シバケンの天国
パソコン大魔神
奥の院NO.1


パソコン大魔神の夏季講座U

PD−30 従来型価値観の崩壊

PD−29 今は見えない不良債権

PD−28 高速道路問題の裏事情

PD−27 万世の為に太平を開かむと欲す(2)

PD−26 万世の為に太平を開かむと欲す(1)

PD−25 失業賛歌(2)

PD−24 失業賛歌(1)

PD−23 どんな事でも3年やればサマになる

PD−22 − 序の二 −

PD−21 − 序 −


パソコン大魔神の夏季講座T

PD−20 千秋楽

PD−19 温泉へ行こう

PD−18 地球温暖化問題

PD−17 田畑を返せ!

PD−16 自動車産業から航空産業へ

PD−15 コンビニ亡国論

PD−14 集団のパワーと個人のパワー

PD−13 参議院議員選挙が終わって”一喝”

PD−12 銀行の融資手続きは商法違反

PD−11 住宅ローンの落とし穴

PD−10 天下の無駄 印鑑証明

PD−9 大魔神 鉾を曳く

PD−8 金券ショップに並ぶ切手・印紙・商品券とは

PD−7 世にも不思議な”印紙”の話

PD−6 「約束手形」が演出する天国と地獄

PD−5 まったく議論されていない企業の弱点「約束手形」

PD−4 巨大企業 VS 個人事業

PD−3 独立のすすめ

PD−2 中高年が”射撃の的”になった舞台裏

PD−1 時間給ナンボから知識給の時代へ


パソコン大魔神の夏季講座T


PD−1 時間給ナンボから知識給の時代へ

<前書き>
大学が夏休みに突入して質問の件数が大幅に減り、気分的に楽になりましたので、日頃暖めていたお話をさせて頂きます。
いつもはパソコンの話に引っ掛けて、世の中の隠された仕組みや、時事問題などを織り交ぜて持論を展開させて頂いていたのですが、ネタが出なければ仕方が有りません。「夏期講座」という勝手な題名をつけて逆に問題提起をしたいと思います。
この講座はフリーに進めたいと思いますので、異論・反論・オブジェクションなど何方でもお寄せ下さい。

---時間給ナンボの時代から知識給の時代へ---

昨今、私達オヤジ世代はまるで「生ゴミ」のような扱いをされておりますが、そろそろ反撃に転じないと死んでも死に切れないと思います。
何故このような”不当な差別”を受けるのかと言うと、色々な意見が有り、「給与振込制度」が最大の要因とする説が有力です。ご承知の方も多いと思いますが昔東京の府中で起きた「3億円強奪事件」を契機に企業の給与支払方法が現ナマ支給から銀行振込に代わってしまい、嫁さんが先に給与を強奪するという決定的な変化がオヤジ差別の始まりです。
しかし、この間に世のオヤジ族が気が付かないハズは有りません。するとにわかに「給与振込犯行説」は疑問が出て来ます。こういう”オヤジに対する人権侵害”はオヤジの側に原因が有ったのでは無いかという推測が成り立ちます。

小泉内閣が誕生し、世の中が突如「構造改革路線」に転じたかに見えます。
その一端として「道路特定財源の見直し」「石油公団の廃止」など、今までは”聖域”とされていた部分がマナ板の上に乗せられ、構造改革ディナーの食材にされつつあります。あまり美味そうな食材では有りませんので”蒲焼”にするのが適当かと思いますが、既得権に守られた世界が徐々にマナ板に乗せられてサバかれる運命に有るのは間違い有りません。
その「既得権」の話なのですが、サラリーマンの既得権は企業に時間拘束される代わりに「時間給」と言う既得権を得ているという考え方も有ります。
日本の企業では管理職を除けば大半が「日給月給制」で給与が決められこの額を基準に所得税や住民税が決まります。しかし、税金はこれだけでは有りません。健康保険も厚生年金の所得を基準に計算されます。
雇用保険も同様ですので、保険という名目で税金を取られています。この保険名目の税金は明らかに国家的な詐欺です。その他に自動車税や固定資産税、ガソリン税、電気・ガス税、消費税などを全部加えると平均的サラリーマンで総所得の40%強の税金を強奪されています。日本という国は世界でも有数の「低福祉・高負担」国家なんです。こういう事から考えれば、世のオヤジ族は納税比率に応じた発言をする権利が有るハズなんです。この権利を放棄した結果が”オヤジ差別”では道理が通りません。

私が言いたいのは、「オヤジの権利は行使しろ」と言う事です。最近残業が減って給料が下がり、真っ先にオヤジの小遣いが削減され、それが更に「フォーカス」廃刊にまで及ぶというのは「情けナイ!」の一言です。残業が減って給料が下がると言うのは、結局は「時間ナンボ」で給料を貰っていたというのが実態です。馬鹿にするな!オヤジの仕事はパートやアルバイトと同じじゃネ〜!経験がモノを言うのがオヤジの仕事だ!

そこで、冷静になって考えて見て下さい。そこが問題なんです。ここで絶対に間違えてはいけないのは「能力給」でも無いという事なんです。
昨今、アメリカ流のイカサマ経営に毒されて「能力給制度の導入」などと言われていますが、能力給は保険会社や証券会社を見れば判るようにイカサマ・ビジネスの制度なんです。これから必要な概念は「知識給」という考え方です。能力評価の落とし穴は、あまりに短期的な実績値での判定ですので、その後のトラブル等のマイナス要因は判定外になってしまいます。
例えば、今のパソコン市場のように馬鹿な家電系量販店でパソコンを買ったばかりに「パソコン大魔神」にすがって来ると言う事態は、明らかに間違いです。経験豊富な営業のベテランで有れば、あんな売り方をすれば後で顧客の評判を落とすと言うことは当然考えるハズです。そう言う経験すら無い青二才が家電系量販店の店長をやっているワケです。今後パソコンの売上の伸びが無くなれば赤字閉店になるのは見えています。

オヤジ世代に是非お願いしたいのは、明らかに間違っているものは「違う!」と強行に叫んで欲しいのです。これは、会社でも家庭でも地域でも同じです。
特に、高額な税金を払っているのですから、代議士よりも発言権が有るハズなんです。政党の助けなんか要りません。弁護士も要りません。とにかく役所の窓口へ行って片っ端から怒鳴り上げるべきなんです。そうすれば家庭でも「さすがオヤジ!」と尊敬されます。今更家の中で威張ったところですでに手遅れですので、役所でもNTTでも警察でも相手構わず怒鳴り込むと言う事から始めるべきです。そして、ある程度”度胸”が付いたら会社の「役員室」に怒鳴り込むべきです。「俺は時間給ナンボじゃね〜!」と....
(01/07/09)


PD−2 中高年が”射撃の的”になった舞台裏

世の40〜50歳代の働き盛りの人達がまるで射撃の的にでもされたような形でリストラの憂き目に遭った理由が「日本特有の年功序列賃金」に有ると言われておりますが、実はこれは”大ウソ”なんです。

本当の原因は日本独特の”企業の財務構造”に有ります。その財務構造を企業に強要しているのが役所です。社会の変化に役所が対応できなかったために、そのツケが中高年齢者に集中したというのが真相です。しかし、企業の経営側にもそれを許して来た責任が有ります。

1.「税金は取り易いところから取れ」政策
前回の講座でもお話した通り、「低福祉・高負担」の日本の税制は「取り易いサラリーマンから取る」という基本政策があります。税金の取りにくい自営業を冷遇し、国民の多くを勤労者や公務員のような「給与所得者」にすれば、徴税事務は企業や団体に押し付ける事が出来ます。基本的に税務署は集金システムが有りません。何故か税務署にワザワザ払いに行くという構造にしています。この税金を計算し、所轄の税務署にご丁寧にお支払いに行く仕事が企業の人事総務部門です。企業は無駄遣いされると判っている税金を社内の業務としてコストを負担して行っています。これが一般企業なら、仕入先からの請求書を元に支払処理を行うのですが、そうでは無く購入した商品の金額を集計してワザワザ支払に行くという事と同じです。税務署から「XXXX円払って下さい」と言う話は絶対に有りません。
そこで問題になるのが中高年齢者です。給与ベースが上がると現状の累進課税制度では税率自体が代わり、本人の手取額が増えずに税金だけが大きく増えてしまいます。本人の手取額を多少でも多くしようとすると、企業の支払う給与総額が税金が増える分以上に大きくしなければなりません。
こういう問題が起きた原因は、累進課税の税率を物価に合わせて変更していなかった役所の職務怠慢に有ります。中高年齢者は企業にとって大きな負担になるような税制のためにリストラの標的にされたという事情が有ります。

2.国家的詐欺行為「社会保険制度」
給与から天引きされている健康保険料や厚生年金の金額には誰でも大きな疑問を持っていると思いますが、この金額に驚いてはいけません。この金額と同じ金額を企業も負担させられています。この考え方は事業者にも健康管理の責任が有るとする考え方からですが、掛け捨ての保険で考えればトンでもない金額です。しかも、保険料や年金掛け金は所得を基準に計算され、何が起きても年末調整は有りません。保険に関しては完璧な”掛け捨て”で、年金については金額には関係無く”加入年数”だけのカウントにしかなりません。
これは相互扶助という概念から来たものですが、日本は共産主義国ではありません。ところが、制度は共産主義なんです。しかも税金よりタチが悪いんです。大半のサラリーマンはあまりご存知無いと思いますが、健康保険には「組合健康保険」と「政府管掌健康保険」などが有り、従業員数の多い企業は半強制的に「組合健康保険」にされます。問題は、老人医療のための「老人保険拠出金」の多くが組合健康保険に請求がまわり、全国の健康保険組合の70%が赤字なっています。この赤字の補填を企業に負わせているという裏事情が有ります。その負担割合は企業の従業員の平均年齢が高くなるほど重くなりますので、企業としては何としても保険加入者を減らさなければならない事情が有ります。しかも、先にお話した通り税金と同じような累進制の等級制度で料率算定が行われるため、中高年者を徹底的にリストラしないと企業の負担が大変な事になってしまう仕組みが隠されています。

しかし、この話にはもう一つウラが有ります。従業員が多い企業が健康保険組合を組織していたのは、集めた保険料を企業が運用出来るメリットが有ったという裏事情を忘れてはいけません。1995年まではほとんどの健康保険組合は大黒字で有り余る財源を持っていました。この有り余る財源をタダ貯めているハズは有りません。当然、何らかの運用をしていました。その一部が大手企業の保養所などの福利厚生施設なのですが、バブル経済が崩壊してこの運用で多くの健康保険組合が大損をしています。そこに「老人保険拠出金」がドッと来たために、そのツケが企業にまわり、更に中高年齢者に転嫁されたというのが事の真相なんです。

3.怒れ!リストラ族
経験豊富な中高年社員をリストラするのは、本当は企業にとって大きな損失なんです。特に、日本の企業の大きな特色は「結束力の強さ」で、欧米の企業が幾ら真似をしようとしても真似が出来ないのは、個人技の優れた社員が一致結束して最大のパワーを発揮するという事です。その一致結束のカナメになるのがベテラン社員ですので、これを無くせば「烏合の衆」に過ぎません。
特にアメリカの企業が恐れているのが、この結束力で、これを骨抜きにするために「能力主義」などと言う馬鹿げた方法を広めようと躍起になっています。
ベテラン社員をリストラして企業のパワーを殺したのは、「IBM」や「GE」などですでに実証済みのハズなのに、同じ失敗を日本の企業にも強要しています。

リストラの憂き目に遭った”オヤジ”族に言いたいのは、要らなくなったからクビにされたのでは無く、「恐ろしいからクビになった」と考える事です。
それなら、目にモノを見せてヤロウとは思いませんか!
(01/07/10)


PD−3 独立のすすめ

有効求人倍率が0.5を下回って久しくなりますが、ハローワークに行くのは「失業保険」の給付を受けるだけ。本気で職捜しなんか考えてはいけません。
目指すは「一人親方」です。中高年の皆さんはサラリーマン時代の知識と経験を生かし、若い人達は”経験値”をアップさせるために個人事業を始めましょう。

「事業」と言ってもタイソウに考える必要は有りません。好きな事をやれば何とか成ります。今まで「仕事」と言い聞かせて嫌な仕事でもやってきたハズです。そんな事を思えば、好きな事をするなら何でもアリです。何しろ資本は中高年の場合は知識と経験、若い人達は行動力です。お金は後から必ず付いて来ますので、資本金など無用です。

ここで絶対に忘れてはならない事は、「税金を払わないこと」なんです。
前回お話したように、日本の税制は「給与所得者」から税金を効率良く集めるという制度です。個人事業者は所得が把握出来ませんので、一人でチマチマとやっている分には税務署にはバレません。ただし、万一儲かってしまってベンツを買うとなるとサスガの税務署も黙っていませんので、ここは注意が必要です。そうでなければ税務署なんぞは無視して構いません。
何を買っても消費税は取られますので誰でも立派な”納税者”です。その上、お酒の好きな人やタバコを吸う人は紛れも無い”高額納税者”です。更に自家用車を持つ人はガソリン税に消費税まで上乗せして税金を取られています。これ以上の税金を払えと言うなら、その前に外務省を何とかしてから言って欲しいものです。

それでは、具体的にどう言う個人事業をするかというと、他人が喜ぶ事なら何でも商売になるという事です。例えば、中高年の方で会社で工場設備の管理をやっていたとすれば、機械・電気・廃液処理など広い分野の知識と経験が有るハズです。その知識を武器に住宅設備・建設機材・町工場のアドバイザーは簡単に出来ます。アドバイザーには資格が要りませんので、トラブルを検証してしかるべき業者に依頼する仲介をする事が出来ます。そこで仲介手数料を頂くという仕事です。実績を作れば得意先になりますので、そうして少しづつユーザーを増やして行けば簡単です。
若い人達の場合は知識と経験が足りませんので、手足を使う事です。あまり頭を使ってはいけません。最初の内は失敗の連続になりますので、失敗してもあまり迷惑を掛けないような仕事を考えて下さい。学校では「身体を使うより頭を使え」と教えられたハズですが、学校の先生は事業家ではありません。
実際問題、頭で考えた仕事は往々にして”詐欺マガイ商法”になる傾向が有りますので、「頭を使ってはいけない」と言ったのはそう言う事です。

会社組織にするかどうかの判断は、3年程度を目途に考えれば良い事で、社員を入れる必要が出て来た時に考えれば済む話です。その間は個人事業でも「社長」と名乗って構いません。銀行口座も勝手な社名で、代表者だけ本名にすれば100円で作れますし、名刺も「代表取締役」だろうが「組長」だろうが好きに出来ます。ただし、実在する会社名や紛らわしい名称は問題が有りますので「豊田商事」なんて名前は避けるべきです。
実際に会社を作った経験の無い方々には難しいと考える人が多いのですが、”その気”さえ有れば1時間で作れるものなんです。銀行で100円口座を作り、パソコンで名刺を作るだけです。後は、歩くことです。

それから、良く聞かれる事なのですが、資格などはほとんど役には立ちませんので、あんなものに時間と金を使うのは無駄です。資格というのは既得権益に寄り掛かるというものですので、知識と経験の無い人が欲しがるものです。
これからの世の中は、既得権益が狭められる方向に社会全体が動きますので、資格の要らない分野にこそ、ビジネス・チャンスが有るということです。
「中高年者の知識と経験や、若い人達の元気というものは如何なる資格にも勝る」と考えるべきです。小泉首相が「痛みに耐えられるような政策を実施する」と宣言しましたが、そんな”絵にも書けない餅”に期待してはダメです。自分の政策は自分で創ることです。「こう言う事をすれば必ず喜んで貰える」という信念が有れば必ずその考えに賛同して協力してくれる人達がいます。個人事業の原点はここに有ります。
(01/07/11)


PD−4 巨大企業 VS 個人事業

私達が学生だった頃、就職活動のターゲットは「新日本製鉄」「日立製作所」「日本電気」「鹿島建設」などの大企業でした。およそ30年前の話です。
その時、私が選んだ会社は「東洋電具製作所」(知らんやろ〜)でした。ゼミでもとても大声で言える会社では有りませんでしたし、大声で言ったところで誰も知らなかったんです。でも「ローム」と言われれば判る人は多いと思います。30年という時間は世の中を大きく変化させるものですが、その当時の学生にとって羨望の的であった企業が、今は見る影も無いところが沢山有ります。恐らく30年後の「ローム」は別の企業に吸収されていると思いますが、企業とはそう言うものです。

この事は恐竜と同じで、競争に勝つためには巨大化しなければならなくなり、その結果として環境の変化に耐えられなくなるというジレンマが有ります。
大企業で仕事をすることの面白さは、一人では到底出来ないような大仕事が出来ることです。特に日本の企業の総合力は素晴らしいものがありますので、色々な分野での個人の能力を結集して大きなプロジェクトを運営します。最近は特に「都市銀行の不良債権問題」や「ゼネコンの債権放棄問題」「巨大流通業界の低迷」など、何かと大企業が問題視されていますが、大企業にはそれなりの良さが有ります。
ところで、この大企業で仕事をすることについては色々な考え方が出来ると思います。一つは受験競争を勝ち抜いて来た最終ゴールと考える人もいるでしょうし、将来のための勉強の場と考える人もいるでしょう。自分を試すための試練の場と考えることも出来ます。どう考えるかは人それぞれですので、正しいとか間違っているという事は有りません。
しかし、大企業には最初に話をした宿命を背負っている事を忘れてはいけません。それは「常に競争を強いられる」という事です。間違っても「安住の地」ではありません。実際は”競争”どころか”戦争”です。大企業に定年まで勤めていれば、社内での戦い、同業他社との戦い、異業種との戦い、外国製品との戦いなど、戦いの連続を覚悟する必要が有ります。今は自衛隊に入隊しても実際に戦闘をする事は有りませんが、大企業の場合は間違い無く”実戦”になりますので、定年までの約30年間毎日戦闘を強いられるのは辛いものです。

その点、個人事業は180度違います。たった一人では絶対に競争にはなりません。仮に競争になれば負けるのは間違い有りませんので、最初から戦うことなど考えられません。如何に戦わずに生き延びるかというのが個人事業の面白いところです。間違っても”競争入札”などという買い叩きに参加してはいけません。個人事業の良さは何と言っても顧客との信頼関係の構築に有ります。前回の講座でもお話したように、何か一般の人には無い知識や特技が有れば個人事業は1時間有ればスタート出来ます。例え、知識や特技が無くても、気合を入れて一つの事をやれば1年で専門家、3年でプロ、5年で名人、10年で”神”になれます。仮にパソコンのサポートをやりたければ、この「パソコン大魔神」を全編読破すれば1週間で「専門家」にはなれます。
後は、絶対に競争をしない事です。競争は必ず勝者と敗者ができるという事ですので、常に勝つためには人員も資金も必要です。しかし、どんな強力なチームでも永遠に勝ち続ける事は出来ません。何時かは必ず負けるワケです。その点、一切競争をしなければ永遠に負ける事は有りません。個人事業を安定して続ける極意は、「戦わない」という事です。

この春、大手都銀の「さくら」と「住友」が合併しましたが、色々な業種で企業合併が増えて来ています。そう言えば今年の初めには中央省庁の再編も有りました。世間には併合によって企業体質を強化すると考える向きもありますが、私に言わせれば「破滅への階段」を一段上がっただけにしか見えません。巨艦主義は過去に戦艦「大和」が沈没した時に終わったハズなのに、いったい何を考えているのかサッパリ判りません。経済の理論では正しいのかも判りませんが、昨今のような「大企業の危機」が露呈しているのを見ると、「経済の理論」そのものが間違っているとしか思えません。
(01/07/12)


PD−5 まったく議論されていない企業の弱点「約束手形」

「銀行の不良債権処理に伴って多くの企業倒産と大量失業が出る」というあまり穏やかでない話が聞こえています。私達のような企業の経営者にとっては難しい話でも何でも有りませんが、サラリーマンや公務員の方には非常に判りにくい話だと思います。その理由は、一番肝心な「約束手形」の話が抜けているという事なんです。

この「パソコン大魔神」の信者の皆さんの大半は、この”約束手形”という魔法の紙切れを自分の名前で切った事は無いと思います。
銀行に当座預金の口座を開設するとし、小切手帳と手形帳の作成を依頼すると1週間ほどで手元に細長い帳面が届きます。当座預金の場合、預金の引き出しは通帳やカードでも可能になっていますが、基本的には小切手か手形に金額を書いて銀行窓口で引き出します。
小切手は現金と同じようなものですが、手形の場合は「支払期日」に当座預金から引き出されます。何故こんな面倒な事をするかと言うと、小切手や手形は他人に渡す(振り出す)のが前提になるからです。例えば、仕入れ代金を仕入業者の担当者に支払うとき、何百万円なんて現金で渡せば数えるだけで大変ですし、重たいし、かさ張ります。これが小切手であれば「この小切手を持参した人に現金を渡して下さい」という事になります。手形の場合は「支払期日にこの手形を持参した人に現金を渡して下さい」という方法です。
この小切手や手形を自分の名前で振り出せる人は会社の場合社長だけです。(ここまではマトモな話)

例えば、1億円のお金が当座預金に有る状態で1億円の小切手や約束手形を振り出すのは問題無いのですが、今は当座預金が空っぽだが3ヶ月後に1億円の入金が有ると判っている場合にその3ヶ月後の日付を支払期日とする約束手形を振り出すことは可能です。
それ迄は金額が書かれた紙切れですが、支払期日には1億円の現金に交換して貰えるハズです。その間は”有価証券”としてまるでお金と同じように扱われます。その支払期日までに現金が欲しければ銀行に依頼して期日までの金利を差し引いて現金を受け取ることが出来ますし(手形割引)、手形の裏に自分の名前を書いて他の業者への支払に当てることも出来ます(裏書手形)。あくまで、期日には現金になるという前提の日本独特の制度です。
日本の商取引は全て「性善説」が大前提ですので、支払期日に払えないというルール違反は有り得ないハズなんです。もし期日に約束が守れなければ、その約束手形は”不渡り”となり、これを2回やれば銀行取引が停止されます。良く「不渡りを出して倒産」という話が有り
ますが、これは正しい話では無く、2回目の不渡りでは倒産はしません。
銀行取引が停止されれば、銀行からの借入金は一括返済を要求され、それ以降の小切手や手形の振り出しが出来なくなるだけです。何処かに現金を隠していて、その現金で借入金の返済や支払が出来れば債権者は居ませんので、誰も裁判所に破産申請をしません。それなら倒産にはなりません。その隠し現金が大抵の場合無いから「倒産」になると言うことです。勿論、そんな”隠し金”が有るなら手形の不渡りという事態にもならないワケです。

問題は、この”現金モドキ”の約束手形が日本では大氾濫している事なんです。しかも、その総額がいったい何兆円いや何百兆円有るのか誰にも判らないという事です。何故こんな制度が今でも残っているのかは判りませんが、お金が無くてもお金が作れるという国際基準では考えられないような商慣習が、実は日本経済の根底に有ります。
例えば、小泉改革の目玉である不良債権処理と称して「大手ゼネコン」を破綻処理すると仮定します。すると、そのゼネコンが振り出している建設資材の支払手形や下請け企業への約束手形が一瞬で紙切れになります。すると、その資材メーカーや下請け企業も連鎖でコケてしまいます。更に孫請け、ひ孫請けの企業へも連鎖倒産の危機が襲います。そういう事態になれば、大手ゼネコンの不良債権額の何倍もの負債の大倒産になってしまいます。なぜ連鎖倒産になるかと言うと、建設業界の決済方法は大半が「約束手形」だからなんです。
(01/07/13)


PD−6 「約束手形」が演出する天国と地獄

約束手形という有価証券は、手元にお金が無くてもお金が出来てしまします。実に日本的と言うか何と言うか、信頼関係で成り立っている社会の良さが有ります。
実際、建設工事を行う場合、設計が完了して建物の仕様が決まったところで、工事に掛かります。先ずは基礎工事、そして建物工事、次に内装・外装・設備工事という順番になります。建物が完成して発注者に引き渡す段階で発注者が建設業者に工事代金を支払うのですが、建物の工事は1ヶ月や2ヶ月で終わるものでは有りませんので、工事を請負った業者は大変です。工事代金が支払われるまでの期間、材料費を立て替え、職人さんの工賃も立て替えなければ、材料は売って貰えませんし、職人さんは飢え死にしてしまいます。
そこで、半年先に入金されるという確実性の高い見込みのもとに「約束手形」を発行します。これであれば実際にお金が無くても材料購入が出来ますし、職人さんに工賃をお金で支払う事ができます。
また、繊維業界の場合は夏場に冬物を作り、逆に冬場に夏物を作るという性質上、お金になるのが半年以上後になるのが確実な業種なので、その間は手形で凌ぎます。
このように、約束手形という制度は決済期間の長い労働集約型の製造業を資金的な側面で社会全体が支援していた商慣習です。

ところが、産業構造が労働集約型の製造業から別の新しい産業に社会全体がシフトして行く中で、この「約束手形」の本来の趣旨を外れた使い方をするフトドキ者が出始めたから大変です。

1.手形天国
悪意を持った人間が何らかの形で企業の中に入り込み、勝手に手形を乱発してお金を作るという事は可能です。勿論これは背任罪になる事ですが、手形が絡むと背任罪を立証することが非常に困難になります。例えば、ある大物政治家の娘が経営する画廊から絵画を購入するに際して、手形で決済する形にすれば犯罪を立証するのは難しくなります。絵画というものは値段が有って無いようなものですので、有名画家の作品だから何億円なんて値段が付けられます。実際はニセモノでも嘘の鑑定書が有れば何億円かになってしまいます。画廊や鑑定人がグルであれば簡単な話です。会社の方には「転売して利益を出すので手形を発行してくれ」と言って手形を発行させます。実際にお金を銀行から引き出す必要が無いのでこれは簡単な話です。これは明らかに詐欺なのですが、実際に被害に遭うのは手形の支払日ですので、その間に海外に逃亡します。
お金は画廊を経由して予め逃亡先の銀行に送金させておきます。
後は、悠々と海外旅行をするような顔をして逃亡すれば、現地では王様のような華麗な生活が待っています。(これ、実話です)
これと同じような事をやった詐欺師が幾らでも居ます。銀行の契約する倉庫には大量のワケの判らない絵画が今でも沢山保管されほとんどが担保物権のためにオークションにも出せず塩漬け状態になっています。
このように、約束手形の支払期日というカラクリが悪用されると、犯人の逃走を助けるという絶大な効果が有ります。

2.手形地獄
約束手形の恐ろしいところは、現金が無くても支払が出来ることです。
例えば、商品を注文する時に手形を発行するとします。これ自体が大変なミスなのですが、「金額が大きいのでお願いします」と頼まれて、これまでの信頼関係から「判った!」と言って手形を発行します。
その場で領収書が出ますので、経理上は支払った形になります。
ところが、商品が届く前にその会社が倒産したら大変です。商品は届かないのに手形の支払だけは残ります。問題は、「商品が届かないので手形の決済はしない」と言えない事なんです。結果的にはお金を盗まれた事と同じなのですが、法律上は窃盗にはなりません。
手形を先に発行した方が悪いという判断になってしまいます。
良く言われる「計画倒産」というのはこう言う事で、約束手形が絡む犯罪は刑事事件にはならず、民事事件になります。これでは警察は手が出せないワケです。
商品が届かないのに、その手形の決済が出来なければ、突然に地獄を見ることになってしまいます。

本来「約束手形」というものは、日本の製造業にとって大変有効な商慣習だったのですが、この本来の目的を知らない者が、この仕組みを悪用して大変な状況になっています。その大きな原因は、銀行自体が手形の目的を忘れているのでは無いかという懸念です。
これも突き詰めれば「教育」の問題だと思うのですが、大学の経済学部で実態経済を正しく教えていない事と、経済学部の教授や講師が実際に企業経営を経験していないのが大きな問題です。
「マクロ経済」なんかを教える前に、実際の企業経営の基礎を教える必要があると思います。
現在、世間で発行されている手形の総額を把握せずに「不良債権処理」を進めることは、小泉純ちゃんも竹中平ちゃんも手形の存在を知らないだけに恐ろしいものが有ります。
(01/07/14)


PD−7 世にも不思議な”印紙”の話

一般の方が「収入印紙」を目にする機会は3万円以上何かを買った時に領収書に貼られている切手のようなものと思います。このような「受取書」の場合は3万円以上100万円未満の場合200円の収入印紙を貼りますので、通常目に触れるのは、この200円のものです。
ところが、「約束手形」の場合は200円では済みません。例えば1億円の約束手形には4万円の収入印紙を貼らなければなりません。
幾ら手形が好き勝手に乱発できると言っても、額面によって貼らなければならない印紙はバカにはなりません。
この「収入印紙」はこれ以外に、金額が記載された契約書や株券などの証券に貼らなければならない事になっています。

ところが、この印紙が何のために要るのかを考えた人は少ないと思います。
「印紙税法」という法律が有って、どう言う書面で額面が幾らなら印紙の額がいくらという話は色々なところに書かれているのですが、何のために貼らなければならないのかと言う理由は誰も知りません。
あまりにも当たり前過ぎて、実のところは判らないというミステリーが、この「印紙」です。この印紙税収入は平成13年度予算で1兆5千億円も見込まれているのですが、このワケの判らない税金が有れば四国までもう一本橋が作れてお釣りが来ます。

勿論、この法律が出来た頃なら判らないでも無いのですが、要するに「間接税」の一種です。お金が動くところにドサクサに紛れて上前をハネるところから発想したのだと思いますが、それなら「消費税は何だ」と言いたくなります。本来であれば平成元年に消費税制度がスタートした時に、この「印紙税」は廃止されていなければならないハズのものだったと思います。これは明らかに2重課税だと思うのですが、こう言う複雑怪奇な税制は実際に会社を経営して見ると色々な場面に登場して来ます。例えば酒税に消費税がかからないのに、ガソリン税に消費税が上乗せされるのは何故かという問題も未だに解決していません。
今のところガソリン税は目的税だからと言って逃げていますが、小泉改革で「特定財源の見直」となれば、この問題が急浮上します。

色々見えない様に仕込まれているダニのような税金を集めて、それでも足りずに郵便貯金の使い込みをやっている行政機構は一体何を考えているのかサッパリ判りません。
(01/07/15)


PD−8 金券ショップに並ぶ切手・印紙・商品券とは

この「パソコン大魔神の夏期講座」では、今後の社会変化に対応できる知識を得て頂くために個人事業を行う上での色々な話をさせて頂いております。良く「脱サラ」と言うと何かのチェーン店に加盟するという事を考える人がいますが、客商売を経験していない人が突如として飲食店を始めても大半が失敗します。往々にして「チェーン店募集」とか「代理店募集」という話は加盟金目当ての詐欺マガイ商法の可能性があります。
今後、社会全体で終身雇用制度が薄れ、企業や組織への依存度が減って行くのは間違い無い方向ですが、ハローワークで職業を捜すことや、怪しい「脱サラ・ビジネス」以外に、本人の知識や経験を生かす第三の方法が有ると考えています。ところが、書店で起業関連の図書を捜すと、その大半が形式論ばかりで、一番肝心な「起業理念」が一切書かれていません。絶対に間違ってはいけないのは「事業を始めるという事は、会社を作ることでは無い」という事です。

---金券ショップに並ぶ切手・印紙・商品券とは---

今回のお話は「裏話」です。決して「こう言う事が出来ます」という意味では有りません。一見完璧に見える法律でも、実際に事業をやって見ると穴ダラケな事が判ります。そういう”穴”の一つが「金券ショップ」です。

現在の企業会計制度では、企業の業績を正しく評価するという事よりも「如何に税金を取るか」という観点で法律が作られています。その根拠は直接収益には影響しない「土地」「建物」などが資産として勘定されるためで、無理矢理に利益を出させて税金を取るという仕組みになっています。
確かに土地や建物は売ればお金になりますが、売ってしまえば商売にはなりません。こんな当たり前のことが今まで野放しになっていたのは国の問題も大きいのですが、「日本税理士会」の怠慢が大きいと思います。

その逆に、合法的に「ウラ金」を作る方法も野放しになっています。
例えば、「商品券」は商品券を購入する時と、その商品券で物品を購入する時とで2回領収書を受け取る事が出来ます。切手を毎月多めに購入して「通信費」として経費処理し、金券ショップに売ればウラ金を作る事が出来ます。同様に収入印紙を多めに購入し「租税公課」で処理し、金券ショップに売ればウラ金が作れます。商品券は「福利厚生費」や「販促費」、ハイウェイカードは「旅費交通費」、新幹線のビジネスチケットも「旅費交通費」。このように、法律とはかくもイイ加減なものなんですが、最初からイイ加減だったのでは無く、世の中の変化に対応出来ていないというのが真相です。「商法」や「企業会計原則」が制定された時代には金券ショップなどという商売が存在しなかったのと、商品券やプリペイド・カードが存在しなかったためで、法律が想定していない様々な抜け道が後になって開拓されたという事情が有ります。

なお、今話題になっている外務省の「タクシー・チケット」換金事件は完璧に非合法です。タクシーチケットを換金したのが問題なのでは無く、国費を水増し請求し、それを横領したというのが問題なんです。これは法律の問題では無く、外務省の役人のモラルの問題です。
(01/07/16)


PD−9 大魔神 鉾を曳く

7月17日、TVでもニュースで流れていたと思いますが、京都の誇る世界のお祭り「祇園祭 山鉾巡行」が行われ、私も京都の住民として「曳方」として参加させて頂きました。

祇園祭の説明は幾らでもガイドブックが有りますのでそちらに譲りますが、今年も例年通り「地獄の巡行」だったようで、観覧席のお客さんも大変だったと思います。雨こそ降りませんでしたが、梅雨明けの一番暑い時ですので堪りません。天気の方は朝方は曇り空で「こりゃ〜助かった!」と思ったのですが、その期待は見事に裏切られ、観覧席のお客さんも避難する程の焦熱地獄が待っていました。

実際に大汗をかきながら山鉾巡行をするというのは、時代に逆行すると思うかも判りませんが、これぞ「アナログの集大成」で、100%人力の世界です。こう言う事をやっていると、「デジタルなどナンボのものや!」と思います。何しろ、平安時代から1100年以上もやっていますので、電気すら無かった時代です。もちろんアメリカ大陸さえ発見されていなかった時代からやっているワケです。
ご承知かと思いますが、鉾の飾りに使われているのはペルシャの絨毯(じゅうたん)なのですが、シルクロードをラクダの背に乗せられ遥々日本にたどり着いたものです。当時としては大変に貴重なものだった筈ですので床にひかずに宝物として扱ったのだと思います。
当時の日本人の世界観は隣の中国は勿論ですが、遠く中東諸国にまで及んでいたという事になります。
そう考えると独特の「祇園囃子」は、何となくトルコの音楽を感じさせます。

その「祇園囃子」ですが、実際に鉾を引く「曳方」にとっては、何とも心地良い響きなんです。音楽として聞くとメロディが有るような無いような、何処で始まって何処で終わるのか判らないのですが、鉾を引く者にとってはCPUクロックのように足が動いてしまいます。
そのために、巡行の速度はほとんど一定になり、見ている人にとっては丁度良いスピードになっていると思います。
鉾の巡行は、エンジン役の「曳方」と、運行管理を行う「車方」と、祇園囃子を演奏する「囃子方」、それらを指揮する「音頭取り」に明確に役割が分かれていて、それぞれ信頼関係で成り立っています。
その象徴的な見世物が「辻回し」です。「辻回し」の成否は車方と曳方の微妙なバランスで決まります。車方は鉾が旋回する位置に割竹を敷き、水を掛けて滑りを良くします。これが油では非常に危険なんです。曳方は鉾の90度の方向に綱を張り、音頭取りの扇子に注目します。この扇子の微妙な動きで曳方が力を加減します。
この「辻回し」を3回で正確に直角にしなければ無様な結果になります。この時、上で冷や汗をかいているのが囃子方で、はたから見ていると落ちると思うでしょうが、鉾の上は寿司詰め状態のため意外に落ちないんです。あれが逆にガラ空きだと怖いという話です。
この「辻回し」が3回で決まった時は周囲の観客から大喝采を浴びますので、ここが堪らないところです。

こう言う、およそハイテクとは無縁の世界ですが、ここにはIT社会でつい忘れ勝ちな、信頼関係とか組織論の真髄を見たような気がします。
それにしても12トンの鉾は重たかった。
(01/07/18)


PD−10 天下の無駄 印鑑証明

一般の方は滅多に役所に印鑑証明を取りに行くことは無いと思いますが、会社をやっていると色々な場面で法人の印鑑証明や個人の印鑑証明が必要になります。主に借金をする時なのですが、お金の借り換えとか、新たな融資を受けるような場合はに必要です。事業者でない場合は、住宅ローンの融資手続きをする時などだと思います。

しかし、この印鑑証明は印鑑を押すから必要なだけで、欧米のように本人のサインで済めば必要無いものです。これも歴史的な背景が大きいと思いますが、押印・捺印というのは中国から来た文化だと思います。個人の場合は本人の実印が一つ有れば良いのですが、会社となると住所や社名の「社版」、法人の「角印」、代表取締役の実印である「丸印」、そして「銀行印」の4つのハンコが必要です。この中で印鑑証明が必要なのは、法人の代表取締役の実印だけで、法人登記の際に捺印するハンコです。良く会社の領収書や契約書などに押されている大きな四角のハンコは単なる飾りですので「印鑑証明」の対象では有りません。また、「銀行印」は銀行口座を開設したり、手形や小切手に捺印する大切なハンコですが、印鑑証明の対象では有りません。「印鑑」というものは、古来よりサインと同様に本人の署名に代わるものとして東洋文化圏では定着して来た方法ですが、その前提になるのは「手彫り」であることが基本なはずです。ところが、最近は彫刻機を使って彫りますので、コンピュータ制御の彫刻機を使えば寸分違わないものを簡単に彫ることが出来ます。従って、「印鑑」が本人である証明にはならない時代になっています。

しかし、法律の世界では未だに「本人の署名」より「捺印」の方が重要視されています。そのために、未だに「印鑑証明」を役所に取りに行く(もちろん、タダではありません)という余計な手間が掛かります。
最近は役所の申請書類でも名前の横の「印」の場所にハンコを押さなくても、免許証などで本人確認が出来れば捺印の必要は無くなりましたが、法人に世界は未だにハンコが幅を利かせています。それと銀行の世界が未だにハンコ主義なんです。

問題は、この「印鑑証明」などと言う大和朝廷時代からの遺物のために区役所や市役所の市民課が有ると言う事です。勿論、市民課の仕事は住民票や戸籍を管理するのが主な仕事ですが、印鑑証明の仕事が無ければコンピュータで陰影の管理をする必要が無くなります。大多数の外国と同じようにサイン(署名)を絶対的なものとすれば、証明書を発行する必要は無くなります。
法人の場合も同じで、地方法務局の業務は大幅に軽減できます。余計な仕事を作って、その分の人員を確保するのが役所の仕事では無いはずですので、抜本的に考え直して欲しいものです。
(01/07/22)


PD−11 住宅ローンの落とし穴

家は借りる方が得か、買う方が得かという話は、単純に損得勘定で考えれば借家の方が得です。マンションなどの広告に「家賃より安い」という宣伝文句が書かれていますが、固定資産税や管理費、修繕積立金を考慮していないという落とし穴が有ります。
マンションの場合は20年で結構ガタが来ますので、定期修繕を怠るとローンが終わる前に住めない状態になってしまいます。
一戸建て住宅は更に悲惨で、もともとが「仮設住宅」のような構造ですので、幾ら外見が堅牢に見えても基礎が甘いので家全体が歪んで来ます。50年も住めないようなプレハブ住宅に何千万円もの住宅ローンを組んで、子供達が住めないような住宅のローン返済で一生を終えるサラリーマンは哀れと言うほか有りません。

しかし、こう言う悲劇の原因の半分は買う側に有ります。これはパソコンにも言えることですが、一口で言って「勉強不足」なんです。
ただし、間違ってはいけないのはパソコンと家では桁が違うという事です。例え衝動買いで「Sの字」のメーカーのパソコンを買ってエライ目に遭ったところで高々2〜30万円程度の被害です。
ところが、家となればその100倍以上の金額になりますので事は慎重を期さなければならないのですが、日本人の大半はこう言う高額物件の買い物に慣れていないためか信じ難い行動をとります。
それは何かと言うと、建築についてまったく勉強せずに買う事です。
更に、土壌や地盤などまったく眼中に有りません。要は交通の便とか周囲の環境とか直接物件に関係無い要素で購入を決めるワケです。その判断基準は借家を捜す時の基準なんです。

そして極め付けは、住宅ローンです。これは「落とし穴」と言うより「蟻地獄」と言うべきでしょう。一度落ちたら終わりです。
銀行というのは実に汚い方法を使うもので、住宅ローンを組む時に必ず「XX信用保証」という提携保証会社を指定します。実は、大抵がその銀行の子会社なのですが、判らないような名前の会社にしています。「もし、契約者に万一の事があればローンの返済は保証します」と称して高額な保証料を払わされます。買う側は保険のような感覚で契約書にハンコを押してしまうのですが、実はこの保証会社は「取立屋」なんです。しかも、契約者には団体生命保険に加入させ、この保証会社が受け取る契約になっています。つまり、契約者が死んだら保証会社に残金相当額が支払われる仕組みになっています。銀行は善人のような顔をして、高額な金利と法外な保証料を取る上に、生命保険の保険金まで取る仕組みになっています。

仮に、住宅の購入者がリストラか何かで職を失い、住宅ローンの支払が3ヶ月滞れば、保証会社は銀行に対して「代位弁済」する事になります。実際には銀行の子会社ですからお金は動かず、単に書類上の処理だけです。そうすると、ローン債権は銀行から保証会社に移りますので、銀行法では出来ないアコギな取立てが可能になります。先ずは、法外な遅延損害金を請求し時間を稼いで債権額を増やします。さらに裁判所に「競売の申し立て」を行い、裁判所とグルになって売却に掛かります。
こうなると、大抵持ち主は精神的に追い詰められます。「競売」となれば弁護士は勝てないと思って逃げてしまいますので頼りにはなりません。そこで、思い余って一家心中でもすれば生命保険が降りますので、遅延損害金も含めた金額が保証会社に支払われ、さらに銀行に戻ります。首吊り自殺や一家心中は銀行が喜ぶだけの話なんです。

住宅ローンというのはこう言うカラクリになっているもので、この「蟻地獄」に落ちたら骨の髄まで絞られます。そうまでして命懸けで購入した「仮設住宅」が20年でガタガタになるというのは、「サラリーマン残酷物語」ではないでしょうか。
(01/07/24)


PD−12 銀行の融資手続きは商法違反

株価が1万2千円割れになり、このまま行けば新たな銀行破綻が懸念されますが、こんなダウ平均株価などという指標は「ダフ屋」の相場ですので経済実態では有りません。一番困るのは機関投資家という銀行や保険会社ですが、株価自体がそもそも架空の数字ですので気にする事ではありません。その証拠に、投資家が保有する株式を一斉に売却すれば、相場は値が付きません。つまり、実質ゼロになるものです。そんな数字に一喜一憂する金融業界は哀れなものです。
世の中に、知識も技能も無いのにお金を稼ぐ方法などは有りません。

さて、大規模な設備投資を必要とする企業に対する資金調達を目的に設立された「長期信用銀行」や「債券信用銀行」が経営破綻に追い込まれたのはその存在意義が無くなった事が原因です。それと同じように企業に資金供給が出来ない銀行や信用金庫は存在意義が有りません。現在のように、一般庶民からタダ同然の預金金利でお金を集め、それを中小企業に融資せずにサラ金業界に融資をするような大手都市銀行は、「長銀」や「日債銀」と同じ運命を辿ることになります。最近の株安でさらに破綻への一歩を踏み出した事になるのですが、この10年の間に首吊り自殺をした中小企業の経営者の”怨念”がそうさせているので有って、自業自得と言えます。

一般に「会社」と言われる法人事業は、株式会社も有限会社も組織として運営するもので、建て前上は個人事業と大きく異なります。
しかし、これは「商法」の世界の話で、実際の中小企業は経営幹部が無限責任を負わされます。そうなる原因は銀行が「民法」の不備を悪用しているからです。金融機関が法人である企業に設備資金や運転資金を融資する時、必ず代表取締役やその他役員の連帯保証を要求するからです。「民法」の世界でのお金の貸し借りであれば決して間違ってはいないのですが、法人の場合は個人に責任を負わせると「商法違反」になります。つまり、法律の整合性が無い部分が有ると言う事です。こんな基本的な誤りが今でも看過されているのは不思議な話なのですが、それが実態です。
金融機関の人間にこの話をすると「社長の連帯保証を取らなければ取っぱぐれになる」と平気で言いますので、明らかに金融業界は社員の教育を誤っています。仮に、融資金が何らかの原因で回収が困難になった場合は、融資金を資本金に振り替えて役員を派遣し経営に参加すれば済む話です。それなのに、社長や役員の家まで取り上げて完璧に再起不能の状態にしてしまいます。完璧に個人向け融資と混同しているワケです。
あの「ならず者国家」のアメリカでさえ経営者の生活まで脅かすような真似はしません。経営者と言うのは「失敗してナンボ」の仕事ですので、多少の失敗はある程度容認する制度にしなければ経営者は命が幾つ有っても足りません。結局、経営者は割が悪いという事になって、世の中全体が公務員天国になってしまいます。これでは、昔の「ソ連」と同じになってしまいます。
経営者が育たないというのは国家存亡の危機なのです。

各県に有る「地方銀行」は自治体の金庫番のようなものですので、あんな物は「痴呆銀行」です。何の役にも立ちません。サラ金業界にしか融資できない「都市銀行」も漫然と不良債権を増やし、窃盗事件や誘拐・殺人などの凶悪事件の火種を作っている「反社会的銀行」ですので早急に破綻させるべきです。本当に中小企業の支えになるような銀行や信用金庫がどれだけ残っているか怪しいものですが、もうイイ加減この事に気が付かないので有れば、いっそ日本経済は崩壊させてしまった方が復興は早いと思います。
小泉総理がそこまで想定しているなら、彼はまさに「怪物」です。
(01/07/25)


PD−13 参議院議員選挙が終わって”一喝”

参議院議員選挙が終わって、「自民党が大勝」とか「小泉効果が絶大」とかマスコミが騒いでおりますが、この「夏期講座」をご覧頂いている何万人かの読者の皆さんはマスコミの世論操作に乗せられてはいけません。

この「夏期講座」の基本理念は、”自主独立”ですので、この選挙結果によって小泉改革が本式にスタートしようが、そんな事に期待するなという事を忘れないで下さい。そもそも、実質的な国家予算は年間50兆円程度のもので、そこから政治家や役人の給料を引くと事業予算はわずかなものです。日本国内に住んでいる限り、何をしても税金を取られていますので、これ以上余計な税金を払わない代わりに、政府には何も期待しない事が肝要です。例えば、「痛みを和らげる」と言う甘い言葉に期待するだけ無駄ですし、「景気対策」も現実に打つ手は無くなっています。勿論、財源が無いと言うのが一番の理由です。すでに郵便貯金は食い潰していますし、巨額な米国債は紙切れ同然(売るに売れないから)です。バラマキの円借款も巨額な不良債権と化しています。経済学者が幾らバラ色の絵を書いても財務当局にお金が無いのですから、期待するだけ無駄というものです。

そんな事より、如何に少ない収入で幸福に暮らせるかを考えるべきです。
幸福感については、リッチな生活が必ずしも幸福では無いという事はバブル経済の崩壊で実感していると思います。生き甲斐については、世間体とか収入とかで無いことも判っている筈です。海外旅行で無駄な金を使うより日本にはまだまだ風光明媚な所が幾らでもあります。特に温泉の多さは世界一ですので、病院に入院して医療ミスで殺されるより温泉巡りをする方が安心です。どうせ、死ぬ時は死ぬんですから、実験動物にされて殺されるよりは浮かばれます。
もう日本は充分過ぎる程”豊かな国”になりましたので、このあたりで徐々に分相応のレベルに軟着陸するべきなんです。そもそもアメリカや中国と張り合う国では有りません。これからは、オランダやイタリアのような落ち着いた国にして行く時期なんです。そのためには、自動車メーカーの下請け企業も減らさなければなりませんし、土木建設業界も減らさなければバランスが狂ってしまいます。その代わり、農業や林業は復活させなければ兵糧攻めに遭ってしまいます。宅地化してしまった土地は簡単には農地に戻せませんが、例え50年掛かっても出来るだけ農地に戻す努力が必要です。

日本の国土で養える人口は約5千万人(江戸時代の人口)と言われていますので、現在は7千万人が過剰です。まさか殺すワケにも行きませんし、明治時代のように移民政策を行う事も出来ません。そこで、考えたのが公務員を輸出するという考えです。日本の公務員は世界でもトップレベルの行政能力が染み着いていますので、今更別の業種に転用するのは不可能でしょう。
従って、日本の優秀な公務員を求めている国はアジア諸国やアフリカには沢山有ります。日本は資源が無いと良く言いますが、人材こそ最高の資源です。何しろここまで巨額な税金を継ぎ込んで養成した公務員が沢山いますので、このまま腐らせてしまうのは資源の無駄です。もちろん、タダでは有りません。フリーエージェント契約で海外に移籍して頂くワケです。国には移籍金が入りますし、本人は退職金を持って行けば海外では王様のような暮らしが出来ます。言うまでも無く、日本の人口が減りますので、食糧問題の解決にもなります。
公務員の次はサラリーマンでしょう。銀行員は大勢余っていますので、このまま日本の傾いた銀行に居座るより中国やインドに行くべきです。その次は営業マンです。これからの日本市場は無理に売上を作る必要は有りませんので、この方達も市場経済に慣れていない中国や東欧諸国に行けば幾らでも仕事は有ります。

クレグレも誤解しないで頂きたいのは、非生産的職業だからと言って馬鹿にしているのでは有りません。公務員も銀行員も営業マンも発展途上国から見れば立派な人材であり、生きたノウハウなんです。逆に誇りを持って欲しいと思っています。特に日本の警察官は優秀ですので世界中に自慢できる立派な資源だと思います。警察を定年退官してガードマンをやっている方でも、仮に東南アジアの国に行けば神様のような待遇で仕事が出来ると思います。
それだけの知識と経験は持っている筈なんです。

物価の高い日本に住んでいれば、例え1千万円のお金を持っていても死ぬまでに足りなくなってしまいます。これが海外なら王様のような暮らしが出来ます。そこまで日本の”¥”は強いと言う事です。
「グローバル化」と言う言葉はあまり好きでは有りませんが、海外から文化を輸入していた時代は、そろそろ終わりにして日本の文化や知識を世界中に輸出するだけの基礎は出来たと思います。すでに”すし”や”カラオケ”はグローバル・スタンダードになりつつ有ります。次は日本特産の”コームイン”を輸出して外貨を稼ぐというのは如何なものでしょうか。
私は、石油より値打ちが有ると思っています。(本当に)

何しろ、あの参議院議員選挙の開票作業を一晩でやってしまうんですから、「スゲ〜」の一言です。アメリカなんぞは大統領を決めるのに何日掛かった!
何がハイテク国家や。馬鹿タレメ!
(01/07/31)


PD−14 集団のパワーと個人のパワー

大きな仕事は大勢の力を結集すれば可能だが、世の中を変えるのはたった一人の力で足りる。

世の中には色々なビッグ・プロジェクトが色々なものを残しています。
戦後の日本を象徴するものとして、東京オリンピック、新幹線、黒四ダム、青函トンネル、本四架橋など小柄な日本人が蟻のように働いて作ったものが日本中に有ります。このようなビッグ・プロジェクトの足跡は日本に限らず世界中に有って、多くの人々の励みになっています。
しかし、その多くの物は一発限りもので、仮にオリンピックのような事を毎年同じ場所でやっていたら大変な事になります。これはサッカー・ワールドカップも同じです。四年に一度のペースで各国を巡るから出来る話です。ところが、祇園祭は毎年同じ規模で同じ場所でやっています。同じように全国各地で行われる「お祭」も同様です。日本古来の”お祭プロジェクト”は何の変哲も無い普通の街がたった1週間で巨大なイベント会場になって、何十万人という人達が集まり、その3日後には何事も無かったように元の普通の街に戻ってしまいます。
しかもそれを何百年も続けているところが凄いところです。日本民族にはこのような隠れたパワーが有るのですが、それが何故アメリカ如きに負けたのか不思議な事です。
恐らく、日本民族のパワーは戦争をするために発揮するパワーでは無いからだと思います。狩猟民族と農耕民族の違いなのか、肉食獣と草食獣の違いなのか判りませんが、マンパワーとしては相当なものが有る筈です。

これと同じことが日本の企業活動にも言えます。かつての繊維業界、鐵鋼造船業界、自動車業界、家電業界など一度は世界一のレベルに到達しております。それらの巨大企業が一時のパワーを失って
いるのは、「集団のパワー」の問題では有りません。「集団のパワー」の良いところは「お祭プロジェクト」のように何百年も同じ事を続けるのに適したパワーであって、「変化」という要素を想定していません。
多くの日本企業は日本の市場だけで生きて行く能力は備えているのですが、国際市場での活動には経験が足りません。その事が露呈したのは1985年の「プラザ合意」以降に起きた急激な円高です。
国際経済学の考え方では当然の事なのですが、自然科学の世界では考えられないような事が起こったワケです。あれから16年が経ちましたが、未だにその後遺症から脱却出来ないのが現状の日本経済です。

この「パソコン大魔神の夏期講座」では、一般の皆さんとは異なった視点で色々な問題提起を行っておりますが、このような視点とは、組織を外側から見た視点なんです。企業や団体の中で仕事をしていると当たり前と思っていた事が、その組織を外れて少し離れた場所から眺めて見るとまったく違った景色に見えます。
周囲の環境が変化し、組織の方向性を変化させなければならない場合、群れの中に居る状態では、その群れが進む方向は判りません。しかし、その群れから飛び出して群れが進むべき方向を指示する”音頭取り”が必要です。これは航空管制と同じで、進むべき方位や高度を外部から指示する必要が有ると言うことで、その管制官は”たった一人”で良いという事です。複数の管制官では組織が混乱するだけです。

現在、会社員や公務員をされている方々のなかで「このままではマズイ」と思われている方は、是非勇気をもって組織を飛び出す事をお勧めします。組織の中にあっては絶対に”管制官”には成り得ないからです。
小泉総理も森派を離脱するまでは良かったのですが、自民党から離脱して新党を結成しない限り、国家の舵取りは困難です。銀行の問題も元大蔵官僚が全銀協を仕切っている内は、何の改革も不可能です。
もちろん、経済学者やシンクタンクも、実際に組織の中で勤務した経験が有りませんので舵取りは出来ません。
本当に”舵取り”が出来る人は組織の一員として汗をかいた経験が有る人で、その経験を踏まえて客観的に思考できる人に限られます。
そういう人が一人居れば、巨大な組織でも方向を変える事が可能ですので「一人では何も出来ない」と考えるのは大きな間違いなんです。
(01/08/06)


PD−15 コンビニ亡国論

「パソコン大魔神の夏期講座」という企画は7月になって質問件数が大幅に減って、チョット暇やな!と思ったところで思い付きで始めたもので、日頃パソコンの質問に引っ掛けてお話していた社会ネタをパソコンの話から切り離して掲載したものです。ところが、8月になると更に暇になると思ったのが大きな間違いで、途中に盆休みで抜けたことも有ってか、その日に処理出来ないものまで出る始末で、この「夏期講座」も中断状態が続いています。しかし、夏休み(我々にはそんなものは無いのですが)もそろそろ終わりに近づいて、最後の締めをしなければならないと思ったワケです。

これまで、経済や金融の問題を主なテーマにして来ましたが、この講座の締めくくりとしてもう少し広い視野で総合的に考えて見たいと思いますので最後までお付き合い願います。
テーマとしては、小売業界の問題と対策を考える「コンビニ亡国論」、自動車業界を考える「自動車産業から航空産業へ」、農業政策を考える「田畑を返せ!」、地球温暖化問題を地球化学の視点で考える「地球温暖化問題のウソ」、医療問題を考える「温泉へ行こう」、そして最後の20発目は「千秋楽」とするつもりですので、ご期待願います。

---コンビニ亡国論---

私は毎年お盆休みを利用して子供達にサバイバル訓練をしているのですが、今年は富士五湖周辺に出没しておりました。何故、富士五湖かと言うと、そろそろ富士山も怪しくなって来ましたので、「ある内に行っとこ〜か」という事で決めたワケです。三宅島のことも有りますので順番から行くと「次は箱根か富士山やろ〜」と言うことで意見が一致したんです。この毎年のサバイバル旅行は極力文明の利器を利用しないのが建前で(自動車を使っていては趣旨に反するのですが)、食糧も可能な限り現地調達で、限られた材料で食事の献立を考えるのが面白いのですが、これがここ数年は何処にでも有るコンビニの誘惑に負けて安易な食糧調達に走る傾向が出ています。
以前は川で魚を釣らなければ飯しか無いという切迫感が有ったのですが、「冷やし中華が食いたい」などと言う始末で、便利なのは確かに間違い無いのですが、この「便利さ」は意外な落とし穴だと思います。

コンビニの便利な点は余程の山の中でない限り国道筋なら何処にでも有ります。すべて24時間営業ですので夜間に移動するにはオアシスのような有り難さです。しかし、裏を返せば、色々な小売店の売れ筋商品だけを都合良く並べているもので、コンビニの売上が伸びればその反対に他の小売店の売上が下がっている事になります。
先ずは、一番の売れ筋の弁当やおにぎり類は、従来のお弁当屋さんを廃業に追い込んでしまいました。次の売れ筋の雑誌は、街の本屋さんの売れ筋でしたので、小規模な本屋さんが廃業しています。
これらと同様、パン屋さん、お菓子屋さん、乾物屋さん、酒屋さんなどの売れ筋商品だけを持って行ってしまった事になります。それでもサスガに生鮮食料品にまでは及んでおらず、八百屋さん、魚屋さん、お肉屋さんは直接的な影響を受けていないと思います。
こう考えると、コンビニは流通革命などでは無く、長年積み上げて来た色々な小売業界の”美味しい”ところだけを持って行ったに過ぎないと言うことです。しかし、コンビニが究極の合理的な小売のパターンかと言うと、どうも違うようです。何年も国道1号線や20号線などを通っていて判る事ですが、昨年有ったハズのローソンが無くなっていたり、突如暗闇の中にセブンイレブンが出現していたりして、コンビニ同士の競争も熾烈なようです。結局、コンビニは周辺の小規模小売業に打撃だけを与えて、最終的には自分も自滅してしまうものなんでしょう。
そうなると、結果的には地域の小売業を破壊しただけのものでしか無いという事になります。

現実に、私の会社は酒屋の業界と20年付き合って来て、その栄枯盛衰を目の当たりにして来ました。以前の酒屋さんは体力勝負の辛い仕事でしたが再販制度が健在でしたので値引きするでも無く、結構リッチな生活を送っていたものです。それが、サントリーがビールに参入し、変なペットボトルの戦いになり、そこに円高による輸入酒の大幅値下げと輸入ワインが氾濫、ちょうどその頃にコンビニの勧誘が一度に押し寄せ、やれローソンだのファミマだのセブイレだのと酒屋業界が浮き足立ってしまい落ち着いて酒屋が出来なくなってしまいました。「アレヨ、アレヨ!」と言う間に酒屋の何軒かがコンビニの手に落ち、「酒屋なんかやってられんワ!」ってな状態になってしまいました。そうなると酒造メーカーも卸店の売上がガタ落ちになり、そこで登場したのが”酒のディスカウント”です。元々再販価格でシッカリ税務署の監視下に有った業界なのですが、消費税のゴタゴタ(酒だけ内税だった)と円高による輸入酒の値下げで価格に対する意識が薄れたところで”酒の安売り”というルール違反が始まったワケです。この状況を作った直接の原因はコンビニの営業が既存の酒屋さんを集中攻撃し、小売酒販業界を崩壊させたのが事の始まりです。しかし、コンビニは良いのは開店当初だけで、ある程度の売上が上がると透かさず競合店が近くに建ちます。結局はロイヤリティだけを取られて店の権利を他人に売る羽目になり、夜逃げをしたり、自殺に追い込まれたりして酒屋が滅亡してしまいました。
このように、コンビニの本部は従来の小売業界がマンネリ化したところを「言葉巧みに」勧誘し、最終的にはロイヤリティを吸い上げて見殺しにしています。
それを知らない一般消費者は「コンビニは便利やなぁ〜」と言っているだけで済みますが、その影では小売業界の残酷物語が隠されています。

それでは、何故このような問題が起きるのか、もっと広い視野で考えて見たいと思います。このような小規模小売業を破壊するような発想をするのは、実際に小売業界で苦労をした事が無い経済学部出身者の成せるワザなんです。私が常々言っている事ですが、大学に経済学部は要りません。経済学を学ぶには、先ずは人間を磨いてからで無いとトンでもない悪事を働いてしまう危険が有ります。経済は人間関係の基礎が有って成り立つもので、絶対に数字だけで考えてはいけないものです。アメリカでは徴兵制度が有りますが、日本にはそう言う機会が有りませんので、社会を知らない者が学問だけを学んでしまう欠点が有ります。本来、「経営学」を学ぶのであれば製造現場、設計部門、クレーム処理などの一通りの経験を積んでからでなければ理解出来るものでは有りません。日本の大学が世界的に見てレベルが低いのは社会経験の無い教授や助教授、助手達が学生を教えている事です。
私が会社を経営するまでには、一通りの経験を積んで現場の立場やユーザーの立場を理解してから始めたのですが、これで驚いたのはメーカーの本社にいる経営幹部達の”世間知らず”と経済学部出身者の馬鹿さ加減で、どうも東京に本社を置いている企業は馬鹿ばかりが集まったようです。共通項としては製造現場やユーザーが近くに居ない関係で、現場や顧客を馬鹿にしている事です。その点、京都で会社をやっているとユーザーが目と鼻の先に居ますので、何か問題が有ればユーザーが飛び込んで来ます。こう言う緊迫感が商売には必要で、イイ加減な事は出来なくなってしまいます。勿論、最初からイイ加減な事をするつもりは有りませんが、お互いに信頼関係で成り立つ商売は簡単では有りません。

そう言う大切なものを簡単に破壊してしまうのがコンビニに代表されるフランチャイズ・ビジネスで、実際にやっている事は”売れ筋泥棒”です。
このような、犯罪的な行為を取り締まれないのは産業政策を監視する行政の見識不足によるものですが、取り締まれないような巧妙な手を使っているのも事実です。こう言う会社には必ず世間知らずの弁護士が付いていますので、この連中を相手にするのは大変です。
今後、増々このような”イイトコ取り”の地域経済を破壊するビジネスが出て来ると思いますが、どれも一過性のものですので最終的には色々な業界に被害を与えるだけで終わると思います。私達消費者は目先の”便利さ”に誤魔化されずに、将来のことを考えて行動しなければ、最後は自分に帰って来る事だと思います。
(01/08/26)


PD−16 自動車産業から航空産業へ

日本の自動車産業も大きな転換点となり、これまでのメーカーの枠を超えた開発や生産の統合が行われています。日本の自動車メーカーは世界でも珍しく多数の企業が有るのですが、名前を挙げれば「トヨタ」「日産」「ホンダ」「マツダ」「三菱」「富士重工」「スズキ」「ダイハツ」「日野」などですが、本場ドイツでもVWグループとBMWしか有りませんし、アメリカでもビッグ3が有るだけなのに比べれば明らかに異常です。この中で、日産はフランスのルノーの傘下に、マツダはフォードの傘下になっていますので別格になりますが、傘下だからと言っても完璧に軍門に降ったとは言い切れません。

さて、ここからは私の独断の話です。異論は有って当然だと思いますが、あくまで個人的な見解ですので、そのつもりで読んで下さい。
先ず、「トヨタ」ですが、この会社は昔からエンジンがダメです。従ってシャーシの製造に集中すべきです。このトヨタの「カンバン方式」という部品発注方法はハッキリ言ってデタラメな方法で、トヨタの品質の悪さは下請けを消耗させたのが原因です。人気のハイブリッド車”プリウス”ですが、あの車に積まれている高圧バッテリーは一歩間違えば「電気椅子」ですので、低公害車などと言うのは大間違い、「走る死刑台」です。今後、トヨタ製のダメなエンジンは、三菱や日産から供給を受けるべきだと思います。
「日産」は逆にエンジンの技術が有りますので、航空機エンジンも含めたエンジンの開発と製造に特化すべきです。ルノーのカルロス・ゴーンのやっている事は無茶苦茶ですが、長い目で見れば車体部門を減らす事は、逆にエンジン部門にパワーを集中する布石になります。
「ホンダ」は自動車メーカーとしては根本的な問題が有って、この考え方の違いを修正するのは不可能だと思います。F1のエンジンは確かに実績は有りますが「だから何や!」と言う部分もあります。エンジンの技術というものは、農業機械から船舶エンジンまでやってこそ技術と言えるもので、バイクと乗用車とレース車だけなら総合力とは言えません。シャーシも非常に雑な設計をしていますので、ホンダ車での事故の原因はバランス感覚の無さが結果として出ているだけです。
「マツダ」は意外に総合力の有るメーカーですので、小型車に特化するべきだと思います。
「三菱」はシャーシ部門を整理または他社に売却して、エンジンに特化すべきです。三菱のエンジンは問答無用で世界一ですので世界中のメーカーにエンジンを供給すると共に、航空機用のターボファン・エンジンなどのガス・タービン・エンジンを強化すべきです。
「富士重工」はエンジンと車体と別にして、エンジン部門は小型車用低公害エンジン、車体部門は航空機に軸足を移すべきです。このメーカーは半端でない技術力を今でも温存しておりますので、何時でも航空機の生産が出来るだけのものを持っています。
「スズキ」はスタートがバイク屋ですので二輪車に関しては半端では有りません。
ただ、軽自動車というのは運輸行政の大チョンボですので、こんなものは早急にやめるべきです。軽自動車などが許されているのは日本と東南アジアの一部の国だけで、あんな物が公道を走れるのは絶対に間違っています。
総重量40トンもあるダンプカーと軽自動車が同じ路面を走るというのはどう考えても”人殺し”政策としか思えません。これは明らかに行政の怠慢ですので、軽自動車の生産は即刻中止すべきです。これは「ダイハツ」も同じです。ただし、軽自動車のノウハウはそのまま航空機に生かせます。
「日野」はトラックなどの大型車や特殊な車両をさせればダントツですので「日産ディーゼル」「三菱FUSO」などを統合して大型車専業に集中すべきです。ベンツやボルボに対抗できる大型車両メーカーになれると思います。

これで自動車業界の再編成作業は完了です。小型車は「マツダ」を中心としたグループ、中型車は「トヨタ」を中心としたグループ、大型車は「日野」を中心としたグループで、「ホンダ」は好きにしてくれ!という感じです。
そこで、本題です。「日産」「富士重工」「スズキ」「ダイハツ」などは一気に航空機のメーカーに一本化します。もうアメリカのような雑な航空機に世界
の空を牛耳らせる手は有りません。特に737クラスや767クラスの中型機の需要は東南アジアやロシアなどで増加すると思われますので、この規模の航空機は何時でも生産できるだけの設備を持っています。本気でやれば戦闘機でも作るだけの技術は温存しているのですが、これはアメリカの抵抗が凄まじいと思いますので日米安保条約を破棄する覚悟でなければ難しいと思います。それでもF16クラスのファイターであれば日本の技術の方が遥かに上だと思います。ほとんどの方は意識していないと思いますが、新幹線の技術は航空機よりも難しい技術が沢山有って、アメリカでさえ絶対に真似が出来ません。飛行機なんてものは翼とエンジンが有ればどうにでも飛ぶものですが、線路の上でジェット機の離陸速度以上の速度を出すのは半端な技術では出来ません。

東京大田区や東大阪の金属加工関連の中小企業を生き返らせる方法は唯一、航空機産業の復興しか有りません。それが可能なのは戦後自動車業界に転進した日本の誇る航空機産業ですので、馬鹿な銀行に公的資金を撒くより遥かに効果が有ります。それよりも、航空機産業が復興すれば金融業界も証券業界も息を吹き返すハズですので、同じ税金を使うなら50年先の事を考えて実行すべきです。
こんな時に「インフレ・ターゲット」とか「雇用保険給付の期間延長」などと言うレベルの話が出るのは、正直言って”大馬鹿”です。
(01/08/28)


PD−17 田畑を返せ!

皆さんが大好きな食べ物、ハンバーガー・ピザ・パスタ・ラーメンうどん・ソバ・お好み焼き・たこ焼き。これらの食材の共通項は小麦粉ですが、実は国際価格の4倍もの高値で買わされていることをご存知の方は意外に少ないんです。

色々なものが1985年の円の変動相場制移行による急激な円高によって価格が下がっているのに、もっと安くなるハズの小麦粉が安くなっていないカラクリは、日本の食糧政策の大失政に原因が有ります。正確には”失政”というより”国家的詐欺”というべきだと思うのですが、同じような事は石油製品やタバコにも言えますので、”病気”の一種と考えるべきかも判りません。

小麦の流通を判り易く説明すると、国内の小麦生産者を保護する名目で、輸入小麦を100%食糧庁の管理下に置き、大幅に水増しして国内の製粉業界に払い下げています。その莫大な利ザヤは米生産農家のための様々な支援金に消えて行きます。例えば、減反奨励金や土地改良事業、更には”国家的冗談”の農道空港に至るまで、あり余る利ザヤを小麦とはまったく関係の無い政策にバラ撒いています。こう言う実態を国民が知れば怒りが爆発するのは目に見えていますので、農水省は必死に隠しています。
こう言うバカな政策によって小麦生産農家も米生産農家も双方がダメになってしまっているのが実情です。

もっとバカバカしい政策は、都市近郊農地を何も生産しない宅地にしてしまった事です。そもそもサラリーマンや公務員が土地つき住宅を所有するのは何の意味の無いことで、庭が綺麗なのは最初の5年ほどで、後は雑草だらけのジャングルのような庭になっています。庭の草取りや整備をするほどサラリーマンは暇で無いことは最初から判っているワケで、公団型2DKアパートで充分なんです。広い家が要るのは子供が10〜20歳の間の10年だけです。土地の利用効率が悪い庭付き一戸建て住宅を事も有ろうに農業に最も適した平地に広げてしまったのは、歴史的な大失政です。これは都市近郊農家に対して固定資産税を宅地並みに課税し、強引に宅地に転換して土地売買による所得税の増収と不動産取得税の徴収、更には相続税の大幅増収を狙っただけの政策です。腹黒い旧大蔵省のバカ官僚達がやる事はバカさ加減も半端では有りません。日本の食糧生産には決定的なダメージを与えながら、集めた税金は外務省に象徴されるような話にならない無駄遣いをしていたワケです。
(全部とは言いませんが)

その点、京都は過去の行政官が立派だったのか、近郊の農地はシッカリ保護していて、例えば嵯峨野や伏見あたりは広大な水田を残しています。宅地に転用できるのは農地にあまり適さない沼地や傾斜地で、京都周辺の住宅が山に沿っているのは農地を保護する政策が1000年以上前から行われて来たからです。そう言う意味でも京都御所を中心としていた時代から霞ヶ関に行政の中心が移ってバカになってしまったと言う事です。
その逆に、東京は交通機関がマヒしてしまえば、途端に「兵糧攻め」に遭うような軟弱な首都です。これほど危ない首都というのは世界的に見ても珍しいと思います。

世界で最も技術レベルの高い日本の農業が何故ここまで悪くなってしまったのかという問題は、戦後の農地改革によってマネージメント能力の無い一般農家に土地を分配してしまった
GHQの失政と、レベルの低い農業教育に原因が有ります。
基本的に日本の農業は、化学肥料や農薬を必要としない完璧な”有機栽培農法”が完成していたにも拘わらず、戦後その技術をすべて潰してしまいました。実際、今頃になってそれに気が付き慌てているのですが、すでに肥沃な耕地は宅地に変わり、堆肥の供給源であった雑木林や里山も無くなっています。田畑への最大の栄養供給源であった森林は林野庁の失政で杉やヒノキに替えられ、この事が森林の荒廃と土砂の流出を招き、農地への栄養供給を断ち、更には沿岸漁業にまで悪影響を与えています。一体この責任は誰が取るのか、本来の状態に戻すには300年以上の時間と莫大な費用を必要とする”大失政”を行って来た無知無学の象徴である旧農林省の責任は重大です。
(01/08/29)


PD−18 地球温暖化問題

私は日頃から「雑学のすすめ」をお話しておりますが、いろいろな学問を程々に勉強することが大切です。あまりにも専門分野だけを勉強すると逆に”専門馬鹿”になってしまいますが、まったく異なる分野の中に意外なヒントが隠されている場合が有ります。

最近はチョット世間の話題から遠ざかっていますが、何か事ある毎に当たり前のように出て来る「地球温暖化問題」のお話をさせて頂きます。
今年の夏は暑かったために台風11号が来る前まで全国的な水不足になっておりました。お陰で学校のプールが使えなかったと言う実害も有ったのですが、これを「地球が温暖化しているから」と普通に話している事にはいささか疑問が有ります。

地球の大気は主に窒素と酸素と二酸化炭素で構成されていますが、厳密には海水も大気と考える必要が有ります。少なくとも地殻のような固体物質で無い以上、海水も水素と酸素の化合物で、それがタマタマ液体の状態で存在しているだけで、火星であれば氷のような固体として地殻の一部になり、金星であれば気体となって大気の中に混ざっています。地球温暖化の議論をするなら海水も含めて温度が変化をしているか検討しなければ大変な間違いをしてしまいます。
そこで、学者の皆さんに是非考えて頂きたいのが、「自動制御理論」です。自動制御理論は機械工学や電気工学の世界の理論で、地球物理学の世界ではあまり使う事は無いのですが、地球という閉鎖された環境の中では巨大な自動制御メカニズムが働いています。
人間が石油燃料を燃やした程度のものは、地球全体の自動制御機構の中では誤差の範囲にもならない微々たるものなんです。

この巨大な自動制御のメカニズムは地表に多量に存在する流体です。
つまり、大気と海洋が流体物質である事です。流体の特性は温度が上昇すると体積が膨張して比重が軽くなるという基本的な性質です。
例えば、山火事などの大火災が発生すれば、温まった大気は上昇して周囲の冷たい大気を送り込みます。上昇した温かい空気は冷やされて周囲に拡散し温度が均一になります。これは海洋でも起きている事で海水の一部が暖められれば、軽くなって周囲に拡散し、深海から冷たい海水が上昇して温度が均一になります。地球規模では赤道付近で暖められた大気は常に対流し、海水も同じ原理で海流を作っています。
このように、流体物質というものは常に均一になろうと自動制御されています。タカが人間如き地表に生息する微生物のような小動物が多少の油を燃やしても、大気の総量と海水の総量から考えれば無視できるような数字です。もし本気で熱力学的に計算をすれば、火山の噴火による火山ガスの放出や、深海での海底火山の噴出量を含めなければ正しい計算は出来ません。ところが、深海で起きている火山活動についてはほとんどデータが有りません。最近になって存在が判ったというものですので、今までの計算はすべて無意味になってしまい
ました。

それと二酸化炭素などの「温暖化効果ガス」の問題ですが、地球全体では二酸化炭素が減る傾向に有ります。地球の大気が構成された頃の大気の組成は酸素がほとんど無く、ほとんどが二酸化炭素であった事が判っています。生物にとっては不可欠な酸素は金属にとっては有害物質なのですが、生物が登場するまでは二酸化炭素が大気の大半を占めていました。
その二酸化炭素が急激に減った原因の一つが生物の大発生です。二酸化炭素は水に良く解けますので当時の海水は非常に多くの二酸化炭素を含んでいました。そのために炭酸カルシウムや燐酸カルシウムを骨格とする動物プランクトンが大発生し、それらが地球上の生物の基本になっています。今のオキアミのような動物プランクトンからサンゴのような生物に進化し、大量の二酸化炭素をカルシウムと共に地表に固定して、その代わりに酸素を放出し、徐々に大気中の酸素濃度が増えて現在のような状態になっています。この大気の組成も巨大な自動制御メカニズムに支配されていて、二酸化炭素が増加すれば動物プランクトンが大発生し、逆に酸素濃度が高くなれば森林火災が発生して酸素の放出を抑え、さらに二酸化炭素を放出します。地球の大気や海水の組成は生物を利用して自動制御されていますので、タカが人間如きが二酸化炭素を放出しても、それに応じてオキアミやサンゴの量が調整します。

確かに「かけがえの無い地球を大切にしよう」という運動は間違ってはいませんが、人間如き地表に僅かに生息している微生物にしては”偉そうな”事を言っているのではないかと思います。地球は人間が考えている以上に遥かに巨大なものです。
このような思い上がった考え方は、生態学の世界にも有って、「人間の数が地球上で50億人を超えたのは大変な問題だ!」などとタワケた事を言っていますが、人間が増えた分だけ他の野生動物が減っていますので、生体の総量はまったく変化していないんです。それでも陸地に棲息する生物の総重量は海洋生物の比では有りませんので地球全体から見れば蟻と蝿の比率が変わったという程度の差でしか有りません。それでも人間が増え過ぎれば食糧の取り合いで必ず戦争になりますので、人間さえも地球の自動制御メカニズムに支配されています。「戦争をヤメよう!」というのは無理な話なんです。

それなら、なぜ今時「地球温暖化問題」が国家間の問題として議論になっているかと言うと、アメリカに恨みを持つヨーロッパ諸国が、この地球温暖化問題をネタにしてアメリカを叩こうとして、「政争の具」に利用しているからです。特に「温室効果ガスの排出権」の議論はお笑いで、タダの言い掛かりです。町内に有るカラオケ・スナックの音がウルサイから騒音排出権を与える代わりに金を払えという論理です。私は大のアメリカ嫌いですが、この「地球温暖化問題」に関してはブッシュ大統領の意見に賛成です。
こんな筋の通らない話に乗るようなアメリカでは困ります。

この「パソコン大魔神」には多くの大学関係者の方々もアクセスされていると思いますので、この際言っておきますが、大学の研究室や実験施設の中だけではある所で必ず行き詰まります。そう言う時は研究の事や学会の事は忘れて外に出てください。幾らその道の権威であっても地球の偉大さには遠く及びません。
(01/08/30)


PD−19 温泉へ行こう

今回は昨今「医療ミス」などの問題で騒がれている医療問題をテーマに考えて見たいと思います。

日本の医療は世界的に見れもトップレベルだと言われていますが、本当にその通りなのかは若干疑問が有ります。確かに数字の上では日本人の平均寿命が世界一なのですが、これは子供の死亡率が減ったためのもので、成人の寿命は江戸時代からほとんど変わっていない事は良く知られた話です。確かに児童の死亡率が減ったという事では医療の成果だと言う見方も有りますが、”品質管理”の立場で考えれば”不良品”や”欠陥品”がそのまま淘汰されずに出荷されていると考えてしまいます。例えば未熟児というのは何らかの問題があって母体が「出荷停止」と判断したワケで、それを保育器で育ててしまえば自然の摂理に反する事です。児童の死亡率も同じことで、重大な心臓疾患や呼吸器系の疾患が有る子供は可哀想ですが生きられないもので、自然の摂理というものは先の事を考えれば正しい判断なのです。日本の医療はその”自然の摂理”に対して挑戦し、確かに数字の上では成果を上げていますが、実際は本人も家族も不幸な結果になっている場合が多々有ります。

医療の問題を考えると、それだけで本が何冊も書けるほど多くの問題が山積みになっていますが、「パソコンの医者」という立場で医療問題の考えると、医師のの問題と患者の心構えという問題が浮かんで来ます。そこで、保険制度の問題や医療機器の問題、薬漬け・検査漬けの問題、看護体制の問題などは割愛してこの2点について考えて見たいと思います。

先ずは、医師の適性の問題ですが、仕事として考えた場合「医師」と言う仕事は決して割のイイ職業では有りません。人間が相手ですのでパソコンのようにリセットしたり、再インストールしたり、廃棄処分には出来ません。病気や怪我を治すと言っても、実際に治すのは患者本人の自己修復能力に懸かっており、医師はその手助けをするに過ぎません。最近でこそ「臓器移植」などの部品交換という手段が可能になりましたが、それは人体パーツの提供者を殺すという事が前提になります。それが正しい医療とは私は思いません。
この割の悪い職業を選択された医師の方々には敬意を表しますが、問題はその選択過程です。これも私の個人的な見解ですが、医師という職業は警察官や消防士のように”相当な使命感”が無ければ出来ない職業だと思います。そう言う特殊な職業は「世襲制」という要素を組み入れても良いと思います。「蛙の子は蛙」と言うように子供の頃から親の仕事を見て育っている事は大学の医学部で学ぶ事の出来ない部分だと思います。そもそも、最近の医師は患者の顔色も見ずに検査結果だけで病名を判断する傾向が有ります。
これは臨床検査会社の行き過ぎにも問題が有るのですが、生身の人間を診察するのに数字に頼るのは困ります。私自身そのような問題で医師と大喧嘩をした事は何度でも有ります。
ここで私が問題にしたいのは、「医師は偏差値で決めるな!」という事です。適性というのはテストでは判らない要素ですので、現在の学校の進路指導や受験産業の指導を根本から見直す必要が有ります。「偏差値が高いから医学部を受験しなさい」などという無責任極まりない進路指導のために本人だけでなく将来の患者まで多大な迷惑を被ることになるからです。医師の息子は優先的に医師になれるような世の中に戻さないと、今後の医療は適性の無い医師ばかりになってしまいます。
本来、適性も能力も有る開業医の子供が、およそ適性もないガリ勉野郎のために国公立の医大の入学出来ず、高額な入学金や授業料の私立大学に行かなければならないのは国家の損失です。そもそもサラリーマンや公務員の息子が医者になるなどと言うのはトンでも無い話で、「医術は算術」などと言われる原因にもなっています。
私は「医者は天職」だと思っています。間違ってもビジネスでは有りません。

次に患者側の心構えの問題です。パソコンのトラブルの8割は持ち主が余計な事をしたのが原因なのと同じで、病気や怪我の大半の原因は本人の問題が大きいと思います。特に内蔵疾患などの問題は、本人の”不摂生”が原因であるケースがほとんどだと思います。そんなものを医師に「治して下さい」と言うのが厚かましいワケで、医師の側から言わせれば「自業自得やな!」の一言で終わりです。
最近は不景気のお陰で「倒産」だの「リストラ」だの「サービス残業」だのとストレスの原因は山ほど有ります。そのために病気になる人が多くなって大変なのですが、何事も”程々”が肝要なんです。身体を壊してまで働いても世間に迷惑を掛けるだけの話ですので、「過労死」などというのは恥じにこそなっても自慢にはなりません。酒でも仕事でも必ず限度というものが有ります。それを超えて体調を崩したり事故を起こすのは本人の問題なんです。確かに会社の問題も有るとは思いますが、自分の命と引き換えにするような仕事は、そうそう滅多に有るものでは有りません。例えば、海上保安庁の職員、山岳パトロールの警察官、自衛隊員、消防士、ヤクザなどの限られた職業なら別として自分の命を捨てて掛かるのは間違っています。いっそそんな会社なら潰してしまった方が世の中のためです。勿論、経営者は何事も命懸けですので仕方が有りませんが、社員がそこまでやる義理は有りませんし、返って迷惑千万な話です。つまり、自己管理が出来ないというのが問題なんです。そんな事で病院に駆け込んでも、病院も迷惑な話で「自分で何とかしなさい!」と言いたいのは山々だと思います。
本来、病院というものは、感染症とか事故とか本人が原因では無い疾患を治療するところで、自業自得の人の世話までする所では有りません。
例えば、酒を呑み過ぎて肝臓を壊したり糖尿病になった人は「勝手にサラせ!」と言って追い返すべきなんです。本来、健康保険さえも使えない状態にして、全額自己負担にすれば医療費削減にもなります。
とにかく、患者の心構えは、一にも二にも「自己管理」有るのみです。
呑み過ぎ・食べ過ぎ・運動不足は当然として仕事にやり過ぎ・余計なストレスの背負い過ぎも「自己管理」の範囲です。それでもダメで病院のお世話になるのであれば”命は捧げる覚悟”で入院する事で、間違っても「病気が治らないのは医者が悪い」などと思ってはダメです。医師も看護婦さんも所詮は人間ですので百に一つは間違えます。例え消毒薬を誤って点滴されてあの世に召されても、己の不徳を悔いる事です。

それが嫌なら病院には近づかない事です。
大抵の病気は、仕事を放り出して温泉にノンビリ浸かっていれば身体が勝手に治ってくれます。昔から、医者も病院も無い時代にはガンであっても温泉で治していて、それで今と寿命が変わらないワケですから、温泉の湯治場でノンビリ過ごす事が最高の治療なんです。
いくら優秀な病院でもアホは治せません。
(01/08/31)


PD−20 千秋楽

突如「相撲用語」が飛び出しましたが、この「千秋楽」という言葉は雅楽の曲名です。後三条天皇(在位1068〜1072)の大嘗会(だいじょうえ)に、当時、笛の名人であった源頼能(みなもとのよりよし)が勅命によって作ったと伝えられる曲です。一説に唐代の千秋祭に作られた曲とも言われています。相撲や歌舞伎などの興行の最後の日を「千秋楽」というのは、雅楽の演奏の最後に「千秋楽」が演奏されたところから来たと言われています。

実はこのような勘違いは色々なところに有ります。663年、朝鮮南西部の白村江(はくすきのえ)で、東アジアを揺るがす一大決戦が行われました。
決戦の名は「白村江の戦」。唐・新羅(しらぎ)、倭国(九州王朝)・百済(くだら)の二つの連合軍による、朝鮮半島の権益を巡る一大決戦は、倭国・百済連合の大敗北に終わりました。ところが、この事がハイテク日本の基礎になっています。当時、百済から亡命した王族や官僚と唐から占領政策を遂行するために送り込まれた僧侶が後の平城京(奈良)・平安京(京都)を造営し、その後の日本国の基礎となったワケです。現在の日本人の約半数は、この時朝鮮半島や中国から渡来して来た人達の末裔ですので、「歴史認識」を見直すならここから見直す必要が有ります。

昨今の「ITバブルの崩壊」や「失業率の増大」などで日本全体がブルーな気分になっていますが、日本の誇るハイテク技術は1300年前の大事件からスタートしている事になります。その技術の積み上げは世界中に自慢出来るものですので、若い皆さんは日本の伝統産業を継承する努力をして欲しいものだと思います。
これも良くお話する事ですが、サービス業というものは農林漁業や製造業が存在していて成り立つもので、単独では存在出来ない業種である事を忘れてはいけません。銀行がダメになったのも一番の得意先である製造業を自ら潰してしまったのが原因ですので、一次二次産業を復興させない限り経済の回復は有り得ません。未だにその事が判らないから「馬鹿だ!」と
言っているワケです。

国民一人一人が出来ることで、日本経済を復興させる方法は、「海外旅行には行かない」、「ブランド品は買わない」、「ユニクロや無印良品は買わない」、「無駄なガソリンは使わない」、「輸入木材の家は買わない」、「ハンバーガーは食べない」など出来るだけ国内で調達できるものは値段の問題は我慢して”和風生活”に徹する事です。そして、外資系の企業への就職などは極力避けて、日本の伝統産業を継承する努力をする事です。

もう「気分は鎖国」です。一人一人が可能な限り鎖国政策を取る事が経済復興の近道です。

(これにて「パソコン大魔神の夏期講座」を終了させて頂きます。)
(01/09/01)


パソコン大魔神の夏季講座U


PD−21 − 序 −

昨年からスタートした「パソコン大魔神の夏期講座」ですが、この一年の間に予言が的中した事が沢山有ります。”予言”というと神がかり的ですが、世の中の流れを冷静に見ていれば誰でも判ることですので、それほどタイソウなものでは有りません。ただ、”冷静に見る”というのは意外に難しい事で、日頃「日本経済新聞」などのイカサマ新聞を読んでいると、知らず知らずに誘導されています。タマに読むと「何じゃ、こりゃ!」という記事ばかりなのが判るのですが毎日見ていると”NHKの朝ドラ”状態になってしまいます。恐らく、今年の夏は岐阜県の高山が混雑することと思います。つまり、毎日見ると麻痺するものなんです。日本の観光地は高山だけでは有りません。

ところで、昨年の夏期講座の最後にまとめた事ですが、
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「国民一人一人が出来ることで、日本経済を復興させる方法は、「海外旅行には行かない」、「ブランド品は買わない」、「ユニクロや無印良品は買わない」、「無駄なガソリンは使わない」、「輸入木材の家は買わない」、「ハンバーガーは食べない」など出来るだけ国内で調達できるものは値段の問題は我慢して”和風生活”に徹する事です。そして、外資系の企業への就職などは極力避けて、日本の伝統産業を継承する努力をする事です。
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的中した事は、9月11日のニューヨーク同時多発テロ事件の影響で海外旅行者が大幅に減少し、調子に乗っていた旅行代理店や航空会社が惨憺たる状態になっていますので、「海外旅行には行かない」は大当たりでした。ただし、沖縄まで影響したのは予想外でした。
また、「ユニクロ」は大ブレークした”フリース”の後継商品が無かったために大幅な業績悪化となり、色々もがいていますが、もはや消える運命に有ります。
更に、長引く不景気による中高年者のリストラの激増によって住宅着工件数が大幅に減少し、輸入木材ばかりのプレハブ住宅業界も終焉が近づいています。
一番「ザマ〜見ろ!」と思うのは「マクドナルド」で、狂牛病(BSE)問題の影響をマトモに喰らってボロボロの状態です。子供達の食生活を滅茶苦茶にしたツケが回っているようですが、これは”天罰”と言えます。

結果論だけで見れば、「パソコン大魔神」は「日本経済新聞」より正しい将来予測をしていたと言うことになるのですが、「同時多発テロ」や「BSE問題」は突発的な要因だと思う人も多いと思います。しかし、これらの問題点の共通点は主力商品が偏重したために些細な外的要因で脆くも崩れ去るという事です。
旅行代理店の場合は、国内旅行を蔑ろにして海外旅行に偏重してしまったために航空機による移動が敬遠された結果、大幅な減収になったという事です。
同様の事は、「ユニクロ」にも「住宅産業」にも「マクドナルド」にも言えます。
主力商品が偏重するという事は、滅亡の前兆現象で、経済効率優先の考え方が結果的に”自滅への道”を加速するという事になります。

このような、”主力商品の偏重”という事から考えると、次に業績が悪化する企業を予測する事ができます。皆さんも考えて見て下さい。
不採算部門を切り捨てるという合理化策は、”採算”という面でしか評価していないという大きな間違いを犯しています。例えばパソコン業界で顕著なことですが、サポート部門は採算面だけで見れば”赤字部門”です。だからと言って規模を縮小したり外注に委託すれば、最終的には顧客の信頼を失い市場から撤退することになります。「三菱自動車」の問題も、「雪印乳業」の問題も根本的な原因はこう言うことです。品質管理と顧客担当部署を縮小するような企業には明日は無いということになります。そういう観点で考えればNTTグループなどは落ちるところまで落ちるという事になります。
(続く)
(02/07/25)


PD−22 − 序の二 −

NTTが落ちるところまで落ちるのは、内部の問題ですので食い止める方法は無いわけではないのですが、株価が落ちているのはアメリカの”バクチ経済”が原因ですので、我々で打てる打開策は有りません。

ところで、小泉内閣の進む方向性が国民の目には「改革」なのか「破壊」なのか判りにくくなっており、最近の政治経済関連番組で喧々諤々の議論が行われております。議論の対象になっているのは、もちろん経済問題が中心で、昨今の株価暴落と銀行のペイオフ実施の問題、高速道路建設の見直しや公共事業削減と経済への影響、住民基本情報ネットワークの是非論、郵政民営化の問題など、挙げれば切りが有りませんが、どの問題も「あちらを立てれば、こちらが立たない」という問題ばかりで、小泉内閣の閣僚レベルでは「改革」どころか「混乱」を起こすだけだと思います。
私達、実業の世界で揉まれて来た者から見れば、どの閣僚も”世間知らず”としか言い様が有りません。もちろん、判ったような分析をする経済専門家は論外として、与野党の国会議員も大半が会社経営を経験したり、サラリーマン生活を送った経験が有りませんので、「そんな議論をしている場合か?」と思ってしまいます。しかし、これが現実の姿で、知らない者同士が無益な議論に時間を費やしているだけです。

今年の「夏期講座」は、こういう”木を見て森を見ず”というような断片的な話では無く、世の中の問題を単純化して考え、さらに何もしなくても自動的に解決するという話をさせて頂きます。現在起きている問題は過去の歴史に答えを求めれば簡単に判ります。ただ、結果は判るのですが、細かな経過までは判らない部分が多く、そこは或る程度の想像を加えるしか有りません。
世の中の総ての問題は、高い視点で見れば”自然現象”ですので、人為的に解決するのは非常に困難ですが、逆に放って置いても勝手に解決するものです。銀行の不良債権問題を見ても判る通り、国の政策は問題の根本的な解決を遅らせ、”痛み”を長引かせる効果しか無いということはすでに実証されております。社会には”潮の干満”のような振幅の大きな潮位の変化が有って、経済の潮位が下がったからと言ってポンプで水を足しても、まったく意味が無いという事です。

過去の歴史から考えてもお判りだと思いますが、一つの時代が続くのは凡そ300年で、余程シッカリした体制を作っても300年経てば色々な綻びが出て大きな政変が起こります。今の時代は明冶維新から太平洋戦争敗戦までの乱世の後の平穏な時代ですので、無理な政策を行わなければ後250年は平穏な時代が続くはずです。今、世間で議論されている事は”平時の中の些細な問題”を大袈裟に騒いでいるだけの話です。
(02/07/29)


PD−23 どんな事でも3年やればサマになる

職人の世界の話ですが、「40、50は鼻タレ小僧」と良く言います。
確かに、その道の極意を極めるには20年や30年の修行では半人前です。ところが、最近の世の中は「40、50はリストラ対象」となっています。製造業の世界では、20代・30代の安月給の時に散々働かせて、40歳を過ぎる頃から工場や関連会社に出向させて人件費を浮かせるのは今に始まった話では有りません。京都でも有名な「京セラ」とか「ローム」などはその典型で、給料が安い時期にガムシャラに働くヤツは会社にとって”優良社員”ですが、段々歳をくって給料が高くなると、同じように頑張っていても”不良社員”になってしまいます。
これは何処の企業でも同じで、そうなる原因は日本の労働関連の法律や社会保障制度が時代の変化に対応していないからです。
日本の法律は、炭鉱労働や鉄鋼・造船などの重厚長大型製造業が華やかだった頃に制定され、そのまま化石のように残っているために、中高年齢者を雇用していると企業側の負担が増える仕組みになっているからです。

それなら、法律を改正すれば良いかと言うと、事はそう単純では有りません。日本の社会構造は「自由主義の仮面を覆った社会主義」ですので、本来の自由主義に国家の体制を変えるには一度何もかもリセットする必要が有ります。私達が学生時代から夢に見ていた「社会主義」の欠点を自分で体験する羽目になってしまったと言うことですが、今にして思えば学生時代は未熟者だったと思います。学生時代は家族を養う立場では有りませんでしたし、家を買うことなど毛頭考えていない時期でしたので、生活コストが非常に低い時代でした。その頃に社会主義や共産主義の勉強をしていた世代が、ここまでの社会制度を作り、本来なら理想の世界が実現しているハズだと思ったところが、そんなに甘くは無かったという、笑い話のような本当の話です。

確かに色々な問題は有りますが、考えて見れば旧財閥は銀行の状態を見ても判るように巨万の富を築き上げているとは言えない状況ですし、ある程度真剣に勉強すれば誰でも医者や経営者になれる世の中になっています。そういう意味では、チャンスは国民一人一人に均等に有ります。ただ、リスクも均等に有るという事を忘れていただけの話だったんです。

学生時代に留年しない程度に程々に勉強し、クラブ活動やバイトで社会の一端の覗き、大風呂敷を広げて一流企業に就職し、社内で適当な嫁さんを調達し、そこそこの仕事をこなしているうちに歳をくい、リストラされて”何も出来ない”という事に気付く、というのが昨今の平均的なサラリーマンですが、公務員も特殊法人や公益法人が無くなってしまえば同じ憂き目に遭います。それもこれも”機会均等”ということです。

しかし、モノは考え様で、40代・50代であれば所詮は”鼻タレ小僧”ですので、新たなチャレンジをする事も出来ます。少なくとも学生時代に比べれば色々な知識や経験が有ります。それを生かせばそのまま定年まで会社に居てボロボロになるよりマシです。
だからと言って、元検察官がヤクザになったり、営業マンが詐欺師になったり、銀行員がサラ金の取り立て屋になるというのはあまり感心できる話では有りません。折角の知識や経験は、困った人を助けるという方向に発揮するべきです。どんな事でも3年真面目にやれば必ず芽が出ます。人間国宝レベルになるのは死ぬ間際で良いわけで、そこまで考えなくても3年間”鼻タレ小僧”のつもりでやれば何でも出来ると思います。

そう考えれば、失業率が高い状態も悪いことばかりでは無いのではないかと思います。一度しか無い人生ですので、色々な事をやれるチャンスだと思った方が気が楽になります。
(02/07/31)


PD−24 失業賛歌(1)

失業率が過去最高になったと騒いでいますが、私達のような企業経営者は元々”失業者”なんです。そんなことを言うと「アホか!」と思う人が多いと思いますが、20年程前に「ローム」を退社し、一時は失業保険暮らしだったのですが、そのまま何処かの会社に勤めたわけでは無く、ただ、会社を作ってその延長でやっているだけの事です。

企業経営者にも幾つかの種族がいて、私達のように失業の延長線上で生き延びた奴、親やその先代が事業を築いてそれを世襲した奴、名前は”社長”でも実質はサラリーマンの延長で中央省庁の事務次官のような”雇われ社長”の3つの種族に大別されます。この3種の違いは非常に大きく、哺乳動物に例えると、鼠と猿と熊ほどの差が有ります。”社長”という呼び名は同じでも、同じオリの中で仲良く暮らせるものでは有りません。

さて、「社長論」については何れ別の機会にお話をさせて頂くとして、本題の失業の話に戻ります。昨今のように「今期の決算は売上ベースでは減少しているものの、リストラ効果で収益が好転した」などという話が出るような状況ですので、「自己都合退職」に名を借りた”指名解雇”が横行しているのは事実です。
このように「不本意ながら自己都合」にさせられた場合、心の準備が出来ていない関係で本人の精神的負担は半端では有りません。どうしても恨み辛みが尾を引くのは人情ですので、「何時までもクヨクヨするな!」とは言いません。
社長室に日本刀や散弾銃で武装し突撃するのも、爆弾を抱いて自爆テロを敢行するのも一つの方法です。ただし、あくまで自己責任です。

「こいつをクビにしたら何をしでかすか判らない」と思われている人は簡単にクビには出来ませんが、大抵は「そこまではやらんヤロ!」と思われている人から順番にリストラされるものです。昨今は「再就職先は会社が責任を持って捜す」などと甘い話をして、再就職斡旋会社に振るケースが見受けられますが、大概は”大ウソ”です。ハローワークに行ったところで40歳以上の求人はロクなところが有りません。

しかし、失業率が高いとか何とか言って騒いでも、この「失業率」にカウントされない人の方が遥かに多いという事を忘れてはいけません。例えば、高校や大学卒の新卒者でフリーターをしている人などは雇用実績が有りませんので”失業者”にカウントされません。また、資格取得のために猛勉強している人や、資格を取っても開業に至らない場合は”失業者”にはカウントされません。そして、倒産や廃業した会社の社長も雇用保険支給対象者でないためにカウントされません。
つまり、”失業者”にカウントされている人は、まだマシな部類だという事です。
給与所得者が”失業”して収入が絶たれれば困るのは判るのですが、実は世の中の大多数の人は給与所得者では有りません。ちなみに、農家や漁業者、自営業者などは最初から”給料”などというものが有りません。

この事から、発想を180度転換して「そもそも給料なんてなものは無いのや!」というところからスタートするべきです。
(続く)
(02/08/02)


PD−25 失業賛歌(2)

「給与所得」という形態は、一般サラリーマン・OL・公務員・医療機関職員など沢山有ります。戦前までは国民の大半が農林漁業に従事していましたので、毎月決まった日に給料が貰える人は工場労働者とか公務員などに限られ、特に女性の場合は大半が家事見習だったはずです。更に江戸時代であれば幕府の役人くらいなもので、今で言うサラリーマンも”奉公人”だったというのどかな時代です。更に昔の平安時代であればごく一部の公家だけです。
そう考えると、日本の長い歴史の中で「給与所得」が当たり前になったのは、戦後50年ほどのものです。

歴史的に考えれば、現在の生活形態は”異常”だと言えます。考えて見れば、昭和30年前後に企業に就職し、60歳で定年退職し、しばらく関連会社の役員などをやって、今は年金生活を送っているという理想的な生涯設計が出来た人は、ほんの一握りの人に過ぎません。これが10年遅れて昭和40年代に就職した人達は悲惨な目に遭っています。すでに年金財政は破綻しており、つい先日も「物価の下落に対応して受給額を引き下げる」という話が出ましたが、これは役人が得意とする”マヤカシ”で、実態はお金が無いからです。現在55歳の方が10年後に年金受給者になる頃には食費分にも満たない金額にしかならないと思います。戦後の一見完璧に見える社会保障制度も、その制度を作った年代の人達だけが恩恵を受け、そこから10年遅れただけで歯車が完璧に狂ってしまっています。同じような事は医療にも言えますが、これは年金と違ってメリットもあります。現在「老人医療」が無料化されて、その負担金のために健康保険制度が根底から崩れています。つい最近、政府管掌健康保険の自己負担率が3割に引き上げられる事が決まってしまいましたが、健康を維持するには「病院に行かないこと」です。最近の都会の病院は無理矢理に病気をデッチ上げて医療保険金の荒稼ぎをしています。特に目に余るのが癌医療で、そもそも人間は40歳を過ぎれば誰でも癌細胞は持っています。
それを体内の免疫機能が抑制しているのに、”バカ医者”が余計な事をしているために結局「早期発見、早期討ち死」にしています。長生きしたければ病院に行かないのが一番で、自己負担率が上がれば医者に殺される確率は減ります。

”バカ医者”の話になると、つい熱くなってしまうので程々にしておきますが、そもそも医学部を卒業して国家試験を通っただけで「医師」の免許が与えられるのは大間違いで、同じ事は、法学部を卒業し、司法試験に合格し、司法修習を終了したヤツが世間の常識さえ知らない連中ばかりなのと同じです。まだ、弁護士であれば先輩弁護士の下で修行することが出来ますが、裁判官や検事になる連中は世間の風に当たった経験が無いので使い物になりません。
聴診器さえ使えないような”バカ医者”が増えているのは、何も「帝京大学医学部」だけの問題では有りません。

この医療や司法も含めた”制度の間違い”が目立って来ています。こういう制度上の問題は、新たな制度を作ったり小手先細工の修正をしても解決しません。
つまり、世の「制度」というのは、目先の問題を解決するのが主な目的で、50年以上先の事まで考えていないからです。これを一般に「制度疲労」と呼びますが、厳密には”疲労”では無く、「考えが浅かった」だけのことです。

話は戻りますが、給与所得者が増えた原因は、サラリーマンのような都市労働者を増やす政策を取ったことで、それまでの農業を中心とした政策では耕地面積が大幅には増やせない関係で人口の増加の対策として移民政策を採るしか手が無かったのですが、商工業を活性化させる政策によって人口が増加した分の雇用を都市で吸収できたという歴史的な背景が有ります。それに対応する形で所得税制を制定し、農家からは集めにくかった税金をサラリーマンの給与から横取りする政策に切り替えたために、何もしなくても勝手に税収が増えるという”甘い汁”を吸って来たのが現在の国家財政の基本です。
しかし、”医者以上にバカな役人達”は「少子高齢化」という根本的な問題を考慮しなかったために根底から狂い始めています。このような事は歴史や生物学を勉強していれば判る話で、社会が安定すれば出生率が減るのは自然界の常識です。

現在では地方の農地は後継者不足で余っています。サラリーマンの社会では、東京の本社勤務が最終目標になっていますが、もう東京は人類が住める環境では有りません。今、リストラされて失業するという事は今後の将来のことを考えればラッキーな話で、むしろ本社に居残っている方が今後は辛い目に遭います。
早く頭を切り替えて、田舎で充実した人生を送ることを考えるのが正しい選択だと思います。
(02/08/07)


PD−26 万世の為に太平を開かむと欲す(1)

トンでもないタイトルですが、言わずと知れた”お方”の御言葉です。
京都五山の送り火(大文字)を見ながら考えたことです。

8月15日という日は、この”御言葉”を噛みしめて高い視点で物事を考える良い機会だと思います。確かに57年前に軍事的には敗れましたが、それは鳥羽伏見の戦い以来、調子に乗って国民を戦火に巻き込んだ官軍崩れの職業軍人達が敗れたのであって、多くの善良な日本国民は軍国主義から開放された日でも有ります。日本国民の敵は日本国内に居たという事ですが、その残党の子孫が今でも海上自衛隊に隠れているのが少し気になります。

この日を境に、平和国家に変身した日本ですが、戦勝国のハズのアメリカはその後朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争と戦争ばかりやっています。
昨年の同時多発テロがアフガン空爆に至ったのは未だにワケの判らない話で、実際のテロ実行犯はアメリカに在住していた者です。炭疽菌事件も犯人はアメリカ在住の者です。それなのに、戦争狂いのアメリカはソマリアやイラクへの攻撃を示唆しています。アメリカ自体が内部崩壊し始めているのに、その責任を他国に転嫁するという考え方は理解できるものでは有りません。
それなら、今までにCIAがやって来た事はどのように説明するのか答えを聞きたいものです。

それに比べれば不景気とは言え、今の日本は平和なものです。それも冒頭の”御言葉”によるものだと思うのですが、この”御言葉”の読みが足りない方々がいるようです。その一例が大論争になっている「有事立法」です。
小泉内閣も徐々に化けの皮が剥がれ、”タカ派”の形相が見えて来ました。
しかしながら、「軍国主義が復活する」と懸念するのは、あまりにも唐突過ぎます。
あの日本国民すべてを巻き込んだ太平洋戦争は、その遥か以前からの流れが有って、満州事変から話をスタートさせたのはGHQの思惑に過ぎません。
もうそろそろ歴史認識をGHQの押し付けでない正しい事実認識に修正する必要が有るとは思いますが、周辺国の理解が必要な難しい問題ですので、余り事を急ぐ必要は無いと思います。

これは靖国神社公式参拝の是非論にも言えます。この問題はすでに決着済みの問題で、天皇陛下が公式参拝していない事がすべての答えです。
国会議員が公式参拝するとかしないとかは個人の問題で、他人がガタガタ言う問題では有りません。靖国神社は伊勢神宮や八坂神社とは歴史的に異なる神社ですので、宗教的な意味では無く戦没者を慰霊する意味で靖国神社に参拝したい方は公式参拝で有ろうが無かろうが自由だと思います。
ただし、この神社には東京大空襲や広島・長崎の原爆犠牲者、そして沖縄戦での犠牲者など民間人戦没者が祀られていないことを理解しておく必要が有ります。この問題を”賛成””反対”と大袈裟に取り上げるのは時代錯誤だと思いますし、「軍国主義が復活する兆候」と考える方がむしろ異常です。

「万世の爲に太平を開かむと欲す」という意味は非常に重いもので、ここからは”再軍備”や、まして”核装備”などと言葉に出すだけでも恥ずかしい事です。
もっと高い視点に立って、武力行使に依らない和平実現のために最大限の努力を行うのが我国の使命で、間違ってもアメリカの手先になって攻撃の後方支援などをしては意に背くことになります。そう言う意味では、現小泉内閣は”御言葉”の読みが足りないと言えます。
(02/08/17)


PD−27 万世の為に太平を開かむと欲す(2)

以前から私が”イカサマ”だとコケにしていた「ナスダック」がたった2年で日本から撤退することになりました。アメリカの発想には「堪へ難きを堪へ」という考え方が有りません。目先の思い付きで行動を起こし、旨味が無いと見るや一目散に撤退してしまします。「ビジネスにはスピードが不可欠」というのは”逃げ足”の事です。

これに反応して東京証券取引所が「上場廃止基準を見直す」とのコメントを出しましたが、これが実に単純な発想なので呆れてしまいます。株価が下がり時価総額が一定基準を下回った場合に上場廃止を勧告するという単純な発想は、アメリカで問題になっている”不正経理”を助長することになります。なぜ、このような単純な発想しか出来ないのか本当の原因は判りませんが、私が思うには東京証券取引所の上層部や財務省の官僚達は”あまり頭の回転が良くない”のだと思います。先の先を読めないのは頭の回転が悪い証拠ですので、直ぐにこのような反応をするものです。
旧大蔵省のキャリア官僚の中には若い時期にアメリカの大学に留学した人間がいます。もちろん、公務員としての給料を貰い、学費は税金です。
そんな連中が日本経済を滅茶苦茶にしたのですが、”頭の回転が悪い”ためにアメリカの大学で習った事を鵜呑みにしています。
これは明冶政府以来の行政の伝統で、日本の歴史や文化を充分に習得していない段階で留学などをさせた弊害です。これと同じ事は今でも起きていて、若い時期に留学などをさせると日本の環境に適合しない人間になってしまいます。同じような事は、経済学の世界だけでなく、音楽や建築など世界にも言えることです。

良くも悪くも”義理と人情”の世界でやってきた日本の銀行にBIS基準なる国際基準を持ち込んだ旧大蔵省は「天下の大罪人」ですし、同じ基準を信用金庫や信用組合に当て嵌めたというのは低レベルのミステイクですが、そういう事すら理解出来ない人間が財務省・金融庁に大勢生き残っている上に、多くの金融機関に天下りしていますので処置無しです。
しかし、このような問題は遠からず露呈しますので、我々企業経営者は時を待つしか有りません。その間に中小企業が滅亡するかも判りませんし、銀行がすべてサラ金業者に変わってしまうかも判りません。過去の戦火にも耐えて来た伝統産業も多くを喪失するかも判りませんが、「生き残れる企業だけが生き残る」というのは自然の摂理ですので、これには逆らえません。
最近は”公共事業の見直し”で土木建築業界の倒産が急増していますが、これも”自然の摂理”で、生き残れない企業は廃業するのが正しい道です。
役所に行って名刺を配るとか、お役人を接待するのが営業の仕事では有りません。談合で法外な利益を確保し、それを同業者で均等に配分するということばかりやって来たツケは大きいという事です。
そのような企業の従業員の方々も大変ですが、経営者は何倍も大変な思いをしています。

今、経済の世界でも「万世の爲に太平を開かむと欲す」という高い”志”が求められています。
(02/08/19)


PD−28 高速道路問題の裏事情

「道路関係4公団民営化推進委員会」の審議が進むにつれて、色々な方面から反論が飛び出し、牽制球の投げ合いのような状態になっています。

しかし、これらの議論の中で「触れて欲しくない」現実がある事を頭に入れて状況を眺める必要があります。”民営化推進委員会”はあくまで「日本道路公団」などの四公団の40兆円の債務を如何に処理するかという議論がメインで、そのために計画中の路線はもちろん、現在工事中の路線も含めて「凍結」するという案が浮上して大騒ぎになっているのですが、それとは別の大きな問題が有ります。

それは、高速道路計画が公表される前にインサイダー取引で取得した土地が宙に浮くという問題です。高速道路の用地そのものは公団が用地買収をしていますので最終的に用地費は公開されます。ところが、インターチェンジ周辺の土地は、事前に高速道路計画を知る立場に有った県議会関係者が土地の値上がりを見越して買い占めています。同じような事は自治体そのものが事業としてやっていて、工業団地を造成するとか、住宅地を自治体主導で造成しています。青森県住宅供給公社で14億円にのぼる横領事件が発覚し、その金の一部がペルーの豪邸になって話題になっていますが、このような横領は青森県だけに限らず何処の自治体でも起きていることは容易に想像できます。ただ、バレていないだけの事です。
5億や10億の使い込みをしても、高速道路が来れば一気に穴埋めが出来るはずです。

高速道路のインターチェンジが出来れば、その周辺にはガソリン・スタンド、ラブホテル、物流センター、工業団地、公営住宅、ショッピングセンターなどの浮いた話が目白押しですし、更に話をエスカレートさせればテーマパークや巨大リゾート施設誘致などというところまで飛んで行ってしまいます。
仮に”民営化推進委員会”が審議しているような「凍結」という事態になればインサイダー取引で暴利を得る可能性の高い県議会議員の関係企業が一発で破産してしまいますし、地方自治体が起債して確保した工業団地や住宅用地などが無駄になってしまいます。改革派で知られる三重県知事までも”抵抗勢力”に鞍替えしたのには、このような”大きな声で言えない裏事情”が有るからです。
役所の世界は民間企業の状態から10年は遅れていますので、地方自治体の”土地バブル崩壊”の引き金になると思われるのが、この「凍結問題」です。
これによって、県議会議員が関係する多くの企業が倒産に追い込まれ、また地方自治体そのものも一気に債務超過になるという事態が起こります。
当然、県知事や市町村長の責任問題になりますし、最悪の場合には役所の機能が崩壊します。さらに、県の財政で生きていた地方銀行が経営破綻に追い込まれ、地方債の償還も出来なくなります。

良く言われる話ですが、「地方は高速道路が欲しいのでは無く”道路工事”が欲しい」というのは土建業界だけの話で、それ以外にも高速道路を目当てにしているダニのような連中が沢山いるという事を忘れてはいけません。
「道路四公団」が例え大赤字になっても、その前に荒稼ぎを目論む輩(やから)にしてみれば関係ない話で、そういう系の連中が地方議会や”族議員”には多いという事が情け無いことです。世が世であれば「非国民」と言われても仕方が無い連中です。”民営化推進委員会”の審議を批判している連中が悲壮な顔をしているのは、本当に首を吊らなければならない危ない橋を渡っている連中が多いという事で、江藤さんが言う「命に代えても凍結を阻止する」というのは本当に命が懸かっているからです。
(02/08/24)


PD−29 今は見えない不良債権

前回の「高速道路問題」の話で、道路そのものの採算性以外に周辺で「凍結」されては困る事情が有るという話をしました。

この中で、関係地方自治体が抱える関連用地の処理が非常に深刻な問題となります。例えば、関西新空港が完成した後、その周辺の開発物件が売れずに大阪府が莫大な借金を背負っているのと同じ事が高速道路が計画されている周辺で起きます。
このような各地の様々な「開発公社」が抱える用地は多くが財政投融資からの借入金で、その大元は「郵便貯金」です。郵便貯金は銀行預金と違って一般企業に資金を融資して運用益を得るのでは無く、財務省資金運用部に”運用の丸投げ”をしています。その多くは”第三セクター”に貸出されたり、官営の”地上業者”である各地の「開発公社」に流れ、多くが不良債権化しています。確かに郵便貯金の残高は数字の上では莫大な額ですが、無責任体質の役人に運用を任せたために莫大な焦げ付きになっています。高速道路計画が”ご破算”になれば焦付くのは明らかですので、最終的には郵便貯金の払い戻しが出来ないという事態になります。政府が銀行へのペイオフを強引に進めている最大の理由は、莫大な焦げ付きの有る財政投融資に対して銀行から郵便貯金への預け換えを誘導し、それで一時的な穴埋めをしようと考えているからです。

「不良債権」というのは一般に銀行の不良債権を意味すると思うでしょうが、それは倒産などにより法手続上確定した回収不能債権の事で、法手続に至っていない場合には数字が確定しません。銀行の不良債権が年を追う毎に増えるのは、自分達の高い給料を確保するために中小企業を無理矢理倒産に追い込んで換金しているからで、「銀行が強盗をしているに等しい」ものです。その結果として不良債権が確定するので減らないわけです。余談ですが、毎日のように銀行が強盗に襲われていますが、強盗が強盗に襲われているだけで、同情の余地は有りません。ただ、可哀想なのは現金輸送を請け負っている警備会社の警備員で、これからは何時拳銃で撃たれるか判りません。基本的に現金輸送は銀行員がやるべき仕事ですが、警備会社に委託すれば強盗の被害に遭っても保険金で穴埋めされるため銀行側の実質被害は有りません。従って、拳銃で撃たれた警備員は”撃たれ損”という事になります。今後、警備会社の現金輸送は割が合わなくなると思いますので、銀行員が命懸けでやる事になると思いますが、先に言ったように「強盗が強盗に襲われる」だけの話ですので、”同士討ち”ということです。

話は”見えない不良債権”に戻りますが、実は多くのサラリーマンが住宅ローンを借りて購入した住宅の大半が「隠れ不良債権」です。ご承知のように土地の評価額は毎年値下がりしていますので、現在の路線価で勘定し直せば何倍もの額の住宅ローンを返済することになります。
住宅ローンが返済出来ている内は見えませんが、仮に会社をリストラされ、無職になったという事が銀行に知れたとしたら大変な事になります。
ローンの返済が三ヶ月遅れればローン保証会社に債権が渡り、直ちに競売の手続きが行われます。不動産競売は人が住んでいようが関係無しに勝手に進みますので、対抗手段は限られます。困ったことは、裁判所の不動産鑑定士や執行官とヤクザ系不動産業者が裏でつながっていて、非常に安い金額の最低価格を決めてしまいます。弁護士も競売事件は勝てない事が判っているので何の役にも立ちません。この問題は警察も判っているのですが、完璧な民事事件なので手が打てないのが実情です。
日本の法律は、「お金を返さない人間はナマケ者だから人権は無い」という誤った考え方に凝り固まっています。つまり、「返済出来ない事情」というのは想定していないわけです。これは”世間知らず”が裁判官になっているからで、処置無しです。
それはそれとして、住宅ローンの残高から競売価格を引いた額が実質の不良債権になるのですが、銀行は保証会社から残金の全額が「代位弁済」されるために銀行の不良債権にはカウントされません。
保証会社と借り手の間の債権になるだけですが、こんな物は返済する必要は有りませんので、この焦げ付きが本来であれば銀行の不良債権になります。
住宅ローンの残高の有る方は、不良債権予備軍ですので、表に出ていない不良債権は”莫大”なんてものでは有りません。また、住宅ローンを完済された方でも、イザ売る段になれば安い額になりますし、高額な不動産取得税やそれまで支払った固定資産税は”取られ損”という事です。
おまけに、今後は”空き巣狙い”や”強盗”が増えますので、持ち家の方は住んでいるだけで命懸けになります。

これから先、世の中がどうなるか判りませんが、「不良債権」とか「貿易収支」とか「平均株価」とかの数字に追いまくられるのはヤメて、もっとアナログ的に物事を考えるべきだと思います。
(02/08/26)


PD−30 従来型価値観の崩壊

京都には幾つかの高速道路が有ります。
一番最初に通ったのが名神高速道路で、インターチェンジは「京都東」と「京都南」の2箇所だけですので、この区間だけを走る人はアホです。
京都観光の方を除けば、大半は京都を通過して空気を汚すだけです。
割合新しいのが「京滋バイパス」で宇治から滋賀県の草津に抜けるルートですが、トンネル区間が多いために料金が高く、夏場はフロントガラスが虫ダラケになり、洗車代が余分にかかります。
それとは別に京都市の西のはずれから亀岡を抜けて丹波方面に抜ける「京都縦貫自動車道」という中途半端な自動車専用道と、中国自動車道の吉川(よかわ)から福知山を経由して舞鶴へ行く「舞鶴自動車道」というこれも中途半端な道路が有ります。それと、京都の南部から奈良へ抜ける「京奈和自動車道」というのが有りますが、和歌山の「和」は幻です。
もちろん、名神高速を除いてはガラ空きの状態で、走行する時の注意点は「覆面パトカー」と「たぬき」です。地元の人は並行している国道を走りますので、一体何のために建設したのか未だに良く判りません。

京都は縦に細長いためか特異なケースだと思いますが、日本という国土も長細い地形ですので全国で同じような問題が起きています。
高速道路が無い地域の方は「高速道路は悲願」だと思っているようですが、実際に出来て見ると「タダの迷惑」にしかなっていないものが有ります。
京都はその典型的な例だと思います。

このように、「高速道路=地域経済の活性化」と暗示に掛かっている人が多いのですが、こう言う方々の大半は道路が出来るまでに”あの世”に行かれる方ばかりで、先の事まで考えていません。
同じような事は企業にも言えていて、「雪印」や「日本ハム」などが典型的な例ですし、「松下電器」や「NEC」などでも同じような問題を抱えています。

企業活動が初期の段階は、社長も含めて社員が一丸となって営業や生産を担当して徐々に信用力が付くのですが、全国規模に大きくなると小売店や生産者を回らなくても「テレビCM」を連発するだけで勝手に売上が上がります。問題は、社員の意識が有る時点で現場から離れ、「如何にインパクトのあるテレビCMを打つか」という感覚になってしまう事です。
最終的には”牛”や”豚”に触った事も無い人間が本社で営業企画をやるようになって、このザマになったわけです。

東京や大阪に本社を置く企業は、多かれ少なかれこのような傾向が現れています。「売れるデザインを考える」、「売るためのキャンペーンを打つ」、「シェアを取るための競争力をつける」、「主婦にインパクトの有るCMを制作して流す」。これらは総て”邪道”です。
マーケティング理論から考えれば、これこそが”王道”だと思うでしょうが、「販売戦略」とか「市場原理」というのは総て”邪道”です。そこには生産者も消費者も無く、「ゲーム感覚」の”お遊び”に過ぎません。日本IBMが「ビジネスはゲームだ!」という馬鹿ゲタCMを流していますが、こんなCMを「何か変だゾ!」と思わないほどIBMの社員は感覚がマヒしています。
問題は、それがIBMだけで無く、多くの企業に蔓延している事です。

それでは、シェアが”ナンバー1”になった後の事を考える事にします。
市場シェアを取れば「勝ち」だと思っているのも一種の暗示で、現実は非常に危険な状態になります。例えばコンピュータ業界で長らくNo.1の地位であった「コンパック」は昨年9月11日の同時テロ事件で多大な損失を被り一気に転落しHPと合併してしまいました。国内でもパソコンの売行き不振でシェアの大きい企業ほど多額の損失を計上しています。
長期スパンで考えれば「シェアNo.1は被害もNo.1になる」という事で、「ビジネスの勝者」どころか「滅亡の最有力候補」という事です。

「高速道路が出来れば経済が活性化する」とか「市場シェアを取った者が勝者だ」とかの従来型自己暗示は一度”ご破算”にして、本当の勝者とは何かを考え直す時期に来ていると思います。
”本当の勝者”とは、戦わなくても済む状態のことだと思います。
(02/08/28)



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