、一切の、口にはしてへんけれどの、常識やと。

イヤ、実父母、実の祖父母を大切に出来ぬのが、義理のを大切に出来る筈は無く。
無理してでもと。
とは云えどの、別段にの、強制やあるまいにと。罰則あるで無し。会社を休んででもと。までの、非常識は云うてませんです。その気があればの話やわと。

オッとの、私共夫婦なら、場合により、諸般、予定変更してでも、自分の事は2の次にしてでもの、母の件最優先の、これ又、当然、常識でしての、1つ屋根の家族、親故です。
心配すなの、他の面々に、そこまで、要求致しませんわの、我々、夫婦の役目と心得てるです。


イヤ、妹婿が申してたです。孫子の事なら、楽しみがあるけどねえと。親の介護は先の楽しみ無くと。
イヤイヤ、その通りで、御座候です。しかし乍らの、問答無用、仕方が無いなあと。その立場やしと。
母、リハビリ・センター、「ふないの里」で、訓練してるですが。どの程度の機能回復出来るのかと。イヤ、本日も、行ったです。丁度、リハビリの時間でして。この話は後日に致すです。


でででの、話題一寸、変更の、病院での話。
従前なら、オムツは3点セットで、各自、必要数を調達させられてたですが。させられてたも、失礼なる表現なれどです。不足で、病院から、借りるの方式での、借用分は現物で、返却をと。
処が、この1月から、方式変更されまして。準備不要の全部、病院が支給するになったです。<注=母入院、昨年、12月23日より2月21日まで>

結果、このオムツ代がバカ高く。
云うてしもたら、こんな処で、病院も儲け出したかたと。しかも、袋単位で、支給されてまして。余った分は引き取らねばならんです。こっちが調達でも、結果は一緒なれどです。値段が違うです。

そんな話は置いといて。
病院では、原則、オムツになってたです。当然の、ポータブル・トイレの場合もあるですが。母は自分では移動出来ぬし、オムツでして。
同部屋の婆様、殆ど大多数。云うても、6人部屋なれどです。ホボの全員、オムツ。
イヤイヤ、担当職員が居てまして。担当とは、茶の配布。ゴミの回収。ポータブル・トイレの糞尿処理。そして、オムツ交換、カラダ拭き。その他、諸々の、要は、看護以外の、身の回りの世話でして。

要は完全看護でありまして。イヤ、助かるです。
その昔なら、入院されたら、場合によりの、付き添うなり、付き添い人を雇うなり、しんならんかったですが。余計な時間、手間暇、さもなくばの、費用発生したですが。


何が云いたいかとなればの、仕事とは云えどの、大変なる業務。
芳香剤が上等になってるとは云えどの、ポータブル・トイレの蓋を開けただけでも、糞尿の臭いは、大変ゾと。慣れてえへんかったら、鼻が勝手に歪みの、変形しの。息も出来ずの、窒息での、目が痛みの、つぶれるゾと。
多少の誇張はあっても、事実やゾと。

実の父母のでも、辛いのに、汚いのに、触りとも無いのに、赤の他人の、爺婆の、オムツ交換がよお出来るなあと。
イヤイヤ、承知してるだけに、仕事とは云えど。業務と云えどの、心底、正直、真正、純粋に、頭が下がるです。内心、有り難う御座いますと。
とは口にはしてませんですが。顔を合わせれば、会釈し、お辞儀をしてるです。一言、二言なら、ズバリでは無いものの、いつも、すみませんねえと。イヤ、オムツ交換の場では云うてませんです。家族でも、追い出されるです。

での、母でありの、同室の婆様なりがどんな具合かとなればの、担当職員が、「オムツ交換どえ。」と、1人、1人に尋ねて来たなら、返答、悉くの、一緒の、一言、「要らんわ。」と。
職員、交換したら、気持ちがえええ。要らんのやったら、次の部屋に行くえ。
とか、一言の、再度の、1人、1人に、尋ねたならばの、母、さっきは要らんかったけどなあと。濡れてるやろか。
での、職員、我々を追い出しの、布団の中で、まさぐりの、ズブズブやなあ。交換しよか。
別途の婆様、「さっきは要らん云うたけど。一寸、見てんか。」

笑い事に非ずの、気持ち、重々、分かるです。
ホンマやでの、イツも、寝てばかりの、起きてても、起きてるのか不明の、中空、明日、明後日の方向見てるよな、婆様までが、言語明瞭、元気な声で、要らん。
再度の尋ねに、一寸、見て。

事程左様の、脅されん事には、素直に交換要請出来ぬは、人間としての尊厳かと。
或る意味、誰とは知らんの、あの婆様、思考回路正常での、ホと安堵の、認知症では無いゾの、尚更の、職員には、合掌の、有り難う御座いますと。

ホンマやでの、そんな光景、やりとり、度々の、見聞してるが故に、オムツ代等々、多少のぼったくり価格でも、マア、仕方が無いかと。
介護の世界は戦争、野戦テント状態かと。イヤ、よそ事に非ずの、私も予備軍。
には、なりとは無いなあと。
(12/03/14)


NO.60 余所の婆様の話(5) 個室・相部屋の話

いつも、この話をと。掲載をと。
思てるのに、イザとなれば、違うの件を記載してまして。
この話とは、1つに非ずの、多数あるです。その1つ、2つを掲載をの話なれどです。

での、此度こそ、その話の、この話をと、現在唯今でも、思てるですが。ハタと、オトトの、イザとなればの、何の話やったかなあと。思い出さんです。
よって、ついついの、記載の際、その話では無く、別途の、すぐに出て来るの話、思い出すとするのか、そっちを優先に記載してまして。ソラ、思い出さんの話を、延々の考えてても仕方が無いです。

ででの、ここまで、記載で、ンの、あの件かと。遂に、思い出したですが。思い出して、フウンのツマラン話やなあと。結果、又、別途の件をと、相成りまして。残念乍ら、出て来んモノは仕方が無いです。
別途の件とは、「歩行器」の件。

イヤ、レンタルで借りてるですが。
従前、家用<上用>、外用<下用>の2本でして。
「亀岡シミズ病院」では、使い慣れてる方がと。との事で、下用を持って行ってたですが。退院、即の入所で、「ふないの里」では、施設の備品を使うらしく、不要でして。
元々が、入院期間中も、家用は要らんかったですが。要らんなら、レンタル故に返却すれば良かったですが。諸般、ナカナカに思い付かんでねえ。

過日、「こもれび」の、ケア・マネージャに、「ふないの里」での、母の状態、帰りたい、帰りたいと申してるですの話と共に、「歩行器」返却の件も伝えたです。
オッとの、違うなあ。
帰りたいは、直接に伝えたですが。「歩行器」の件、要介護認定、「2」が、「4」になったの件は、担当、ケア・マネージャ不在がため、別途の方に宜しく、伝えといてくださいと。

での、過日。
イヤ、業者、介護用品レンタル屋が一向に来てくれませぬ故、再確認のため、電話一発したですが。矢っ張り、不在で、別途の方に。まだ、来てくれませんでしてと。
云うたなら、先様、レンタル業者には、話は行ってる筈ですと。

云われてもねえ。通例なら、一日、二日で来てくれるのが、一週間、二週間と音沙汰なかってみい。
イヤイヤ、先様、商売でして。うがった見方、見解なら、処理をゆっくりの方が、儲かるかと。レンタル費用、「歩行器」1個で、290円也。但し、1割負担で、ソレでして。2個やってみい。個人負担は、580円なれどの、実際には、介護保険がありで、総額、その10倍、5800円也でして。先様、業者の収入がです。

での、再度の、電話一発、担当ケア・マネージャが捕まりまして。斯くの然での、母の件共々、「歩行器」の話をしたなら、即の伝えてるですが、再度、連絡しとくですと。結果、業者から、電話があっての、イツが宜しいですかと。
あのなあと。
ここだけの話、大体は月に1回、様子伺いに来てるのにと。これが、突然の、昼飯時の、12時丁度辺りでして。ピンポン、りんりん、ビビビの呼び鈴で、何事かと。
玄関先に出れば、業者でして。
従前、電話で、これこれの日は居たはりますかの事前連絡、打診なんか、無かったのにと。モと云うたら、母入院以来、一度も来てへんゾと。

イヤ、そんな皮肉は申してませんです。
日にちは、過日、先週、3月9日<金曜日>と決めまして。当日、しかるべくの時刻に、業者来訪にて、無事に返却出来たです。
イヤイヤ、万事、介護に関係するの件、費用に絡むの件なるは、担当ケア・マネージャを通じねばなりませんです。
理由なるは、諸般の介護保険の範囲で、介護サービスが受けられるよに、ケア・マネージャが調整、管理をしてくれてまして。結果、介護認定の、引き上げも、ケア・マネージャを通じてでして。
さもなくばの、従前、「2」のままでは、限度額突破かと。突破となれば、突破分は、モロ、個人負担と相成るです。成れば、巨額でして。とてもや無いの、「リハビリ・センター」であるの、「ふないの里」に入所は叶わんです。

イヤイヤ、冗談、誇張に非ずの、過日も掲載してるです。適当なる話なれどの、請求書がまだ故の、実際には、月50万円からの費用やでと。介護保険を使わずして、とてもやないの、入所なんか出来ませんです。
<参考=「禁断・奇談NO.5」NO.49 ふないの里入所の話(3) 母の部屋の話>

そんな事から、考えたならば、介護サービスも金次第の世界でありましての。余程の年金収入がなければ、独り暮らしの老人が、とてもや無いの、介護サービスなんか、受けられませんです。


にも関わらずの、母抜かすにの、この部屋は、一番に安い部屋やなあと。ンの、あのなあと。

イヤ、間違いでは無いの、相部屋、大部屋、4人部屋でして。別途に、個室がありまして。個室なら、テレビも設置が出来て、上等のなら、バス、トイレ、クローゼットも付いての、それこその、ホテル住まいと変わらんですが。
幾ら掛かると思うやの、部屋代だけで、一泊13000円見当。一番安いの個室で、一泊4000円見当。高いのは論外として、安いのでも、個室なら、部屋代だけで、月12万円也でして。
<注=相部屋の場合、日に320円>

での、母には、個室なんか、高いし、入れえへんわと、返答したなら、私の年金で入れるでと。あのなあと。どんな計算してるかと。
どこで見たのか、部屋代が掲示してあったらしくの、あのなあと。

されどの、緊急を要し、個室しか空いてなければ、個室しか選択肢が無く。止めるのか、入所するかでありまして。
イヤイヤ、入所の際、早急なる、入所を迫られたですが。入所を延ばすなら、待ってる人は多いゾと。言葉選ばずなら、脅されたですが。
ケア・マネージャの話で、満更の誇張、脅しでも無いらしくの、ホボの同時期、若干の、入所申請遅かった人は、空きが無くの、待機ですて。へえと。
話簡単の、ケア・マネージャ曰くに、タイミングが良かったですねえと。ホンマやねえ。


でででの、誰とは云わんの、云うにも、苗字も知らんの、婆様の話。
イヤ、部屋の話に関係するの、私から、チラと云うたです。個室に入ったはる人が居たはるのですねえと。
ホナラの婆様、返答するに、ホンマやねえ。
地獄の沙汰も金次第とは、よお云うねえ。私なんか、考えた事もあらへんわと。
ええ婆様やなあと。

イヤイヤ、私共、ソラ、誰しもの、出来れば、金満家なら、個室に出来るモノなら、してやりたいわの、出来ませんでして。
母の如くに云われたならばの、当人は軽い気持ちで云うたとしてもです。
こっちは、ぐさりと、胸に突き刺さるのモノを感じてるです。非常に苦しく、辛いんやと。
(12/03/15)



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