シバケンの単なる雑談NO.8

単なる雑談NO.7
単なる雑談NO.5 単なる雑談NO.6
単なる雑談NO.3 単なる雑談NO.4
単なる雑談NO.1 単なる雑談NO.2

題目一覧表

目次

雑談NO.9

160.夏祭りのハナシ(10) ナーキーさんとるーちんさん(1)

159.夏祭りのハナシ(9) おでん

158.夏祭りのハナシ(8) たこ焼き屋はんのハナシ(1)

157.夏祭りのハナシ(7) 準備(2)

156.夏祭りのハナシ(6) エラソオなオッサン

155.夏祭りのハナシ(5) 準備(1)

154.夏祭りのハナシ(4) 打ち合わせの告げ口

153.夏祭りのハナシ(3) 近所の告げ口

152.夏祭りのハナシ(2) 長男、失踪のハナシ

151.夏祭りのハナシ(1) 地蔵盆のハナシ

150.京都府立文化芸術会館(12) 絵心のハナシ

149.京都府立文化芸術会館(11) 芸術家のハナシ(3)

148.京都府立文化芸術会館(10) 芸術家のハナシ(2)

147.里帰りのハナシ(4)

146.里帰りのハナシ(3)

145.里帰りのハナシ(2)

144.里帰りのハナシ(1)

143.京都府立文化芸術会館(9) 芸術家のハナシ(1)

142.京都府立文化芸術会館(8) 芸術とは

141.京都府立文化芸術会館(7) インターネットのハナシ(3)

雑談NO.7


160.夏祭りのハナシ(10) ナーキーさんとるーちんさん(1)

こういうトキにこそ、そのヒトの性分が如実に現れる。
と、そこまで云うたら、云い過ぎや。多寡が、町内会の行事やないか。
さりとて、こんなことが、何日も、続くよおやったら、ナンとか云わんとアカンやろ。
オバハン、オバハン、お店のマエに、二人も要らんのや。コッチも、手伝おておくれえな。
オイオイ、お客さんになってしもてたらアカンやないか。アンタの担当は、おでんの売り子やで。
そやけど、数時間もしたら、終わるのやし、お隣からも、援軍が来てくれてます。
コレマタ、そのヒトの性分やし、私にしても、ヒマでボケーッとしてるより、忙しいホウがケッコウ。
ご来賓の挨拶で、ナンの演説があったのか、福引きで、ダレがナン等に当たったのやら、画面に映ってるのやけど、感知セズです。そんなこと、嫁はんに任しとけ。
それにしても、ゴボ天と、ちくわはヨオ似てる。区別がし難しなった来たのや。
始まった頃は、天空も明るかったから、ナンとかなってたけど、次第に、夏祭りらしく、薄暗おなって、雰囲気が出て、更には、お天道さんもナクナッたら、お鍋のナカに、ナニがあるのやら、サッパリ分からんよおななったのや。ライトは何カ所にあるのやけど、私にしてみたら、余計な場所ばっかり照らしやがって。
応援のオッサンも、コレではアカンなあ。家にアルし、ライトでも、持って来たげよか。是非、お願い致します。
そんなことで、明かりが増えた。増えた頃には、お客さんの出足も、ヤヤ下火になったけど。なったから云うて、マダ、完売はしてナイのです。
本日のおでんは、198食の予定。開店から、二時間で、150食が、裁けてる。
前年度のことらしいけど、余る分がアルから、現金販売もしたらしい。結果、アトから券を持参したヒトには、おでんが当たらんかったラシイ。ソラ、数に限りがあるのやから、余計に売ってしもたら、ナクナッテしまうがな。
それで、どおしたのやろ。折角、おでんを貰いに来ても、売り切れてしもてたら、アホみたい。大袈裟に云うたら、詐欺行為。この券はどおしてくれるのや。まあ、おでんくらいで、モメルことはナイやろけど、晩ご飯の、オカズにでも予定されてたりして。
その原因は、ハッキリしてます。責任者が、回収した券の数を把握してナイのが、マズ、ダイイチで、現金販売するならスルで、スル数を、把握しとかんとアカンやないか。
コンカイも、198食に対して、230食やから、計算上は、32食余ることになる。そやけど、ご来賓の面々には、タダで接待するらしい。その数が未知数。
タブン、5名から、10名やないかとのことやけど、十名としたら、22食、余ることにナル。そしたら、22食分は、現金売りしてヨイのやけど、余ったら、余ったで、打ち上げ会に出してしもたら、ヨイのやないか。
打ち上げ会やったら、全品、揃ってナクても構いません。カタチがイビツでも構いません。モノが有ったらヨイのです。
実際問題、お鍋の底になった、ちくわもゴボ天も、取り出すトキに壊れてしまうことがアル。タマゴにコンニャクはアンシンやけど。
そんなハナシもあったから、券は十枚づつ、ホッチキスで止めて、更に、五十枚づつ、封筒に入れて、缶のナカにシモテたのや。
その券を入れた封筒が、ボチボチ、三ツになるし、もお、一頑張りであることは把握出来てます。
細々と、かり出されてた売り子さんも、頃を見計らっては、大釜から、おでんを持って来てくれて、補給をしてくれる。補給のタビに、手伝ってもくれます。
イズレにしても、客足の峠は越したのです。ここまで来たら、気分的にも、余裕も出て来たのです。
応援の、オッサン二人も、ホカの用事がアル。
ライトを持って来てくれたヒトは、ご苦労さんなことで、夜の見回りやて。も一人は、お子さんが居てるから、ソレの面倒。
さて、そこで、当日は、たこ焼き屋はんのオバハンは予定外でビックリしたけど、予定してるヒトがアルのです。
インターネットなるモノで、お知り合いになった、「パステル・ナーキー」さんと「るーちん」さんご夫妻が、ここまで、押し掛けて、来ることになってるのです。
何処のダレかの、無関係な、ご来賓のご挨拶みたいなモン、私にしても、鬱っとおしい。
福引きにしても、当たる可能性があったら、ヨイのやけど、部外者には、ハナから、無関係。
私にしても、この手のモノには無縁です。そしたら、カラオケの時間からならヨイのやないか。
そお、思て、コレくらいならと、時間を連絡してたのや。それが、20時です。
その時間になっても、マダ、現れませんのです。余りに遅かったら、終わってしまうやないか。終わってしもたら、意味がナイ。ナーキーさんなる御仁が、その雰囲気を味わってみたいとのご希望やからです。
今宵は、アルコールがアル。カラオケもアル。お菓子、ビールに、チューハイは充分やから、そっちのシンパイはしてません。
それどころか、お菓子も、ビールも余ってる様子。チューハイは、聞いてナイから知りません。ジュースも、沢山、アルらしいです。
たこ焼きは、嫁はんが売り子でやってるけど、おでんからは、遠くのことで、分かりません。云うても、数メートルで、ヒトが、並んでるから、タブン、繁盛してるのやろ。
要するに、お店で忙しそおなんは、おでんとたこ焼きだけ。
アトはヒマそおで、役員さんに、お菓子をドオですか。
身重の売り子さんが、薦めてくれるのです。
そやけど、貰おとしたら、客が来る。
(00/09/23)


159.夏祭りのハナシ(9) おでん

夏祭りの会場となる公園の片隅には、物置小屋があって、そこに、大釜がある。
何時間も交代で、やってるのやから、おでんの味付けも充分。
ソレをお鍋に移す作業が残ってます。
お釜に満遍なく、分散するよおに、タマゴ、ゴボ天、ちくわ、こんにゃくの数を数え乍ら、奥方様連中が仕分けしてるのです。話しかけたら、叱られそおな雰囲気。
人数も充分で、私なんかが手伝うスキもナイけど、イチオウ、おでんの責任者として、無視も出来ません。
挨拶がてら、
「スミマセンねえ。」
それで、イエイエ、どおいたしまして。とかの返事やったら、その場はお暇して、お店の準備でもスルつもりやった。
こころが、ナニを聞き間違えられたのか、勘違いされたのか、
「そおですか。味見をしやはりますか。
ナニがエエやろなあ。ゴボ天はどおですか。」
ナンで、そんな風に聞こえたのか。そやから云うて、単なる挨拶のことやから、イヤイヤ、そんなこと云うてません。ケッコウですとも云い難い。
ゴボ天かいな、折角やったら、タマゴがヨイのやけど、贅沢を云うたらアカン。黙って、ゴボ天の半切れを頂いたのや。
頬張ったら、熱いで。
ソラ、大釜のを、直接、頂いて、スグにも口に入れてしもたのやから、ショウガナイ。そやから云うて、奥様方の目の前で、吐き出す、ワケにもイカン。火傷する程でもナイから、必死にコラエタけど、味がカライのや。煮詰まり過ぎてるで。そやから云うて、コレマタ、イマ更、ナニも出来ませんがな。
どおしたモンやろ。私がそのことを、正直に、告白するべきか、ドオかを、迷てたら、
「カライでしょ。
お酒のおつまみやから、そんなモンでヨイのとチガイますか。」
そしたら、この奥様方も、シッカリ、試食は、したはったのや。私は、お酒は苦手やから、お酒のおつまみが、カライのがヨイのか、甘いのがヨイのか。カライのがヨイやろけど、辛過ぎるのやないか。
ではあっても、スキそおな、その奥様方が断言しやはるから、そおナンやろし、ソオしとけ。全部を私が食べさせられるワケでもナイわいな。
味見の感想は、省略してしもて、
「そしたら、お店の設営でも、して来ますわ。」
私が、ノンビリ構えられてられてたのも、ここまでやった。
その、おでんのお店の設営やけど、単に長椅子に、コンロを置いて、お鍋を置いて、お箸に、からしに、容器など、適当な場所に置くだけやけど、コンロに着火したら、風がキツうて、スグにも、かき消されてしまう。
ソレ、衝立や。持って来てクレ。ヤレ、ガム・テープで固定しよ。そのガム・テープは何処かいな。ここにも有ったホウがヨイのとチガイますか。トカトカ、色んなヒトが、手伝おてくれるから、助かります。
ソオ、思てたら、早速にも、ヒトが近寄って来たのや。しかも、手に手に、おでんの予約券を持ってるやないか。
腕時計を見たら、開店時間になってしもてます。
店のマエには、イツの間にやら、売り子担当の奥様方が、二人、待機してるのや。
そして、ハイ、三人前やて。
ハイ、一人前です。
お鍋を持参して、ソレに、五人前やて、入れたげてな。
本来は、私と、奥様方の売り子さんが四人やから、注文受付、盛り付けから引き渡しまで、全部やってしもてくれる、ハズやった。
それよりも、売り子さんも、エエ歳したオバハン連中で、アアや、コオやと、船頭さんばっかりになってしまうのやないか。五月蠅いことやけど、我慢、我慢。我慢しとこ。
エエ歳云うても、オナジくらいの歳やけど、私なんかは、邪魔やろから、遠慮して、ウシロの席にでも座ってしもて、足でも組んで、腕組みして、タバコでも吸い乍ら、集まった、おでんの券の枚数でも数えてましょう。
始まるまでは、その、ツモリやったのに、甘かった。
マズは、二人の売り子さんですけど、人生経験豊富なブン、私などより、ウワ手やった。店のマエに陣取って、券の受け渡しと、盛り付けた、おでんをお客に渡す役を担当するのです。
ナンヤナ、ソレ。そんなモンに、二人も要るもんかいな。一人で充分やで。
そやけど、お客さんが、モオ、ソコに居てるのやし、お釜は、私の眼のマエにあるのやし、文句を云うてるヒマはナイ。
それにしても、アトの二人は何処に居てるのやろ。
一人は、準備のトキには居てたのに、始まったら、自分がお客さんになってしもて、飲みに行ってしもてます。
早いハナシが敵前逃亡。でもナイのや。ご来賓等、ご接待用のおでんだけは調達しに来るのやから、シッカリしてます。
も一人は、細々と、コマメに動くヒトやから、色んな雑用を、仰せつかってしもてからに、ナカナカ、ここには、到着出来ませんのです。
オイオイ、こっちの担当やでと云うてやりたいけど、もお、ドッチでも宜しい。そのヒマがナイくらいに忙しいのや。
ジュースに、お菓子、缶チューハイなんか、モノがモノやから、右から左で、簡単やからなあ。
おでんは、お鍋から、四品を選んで、取り出さんとアカンから、タイヘンなんやで。
とは云え、こういうトキには、援軍が出現するのです。
隣のチューハイ担当の、オッサン二人。
余りにヒマなモンやから、私のヤッテルことを、お手伝したげましょと云うてくれたのです。
アア、助かった。
(00/09/22)


158.夏祭りのハナシ(8) たこ焼き屋はんのハナシ(1)

このハナシを開始したトキは、マダ、熱かった。
イマや、ダイブ、涼しくなって来たけど、町内会の夏祭りのハナシです。
さて、開催時間、間近。
云うても、マダ、時間が時間やから、天空も明るいのに、アチコチで、ヒトが動いてると、ナンとなく、気ぜわしくなって来るのです。
生ビールが届いて、店長さんが、ヤリカタの講習を受けてます。店長さん云うても、組長さんのことやけど。
カラオケの設備もソレ屋はんが準備をし出すは、注目の、たこ焼き屋はんも到着して、屋台を設営したはります。
その、たこ焼き屋はんです。
屋台のオッサン、オバハン、そして、その息子さんの三人が来たはる様子。更に、ヨオ見たら、そのオバハン、知ってるヒトやがな。
知ってる云うても、私が十年近くマエに、左足の骨折で入院中、オナジ整形外科の病棟に入院してたヒトで、ヨオ肥えて、肥え過ぎて、動くのが大変で、自力では、歩けへんかったのや。
病名は聞いてナイけど、ご当人が云うには、肥満病。それで、整形外科はオカシイけど。
そんなことやから、更にヨオ見たらて、そこまでセンでも、体形で、スグ分かる。
そのオバハン、最初は、松葉杖で移動してたけど、その松葉杖が爪楊枝みたいに見えて、折れてしまうのやないかとシンパイしてたら、車椅子になった。
その、車椅子もパンクするのやないかとシンパイしたくらい。そやけど、お医者さんは、自分の足で歩けと云うから、マタ、松葉杖。
そこまで云うたら、ウソになる。単に、小柄のワリに、横幅が広いだけ。
かと云うて、体形そのまま、顔の輪郭から、眼のカタチ。カラダつきから、喋り方まで、コロコロして、愛嬌があって、可愛らしいヒトなんです。出来ることなら、私がその脂肪を分けて欲しいくらいです。全部は要りませんけど。
病棟の休憩所で、そんな馬鹿話でも、気軽に出来る、明るい気さくなオバハン。
お医者さんは、病院食しか採ったらアカンと云うのに、若い看護婦さんに、看護婦の実習生とか、入院中の、動ける若いモンを見つけては、
「週刊誌と、漫画が欲しいなあ。
ツイデに、パンでも買おて来ておク。ソオやなあ、お菓子も欲しいなあ。
ナア、お願いやから、一生のお願いや。」
そお云うて、大層に、両手で拝むのや。
それではアカンはずやけど、不思議に病院では痩せるらしい。そやから云うて、私の入院中の数ヶ月、外観からは、ナニも変わってナイよおに、見えてたけど。
そやけど、退院したら、太ってしもて、減量のタメ、入院して、痩せて、退院して、マタ、戻って来てしまうらしいのや。そんなことで、整形外科病棟の大ボスで、何処から仕入れて来るのか、病院の隅から隅の、裏情報も、知ってる、知ってる。五月蠅いくらい、知ってます。
特に、アノ先生は、何処から来て、何処へ転勤した。ナンとか先生の彼女がナンたらカンたら。あの看護婦さんはなあ。
私も、そおか、そおか、ナルホド云うて、相づち打って、聞いてるのやけど、音楽に、地名に、人名なんかは、音痴そのもの。半分以上、分かってナイ。
兎に角、憎めんオバハンやから、私も退院してからも、何回かは、通院せんとアカンので、様子だけは見に行ってやったのや。
そもそもが、入院中、オンナのヒトは、オトコの病室に、ズカズカ、入って来て、ヒマか、ヒマやったら、ハナシなどしやへんか。
とか云うて、休憩所に連れ出されるのやけど、オトコは、ご夫人の病室には遠慮してました。入り難いし、入る用事もナイからや。
退院してしもたら、気をつかうこともナイ。
「まあ、来てくれやはったん。オオキニ、オオキニ。
食べるモンはアカンけどなあ。」
ナニを請求されても、私のお見舞いの品は、病院の売店で調達した、週刊誌だけ。
それより、オバハン、オバハンて、云うてますけど、私より、年下です。そこまでは知ってたけど、たこ焼き屋はんとは知らなんだ。それこそ、苗字と、お歳と、体重だけで、私の倍はアル。
「お久しブリで。」
「アレまあ、ここの町内やったんか。
アルバイトにかり出されて、来てるのや。」
「それにしても、マダ、まん丸にはチガイないけど、細ったなあ。」
「そおなんや。マダ、月に二回、通院してるのやけど。
それより、このマエ、息子さんと来たはったなあ。」
これは、二男の指の骨折のトキのハナシやろ。
私は気がついてなかったけど、このオバハンも居てたのや。
そんなことより、早よ、おでんの準備をやらんと叱られるがな。
(00/09/21)


157.夏祭りのハナシ(7) 準備(2)

このヒトは、打ち合わせでも、仕切りたがるのです。
それで、物事が早いこと決まるのやったら、結構やけど、混ぜ返すだけ、混ぜ返して、よおやく、まとまって、オワリそおになったら、雑談を始めてしもて、ナカナカ、おわらへん。
しかも、ハナシの内容は、イツも自慢話。エエ加減にしてクレ。とも、陰の声。
アンナ、コンナでイロイロありますけど、そんなことバッカリ云うてたら、アキマセン。全体的にはオモシロイ人達ばっかりです。
建築関係、水道関係、官公庁勤務。ナカにはイエロー・ハットの店長さんまで居たはります。
カラオケの舞台設営では、私なんか、モノを運ぶか、見てるだけしか能がナイ。
モノを運ぶにしても、重たいしなあ。材料を所定の場所に配置してしもたら、アトは組み立て作業。その作業も、手慣れたヒトがやったホウが早いしなあ。何人もがやっても、邪魔なだけやしなあ。
仕方がナイから、見てるだけになる。それでは、気がずつナイし、申し訳ナイし、手の余ったモンは、お店の場所を決めたり、ポスターを貼ったり。
最初っから、担当を決めといたらヨイのやけど、決まってナイから、思いつくがママにやってます。決まってたから云うて、自分の担当分が終わって、ハイ、さよおなら。とも云えません。
やるべきことが、全部、完了せんことには、引き上げることも出来ひんし、引き上げても、イツ、出て来るのか、ハッキリ、決めて頂かんことには、困るしなあ。
それにしても、設営するヒトはテキパキしたはるのです。それをヤッテル人、全員が、建築関係かドオかは知りません。持ったはる道具、手際からは、ソオとも思えます。縄の結びカタでも、解けんよおに、結ぶのは、私には、真似出来ひんしなあ。
船頭さんが多いのやから、多少のもめ事もショウガナイ。私等は、傍観者を決め込んで、ナンでもヨイから、早よ決めてクレ。肝心なことだけ、早よ決めてクレ。
そおこおしてる間に、子供会の行事も順調に進んで、イヨイヨ、おでんの味付け開始。
大釜も、何処からか、借りて来て、ガス・ボンベも取り付けて、材料も、役員の奥方全員で手分けして、調理は出来てるのです。
何年か前には、O−157事件があった。それで、当時は、生物は辞めましょうとなったらしいけど、生物て、当初から、ナニもナイ。
ツギには、和歌山のカレー事件があった。そやけど、アソコの団地がドレ程の戸数か、大所帯みたいやし、ナカには、ヘンなヤツも居てるやろ。
ここにも、イツ何時、気の狂うヤツが出現の可能性もアルけど、こんなトキこそ、役員には、警察屋はんも居ることや。ドッチニしても、火を使うから、役員が順番で監視です。
O−157も、和歌山のハナシも、打ち合わせでは出てません。もお、忘れられてしもたのやろか。
おでんについては、イマまでは、役員さんの各ご家庭の味付けやった。それでは、味がバラバラやないかと、苦情があったらしいです。
そんなことが、ヨオ分かることことです。ナン食も喰って、初めて、分かることやし、一人二人の意見やとは思います。私なんか、ナニを食べさせられても分からへんのに。
それで、コンカイは、全部をまとめて、味付けすることになったのです。区長さんもマジメやから。
ソレだけのことやったら、好みの問題で、味がバラバラも、マタ、一興とは想いますけど、ソレを云うたら、マタ、モメルから黙ってた。
それよりも、管理の面からは、一括したホウがヤリ易いから、コレで正解です。
イヨイヨ、夕方の五時。本番間近。
大したことは、してないのに、汗で、カラダがベタベタやから、シャワーでも浴びて、出直しです。
(00/09/09)


156.夏祭りのハナシ(6) エラソオなオッサン

当日は朝から夏祭り会場の設営。
テントを張ったり、カラオケの舞台を組み立てたり、おでんの煮込みをしたり。
夏祭りと云うても、二部構成。
朝方は子供会の主催で、くじ引き、テレビ・ゲームに、焼きソバ。そのアト、夕方から本番の夏祭りの手筈。本番は大人が対象。
テントを張るのも、以前なら、やったことのナイ人ばっかりで、半時間ほど掛かったけど、手慣れたヒトも多なったから、僅か、十分で完了。完了したら、そのテントで、子供会の開催。
その会場の設営中、或るヒトが、目配せをしたのです。マタやなあ。そんな感じで。
その目配せだけで、意味は分かってます。ここで、こんなことを云うのもナンやけど、エラソオにしたがるおヒトが居てるのです。
エラソオにしやはるのも、諸般の経験者やから、アル程度はショウガナイ。何事も、ダレかが指示せんことには進みません。
経験者やから、遠慮なく、指揮してくれやはったらヨイのやけど、その仕方が高飛車やから、気に入らんと、陰の声がアルのです。ハッキリ云うて、私も同感です。
そもそも、挨拶さえ、無視されることがアル。挨拶なるものは、顔を合わせれば、自然にスルもので、意識的にするものではナイ。そやけど、合わそおとはしてくれんことがアルから、困ってしまうことがアルのや。余程、ご機嫌がヨイときなら、こっちからお辞儀したら、してくれる。
云うたら悪いけど、嫁はんも、お子さんも、同様です。お子さん云うても、トックのムカシに成人したはるのや。通常なら、ソバにヒトの気配でもしたら、そっちを向いて、隣近所とか、顔見知りなら、会釈くらい、スルもんや。まあ、云うたら、失礼やけど、ヘンジンです。
そんなことで、先方からサキに挨拶なんか、シテ頂いたことはナイ。そんなことくらい、一向に構いませんけど、せめて、こっちがしたら、普通に会釈くらい、返してくれてもヨイのです。
そして、会場の設営では、ホウボウに指示してるのです。ナンとかクン、コレを計ってクレ。オイ、ナンとかクン、コレを持って来てクレ。アレ、やってクレ。
そこらで用事をしてるヒトでも、片っ端から捕まえて、指示をするのです。指示は構いませんけど、このおカタから、ナンとかクンと呼ばれる筋合いはナイのやで。
イチオウ、年輩者やから、皆さん、我慢はしてるけど、年齢がウエだけのことで、それ以上のことは、ナニもナイ。
小さい頃からの馴染みやったら、年齢差なるものは絶対的。クンで呼ばれよおが、呼び捨てであろおが、ナンの抵抗もナイ。そんなモンやと思てます。
学校、会社の先輩、同級生でも同様で、ナンとかクンでも、ナシでも、ナンでも結構。
そやけど、後輩から、クンでは問題や。岡山では、金属バット事件に発展してしもたくらいです。そもそも、野球部で、後輩からチクチクやられたと云うことは、余程、馬鹿にされてることにナル。そやから云うて、金属バットで殴るのはアカンけど。
ここの場合は、会社ではナイ。殆どのヒトが、亀岡の学校出身者ではナイから、先輩、後輩も無関係で、幼馴染みでもナイ。
年齢差はあっても、イチオウ、対等のハズやから、クンはナイのです。基本的には、「さん」が無難やし、京都の場合なら、「はん」でもヨイ。
陰の声を、もっと、云うてしもたら、それだけとはチガウのや。ナンでも、決まったことにまで、横やりを出す。
テントの場所から、提灯の配置。電源容量、椅子の配置まで、些細なことにまで、横やりを出したがる。
細かいと云うマエに、全てのことに対して、ご当人に相談もナク、決められてしまうことが気に喰わんのやろ。そやけど、限度もわきまえて欲しい。
右でも左でも、どっちでもヨイことで、アアやコオやと、延々と議論されたら、ハタ迷惑。
トキには、全員が、右のホウがヨイと思てることでも、左がヨイと、意地を張る。もっとも、右がヨイから云うて、絶対と云うワケでもナイのやけど。その程度のことやから、右左の議論は、無駄な時間。
マタ、始まった。アッチのホウで、右左のハナシです。その目配せがあったのや。
こっちは、朝の早おから、出て来てるのやから、テキパキ、サッサと完了してしもて、シャワーでも浴びて、仮眠でもしたいのに。
そやけど、こんなヒト、何処にでも居てるのやで。
ソオ云うたら、何処かの会社にもこの手のウットオシイ、オッサンが居てました。
(00/09/08)


155.夏祭りのハナシ(5) 準備(1)

町内会の役員さんは、何人、居てるのやな。
ナンやカやと、二十名近くも居たはって、そのヒト等の職種は様々。技能もイロイロで、お人柄もバラバラ。
最初の役のトキは、私も引っ越したばっかり。ホカのヒトも、似たよおなモンやけど、右も左も知らんヒトだらけで、借りて来た猫みたいやった。
年齢層もウエからシタまで、様々ではあるけど、丁度、私くらいの処が多いのです。至極当然のこと乍ら、二十年マエから、そっくり、そのまま、オナジよおに、歳を喰ってしもて。
二十年も経ってたら、オナジ団地にどんなヒトが居てとか、分かってもヨイのやけど、数えられるくらいしか、知りません。
役員会でも、何回か打ち合わせもしてますけど、イマだに、あのヒト、ダレやったかなあ。見たことはアルけど。とか、そんな調子です。嫁はんが代行で出席でもしやはったら、余計に分かりません。
そんなヨイ加減なヤツは私くらいなもんで、近所のヒトをヨオ知ったはるおヒトもアルのです。
オツキアイを積極的にしたはるのか、趣味が広いのか、記憶力がヨイのか、ヨオ知りませんけど、ウラヤマシイもんです。
私なんか、何回か、役目を仰せつかったお陰で、お知り合いになってるのであって、そおでもナカッタラ、ナニかの行事のトキに、顔を合わせるだけ。
肝心の、夏祭りのことやけど、何回かの打ち合わせで、内容も、具体化して来て、私の担当は、おでんの責任者。嫁はんは、たこ焼きの売り子はん。
おでんは、主要な出し物になってるし、材料手配の関係もあって、予約制。集計したら、198食になったのです。キッチリの材料ではアカンから、230食を準備することになって、品目は、タマゴ、こんにゃく、ゴボ天、ちくわ。余った32食はどおするのやろ。
予約したヒト、全部が受け取りに来ることはナイやろし、一部、現金販売でもしたらとか、イヤ、前年は、予約したヒトが居たのに、品物がナカッタから、モメタとか。
ご来賓の分は、確保しといて欲しいのや。その来賓は、何名になるのかも、分かってナイのやで。ドナイせえと云うのやろ。
そしたら、現金販売の数は、責任者の裁量に任せますやて。責任者て、私やないか。
私なら、喰い物の恨みはコワイから、一切、現金販売はナシ。余ったやつは、打ち上げ会にでも、出してやる。そのホウがアッサリしてるし、ドッチミチ、夏祭りの明くる日、打ち上げ会がアルのや。
ソレ以外は、全て、当日の現金販売になってるけど、果たして、たこ焼きはどおなるのやら。
出来上がったモンを加熱するのはオモシロナイ。コンカイが、初の試みやから、その場で造ってやろやないですか。云うのは簡単やけど、焼き上がるまでには、時間が掛かる。生焼きにでもなったら、美味しいことナイで。ソレやったら、ダレか専門家でも、頼めへんやろか。
たこ焼きは人気がアルやろし、何食にしたらヨイのやろ。材料を沢山仕入れても、造れるのやろか。
役員さんのナカで、道具一式から、持ち主の専門家のアテまでがアルのやけど、マダ、ハナシはしてナイし、確約も取ってナイやて。
アテにならん専門家をアテにしてても仕方がナイ。ダレか責任者になってくれへんか。それで、責任者に立候補するヒトも出現したのです。
立候補者の、本職は知りませんけど、ソレ屋はんではナイ。雰囲気からして、似合てるヒトではありました。
結局は、当日になってから、本職のヒトが応援に来てくれることになったのや。
まあ、云うたらナンですけど、こんな打ち合わせは、主催者が、ある程度、骨子を決めてからでないと、ハナシが堂々巡りにナルのです。
そのウエ、ナニを考えてるのか、勘違いしてるのか、自慢話など、スルお人も居るから、余計に時間が掛かる。云うたらナンやけど、マタ、始まった。
やっとのことで、材料の買い出しとか、道具の手配。
それこそ、役員のナカには、JR嵯峨野線の、丹波口駅にある、京都中央市場に勤めてるヒトがアルのです。こおなると、毎年、役員でもナイのに、材料調達のお手伝いを頼まれたはるのです。
実は、私の従兄弟も、中央市場に居てるのです。私が骨折して、入院してたトキの同部屋のナカにも居てました。
私も電車通勤のトキは、丹波口駅やったけど、ナカには入ったことがナイのです。用事がナイから。
そんなこと、どおでもヨイけど、詳細が決まったのは、前日の夜やがな。
(00/09/07)


154.夏祭りのハナシ(4) 打ち合わせの告げ口

マタマタ、ナイショの内緒のハナシです。
私の住処は、世帯数、百軒ソコソコの小規模な区です。
私はやったことがナイから、詳しい内容までは知りませんけど、小規模ではあっても、それを代表する区長なるモノはタイヘンと思います。
理由は、世帯数の多寡で、任務が軽減されることもナイからで、区長には区長としての役目が沢山あって、相当な時間を取られるから、時間の余裕がナイと、シンドイです。そお簡単には、時間の余裕のアル人は居てナイから敬遠される役職でもアル。
その区長を補佐する立場で、副区長と会計がアル。その三つを三役と称してます。この三役は、共々、責任がアルから、各組の回り持ちになって、割り振られた組の方針で決めるのです。
立候補がナイなら、クジ引きとか。
仮にでも、私に、区長さんにでもなってクレと云われたら、どないスルやろ。くじ引きでは逃げヨオがナイ。ソレ以外なら、チョッと肩書きがチガウから、まだマシです。
まあ云うたら、区の運営も難しいモンで、ナンでも長が付いたら、タイヘン。
それやったら、組長にも、長は付くけど、これは、大したことナイのです。組長なるモノは、単なる連絡役で、且つ、雑役担当。順番制で決めてしまえる程度の、気楽な役です。
それもあるし、百軒くらいで、一つの自治体を形成するのは、中途半端とは思てます。もっと、沢山の戸数なら、それなりの人材も居てるやろし、場合によっては、そういう、世話好きなおヒトも出現する可能性がアル。
歴史の有る地域なら、有力者とかが、居たはって、ワケも知らんと、立候補でもしょうもんなら、村八分にされてしまう危険性もアル。
京都の町内ではそおでした。区長さんなんか、タイヘンな役職で、相当な家柄の資産家がやってました。組長からしても、似たよおなモンで、ナン年でも、オナジ組長さんやった。
私が下京に棲んでた期間でも、一回くらい代わったのやろか。代わるにしても、ツギのヒトが内定してて、拍手だけで決まるのです。
そういう意味では、我が区も、イチオウ、団地が出来て、二十年になる。いわば、次第に歴史も出来て、役員の任期も一年やから、それなりに、区長経験者も増えてます。
組長にしても、私でさえ、二回目。勿論、新陳代謝もアルから、新しく、引っ越して来たヒトも含まれてますけど、区長さんだけが、その役の未経験者。
ところが、そのホカの役目で、区長経験者が含まれる場合もあるのです。
実は、コンカイの役割分担がそのよおになってます。役員のウチ、二名が元区長で、現区長は未経験者。
経験者が何人か居てくれたはるホウが、その分、マチガイも少のおなるから、安心感はアル。
その代わり、船頭多くして、船、山に登る。こんな、コトワザもあるから、どおなることやら。
タカが町内会の運営で、山に登ってしまう程のことはナイし、登ったところで、知れたモンです。
区長さんはナンと云うても、区の代表者として、責任のアル立場やから、経験者を旨く使おたらヨイのやし、それも、区長さんの役目ではアル。そやけど、ナカナカ、そおもイカンのです。
イヤ、クレグレも、タイヘンな役割でアルことは分かってます。分かったウエでの内緒のハナシです。
そんなことで、色んな人間模様があって、オモシロイです。
私はそのナカに居てるから、面白がってばっかりも居てられません。船頭さんが多過ぎて、被害を被るのは、ナニを隠そお、私共、兵隊さんやからです。
どんな、被害を被るかと云うと、ナニを決めるにしても、ヤルにしても、時間が掛かってしまう。あっちから、コレを頼まれ、こっちから、アレを頼まれる。どないセエと云うのや。
この夏祭りの打ち合わせにしたかて、三十分もあったら、決まりそおな内容のことが、二時間も掛かったり、一回でヨイのが、何回も招集されたり。三役さんもタイヘンですけど。
原因は、色んな意見が出て、勿論、ソレも良かれとの思いでアルことは理解してますけど、予測不可のハナシも出て来るのです。
そおかと云うて、私共が下手に意見を出したら、余計にモメさせることになる可能性までもが孕んでるから、黙ってよか、ドオしよかと、迷うこともアル。兵隊さんとしたら、ここら辺りの、判断も難しい。
それもアルし、一つの問題で、色んな解釈が飛び出すこともある。
そんなトキこそ、決めた方針を明確に示して、これでヤルと云うてしもたら済むハナシもある。
細かな解釈の相違まで、一々取り上げてたらキリがナイのやけど、三役さんもマジメ過ぎると云うのか、ナンと云うか、真剣に考えてしまう。真剣過ぎて、誤解があったり。
抽選会にしても、遅れて来たらドオなるのやとの質問があったのや。
そんなモン、その場に居てなかったら、資格喪失が常識。そやけど、理屈を云うたら、そのことも、明確にしとかんとアカンのやないかとか、エライ、モメルのです。結局は常識を採択。
夏祭りの出し物をドオするか。前例があるのやし、原則、それに即したらヨイのやけど、今期は今期の特徴も出したい。これはヨイことです。
その一つが、たこ焼きとなった。たこ焼きは、道具もさることながら、そもそもが、ド素人で可能やろか。皆がシンパイして、モメにモメて、担当を増やすことになったのや。
二つ目が、カラオケで、大画面のスクリーンを持ち込むのやて。借り代にン万円。お金は予算がナイから寄付を募るのやて。
三つ目は、おでんの味付けにスジ肉を使うことと、お鍋は、大釜でやって、準備は役員さんの奥方全員集合。
それ以外は、例年どおりで、生ビール、日本酒、チューハイ、ジュース、枝豆、お菓子。
ハナシがドンドン具体化したけど、肝心の責任者をドオするのか、ソレが決まってナイ。
云うたらナンやけど、責任者を割り振ることになったら、一組からの順番やろな。
そしたら、計画書の最初に大物のおでんが書いてあったら、ソレが一組やで。そお思てたら、案の定、そおなってしもた。
奥方連中は、販売担当。おでんは大物とかで、三役さんの奥方も加えて、四人やて。
それなら、私なんか、出る幕がナイやろし、店長宜しく、見てるだけでヨイのとチガウやろか。
その目算は、当日、判明したけど、大誤算。
マア、薄々は、甘いのやないかとは、覚悟してたけど。
(00/09/06)


153.夏祭りのハナシ(3) 近所の告げ口

それでや。
こんなこと、ここだけの、ナイショの、内緒のハナシやけど。
その転勤のヒトが最初に組長の引継を頼まはったのは余所さんやったのや。
ところが、やれませんと、断られやはったから、私にヤッテクレとなっただけですわ。
ナンで断らはったかは知りません。私のホウは、断る理由も見当たらへんから、引き受けた。
その断ったおヒトが、ダレとは云わんけど、先日、こんなことを云うてたと、何処かから、私の耳に伝わった。
ナンとかさんは、これで、やっと、組長が二回目やて。
このおカタですけど、京都出身のヒトではナイから、こんな云い方ではナイし、このナンとかさんは、云うまでもナク、私のことですがな。
そやけど、アタマに来ることを云うヤツです。
マズは、ナンで、あのとき、断ったのや。私の場合、区の役員は、マエの組長が最初で、ツギに子供会、そして、体育振興会が廻って来たけど、ダレかみたいに、二の五の云うて、断ったことなんか、イッペンもナイのやで。
云うたらナンやけど、全部、巡り合わせのことで、私の意志なんか、ナニ一つナイ。こんなこと、自慢にもならへん。断るだけの勇気がナイだけやから。
云うてるご当人にしたかても、組長は、ツイこのまえ、二度目をやっただけやないか。そやのに、ナンで、マダ二度目やて、アンタに云われんならんのや。
こんなこと、夏祭りにはナンの関係もナイけど、このおカタに対する愚痴話。クレグレも、ダレやとは申してません。
イヤ、こんなおカタも、何処の町内にでも居たはると、思います。特に、私に対してだけ、アホなことを云うてるのでもナイ。ダレにでもです。
余所さんに、ドンなことを云うてるかまでは触れません。私とのヤリトリだけにしときます。
マズは、このカタ、トキドキ、オカシナことを云うと、ウワサでは知ってました。そやけど、喋る機会もナカッタから、どんな具合かは知らなんだ。
最初、区の溝掃除があったトキ、オナジ組のヒトでもアルし、単なる世間話で、
「エエお天気になって、よかったなあ。」
そお云うたら、
「そうだねえ。だけど、雨が降ると云ってたよ。」
実は、このおカタ、こんな口調です。いかにも、関東弁みたいやけど、そやないのです。関西でもナイけど、こっちに、何年棲んでるのやな。マダ、20年そこそこやから、ショウガナイのかなあ。それにしても、ナンで、関東弁やろ。あっち方面に棲んでたとしても、数年のことやで。
そんなこと、どっちでもエエ。ご夫婦共々、この口調で、似た性格です。
それより、この口調でやられたら、関西人の私としたら、余計に突っぱねれてるみたいな感覚にもなってしまうのや。
口調だけやったらヨイけど、そんな返事だけして、サッサと、余所へ行く。
ナンやな、私を嫌てるのかいな。そお思てたら、思い出したみたいに、こっちに来るから、
「お子さんは、元気にやったはるのか。」
「ダメだよ。云うことを利かんからさあ。」
それだけ云うたら、マタ、踵を返して、余所へ行く。早いハナシが、ナンのハナシをしても、続かへんし、愛想もナシ。
オナジ組やけど、ナニかの行事以外では、顔も合わすこともナイのです。折角、合わすのやから、この機会に、多少なりとも、言葉でも交わすのが、近所のオツキアイです。
「来年は、組長さんやなあ。ご苦労さんやけど、頑張ってや。」
「ホントだよ。タイヘンだよ。
そっちは、イイじゃないか。マダ、サキだからさあ。」
アホかいな。
そんな返事を返されたら、アホラシなってしもて、返す言葉がナクナッテしまう。エラソウに、関東弁でもカマヘンから、せめて、
「そおだねえ、宜しく。」
くらいにしといてクレ。
ナニも、アンタだけがタイヘンで、ホカのヒトなら気楽でもナイのや。何年先であっても、ヤルのは、オナジことやで。
これが、新興住宅街の悩みの一つでもあるのです。
幼馴染みやったら、アホかバカタレ。
これを云える相手かドオかも分かってる。喧嘩になっても、ヨイのか、アカンのか。こんなヤツ、最初っから、相手にせんとことなるのかも、判断出来てます。
途中からの近所づき合いやから、何処のナニ兵衛さんか、前歴にまで、突っ込んだハナシは、したことがナイ。性格を掴むにも、年数が掛かるのや。
それなら、ソレなりに、お互いの礼儀もあって、表現もアルのやけど。
ここまで、バラして、ナニも、弁解までスルこともナイのやけど、このおカタの名誉のため、申し添えときます。最初っから、こんな調子でもナカッタのです。多少はその気(ケ)もあったけど。
そやけど、夏祭りにカコツケテ、こんな告げ口もセイセイする。
幾らナンでも、近所では、云うたらアカンしなあ。
(00/09/03)


152.夏祭りのハナシ(2) 長男、失踪のハナシ

ハナシがチガウけど、ノート・パソコンが元に戻りました。
この件でも、イロイロあったけど、これは、ベツの機会にやることにする。
さて、私が当地に引っ越したトキ、長男は、歩けてたけど、二男はハイハイ。
ハイハイとは、返事のことではナイ。幼児が、両手両足でのハイハイです。
引っ越すナリ、その長男が行方不明になりやがった。引っ越したばっかりやから、ちょっと、散歩のツモリで外出したけど、帰るにも、家が分からんから、迷子にでもなったのやろか。
探す云うても、地理がどおなってるのか、サッパリやから、当時の区長さん(この団地は区です。)にお願いして、近所のヒトにも頼んで、捜索したのです。そやのに、数時間、辺りが、ボチボチ、暗おなるのに、見つかりませんでした。
そんなことやから、時間の経過と共に、最悪のことまで想定したのです。
かと云うて、誘拐は考えてナカッタ。誘拐するにしても、身代金を要求せんとアカンやろし、それなら、お金持ちが相手やろ。私が候補にナルはずがナイ。
最悪とは、完全に迷子になってしもて、トンでもナイ場所に行ってしもたとか、交通事故に遭おてしもたとか、そこらの溝に落ちてしもたとか。
団地の周辺には田圃がある。ちょっとした、川みたいな、溝もアル。そやのに、蓋がナイ。
その溝は、何回も覗き込んだけど、ナニもナイ。底に沈んでしもてたら、分からへんからなあ。田圃のホウやったら、範囲が広過ぎて、探しようがナイ。暗おなったら、余計に分からへんからなあ。
コレは困った。イヨイヨ、警察にでも、捜索願いを出したホウがヨイのやろかと考え出したトキ、近所の子等が、別働隊として、動いてくれてて、カタカタを発見したと云う。
カタカタとは、小さい子が、押して歩くオモチャです。動かしたら、カタカタ鳴るから、カタカタやけど、ソレを見つけたと云うのです。
何処でて、国道九号線のムコウ側には、焼き肉屋が有る。シタは駐車場で、二階がお店。
そのお店に上がる階段の処にカタカタがあったから、タブン、ソレやないかとのことです。嫁はんが確認したら、息子やった。
マサカ、国道のムコウとは、想定さえしてなかった。ナンでて、信号がアルとは云え、小さな子が、クルマの多い国道を、一人で横断するハズがナイと考えてたのや。
そのとき、カタカタを見つけてくれたのが、オナジ団地で、長男とオナジ名前のお兄ちゃん。中学生くらいやったと思うけど、オナジ名前だけに、一生懸命、探してくれたのです。
それにしても、カタカタだけで、ヨオ、分かったなあ。それをイツか聞かんとアカンと思てたのに、その出来事から、数年後、彼は急死してしもたのです。
その出来事は、寒い時期やったけど、お盆の季節になったら、このことを、思い出すのです。
ところで、長男が焼き肉屋に出向いた原因やけど。
タマには、外食でもしよかと云うてたのに、ナニが原因か忘れたけど、私が、エライ、怒ってしもて、中止にしてしもた。
それで、長男が、一人で外食に行ったのです。ナニも焼き肉屋が目的ではナイのやけど、当時、近くでは、ソレ以外に、目立つお店がナカッタだけのこと。
こっちのホウは、そのアトで、家族全員で、焼き肉を食べに行ったのや。お店のヒトに、そんなハナシもしましたけど、行ったのは、その一回だけ。値段が高かったのやろか。
団地に引っ越して、最初の出来事は、この失踪やったけど、ツギの出来事は、組長をやることになったことです。
その当時、我が組は7軒しかナカッタのが、現在では15軒。
組長なるモノは、イチオウ、順番制になってるのやから、イマ、20年を経過して、その間に、二三回は、廻っててもヨイのやけど、コンカイで、二度目です。
かと云うて、巡り合わせと云うか、一回もしてナイおカタもアル。
私の場合は、その間、ホカの役をやったり、やらされたり、約束事が変更されたりで、その順番制の約束事が、やっと、5年マエに決定したのです。
このママなら、ツギに組長が廻って来るのは、15年後になる。そしたら、私もン歳やから、生きてるのやろか。
その初回の組長のことやけど、そもそもは、私のハズではナカッタのです。
ヤル予定のヒトが、急遽、転勤で、変わってクレとの要請があったから、任期途中に組長を引き継いだ。
途中云うても、一ヶ月短かっただけです。
そのトキには、夏祭りはナカッタ。
振り返ってみたら、一番、時間を取られたのは、子供会。ツギが、体育振興会。
組長は、そんな、大層な役でもナイのです。タイヘンなんは、配りモンとか、集金、連絡で、嫁はんのホウです。
子供会は、子供がその資格範囲を過ぎてるから、ヤルことはナイ。
そやけど、体育振興会は、可能性がアルし、三役なんかが廻って来たら、タイヘンなことになる。
(00/09/02)


151.夏祭りのハナシ(1) 地蔵盆のハナシ

本来なら、8月24日が地蔵盆。
ナンでやて、毎月24日がお地蔵さんの縁日で、特に、7月24日の縁日が地蔵盆。
そやけど、これは旧暦のハナシやから、一般的には、月遅れの、8月24日にしてるのや。
そして、ナンでか知りませんけど、地蔵盆は、お地蔵さんが有ってのハナシとなってます。
イマの町内会は、新興住宅街やから、お地蔵さんがアラヘンのです。そのウエ、平日では、お仕事を休まんとアカンから、開催は、その前後の土曜か日曜が殆どです。
どおしてもやったら、お地蔵さんを、貸してくれるお寺はアルのです。
四条通りの壬生寺がソレで、お地蔵さんが沢山有るから、新興住宅街の町内会の役員さんが借りに来やはるのやて。
ホカにも貸してくれるお寺はアルやろけど、壬生寺は、私が通った郁文中学校のソバにアル。かの有名な、新撰組の壬生駐屯地であったお屋敷も、その東側にアルのです。
そんなことやから、この時期、壬生寺のお地蔵さんも、出張で忙しいことやろ。
我が家の近所にも、ナンの云われがアルのか、お地蔵さんが点在してます。
お地蔵さんは、幼くして夭折してしもて、死んだことさえ分かってナイから、あの世に往く手前の、賽の河原で、無心に遊ぶ子等、道に迷おて泣く子等を、取って喰うてしまうと云う、コワイ鬼を威喝して、優しく、導いてくれやはるのやて。
そんなことで、そこらにお地蔵さんがあったら、モシカシテ、そのソバで、幼いお子さんが不幸に遭遇されたのか、あるいは、子孫の安全を祈願してるのか。とも思うのです。
地蔵盆と、お盆は似て非なるもの。お盆は本来、先祖供養で、7月15日。これも月遅れの8月にしてる。
そして、お盆は各家で行うモノで、この時期、国道筋には、花が供えてあったりすることがアル。国道九号線の、老いの坂にもありました。これは、交通事故で、亡くなったカタへの供養やろ。
地蔵盆は、幼子が対象やから、夭折した子等の追善のための、子等によるお盆の行事となってます。云うても、小さい子等にそんなことが分かるハズがナイけど、何処かのお宅にお坊さんを招いて、皆で、数珠廻しなどしながら念仏を唱えのや。
実際、京都のトキにはやってました。町会長さんのお宅に、お坊さんが来られて、大きな数珠を回したモンです。数珠廻しにナンの意味がアルのか、サッパリ分かりませんでしたけど。
町内に、お地蔵さんは有ったのやろか。お寺が一軒あったから、そこに祀ってあったのかも分かりませんけど、イタズラで、忍び込んだこともアルのやけど、お地蔵さんは見たことがナイ。
ではあるけど、地蔵盆は盛大やった。
通りには、提灯なんかもブラ下げて、家々には、行灯もブラ下げて、ロウソクを灯したモンです。
オヤツもあったし、福引きもあった。ゲームは、輪投げとか、ナン種類もがあったけど、ナニをやったか、忘れてしもた。
余興も、その町会長さんのお宅でやった記憶がアル。小学生時代やけど、同級生と、二人羽織をしたり、手品をしたことがアル。
手品云うても、机のシタに、ダレかが隠れて、品物を手渡してくれるのや。
そんなモン、タネもシカケも丸見えや。そのウエ、台本にはナイのに、調子に乗ってしもて、ヤッテル途中で、隠れてるヤツまでが出てシマイヨルのやけど、私は手品師をやってたから、ナニを馬鹿なと、その相棒を蹴飛ばしてやった。それを、演技やと思て、観衆は大笑い。アホクサ。
福引きには色んな手法が使われた。
畚(ふご)と云うたのか、サカナを入れるビクみたいなモンやけど、ソレをケーブル・カーみたいに道路と家の二階で引っ張って、抽選の番号札を入れて、シタに降ろす。ナニかが当たったら、景品をソレに入れて、シタからウエに送ってやる。町内会の役員さんは、エライ、手の込んだこともしてくてたモンです。
この畚は、私が小学生時代にやらはったけど、一軒づつ、二階に持ち上げてたら、時間が掛かって仕方がナイのと、二階がナイ家があって、一回だけで、辞めたのや。それもアルし、電線が危ないのやろ。
盆踊りもやりました。中学、高校のトキやったか、それこそ、近代兵器の蓄音機と拡声器。そして、レコードなるモノを持ち出して、「お富さん」とか、フォーク・ダンスの「第三の男」もやったのや。
フォーク・ダンスなんか、同級生のオンナの子にでも遭遇したら、緊張してしもて。
そやけど、トキドキ、蓄音機と、レコードの回転数が合わへんかったり、音が飛んでしもたり、針が飛んだりして、大騒ぎ。その後は、テープ・レコーダーに変わったのや。
云うたらナンやけど、当家のオヤジは、電気屋はん。商売用の売り物のハズやのに、提供してたから、盆踊りは、イツも、私の家のマエ。
それも、参加者が少のおなって、イツの間にやら、ヤンペになってしもたけど。
有ったら、有ったで、お地蔵さんのオモリもタイヘンです。
ダレかが、毎日、お線香に、お茶、お花、お菓子とかの、お供えも、センとアカンのです。シヤヘンかったら、どおなるのか。そこまでは知りませんけど、ホッタラカシではアカンやろ。面倒を見ることが出来んよおになったら、お寺にオモリを託するのが無難です。それで、壬生寺に集まってるのやろ。
そのオモリのことを考えたら、ナイならナイで、ナイほうがヨイ。
それでも、夏祭りやて、ヘンな名称にセンでも、地蔵盆としてもヨイのです。
地蔵盆の行事やから云うて、お地蔵さんのマエでやってるワケでもナイ。
ワザワザ、何処ぞの役員さんが、壬生寺にまで、借りに行ったはるのに、イランことを云うて、ケチを付ける気はナイのです。
アレば、アルに超したことはナイのやから。
その夏祭りですけど、この団地が出来て、20年以上が経過して、今年で、15回目。
ツマリ、途中から、ヤルよおになったのです。
(00/09/01)


150.京都府立文化芸術会館(12) 絵心のハナシ

芸術家の、「るーちん」さんなる女性は、そう云う意味では、芸術家風ではナカッタ。
モトモト、合おたこともナイのやから、こんな風貌、髪型で、どんな服装とか、ナンの想像もしてナカッタし、先方も、私のことは知らんのやから、お互いに、想定のシヨウもナイ。
そんなことやで、京都府立文化芸術会館の正面からではナク、裏口から出現した、何処ぞの中年夫婦。ソレが、無生展のマエを通り過ぎた。
と思たら、スグ前の立て看板を見て、コレやとか、ナンやとか、頷いてる。もしかして、出展者のダレかの知り合いか。或いは、単なる物好きかと思てたら、受付のマエにやって来た。
作品を拝見してもヨイかと、訊ねるのか、ダレかを呼んでクレと云うのかと思たら、あろおことか、イキナリ、ご当人の名前が飛び出して、居てるのかと聞くモンやから、「るーちん」さんも、ソラ、ビックリされたことやろ。
私にしてみたら、受付の女性が、訊ね人とは夢にも思てナイ。ご当人にしてみたら、不意打ちに遭遇したよおなモンです。
とは云え、ダレでも初対面はそんなモンです。お互いに、姿カタチは知りませんけど、インターネットなる世界を通じて、概略のお人柄は、分かってます。
概略だけなら、「るーちん」さんなるヒトは、合うマエから、性格的に可愛いらしいと思てました。ヒトの嫁はんに、オベンチャラを表明することはナイけど、事実、可愛い女性です。
そして、私なんかが、芸術家の作品について、下手な批評を云々出来ませんけど、芸術家としての、「るーちん」の作品には、人柄に相応しく、暖かいモノは感じました。オナジク、ご主人の「ナーキー」さんのは、スガスガしさを感じたのです。
後日、「るーちん」さんからは、絵葉書を頂いた。その絵も、「るーちん」さんの作品です。
展示の作品の素材は、花。絵葉書の素材は、おそらくは、虹。イヤ、おそらくではナク、間違いなく、虹です。スペクトル分析された七色が、巧みに、表現されてます。
自分で云うのもナンやけど、私は、生物はマッタクの苦手。学校で教わったことで、たった一つ、覚えてるのは、メンデルの遺伝の法則だけ。
ましてや、草花の名前なんか、数種類しか、分かってナイ。草花がキライと云うワケではナイ。見るだけなら結構やけど、覚える気がナイのです。こういうのは、嫁はんが得意の分野です。
そやから、これからサキ、私にとっては、盆栽イジリなど、トンでもナイことになる。盆栽ではナイけど、母はやってます。狭い場所を独占するから困ってます。後始末はこっちの仕事。余計に、草花をイジクルのがイヤにナル。
ソモソモが、面倒臭いのが、イヤやのに、ナニを思たのか、息子等が父の日のお祝いにと、草花をくれたのです。
ナンの手間ヒマもイラン、サボテンやった。ナカでも、水もやることさえ不要な種類やから、マダ、枯れずに、腐らずに、鉢は壊されず、針も折られずに、無事、部屋の片隅に飾られてます。
その置いてる場所だけが、二三度、変わった程度です。
そんなことで、花も虹も、その共通点は、天然自然やけど、私の趣味からしたら、絵葉書に描かれた、虹のホウが、気に入ってます。
ナンと云うても、虹は、太陽と、水滴と、大気がナカッタラ、出現しません。これは、地球そのもので、いかにも、童心に回帰させてくれる。
それを云うたら、草花は、大地に根を張ってるから、もっと、地球に密接で、現実的で、シッカリしてるけど、虹のホウには、無限の浪漫がアル。
浪漫は、追いかけても、追いかけても、遠くへ逃げるけど、モトモト、浪漫とは、見果てぬ夢のことやから、追い掛けたら、逃げるし、ジッとしてたら、消えてしまう。夢は見続けてるのがミソ。
そやけど、夢がナイと、生きてても、ショウガナイ。ダレもが、ソレを、ナニとはヨオ云わんのやけど、明確な目標があるのは、素晴らしいことです。
私なんか、この歳で、マダ、その浪漫なるモノを探索中やから、人様に、エラソオなことを云う資格はナイのやけど、敢えて、弁解させて頂ければ、見つけ出すことを、焦ってもいませんのです。
その浪漫を、カタチにして、ヒトに表現して見せてるのが、芸術作品ではナイか。これは、私の勝手な解釈ではあるけど、そやから、虹の絵のホウが好みです。
さて、対象が芸術であろおとなかろおと、ナニか共通の特技、才能のアル人が、こんな具合に、切磋琢磨して、一同に、開示されるのもヨイものです。
更には、スポーツの世界には、体力的にも、限度がアルけど、この世界は何歳になっても活動が可能です。
トリアエズ、絵筆が持てればヨイ。アタマの回転が悪うなったら、アカンと云うこともナイ。
ムシロ、絵を描くことは、アタマの活性化にまで、繋がって、アルツハイマー病のリハビリにまで、効果がアルらしい。
この問題も、マズは、絵筆を持つ気がナイと、ダメ。
私は、それさえもが、邪魔くさがりやから、ダメです。
正直云うて、学生時代、イタズラで、先生の、似顔絵さえも描いたことはナイ。マジメには、一回だけ、描いたことはアル。
教科書の何処かにも、適当に、漫画でさえも、落書きしたことがナイから綺麗なモンです。
ソレが出来るヒトは、絵心の素養がアルのやから、ウラヤマシイことです。
キット、「るーちん」さん、「ナーキー」さんの教科書は、落書きダラケでボロボロ。
(00/08/30)


149.京都府立文化芸術会館(11) 芸術家のハナシ(3)

そもそも、芸術とは、ナニを意味するかと云うと、技芸、学術。
それを合わせて、芸術。
その技芸に秀でて、且つ、学術を収得し、発展させたヒトが芸術家と称される。
学術云うても、数学、物理学、経済学、栄養学のことではナク、美に関係したモノで、美を追求し、創作するヒトを、芸術家と云う。
そのウエで、芸術家とは、ナニを対象にしてるかと云うと、本来は、美術家、演奏家。
歌手も、声を楽器と化して、演奏してるのやから、芸術家やろか。ナルホド、その表現に相応しい、美声の歌手も存在する。但し、発声法なるモノを取得して、楽譜も読めるなら、芸術家に相応しいけど、流行歌手は、あくまでも、流行歌手。
イマは、ご当人の技量はソッチ退けで、音響技術が高度化してるから、ホントウの処、上手か下手かも分かりません。私みたいな音痴では、誤魔化しよおもナイけど、流行歌手を、ナンにもナシの、素っ裸にして唱わしたら面白いやろ。自分の歌でさえも、覚えてるのやろかとさえ、思うこともアル。
そもそも、十数歳で、登場して、人気があっても、単なる人気は、長続きをすることがナイ。原因は、基礎がナイからで、基礎とは、さっきの、発声法、楽譜の解読能力なるモノを云う。
はっきり云うて、出て来たと思たら、スグにも解散する、ジャリ歌手までを、アーチストなどと云うのは笑止千万やけど、芸術家などと、日本語に翻訳スルのは辞めてクレ。
生存競争の激しい芸能界で、歳取ってまで、残ってるヒトは、それなりに、尊敬には値するし、私もヒイキにしてるヒトもアル。それでも、芸術家などとは、夢にも評価してナイ。
殆どのヒトが、音楽の基礎でアル、楽譜すらも読めへんらしい。そんな歌手、作曲家が、ナンで芸術家やな。アホクサイ。
作曲してるのに、ナンで、楽譜が読めへんのか。
シンセサイザー(Synthesizer)なる電子音合成装置がアル。楽譜なんか、分からんかて、お気に入りの曲が造れたらヨイのやろか。一向に、構いませんけど、それでは、芸術ではナイ。
芸術には、感性も要求されるけど、偶然の産物ではナク、計算されてるハズ。計算云うても算数ではナイ。ここに、基礎的、学術的な知識がモノを云う。
そんな知識の裏付けがあって、シンセサイザーを操るのは大いに結構です。
私が云うのは、ナニも、学校で学んでものだけではナク、独学でもヨイ。そのウエで、芸術の世界には、天賦の才能がモノも云う。
この天性と云うのは凡人が逆立ちしても、追い付かんのやけど、ソレに学術的な理論を吹き込んだら、遠回りすることもナク、その才能が花開くと思てるのです。
ついでには、芸能界で、タレント(talent)なる表現も、やたら安売りしてる。タレントとは、日本語に翻訳したら、才能。
下手な歌や演技で、ナニが才能やろ。そやけど、タレントには、テレビ等への職業的出演者との意味も有るらしい。その解釈は、ムカシ、テレビがあったハズがナイのやから、アトから取ってくっつけただけやろが。
そもそもが、カタカナ用語は紛らわしいのです。そのものズバリで、テレビ出演者と自称すればヨイ。カタカナで、タレント業と云われるのは、どおにも気に喰わん。
ハナシが逸れてしもたけど、芸術、或いは、芸術家とは、ソレなりの格式のアル表現と、私はしてるのです。
そこまで、お堅いことを云わんでも、一芸に秀でたヒトなら、教室でも開いて、ヒトを教えるくらいは出来る。ソレくらいの知識、情熱がナイと、世間に通用する作品を創造するのはムリ。
そして、芸術家は、世間離れしてる。
これは、私の単なる先入観でアル。
芸術家としたら、そんなことはナイ。芸術家も、アンタとオナジ人間やから、地球の空気を吸うて、海の幸、山の幸を頂き、世間一般の、生活もしてるのやとでも云うのやろ。
それを云われても、アカンのです。オナジ人間であることくらい、私にでも、分かってます。
仙人やあるまいに、霞を喰って生きてられるハズがナイ。エラがアルわけでもナイのやから、水のナカで棲息もしてません。地球を支えてるのや云うて、逆立ちして、生活してナイことくらい、分かってます。何処かの異星人みたいに、体内に緑の血が流れてるワケでもナイやろ。
私の先入観で云う、世間離れとは、考え方とか、風貌、服装のことを云うてる。
それで、ドオなんやと問われても、それだけのことで、ダカラ、アカンとか、ヨイとか、そんなことは云うてナイ。イヤ、ムシロ、そのホウが芸術家らしいとさえ思てるのです。
ナンとかラシサは重要な要素でもアル。
そしたら、そおでナカッタラ、どおなんやと問われたら、ソレでも構いません。
世間離れとの表現をしても、私なんかに、そこまで深い思想が有って云うてるわけでもナイのです。
そやから、単なる先入観と云うてるだけ。
実際、無生展に居たヒトのナカには、イカニモ、芸術家らしき風貌のヒトも居てました。そおでナイおカタも居られましたけど。
かと云うて、無生展のへの出展者がダレかも、知らんのです。
その芸術家らしき風貌のヒトも、私同様、単なる見物人やったりして。
(00/08/28)


148.京都府立文化芸術会館(10) 芸術家のハナシ(2)

アッチコッチ、脱線してる間に、ナニを云うてたのか、忘れてしもた。
マエのハナシを読みナオして、やっとこさ、思い出したのや。
ソヤソヤ、私には、ナンの縁も、才能もナイのに、こともあろおに、芸術とか、芸術家のハナシをしてたのやった。
してるワリには、ヨイ加減なモンで、疑問も抱いてるのです。
その一つに、芸術、或いは、芸術家とはナニかと云うことがアル。くどいけど、私には、ナンの縁も、才能もナイのやから、ほっといたらヨイのやけど、そおもイカンのです。喉の奥に、引っかかってて、その引っかかりが、トキドキ、持ち上げて来る。
ソレは、アーチスト(Artist)なる台詞を耳にしたトキ。
特に、見たい番組もナイから、無目的に、テレビを見てたら、何処のドイツか、名前も知らんのやけど、テレビに出てるから、キット、有名人やろけど、日本人のクセして、アタマを黄髪に染めて、暗いスタジオのナカで、サン・グラスを掛けてるのや。タダでさえ悪い人相を、余計に悪うして、品のナイ言葉を連発して、アーチスト論をブチ挙げてたのです。
マトモには聞いナカッタけど、ハナシの内容からしたら、音楽の関係者やろ。
兎に角、エラソオに、私はアーチストとしての才能を発揮してとか、自分を自分で、アーチストでアルと、連発してた。
自分のことを云うのやったら、ミュージシャン(Musician)と云え。出来ることなら、日本語で、音楽家と云え。もっと、詳しくは、私にでも分かるよおに、作曲家とか、云うてクレ。アーチストなどと云われたら、範囲が広過ぎて、分からんのや。
ここで、一つ、私なりの定義を云うてオク。ミュージシャンの格ウエがアーチスト。つまりは、単なる音楽家を脱して、芸術にまで高めたのヒトのことを云う。
ましてや、自分で、アーチストなどとは、おこがましい。パッと見た眼には、単なる、チンピラで、ナンの風格もナイ。アーチストの敬称が廃ってしまう。
そもそも、アーチスト、或いは、芸術家なる表現は、ヒトそれぞれにチガってもヨイのか、立派な定義がアルのかです。
タブン、これは、各人任せで、ナンにもナイのやから、私の感覚で考えてみることにする。
まずは、昨今、この人相の悪いオトコ同様、ムヤミ、ヤタラに、アーチストなるカタカナ用語を氾濫させてるけど、これには、芸術家なる、立派な日本語がアル。
さりとて、私の感覚からは、アーチストと、芸術家では、更に、値打ちがチガウと思てるのです。ましてや、ミュージシャンと、アーチストは、チガウのや。
モトモト、言葉そのものには、語感があって、それ自体に、格みたいなモンも存在してるのです。
私が棲息する国は日本。
日本語には、それなりの格付けがアルと思てます。有っても、個人によって差がアルし、トキと場合によってもチガウけど、私のナカでは、芸術家と、アーチストなる表現では、格差が歴然としてる。
芸術家との言葉には、それなりの格がアル。アーチストには、単なるバーゲン・セール的な響きしかナイ。バーゲン・セールを日本語に翻訳したら、安売りのことやから、ナンでもカでも、アーチストでも奇異ではナイ。
私にとって、芸術家なる表現には、重みがアル。
簡単に説明したら、ナン世紀にも渡って、作品を残す、世界の巨匠に、カタカナ用語で、アーチストとの表現では失礼千万。日本語で、芸術家と称さなくてはナランのです。
英語圏の場合は、アーチストとの表現しかナイのやし、モトモト、自慢シイのお国柄の連中のことやから、自称、アーチストもショウガナイ。自国語を勝手に斯様な価値にしてしもてるのや。
世界の巨匠でアレ、趣味と実益でやってる、街角の大道芸人に至るまで、英語では、マッタク、オナジのアーチスト。
ソレを云うたら、日本にも、芸術家と云う言葉しかナイけど、この表現は安売りには的してない。
日本人の一部は、余所さんの真似をしたがるのも居るから、アーチストなる表現を安売りして、結果、自分等の価値を下げてるだけにもなってる。
テレビで、自分を、アーチストと称してたおヒトは、自称芸術家を、ワザワザ、カタカナ表現して、格好エエやろと、自画自賛してるツモリやろけど、これは、聞き苦しいだけ。
そしたら、街角の大道芸人、似顔の絵描きさん等で、素晴らしい技能を披露するヒトを、どのよおに表現したらヨイのやろ。
私の場合なら、大道芸人なら、上手やなあと思うだけで、ナニもナイ。
似顔を描くヒトなら、芸術家を目指すヒトやから、芸術家のタマゴとナル。タマゴと云うのは、頑張って、チョウダイとの意味が含まれてるのや。
つまり、芸術家とは、アル種、尊称にアタイするモノとなってる。
イヤ、私だけではナイやろ。隣近所のヒトでも、程度の差は有るやろけど、芸術家と表現する場合は、尊敬の念を抱いてるハズ。それは、そのヒトの才能と努力に対するモノ。
そんなことで、街角の似顔絵描きさんのナカからでも、将来、歴史に名を残す芸術家が出現の可能性もアルのは否定してません。
ムシロ、それを期待してるヒトが多いのやないか。
(00/08/27)


147.里帰りのハナシ(4)

姪は、ウドンの会社に勤めてたのですが、イマは、シールの会社に転職してしもた。
ヤッテル仕事は一人らしく、結構、忙しいのやて。
さりとて、二人でヤルほどの量もナイから、トキドキ、課長さんに、手伝おてもろてるらしい。
給料もヨイらしいから、それなりに、本人としては満足やけど、休むとその分、貯まってしまうからタイヘン。道理で、最近は、メールもクレませんけど、デートに忙しいとのハナシもアル。
その写真も、見せてはくれたけど、小さ過ぎて、サッパリ、分からず。そやから、見せたのやろ。
この里帰り。私のホウは、日程的に云うても、二泊三日で、ウチ、二日間はクルマのナカやから、パソコンも持参セズ。
タマにはそれでもヨイのやけど、私にとっては、特に、ナニかが有るワケでナシ。ヒマでヒマで、ヒマ過ぎて。
息子と姪は、お若いのやから、それなりに、ハナシも合うし、適当に相談などして、何処かへと、お出掛けです。
その姪も、マエは軽自動車やったのが、給料がヨイのか、ホンダのナンとか云うクルマを買おたらしい。マトモに買おたら、三百万円もスルのやけど、5年落ちの中古やから、安かったのやて。マトモなら、私のクルマなんか、新車でン台、買えてしまうがな。
私もホンダには乗ったことがアル。最初が360ccのホンダのNVで、ツギが水中眼鏡のZ(ゼット)。ホンダはバイクから出発して、軽自動車に進出。イツの間にやら、普通車を製造してるのや。
私なんか、クルマのハナシになったら、ワビシイ気分です。イマのも、ボチボチ、十年にナルから、クルマ屋はんからは、お勧めはショッチュウ頂くのです。私にしたかて、新車にしたいけど、そおはイカン事情がアル。
云うてしもたら、家計以外に、息子等の学資が膨大。余計な支出は控えてます。
控えてるけど、ここまで来たら、維持費がタイヘン。こっちに来るまえには、タイヤを交換。ついでに、オイルに、バッテリーも。
オイルは、このマエ、交換したのはイツやったのか。もしかして、去年の里帰りマエやったりして。
バッテリーは、数ヶ月マエ、タマタマ、ボンネットのナカを覗いたら、塩が噴いてたから、掃除はしたけど、冬までにはナンとかセンとアカンやろ。とは考えてたけど、旅先で、ナニか有っても困るから、この際、交換してオケ。
タイヤのホウは、私が運転する気なら、慣れてもいるのやから、マダマダ、我慢しとくけど、運転は、息子にもさせる気やから、安全のタメ、これも、この際です。
それだけを、交換してクレと、クルマ屋はんに頼んだら、このクルマは、十年目になるのやて。そんなこと、云われんでも、持ち主は私やから、分かってます。
そしたら、エンジンの、Vベルトの交換をやらんとアカンのやて。Vベルトは十年で交換しとかんと、下手したら、切れてしもて、エンジンが焼け焦げてしまうのやて。冷却出来んよおになるのやから、当たり前です。
そやから、絶対に交換センとアカンのや。それが分かった限り、Vベルトは交換するまで、運転したらアカン。マルッキリ、警察官の強制執行口調。
今日、明日にでも、突然、切れるワケでもナイやろけど、そしたら、明後日は、明々後日は、そんなことでもあるし、クルマも預けてしもてるのやから、イマ更、どおにでも、やってクレ。
お陰様で、保険代に始まって、この際、この際で、結局は、予定外のVベルトまで交換で、エライ、お金が飛んでしもた。
兎に角、最低限、息子等が就職シヨルまでは、グッと、我慢のオヤジです。アイツ等は、分かってくれてるのかいな。この気持ちを。
そやから、独身貴族の姪の、ナンとか云うホンダの中古車のことでも、聞かされてるだけで、マブシイのや。
息子等も、就職しよったら、サッサと自分の高級車を、買いよるのやろか。アホクサ。
里をお暇したのは、昼一番。
皆さんで、マタ、来なさいよと、云うてくれるのはヨイけど、手まで、振ってくれるから、派手がましいことです。都会ではナイから、見物人は居てませんけど。
途中、詫間電波高専を通過して、商店街に。
実は、奇妙な縁で、この電波高専の出身者を二名も知ってるのです。ここは、優秀な高専やから、単なる大卒程度は軽く負けてしまうやろ。ケッシテ、オベンチャラではナイ。既に、中学生時代には専攻を決めたのやから、生半可なモンではナイのです。
そして、突然、長男が、「ココやで。」と云うたのです。
ココとは、詫間の商店街の家具屋さん。
そのココが、二男とオナジ大学に入学したオンナの家やて。しかも、オナジ、テニス部に入部してるらしいから、世のナカは広いよおで狭いです。
それにしても、家具屋はんだけに、立派な家で、イカニモ、資産家。イラン、シンパイやけど、下宿代、光熱費、食事代等々、仕送りがタイヘンやろ。当家では、真似出来ません。
コンカイは、場所を見つけただけ。夜も遅かったから、呼び出さんかったのやて。ソレで正解です。
その出掛けた日、連中が帰って来た時刻など、私は夢のナカやった。余所さんの大切なお嬢さんを、そんな遅い時刻まで、連れ回してくれたら、ドツイタル。
来年は、その子も誘って、花火などしましょうとか。それは、勝手にしておくれ。
ナニはともあれ、一家は、無事、帰宅したけれど。
その明くる日から、一週間、二男は、風邪でダウンしてしもたのです。
(00/08/26)


146.里帰りのハナシ(3)

家を出発して、小休止も含めて、里まで、約6時間で到着。
里には、義姉夫婦と、姪も来てくれてて、早速に、夕食の時間。
いずれにしても、亀岡で昼食を取って、夕食には間に合うのやから、隔世の感。云うても、イツの間にやら、二十数年が経過してるのや。
さて、その姪に関係したハナシです。
義姉の子やから、私とは血のつながりはナイけど、二男とオナジ歳でも有り、小さいトキから、成長の過程を知ってるから、可愛いモンです。
その姪から、私等の出発マエに、アル依頼があった。
「よーじや」の「あぶらとり紙」が欲しい。
そもそも、当家にはオンナの子が居てないから、「よーじや」も「あぶらとり紙」も、ナンのことやら、皆目、分からんかった。
それが、昨年、友達と一緒に京都にやって来て、ワザワザ、買おたとか、嫁はんが、イツぞや、頼まれたとか云うて。
場所は、四条の花見小路角の祇園店。
オナジ、「よーじや」が嵯峨の天竜寺界隈にもアルらしい。当然、嵯峨のマンションからなら、スグソコやから、調達は、私の役目になりました。
コレは、オトコが使うモノではナイから、お店には、オンナの子が多いやろ。そのウエ、観光地でもアルから、昼からでは一杯になる。せめて、朝のウチにと思たけど、甘かった。
お店はスグに見つかったけど、十畳ホドしかナイ、狭いお店のナカは、若いオンナの子ばっかり。
店員さんまでが、女性で、総数、20名くらいが居てるのです。
私なんか、若くもナイのやから、気恥ずかしさも薄れてる。とは云え、如何せん、敵さんが、多過ぎるのや。余所の子から、ヘンなオッチャンが、ナニしに来た。
そんなこと、思われるだけでも、イヤやけど、イマ更、それでは、出直して来ます。とも云えませんから、意を決して、店内に。
ガラガラと、ガラス戸を開けたら、案の定、一斉に、こっちを見られてしもて。これは、ナニも気のセイではナイ。
お客か、見物か、時間潰しかは、知らんけど、物色中のオンナの子は商品をアレやコレやと、騒ぎ乍らも、ヘンなモンでも見るよおに、チラチラと私を見よるのです。
私はお客さんやから、ヘンに気を使うこともナイのやけど、雰囲気が気に入らん。一人くらい、私以外のオトコが居ても、エエのやないか。せめて、二人居る、店員さんの片方はオトコにしておけ。不用心でも有る。私が強盗やったら、どおするのやろ。手には棒切れ一本、持ってナイし、ポケットの中味は財布と携帯電話だけやから、危険性はナイのやけど。
買いたいのは、「あぶらとり紙」。そやけど、商品の種類が沢山有り過ぎて、何処にナニが有るのかが分かりません。
口紅おさえ紙、おしろい紙、手鏡、コンパクトに、口紅まで置いてアル。余計なモンばっかりが眼に付いて、肝心のモノが見つからんのです。よおやく、置いてある場所を発見したけど、そこに、オンナの子が、集中してる。
流石に、人気商品とも云えるけど、この集団をナンとかセンと、商品に近づくことさえ出来ません。
どないしたモンやろ。エエ歳したオッサンが、オンナの子のナカに、無理矢理、割って入るワケにもイカンやろ。そやから云うて、物欲しげに、その一点を凝視してるのも馬鹿げてる。
こういうトキこそ、店員さんを呼べばヨイ。
「あぶらとり紙」を指で示して、あれが欲しい。
お客の数のワリには、店員さんはヒマ。会計に並んでる子はダレも居てないのや。ただ、アレコレ云うて、騒がしいだけ。
この状態では、年頃のオトコの子では、店内に入ることさえ、勇気が要ることやろ。
キッチリ、長男から、ヨオやるなあと云われてしもた。私にしても、その時期やったら、ヨオやらんわ。
この、「あぶらとり紙」は、「あぶらとり」と云うくらいやから、あぶらを取る紙であることは分かる。
ナンのあぶらを取るのかと云うたら、顔のあぶらやろ。ナンで顔のあぶらを取るのかは、お化粧を付けるマエの素肌を綺麗にしたいのやろ。若ければ、若い程、あぶらも多いハズ。
ナンで、顔のあぶらを吸い取るのに、普通の紙ではアカンのか。
そもそもが、金箔を造るときに使た和紙があぶらを吸い取り易いから、その要領で、金を圧延するみたいに、和紙を何回も叩いたモノが「あぶらとり紙」。
叩かれて、紙の繊維質が、緻密になって、あぶらを吸収し易うなるのやて。
ナンでもソやけど、最初にやったヒトはエライもんです。
そんなハナシは姪にはシテナイ。
したハナシは、足の指にまでマニキュアをしてるから、ナンのタメにしてるのや。
そしたら、自分で楽しむためやて。ホンマかいな。
髪の毛は染めてたのやろか。
幾ら私が鈍感でも、ハデハデの黄髪やったら、分かるやろし、分かったら、一言云うてるハズ。
ナニも云うてナイと云うことは、やってても、左程、目立ってナイと云うことや。
私のホーム・ぺージを、毎日、見てくれてるらしいから、ここで云うてオク。
日本人には黒髪が、一番ヨク似合う。
アホな芸能人の真似することはナイ。
真ッ黄ッ黄には、間違おても、したらアカンぞ。
(00/08/23)


145.里帰りのハナシ(2)

そんなよおなハナシなどしながら、舞鶴自動車道に入ったのです。
ここからサキは、殆ど、一般道路を利用することもない。
山陽自動車道を経由して、四国にまで到着してしまうことにナル。
ツマランと云えばツマランのや。単純に運転するだけのことで、何処かのサービス・エリアで小休止するかどおかを判断するだけのこと。
ヘンなハナシやけど、逆送してしまうのではナイかと、シンパイしてた頃が懐かしい。
ソレもアルし、以前は、中国自動車道から、播但道等を経由して、岡山ブルー・ラインを走ったことが有る。
この岡山ブルー・ラインの景色は抜群で、特に、片上大橋からの東備港の眺めは凄いのや。ここを、更に進むと、邑久がアル。
この邑久は、本来が、竹久夢二生誕の地。ところが、野球部の高校生三年生が、下級生とお母さんを金属バットで殺傷すると云う、衝撃的な事件を起こしてしもたから、ソッチのホウで評判になってしもた。
ソモソモ、邑久が竹久夢二の生誕の地と、どれ程のヒトが知ってるのかは疑問。正直云うて、私も、案内標識に、ソオ書いてあったから、ソオカと知っただけのことやけど、事件が報道されたトキ、それだけに、ビックリした。この邑久も、最早、通ることもナイ。
そんな次第で、特に、町並みを楽しむこともナク、景色に感嘆することもナク、適当な食堂、喫茶店を探すこともナク、タダ、ヒタスラに、事故を起こさんことだけを願て、運転するだけのこと。
ムカシなら、高速道路は死の道路。速度も出してるから、危険が一杯としてたけど、イマ時、一般道路との差は殆どナイのや。信号がナイだけ、運転も楽。横道から、ダレかが飛び出して来ることもナイのや。それだけに、却って、有料道路から、一般道路になったトキのホウが怖い気がする。
トリアエズ、その山陽自動車道の最初のサービス・エリアで、小休止して、ツギなる休息予定地の瀬戸大橋の与島まで、長男に運転を代われと提案。
その瞬間、二男の顔色が変わってしもた。
マダ、信用がナイと云うことやけど、ボチボチ、慣れてもらわんことにはショウガナイ。
正直云うたら、運転を交代して欲しいとも思ってナイのです。ムシロ、自分一人で最後まで、運転してしもたホウが気も楽や。二男やナイけど、マダ、全面的に信用してるワケでもナイ。
ナニより、事故に遭遇して、タイヘンな事態になったとしても、私なら、自身の身の不徳。
相手が有ったとしたら、その相手に対しても、我が家族にナニかあったとしても、その十字架は、私一人が背負たらヨイだけのこと。
十字架がアルのかナイのか、一寸先は予測不可の世界で、息子に命運を託すのも、余り、ヨイ気分でもナイ。とは云え、経験も積んで欲しい。
事故そのものは、当人の不注意、未熟さもアルけど、運もアル。
考え出したら、キリがナイけど、タマタマ、事故現場に突入してしもて、巻き添えを食うのも運。余所のクルマが居眠りしてよって、ぶつかって来られてしまうのも運。
トンネルの崩壊、落下物等々、可能性だけは数限りナク有る。運が良ければ、物損だけやし、悪が悪ければ、他人様の命まで奪おてしまうことになる。
一家だけで勝手に事故をやって、軽傷でスムことも有れば、カラダの一部、或いは、全部を再起不能にしてしまうこともアル。
そんな複雑怪奇な気分ではアルけど、アトは、息子に我が一家の命運を委ねることにした。
命運を託すとは、大袈裟なことやけど、私の命はドッチでもヨイけど、その程度の覚悟までして交代したのです。
そのウエで、無事、帰還出来て、当たり前。アア、楽しかったとなるけど、ナニかが有ったら、悲惨なことにナル。
もっとも、私が運転出来んかったら、託すしか仕方がナイのやし、他人さんのクルマに同乗するのなら、ナニか有っても、そのヒトに全責任を負ってもらうことにナル。
クルマとは、走る凶器。ソレくらいの覚悟を持って、運転スルべきとは思てるのです。
そやけど、有料道路では、色んな駆け引きも存在して、常識を無視したヤツが、沢山、居てるのや。
ヤタラ、マエのクルマを煽ったり、眼のマエで、フラフラと、右へ左へと、移動して、速度も中途半端で、鈍臭い、運転をしてるクセして、追い越そとしたら、急に速度を出して邪魔してくれたり。
ホンマにナニを考えてるのかと、アタマをカチ割って、中味を調べとおなるのも出現する。
兎に角、速度を競うこともナイ。煽る馬鹿を相手にしたらアカン。兎に角、安全運転第一や。そお云うて交代したけど、一旦、ハンドルを握ったら、そおもイカンのや。
速度を出すこともナイ。そんなに接近することもナイ。追い越すこともナイのやでと、思うし、云いたいけど、私も、運転中はそんなモンやろなあ。そお思て、グッと我慢あるのみ。
交代して、ホボ、一時間半で、与島に到着したころには、当人も、神経を磨り減らしたやろけど、私のアタマも重っ苦しい。カラダの節々までもが、痛いのや。
こんなことでも、忍耐と寛容の精神が要る。
来年は、二男にも経験は積ませたい。
そしたら、私の運転時間だけは短縮されるけど、果たして、気力が持つのかいなと、イマからシンパイにナル。
年間、何回、運転させるのかのことやけど、アタマのナカでは大激論。
(00/08/22)


144.里帰りのハナシ(1)

毎年、お盆休みには、四国の嫁はんの里を訪問してます。
最初の頃は、早朝に出発して、何時に到着するのかが、予測不可でした。
早ければ、夕方5時頃で、ダイタイは、日が没してた。軽く、十時間は要したことにナル。
そもそも、本州から四国に渡るためには、フェリーに乗船せんとアカンのです。お盆の時期は満員やから、順番待ちだけで、下手したら、5時間とか。
それがイヤなら、国鉄(現JR)にでもしたらヨイのやけど、何故か、クルマばっかり。まだ小さい息子達を満員電車に乗せるのもイカがとも思たし、ナニよりも、自由が利く。
淡路島経由、神戸埠頭からフェリー、宇高連絡船等々、選択肢も沢山有った。有り過ぎて、毎回、変更してしまう。
中国自動車道路から、播但連絡道。そのウチ、鳴門大橋が出来たら、それも一度、見てみたい。明石大橋が出来たら、是非、走ってみたい。山陽道が一部開通したと知れば、何処までやろ。
そして、瀬戸大橋が完成したら、ソッチが主となった。
淡路島経由でも瀬戸大橋でも、フェリーの待ち時間がナクナッタのは一緒やけど、鳴門から里では距離が長過ぎる。一般道路しかナカッタから。
かと云うて、山陽道は未完やったから、一般道路に降りたり、上がったり、ナンやかやして、迷子になってしもたりして。その当時、一番、印象に残ってるのが、姫路市内での大渋滞。渋滞にオマケが付いて、ナンやオカシイと思たら、迷子も迷子、逆送してたり。道路標識はアルのやけど、余所の地名なんか、ドッチ方向かも分からへん。
更には、舞鶴自動車道が出来て、瀬戸自動車道も出来て、ツイには、高松自動車道も出来た。
こんな具合に、年々、便利になり過ぎて、そのウエ、高松自動車道を降りて、里への道も整備されたから、余計に分からんよおになった。
イツも、オナジで、私も若いトキなら、ナンと云うこともナイ。正直云うて、タダでさえ、方向音痴で、マエのコースの記憶もヨイ加減になってるからアキマセンのです。
こういう場合、息子達は、若いから、以前に通過したコースを記憶してくれてるから、ナビゲーターには持って来い。
そのナビゲーターなるものが、付いてるクルマもアルのやけど、私のは9年マエのクルマ。そんなモン、アルかいな。当時も、世には出てません。ここまで、道路が整備されたら、役目も半減やろ。
それより、運転を代行して欲しいから、里帰りの数日前、任意保険の21歳未満不担保とやらに加入したのです。長男は既に、22歳。二男は、この10月に、21歳にナル。
コレも、年齢を問ワズのは、嫁はんのクルマには掛けたけど、この契約で、二台にも掛けたら、保険金だけでも、馬鹿にはナランから、迷てたのです。
かと云うて、普通車にもボチボチ慣れさせんとアカンやろ。保険料も、半分以下の掛け金になってるのに、対象年齢を引き下げたら、元に戻ってしまう勘定にもなる。年齢制限ナシのは高いのや。
運転して欲しいと云うこともアルし、私にナニかがあって、折角、免許があっても、運転出来ないのもオカシナこと。別段、保険が付いてナイから、運転したらアカンのでもナイけど、そんなトキに限って、ナニかがアルものと思てるのです。ナニかが有ったら、エライことでもアル。無難に運転出来るよお、保険を掛けたのです。
それにしても、息子達もナンやカやと、日程が合わず。
二男は、テニスの交流試合がアルとかで、伊勢に、そして、埼玉に。戻って来たと思たら、マタ、ナンや云うて、出て行ってしもて、帰ったと思たら、長男が出て行って。
最終的に、揃たのが、14日のお昼やて。
それでは、ツマランと、嫁はんだけ、12日に先発したのです。私のホウは、ナニもナイけど、先発しても用事がナイ。息子に合わせて、14日に出発することにした。
そして、帰りは、全員一緒の予定です。
こんな日程になったのは、コンカイが初めてやけど、息子達も、イマ、大学の3回生。マダ、一年アルけど、そのサキ、大学院か、就職かも、サキのことは分かりませんけど、ここからサキ、予定はモット、立たんよおになることやろ。
里の、お姉さんの、長男は25歳。長女は、二男とオナジ歳。コレも結婚したりしたら、合うのもママならんよおにナルのや。息子達にとっては、従兄弟として、ナニかと頼りになってるのです。
私にとっての甥は、東京方面に居てますけど、来月には戻るらしい。
移転して、5年。その間は、合おてナイのです。
この歳は、モオかマダか、将来にとって、微妙な歳でもアル。
(00/08/19)


143.京都府立文化芸術会館(9) 芸術家のハナシ(1)

芸術の世界には、不可解なことが沢山アル。
アルから云うて、門外漢の私が、トヤカク、口を出しても仕方がナイことです。
理屈を云うてるより、素直に鑑賞して、ドオ感じるかだけでヨイのやろ。
ドオ感じるかと云うことは、私の趣味に合うかドオかの問題にナル。
マズは、ドオでもヨイ作品。
これは、趣味に合わんのやから、どおしょうもナイ。作者には申し訳ナイけど、アゲルと云われても、処置に困るものもある。
人形とか、飾りモンでも、オナジことで、結婚式の引き出物等、ナニかのお祝いで、趣味に合わんモノを頂くことがあるけど、サア、ドオしたものか。
それは、先方の趣味であって、コッチには合わんのやけど、それなりに、一生懸命、検討された結果のことで、その気持ちは有りがたいし、大切にもしたいから、ホカスわけに、イカンのや。
或いは、趣味にピッタリで、イツまでも、飾っておきたいモノもアル。そやけど、こういうのは、ナカナカ、巡り合わんのです。
タチの悪いことに、趣味なるモノも、ナニかの折りに、コロッと、変遷してしまうから、余計に厄介。
かと云うて、私にどんな趣味がアルのかと聞かれても、分かりません。ここ何年も、芸術なるモノには接してナイから、尚更です。
「るーちん」さんのは、花を素材にしたもので、嫁はんは、離れて見たホウが、綺麗と申しました。
確かに、遠目から眺めると、ナニヤラ、柔らかく、暖かいモノを感じたのです。
ご主人の作品は、布を画布に染めたらしい。呉服の染めモンが専門やから、お家芸。素材は空やろか。これを、パステル・カラーと称するらしいです。
布を、枠に張り付けて、連凧のよおにしてるから、ヤッパリ、空に凧を飛ばしてるツモリやろ。この表現が、適切かどおかは、分かりません。単純に、見たままなら、そお云うことにナル。
そのご主人は、「パステル・ナーキー」さんと称されてるのです。
これが、果たして、パステル・カラーから来てるのか、ドクトル・ジバゴの作家、パステル・ナークからやろか。
それとも、絵の具の顔料、レーキか。ハタマタ、ご当人の本名からやろか。どっちにしても、カラー、レーキ、ナーク。どっちにしても、ヨオは知らんのや。そもそもが、ご当人にも会ってナイ。銘々こそ、ご当人の、スキにしたらヨイことやけど、何故か、こんなことが、気になるのです。
さて、「るーちん」さんは、ご当人のホーム・ページの掲示板に、書いてたのや。
展示会場に来たら、「ナンとか、るーちん」と、訊ねてクレ。
この「ナンとか」が、ご主人の姓とチガウのです。話題の、夫婦別姓でも、採用してるのやろか。
余所さんのことやから、私が、トヤカク、云う筋合いではナイけど、根がコオ云う性格やから、合うことがあったら、確認してみたろと、思てたのです。
ところで、この制度が、ナンの役に立つのやろ。女性の地位向上を目指すツモリなら、もっと、ホカの方法でやってくれクライに思てます。
ご当人がソコに、居たはるのやから、この際、遠慮ナク。そしたら、旧姓を、雅号にしてるだけ。ヘンにアンシンしてしもた。
繰り返しますけど、芸術家なる人種は、私には無関係。住む世界がチガウ。
人相からして、芸術家と顔に書いてあるのがそこらに居てます。服装も一風変わって、アタマのナカまで、芸術家です。
どお云う意味か。それは、世間離れしてしもて、ハナシが噛み合わんのやないかと、私は、斯様に思てるのです。
私が携わって来たものは、創造ではナク、製造。相手は画布ではナク、広い意味での機械と人間。感性ではナク、理論と理屈だけの世界。
電気、機械、数字に化学式、いわば、自然現象を応用した、科学の世界で、その維持管理をいかにするかが、問題でした。
世間離れしてしもたら、相手にされません。とは云え、そんな輩も居たのやけど。
実は、職場の仲間に、画家が居たのです。業務はチガウけど、オナジ職場で、一緒に出張まで、してたのに、退職されてから、画家と知ったのです。そのヒトは、機械屋はんでした。
個展を開くのやと、情報が入ったけど、場所も、期間も、分からずで、分かったトキには終わってしもてた。そんなことやから、この機械屋はんが、ナンの絵を描いてるのかも知りません。
コンドこそ、是非とも、拝見してみたい。無生展を見て、そんな気にもなったのです。
そのヒトの年賀状には、絵が、沢山売れたらヨイのになあと、書いてあった。そしたら、売れる絵を描いてるのやろか。
ナルホド、機械屋はんなら、機械の構想を練るトキ、アタマのナカで、全体構想を設計する。ソレを、スケッチして、細部の部品を、精密に、図面に描くのやから、素養がアルのやろ。
機械屋さんは、特徴を捕まえるのが上手。一瞥して、細部を見抜いてるのです。何処にナニがあって、ナンの機能がアルのか。その概略の寸法まで、ホボ、当てる。
そんなことやから、技術屋、特に、機械開発関係者は、他社の工程になんか、マトモには、入れてもらえません。
そお云えば、そのヒトも、何処とはナク、世間離れはしてました。
設計したSENSORの溶接機も、ドオなってるのやら。
(00/08/04)


142.京都府立文化芸術会館(8) 芸術とは

絵は下手であっても、好きなら、大いにやったらヨイ。
ではあっても、世間は下手やと思てるのに、当人だけが、才能がアル。その思い込みも怖い。
世界の巨匠、ピカソもワケの分からん絵を描いてるやないか。
芸術は、認められるまでには、時間が掛かる。
まあ、お好きなよおに云うてくれ。所詮、私には芸術なる世界は分かりません。
ピカソの知能程度は知りませんけど、日本には、山下清なる画伯が存在したのです。ハッキリ云うたら、知能指数は低いけど、絵の才能は素晴らしい。
映画、「裸の大将」として放浪生活をしながら貼り絵をする姿が紹介された。その貼り絵は緻密で素晴らしく、私みたいなズボラでは、とてもやナイけど、真似出来ません。真似する気もナイけど。
山下清画伯が有名になった当時、丸坊主で、シャツとパンツ一丁になって、リュックサックの格好が流行ったモンです。
近所でも、真似するヤツが居たけど、私はやってません。マズは、丸坊主ではナカッタから。
ではあるけど、私も絵で、賞を頂いたことはアル。しかも、京都市美術館に出展してもろたことがアルのや。
但し、幼稚園時代のことで、賞なるものを頂いたのは、それ一回だけ。
アレは、一体、ナンやったのか、ドンな絵かさえ、記憶の遙か彼方。その当時は、天才画家やったのに、イマは、どおなってしもたのやろ。そんな大層なことなど、夢にも、思てません。
山下清画伯は例外中の例外。むしろ、発掘したヒトのホウがエライよおにも思うのや。
数年マエにも、ヤッパリ、第二の山下清画伯と称して、テレビで紹介してました。名前は覚えてナイけど、貼り絵で、山下清画伯と似たよおな、緻密な作風。
それでは、このヒトと、山下清画伯に、ナンの差がアルのか。それが、私には分からんのです。
観るヒトが見れば分かるのか。分かったなら、その観るヒトはナニで判定してるのか。その判定内容は、私等にでも納得出来ることなのか。それとも、単なる、趣味、好き嫌い、流行だけの問題か。
そのウエで、私の絵ではハナシにもならんから、名のアル作家と、無名ではあるけど、それなりの腕のアル作家の新作を準備する。しかも、絵の何処にも、作家の名前は明記セズに、展示したら、どおなるか。それでも、専門家が観たら、ヨイ、ワルイが、区分出来るのやろか。
私の幼稚園時代の絵がドンナモンか忘れたけど、展示漏れした絵とナンの差がアルのか。
使てるクレヨンの色が何色の差とかやったら、怒るで。知能検査の展示会やあるまいに。
ここで、云うてることは、スポーツの世界なら、優劣は、ダレが見ても、ハッキリする。芸術、或いは、それ以外でも、判定内容が、分からないと云う世界がアルのや。
細かなことを云い出したら、キリがナイけど、営業部門なら、営業成績で、アル程度の判定は可能やろ。学生なら、学校の成績で、優劣はツク。
芸術の世界では、ナニによって優劣が付くのか。それが、分からないと云うのです。
ではあるけど、歴史に残る作家、作品には、ナニかがアルから、残ってるのやろ。
そのナニかとはナンやろ。
専門家が聞いたら、アホみたいなことに思うけど、そんな疑問が私にはアル。
山下清画伯出現以来、どんなヒトにも、ナニかの才能がアルから、ソレを見つけてあげねば。そんな風潮が、流行った。
確かに、ダレにでも、ナニかの才能はアルやろけど、その多寡も問題で、才能が、世間に通用するかどおかもアル。
野球にしても、高校球児は格好が良い。そやけど、甲子園に出場して、活躍出来るのは、一握り。
小学生程度から、有名リトル・リーグに入団させて、親のホウが夢見てる。それも、結構ではアル。
努力によったら、アル程度は上達するやろ。運が良ければ、有名選手にナレル可能性もアル。
ナニもセンかったら、ナンの才能も発見出来ません。私が、その見本です。
その実力の差は、当人にも、分かるのや。実力のアル選手を見て、そこに到達出来るのかどおかの差。そこには、巨大な壁面がアル。
私も水泳で、高校一年のトキ、近畿大会に参加した。
そやけど、大会会場に到着して、周囲を観たら、コレではハナシにナランと判断出来た。
モトモト、この世界のことは、記録からも、分かってること。ハナから、勝ちたいなどとは、思てもないけど、恥だけはと。ソレさえも、アカンやろ。兎に角、迫力がチガウのや。
マズは、カラダ付きがチガウ。赤銅色で、荒波で鍛えたのと、同好会同様、遊び半分の貧弱なカラダ。目つきから、ヤル姿勢から、チガウ。ナニよりも、ヨーイ・ドンで、飛び込む瞬間に、マザマザと、その差を体感したのや。
私の眼のマエに、競泳相手の足の裏が見えた。
ハナシにも、ナルもんか。そお思いながらも、カラダは、ドボンと水中に。
相手のスガタは、遙か、彼方のモット、サキ。分かってたこととは云え、恥もクソもナイ。
大会は大阪やった。軽く、全員が、予選落ち。アトは観光気分。
このトキの成果は、水泳の千葉すず選手で話題になってる、フジヤマの飛び魚。
現在の、水泳連盟会長、古橋広之進を、その大会会場で見たこと。
おそらくは、大会会長か、ナンかやったのやろ。
あれから、何十年やな。
マダ、水泳界に君臨してるのやて。
(00/07/31)


141.京都府立文化芸術会館(7) インターネットのハナシ(3)

マスマス、脱線して、パソコンのハナシになってしまいます。
そもそも、インターネットなる世界の住人は、ここ一二年で急増して、倍になってしもた。
その起爆剤は、Windows98やろか。モデム内蔵パソコンが常識になったからやろか。それとも、ISDNが出現したからやろか。
Windowsは95も98も大差がナイのやから、ヤッパリ、モデム内蔵のホウやろ。
モデム内蔵は有りがたい。どんなモデムがヨイのか、何処で買おたら安いのか。折角、買おて来ても、ゴチャゴチャ、接続して、ソフトをインストールして、設定するヒツヨウがナイ。その代わり、感激も、少ないのやで。
私が最初にやったのは、パソコン通信なるものやった。MS−DOSの時代ですから。
「WTARM」なるソフトを、関係会社の奴から頂いた。雑誌の付録やて。
インストールしたら、ドキュメントがあったから、読んだのや。パソコン通信用ソフトです。くれた奴も知らんかったらしい。
ヤルためには、手続きがヒツヨウで、マズは、PC−VANかナニかに連絡して、会員になる。パスワードなるものを取得せんとアカンのやて。
そんなこと、邪魔くさい。ホッタラカシにしてたら、くれた奴が云うのです。
ソコから、フリー・ソフトなるものが、ダウン・ロード出来るのやで。フリー・ソフトとか、ダウン・ロードて、ナンのことやな。
タダのソフトが、電話回線を通して、パソコンのHDDにコピーが出来るのや。すっかり、口説かれて、やってみよかいな。
その前に、モデムが要るのやて。ン万円もスルのや。イマの倍以上の値段で、bpsは、一桁小さいかったハズ。
早速、ゲーム・ソフトが、タダで、入手出来るのでと、当時中学生の息子を口説いて、アアヤ、コオヤと、二人して、やっとのことで、接続出来たのや。初期画面が表示されたときは、ヤッタで、バンザイと踊りまくったわ。
そやけど、ここからが問題。ナニやら、沢山のページがあって、ナニがナニやら、サッパリ、分からへんのや。アレコレ、タグって、やっとこさ、目的のページに到達したのです。
もおイッペン、最初からヤレと云われても、ナニを、どお選択したら、ここに到達出来るのか、分かりませんですよ。これでは、使いモンにはナランと、この段階で、判断してました。
そのウエ、ソフトの一覧表やから、全部文字ばっかり。それが、延々と続くのや。何百本、何千本、あるのやろ。眼で追うだけでもタイヘン。内容説明も、ナイのやで。
あったところで、読み切れません。そんなことやから、ドレがエエのか分かりますかいな。
折角、ここまで到達したのやから、適当に、ナニか、ダウン・ロードしてみよか。ナカでも、小さそおな、ソフトを開始してみたのです。僅か、1Mb程度やのに、マダヤナ、マダヤナで、2時間以上、経過してしもて、もおソロソロの頃になったのや。その瞬間です。
運悪く、余所からの電話が掛かって来て、モデムがプッツンしてしもた。
こんなモン、電話代が幾ら掛かるのや。ヤメトコ、ヤメトコ、破産する。ソコラの雑誌の付録のホウがエエわいな。
勿体ないけど、そのン万円のモデムは、ソレ一回で、お蔵入り。お屋敷ではナイのやから、押入れやけど。
それホドに、電話代金を大問題にしたのに、イマ、どおや。
高速、便利になってるのに、電話代金は鰻登り。自己規制してるけど、テレホーダイとやらで、寝不足症状。
そんなインターネットの世界やけど、特には、女性が多なったよおに思うのや。それも、幅広い年代層です。
ついでに、云うてしもたら、私くらいの年代のオトコで、イマ現在、やってるヒトなら、古くからやってるヒトが多いやろ。パソコンなるものが、次第に普及して、それでもまだ高い云うたら、高かったけど、年々、機能がヨクなって、値段も安くなってるのや。もお、エエ加減、こんなモンやろ。私の周辺でも、買う奴が居た。ショウガナイから、エイヤーと、買おたけど、ソレがMS−DOS時代やっただけ。
ナンと云うても、命令語たら云う呪文が多かった。失敗しながらも、一生懸命、覚えたのや。マダ、若かったから。
Windows95が世に出たら、その命令語が不要になってたのや。自動的に実行しよるやないか。
それをキッカケに、やりたいと云う、オッサンも居たのやけど、難しいので、挫折したヒトが何人もアル。
その当時は、確かに、マダ、難しかったと思います。モデム内蔵とチガウから。プロバイダもエエ加減やったから。
このWindowsが出現したお陰で、折角、覚えた呪文が、ナンの役にも立たんのや。イヤ、「MS−DOSプロンプト」がソレやけど、使う用事がナイから、アホくさい。
そもそも、パソコンは、目的がナカッタら、やってもショウガナイのです。
私の場合、仕事でやるツモリやった。出張するのに、書類を持ち運んでたら、重いやろ、不便やろ。
探すのも、整理するのも、タイヘンやろ。パソコンやったら、全部、記憶しておけるのや。イツでも何処ででも、引き出せるのや。それが、ペーパ・レスの時代やないか。とか、云うて、騙された。
書類は、ドンドン、増えてしもたのや。数人の相手に、パソコン画面を見てくれと云うワケにもイカンがな。作文も簡単やから、報告書なるものも、沢山、造ってしもて。
いわば、パソコンなるものは、ワープロと、計算機を一緒にしたみたいな感覚。商売柄、手帳型計算機は、持ってたけど、表計算ソフトは便利やった。計算式を適当に入力したら、勝手に計算してくれるのや。それが、マクロと称するらしいけど、ネライどおりのコトは、出来ませんのです。私か、ソフトか、どちらが、余計にアホかは、知りませんけど、計算機で計算した結果を入力したりして。
加えて、ゲーム・ソフトもフンダンやから、ハッキリ云うて、大人のオモチャ箱。イヤ、それでヨイと思います。イマは、ゲームも難しいからやってませんけど。
Windows95時代には、パソコン・リストラなる表現まで出現したけど、ホンマかいな。仕事上で必要性があったら、イヤでも、覚えてしまうで。
個人事業主はシンドイやろと思います。近くに先生が居てません。情報も、自分で収集するしかナイのやから。そやから、会社員で、ヨオヤランのは、その気がナイだけ。
そのWindows95の時代、「お父さんのためのパソコン講座」なるものがテレビ各局で、流行ったのや。それこそ、一局や二局やナカッタ。殆ど全局で、似たよおな、名前を付けて、やりよったのや。
ナンデ、そんな名前を付けるのか。オッサンの気持ちを逆撫でしやがって。とか云いながら、コソッと見てた奴も居たやろなあ。結果、ナンの参考にもならんのや。ナンでもそやけど、実践あるのみ。
私程度の歳で、現在、やってなかったら、途中で、一度は挫折してるか、多少なりとも、会社で触ってて、イツでも出来る自信があるおヒト。或いは、マッタク、興味のナイお方。
トキドキ、こんなことを云うのが居てる。
このIT(Information Technology;情報技術)革命時代に、インターネットを知らんかったら、時代に取り残されるやて。アホ抜かせ。
インターネットは便利は認めるけど、単に、情報取得の手段が増えただけのこと。
その情報も、ホントウに知りたいことは、ナカナカ、見つからんやないか。見つけても、有料やったり、隠匿してるのやから、そこまで、大袈裟に云うこともナイのや。パソコンが、出来ひんから云うて、死ぬこともナイ。出来るから、自慢するホドのこともナイ。
高速道路の自動支払い機能で、渋滞緩和と云うてる。この程度のこと、少子化が解決してくれるがな。事故でもあったら、オナジこと。交通道徳を守ってくれたホウが、余程、渋滞緩和にもナルし、田舎やったら、お盆の時期でも、スキスキやで。こんな場所で、自動支払いなんか、ナンの役にも立つもんか。
パソコン、携帯電話で、銀行預金の入出金が出来るのやて。余所さんは勝手やけど、そんなコワイこと、私はよおやりません。機密が何処まで守れるのやら、銀行の金庫は信用してあげるけど、この点に関しては、マルッキリ、信用してません。
お買い物は、自分の目で見ても、失敗するのやで。病気の肩代わりをパソコンはしてくれません。大いに、外出したホウが健康的。オタクを推奨しなさんな。それでのおても、運動不足やのに。
それにも増して、若いおヒトが、携帯電話、命になってるけど、緊急性が何処までアルのやな。ナンの意味もナイ、ダベリングばっかりしてるのや。そのマエに、道徳でも学びなさい。
これも、便利でアルことは認めてます。
私も、一応、所有だけはしてるから。
ただ、交信相手がナイので、スネテルだけ。
ナンのハナシやな。
京都府立文化芸術会館のハズやった。
イヤ、「るーちん」さんが、携帯電話で、ナーキーさんを呼び出そとしたのや。
アト、一時間やて。
サッキまで、居たらしいのやけど、私が訪問したトキは、居てナカッタ。
イヤ、結構ですよ。マダ、機会はアルやろし。
このハナシも、まだ、終わってナイ。
(00/07/21)



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