シバケンの天国
<−介護・凡人の憂鬱ー>
−明日は我が身の話−

禁談・奇談NO.3

禁談・奇談NO.1 禁談・奇談NO.2

要介護[2]NO.1 見えるNO.3
番外・爺さん・婆さんの話 母入院NO.4 要介護1NO.3

題目一覧表

目次

禁談・奇談NO.4

NO.30 又々の母転倒(2) 腰椎、第二が圧迫骨折

NO.29 又々の母転倒(1) 今年、何度目かと

NO.28 再びの、母骨折(5) その昔、足骨折は致命的の話

NO.27 再びの、母骨折(4) 保険の話

NO.26 再びの、母骨折(3) 介護保険の話

NO.25 再びの、母骨折(2) 専門医診断の話

NO.24 再びの、母骨折(1) 又、転倒の話

NO.23 通院の日の話(3) 諸般諸々の話

NO.22 通院の日の話(2) 自動精算機の話

NO.21 通院の日の話(1) 主治医の話

禁談・奇談NO.2


NO.21 通院の日の話(1) 主治医の話

本日<8月19日>は、母退院での、主治医指定の、最初の病院<南丹病院>に行く日でして。
予約はされてましての、兎に角、9時にレントゲン<放射線撮影>をと。予約の30分、1時間前にはしかるべくの、お越し戴き、該当の受付にて、診察券を提出しなさいと。
されてますが故に、朝から一騒動の、8時には家を出られるよに、母を準備させまして。
イヤ、大体は病院は9時からでして。
されどの、一番にレントゲン撮影で以て、主治医の診察にて、さての、以降、どするかが決められるかと。

どっちでも結構の、車を出して、横付けさせて。
嫁はんと一緒に、車に載せまして。これが、あっちに手を、こっちに腕を、足をと、思うがままに手に腕を出しの、足を動かす故に、こっちの計画、思惑通りには事が進まんです。
進まんけれどの、兎に角、車に載せん事には、話も進まず。

での、出発にての、或る意味、この時間帯ならば、駐車場も空いてまして。
病院の玄関先に駐めまして。勝手知ったるの、前回、退院時に車椅子の借り方をです。受付にて、しかるべくの書類に所定事項を記入の、此度は、「3」番を借りまして。
母を車椅子に載せて、病院内に入れまして。
まさかの、玄関先、暑い場所で、待ってて頂戴は出来ませんです。

ででの、母には、一寸、待っててナと、車の移動なれどの、上手い具合に管理人が居てまして。様子を見てたのやろねえ。こっちにと、誘導、示された場所は、車椅子マークの、特等席。嗚呼、良かったの、先様、管理人には、感謝の意を表明の、すみませんねえ。助かりましたですと。
イヤ、ホンマやでの、空いてる云うても、特等席は満員御礼の、一寸は離れてまして。帰りしなの、母を載せるに、玄関先に車を駐めるの算段もしてたですが。
指定の場所なら、玄関先に一番に近く。

そんな次第の、レントゲン室の受付になれどの、マダ、開いてませんでねえ。張り紙を見たら、8時半ですて。フウンと。
しかるにの、家から、ここ、「南丹病院」までの、所要時間は、15分程度かと。「亀岡シミズ病院」よりは、近いです。あっちは、小30分かと。京都縦貫道も有料に戻ったが故にと。
そんな事で、待つ事、十数分。
ホカにも、何名様かが、待っておられましてねえ。
何名も、3、4名様でして。

での、8時半の一寸過ぎて、窓が開きましての、サテのどするやと。
イヤ、到着時点、先客患者が、3、4名様が、10名程度になってまして。
つまらん事を斟酌せぬとも宜しいですが。私からしたら、3、4名様に先に並んで欲しく。アト組は一寸、遠慮せよが、我が基本、暗黙の了解事項でして。この面々、守れるかと。
ででの、先客患者が、私の前に並んでくれて。ホと安堵の、マア、皆まで云わずの、概ね、順番通りかと。
どちかとなればの、婆様、小母様連中は図々しいです。爺様、小父様は、規範を遵守かと。
イヤ、ホンマやでと。遠慮は、損慮の思考回路かと。奥ゆかしさは何処かと。


アトは、呼び出しを待つだけなれどの、母の車椅子は余所様の邪魔にならぬよに、出入り口を避けての、端の方に陣取らせてるですが。
一寸、待ってなあ。ボチボチ、始まるしと。
そして、何番目かに、呼び出されまして。撮影室にで、技師と一緒に、母を撮影台に載せたら、一旦、お役ご免の、外で待てと。

そんな次第の、レントゲン撮影も無事に終了の、そのまま、整形外科の待合いに行ってくれで、ハイ、承知の、道中、無神経なのが多いねえ。そもそもが、ここの旧館は通路が狭いですが。足を出したままのが。通路のド真ん中で、談笑のがと。
談笑も、足も構わんけれどの、一々、すみませんねえと、促さんかったら、気も付かんわと。これ又、足も、談笑も、小母様族でして。小父様族は気が付いてくれまして。
一寸、余計な話の、足組なんか、その昔は男組の専売特許の感があったですが。今時、女性の方が凄いナと。

オトトの、そんな次第の、整形外科の待合いに辿り着きの、しかるべく、車椅子は、余所様の邪魔にならぬよに。通行の邪魔にならぬよにと、最適なる場所に収めまして。
での、矢っ張り、ここでも、小母様族は、周辺の状況、考慮しやへんねえ。
イヤ、待ってる間に、そんな局面に遭遇の確率は分からんですが。病院やしナと。同じくの、車椅子も、松葉杖の患者も。時には、ベッドも、移動しまして。或いは、足のご不自由なる面々がと。
にも関わらずの、通路側に、ドンと車椅子を置きまして。ご自身のでは無いですが。
あまつさえの、足で、前後にコチョコチョ、動かしまして。ども、このご婦人の、隣に陣取ったるの、カカ様のかなあと。普通に座席に鎮座なれどです。1人で、歩いて来られてるですが。
オッとの、余計な話は結構の、只なあ、こっちも暇やしなあ。この手の周辺の見えへんのが居たら、目に付いて、目に付いてと。マアなあ、顔を見たら、分かるわと。お上品とは、お愛想、冗談でなら云えるですが。

でででの、診察室から、お呼び出しが掛かりまして。
ホナラ、行こかと、母を車椅子で、診察室にで、先生には、宜しくお願いしますの、での、仰るに、治ってますと。へえと。
ここで、諸般の質問連発の、イヤ、レントゲン写真を見せて戴き乍らの、実は、恥骨のヒビとなってるですが。どこが恥骨で、どの辺りがヒビかと。先生返答するに、この辺りが恥骨で、実は、この辺りにヒビがあったですが。綺麗に回復してるですと。へえと。
変な話、この歳、とは、母の歳、米寿なれどの、そんなに早くに、骨が回復するですかと。問えば、ソラなあ、転倒、救急車で、入院以来の、丁度、1ヶ月でして。
ハイの、百歳でも、骨は回復致すですて。マアなあ、野暮なる質問であったかと。

実は、そこ以外に目立つの断層がありまして。
これは何ですかと、問えば、以前の骨折痕ですて。へえと。こっちの方がきついですねえ。そおですねえ。されどの、くっついてますと。これ又、野暮なる質問であったですが。

での、先生、母の足を触りまくりの、肉が相当に痩(こ)けてますねえと。
ハイ、それなんです。
結果、足の体力とするのか、筋力低下で、踏ん張りがきかずに、再度、再々度の転倒が危惧されまして。既に、何度も、何度も懲りずに転倒してるですが。これからの転倒なるは、当人の寿命に関わるかと。
既に、寿命には、関わってるですが。
とまでは、云うてえへんけれどの、対処法はあるですかと。

簡単には、ベッドに座って、足を、上に下に、上下をさせるだけでも、運動になるですて。筋力が付くですて。
逆には、筋力が減退は、転倒の原因になるですて。
イヤイヤ、良く分かるです。
立つと云う事。筋力を付ける事は、歩くに重要でして。

玄関先から、車に載せるまでの、数メートルが大変の、イツ、ヘナヘナと、腰砕けになるかと、心配でして。ディ・サービスの介護士は、後ろから、ズボンの腰の辺りを持ち上げてるです。
さもなくばの、その一寸間にも、転けられてみい。大変と。

要は立つ訓練。
筋力を付けるの訓練が必要かと。
イヤイヤ、ホンマやでの、外出されてるの高齢者なるは、健康そのものでして。杖一本で、自力で歩けててみい。上等でして。
出歩けんの高齢者は、まずは最低限、トイレ通いが一杯、イッパイやと。
(11/08/20)


NO.22 通院の日の話(2) 自動精算機の話

そんな次第の斯くなるでの、「亀岡シミズ病院」の駐車場は、50台が駐められるかと。
管理人は居てませんでして、入っても駐めるの場所を探すに一苦労。
の場合もありまして。

「南丹病院」の駐車場は、果たして、何台駐められるのか。多分なら、250台くらいかと。管理人も、2名、3名、居てるかと。
駐車カードを受け取りまして。受け取れば、何処かが空いてるになるですが。管理人の指示で、しかるべくの場所に駐めるになるです。
一時間以内なら、無料で、以降、30分で、100円なれどの、診察を受けるの患者は精算の際、無料化手続きをしまして、何時間でもと、なるですが。

私が入院してた頃は、駐車カードは無かったかと。
よって、患者の一部は、自分の車をしかるべくの場所、イヤ、適当の、病棟に近いの場所なれどの、置いてまして。私も、痛みさえ取れた段階では、置いてたです。その方が、一々、迎えに来てもらう事もあらへんしと。
荷物も、自分で、処理出来まして。


オッとの、そんな事で、主治医からは、骨もくっついてるし、特段の何も無しと。
無罪放免の、但し、骨粗鬆症の薬は、継続してくださいの、ソレは、どこの病院でも宜しく、「亀岡シミズ病院」でも、ここ、「南丹病院」でも、都合の良い方でと。
ならばの、「亀岡シミズ病院」でと。
とは、云うてえへんです。
単に、診察はこれでオシマイの、投薬のみの話でして。嗚呼、助かったが本音でして。
ソラなあ、次回、ンヶ月したら、来いと云われれば、母を連れて、来んならんです。投薬のみなら、代行で結構でして。代行も、大変やけれどや。母を連れて来るに比べたら、数段の楽でして。

私も、頻尿とするのか、前立腺肥大に対するの、尿を出易くするの、薬は、「亀岡シミズ病院」で処方して戴いてまして。どしても、母を通院させんならんのなら、「南丹病院」の泌尿器科で診察を受けまして。
しかるべくの、処方をして戴きましてと。
或いは、母のは、こっちで、私のは、「亀岡シミズ病院」でと。その選択をしんならんかなあと、考えてたですが。
これなら、「亀岡シミズ病院」で、一発に済ませられるナと。


での、母、請求するに、睡眠薬と、湿布薬をと。主治医、ハイ、承知と。
イヤ、コレを云うてくれんと、睡眠薬だけで、近々にも、「亀岡シミズ病院」に行かんならんです。湿布薬も、適当にぺたぺた、貼りの、そこらにポイので、周囲、私共が大変なれどです。

デハ、有り難う御座いましたと、診察室を退散の、整形外科の待合いで、待ちの、受付にて、処方箋と、診察の明細を戴きまして。
精算の受付に並びまして。

イザ、私の番で、駐車カードの無料化をと。
での、受付女性、曰くに、入院費の精算がマダですねえと。ハイと。本日、精算予定ですがと。
ホナラの、今回のと、一緒の番号に致しますのでと。
云われて、何の事やら、さっぱりの、モ一度、云うて下さいの、受付嬢曰くにの、嬢か、誰ゾの奥様かは、知らんの、三十代後半女性なれどの、美女でして。イヤ、美女は真性本物の美女でして。
オッとの、話なるは、こちらで、精算されるは、初めてですか。イヤ、初めてでは無いですが。イヤイヤ、セイサンキは初めてですか。セイサンキねえ。何ですか、ソレ。

オトトの、話を良く良く聞けば、精算機で、精算するの方式になってるですて。へえと。ソレ、どこにあるですかで、あっちですと。示されたは、受付の反対方向にありまして。へえと。
お使いになるは、初めてですねえで。ハイの、この番号が表示されましたら、精算機の、しかるべくの場所に、この紙のバーコードをこんな向きにかざしてくださいと。
へえの、こんな具合にですかと、具体的に示せば、反対ですと。イヤ、バーコードの印刷面が上ですて。へえと。

での、しかるべくの金額を投入にて、領収書は3枚出て来ますのでと。フウンと。
その3枚、全て、取ってくださいと。ハイ、承知の、3枚なるは、分かるです。2枚は、入院費でして。請求書は、郵送で、2枚届いてたです。
そして、1枚は、此度の請求書とするのか、領収書かと。


でででの、バーコード付きの、番号札<紙>を手にして、しかるべくの電光掲示板を見るに、まだまだ先でして。
母には、モ一寸待ってなあと。
イヤ、暇やでと。
当世、構内禁煙でして。構外に出てもええけれどや。置いたままで、出るは気も退けて。
かと云うて、邪魔にならず、待ち易いの場所も少なくて。オッとの、車椅子の母がの話なれどです。そんな事、気にせずなら、どこでも結構なれどです。

での、母の方を監視しつつの、電光掲示板を注視し乍らの、やっとで、「77」番が点灯の、サテの、精算機にと。見て、一発、分かれば、天才ゾと。そもそもが、バーコードをかざすの場所からして、見つけるが大変の、あっちか、こっちかと、かざしまくって、嗚呼、ここかと。
ホナラの、7万とン千、ン百、ン十円也と表示がされて。
札束、8枚をば、しかるべくの、取り込み口にと。
入れてる最中にも、後ろに並ばれて。

嫌なんやなあ。並ばれるのが。急かされてる気分になりまして。事実、急かされてるですが。ホカにも、2台、精算機があるのに、1台は空いてるのに、何でと、聞く訳にもで。イヤ、何でやろねえ。初めてやのに、知らんわと。
内の1台も空いたのに。後ろが一向に列が減らんです。
領収書も、3枚と、精算機がアナウンスしまして。へえと。後ろに聞こえるよに、3枚かと、大きな声出しまして。

での、3枚の領収書を受理で、サテの、帰る訳にもの、処方箋を持って、「院外薬局」に行かんならんです。オッとの、しもたなあと。
「亀岡シミズ病院」では、精算で、処方箋を戴くですが。こっちでは、科の受付で、戴いてたです。病院代の精算までに、行っといたら、良かったなあと。
ででの、母には、モ一寸、待っててなあの、薬を取りに行って来るしと。伝えたならばの、オシッコがと。
ンの、我慢出来るの範囲か、出来ひんかと。出来るなら、薬を戴けば、帰れるしと。
ホナラの、その程度なら、待てると。良し、分かった。待っててくれと。
(11/08/21)


NO.23 通院の日の話(3) 諸般諸々の話

イヤイヤ、でででの、大病院故に、「院外薬局」も3箇所あっての、どこが一番に空いてるかは知らんの、勝手知ったるの、正面玄関からでは無くの、駐車場の横手から出まして。
イヤ、正直には、そんな出入り口の存在は知らんかったです。以前には無かったですが。
横手から出るの人があるを発見。フウンと。
遠目、見掛けは、柵だけでして。出たからには、隙間とするのか、出入り口が出来てるかと。

での、その出入り口からなら、そのソバには、「院外薬局」の一つがありまして。そっちにしよかの、入ったら、先客、ゼロ。
嗚呼、良かったの、受付にて、処方箋を提出で、即の、初めてですかで、ハイの、では、これに諸般、分かる範囲で、記載をと。「お薬手帳」が云々での、手帳は、どこかで、戴いてるの、とりあえず、生年月日に、病歴に、アレルギーが云々のと、促され。
当人と違いますが、構いませんですかの、分かる範囲で結構ですと。

にしても、何で初めてと分かったかが、不思議でねえ。
イヤイヤ、過去何度も、「南丹病院」には通院<風邪、痔等々>も。入院は2度<骨折1度で2度入院>してるですが。母を何度も連れても来てるですが。
全て、新館が出来る以前。駐車場も、拡張以前。そもそもが、薬は、「院内」でして。或いは、「院外薬局」は出来てたですが。併用の時期でして。
3箇所あるは承知でも、入るは此度が初めてでして。

での、何で、分かったかとは、聞かずの、つべこべ云わずの、至って素直に、ハイ、承知と、記入しまして。
出してから、しもたの、月日は合致の、生年を間違おたナと。
別途の受付女性に、先の人はと。
イヤ、即の消えてまして。正確なるを伝えたならばの、嗚呼、それなら、こっちで、しかるべくの分かるですと。ソですかで、すぐにも、薬は出て来まして。
薬剤師から、事細かに説明をば聞かされまして。モええのにと。
思えど、先様も仕事の、こっちは、母のオシッコもあるけれどと。二男夫婦もこれをやってるかと思えば、突っ慳貪の不愉快なる顔も出来ず。

での、「お薬手帳」が出て来ませんでして。
先の、記入させたの、受付女性。
実は、妙齢の真性美女。先程の薬剤師は、中年小母様。別途のは、マア、普通。

ででの、美女に、先程の、「お薬手帳」の件ですがと、問えば、ヘえと。
さも、何の事をと、怪訝なる表情、冷たい表情、拒否、拒絶の、変な人やなあ的、顔されて。先程の、何やら、記入せよの際のにこやかさとは、別人の表情でして。
これが、この子の本性、性根かと。子と云うても、20代後半かと。20代後半なら、我が息子共の方が兄貴やわと。

オッとの、での、遂のさっきの話やでと。小10分しか経ってえへんの。ホンマかと。
摩訶不思議な程に、奇跡的、ホカには、ダアレも居てへんでと。大病院やのにと。
とは、云うてえへんけれどの、ホナラの、先の中年小母様薬剤師が、察し良くの、横手から、申し訳ありませんと。手渡して戴いたの、袋の中に、貼るのラベルを入れてまして。手帳はあるとの事で、付けておりませんですがと。
ご丁寧、親切、にこやかに、返答して戴きまして。

イヤイヤ、ホンマやでと。
失礼乍らの、自分のやる事さえしたら、アトは知らんわの、怪訝なる顔は、折角の美人も台無しやと。
イヤ、正直、ビックリしたです。何の話、私に何の用事と、そんな表情でして。
そんな経過の話もしてない、隣に居たの受付女性、中年薬剤師の方が数段の我が意図をば、良く察知の、理解してまして。

そのよに、返答してくれたら、済むの話で、イチャモンでもあらへんわの、尋ねただけやと。
理由なるは簡単の、新しい、「院外薬局」に行けば、行く度、「お薬手帳」を造られまして。こっちからしたら、又、造られるかと、思ただけですが。

記入せよと促され、それで、何が、どなるかは知らんの、知らされても無いしで、尋ねただけでして。記載してたの、その場ででも、「お薬手帳」をお持ちなら、手帳は無しで、ラベルにします。
とか、一言、教えてくれたら、済んでるわと。納得してるわと。


とかとか、云うてる場合で無いの、分かれば結構の、分かりましたと、薬剤師に返答の、駆け足にて、母の元に戻りの、オシッコは大丈夫かと。大丈夫との返事で、ホナラ、家まで、我慢をと。
ソラなあ、勝手知ったるとは云えどの、車椅子で入れるのトイレの場所を知らんです。知らんなら、病院の職員にでも聞けば宜しいですが。まさかの、女性トイレに母を伴いの。
ではあってもの、男の私めが、入る訳にもナと。

女性は男性トイレにでも、平気で入るですが。平気か、どかは、知らんけれどや。入られたの、男性トイレの男連中なるが、キヤツ、ギャ、痴漢、痴女、変態。
とは、大騒ぎも致しませんです。こっちが、気を使いの、遠慮を致すかと。
ホンマやでの、トイレ掃除にしたって、男の清掃担当者が、女性トイレには入らんわと。

そんな話も結構の、戴いたの薬、骨粗鬆症、湿布薬に、睡眠剤はあったですが。「亀岡シミズ病院」にて、処方して戴いてるの、胃の消化を助けるの等々が、あらへんですが。まあ、ええかと。
正直、余ってまして。
常にキチリの減るは、睡眠薬だけでして。湿布薬は、数日で無くなるですが。
マア、どっちにしても、薬は、「亀岡シミズ病院」にするかと。

オトトのそんな話は結構の、あの妙齢の受付美人も案外やなあと。但しの、私めが、年頃で、モ一寸だけでも若けりゃ、愛想も持続してるかも、分からんですが。
或いは、常にあんな調子故に、周囲が気を付けてるのか。大病院にも関わらずの、ガラガラの、私1人であったかと。
イヤ、町医者の、どことは云わんの、隣接の、「院外薬局」なら、そんな事もあるけれどや。「亀岡シミズ病院」では、あらへんわと。一箇所だけなれどです。広さからしたら、我が承知の範囲で、最大ゾと。

とも、云うてる場合で無いです。
早速にも、母を病院の玄関口に連れて来まして。
ここで、一寸、待てと、今度は、車を玄関口に移動なれどの、車を回すに、これ又、小母様が、車を玄関先に斜めに、しかも、運転席のドアを開けたままで、先様の爺様をば、車から出しまして。
イヤイヤ、その前方には、タクシーが横付けされてまして。ソレは結構の、斜めに駐めるも構わんの、タクシーとの車間距離が空き過ぎでして。その間に入る訳にもで、仕方が無いしで、最後尾に付けたですが。

最後尾となれば、屋根がとぎれてまして。
イヤ、実は、小雨状態にての、私は小雨程度、どて事無いけれどや。そのまま、「院外薬局」にも行ったですが。我が基準ならばの、傘を差す程でもあらへんし。差す程でも、傘はあらへんわと。

オッとの、そんな次第の、不愉快気分が持続がため、小母様には、云うてやったです。
チャンと、駐めて欲しいなあと。
ホンマやでの、急いでるは分かるけれどの。年寄りを病院に連れて来るも大層なは、重々承知の、されどの、アンタだけと違うわと。
とは、云うてえへんけれどや。

イヤイヤ、ホナラの小母様、嗚呼、私のですねえ。すみませんと。イトもあっさりの、ニコと返答されまして。ニコと軽く受けて戴ければ、コレ又、スッキリ致すですの、余計な事をすみませんねえと。
先程の、姉ちゃんとは、違うナと。

斯くなる次第の、斯くなるでの、母を車に載せたら、車椅子はしかるべくの、位置に戻しの、鍵を掛けての、受付に鍵を戻しの、ではと、帰宅したは、12時一寸前。
帰った途端に、私めも、尿意を催したけれどの、母に先に行かせまして。ソラ、母も同様、貯まってるやろと。病院に居た時から、オシッコと申してたしで。
ソラなあ、8時に出て、12時やと。
嗚呼、シンドの、クタブレタわと。
(11/08/22)


NO.24 再びの、母骨折(1) 又、転倒の話

イヤイヤ、母が、又、転けて。
過日、昨日<9月24日>の夜、10時頃。
イヤ、トイレに入りしなの事でして。ドスンの音で、スワと、嫁はんと2人、一斉に見に行けば、便器のソバで、倒れてまして。寝ぼけ眼の顔してまして。
大丈夫か。大丈夫。
との、返事は信用してませんです。
とりあえずは、骨は完全骨折してへんみたいで。イヤ、いざり歩きは出来てまして。手も、足も、動いてまして。当人曰くに、兎に角、トイレをしたいと。トイレはええけれどの、立てるか。立てへんなあと。

よって、嫁はんと2人掛かりで、起こしまして。
当人は、兎に角、どもない。トイレやトイレと、主張しまして。トイレは結構の、トイレの様子を観察してる訳にもで。ここから先は、嫁はんにと。

での、大でして。
臭い事、臭い事。トイレの扉、全開放でして。これは、いつもの事なれどです。ソラ、歩行器で移動してましての、トイレに歩行器は入れられずの、身障者用トイレでもあるまいにと。

用を足せば、ベッドに戻るになるですが。嫁はんと、2人掛かりで、連れて行きまして。
イヤ、痛がってねえ。どこがと問えば、肩がと。肩ねえ。もしかして、肩の骨を骨折の可能性がと。されどの、腕は動いてまして。
どっちにしても、湿布貼れと、申す故に、左肩に湿布を貼りまして。どんな具合や。病院に行くか。どもない、大丈夫の返事で、これはイツもの事でして。とりあえずは、一晩、様子を見るかの、この日も、夜の12時、2時も見守りまして。トイレ行きおで、見届けてから、就寝と。


でででの明くる日、様子を見たなら、湿布を貼った箇所が、若干なれどの、腫れてまして。これは、もしかしての、骨折の可能性がと。とは云え、25日は、日曜日でして。足では無く、肩やし、救急車も大層でして。
ソラなあ、前回、7月18日日に転けて。19日に、救急車で、「南丹病院」でして。結果、恥骨骨折。手術はせずの、安静で、8月7日に退院したですが。まだ、1ヶ月半しか、経ってませんです。

での、さての、どこの病院にと。
「亀岡シミズ病院」の方が、勝手を知ってるしと、電話一発、嫁はんがで、本日、当直医は、整形外科ではありませんの、整形外科なら、「亀岡市立病院」にと。
ハイ、左様ですかで、母を車に乗せて、乗せるも、大変なれどです。「亀岡市立病院」えと。
実は、ここは始めてでして。イヤ、到着したら、綺麗な病院でねえ。赤字らしいですが。比較的広い駐車場には、車が数台。5台かなあ。駐まってまして。とりあえずは、受け付けて戴きませんとと、受付にで、了解して戴きまして。

イヤ、親切なる看護師でして。車椅子を持って来てくれて、行きますわと。イヤイヤ、駐車場の母を連れ出しにです。どなるか、分からんのに、母を車から降ろして、連れて来る訳にもの、了解戴いてから、車椅子を借りるつもりやったですが。
イヤイヤ、すみませんですねえと。すぐのそこなれどです。気持ちや、気持ちの世界なれどの、そんな看護師、知らんわと。病院の態勢か、この看護師の性格かと。

そんな次第で、待つ事、1分、2分のすぐにも、診察室にで、概略、病歴等々をば、担当医から、尋ねられまして。どっちにしても、レントゲンをと。その看護師が連れてってくれて。
待つ事、十数分で、レントゲンが終わって、診察室にで、先生曰くに、残念乍ら、骨折ですと。フウンと。
事実は事実で、事実を認めませんとで、但しの、入院、手術をする程では無いですて。又、従前の病院、「亀岡シミズ病院」で再診してもらって下さいと。この場では、痛み止めの薬と、コルセットを出すだけで、先様、「亀岡シミズ病院」の先生宛に、紹介状を書いときますと。へえと。

骨折なら、入院と思たですが。
イヤ、正直、大変ゾと。昨夜、本日朝は、2人掛かりで、ベッドに寝かせたり、何したり、してたですが。骨折と分かれば、その分、慎重にと。思えど、何をするにしても、痛がってまして。痛いも打撲なら、我慢せよで、済ませられるですが。くどいけれどの、折れてたではナと。
しかるべくの、入院でもさせて、リハビリもと。
とか云うても、先生が必要無しの、紹介状を作成の、「亀岡シミズ病院」にと、云えば、原則、従わざるを得ませんでして。

そんな次第の、診察は終わって、精算を待つ間に、看護師が、しかるべくの、「亀岡シミズ病院」の先生にと、レントゲン写真を持って来てくれましての、オッとの、今時、DVDなんやねえ。
こんな事になってますかと、看護師に話をしてたなら、別途の中年オヤジが覗き込みに来てやがっての、変なヤツ。
ホンマやでの、気分不愉快でして。知り合いや、家族でもあるまいにと。失礼千万のと。
とは云うてえへんけれどの、看護師も、同様の表情してまして。

イヤイヤ、このオヤジ、何の用事か、待合室で、寝ころんでまして。この看護師が、どこがと。イヤ、便秘が云々の、看護師、先生が云々での、お薬は飲みましたか云々のと、用は、診察して戴き、薬も処方して戴きの、尚かつの気分がと、来てまして。変なヤツやなあと。
思てた、矢先の話でして。こんなヤツに下手に相手して、もめてもつまらんの、無視したですが。時々、この手のが居てるですが。思考回路、分からんわと。

そんな話は結構の、別途には、どこから現れたか、婆様が私めに、尋ねるに、出口はどこかと。
あのなあの、私めも、ここは、初回の、そこから、入って来たですがと。
話簡単には、休日、日曜日故に、病院の正面玄関は閉まってまして。救急入り口から、入ったですが。この婆様、何の用事で、病院に来たか。正面玄関から入ってたなら、平日でしての、入院患者でして。
見舞い客なら、救急入り口からの筈でして。
実際問題、看護師は優秀でも、この手のが多い病院かと、疑るですが。病院そのものは、新しく、綺麗でねえ。
<注=設立、2006年>

オッとの、ではと、精算の上、退散の、再度の先の看護師が、車椅子の母をば、駐車場の車にまで、連れて来てくれましてねえ。イヤイヤ、くどいけれどの、こんな看護師、始めてでして。恐縮致すです。
での、道中曰くに、足の骨折なら、歩けませんので、入院ですがと。肩の場合は、動けますのでねえと。

しかるにの、先のコルセットは、楽ですよと。
実は、先客、患者、小学生の男の子も、肩の骨折にての、同様の、コルセットで、動かし易くなったと、云うてましたですと。フウンの、同じの骨折かと。イヤ、先客が居たは承知の、親子連れやったですが。
只なあ、年齢が違うかと。強いてなら、曾祖母と、曾孫の関係かと。そもそもが、骨の柔軟性がと。
とは云うてませんですが。

ででの、看護師には、有り難う御座います。お大事にで、お暇しまして。
さての、帰りの道中、車中、嫁はんと、明日<26日>なるは、先生の指示に従いの、「亀岡シミズ病院」に母を伴い、行くにしても、どするやと。イヤ、車を駐める場所が問題でして。三連休のアトの、月曜日だけに、一杯かと。
ではあっても、日にちを空ける訳にもでして。
理由は、ディー・サービスの事がありまして。可能かを打診の必要性と、実は、更なるの、火曜日<27日>には、ケア・マネージャーが来るになってまして。明日は、ディー・サービスは、休むにしても、この先をどするやの相談をと。
加えての、ポータブル・トイレの件も相談をと。

イヤイヤ、ホンマやでの、「亀岡シミズ病院」での、入院の可能性もあるですが。
ソラ、正直、入院してくれる方が助かるです。さもなくばの、大変ゾと。
されどの、肩の骨折では、無理なんかなあと。
(11/09/26)


NO.25 再びの、母骨折(2) 専門医診断の話

誰とは云うの、ケンイチ君から、メール一発。
イヤ、彼も、親と、ズと、同居でして。

「私の母(89歳)の場合は、ふらふらしながらゆっくりと歩きますが、今のところ転ばずに済んでいます。
しかし最近では、今まで出来ていたことが出来なくなってきまして、その分手がかかるようになってきました。
それに『寂しい寂しい』と、『心配で』の連発で、私が外出するのを嫌がるようになりまして、仕事に出ても気が気でなく、早く帰らねばと焦るばかり。」

我が母、米寿故、1歳上となるですが。
もっと、年少でも、足元、おぼつかんのも、90歳代でも、しゃきしゃきの方もおられまして。

思うに、考えるに、その昔、現在でも、目、腰、歯と云うてるですが。当然の、症状、原因にもよるですが。現代医学、医療技術の向上にて、ある程度は、改善されるです。
加えての、人生50年の時代なら、目、腰、歯で、老化現象を感じた筈の、当世では、人生何年。80年時代かと。さすれば、老化現象の最終的には、足の体力、筋力かと。要は、自身の体重を支えるに、足がと。
イヤ、ホンマやでの、数々、事例見てるに、寝たきりは論外としての、歩けんよになれば、あっさり云えば、オシマイでして。
ホナラの常平生から、自分の足で、歩くの努力をとなるですが。これがなあ。承知はしてても、ナカナカでして。


そんな次第の、斯くなるでの。
母、トイレでの、転倒の原因なるは、大を急いだためと、推測致すですが。何れにせよ、睡眠薬を夜の8時に服用。やめとけも、聞く耳持たずの、常用薬でして。出さねば、半狂乱は、大袈裟でも無いです。
死んでもええのか。又、転けるでと。
との、説得なんか、馬耳東風の、死んでもええ。転けてもええの返事でして。この歳ともなればの、誰の云う事なんかも、聞くもんかと。ホナラの、勝手にせえの、最早のこの歳で、こっちが、或る程度はみてやらんとの、完全には見てられへんが、現実でして。
ソラ、こっちも、諸般、自分の事をしてたら、母の動静、分からんわと。
とは云え、転けられたら、こっちも大変でして。少なくともの、勝手にせえで、言葉通り、文字通りの、ほっとけへんわと。自分の事なんか、吹っ飛ぶわと。
結果、最低限、飲んで、2時間経っての、10時以降、要注意となるですが。

でででの、明くるの本日<9月26日>、朝から、「亀岡シミズ病院」にと。
イヤ、「亀岡市立病院」の先生の指示によりまして。正式なる判断は、そちらでと。戴いたは、痛み止めと、肩のコルセットと、母の骨折した、レントゲン写真のDVD。
結果、精算、約5千円也での、へえと。
後期高齢者でも、この費用かと。イヤイヤ、休日診療は加算されるです。
かと云うて、土曜日転倒。一晩様子を見て。朝には、腫れて、イタイ、痛いで、日曜日は、休み承知であっても、ほっとけへんわと。

そんな話は結構の、月曜日は平日でして。「亀岡シミズ病院」に、車が駐められるかと。オッとの、駐車場はあるけれどや。
自分1人なら、何とかなるの、母を降ろすに、病院の出入り口に車を横付け。車椅子を借りまして。一旦、院内に入って、順番取りの、一寸、ここで、待っててくれと。
車を所定の位置とするのか、駐車場所に移動するに、空いてえへんかってみい。悲惨ゾと。

さりとての、順番を変えの、駐車場所を確保で、車椅子を取りには出来ても、車椅子のスペースが無くては、母を降ろすが出来ませんです。
イヤイヤ、歩行器なら、自力で歩けても、歩行器無しで、玄関から、車に移動で、乗せるだけでも、相当にくたびれるです。足がしっかりしてへんからでして。屁(へ)っ放(ぴ)り腰で、真っ直ぐに歩くも大変の、母には、我が腕を持たせて、移動するですが。相当なるチカラが要りまして。
介護士の場合、ディー・サービスの送迎の際には、モ1人が、ズボンのお尻をグと引っ張り上げてるですが。1人では出来ませんです。
イヤ、ズボンのお尻を引っ張り上げるは良い方法でして。さもなくばの、腰砕けで、尻餅つかれたなら、万事休すの、骨折でして。

イヤイヤ、何の大袈裟でも無いの、年寄りの骨なんか、枯れ木同然。
枯れ木が、人間の形をしまして。若干の肉付けして。衣服を着てるだけでして。本物の枯れ木なら、軽いけれどや。肉が付き、衣服を着て。余計なチカラを出されて、腕をつかまれ。オッとの、腕は意図的につかませてるですが。
支えるも、しんどいわと。支えるだけで無くの、移動は尚更でして。
はっきり云えば、介護士は、我が年齢よりは、若いわと。我が年齢、この年齢にもなっててみい。昔日とは、桁の違うの体力低下を身に染みての、承知してるです。
モッと云うたら、介護士の指示、動きには、当人、母も、従順で耳を貸してても、家族の指示には、好き放題の、反論ばっかり。やってられへんゾと。

失礼乍らの、アチラ様は、仕事。
こちらは、予定変更の、母を最優先にと。
オトトの、くれぐれもの、介護士には感謝してるです。その上での話やわと。

オトトのトットの、そんな話も結構の、とりあえずの、行きだけは、嫁はんと一緒にで。母を降ろしの、駐車場所さえ確保したなら、2人も母のお付きをするの必要性は無く。
諸般、段取りを決めまして。車2台で行ったならばの、空いててねえ。時間は一寸、早めなれどの、それでも、「整形外科」の順番28番。
診察開始は、原則9時からでしての、まだ、15分も間があるですが。仕方が無いなあと。
イヤイヤ、コレ又、車椅子を駐めるの場所も確保の、ソレも上手い具合に見つけまして。

での、結果、9時15分から、診察が始まりましての、小1時間。私の方が、一寸、小用をと、母に告げたならば、自分もと。ンと。
離れたの、その瞬間にも、席、場所を取られるは覚悟でありまして。コレ又、仕方が無いなあと。勝手知ったるの、身障者用のトイレに入ったですが。勝手知ったるとは、過日、同じよな事がありまして。その際、入れたは、入ったですが。出るに、出られえへんでねえ。中から、ドアをば、ゴチャゴチャやってましたら、外から、誰か様がご親切にも開けて戴きまして。助かったですが。
以降、何度も、何度も、母の薬、私の、頻尿の薬<前立腺肥大>を処方して戴くに、来てるの際、前回の原因はと、探索したですが。今度は、どんな具合にしても、開きまして。へえと。
イヤ、どんな具合にとは、語弊があるですが。考えられるの原因なるは、ロックのレバーを外すのが、不十分やったかなあと。

での、此度、身障者用トイレには、無事に入れて、何事も無く、出られたですが。案の定の、席、場所を取られててねえ。しょがないなあと。こんな場に、荷物を置いとくも出来ひんし。誰の席、場所と決まってるで無しと。
適当なる場所に母の車椅子は駐めて。私は、立ちっ放しと相成ったですが。
そんな間にも、小30分にて、やっとで、呼び出しの、診察室にで、先生問うに、腕は上がりますかで、ハイで、上げて。母がです。
痛く無いですかで、全然、痛く無いですと、返事して。母がです。
困ったヤツやなあと。
家では、痛い、イタイの、嗚呼、痛い。腕は、上がらんし、辛い、辛いの、嗚呼、辛いと、抜かしてたのにと。
とは、先生に告げたです。
さもなくばの、痛み止めの薬さえ、処方をして戴けませんの、何のために、病院に来たになるやろしと。

ででの、先生曰くに、「亀岡市立病院」で撮した、レントゲン写真を示しまして。
まあ、ここ等辺りが怪しいかなあ<骨折の意>。まあ、大丈夫です。年齢的にも、年齢ですし、特に、処置は致しませんの、当方からは、ディー・サービスの件ですが。行っても宜しいですかで、普段通りで結構ですと。
フウンの、<母の>生活そのものについても、いつも通りで、宜しいのですか。
と問えば、宜しいですと。フウンと。

結果、痛み止めの薬を2週間分。いつもの薬も同様にと。
次回、2週間後に来て戴けますかで、ゲと。
又かと。

でででの、「亀岡市立病院」にて戴いたの、母の骨折部位レントゲン写真の、DVDなるは、看護師から、「個人情報」ですのでと、返却して戴いたですが。
当然の、コピーはしたはるのやろなあと。さもなくばの、患者の病歴が欠落致すですがと。
イヤ、そんな余計な事は聞いてえへんけれどや。こっちに、返却されてもと。
(11/09/27)


NO.26 再びの、母骨折(3) 介護保険の話

でででの、そんな次第の、斯くなるでの。
担当のケア・マネージャーには、しかるべくの連絡致しまして。
イヤ、当日、月曜日は、ディ・サービスの日でして。送迎に出発されるまでには、連絡をと。早々に一報入れてたです。

ケア・マネージャーには、「亀岡シミズ病院」の整形外科担当医、主治医でも無いですが。当世、大病院では、主治医制は採用せずで、誰でも一緒。
ソラ、移動があれば、病院を替わりまして。意味が無いです。
諸般、主治医を決めておけの話はあるですが。主治医とするなら、町医者になるのかと。
これもなあ。昔なら、掛かり付けの医者があったですが。掛かり付けも、始終は通いませんですが。風邪でも、腹痛でも、腰痛でも、近所の町医者でして。

流石に、歯に、目に、オッとの、風邪も症状によりの、耳鼻咽喉科にと。大抵なら、市販の薬なり、薬局にて、調合ので、済ませてたですが。くれぐれもの、私共、年に1回も行けば、行き過ぎでして。ン年に1回かと。
それでも、町医者なら、覚えてくれてたですが。
当世、母の通院にしたって、町医者なら、覚えてくれてても、大病院では、担当医の指定の日以外なら、別の医者でして。顔さえ、まともに覚えてられへんです。医者と、患者の親密度、コミュニケーションが無くなって来てるかと。

オッとの、そんな事で、医者の話を伝えまして。
要は、普段通りで結構の、ディ・サービスも、ショート・スティも可能ですと。
での、ついでの話の、レンタルのベッド。ポータブル・トイレのカタログでもがあれば、宜しくと。
取り入れるかは、先の話にしても、検討事項に入れませんとと。
実は、ベッドも、母は自分のを持ってるですが。介護用ではありませんです。高さが若干高いです。木製でありの、下には、衣類、雑貨を収納出来るよにしてあって。高さ調整等々、不可でして。低くした方がと。
又、起きあがり難い時には、起こせるのがと。

但し、ベッドはレンタルが出来ても、月に、約千円見当でして。手摺り、マットレスは、オプションでして。レンタル料金が加算されるの仕組みでして。
借りたら、借りたで、現在のをどするやと。置くの場所があらへんしで、廃棄処分かと。ホナラの、変な話、しかるべきの時まで、借りっ放しになるのかと。

イヤイヤ、での、期せずして、当日、26日、レンタル屋が来まして。いつも、突然故に困るですが。ホンマやでの、通りすがりの、ついでと思うですが。予期してへんかったら、用事があっても、忘れてるです。
よって、出来れば、予めの、電話一発、お願い致しますと。お願いしてるですが、アカンなあ。
オッとの、この日は、丁度宜しく。カタログを請求で、戴きまして。


明くるの、本日、27日には、かねてからの、予定の、三者面談<ケア・マネージャー、当人、保護者>の日でして。ケア・マネージャーが、月に1回、来ておられるですが。
尋ねてみたです。
ポータブル・トイレは実費で買うしか無いのかと。
ポータブル・トイレこそは、モノがモノだけに、レンタルも出来ずの、実際には、レンタル品と云えどの、新品なれどです。

歩行器にしても、杖にしても、段ボール箱から。包装されたの、袋から、取り出してまして。説明書一式、付いてるの、モノでして。
余計な話の、歩行器も、杖も、正価で、約1万円見当。
レンタルでなら、個人負担、300円也が相場での、これは、1割負担でありまして。結果、レンタル屋は、月に、3千円の収入での、云うたら、こんなモン、レンタル屋が、正価で、調達してるの筈が無くの、精々が、半額、5千円見当かで、2ヶ月も貸せば、元が取れてるかと。
百歩譲って、正価であっても、3ヶ月、4ヶ月で、元が取れるです。

イヤイヤ、話は順々にで、電話で、既に、母の状況をば、伝えてまして。
ケア・マネージャー、どですか。大丈夫ですかと。大丈夫と。手は上がりますか。上がると。
云うても、痛み止めの成果かと。余所様が居たはらへんかったら、イタイ、痛いの、嗚呼、痛いなれどです。マアねえ、大した話と違うです。
とりあえずは、電話での話、ディ・サービスも、ショート・スティも、今まで通りにと。オッとの、母は、ディ・サービスは大好きでして。その日、月、水、土曜日なるは、朝の早くから、起きまして。
ソレは良いけれどの、送迎車に乗るまでが大騒動。余所様の状況は知りませんので、どんな具合かは、分からんですが。大騒動とは、カラダを支えられて、一歩前が、怖い、怖いと。右からか、左からかと尋ねたり。
どっちでも結構ですよで、左からにすると云いつつ、右足から、一歩前進したり。前進なら、結構の、屁っ放り腰故、後ずさり。

イヤ、ディ・サービスは、要介護認定なり、要支援の認定をされてる面々が介護保険の適用を受けて、通うモノでして。
まともに、サッサと、歩けるなら、ディ・サービスも不要かと。

問題は、ここからでして。一騒動で、送迎バス<バスでは無く、改造の普通車、軽自動車の場合もあるですが>に乗り込むに、嗚呼、何とかさん、元気してるか等々の、挨拶したりして。挨拶は結構なれどの、自分の身一つが大変の、早くにしかるべくの、着席しん事には、介護士も待ってんならんわと。

とととの、そんな話よりも、本命は、レンタルのベッドなり、ポータブル・トイレ<腰掛便座>の件でして。
言語明瞭の、現在のベッドは、木製でして。母が元気な時に買い求めてまして。ベッドの下には、衣類、雑貨なりを収納出来るのモノでの、介護用に非ず。
足腰が弱って、ベッドに乗り、降りさえが、一苦労の状態でして。怪我をしてたらの話なれどです。
寝相が悪くの、過日、過年には、落下防止の、手摺りを設置したですが。大体がそんな傾向にありましての、手摺りを付けてからは、落下はしてませんですが。

要は、無計画にベッドを借りても、現のベッドの処置問題がありまして。一旦、借りれば、先の通りの、月額幾らで、しかるべくの日までと相成って。
よって、リスク回避なら、ポータブル・トイレかなあと。睡眠薬を飲んでないの、日中は大丈夫で、食事等々での移動もで。夜中のみ、ソバにの方法が考えられて。さすれば、夜中の、歩行器の音で、我々も目を覚まし、物音の様子を聞いてる必要性も無いかと。
イヤイヤ、真夜中に転けたの前例は無く。むしろの、睡眠薬の効き始めの、夜の10時頃が一番に危険。

どっちにしても、ポータブル・トイレを四六時中、使用は困るの、多少の運動もしてもらわんとと。
ホンマやでの、さもなくばの、運動の機会が極端に減るが現実でして。

只ナの、ポータブル・トイレは、レンタルが無く、買取でして。値段たるや、2万円台から、5万円弱で。高いのは、洗えたりもしまして。ソラ、洗える方がで、値段がで。
イヤイヤ、過年では、病室に入れば、プンと、その臭いがした事があったですが。臭いに鈍感なるの、私が臭う故に、相当でして。処がの、「公立南丹病院」の時には、臭わんでねえ。広いからか、換気がと、思てたですが。
当世、消臭剤も良くなってるですて。
イヤイヤ、冗談や無いです。排泄物の処分も大変ゾと。加えての狭い家で、臭いが充満じててみい。地獄ゾと。冬場は、窓を閉め切るし。夏場なんか、窓開放で、ご近所様から、苦情が来てみいと。
そこまで、考えてたら、何も出来ませんですが。

オトトの、値段の話で、既に、諸般、介護保険からの限度額は使用の使えへんしと、話をしてたなら、ケア・マネージャー曰くに、返答するに、家の改築の補助と、介護器具の購入補助は別枠とするのか、改築は、一例、20万円が限度で、ズっとなれどのと。
介護器具等々購入については、年10万円支給の範囲で、個人負担は1割ですて。へえと。ホンマですかと。
そんな事なら、理屈上、毎年、毎年、支給額、10万円の範囲で、補助が受けられるになるです。知らなんだです。

ケア・マネージャー更に、曰くに、但し、同一物については、一度だけですて。
要は、ポータブル・トイレを一度買えば、壊れた等々での、ポータブル・トイレについての、二度目の補助は出ませんと。フウンと。
一つ賢くなった気分。
更には、得した気分になれたです。
(11/09/28)


NO.27 再びの、母骨折(4) 保険の話

イヤイヤ、でででの、斯くなるでの。
母転倒から、転倒までの、間隔が次第、次第に短くなって来てるです。
此度が、9月の、24日<土曜日>に転倒。肩、肩としてるですが、レントゲンを見れば、鎖骨かと。既載の通り、入院はしてませんですが。投薬、痛み止めのみ。コルセットも戴いたですが。

云うたら、前回なるは、本年7月でして。18日の夜であったかで、一晩様子見で。痛い、イタイの、嗚呼、イタイで、救急車に相成りの、「公立南丹病院」行きと成ったですが。ソラ、尻の辺りで、レントゲンからは、恥骨骨折でして。
歩けませんです。
歳も歳で、手術はせず。簡単なるリハビリ。精々が、病院内の散策程度のでして。10分か、15分でして。20日間の入院で退院。

その前となれば、2008年12月30日。
オッとの、案外に間があったなあ。約の、2年半もと。
年末の気ぜわしい時期でして。明くるの年の、5月3日まで、入院してたかと。イヤ、腰の圧迫骨折でして。それまでは、杖<4点>が2本であったですが。以来、歩行器のお世話になってるですが。
その前となればの、自サイト内検索でもしたら、分かるですが。邪魔くさいなあと。多分なら、2007年の7月末かと。玄関先で、転けまして。ホナラの、1年半程度の間が空くかと。

イヤ、これは、頭を切っただけでして。
で、終わればなれどの、抜糸の直後であったか、それこその、お盆の時期、家の中で転けまして。コレ又、圧迫骨折であったかと。
イヤイヤ、ソレ以前に、大腿部骨折2度で、右に、左に、プレートが入ってるです。
どっちにしても、1年、2年、3年の、3年を待たずに、転けたり、怪我したり。
その度、足の体力、筋力なるが、眼に見え、衰退してるです。ソラ、約4ヶ月の入院以来かと。オッとの、その時は、「亀岡シミズ病院」でして。こちらでは、リハビリもみっちりして戴いてたですが。

何と云うても、当事者本人でして。
足腰を鍛えませんとと。ディ・サービスに行くに、関係者一同、周囲が大変でして。イヤイヤ、母は、心待ちにしてまして。かと云うて、帰って来たら、しんどい、しんどい、嗚呼、しんどいではナと。
以来、寝ずの番までには至らんですが。寝るの時刻。起きるの時刻が、ズレにズレまして。夜の2時に寝て、朝が、7時頃。オッとの、ええ恰好云うたらアカンの、7時過ぎまで、眼が醒めへんでねえ。

でででの、話が前後するですが。
当然にしての、母には障害保険を掛けてまして。年齢が年齢故に、掛け金は少なく。少なくしか、掛けられませんですが。年に、4千円やったかなあで、入院、日額、1300円也。20日間故、2万6千円が戻るですが。
これは、「老人会」での保険でして。

モ一つ、農協<JA安心倶楽部>で掛けてまして。
こっちは、年額掛け金1万5千円で、入院、日額、3500円也。年金を農協に入金で掛ける事が出来るですが。
細かな話、正直なる話。
この2つの障害保険で助かってるです。入院費が、これで、戻って来る勘定でして。あくまでも、入院費のみなれどです。ソラ、入院されたら、入院費用以外に、諸般の費用は要るです。

云うたら、母は、元を充分に取ってまして。
但しの、「老人会」であるとか、「JA安心倶楽部」のも、元々が採算は合おてえへんかと。

しかるにの、別途、手術代が云々等々、別給付もありまして。基準が良く分からんですので、「診断書」添付が安全故に、病院に作成依頼してるですが。当然の、しかるべくの費用は要るですが。
実際には、保険金、10万円以内なら、「診断書」は要らんのやねえ。
イツから、イツまで、入院をして。通院はイツイツと申請すれば済むですが。保険屋は、しかるべくの、入院先に電話確認なりすると思うですが。
イヤイヤ、実は、5、6年の以前までの、骨折で入院で、保険金の請求では、申請書の記載事項が煩雑でねえ。簡単なる間取りとするのか、家のどこで転倒等々、記入させられたですが。以降、最近では、簡単になりまして。
楽になったなあと。

オッとの、前回は入院で、此度は入院では無いですが。
前回の、入院に際しての、「診断書」の受け取りを失念してまして。失念も、大した遅れでも無いですが。ソラ、通院も一度してまして。しかるべくの、申請書を送付依頼致しまして。病院に提出で、出来上がるのが、2週間後。
この辺り、「亀岡シミズ病院」では、出来たら、出来たで、電話連絡して戴くですが。「公立南丹病院」では、頭っから、2週間。
以降に取りに来てくださいとなってまして。
での、退院して、1ヶ月半で、又、転けて。こんな事もあるのやなあと。この、月曜日<26日>に、「亀岡シミズ病院」にて、再診察を受けの、入院の必要性無しの診断を受けの、急遽の書類を揃えて、郵送したですが。

でででの、何が云いたいかとなれば、母は後期高齢者。医療費なるの、自己負担1割。
ソレで、手術無く、入院のみで、20日で、7万、8万円の世界でして。我々、ソレ未満の者が、入院して、手術してみい。ゲとなるです。卒倒するかと。
高額医療費の場合、月に、5万円を越したの分は、戻るですが。母の場合、同じ20日でも、2ヶ月に渡ってまして。
イヤ、差額分が戻るにしても、一旦は、支払わねばならぬです。

思うは、後期高齢者の身分なら、入院が出来ても、我々は、ソは易々の、入院もしてられへんなあと。
コレ又、先の障害保険も、5日間以上の入院に適用の、私にしたって、オトトの、二度、5日間以上の入院はしたですが。この手のは適用外やったかなあで、申請してへんわと。この手とは、障害保険ではありませんでして。

思うに、考えるに、この年齢、我が年齢辺りになって来たなら、相応の保険も必要かと。
従前、自分の事なんか、考え及ばずの、無視して来たですが。イヤ、保険は入ってるですが。所謂の養老保険でして。或いは、4大疾病、癌、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病に適用でして。

イヤイヤ、何度でもの、私め、祖母も目の当たりに見て来てて。
オヤジも、母も、目の当たりに見てまして。
祖母の時には、孫の私なんかは、第三者的であったですが。以降、私が、嫁はんが、主体でして。
何が云いたいかの、人間の老いて行くの姿をでして。老いは当然の、言語不明瞭の、曖昧にしての、その先の先でして。

ハタと、自分の体力にも、衰えを実感、痛感、驚きを以て、真剣、冷静に見もし、見てもしてまして。
そやからと、我が身第一も難しい面、多々あって。
そら、ソと、思うの、衰えは感じてても、母を見てやらんと、どしょも無く。冷たくの、見て、見ぬのフリは出来ひんわと。ソラなあ、眼の前、同じ屋根の下に居てまして。
無理難題、無茶無体、味噌糞、自分勝手の、ホカはツンボの話で、腹の立つノリであってもやと。

どんな話をするか、してくれるか、一々、公開しても宜しいですが。そこは、我が母の話でありの、我が家の話の、内実の事でして。外周りは、掲載出来ましても、下着を、諸脱いだよな、話までは、掲載不可でして。
暴露ホーム・ページやあるまいにと。露出趣味やあるまいにと。
オトトの、反面教師でありまして。
(11/09/30)


NO.28 再びの、母骨折(5) その昔、足骨折は致命的の話

掲示板に、磯津千由紀さんから、投稿一発。
要は、我が母、転倒、骨折に対するのお見舞いでして。素直に有り難く。

オッとの、実は、早くに投稿して戴いてたですが。
引用させて欲しいなあ。されどの、どしょかと、迷てる内に日が過ぎたです。

での、文言なるは、「軽くて、不幸中の幸いです。骨折がきっかけで寝たきりになってしまう人を、沢山、見てきましたから。」

イヤイヤ、その通りで御座候の、我が祖母もその類でして。当世の如くの整形外科的治療法なら、モ1年なり、2年なり、長くに生きられたかと。
とは云え、あの当時、40年の昔、1971年に、数え歳で、84歳<満83歳>でなら、大したモンかと。

イヤイヤ、当時、「リハビリ」なる概念が有りませんでして。骨折では、安静第一の、歳喰て、動かさんかったら、日々衰退の、結果、寝たきり状態。骨折原因なるは、車にぶつけられの、転けたですが。当時は、治療費のみでして。
先様<加害者>は、駐まってるの車に、ぶつかって来たと。そんなアホな主張がまかり通りまして。<注=目撃者無し>
以来、1年経過で、他界したですが。
孫として、家族としての、心境ならば、殺人かと。今なら、徹底抗戦なれどです。当時はオヤジ担当でして。

オッとの、での、何が云いたいかとなればの、骨折するまでは、祖母、2階に上がってたです。2階は、我が部屋でして。祖母も、同じの2階にありまして。
とか云うたら、広いみたいなれどの、屋根裏部屋が3っつで、一つは、物置でして。屈まんとと。余計な話の、物置には、何があったのかと。壊れて、部品欠損の、古道具、置物等々があったかなあと。
中身なるは、私には把握出来てませんの、祖母と、オヤジしか知らんかと。私の目からは、ガラクタでして。

オトトの、更には、現、我が家の階段の勾配よりも、ズっと、きつかったですが。
祖母は、息を切らす事無く、上がってたです。
但しの、今思えばの話の、当時は、歳喰ても、そんなモノと考えてたです。杖も無くの、歩いてまして。そもそもが、家族の年齢も、左程に気にもせず。自分だけが、着実に、歳を重ねてるの感がしてたかと。表現、変更ならば、祖母達は、そのまま、永遠やと。変な話、気がつけば、梅干し婆で、そのままでして。
更なるの、余計な話の、娘時代の、大昔の写真を見せてくれてねえ。イヤ、美人でして。ホンマにこれ、お婆ちゃんかと。そんな当時を想像せよが難しく。ソラ、当時の現物を見た事が無く。
モっと、余計な話の、我が孫共も、私めを認識したなら、気が付けば、爺(じじい)かと。若い頃の写真を見せても、ホンマかいなと、成るのかと。成るなあと。


でででの、まあ云うたら、持病らしきの持病が無く。精々が、針仕事での、肩凝りかと。
祖母には、タントンと、肩叩きなど、してやってたですが。灸(やいと)も、私にせよと、命じまして。
オッとの、その歳で、針仕事をしてたになるです。歯は総入れ歯でして。入れ歯では、食事も、まずい、まずいと、外しまして。

での、現母、確かに、祖母以上の年齢には達してるですが。それ以前より、全然、違うナと。
余計な話では、あるですが。祖母は、我々家族には、全然、頼って無かったかと。入院歴にしても、承知の範囲で、その1回だけでして。承知も、我が歳24歳での他界でして。あそこが、ここがも無くの、肩凝りだけであったかと。

そんな次第での、投稿文言なるは、まだ先、別途の件がありまして。
その前に、我が、掲載文を、ご参考にと。
<参考=「NO.25 再びの、母骨折(2) 専門医診断の話」>

この関連の話でして。
曰くに、投稿されてるに、「レントゲン写真がDVDですか。」と。
「掛川市立総合病院でも、数年前にコンピュータシステム更改してから、シャウステンに貼ったフィルムでなく、LCDモニタでLAN経由で、レントゲン写真(X線やMRIなどのコンピュータ・トモグラフィーを含む)を見てますです。
レントゲン写真付きの紹介状は、最近は貰ってませんので、フィルムかDVDかは分かりかねますが。尚、フィルム時代には元の病院等に返却してたです。
掛川市立総合病院も整理統合が決まってますので、新病院は、規模は小さくなるものの、設備は最新になるのでしょう。
大病院の看護師さんも親切な人が増えたと、私も実感してますです。個人開業の医院の看護師さんは、昔から、総じて親切でしたが。」

ンの、成る程の、医者先生は、当世、パソコンを睨み乍らの診察でして。
その昔なら、レントゲン撮影が終われば、一寸待てと、しかるべくの、紙袋に入れたの、レントゲン写真を戴きまして。整形外科なら、そこの看護師、当時なら、看護婦に提出しなさいと。
イヤイヤ、そんなレントゲンが云々の病気はしてへんですが。半日ドックで、撮影の程度での、ソレは、担当科に提出では無くの、処理して戴いてまして。現在唯今でも、ソかも分からんですが。

磯津千由紀さんは、紹介状と、しかるべくの、レントゲン写真をホカの病院に提示の際の話でして。
この経験、ホカの病院にと、云われたは、此度、母ので、初でして。
での、レントゲン写真の現物で無くの、DVD故に、返却はええのか<不要>なあと。先様、戴いた際の、看護師も、渡してくださいと。用事が終われば、返却せよとは、申されてませんでして。
そやけれどの、家に持ち帰っても、どするやの、処置がと、思いつつの、保管をしてるですが。ソラ、ポイと、捨てる訳にもでして。


そんな次第の、斯くなるでの。
何と云うても、祖母の時代からは、40年経過。
介護関係の用具も進歩してまして。云うても、40年の昔の介護用具で、承知の範囲なら、杖と、車椅子程度かと。オムツにしたって、布でして。ポータブル・トイレにしても、昔の名称でなら、オマルかと。イヤ、老人向けでありの、介護用のオマルの有無は知らんですが。

ベッドなら、あったですが。その当時、ベッドなるは、ハイカラさんでして。
正直云えば、ベッドとなれば、西洋式での、不精者の代名詞的であったかと。ソラ、布団を一々の、出し入れしませんでして。
言語明瞭、その昔の言(げん)でなら、万年床でして。ほめられたモノでは無かったですが。イヤ、はっきりとは、蔑(さげす)まされたですが。
加齢に伴い、ベッドは楽かと。オッとの、私め、従前のままの、布団でして。万年床<ベッド>ではありませんですが。イツまで、これで、出来るのかと。

オトトの、そんな次第の、ポータブル・トイレも、要は、オマルでして。
検索で調べれば、あったなあ。
イヤ、見学出来るの施設がです。京都でです。ポータブル・トイレも、数種類、置いてあるですて。電話一発、確認したです。
<参考=「ふれあい会館」>
<消滅・削除・13/04/16>

イヤイヤ、単に、「介護用品展示場」で検索一発。方々にあるが判明の、京都のを、探しただけでして。
本来、明日<10月1日・土曜日>にでも、見学するかと、予定にしてたですが。
諸般、野暮用にて、延期やわと。
(11/10/01)


NO.29 又々の母転倒(1) 今年、何度目かと

一体、何回目か分からんの、度々過ぎましての、又々、母転倒致しまして。
前回なるは、鎖骨骨折。それは、9月24日の事でして。
<参考=「禁談・奇談NO.3」再びの、母骨折>

この12月9日<金曜日>であったか、無罪放免に相成りまして。要は、骨もくっついたです。
<参考=「単なる雑談」NO.1014 閑話休題(4) 全員集合の話>

やっとで、病院から開放かと、思いきやの、その12月23日<天皇誕生日>に、又、転けて。
祝日故に、無理を承知で、「亀岡シミズ病院」に電話一発。「外科」の先生しか、居たはらへんのを、診てくださいと。
イヤ、骨折なら、相応に対処せねばならぬですが。イタイ、痛い。嗚呼、痛いの連発も、単なるの打撲なら、時間の経過、日の経過で、治るですと。
嫁はんと2人して、連れてったですが。レントゲン結果では、骨に異常は無くの、打撲ですねえと。湿布と、痛み止めの薬、頓服を処方して戴きまして。

での、本日<12月25日>、昼食やでと。部屋<ベッド>から、台所<食堂>に歩行器で来るの道中。テーブルの自分の椅子まで、アト、1歩、2歩の処で、又、転けて。
転けたは、自分の部屋の畳の上になれどの、痛い、イタイの、嗚呼、痛いの連発にての、事実、痛いの可能性がと。

ソラなあ、度々、一々の覚えてられへんの頻度、回数にて、転けて、骨折されててみい。様子を見てたら、やばいの状態か、打撲程度かは、大凡の見当が付きまして。
どっちにしても、当人が痛い、イタイの、嗚呼、痛いの連発なら、土日祝日、無関係の、しかるべくの病院には連れて行ってるですが。見当は付いても、我々、医者でもあるまいにの、確信は無く。

での、前回なら、痛い、イタイの、嗚呼、痛いの連発も、車で連れて行けるの程度でして。打撲と診断されれば、痛い、イタイの、嗚呼、痛いも、聞き流してたら、宜しいですが。オッとの、頓服を飲ませた上での話やでと。
此度のは、動かすに、痛がり過ぎの、病院に連れて行くも、カラダを動かせへんしで、仕方が無くの、救急車をと。
云うたら、何やけれどの、気軽に救急車も呼ぶの習慣、悪癖は無いです。出来る限り、家族で、連れて行くなら、行くで、処置してるですが。ベッドに、寝かせて、着替え等々、するだに、大層でして。
痛い、イタイの連呼されてみい。やってられませんです。
又、強引にやって、悪化させてしもたら、エライ事。

とは云え、正直なる話、「南丹病院」ではなあと。
あっちは、諸般、家族にしたら、やり辛く。
当人にとっても、良くは無く。
何がとなればの、リハビリが一寸、適当、形だけに過ぎてましての、多分ならばの、院内を車椅子にて、巡回、散歩で、リハビリとしてるかと。表現、変更なら、単なるの、気分転換だけでして。
年寄りにそれでは、脚力が退化の一途かと。イヤ、一途やわと。事実、益々の、脚力退化してまして。オッとの、リハビリの先生も、承知はしてるの、話はしてるの、ええ人なれどです。
加えての、個室でも無いのに、入院費用がバカ高く。
イヤイヤ、ホンマやでの、過日の、恥骨骨折がそれでして。
<参考=「禁断・奇談NO.1」懲りない母>

要は、この1年。
マダ、1年は終わってませんですが。
7月に、恥骨骨折で、「南丹病院」に、入院。手術はせず。
終わったと思たら、9月に、トイレで転倒の、鎖骨骨折で、これは、入院せず。手術せずの、自宅療養とするよりも、普段通りで結構との事なれどの、12月9日、レントゲン写真で、無罪放免。
成った矢先の、この、12月23日に転倒の、これは、単なるの、打撲で、嗚呼、良かったなあと、安堵しての、2日が経ったの、本日、又、転けて。

結果、救急車でと。
救急車に連絡までに、「亀岡シミズ病院」に、電話一発の、こんな次第の、何とか、診て戴けませんですかと。ソラ、本日、25日は日曜日でして。
当直は、「神経外科」の先生らしく。されどの、そこを何とかと。
結果、診て戴けるになって、ホっとしたです。

イヤ、年齢も年齢故に、余程で無ければ、手術はされませんの、リハビリが主たるの目的の入院と相成るですが。リハビリなら、こっち、「亀岡シミズ病院」の方が、圧倒的、懇切丁寧でして。
イヤイヤ、リハビリの先生も良く知ってまして。一度は家にまで、来て戴いてまして。
無罪放免になるの日、実は、母の担当をして戴いたのリハビリの先生にばったり。先生も指が何たらでの、診察を受けるとの事で。待ち時間の間、話をしたりの関係になってまして。
云うたら、妙齢の美女。

オッとの、そんな話は結構の、「亀岡シミズ病院」が、当直医が、「神経外科」のため、来て戴いても、診るが出来ませんの、断固、拒否されれば、1日延ばして、明日、月曜日にと。するのツモリさえしてたです。
さもなくばの、「南丹病院」にて、甘やかされてみい。下手したら、再起不能とするのか、正確には、歩行器でも、歩けんよになるです。

これは、当人にとっても、家族にとっても、大変でして。
歩行器でさえ、動けんよになれば、ディ・サービスにも行けずになるです。オッとの、ディ・サービスに行けるは、相応に動けるからでして。

オトトの、そんな次第の斯くなるでの、救急車の隊員に任せてたら、「亀岡シミズ病院」を希望しても、病院から、当直が云々でと、断られれば、「南丹病院」になったり、「亀岡市立病院」になったりと。
致すが故、予めの、先様を説得なりしときませんとと。
結果、諾となりので、救急車をと。

イヤイヤ、云うたら何やけれどの、日曜日の真っ昼間。
救急車のサイレンの音で、近所の面々、何名かが、家の外にも居てまして。
オッとの、私め、一旦呼ぶになれば、一切の頓着せずの、遠くから、音が聞こえて来ればの、外に出て、救急車が見えたら、電話連絡の主であるを明確にの、ここですと、手を振り、挨拶致してるです。
ソラ、先様、救急隊員にしても、ここか、ここやろかと、捜すの手間が省けるです。
私にしたら、至って当然の行動での、近所の面々に我が家に救急車がと、分かっても構わんわと。何よりも、来て戴くの、救急隊員が、一発、分かるよにと。

ソラソラ、救急車を呼びで、自慢にはならねど、一旦、ソとなればの、体裁なんか、構てられんわの、どっちみちの、分かるわと。
(11/12/26)


NO.30 又々の母転倒(2) 腰椎、第二が圧迫骨折

事程左様の、この数年にて、母は何回、救急車で運ばれたか。
運んで戴いたか。
一々の数えてませんですが。当方も、相応に慣れまして。病院の手配までしてしもて。
実際問題、ソでも致しませんとの、どこの病院に連れて行かれるか、分からんです。オッとの、「南丹病院」「亀岡シミズ病院」「亀岡市立病院」が一応の候補なれどです。
「シミズ病院」も、下手したら、洛西のになるの可能性もありまして。洛西になってみい。行くが大変ゾと。一週間に、1度、2度で済むならなれどの、3回、4回やってみい。この時期、季節、雪でも降ってみい。老いの坂を突破がナと。

3回も、4回も、行っても用事が無いですが。
こんな時には、来て欲しいと。
家に居る時には、邪魔と。
戸を閉めてくれと。されどの、一寸でも、体調がおかしければ、閉めるな、開けよと。云いたい放題。

私共に向かいの、意地悪してからにと。何を我々が意地悪してるかと。問えば、聞こえへんと。
その意地悪してからにと、云うた舌の根も乾かんの間にも、お茶くれ、水くれ。おやつくれの、湿布を貼れと。意地悪するよなヤツに用事を頼むなと。

オッとの、最早の動かすに、イタイ、痛いの、嗚呼、痛い故に。痛がらんなら、我が愛車ででも、連れて行けるですが。余りに痛がられたなれらばの、カラダの位置を変えるだに、難しく。
での、オシッコをと云い出して。オシッコなあ。オムツでもしとくかと。トイレに連れて行くも、出来ソに無く。
そんな次第の、救急車到着の、ベッドに敷いた毛布諸共のタンカーに載せるになったですが。ソレでも痛い、イタイの、嗚呼、痛いと。
痛いからと、止める訳にもでの、救急隊員三人掛かりで、救急車に載せまして。
隊員から、誰か一緒に乗られますかで、イヤ、自分の車で、追い掛けるですと。

そして、「亀岡シミズ病院」との、連絡、交渉成立にて、隊員曰くに、「亀岡シミズ病院」ですが、我々は救急走行致しますが、そちらは安全運転で、来てくださいねえと。ハイ、承知と。
確かに、救急車のアトを追い掛けるも、救急走行したら、そのままの、信号無視、一旦停止無視と相成ってと。


とかとかの、細々の話は飛ばしましての、レントゲン撮影も終わりの、当直の先生曰くに、腰部<背骨>の圧迫骨折かと。2箇所、らしきのがあるですが。1箇所は、古い骨折でしてと。
何れにせよ、痛い筈でして。入院して戴きますと。嗚呼、良かったと。
良かったとは、異な表現なれどです。圧迫骨折で、痛い、イタイの、嗚呼、痛いの状況にて、自宅でとなればの、大変でして。

での、「亀岡シミズ病院」での、長逗留なら、安心出来るです。
病院の規模なら、小さいですが。ベッド数も少なく、綺麗とは云えませんですが。何よりも、勝手が分かってまして。
そんな事ならばの、「南丹病院」でも、「亀岡市立病院」でも、慣れたら京(みやこ)の、勝手も分かるですが。大病院程、官僚主義、紋切り型かと。

オトトの、そんな事で、入院となれば、相応のモノの準備、書類を提出しんならんです。
受付嬢より、これこれをと、用紙を一杯戴きまして。看護師が母を病室に運ぶに、一緒にと。4階、5百番台の病室にての、要は、ナース・センターに近く、比較的、新しい患者の階でして。安定して来たら、3階、3百台の病室に変わるですが。

ここで、根堀りの、葉堀りの、入院歴、病歴、手術歴等々を聞かれまして。オッとの、母のですが。先の通りの、回数多過ぎての、一々の覚えてませんでして。
むしろの、病院の記録の方が確実でして。加えての、余所の病院、「南丹病院」であるとか、入院せずの、肩、鎖骨の骨折を補充した方がと。


オッとの、これだけでも、相応の時間を要すの、昼飯もそこそこに出てるですが。腹も減ったか、減らずか、よお分からんの中途半端な状態でして。
むしろの、何が要る。何を持って来んとと。まずは、夕食用の箸、スプーン、魔法瓶等々での、母要求するに、お茶くれと。まあなあ、この程度なら、階下の自動販売機で、お茶を買えば宜しくの、一旦は、家に帰って、諸般の準備を致しまして。

再度の訪問は嫁はんに任せまして。
での、当日は、日曜日のため、主治医の話は明日<26日>にと。時刻は、その日の朝の9時頃に、我が家に電話を致しますと。ハイ、承知と。
(11/12/27)



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