シバケンの単なる雑談NO.66

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題目一覧表

目次

雑談NO.67

NO.930 御鎮座1300年式年大祭(8) 自治会会長の話(1)

NO.929 余談 韓国のトイレ事情昔話

NO.928 人数増えての迎春の話(13) 厠神(かわやがみ)の話(3)

NO.927 人数増えての迎春の話(12) 厠神(かわやがみ)の話(2)

NO.926 人数増えての迎春の話(11) 厠神(かわやがみ)の話(1)

NO.925 人数増えての迎春の話(10) 出雲大神宮のパワー・スポットの話(2)

NO.924 閑話休題 頻尿の薬の話

NO.923 人数増えての迎春の話(9) 出雲大神宮のパワー・スポットの話(1)

NO.922 人数増えての迎春の話(8) 我れ乍らに歳の話

NO.921 人数増えての迎春の話(7) 吉相の話

雑談NO.65


NO.921 人数増えての迎春の話(7) 吉相の話

さての、「狸学会」会員の、ケンイチ君から、メール一発。
最初に、この、「狸学会」なる存在をば、認識しての、メールの意味がありまして、分かりまして。
文面にも記載はあるですがと。

での、「<前略><省略>
本年はなんと兎の年。
あのカチカチ山で、ヒトのいいお狸さんを三度(かちかち山、とうがらし山、泥舟)もだまして、それも火傷をした背中に唐辛子を塗るという残酷きわまりない方法で仕返し(懲らしめ)をし、最後には直接手を下さない方法(泥舟の沈没による溺死)で殺してしまうのである。
爺さまも婆さまが騙されなければ、狸汁にしてお狸さんを食っていたところである。
という訳で、兎のようにピョンピョンと、飛躍の年ではありますが、狸学会会員としましては、ちょっとなあであります。
『因幡のしろうさぎ』でも鰐(鮫)を騙したり、『うさぎとかめ』では亀をバカにしたりと。
どうも兎という奴は可愛い顔をしていながら、胡散臭いのです。
余談ですがどうもお伽噺は残酷な内容が多いですね。」

云われて見れば、ソやなあと、特段に、異議は無いです。
での、良い処取りの、今年、本年は、ピョンピョンと、兎跳びでの、飛躍の年にしたいモノです。

での、でででの、本日<9日>には、妹一家が来てくれて。
一家も、妹婿と、二男の三人でして。

イヤイヤ、妹の長女も一昨年、結婚にて、昨年には、長男誕生。この正月には、一家も揃う事でしての、その辺りには、こっちには、来てられへんわの、正直には、我が一家だけで、満員御礼状態での、その上で、妹一家が来て、全員が揃てみい。
大変ゾの、どするやの、ソラ、相応に工夫をしな仕方が無いですが。

オッとの、での、折角故に、我が二男夫婦の結婚式のDVDビデオを見せたです。
イヤ、二男夫婦が戻ってた際に、見たですが。二巻有りまして。一巻は、我が一家で見たですが。長あてねえ。
見てへんの一巻を再生での、云うたら、こっちの方が見易かったです。所謂のダイジェスト版でありまして。ソレでも、30分程度あったかなあと。
イヤイヤ、本格的の、見た一巻なるは、少なくともの、二時間以上はありまして。全部を見られず、途中中断での、寝るにしたです。結果、そのままでの、続きは、マダ、見てませんですが。

オッとの、そんな次第の、DVDビデオの話なれどの、我が一家が揃たの際に、見たですが。
このビデオなるの値が凄いです。ダイジェスト版と、合わせての、ン十万円ですて。ンは、我が曖昧なる記憶ならばの、「二」やったかなあと。

されどの、結婚式は、二度とは、致しませぬが故に、貴重なるの記録かと。
しかも、専門スタッフが付きっきりで、撮影しての、編集をしてくれましてと。
イヤ、流石に、玄人でして。上手に出来上がってまして。感心したです。要らぬ箇所、両家代表挨拶なるは、音声抜きで、良かったなあと。
余計、編集者様には、大感謝哉と。

オッとの、そんな次第の、美形の話。
要は、容姿を取るか、中身、気立てを取るかとなればの、原則、気立てかと。
容姿も、相応に許容範囲がありまして。その範囲にあれば、結構かと。
などと、したなら、美形も大した美形で無いよに聞こえるですが、我が嫁二人、名実共の、美形やわと。身内故、余計に、贔屓致すです。

加えての、私め、見るに、想うに、考えるにの、人相的なるの話なれどの、美形とは、吉相でもあると。
での、正直には、人相学的、私自身の事ならばの、大した事はないなあと。鏡で、ビデオで、見るにつけの、コレが私か、歳喰たなあと。
オッとの、歳と、人相とは、関係するよな、しいひんよなと。
イヤ、歳喰えば、品格、人格が顔に刻まれまして。貧相とまでは、申さずの、我れ乍らに嫌になるなあと。話簡単の自身でさえもが、観賞、アップに、耐え難く。
ドの付くの、アップにでもされてみい。自分でも、ゲとなるです。見苦しいの、無礼モノめがと。

での、でで、云うたら、品良く、歳をば喰いたいなあと。
ホンマやでの、当世、品のあるの、顔をした、年寄りが少なくなってまして。タマに拝見したなら、へえと、感心致すです。コレが、理想やなあと。
少ないの理由は、簡単明瞭の、歳喰ての、益々の、身勝手になってる面々が多くなってるからでして。
オトトの、マダマダ、年代的、若手の場合は、意味合いが異なりまして。若い分だけ、多少の事は許せますが。歳喰ての、年寄りとするよりは、中年、我々年代のでは、分別がある筈での、勝手なヤツ、非常識人は許せへんゾと。

でででの、その上での、美形と称するの、モ一つの根拠に、この人相学的なるが、ありまして。
顔形が美形でも、人相学的、貧相なるは、美形とは申せませんですが。美形で、貧相は難しいかと。つまる処、人相学的に、上、上々、極上、飛び切りの上等であるが故に、美形とも云えまして。
前提なら、性格面が、人相的にも、現れましてと。
ソラ、イケズなのは、イケズ面してまして。気のええのは、気のええの面をしてまして。時たまには、人相を誤認で、騙される事もあるけれどや。

とは、云えどの、余程で無ければ、可哀想な程の、貧相は見ませんですが。
オッとの、そんな意味ならばの、昔は、良く見掛けたです。別段にの、人相なるの、存在を知らんの若き時代には、見えたです。あったです。
何とは、具体的には申さずの、申すにも、私め、専門家に非ずの、印象派でして。
当世でなら、その手の貧相は見掛ける事も少なくなったの、理由は、生活面が向上もありましてと。
では、あっても、女優でも、目を見張るのが、少ないかの、誰が、当世代表の美人女優かと、あるかと、云えるか、思い当たらんなあと。

イヤイヤ、でででの、どんな具合にかとなればの、女性でも、男性でも、吉相と云われるの一つ、典型例に、下膨れがありまして。
表現は別としての、下膨れ相なるは、晩年が幸せであるとされてまして。
例えばの、七福神の人相的共通項なるは、下膨れでして。
当然にして、神、仏像、仙人等々、福徳がありの、伝説上、歴史上の人物をば、貧相には描かんわと。
更なるの、福相、吉相、男女を問わずの、美形なるは、周囲に安心感を抱かせるの、オーラ、雰囲気がありまして。

等々、誰であっても、何とはなしにでも、分かるかと。
要は、個々人、その体験の範囲で、本能的にも、一目、安全な人間であるか、危険であるかを察知の情報を体得してまして。
そんな意味では、面と向かいの、見た目での情報なるは、重要かと。
クドイけれどの、見誤りもあるけれどの、ソレは、過去の表面的なるからの、先入観が影響してまして。

ソラなあ、人様を見ての、余程の特殊で無ければの、一々、人相的判断はしてませんです。好みか、好みで無いかだけでして。
トトトの、そんな意味ならばの、文面を拝読での、その人物のイメージを構築の、写真なり、実物を見たなら、想像とは、違う事も多々あるですが。
変な話、男性なら、男前で、女性とするだけで、妙齢の美女を想像での、多大なるの、誤解をしてたりと。

オトトの話が逸れたけれどの、そんな次第の、我が息子共の嫁二人の共通項なるは、諸般の意味合いより、吉相、美形でして。
但しの、マダマダ、若いが故に、典型的吉相には、年輪、修行がと。
ここから先は、息子共の努力も要るかと。

ソラ、親として、自身の嫁を幸せにしてやって欲しいと、願うです。
そんな事なら、お鉢が回りの、云うてるの、私はどなんやと、なればの、辛いのお。穴が有れば、入りたいわと。
(11/01/10)


NO.922 人数増えての迎春の話(8) 我れ乍らに歳の話

さての、そんな次第の、人相学的、女性の福相なるは、云うまでも無いの、「お多福」さんでして。
そのまんまの、読んで字の如くの、福の多い女性やわと。
この、「お多福」さんの顔形なるは、完全なるの、下膨れでして。

イヤイヤ、反面では、不細工、醜女(しこめ)の代表みたいな、云われ方もされてるですが。
ホッペタ<頬>が、ふっくらは、健康であるの証左であって、陽気で、良く気が付いてと。
ホッペタのふっくらが、大袈裟故に、下膨れの吉相、歳と共に、幸せに成るの相が見落とされてまして。

ソラなあ、ホッペタが、ふっくら過ぎたら、デブの象徴でもありまして。
云うとくですが、我が嫁二人、間違おても、デブとは申せませんですの、中肉でして。下膨れとは、顎の辺りを称してるですが。
大体は先細りが通常でして。誰でも、先細りが当たり前の、但しの、程度の問題でして。

加えての、エラが張ってるとは、一寸、意味合い、場所がと。コレ又、云う処の、エラとは、世に云うの、俗説、人相学的にもの、頑固堅物とされてまして。
良く云えば、初志貫徹、終始一貫かと。柔弱不断の私め、見習わんとと。イヤ、私には、エラは無いです。
イヤイヤ、事程左様に、一つの事をば、何とでも、良いよにも、悪いよにも、云われまして。多少のエラは必要かと。

そんな次第の、表現、素直になら、情緒豊かなる、平安美人かと。
平安時代には、この顔形が美人の典型とされてたです。
時代、時代によりの、美人の典型が変遷とされてるですが、ソかなあと。
美人、美女、美醜は、どの時代でも一緒と思うです。ソレを除外の理想型は、異なるやも知れんの、ソレでも共通性は、健康で、福々しくではなかろかと。
コレは、女性に対するだけでは無く、男女共通の理想型でして。

ホンマやでの、多少の持病、病院通いはあってもしかるべきの、ソラ、無いに越した事は無いですが。
病的にまで、不健康の、例えばの、入院に至るのが、何度でもでは、困ったモンやでと。
大体が、普通の生活が出来ませんです。薬に、病院通いに費用も掛かるです。

オッとの、そんな次第の、私めから、云わせて戴ければの、風邪引き、便秘に、時たまの下痢なんかは、当たり前の、花粉症は困ったモンやなあの、多少の腰痛も困るですが。
とりあえず、普通の生活が出来てるよなら、左程で無いわと。
イヤ、私なら、耳鳴り症状、喉痛、時たまの便秘で、何を隠そおの、痔瘻の持病かと。別段の、ソレ以外に何にもあらへんわの、普通の生活してるです。
ソ云うたら、一時、花粉症に悩んだ時期があったですが。ここ、数年、あらへんなあ。

での、ででの、そんな次第での、正月元旦なるは、朝一番、初水を取りの、寝て、起きてからは、二男夫婦の到着を待って、全員が揃えば、神様、仏様<ご先祖様>にお正月のご挨拶を致しまして。
ヤヤ、遅めの、お雑煮に、おせちで、息子達夫婦は、四人で、厄除け、お祓いに、男山の八幡さんにで。
私共、老夫婦は、孫の相手で、遅めの昼食、おやつ替わりの、マクドナルドをと。

での、息子共が帰って来たら、早速にも、夕食準備の、二男の嫁は、揚げ物をしてくれたりの、長男の嫁は、子ども達の面倒だけでも、大変のと。
イヤイヤ、ホンマやでの、私からしたらの、コレ又、理想型でありまして。
クドイけれどの、嫁も義理の親のであれの、実家の、何がどこにあるのかは、知っといて損はあらへんわの、簡単には、コップ一つ、湯飲み茶碗の場所をで、自分のも置いてあるのやしで、湯沸かし程度、見たら分かるの、お茶を飲みたければ、自分の実家でもあるのやしで、好きに飲めば宜しいわの、一々、断らんでも、遠慮をしんでもと。

嫁はんも、次第に慣れて来てましての、適当に用事を頼むよになりましてと。
さもなくばの、コレだけの人数分になればの、一人でやってられへんわと。加えての、嫁も、何かする事はと、嫁はんに、積極的に尋ねてくれてまして。
体裁だけ、形だけでも無いは、分かるわと。
私め、見て、見ぬフリでも無いの、そんな光景を見て、心底、ええ嫁やと。
イヤ、当たり前と云えば、当たり前の、変な話の、お客さんであって、お客さんでもあらへんわと。
反対には、純然たるの、お客さんでは、困るわと。純然たるの意は、ソラ、一緒に暮らしてるで無しと。一年に、一回や、二回程度、帰って来るよでは、自然と、純然たるになってしもてと。

トトトのそんな次第の、晩飯喰て、一応は、ビールも飲んで。
全員、風呂に入って、出て来たなら、さての、オヤツでも出して。コーヒー等々、お好みの飲み物でも出してと。
リクエストを聞くに、出すに、口々に違うのを云うしで、聞くに、造るに大変なれどの、嫁達が作ってくれてと。

そして、二男の、「都ホテル」の、「稔りの間」での、結婚式披露宴のDVDビデオでも見せてもらおかと。
コレが長あてねえ。
見始めたのが、遅かったもあるけれどや。夜の、二時ともなって、モオ、寝るかと。寝たですが。

斯くしての、正月元旦は過ぎたですが。
にしても、我れ乍らに、歳喰たなあと。
ホンマやでの、自分では、モ一寸はマシかと、思てたですが、全然やと。

オッとの、歳は歳なれどの、息子共が結婚の年齢でして。自分が、三十代、四十代でも結構の、ままで、息子共だけが、歳喰ての、年齢が親に接近するで無しのと。
イヤ、そんな意味からも、嗚呼、息子共も結婚したかと。
してくれたかと。
息子共の年齢を考えの、自分の年齢を実感するが本当でして。

正直には、二男が結婚の話を聞くまでは、早くしてくれの、こっちも、動ける間にと。
動ける、動けえへんの次元では無いけれどや。例えばの話の、一寸(いっすん)先は闇での、何があるか、起こるか、分からんわと。

ソラナア、本題とは関係無いとは云うものの、先様であれ、当家であれの、両親となれば、合計でなら、四名となりまして。我が家でなら、息子夫婦に孫共に、母も居てまして。
親族として、参列の面々の一家でも、何かあってみいと。
場合によりの、結婚式に出る、出られえへんの事態も有り得まして。

ソラなあ、母がでも、当日でも、前日にでも、何かあってみい。
場合によりの、ホットイテは出られませんです。

当事者、新郎新婦にしても同様の、同様以前の主人公でして。
片方に何かあってみい。結婚式処や無くなるの可能性も有り得てまして。
イヤイヤ、万事、そこまでの心配は杞憂(きゆう)と申すなかれの、そんな事が無いよにと、親としたら、念じてまして。その上で、万事、事故、事件が無く、滞り無くの、執り行われる事をと。

結果、無事に終了の、目出度くも、正月元旦を全員で、迎えられて、神様、仏様<ご先祖様>、八百万(やおよろず)の神々、キリスト様でもの、諸々の目に見えぬのチカラとするのか、感謝をと。
ホンマやでの、冗談や、誇張とは違うの、天変地異があっても、台風、地震があっても、困るの、万事が、揃ての、お目出度でして。

オッとの、そんな次第の、寝る前にと。明日の予定はどするやと。
相談しとかんと、起きるの、起きんならんの、時間の関係もありましてと。
ンの、氏神様と、出雲大神宮さんに、初詣にと。
ソしとこかと。
(11/01/11)


NO.923 人数増えての迎春の話(9) 出雲大神宮のパワー・スポットの話(1)

そんな次第の、斯くなるでの、正月二日の日は、マズは、氏神様にと。
当地でなら、「大井神社」になりまして。
長男の車一台にて、嫁はんを除くの、七名にてと。
イヤ、嫁はんは、諸般諸々の、夕食の準備等々もあるしと、留守番をと。

での、予てからの、準備の御賽銭用の小銭、一円玉、五円玉、十円玉を適当に配分致しまして。小さな、祠(ほこら)が沢山とするのか、何箇所もありまして。正直、大銭を張り込むも結構なれどの、大変やと。
されどの、子ども達、チビさんを除外でも、五名分ともなればの、我が小銭入れも一気、無くなってしもて。

そんな話は結構の、昨年に戴いたの、お守り等々、御札を納めさせて戴きの、「天照大神」「大井神社」の御札を戴きまして。
イヤ、例年通りでありましての、神棚<棚板>にお祀りしてるです。
そんな意味ならばの、二男宅でも神棚<棚板>で、こしらえまして。当然にして、大層なモノでは無くの、板一枚なれどの、結婚式場が、「平安神宮」でして。
「平安神宮」からは、神棚を戴いてまして。
イヤイヤ、戴いたの、神棚とは、御札を入れるの、神殿を模倣のモノでして。最初に云うたの、神棚は、説明通りの、棚板でして。
での、息子共は、その地、住処の氏神様の御札を戴けば宜しいのでありましてと。

での、ででの、ここはその程度で、「出雲大神宮」に向こたですが。
マズは、道中、雪は大丈夫かと。更には、一昨年であったかは、元旦に来たかで、駐車場までの車列で往生したですが。
此度は、二日であれどの、サテの、「出雲大神宮」も、諸般諸々に紹介されてまして。

オッとの、この話はアト回しにの、一番には、昨年に求めたの、干支の置物<寅>をお納めさせて戴きまして。
イヤ、考えるに、思うに、御札、お守りやあるまいにの、毎年、毎年、一々、お納めしんでもと。
されどの、何故か、そんな習慣になってしもて、納めてるですが。
イヤ、高いんやでと。一体、二千円也でして。
とは云え、「大井神社」で求めたの、「天照大神」「大井神社」の御札にしても、似たよな値段でして。

とは、とは、云えどの、御札、お守りの有効期限なるは、本来的一年でして。置物にまで、有効期限が適用かは、知らんですが。
マアなあと。
ソレで、一家安泰、家内安全、招福万来の、無病息災、満願成就、邪気悪鬼退散消滅に効果抜群と、相成ってみい。金銭には代え難くの、安いモノとも、云えるですが。
そんな次第、考えでの、毎年、毎年、初詣の際には、旧の昨年のをお納め致しましての、当年のをと。

での、ででの、いつぞやは、境内に入るの、鳥居の手前から、列が出来てたですが。
とりあえずは、神殿の敷地の手前からでして。正直、コレなら知れてるなあと。

そんな次第の、私めが、干支の置物をば、お納めしてる間にも、皆はどこに消えたかと、探してたならばの、参拝の列の最後尾に居た、長男の嫁が、お父さん、こっち、こっちですと、呼んでくれて。
ではと、列に加わりの、それで、二男夫婦はどこなんやと。
問えば、あそこですと。ンの、既に、前の方で、列に並んでまして。構わんと云えば、構わんですが。
一寸ナの、折角、皆で、家族で、来てるが故に、皆が揃ての、参拝をと、私は勝手に想定してたですが。
とは、云うてえへんの思ただけ。

オッとの、参拝が終われば、一緒に行動で結構とも云えるですが。
での、そんな次第の順番が来ての、御賽銭、チャリンの、二礼二拍手一拝での、祈願の事項では、一杯をと。

しかるにの、「出雲大神宮」も、諸般諸々に<雑誌等々を含めての、紹介>をば、されてまして。
云うたら、パワー・スポットに挙げられてるです。
コレ又、結構な事なれどの、余計に人出が増えまして。

多分ならばの、一番最初は、Dr.コバであったかと。一年の運気の本で、紹介されてたです。ンの、「出雲大神宮」とは、亀岡の、あの、「出雲大神宮」の事かと、ビックリしたですが。
既に、十年は経ってるかと。
Dr.コバが、しかるべくの日に参拝してるですて。
当時には、パワー・スポットなる表現は無かったですが。とは云え、似たよな表現はされてたかと。神聖なる場所、神社であると。

パワー・スポットなる文言は、江原啓之が云い出したかと。
オッとの、彼の出版本にも、「出雲大神宮」が出てるです。

そんな事で、折角ならばの、この際の、諸般諸々の、パワー・スポットとされてるの箇所、場所を参拝しとこかと。
ホンマやでの、当地に来てて、肝心のパワー・スポット、神聖なるの場所を知らずしての、参拝をせずして、何してるやと。
御利益を戴きたいが故に、来てましてと。

イヤイヤ、私めなら、諸般諸々の我が一家に何事か、大きな事があればの、嫁はんと一緒にで、場合によりの、一人ででも、来てるです。パワー・スポットが云々は知らん時からでして。
知らんが故に、適当にと。
要は、神殿<本殿>のみでは無くの、その奥手<奥の方>にと。
何が、何かは知らんかったですが。

当然の、氏神様の場合もありまして。
どちらにするかは、時の気分次第の、大きな事の度合いによりての、両方をの、欲張りまして。
ソラなあ、こんな時にこその、こんな時とは、諸般諸々の、神頼みでありまして。神にしか、出来ぬ事を頼むのでありまして。
言語明瞭の、明々白々の、このためにこそ、神々、氏神様、ご先祖様<仏壇、墓>があるのでありましてと。私め、超の割り切ってまして。案ずるよりは、祈願、参拝が易しと。
当然にして、御賽銭も、一円、ご縁、十円に非ずの、五円も、十倍の、五十円也、更に倍の、百円にしての、大奮発。

そんな次第の斯くなるでの、さての、当世曰くの、パワー・スポットなるは、どこの何かと。
イヤイヤ、ええ加減なモノでしての、正確には知らんですの、更なる、ええ加減なるの、記憶に基づきの、神社に設置の、<案内板>を確認致しまして。
嗚呼、あそこやったかと。

丁度、神殿、本殿の裏手にパワー・スポットと称されるの、岩<磐座>があるが判明したです。
コレを参拝せずして、何してるやとなるがため、皆に行くかと。
参拝するかと。パワー・スポットにと。
当然の、全員でと。
万事、神頼みで結構でして。外に何があるのかと。人事を尽くして、天命を待つので無くの、天に祈願、訴えるが必要かと。
コレ又、努力が要りましての、加えての、そのためにもの、幾ばくかの、御賽銭をと。
しかるにの、私めの、嗚呼、あそこやったかも、ええ加減なモンでしてと。
どっちにしたって、行けば、分かるわの、さあ、行こかと。
(11/01/12)


NO.924 閑話休題 頻尿の薬の話

いきなりの、下(しも)の話で何ですがと。
私め、前立腺肥大と診断されまして。
頻尿の薬。
とは、前立腺肥大を抑え、尿道の緊張緩和により、出し易く、残尿感を解消させるの薬でして。

イヤ、年末から、不足気味になってまして。
不足も何も、母の入院にての、「亀岡シミズ病院」には、一週間に何度も行ってるですが。前立腺のも、この病院での、処方薬故、母の洗濯モノ等々、諸般のご用聞きのツイデにでも、戴けば宜しいですが。
邪魔くさあてねえ。自分の事は、そんなモンでして。

昨年末も、末の、大晦日の日に、母は退院したですが。して、そのままに、「けやき」<介護施設>に入ってもろたですが。
この段階では、既にの、年末年始休みに突入してまして。
外来での薬は戴けませんです。

正直、正確には、診察時間帯では、駐車場が満杯、満員御礼にて、停め難うてねえ。
そこを、外して、病院通い、ご用聞きに参じてまして。自分の薬は、そっち退けでありまして。ソラねえ、オムツやとか、何やとかを、持って行くに、停める場所が無くの、そこらに適当ではナと。出来ませんです。
確実に停められる時間帯でなければの、午後となりましてと。

ソラ、タマには、診察時間帯に行く事もあるですが。
自分の薬の事は、考えてえへんわと。母の薬でも、戴くならばの、待った無しでありまして。母の薬なるは、病院で出してくれまして。益々の、薬は念頭から、消え去りまして。

ハタと、気がつけばの、元々が、計算通り、日数的になら、年末にも、切れてたですが。
サボり、サボりの、サボりっ放しの、1月12日まで、引き延ばしまして。要は、日に一回飲むべきを、三日に一回にしたりして。
或る意味、ソレで、収まってたら、治ってる事になりまして。

されどの、アカンなあ。
幾ら何でもの、寒冷前線停滞が云々での、雪が降ったり、凍結したり。
とまでは、申さんの、雪は事実の、ソラ、寒い日が続いてまして。冬故、当然の、コレで、暖(あった)かかったら、超常異常気象現象にて、世間がテンヤ、ワンヤの、大騒ぎになるわと。
成っても、個人的には、何にも出来ませんですがと。変やなあ、変やなあ、この先、どんな事になるのやろなあと。心配してるだけでして。

オッとの、そんな事で、トイレの回数が増えまして。
増えるだけなら、結構の、出難くなってまして。出難くだけならまだしもの、出てもチョロでして。
矢っ張り、薬の影響が大なんかなあと。大とは、飲んでた頃とは、回数、出方が違うです。出方が違うが故に回数がと。

での、鋭意決断の、と、表現する程でも無いですが。
鋭意決断の意は、或る意味、費用も掛かるしでして。
「亀岡シミズ病院」にと。
診察はセズ、薬のみ戴きまして、帰宅で、サテ、頻尿の問題、出難くさは、どなんやろかと、服用一発、へえと。
嘘みたいに、解消されまして。ホンマかいなと。
疑う必要はありませぬの、効果覿面(てきめん)でして。

反対には、マダ、治ってえへんのか、アカンのかと。
ホンマやでの、こんな薬を延々では困るわと。
或いは、肥大を手術でもとなるですが。
日を替え、先生を変えませんと、怖いんやと。何分の、ご高齢でありまして。カルテに諸般の記載のおりには、手が震てまして。ええかいなと。
この調子で、手術をされてみいと。

での、話が前後するですが。
混み合うの時間帯を避けましての、受付終了直前にと。要は、午前のは、12時まででしての、10分前に到着でと。
駐車は難無く、出来たですが。良かったなあと、院内に入れば、人が一杯での、へえと。
診察カードで、受診受付機とするのか、機械に通しまして、受付番号をば、戴きまして。
泌尿器科の、現在の受診者番号をば、見まして、愕然でして。表示は、一桁での、「9」でして。我が番号、「19」番。担当医も大変やけど、患者も大変やと。

での、私が如くの薬だけのが多かったかで、ソレでも、小二時間は待たされたですが。無事に処方箋を戴きまして。時間さえ、経てば、イツかは、戴けるですが。
院外薬局<調剤薬局>に出向けば、案の定の大入り満員。
コレやから、ホイホイと、来てられへんのやと。
精算で、約の、4千円でして。コレで、四週間分でして。一週間分で、千円かと。
タバコ代よりは、安いけれどや。こんなモン、一生続けてられへんです。

ホナラの先生に診察でもして戴きまして、今後の方針でも決めませんとと。手術か、薬を続行か、ハタマタの、頻尿、前立腺肥大を持病と諦(あきら)め、放置するかと。
されどの、頻尿は諦めてられへんゾと。

30分に一度の割合で、トイレに行かんならんかってみい。一寸した遠出はしてられへんでと。
車で、出掛けて、渋滞にでも巻き込まれてみい、大変ゾと。
想い出すは、町内会の、総会にて、オシッコを我慢の、我慢の、大我慢の、我慢を重ねての、脂汗が出て来た事がありまして。
そこまで、我慢をしんでもの、会議所にもトイレがあるしで、ソコで、用を足すか。
トイレの前には、人が一杯にて、やり難いなら、会議所を出てしもての、一寸先には、畑があるしで、その周辺で、用を足せばええのやけれどと。
性格やなあ。
モ一寸で、終わるとなればの、我慢の、我慢で、大我慢の、痩せ我慢の、脂汗かと。

で、どするやの件なれどの、所詮は、柔弱不断やわと。
手術もなあと。入院しんならんしなあと。薬浸けもなあと。
毎日飲むべきを、三日に一回では、アカンが判明の、ホナラの、二日に一回としたろかと。二日に一回なら、薬代も半額かと。
とかとか、変な手を考えたりと。

されどの、私自身で、通院とするのか、戴きに来てられるなら、ええけれどや。
加齢と共にの、来てられんよになればの、どするやの、オムツにするかと。
冗談なら、云うてられるですが、実際に、なってしもてみいの、泣くゾと。
イヤイヤ、冗談にも非ずの、母もソやし、入院での、同部屋の皆様、婆様全員か、までは知らんの、爺様も含めての、大抵の高齢者はソでして。
前提、足が大丈夫なら、自力で、したはる<トイレ通いの事>ですがと。
(11/01/13)


NO.925 人数増えての迎春の話(10) 出雲大神宮のパワー・スポットの話(2)

ケンイチ君より、メール一発。
受信致しまして。
「そうですか、貴君も前立腺肥大になりましたか。
50歳を過ぎた男性の5人に1人はなるそうでして。これは男の宿命ですね。私めは何を隠そう、これに関しては10年以上前からの大先輩でして。
元々おしっこが近い方でしたが、ある時急に、おしっこサインが頻繁にでるようになりまして。夜中に何度も起きたり、日中はそれこそ30分も持たなくなり、これでは仕事にならんと、会社の近くの泌尿器科に行きました。

ケツの穴から指を突っ込まれ、ぐりぐりとこね回され、エコーも撮った結果は前立腺炎でした。
ただ前立腺も少し肥大しており、グレーゾーンだということで、これ以上肥大しないように薬を処方されました。

ことはこれでは終わりませず、2回目の検診の時に医者から「エコーで前立腺に何か白いものが映っているので、病院で精密検査を」といわれ、一瞬【前立腺ガン】が頭をよぎった。祈る気持ちで紹介された中津の病院へ行きました。

病院ではおちんちんの先から造影剤を入れられ、微妙なとこゆえ、痛くて痛くて、検査後も排尿のたびに痛くて、それがしばらく続きまして参りました。
結果、石が出来てるということで、まずは一安心。膀胱や腎臓、胆嚢に出来るのは聞いたことがありますが、こんなとこにも石が出来るとは。手術するほどのことでもないが、薬で溶かすということも出来ないので、このままソーとお持ち下さい、ということになりまして。

それ以来ずっと薬を飲み続けることとなり、今でも月に一度、大阪まで薬を貰いに行っております。そして3ヶ月ごとに腫瘍マーカー(PAS)の検査を受けております。まずはご報告まで。」

トトトの、月に一回、薬を戴きに出掛けてるですか。一言、大変やなあと。
斯く申すの、私めも、原則、ソですがと。一寸、サボってるだけでして。
にしても、昨日、処方の薬を二日目、服用してたら、おしっこもすんなりの、困ったなあと。薬浸けは嫌なんやけどと。誰でも嫌と思うですが。

別途の学友、ミノル君も、前立腺肥大とまでは、聞いてませんですが、頻尿でと。夜中も大変やと。私めなら、夜中は左程で無いです。時たまなら、一夜、一回かと。
ミノル君は、漢方薬を処方して戴き、服用と聞いてるです。
オッとの、漢方薬は、市販もされてるの薬なれどの、処方して戴けば、三割負担やしと。

イヤイヤ、そんな次第の、話を元に戻しましての、「出雲大神宮」での話をと。
イヤ、全員一緒に、パワー・スポットに行きましたです。
パワー・スポットをば、どこで、何で知ったかの、多分ならばの、テレビかと。本は読んでえへんです。読んだとしても、立ち読みかと。

オッとの、要は、<案内板>から、本殿裏山、裏手の、「岩<磐座>」と承知したですが。
とりあえずは、別途の参道から、向かわねばなりませぬの、嫁達、問うに、私めに、尋ねるに、どの程度の距離ですかと。
ンの、半日、一日掛かりかなあと。大変ゾと。
とは、冗談の、スグやと。

イヤ、ホントにスグでしての、別途の階段をば、上がれば、本殿に参拝の人数、喧騒(けんそう)からしたらの、別世界でありまして。イヤ、ダアレも居てへんしで、折角に参拝ならばの、パワー・スポットに訪れずして、何してるになるですが。
イヤイヤ、クドイけれどの、テレビで、チラとだけでは、分からんわの、案内板も、極めての略図でして。
とりあえずは、本殿の裏手に行くの道を行ったならばの、スグにも、前方には、らしきの、岩が見えまして。ここかなあと、ええ加減に、御賽銭奮発の、二礼二拍手一拝しまして。

ハタと、横手左手を見れば、オッとの、こっちやなあと。
スグのソコにも、岩があっての、ヨクヨク、見ればの、注連縄で、区切られてましての、立て札には、「磐座」としてあってねえ。嗚呼、コレかと。こっちやわと。
ホナラの先のは、何やったかとなればの、「春日社」でありまして。云うたら、こっちも、岩でして。

でででの、当然にしての、パワー・スポットは、「磐座」故に、再度の、御賽銭を大奮発の、二礼二拍手一拝をと。
私なら、我が一家、一族郎党、長男一家を宜しくの、新婚さんの、二男夫婦を宜しくと。
嫁はんの、諸般諸々の、持病、不具合をば、快癒治癒、全快全癒祈願の、母の腰骨のヒビも、回復をと。せめてもの、杖で歩けるよにと。

ついでになら、母は一寸は口を慎むよにと。
イヤ、ホンマやでの、私共には、無茶苦茶に云いよりましての、正気かと。
オトトの、そんな祈願はしてませんですが。
自分の事なら、ハテ、サテの、何を祈願したかは、忘れたです。正直、その時には、前立腺肥大が云々は念頭に無し。我が立場からは、我が一家一族郎党の家内安全、子孫繁栄、平穏無事、無病息災、招福万来、大願成就の、満願成就。
ついでにでも、宝くじで、ン億円が当たれば、さえ、叶えばと。
文句は無いのになあと。

イヤイヤ、ここだけでは、収まらんです。
実はのパワー・スポットなるは、「出雲大神宮」では、方々を云われてまして。
何が正しいのか、正解かは、分からんですの、更には、「みかげの滝」も、パワー・スポットとされてまして。

当たり前に、パワー・スポットと称されてる事を知らんの時にも、参拝してたですが、この際です。
お参りしとこかの、正直、そのままの、ここも、ソらしいわと。パワー・スポットやと。
オッとの、スグのソコでの、見えてまして。歩数、歩幅で、何歩、十数歩か、二十歩、三十歩もあるかの、場所でして。
イヤ、そのままの、「滝」がありましての、注連縄で、区切られてまして。

この注連縄なるは、ここから先は、神界、霊界なるゾの意であっての、人間が入ってはイカンの、目印。
とも、云われてまして。
どっちにしたって、そこから先には、足を入れずに、二礼二拍手一拝をと。

ついでにと、なればの、失礼千万の、忘れてならじの、「滝」の手前には、お稲荷さん、「稲荷社」がありまして。
話簡単には、横目、素通りにて、先に、「滝」を参拝してまして。
お稲荷さんとなればの、五穀豊穣、子孫繁栄、商売繁盛で、宝くじも当たってなあと、御賽銭を大奮発で、参拝をと。

イヤイヤ、マダマダ、先にも、種々様々あるですが。
そんなに遠くでも無いですが。基本はここまでで結構かの、昼飯喰わずの、既に、二時でして。

そんな次第の、神様とは、欲の深い存在、人間に近い考えの存在でして。
畏敬、尊崇、崇拝の念を持ちての、接すれば、念ずればの、祈願叶うかと。
イヤ、ホンマやでの、万事、信ずれば救われるです。
大難を小難にと。小難は素通りで、知らんになるわと。
ええ事は、シッカリでと。
成ればなあと、祈願をと。
(11/01/14)


NO.926 人数増えての迎春の話(11) 厠神(かわやがみ)の話(1)

そんな次第での、実は、パワー・スポットなるを参拝の間とするのか。
「岩<磐座>」を参拝の時には、気付いてたですが。
中年男性が一人ポツリと、居たはりまして。

イヤ、どんな具合にかとなればの、一々、行動を監視、注視してへんしで、分からんですが。
我が一団が、参拝で、ハタと左横手に人の気配で、見たら、居たはってと。
イヤイヤ、単純に我々の参拝し終わるを、待ったはっただけかも分からんですが。私からしたら、忽然、突然に現れたの感がしてまして。
ソラ、短くとも、道中、皆と話をし乍らも、後方確認してまして。当然の前方も見てまして。目指すの場所は、どこかなあと。
前方には、誰一人も居てへんは分かるです。
ソレ程に、本殿周辺とは、別世界の、閑散でして。

我等が後方にも、人は居てへんよに思てたです。
要するにの、階段を上りの、「磐座」を目指してたは、我々だけでして。
とは、云え、道中、アと云う間の短いですが。とは、とは、云えどの、百メートル程度はあるのかと。当たり前に、山腹故に、木々等、障害物もあるけれどや。

での、「磐座」を参拝し終わりまして、「みかげの滝」に向かう際には、男女数名の一団が、登って来たは承知でして。
その一団は、「磐座」には、向かわずの、「みかげの滝」を目指してたかの、我々が参拝のし終わるを待ったはったですが。
イヤイヤ、でででの、先の、中年男性、一人ポツリのも、キッチリ、居たはりまして。ンと。

イヤ、何をするでも無いです。
表情穏やかにて、別段にの。但しの、軽装でして。軽装とは、オーバー等々、着たはらへんでねえ。
「磐座」で、見掛けた時には、この界隈の人かなあと。或いは、宮総代等々、神社に関連の人かと。
どっちにしても、この界隈の人かなあと。
あっちでは、思たですが、こっちに来るとなればの、単なるの、散策かと。散策にしたら、軽装でして。

イヤイヤ、ソレだけの話の、ご近所さんが、軽装、普段着での、セーター着ただけで、ヒョイと、来たはるの風情での、ソレにしたら、我が一団のアトにくっついて来る事もあるまいにの、何者かは、分からんです。
別段にの、威風堂々でも、白髭千畳でも、あらへんし。人相学的にも、特段の、貧相でも無くと。
息子共も認識してましての、あの人、何やったんやろなあと。
だけの話なれどの、気にはなっての、ソラ、出来ればの、仙人等々に遭遇なら、嬉しかったのにと。詳細詳しくの、話のネタにするですが。

での、そんな次第の、下山とする程では無いの、「社務所」の方に戻りましての、今年の干支の、「卯」の置物をば、買い求めまして。
「卯」も、白と、金の二種類ありまして。
何で、二種類かの、意味合いは分からんですが。モノの話に寄ればの、大体は、金<ゴールド>なるは、幸運、金運を、呼び込み、もたらすとされてるですが。
今年は、特に、金ですて。
よって、金のに、しとこかと。

イヤ、ホンマやでの、単純に、好みの問題かも、分からんですが、紛らわしい事をされたら、困るナと。
まさかの、二種類共に、買い求めて、吉方に置け、飾れの意味でもあるまいにと。

そんな話は結構の、「出雲大神宮」にも、初詣が出来まして。
パワー・スポットにも、参拝出来まして。
ホナラの帰宅の、遅めの、昼食での、昼食が終われば、孫共は面倒見てるしで、息子共夫婦には、お婆ちゃんに、面会でもしに行ってやってと。
ソラ、諸般の事情によりの、ショート・スティで、「けやき」に行ってまして。
マア、云うたら、年初の挨拶にと。

での、ででの、皆が帰って来たら、当日、夕食は、すき焼きでして。
肉は大奮発の、亀岡牛。
云うたら、年に一度、正月一度だけの、亀岡牛<黒毛和牛>での、すき焼きか、焼き肉でして。年末、積雪の日、国道9号線沿いの、「ひら山」にて、調達してるです。

イヤ、高いなあ。
100gで、ン百円也の、1kgも買えば、当たり前の、ン千円也でして。
実は、そんなに差は無いのと違うかと、上等のと、一寸だけ、落ちるの二種類にしてみたですが。喰て、一発、分かったなあ。嗚呼、こっちが、落ちるの方かと。
歯応え、硬さが違うです。

そんな話は結構の、皆が揃てるは、この日まででありまして。
二男夫婦は、長岡京に帰るし、長男の嫁は、孫共を引き連れの、実家にと。
長男は、諸般の事情にての、家族を実家に送ったら、こっちに戻るにしてまして。

での、でででの、ホナラと、皆の健康祈願、無病息災祈願での、実は、毎年、年始に米粒を数え年の分、数えさせまして。粗塩の上に載せまして。
粗塩は、小皿に乗せてまして。
要は、トイレに置いてるです。

イヤイヤ、ホンマやでの、トイレの神様に祈願の、無事にトイレに通えますよにと。
トイレは、家の中でも、重要なるの場所でして。
食するは、竈(かまど)でありの、当世、竈はあらへんですが。竈神(かまどかみ)は存在の、竈とは、家の中での、食事のための、火を使う場所でありましての、台所であり、コンロの場所での、不動明王で、三宝荒神を、祀るとするのか、存在してましてと。

トイレなるは、古(いにしえ)には、厠(かわや)と称されてまして。
云うたら、トイレを見たら、一発、分かるの、嫁はんが、綺麗好きか、家事が苦手かでして。
嫁はんで無くとも、トイレがその家の象徴と、されてまして。兎に角、綺麗に、綺麗にと。
理由なるは、トイレの神様、厠神(かわやがみ)は女神様にての、綺麗好きでして。

このトイレを綺麗にするは、重要でして。
健康から、資産、金品までもを、司っておられるとも、されてまして。
女神様のご機嫌を損ねぬよに。又、女神様は綺麗好きと同様に美形ですて。女神様にあやかりの、美人になりますよにと。美人、美形とは、何度も申すの、表面的にのみ非ずの、内面が重要でして。

での、竈神、厠神は、大切やと。
人間様、誰しもの、貧乏、金持ち、賢い、アホウの区別無くの、生存の限り、家屋に住む限りは、使いまして。お世話になりまして。
よって、正月元旦、朝一番には、仏壇<ご先祖様>、神棚<日本国と、地の神様(氏神様)>、台所の、火の神様、三宝荒神<竈神>と、トイレ<厠神>にと。
お光りと、お雑煮を献上の、年頭のご挨拶をば、致しましたです。

オッとの、私め、霊能者でも、占い師でも、精神世界の専門家にも非ずの、只のシバケンやと。
何でも、結構の、信ずる者は救われるの、神仏に帰依して間違いは無いの、家族全員に協力をと。
云うたら、我が家のトイレを使うの面々は、トイレの神様<厠神>に、使うを宣言での、御加護をと。

しかるにの、この塩の上の米も、一年は保たへんでねえ。
粉々になりましての、半年で、交換なりしんとアカンなあと。
イヤイヤ、この小皿も、新しいのを、年末には、買い求めてまして。

での、事程左様にの、孫共のも、数え歳の分。
母のは、長男に三十個、二男の嫁に二十個を助けてくれと。そして、私めが、三十ン個を数えましての、全員の分をマトメまして。
デハと、粗塩の上にパラパラの、トイレに、置きましての、二礼二拍手一拝をと。
厠神様、この一年。
オッとの、半年とは云えへんしで、一年としてるですが。
どうど、我が、一家一族郎党、家族をば、宜しく、御願い申し上げますと。
(11/01/15)


NO.927 人数増えての迎春の話(12) 厠神(かわやがみ)の話(2)

以上で以て、一家揃いましての、年末年始の話はおしまいです。
1月6日には、ショート・スティ施設、「けやき」から、母も戻りまして。
結果、イツもの、年寄り三人での生活と相成りまして。

イツものとしたですが、イツもよりは、状態は悪くなってまして。
ソラ、帰る以前は、杖二本で、何とか、移動が出来てたですが。転倒、腰骨にヒビで、歩行器と相成りまして。歩行器と、杖二本では、当然にして、動き易さが違うです。

常識的、何にも無しが一番に宜しく、正常でして。
最悪は、自力で身動き出来ずに、寝たっ切り。
その間となれば、杖が一本にて、二本となれば、両手でして。更に、歩行困難となれば、歩行器でして。
歩行器でも、自分の足で動ければ、結構の、次ぎは、車椅子の生活と相成れば、誰か様の、介助の手を借りん事には、移動もまま成らずになりまして。

昨年11月23日に転倒以来、現在唯今、母は、歩行器でして。
オッとの、移動云々なるは、綺麗事の範疇でして。
トイレをどするかが、最大の問題でして。ソラ、病院や、しかるべくの、施設とは違うの一般家屋でして。歩行器のままで、入れるよなトイレは、そんなにザラにはあらへんです。
しかるべくの、病棟、施設なら、安全対策、管理面、入り易さの確保で、広くて、開放状態なれどです。

での、我が家に来客がで、玄関の扉を開けて、そこには、トイレがあっての、ドアが開放で、母が用足し中にて、嗚呼、こんにちは。
とは、やってられへんわと。
来客で無くとも、親子なら、構わんけれどや。親子でも、見ともあらへんわと。見られて、気分上々でもあらへんやろしと。ましてやの、孫、孫の嫁、曾孫にまでは、ワザワザの、見て戴かんでもと。
とは、我が考えでの、当人の考えまでは、知らんですが。ソコまでは、考えてえへんかと。
考えてえへんでも、やってられへんでも、ソんな状態になるの可能性がありまして。可能性処か、タイミングによりの、幾らでも有りまして。
イヤイヤ、家族ならば、家族であるが故に、我が息子共、嫁共、孫共に、隠す事も無いの、見せてもええけれどや。見られるの当人の気持ちも考慮致すです。

とは、まだまだ、綺麗事でありましてと。
実際には、そのアトで、イツも調子で、何も考えもせずに、トイレに駆け込めば、大惨事が待ち受けてるゾと。
出るモノも、引っ込むの状況が待ち受けてるゾと。私らなら、慣れてるけれどや。アトで気が付き、しもたなあで、済ませるとするのか、諸般の処理をしてるですが。

オッとの、そんな次第の、トイレを正常に使えるは、人生、人間にとっての、重要なる事でして。又、試練でもありまして。
原則、個室で、誰にも、見られとは無いの場所、姿勢、状況でして。
立派な、ええ大人で、一人ででも出来るのに、誰かが一緒で無いと出来ひんのは、精神的異常者かと。イヤ、そんな人も居たはるみたいでねえ。私めからしたら、どかしてるです。

オッとの、とととの、そんな次第の斯くなるでの、トイレの神様、厠神(かわやがみ)の話を掲載したなら、ケンイチ君が、面白い話をメールでしてくれたです。
尚、我が意見を述べるならばの、私も、ええ加減に掲載してるみたいなれどの、この辺りの話を掲載するに当たっては、一通りは調べてるです。
調べた上で、取捨選択してるです。
何を取り、何を捨てるかとなればの、我が見解に近いのを取り、遠いのを捨ててるです。
されどの、どっちにも付かんよなのは、迷いツツ、採用したり、無視したりと。

での、此度、ケンイチ君のは、上手にまとめてくれてまして。拝読して、へえと。力作やなあと、高く評価出来るが故に、一寸、紹介をと。

「植村花菜が亡き祖母との思い出を唄った『トイレの神様』が昨年末のNHK紅白歌合戦でも唄われました。
毎日放送が1月5日に『トイレの神様』というドラマを放映しました。
彼女は川西市の出身なので、ドラマの中では、川西市民病院や川西能勢口駅、猪名川の土手などが映っていました。

『トイレの神様』について少し調べてみました。
トイレ掃除で開運したという話、運(ウンチ)がつくという駄洒落だけではなさそうな。
多くの芸能人や著名人もトイレ掃除を続けているという。代表格が北野武。
他にも和田アキ子、郷ひろみ、花田勝、平野ルミ(料理研究家)、星野仙一、高樹沙耶、サンプラザ中野など挙げればきりがない。

兎に角、自宅だけでなく、外出先で自分が入ったトイレが汚れていたら、一点の曇りも無く磨いてくると、なぜか臨時収入が入るそうな。(本当かな?)

どうしてトイレ掃除で開運(金運)するのでしょうか。それぞれの家には『七人の侍』ならぬ『七人の神様』がつくそうです。
家が新築されると、この神様がダーッと走っていって、自分で担当の部屋を決めるのだそうです。
一番早く着いた神様は、応接間が一番見栄えがよく、格好いいということで、ここを担当に。
二番目は玄関、三番目は居間、四番目は寝室、というように次々と決めていき、後は流し、洗面所・風呂、トイレしか残っていません。
五番目は『かまどの神様』のいる台所。
六番目は洗面所と風呂ということになり、最後に辿り着いた七番目の神様は残ったトイレを担当することになりました。

ところが、なぜ神様が到着する時間にこのように差がついたかといいますと、一番目の神様は手ぶら、二番目の神様は小さな紙袋、三番目の神様はセカンドバックにお土産を入れて、四番目の神様は小さなナップザックを背負って、五番目の神様はリュックサックに少しのお土産を、六番目の神様はリュックサックに一杯詰めて、最後の七番目の神様は、山男が背負うような大きなリュックを背負っていて、ゆっくりしか走れません。

この神様の名を『うすしま(うすさまとも呼ぶ)明王』といいます。
この神様は心優しく暖かい神様で、大きなリュックには皆の生活が困らないようにと、金銀財宝が入っていたのです。
この神様がやる気になるためには、トイレを綺麗にしておかなくてはなりません。
そしてトイレの神様がやる気を出しやすくするための『トイレの真言』というのがあります。
その真言とは『おんくろだのううんじゃくそわか』といいます。『うすしま明王』さまの名前を言って、真言を唱えながらトイレ掃除をすると、なぜか臨時収入があるそうです。

風水ではトイレは一番悪い『気』がたまる場所とされています。
トイレで一日中過ごすことはないとはいえ、ドアの開け閉めで、溜まっていた悪い『気』が人の暮す生活空間に出てきて、人々に悪い影響を与えてしまうのです。
だから、トイレを綺麗に掃除すれば運気があがり幸せになれるということだそうです。」

イヤ、コレも一つの、ンの成る程の、見解でありまして。
否定も、肯定も、処か、大いに、賛同出来る見解でして。

での、私からしたら、トイレは古来より、ご不浄(ふじょう)とされてまして。元々が汚い場所でして。イヤ、「不浄場」とは、便所の事やと。
糞尿が、綺麗な筈は無いです。臭(にお)い、香(こう)ばしくも無いです。香(かぐわ)しいと、鼻を接近させ、恍惚感に浸るよなのが居たら、精神異常者かと。
イヤ、精神異常者やと、断定出来るかと。
糞尿を、わしづかみに出来る人はザラには居てませんです。ましてやの、余所様、他人のなんか、やってられへんわと。見ただけでも、ゲとなり、吐きそになりましてと。

云うたら、昨今の便所は水洗で綺麗やけれどや。
その昔の、溜め置き式の便所なんか、臭いゾと。ポトリと現物が出て、落下で、下からお釣りが飛び跳ねて来てみい。お尻に掛かってみてみい、大変ゾの、そんな経験なら、私め、してるです。
我が年代の面々ならばの、してるです。
ソレと、綺麗、汚いは別問題でして。

水洗トイレでも、水不足にでもなっての、便器に、黄金がうずたかくの、盛り上がっててみい。その上で、用足しするは、余程かと。
別途の場所、河原にでも、ドブ川でもあれば、そこでやる方がと。綺麗やわと。
水不足で無くとも、公衆トイレでなら、良く見てましたです。どこの誰かは、知らんの、無茶苦茶に使てまして。やるなら、便器目指して、やってクレと。何処に目がつき、見てるのかの、自分の尻の穴がどこにあるのかさえ、知らんのかと。

オッとの、そんな次第の、先にも申してるの、トイレを見れば、一発やと。
如何なるの美形、美人でも、トイレがそんな状態ではナと。百年の恋も霧散かと。
イヤイヤ、ホンマやでの、幾ら、綺麗なおべべを、ブランド物の衣服で、アクセサリーで、身を飾ってましても、家のトイレがそんな調子ではナの、値打ちが、ドンと下がるです。内面がと。

反対には、家は貧しくとも、古くとも、清潔感がありの、トイレが相応に綺麗に掃除がしてあってみい。へえと、感心致すゾと。
立派な門構えの邸宅で、そんな管理のトイレでは、格式がと、威張ってたって、知れてるわの、笑止千万の、噴飯失笑かと。かや無くの、笑止失笑されてるわの、顔を便器で洗て、出直せと。
トトトの、便器で、顔を洗える程の清潔感があれば、結構やと。

でででの、何です。
言葉を添えるならばの、「家」にも、運気なるがありまして。運気の良い、家のトイレには、上等の神様、上等の厠神が存在と伝え聞くです。
イヤイヤ、トイレの神様、厠神には、礼儀を以て、感謝の意を伝えるべしと。
言葉でも、態度でも結構の、言葉でなら、言語明瞭の、感謝致しますと、言葉に出しましてと。
態度でなら、せめてもの、正月には、お雑煮、お光りとともにの、二礼二拍手一拝での、更には、日常的、綺麗に清掃をと。
ソレをせずして、何してるかと。
(11/01/16)


NO.928 人数増えての迎春の話(13) 厠神(かわやがみ)の話(3)

一家、揃ての話はおしまいでの、正月、二日の日、長男一人は嫁の里に家族を送ってから、戻って来まして。
イヤ、晩飯等々は、嫁の里で、戴いてからなれどです。
三日は、二男と一緒に、墓参を予定してまして。
イヤイヤ、長岡京に車で出掛けて、二男と合流での、墓参です。本来なら、二男の嫁も同行予定が、諸般の事情で、パスしまして。

イヤイヤ、結構なる事でして。
兄弟して、大いに、行って頂戴の、私等夫婦は、諸般の用事、野暮用があっての、墓参は日程的、月の終わり頃になるですが。
での、当日、長男は墓参で、家族を迎えにで、そのまま、神戸に戻ったですが。

戻ってから、ケータイにて、お墓で、私の叔父嫁と、その娘、息子<私の従兄弟達>に会おたですて。へえと。
イヤ、中手の叔父は他界してまして。叔父嫁、娘は、年に何回か、墓参をしてる。
とは聞いてたです。
事実、墓参で、日も経って無い、花が飾られてたり、線香があったりしてたですが、墓地でバッタリは一度も無かったですが。

にしても、よお分かったなあと。
柴田家の墓で会おたしで、分かったとは思うの、長男曰くに、娘<私の従兄弟>の方に、記憶がと。
要は、我が親父の葬儀の際に、来てくれてたです。フウンの、奇遇やなあと。
私共夫婦なら、月参りでありまして。過去一度もの、息子達だけでの墓参は、コレが初めてでして。
そんな事もあるんやなあと。

での、話を戻しましての、戻すも、余談的話なれどの、モ一発、ケンイチ君のメールの話をと。
彼が記載するに、「兎に角、自宅だけでなく、外出先で自分が入ったトイレが汚れていたら、一点の曇りも無く磨いてくると、なぜか臨時収入が入るそうな。(本当かな?)」
との、下りがあるですが、私も本当かなあと。

そもそもが、清掃の道具<例えば、トイレ・クリーナー>を常に携帯してへんかったら、ナカナカにの、多分ならばの、最低限の常識なら、次ぎに使うの人の立場を考慮の、綺麗に使えが本命の話かと。
ホンマやでの、汚いトイレは使い難く。さりとての使わざるを得んの場合もありまして。
ソラナア、汚く、黄金の坩堝(るつぼ)状態ならば、他所を探しの、ドブ川にでも、河原ででもとなるですが。周辺、住宅街であるとか、しかるべくの場所が無いなら、出来ませんです。

当世ならばの、コンビニでは、トイレ使用を、「ご遠慮無く」とされてまして。
コンビニが、全国展開の、津々浦々にまで、広がってまして。ソレでも、無い地域もあるですが。綺麗に掃除もされてまして。使い易くなってるですが。

での、自分が入ったトイレが汚れていたら、一点の曇りも無く磨けば、臨時収入の話なるは、一寸ナの、話の筋にズレを感じまして。
理由は簡単の、磨くの行為なるは、自分が使うがための話かと。
使うに、汚いのは、出るも引っ込むですが、基準様々での、潔癖性で、徹底的に、気が済むまで、綺麗にしな使えんの人もありまして。失礼乍らの、ある種、病的な方も居られまして。

イヤ、自分が使うのためなら、自分の基準で、磨けば宜しいかと。
汚くとも、気にならぬのなら、そのままで、用を足せばと。
云うたら、使うに汚いからと、徹底的にピカピカに磨いて、イザ、使いの、失敗して、汚して、そのままで、ハイ、サイナラでは、可笑しいゾと。

イヤ、ホンマやでの、斯くなる次第の、私めなら、基本原則、公共の場、或いは、立ち寄り先<食堂等々>ででも、トイレを使うの際、汚ければ、我が基準で、適当に掃除での、ど考えても、徹底的ではあらへんの、矢っ張り、気は使いの、汚したとなればの、最低限の常識の、綺麗に処理してるです。
皆が、ソであれば、公共のトイレも綺麗に使えるですが。
残念乍らの、問題は、汚くするの、ホッタラカシの面々が多いのかと。

出先で、トイレを使うに、様子を承知ならばの、出来る限り、綺麗なトイレを使うです。
高島屋で、大丸で、使うならばの、一階のは避けまして。出入り口付近のは、避けまして。
最上階の、食堂のは避けまして。
理由は簡単の、何故か、その辺りのトイレには、人が多いです。下手したら、順番待ちで、列が出来てたり。列が出来てるよな、トイレは使用頻度が高くの、相場的にも、汚いわと。
私なら、避けられるなら、そんな場所は避けまして。
二階なり、三階にと。

での、云うたら、何かの用件にて、ホテルに行く事があればの、オッとの、結婚式であるとか、同窓会の範疇やと。
出来る限りとするのか、トイレを探索致すです。
原則、名だたるのホテルならば、綺麗にされてて当然でして。事実、ビジネス・ホテルやあるまいにの、韓国、タイ国のホテルでも、綺麗やわと。
ホンマやでの、二十年もの、昔ではあるですが、韓国では、ホテルは別としての、一流、名だたるの、料理屋はんでも、裏手、トイレはビックリ仰天の、汚さ、無管理でして。
タイ国では、ン年の昔では、ホテル以外では、無茶苦茶やったかと。
現在唯今の状況は知らんです。行ってませんです。

よって、トイレは、或る意味、家の格、施設の管理状態をも象徴するかと。
玄関だけを綺麗に、ゴミ箱のゴミだけを片付けてもアカンです。
要は、表面的、見えるの範囲だけなら、誰でもが気が付き、綺麗に出来るですが。トイレにまでは、ナカナカにと。気が付かんのやと。

兎に角、家の中なら、使うの面々は誰かが、分かってまして。
ホテル、食堂等々、より多くの人が使うのトイレなら、誰が汚したかは、分からんわと。分からんが故に、放置かと。されどの、天知る、地知る、我れ知る、汝知るの、誰よりも、自分が一番に汚し度合いをば、承知してまして。
オッとの、この手の話なるは、厠神(かわやがみ)の範疇に非ずの、道徳的観念やと。
での、私め、思うに、考えるに、この手の話には、道徳的観念も影響かと。
(11/01/17)


NO.929 余談 韓国のトイレ事情昔話

ケンイチ君が、マタモヤの、トイレの話をメールで、一発。
昔の、韓国での、トイレ事情の話なれどの、ソ云えば、私にも、そんな記憶がありまして。
掲載一発と。

「またもやトイレの話を。
そうですね、あれはソウルオリンピックが開催された1988年のことです。
韓国の製薬会社に納入した機械の試運転に行ったときのことです。
ソウル市内より車で2時間ほど行ったのどかな田園風景の中にポツンと建ちかけている近代的工場。
その工事事務所の前近代的なこと。なんとアンバランスな。

当然田舎町なので、ソウル市内のような豪華なホテルは望めず、安宿のようなホテルに泊められた。
客室内のトイレにバケツが置いてあるのには驚きである。
従業員(というほうが相応しいかも)のおばちゃんの説明によると、トイレで使用したトイレットペーパーはそのまま流さずに横のバケツに入れるようにと。
下水道に不備があるのか、トイレットペーパーの質が悪いのかは定かでなく、理由を聞く勇気も無く、兎に角はじめての経験でした。」

イヤイヤ、1980年代。
ともなればの、最早の、30年の昔の事でして。
イヤ、ソウル・オリンピックは、パルパル<「パル」とは、韓国語で、数字の、「8」の意味>オリンピックと、称されてたですが。
1988年なら、当世から、22年の昔になるですが。

流石に、ソウル<Seoul特別市>では、解消されてたですが。むしろの、その、1988年を目指して、改善されたかと。
よって、ソレ以前の、正しくの、1980年代の、当初では、首都ソウルでも、同様であったかと。
イヤ、当然の、一流ホテルでは、そんな話は無いですが。

イヤイヤ、小なら、どて事は無いですが。大で、拭いた紙なるは、便器に捨ててはイカンですと。
とは、聞いてませんでしてねえ。
当たり前に旅行では無いの、出張中、仕事での、現地担当者に尋ねたです。あの、バケツには何の意味がと。での、中には、紙がと。しかも、どおも、使たアトの紙みたいやでと。
ホナラの、懇切丁寧に教えてくれたです。

ケンイチ君説の、下水道に不備とするよりは、水が少ないですて。
当時のソウルは、急激なる人口増加<曖昧なるの記憶では、人口の、約80%がソウルに集中>で、水の供給が追い付かず。元々が、水道の水は飲めませんですが。飲めば、我々なら、一口で、下痢症状となりまして。

斯く申すの、私め、経験してるです。喉が渇きましてねえ。
一口なら、ええやろと。
ホントに一口にて、エライ惨事に相成ったです。明くる日、早速にも、その担当者に窮状を訴え、車を出してもらいまして、漢方薬屋に走ったです。

要は流すに充分なる水が不足故に、紙を流すと、詰まるですて。へえと。
へえと、するよりは、流すアホウが多いが故に、詰まったトイレがそこらに一杯あったかと。当時のソウルでは、黄金の坩堝(るつぼ)化のトイレは、珍しい現象でもあらへんわと。
イヤ、確かに先様、韓国のトイレット・ペーパーはゴワゴワでの、分厚うてねえ。下手に尻を拭いたり、鼻でもかんでみい。ヒリヒリぞと。
言語明瞭の、男はええけれどの、女は大変ゾと。
トイレは黄金の坩堝で、紙は、ゴワゴワやしと。質が悪いんやと。
マア云うたら、その昔には、日本でも使用の、落とし紙状でして。古新聞の再生紙かと。イヤ、真偽は定かに非ずやでと。

イヤイヤ、ソレだけに非ずの、工場も、下請けの場合、食堂<一般食堂>でも、表現、何とするかの、適当の、ニュアンスがさえ、伝わればの、「溜め置き式手洗い器」とでも、云うべきかの、器(うつわ)が、天井から、ブラ下げてありまして。
下<底>から、出てるのノズルをば、ポンと、手の平にて、持ち上げれば、ノズルが元の位置に下がるまでの間、溜めた水が出て来るの方式での、別段にの、その昔の日本にも、散見の、「手洗水の供給器」でして。

イヤ、ソレがあったです。
所謂の、洗面所もあったけれどの、水が出ませんでねえ。手を洗うにソレしか無しの、ソレで、洗う方が、汚いの印象があったかと。
ホンマやでの、綺麗な器と違うわと。

での、ツイでの話の、トイレの清掃も、単に床に水を放水するだけの作業でして。
ホナラの水は出るみたいなれどの、出るの水道の蛇口は鍵付きかと。
での、でででの、元々が、先の通りの、水洗は水洗でも、黄金の坩堝化してるのが多いがな。
ソレを、水で、バケツで、ホースで、一気、洗い流す故に、どんな事になるか、想像は勝手にして頂戴の、出るモノも、引っ込む処か、真っ青での、病気になるわと。

オッとの、クレグレもの、ソウル・オリンピック辺りまでの、話やでと。
田舎では、知らんわと。
韓国滞在中には、工場の面々と一緒に方々に行ったですが。
イヤ、当然にして、ソウルにも、田舎はありましてと。マア、正直には、我がご幼少時代、20年や、30年の昔を彷彿とさせられたですが。
或る意味、懐かしく。
或る意味、へえと。
ソラナア、日本国の、30年の昔と、韓国のその当時とは、似て、非なるの、当然の、文化が異なるわと。
日本よりは、素晴らしい面があれば、常識外れの面もありまして。

云うたら、日本国で、手鼻はしいひんやろな。タマタマにする人があっても、公道で、人前では遠慮をするやろな。ソレを器用にしてましての、へえと。
されどの、汚いなあと。

では、あっても、儒教の国でありまして。
親を大切には、見習えよと。加えての、親の、目上の、面前では、タバコをさえ、遠慮をしてたですが。
そんな国で、何で、そんな事をの光景が一杯でして。
要は、見える場所と、見えぬ場所では、違うんやと。
ソレも、違うで、当然の考えでして。見栄えさえを良くしとけばと。
(11/01/18)


NO.930 御鎮座1300年式年大祭(8) 自治会会長の話(1)

前回は、イツで終わったかと。
10/10/29>で、一旦、中断してるです。
理由は、簡単の、急ぐの、「単なる雑談」がありまして。
「単なるの雑談」故、どっちでも、ええと云えば、宜しいですが。
こっちの、「大井神社」の、「本神輿」
「御鎮座1300年式年大祭」の話も中断しつつの、気になってまして。

イヤイヤ、でででの、この話は、昨年<2010年>10月17日の話でして。
現在、本日、2011年2月と相成ってまして。
ソラ、その間、諸般諸々の、色々有ったです。色々の中でも、最大、絶大、超特大は、二男の結婚でありまして。諸般、ソレがために、中断したです。
での、この話、「本神輿」も、大きな意味でなら、二男の結婚に関係してまして。話簡単には、景気付け。

オッとの、そんな次第の、再開でして。
再開も、町内会の面々、一同、四名様が、うち揃いの、法被を着て、地下足袋を履いて。兎に角、若干一名、直(じか)に、地下足袋を履いてまして。
我が経験上、足が大変ゾと。
今なら、間に合うしと、ケータイ一発、奥様に、靴下を持って来てくれと。
運良く、家にありましての、落ち合い場所、JRの並河駅に奥様が持って来てくれて。

デハと、一同、「大井神社」に向かうになるですが。
誰とは、忘れたの、イヤ、Tさんが、こっちから行こかと。へえと。
こっちとは、そのJR並河駅には地下道がありまして。駅の向こう側に行けるですが。地下道でと。
イヤ、私め、地下道経由は初めてでして。
イヤイヤ、若干の一人を除いて、他(ほか)の三人は初めてでして。初めてでも、地下道を行くは初めてだけの事で、駅のあっちに行けるは承知の、あっち側に行けば、神社もそっち側でして。
よお知ってるなあと、問えば、息子さんが結婚して、地下道のあっち側の界隈に住んだはるですて。ソですかと。

結果、住処の前を通過で、大井神社に着いたですが。
付けば、モ一名の町内会のメンバーとするのか、ヤヤコシイけれどの、元町内会とするのかの、要は、町内会の住人の息子さんが居たはってと。
イヤ、前回、昨年<2009年>の時にも、一緒に参加したですが。
親元は、町内会なれどの、当人は、余所でして。同じ、学区内<町>ではあるですが。

実は、ええのかなあと。
イヤ、親父の指示なれどの、よって、我が町内会から登録での、出てくれてるが。出て戴くは有り難いけれどや。
一寸、変と。

イヤイヤ、当人にもその辺り、問うたです。変やなあと。ハイ、変ですねえと。
マア、今期までになりますねえと。フウンの、何でと、問えば、住処が替わるですて。但しの、平行移動に近く、近在<町内会が異なる>ですて。へえと。
殆ど、我が町内会に近いなあと。
イヤ、従前の方が、反って、距離的には、遠かったですが。

イヤイヤ、そんな話も結構の、「大井神社」に着いても、何にも無いです。
時間まで、待機してるだけの事でして。
時間とは、参加の子供神輿が参集での、参加者全員、宮司から、お祓いをして戴きまして。子供神輿が退散での、「本神輿」奉仕者は、御神酒を戴き、実行委員長の挨拶、宮司、宮総代の挨拶があっての、御神輿を移動させるだけの、だけとは、表現、失礼なれどです。

そして、イヨイヨの、神輿の移動。
移動の前に、神社境内を、練るですが。
イヤ、全員が参集では、危ないとするのか、神輿を持ち上げるべくの、場所が無いです。

そんな次第の、ハタと、横手を見れば、横手と云えどの、真横の意では無くの、距離があるですが。
自治会会長が居てまして。
オッとの、では、挨拶でもと。
オトトの、クレグレもの、良くとするのか、知ってまして。簡単には、私が区長時代の、区長仲間でありまして。但しの、大きな区で、且つの、地の人なれどです。
何を隠そおの、隠す事は無いの、我が期から、自治会の次期副会長として、選出した人でして。
次期には、予定通りの、副会長で、更なる次期には、会長となりまして。
以来、会長職を継続でして。

イヤイヤ、本来ならばの、自治会会長ともなればの、私めからしたらの、雲の上でありの、無縁の存在なれどです。
変な話、区長経験にて、グと、超の接近したです。ましてやの、我が期の、次期自治会執行部は、承知の面々とするのか、殆どが、同期区長でありましてと。

今やから、云うの、中には、成りたい人も居てまして。
言葉、選ばずならばの、地の面々は、成りたいとは、語弊、云い過ぎでもの、ソラ、産まれて、ズっと、ご当地でして。小学校にしたって、通たの母校でして。
郷土愛は当然の、ご当地の歴史も、当然の、地の出身の区長ならばの、チャン、君と呼べるの間柄でありまして。

自治会役員に選ばれるは、ある種、名誉な事でして。
ある種処か、非常なる名誉かと。
対して、私共なら、余所者でして。
特に、私めなんか、地名は皆目の、真正、純正、方向音痴でもありまして。
そんなモン、スと受けられるの気分的状況にはあらへんわと。
とは、云えどの、その当時、次期役員選考の際には、覚悟もさせられたです。ソラ、誰かが、自治会役員に成らんならんわと。

イヤイヤ、事実、とあるの人が、会計担当に決まってたですが。
諸般の事情にて、アカン、出来んの可能性があると。むしろの、出来んの可能性が極めて高い故に、しかるべくの際には、貴君、シバタはん、やってくれやはらへんかと。
電話一発、頼まれまして。へえの、ンと。その際にはと。

結果的、土壇場にて、解決一発、その人が会計に就任したですが。
ついでの話の、その更なる次期に、その会計担当が、諸般にて、退任すると。よって、貴君、シバタはん、やってくれやはらへんかと。
イヤ、その区長仲間の会計からでは無くの、別途の区長仲間<当時区長で、選考委員>から、話があったですが。

云うたら、正直、最早のやる気は消滅してたです。
当時、区長時代のそのままの延長ならばの、鋭意決断の、使命感で以て、引き受けたですが。
一年経ってしもてみい。無理ですわと。
私めから、云わせて戴ければ、当時会計、原則二年任期故に、一年で退任は、アカンでと。
<注=二年とは決まってません。又、自治会役員の選考委員は、その時の区長会が担当し、最悪、区長会の面々が責任を取り、残留する。>

オトトの、余計な話になったですが。
そんな次第での、事もあろおにの、自治会会長とは顔見知りでありましての、ソラ、見つけたならばの、知らんの顔もで、挨拶とするのか、声でも掛けとかんとと。
掛けるは、礼儀やわと。
(11/02/06)



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