シバケンの単なる雑談NO.148

雑談NO.146 雑談NO.147
雑談NO.141 雑談NO.142 雑談NO.143 雑談NO.144 雑談NO.145

雑談NO.110 雑談NO.120 雑談NO.130 雑談NO.140
雑談NO.60 雑談NO.70 雑談NO.80 雑談NO.90 雑談NO.100
雑談NO.10 雑談NO.20 雑談NO.30 雑談NO.40 雑談NO.50
題目一覧表

目次

雑談NO.149

NO.1750 女子会の話(1) 納涼床の話(1)

NO.1749 母の一周忌と、5月の連休の話(14) 京都市動物園の話(2)

NO.1748 母の一周忌と、5月の連休の話(13) 京都市動物園の話(1)

NO.1747 母の一周忌と、5月の連休の話(12) 女子会と、動物園の話

NO.1746 母の一周忌と、5月の連休の話(11) 一周忌終われば、四国組の話

NO.1745 母の一周忌と、5月の連休の話(10) 以て、母の一周忌は終わるの話

NO.1744 母の一周忌と、5月の連休の話(9) 振り返れば、当方、よ、やったなの話

NO.1743 ミニミニの、同窓会の話(11) 大学生で、補導され掛かるの話

NO.1742 母の一周忌と、5月の連休の話(8) 昔は、家が、皆、近所の、四条大宮の話

NO.1741 母の一周忌と、5月の連休の話(7) 「乾杯」に非ずの、「献杯」の話

雑談NO.147


NO.1741 母の一周忌と、5月の連休の話(7) 「乾杯」に非ずの、「献杯」の話

基本的になら、法事も、葬儀も、相場は一緒。立場、故人との、関係にも寄るかと。
但し、法事は、親族のみでして。
オッとの、何の話、かとなればの、香典の事。

葬儀なら、町内会の方の。学友等々、知り合いの。
そして、親族のが、あるですが。
町内会のなら、当世、香典お断りが流行っててね。但し、町内会の方に対してでの。親族に対するは、戴くですが。当方的感覚でなら、お断りの風潮、如何なモノかと、思うですが。互助の精神から、でして。
されどの、自家のだけを、例外とも出来ず。当家、母の時には、町内会には、香典お断りにさせて戴いたですが。

これも、その次ぎの方、同様の、香典お断りで、その又、次ぎの方、特段のお断りの文言無くで、香典持参致したですが。
イヤ、万事、喪主の考えで結構なれどです。
或る意味、この風潮の中、お断りとされずは、勇気あるなあと。えらいと、思うです。

ンの、ここだけの話、でも無いの、既に、申してるの、昨年、6月当家。9月に次ぎで、その又、次ぎが、当年1月での、以降、葬儀あらへんなと。あくまでもの、町内会内での話やでの。
この、3軒もが、1期で、連発、当町内会初での。
且つは、その昔、当方、区長時代の、敬老会参加の面々でして。

でや、相場なら、町内会の方なら、基本、3千円哉と。
千円は少ないし、5千円もはなと。そら、奇数で選べば、「3」が妥当での。
では、学友のと、なればの、1万円見当やなと。イヤイヤ、当人で無くの、その家族でもや。ここで、「3」や、「5」は、チョとなの、少ないなと。

さての、問題は、親族の場合。
親族も、母方のと、父方のがあってね。
当方の場合、母なら、上に兄2人で、下に妹1人でね。まあ、云うたら、大した、立場にあらへんでして。気楽なるので、1人、参列なら、1万円で、嫁はんなり、母健在の時なら、母とで、2万円。

云うたって、名義、別々にの、2袋にしての話やでと。さもなくばの、偶数になてまうわと。なっても、大した事、問題には、成らぬですが。要は、中身や、中身の話やわと。
嫁はんとなら、どしてたの哉の。袋一緒で、2万円哉の、3万円にしてたの可能性がと。よ、覚えてえへんけどや。

コレ、基本的、会席の料理代と、考えてまして。料理だけなら、大抵ならばの話の、1万円も掛からんのけどや。お布施、粗供養等々、あるやろしと。
どちにしたって、1人、1万円見当なら、料理豪華も、喪主には、大した、負担、持ち出しには、なってえへんわと。
オッとの、その辺り、町内会なり、学友のなら、会席と、するのか、料理まで、ご馳走にはならぬですが。ソラ、それは、親族に対する、モノでの。でも無いなら、通夜なり、告別式終われば、サと、退散してるですが。

ならばの、父方、柴田家のなら、どしてるのかと、なればの、親父長男、当方長男。
云うたら、津崎家のなら、当方1人でも、母だけでもの。母だけでは、参列致さんですが。諸般の、諸々の、足も、無いしと。
されどの、柴田家のなら、基本、夫婦でと、相成るわと。そら、その方が丁寧でして。オッとの、津崎家のでも、場合により、夫婦で参列の場合もあるですが。
どちにしたって、基本、3万円の、場合により、5万円哉と。
イヤ、柴田家のでは、1人で参列も、1万円とは、出来んでねえ。先の通りの、長男家長男でして。長男たる、辛いのお。

での、当方の親の場合なら、兄弟、云うたって、当家、妹1人だけでして。
オッとの、他家の事、知らんでねえ。考えよによては、兄弟で、葬儀費用、相応に負担する場合もあるらしく。されどの、妹では、そも出来ずの、当方、そもそもがの、その手、そのものを、想定してませんでして。
よて、香典での、相応の費用をと、相成るですが。実際に掛かるの費用、桁違うしなと。
但しの、まともに、したらの話やでと。

さての、母の一周忌も終わったですが。
イヤ、話は、マダ、続けるですが。それまでの、四十九日やとか、納骨、百箇日やとか。その都度、住職の読経で、会席での。
正直なるの話、粗供養等々にての、相当額の出費やなと。一番は、何ちゅうてもの、会席でして。
ここだけの話の、まあなあ、故人を偲びの、これも、母、派手好きでの、一周忌も、当家なりにの話の、大奮発してねえ。法事全て、奮発してるのけどや。それは、結構も、結果的、ゲと。

これはなあ、諸般、喪主なり、施主を務めたら、分かるわと。
それも、考え方次第なれどです。親族には、基本、時間作って、参列賜っただけでも、有り難くと。
以降の、三回忌等々までをも、こんな調子で、法事してたら、破産やなと。
只なの、柴田家長男家長男としての、立場あるわと。云うたって、当方の下、妹家だけで、分家<叔父>柴田家なら、二家での。津崎家も、声掛け、参列二家でして。

での、モ一発、云うてもたらの、母方と、云えどの、伯父、伯母他界で、参列してくれてるは、従兄弟達での。柴田家なら、代理出席での、コレ又、従兄弟達やしなと。
皆、当方よりも、歳下でして。柴田家のは、グンと、下でして。
妹家のなら、妹夫婦と、甥達、姪家でして。甥、姪となればの、コレ又、世代が、違うわと。
としての、立場も考慮哉と。

イヤイヤ、云うてるは、当家、年会で、自身が最年長になてもたなと。
親父の25周忌も、そやったけどや。
他家と、するのか、諸般考慮で、母方伯父家、父方叔父家に声掛けてませんでして。叔父家、代理で無いなら、当たり前の、当方最年長とは、違うしなと。


そんな次第の、斯くなるでの。
さての、席決まれば、飲み物、何にする怪の、好きなのを、云うて頂戴も、運転手の手前、殆どが、烏龍茶と、ノン・アルコールのビールでして。
津崎の従兄弟、上の伯父の方の次男なれどの、これは、車と違うし、飲めるしと。何にする怪の、とりあえずは、ビールにするかと。

仲居さんが、持って来てくれての、皆、注ぎ終わった頃合い、見計らいの、デハと、施主挨拶をと。
何を云うたか、細々なるは、失念の。当初なら、諸々の想定、してたですが。状況より、経過より、大幅変更、省略致しの、簡潔にと。
元々が、年会、一周忌の挨拶にての、延々の演説なんか、しやへんわと。

これも、席的、当初の想定とは、違うしなと。下座から、上座に向かいの、挨拶するの積もりが、上座から、下座なりに、向かいの挨拶も、異な感で。
でや、何を云うたか、超の簡単、「本日は、お忙しいところ、トモさんの一周忌に参列賜り、有り難う御座いました。」
ダケでは、幾ら何でもの、簡単に過ぎるが故の、本当は、6月8日に亡くなり、9日通夜で、10日に告別式でしたですが、暑いのも、何ですしと、1箇月早めましたです。
そんな事で、沢山の方に参列賜り、故人も嬉しく思てる事と、思います。
では、故人に対し、献杯をと。

イヤイヤ、便利な言葉、文言あるです。「乾杯」に非ずの、「献杯」ですて。
ここまでの、法事では、「献杯」なるの文言、知りませんでして。「乾杯」とは、云えへんしで、その手の文言云わずに、何ちゅうたかは、忘れてもたわと。
(16/05/13)


NO.1742 母の一周忌と、5月の連休の話(8) 昔は、家が、皆、近所の、四条大宮の話

結局は、施主挨拶なるは、一番に簡単、簡潔なる文言になったです。
ここだけの話、でも無いの、母の一周忌故、その出生の、津崎家のルーツについて、チョとだけ、触れよかと。とも、思てたですが。
それも、止めたです。
挨拶でより、会席にての、従兄弟達に話題として、尋ねるの方がと。

いやなあ、下の伯父の長男、ノブオと申すですが。コレが詳しいてねえ。参列してくれるなら、丁度良いしと、尋ねるの積もりしてたですが。
此度、体調がで、不義理すると。

での、誰が知ってるのか、よ、分からんでねえ。
そもそもがの、母の両親、早くに他界してるですが。結果、兄弟姉妹、幼くしての、苦労したらしく。
母、何歳の頃、どなったかまでの、詳しくは聞いてえへんですが。
父親が、「平八」とは、聞いてるですが、母親の名を知らんでねえ。そのままに尋ねたですが。ンの、上の伯父の次男、ヨシノブ、知らんなと。えと。
ほならの、その嫁、過去帳見たら、書いてると、思うけどと。ソラ、そなんやけどや。そか、知らんの怪と。
ここは、諸般の事情にての、長男家より、墓石、仏壇の管理、譲られたですが。よて、事実上の、上の伯父家の、継承者に相成るですが。
よて、よての、此度も、その家を代表しての、参列でして。

イヤ、多分なら、長男家健在も、兄弟して、参列してくれてると、思うですが。
仲のええ、兄弟でして。このヨシノブ、イツも、兄貴が、兄貴がと。兄を立てててねえ。羨ましい程にねえ。

オッとの、それでや、これは、母から、耳タコの、聞かされてたの話の、父親、平八なるは、近衛騎兵であったの話の、落馬して、怪我して、云々の件なるは、騎兵と、までは、聞いて、覚えてるけれどの。
又、落馬云々も、そんなよな事、聞いてるけれどの、近衛までは、どなん哉と。
へえの、そかの、これは、実は、ノブオからも、聞いたの話での。肝心の、そのノブオの親父、伯父には、確認してへんでねえ。

イヤ、そんなモンでして。
生前、聞いといたら、良かったなと、後日、思えどの、生きてる時、諸般の疑問点、確認すべきの事柄なんか、会おてても、別途の話に終始してるわと。
そして、ルーツ、ルーツったって、コレ又、当方程の年齢になて来たら、後世、子々孫々に伝えねばと、思いはしてるですが。
果たしての、コレ又、常に、伝えんならんと、思てるで無く。

そもそもがの、息子共、嫁共、孫共、当方の事、嫁はんの事をさえ、どれ程の事、知ってるの怪と。更になら、柴田家の事をと。
ほならの、当方なら、嫁共の親の事、家の事、どれ程のと、なればの、殆ど、知らんに等しくて。
イヤ、話なら、してるですが。諸般、結婚の事で、挨拶に伺おたの時でして。それ、一度だけでして。他は、そんな話も、しやへんしと。機会あらへんわと。
ほならの、知らんでええの哉と、なればの、そこまでの事、余程でなければ、知らんでええやろと。

云うたら、妹婿殿家の事も、どこまで承知かと、なればの、全然の知らんに等しくて。
当方なら、時折の、話題的、話もするですが。話、進まんでねえ。
この手の話、興味抱いてくれて、質問されて、ドンドンと、弾むですが。一方的には、話するに、難しく。

オッとの、でや。
モ一発、申すならばの、赤穂浪士、忠臣蔵、そのものには、関係あらへんですが。四十七士も、脱落したの方も、史実として、名は、分かってましての、その中に、津崎姓なんか、出て来ませんですが。
何やら、その志士に、ご縁あったの話を聞き及んでてねえ。
その下の伯父家の長男、ノブオから、チラと、聞いたの覚えあってね。

そんな話、知らん怪と、問えば、ヨシノブ申すに、ンの、そんなよな話、聞いた覚えあると。
それに関連してか、してないかは、分からんの、肖像画があると。ある筈と。それは、津崎のご先祖様か、そで無いかが、定かに非ずの、巻物として、あるはあるけれどの、下の伯父家が保管してるのらしくと。へえと。
よて、現在なら、ノブオが保管になるですが。
何故に、次男家が保管で、長男家が、保管せずかは、分からんのけどや。
ここで、云うてもたら、兄弟仲、芳しく無くて。伯父世代がでして。従兄弟世代なら、仲宜しくて。

申せば、そものもがの、上の伯父が、当家、柴田家に来た事は無く。来るは、下の伯父でして。
そらなあ、諸般、下の伯父からは、兄貴はなと、余り、ええ話、聞かんでねえ。

それを、云うたら、コレ又、ここだけの話の、でも無いの、上の伯父家の子、従兄弟達は、兄弟仲宜しくて。下の伯父家のは、仲が悪いと、までは、申さんの。兎角に、兄貴が、兄貴がなあと、弟達より、聞いててね。一番下のは、早くに死んだですが。
要は、兄は、親の面倒見てへんと。
当方から、云わせて戴ければ、チャンと見てるでと。同居はしてへんけれどの、近くに住んでるです。伯母が亡くなってからは、食事は毎日、毎日、運んでたよでね。運べる程度の距離での、大したモンでして。

オトトの、トットの、斯くなるでの、当方、何故か、母方、下の伯父から。上も、下もの、従兄弟達から、諸般の話、聞かされるの立場でね。
理由なるは、当方、他家の血縁者での、従兄弟の中では、年齢一番の年長でして。話しても、無難なるの、位置付けでして。
何故に、伯父達の仲がとなればの、聞かされてるの範疇ならばの、年会等々、親戚付き合い等々、上の伯父、苦手でね。
事実、結果的、下の伯父が、年会催してたです。
催しても、上の伯父、参列せずで。理由、聞いた事、あらへんしで、知らんわと。
オッとの、そらなあ、上の伯父にも、沽券、面子あるです。ほならの、長男の立場故、催せと、相成るですが。無い袖、振れんわと。では無い怪なあと。

イヤイヤ、我々世代、従兄弟仲間なら、その手の話、禁句、タブーで無く。
上の伯父無関係の、諸般の年会の都度、顔合わせて、話もしてるわと。

ででや、その昔ならです。
当家、柴田家、仏光寺の、油小路西入るであったですが。よて、菩提寺、「光圓寺」も、その近くでの、松原の、西洞院東入るでの、歩いて、5分程度哉の場所でして。
これを、分かり易くの大きく云えば、四条堀川の方に家あったですが。
本籍、細かくならばの、綾小路の大宮東入るでして。これも、大きくならばの、四条大宮。残念乍らの、当方、そこ、本籍地には、住んでませんですが。住んでたは、祖父の代の話での。判子一発、連帯保証人で、全部、取られてもたわと。

それでや、津崎家上の伯父なら、四条大宮上がる<北>の方。
下の伯父家、細かくならばの、黒門、仏光寺、下がる、東入るでして。これを、大きくならばの、四条大宮の下<南>でして。
ここまで、申せば、分かるわの。その昔には、柴田家も、両津崎家も、各々、歩いて、5分、10分の範囲やわと。

云うとくの、当家、叔父達も、同じ家、屋根の下に、同居してたしなと。
当時には、そんなモンやったんやと。
オッとの、本命の話なるは、柴田家も、両津崎家も、京都の、市内の、ど真ん中の、四条大宮での、スグの、近くやったんやと。歩いて、行けたんやと。
モと、云うたら、小学校は違うのけどの、中学校なら、一緒やわと。但しの、学年ズレてるですが。
トトトの、この辺りの話、全部、「いそべ」で、してるわと。
(16/05/14)


NO.1743 ミニミニの、同窓会の話(11) 大学生で、補導され掛かるの話

まずは、途中で、別途の話をし出してもての、中途で、止まってるの、「ミニミニの、同窓会の話」をば、続けるにするです。

<参考=「単なる雑談NO.146」NO.1726 ミニミニの、同窓会の話(10) 電池計算機の話

いやねえ、この日<4月15日>、朝とするのか、11時半、京都駅に集合。
駅前の、「京すいしん」にて、昼飯喰て。余りに時間、長々ともなと。
そらなあ、お茶が出て来て、御膳も、片付けられたら、居てられんでねえ。
一旦出て、京都中央郵便局の手前の、コーヒー・ショップ、「カフェ・ベローチェ 京都駅前店」にと。

こんなええ場所で、5人分の席、あるやろかと、思いつつの、店員に、5本指、示せば、チョと待ってくださいと。申しつつの、空けますと。へえと。
まあねえ、席も、適当に、椅子をこっちから、あっちに。あっちから、こっちにと、適当に人数分、揃えるの程度ですが。
イヤ、店内なら、或る程度の広さも、客数多く。若手から、中年、老年、我々の世代なれどの、ゴチャ混ぜの様子でねえ。
イヤイヤ、当方、入るは、初なれどです。

オッとの、ここの、コーヒーも、安いねえ。半セルフ・サービスですて。概ね、190円也での、半セルフ・サービスとは、注文の飲み物なりは、自分で、席まで運ぶですが。席を立つ時には、そのままで、結構でして。店員が、処理してくれるです。
こんなシステムも、初でして。当世、こんなのが、流行ってるのやねえ。

での、ここで、どの程度の時間、居たかは、忘れたですが。
兎に角、11時半、「京すいしん」で、昼飯喰て。このままに解散では、早過ぎるなと、皆で、コーヒー・ショップに入っての。解散したが、17時頃哉と。要は、5時間半、ええ歳した、5人が、喋りまくってたに相成るですが。

まあなあ、話はバラバラ、あっちの話、こちの、あれの、時事問題から、爺問題まで、様々での。
こんな話を一々の、解説、記載、掲載してたら、切りあらへんでして。別段にの、議事録作成の積もりも無く。

でや、マサノリ君、当方の夏休みの工作にての、電池計算機作ったの話、してくれて。
どこで、出て来たの哉の、マサノリ君を訪ねて、自宅に行けば、居てへんでねえ。大抵なら、パチンコやろと、探しに行けば、居たの話をしたなら、彼、マサノリ君、曰くに、その時の話でも無いけれどの。
当方、私服警察官に、補導され掛かったの話、しやがてねえ。

ど云う事かと、なればの、当方、コレ、多分なら、四条大宮、南大門の隣辺りのパチンコ屋で、パチンコしてたら、とあるの、小父様、君々と。
警察のモンやけど、歳幾つや、学生証見せなさいと。

いやねえ、この時、学生服で、パチンコ屋に、でして。
学生服なら、中学生、高校生、大学生も、学生服なれどです。
モ、一発、いやなあの、この時、大学生で、18歳未満に非ずの、多分なら、二十歳頃と思うですが。
高校生と、間違われたんやなと。

当方、自分では、パチンコ屋には、正々堂々の入れるの年齢と、自負、自覚してるですが。ハタ目、高校生と、見られたんやねえ。
そこで、学生証見せたら、ンの、大学生かと。
で、終わったですが。
イヤ、重々の記憶してるの出来事、事件でして。
只なの、その時、マサノリ君も居てたとは、記憶にあらへんでねえ。されどの、その事、申す故に、ンの、ソバに居たの怪と。居たでと。そかと。

云うとくの、ほんとはなの、大学生と、高校生では、付けてるの徽章が違うです。
当世、学生服、そのものを、着てるのが、居てへんけどや。その昔には、学部のイニシャルを爪襟に付けてたです。
当方、理工学部なら、技術<Tecnology>の、「T」。
経済学部で、<Economy>の、「E」。
文学部、<Literature>の、「L」で、農学部なら、<Agriculture>の、「A」でして。

オッとの、それと、学校の、校章でして。
この事、知ってるならの話の、一発、学部は分かるわと。大学名もなと。
皆、学生服一丁、てかてか、はげはげ、ぼろぼろと、までは申さんの、てかてかは、皆てかてかでの、綺麗なのを、着てるは居てへんでねえ。
云うたら、当世、学生なんか、社会人かも、分からんの服装、恰好してて。且つは、綺麗なのを、着てるですが。それだけ、金銭的余裕があるんやなと。

それ、云い出したら、当方、方々で、高校生に見られてたなと。
一度だけ、祖母か、母親と、多分なら、母親かと。一緒に、大丸の食堂で、飯喰てたら、ソバに居たの婆様、当方に対しの、へえの、賢いのやねえと。ンと。
当方、賢いとは、夢想だにも、思てえへんでして。
その時にも、当然の、学生服での、ハタと、思い付いたは、飛び級の、天才と、勘違い、見違いされたんやと。

高校生時代には、中学生と、間違われたんやろねえ。
「9」の付くの日には、西洞院、四条上がるの界隈にて、夜店が出てたですが。
見物に行ってたら、それこその、中学生くらいのが、その徽章、高校生で無いと、付けたらアカンのやと、注意されて。
これは、学生帽にも、矢っ張り、爪襟にも、校章、この場合、堀川高校の、なれどの、そらなあ、学区でなら、堀川高校、当時にでも、有名でね。
諸般、間違われても、嬉しかったですが。
オッとの、実年齢よりも、下に見えてるは、自覚はしてへんかったのけどや。単に背が低いだけと。

そ云うたら、まだ、あったなと。
矢っ張り、高校生時代、野球の試合の応援に、西京極球場に、行ったですが。応援団、閑散。超の閑散の、殆ど、観客居てへんでねえ。
兎に角、応援してたら、つかつかと、三人の、多分なら、中学生やろねえ。結構なるの、大柄のが、ソバに来て。
お金持ってるやろと。ンと。

要は、強請、集りの、類の、チョと、脅して、金銭、巻き上げるの積もりの連中での。
正直申しの、西京極球場界隈、この手、柄悪いは、承知してたですが。来たかと。イヤ、この手、初なれどの、相手、三人も、見て一発の、餓鬼、中学生程度での。
云うたって、当方、腕力、体力に自信無く。剣道、柔道、居合い抜き、空手に、レスリング、重量上げの、経験も無くの。
とりあえずは、ひ弱な、高校生。

只なの、向こうっ気、だけは、強おてね。
さりとての、喧嘩する気、皆目の。
オレ、高校生なんやでと。の、一言にての、先様、デブのが、ほんまかと。ほんまやわと。それこその、学生証、見せたろかと。
申したならばの、三人相談の、申してるに、高校生なんやてえ。フウンで、終わったですが。


そんな次第の、斯くなるでの。
次回には、この5人に、加える事の、コウジ君。現在、千葉県在住なれどの、呼んで、6人での、「ミニミニの、同窓会」しよかで、そやなあと。
幹事、ミノル君に決定でと。
宜しくと。解散したです。
(16/05/28)


NO.1744 母の一周忌と、5月の連休の話(9) 振り返れば、当方、よ、やったなの話

さての、諸般で、間空いたですが。
一周忌、「いそべ」では、会食し乍らの、津崎家のルーツの事、又、その昔の記憶の事等、話をしたですが。
これも、どこまでを、掲載するの鴨も、あるですが。
イヤ、別段にの、秘密の、ヒソヒソの、砒素話であらへんでして。

当方、想い出となればの、上の伯父の次男とは、諸般あってね。
どちかとなればの、気さくなヤツでして。体型、顔付き、少々、強面なれどです。
兄貴、兄貴と、兄を立て。その兄貴も、早くに他界したですが。諸般、病床にての、我が母と、会いたいと、申したらしくの、今の内にと、会おてくれと、連絡あっての、彼の家、醍醐寺の方なれどの、母を連れて、一度だけ、訪問。

イヤイヤ、そこ経由で、彼の車に乗せてもろての、入院先の、「国立甲賀病院」に見舞いに行ったですが。掲載の日付見たら、03年、つまりは、2003年やったんやねえ。最早の、13年の昔になるんやねえと。
オッとの、この時、一周忌の時には、13年前が云々の話はしてへんですが。
<参考=「不可思議の世界NO.4NO.5」従兄弟が逝きよった>

こいつとの、当方、一番の想い出なるは、京都仏光寺の家から、宇治槇島に引っ越しの時、応援頼めば、トラックで、駆けつけてくれて、へえと。
そらなあ、助かるです。
当時には、引っ越し屋なんか、頼まずの、全部、自分達、親族なり、学友なり、同僚に声掛けまして。
そらなあの、引っ越し屋なら、存在するですが。そんな金、勿体無いわと。
又、声掛けたら、皆、集まってくれたんやと。こちも若いし、応援団も、相応に若く。
モ一発、そらなあの、家具に傷云々の、細かな事、考えてえへんわと。そんな事、云うてたら、やてられんわと。

問題は、トラックでして。
当方にしたって、当時には、会社にトラックあって、借りるが出来てね。返すの際、ガソリン満タンにしたら、宜しくて。何度か、借りてるですが。
そらなあの、自力での引っ越しで、一発、一日では、終わらんわと。
そこえ、従兄弟が、トラックで、来てくれたら、助かるわと。
少なくともの、何往復の内の、一度、二度分、せずに、済むの。仏光寺の家から、槇島までは、概ねの、15キロくらい哉の。片道では、済まんの、往復せねばと。云うとくの、田舎道の、15キロとは、違うぞと。交通量一杯。

イヤイヤ、一日で、何往復もは、しやへんのけどや。しとても、出来んけどや。
トラックなら、大きな家具を運ぶが主。応援居てるの時、大物をと。
あとは、次第、次第にの、小物で、最後の方なら、忘れモノの程度の、当時なら、我が愛車なるは、軽の、ホンダZ、やった筈。ソラ、24歳の辺りでして。入社、2年目やったの哉と。
今、考えたら、金も無いのに、よお、やったなと、今更乍らの感心致すです。

そらなあの、家が壊れて来たと、するのか、住める状態では、無くなって来てもてね。
のんびり、じくりと、考えてられんでねえ。
その時には、2人の、叔父達、順々に独立、家出て、祖母他界で、親父、結核にての、「宇多野病院」に隔離入院。当時、結核なるは、法定伝染病でして。入院代、只故、助かったですが。

結果、家族となればの、母、妹、当方の、3人。
状況より、分かるやろな。
親父、居てても、相談にもならず。云うたら、当方、親父の代行、家長代行みたいなモンやと。事実上の、家長でして。その歳で、一家、支えねばと。住み処、何とか、せねばと。
そらなあ、当時、妹、高校卒業して、就職したもあったの哉と。

モ一発の、分かるやろなと。
その上で、住宅ローンなんやでと。
とは、云うたってなの、悲壮感なんか、まるで、無し。当世とは、違いの、年々のベース・アップあったし、残業代が相当額での、好き放題、してたわと。

とは、とは、云うたてなと。
誰が、好き好んで、産まれの、育ったの地、仏光寺の、家を出るモンか。
最初は、家を建て直すの計画してたわと。されどの、借家でね。土地は売らんの、建て直すは結構も、資金、こちで、登記、家主で、家賃上げるぞと、云われてね。
まあな、家主からしたらの当然なれどです。当時には、理不尽なと、思たわと。

何度でも、申すの、祖父の代は、羽振り良かったですが。判子一発、全資産、取られてもての、一家全員借家住まい。
されどの、当方にしたら、そこが、産まれの、育ったの地、我が家やわと。

そらなあの、正直、寂しいてね。モノ凄く、寂しいて、残念でね。
現在唯今も、尚、戻りたいわと。その地、我が家にと。されどの、最早の家、あらへんけどや。要は、当方には、戻るの、戻れるの、実家、里が無いのんやと。常に、当方の居てるの場が、実家也の、本家也と。


オトトの、何の話、してるの怪の。
家を買おたからと、上の叔父、ソファ・セットをくれてね。
イヤ、元々が、叔父宅にあったのを、欲しいなら、ヤルと。そかと。
但しの、取りに来いと。フンと、トラック借りて、取りに行ったわと。当時、田辺の方になと。距離、どれ程哉の、可成りあるのけどや。まあなあ、槇島からなら、距離、短いのけどの。
コレ又の、自力で、どんな具合にして、叔父宅から、ソファ・セットを持ち出し、槇島の家に、入れたんやろなあと。

当然の、叔父と、その息子<従兄弟>にも、応援してもろたと、思うのけどや。
そらなあ、1人では、とても、とてもの、持てへんわと。
とは、その辺りの話、一周忌に来てくれたの、従兄妹にも、話、したですが。

とかとか、母の出生、津崎家の従兄弟達、柴田の従兄弟達と、話をしてるの間にも、子ども達、孫世代も、喰うモノ、喰てもての、室内、部屋内、走り出し。
そらなあ、似たよな、年頃のが、何人や。息子共のが、4人で、姪のが、2人の、都合の、6人でして。
ソラ、俄然の賑やかでね。
元気闊達、結構なれどの、怪我しやへんかと。備品を壊されたら、襖、破られたらと、ハラハラのと。
ンの、襖なら、ぶつかってても、破れえへんでねえ。
多分なら、襖紙とは、違うんやろなあと、余計なるの事に、気が付いて。

オッとの、どちにしたって、ええ時間故、嫁はん中心に、嫁共2人の、都合の、3人にての、お供えのお菓子を、各家の分の数に別けてくれててね。
しかるべくの、当家からの粗供養と、共にの、お持ち帰りして戴くのためでして。
それが、準備出来て、解散宣言、挨拶するの積もりでね。
さもなくばの、解散したは、お持ち帰りのが、準備中ではなと。

いやなあの、これが、結構、時間掛かるです。
そらなの、分けるは、10軒分なれどの、お供えの、お菓子の数なるは、バラバラやしな。相応に、バランス良く、分配せねばの、ソラ、難しいわと。
とは云えどの、多少の損得出来るですが。

基本、損は、施主たるの、当家。それで、補うが出来ずなら、長男家、次男家と、範囲広がるですが。
ほんまやでの、それが、基本。
まあなあ、当家で、概ねは、収まるの筈なれどと。
云うたって、思てたって、配るの際、そんなに旨い具合に、行くモンかと。
(16/05/31)


NO.1745 母の一周忌と、5月の連休の話(10) 以て、母の一周忌は終わるの話

従兄弟達とは、久しぶりでの、話するなら、幾らでもあるですが。
只なの、津崎と、柴田のでは、面識無くて。
これが、厄介なんやなと。
要は、共通の話題が無いです。
よて、母の年会、一周忌故、母の出生の、津崎の方の従兄弟を主としたですが。まあなあ、年齢も近いがあるですが。元々は、近所でもあっての、付き合いが古い。
とも、云えるですが。
下の伯父の娘とは、一歳違いやったの哉の。小学生当時に、お手々繋いでの、写真もあってね。イヤ、その話も、してるですが。

での、長男嫁より、お父さん、準備出来ましたの報告受理。
そかと、何の準備かは、聞かずとも、分かるの、お供え、粗供養を手渡すの準備。

ではと、解散の挨拶と、するの哉の、宣言致さん事には、ズルズル、ダラダラ、際限無く、ケジメが付かずの、締まらんわと。
ほんまやでと。
参列者なりが、モ、ボチボチにもと、お暇の挨拶なりして、退散の場合もあるのけどの、これはなと。喪主なり、施主の不手際と、までは、断言、決め付け、出来ぬまでも、相手様に、気を使わせてるに相成って。
要は、場の雰囲気見て、しかるべくの、処理と、するのか、やらんの事にはなと。

まあなあ、こんな場で、所用あっての、早々に退散せねばの、事情あらばの、申し訳無いけどと、お暇されるも、ええけどや。それなら、そと、予めの、一言、施主に伝えとくが宜しくて。
解散も、場を見てたら、分かるわと。
そもそもがの、子ども達が、ジとはしてへんしと。走り回われ出したら、ボチボチでして。

イヤイヤ、そもそもがの、何時やな。
10時に、菩提寺、「光圓寺」に集合。約の、1時間で、法要終えて。
「東本願寺祖廟」に移動で、墓参して。
実際には、「いそべ」の駐車場に、駐めさせて戴いたですが。
会席で、「いそべ」には、12時半丁度やったの哉の、ボチボチの、解散やなの、時刻、時計見たら、14時半でして。2時間、居てるに相成っててね。
云うたって、席決めしたり、して、全員、座るまでには、多少の時間、喰てるですが。

まあ云うたら、食事で、2時間なるは、適当での。
そもそもがの、会席故、一品、一品ずつ、運ばれて来るしな。それが、会席やしなと。まとめて、ドンの、弁当、ファミリー・レストランとは、違うしなと。全品、出揃う、オシマイまでに、時間掛かるわと。


オッとの、そんな事で。
そんなとは、長男嫁より、準備出来たの報告受けて。
ではと、解散の挨拶なれどの、当たり前の、大した話と、違うわと。
開会の時のと、似たよなの、「本日は、お忙しいところ、トモさんの一周忌にご参列賜り、有り難う御座いました。」
沢山の方に集まって戴き、トモさんも喜んでるです。

そんな事で、持ち帰って戴くモノがありましての、忘れずにと。
イヤ、時間許すなら、まだまだ、居て戴いても宜しいですがと。
云うたって、一応の解散宣言、挨拶した故、皆、デハの、ボチボチの、立ち上がりの、帰り支度し出してね。

まあなあ、14時半故、ええの時間でもあってね。
そらなあ、場所柄、「いそべ」は、円山公園内でして。その気なら、公園、散策も宜しくて。何なら、祇園祭の、本家、八坂神社にでもの。右手になら、知恩院さんにでも。左手なら、清水寺にでも、高台寺、霊山観音にでも、行けるわと。

それが、ここ、「東本願寺祖廟」の、ええとこでして。
とりあえずの、この界隈、京都の観光地でして。京都が、観光都市なれどです。その真っ直中、中心部、一番人気の地也。
とも、云えるですが。

そもそもがの、「東本願寺祖廟」なるが、「東本願寺」本山墓地でして。
何度でも、云わせて頂戴の、当家に、自慢するモノ、これでして。これ以外に、無いと。
とも、云えるですが。
云うたって、当方が調達の墓所で無くの、祖父なれどの。よくぞ、子々孫々に残してくれたなと。

イヤ、当家、先祖からの、最大の、資産でも、あるです。資産も、借地権と、するのか、墓地使用権なれどです。当世なら、早々には、取得出来んぞと。
そらなあの、毎年、毎年、管理費、10年間、収めずで、没収されたの墓地、売りに出されるですが。概ねの、ン十倍でして。
且つは、場所にも、よるですが、ン百万円也と。ンは、「1」なり、「2」なり、「3」なれどです。墓地の権利だけで、それだけの金額、出せるの怪と。
既に、墓石あれば、なれどの、墓石も、概ねならばの、ン百万円。この、ンも、「1」なり、「2」なれどです。当家のなら、その真ん中なれどです。

云うたって、買うも、買えるも、籤に、当たったらの話やでの。
オッとの、何の話、してるの怪の、墓地の自慢話。
これ、以外に、自慢出来るの話、あらへんしと。
での、皆様、当家、嫁はん、嫁共より、お持ち帰りのを、受け取ってくれて。

下の伯父の娘。
とは、当然の従兄妹なれどの、沢山、戴いてと。ンの、そ云われたら、返答に窮するの。単に、お供えとして、持参して戴いたのを、分配したの、だけでして。事実、そでして。
ンの、マの、施主としての、粗供養もあるのけどや。それが、本命の、大物やけどや。

イヤイヤ、そんな事、云うて戴きの、有り難いなと。とするのか、嬉しいなと。
そら、そやでと。
或る意味、こちの、誠意、伝わってるなと。
これが、本家の立場也でして。まあ、云うたら、明々白々の、見栄なれどの、見栄で結構の、見栄も張れるの内にの、参列者には、損させんわの。来てくれて、有り難うの、感謝の意でして。
そらなあ、元々が、年会、法事なるは、費用掛かるわと。そやけれどの、それを、やるが、務めるが、子々孫々の、立場也でして。

オトトの、それでや。
室内、忘れモノは無い怪なの、無かったですが。
二階の部屋から、下に下りて、タバコを吸い乍らの、ンの、車で来て無いの、津崎の従兄弟、上の伯父の次男に、適当なるの場所まで、送ろかと。送るは、次男に頼むの積もり、なれどの、イヤイヤ、タクシーを呼んでもろたと。
ンの、モ1人の、下の伯父の従兄妹の姿、見えんでね。どしたの哉と、従兄弟に問えば、モ、行ってもたと。ンの、そかと。

そこえ、次男、現れ、我が従兄弟に、送りましょかと、尋ねてくれてね。
イヤ、嬉しいの事での、従兄弟も、返答するに、オオキニと。されどの、タクシーを呼んでもろてるしと。そですかと。

以て、タクシーが来て、上の伯父の次男夫婦が、ほならと、又なあと。分かれまして。
あとは、妹家の面々、姪一家なりが、車で、順々にの、当方、施主として、見送って。

ここから、なんやなの。
モ、既に、四国の嫁はんの、姉夫婦と、その娘と、その長男<姪の子>が、我が家の辺りに、着いてるですて。
へえの、早いなと。
(16/06/01)


NO.1746 母の一周忌と、5月の連休の話(11) 一周忌終われば、四国組の話

そらねえ、正直云うてね。
選りに選って、こんな日には、辛いねえ。
さりとての、主は、義理の姪。この日しか、こちに来るの日があらへんですが。
目的、京都での、とするのか、どこでも結構の、当家、嫁達と一緒にの、女子会、爆買い怪と。
イヤ、気が合おてるのみたいでね。結構なると。ソラな、同年でして。学校は違うのけどや。ソラな、産まれの、育ったは、四国・香川と、京都・向日、三重・伊勢でして。

そやけどね。
正直云うてね。こんな日、母の一周忌の日には、辛いぞと。
本来ならばの、相応の責任、お役目、終えて、我が家に戻れば、ひくり反って、横にでもなってと。一息付きたいが本音の本音。
とは、云うたってな、既に、日が決まって、朝一番に四国を出発してまして。

当然の、来るな、とは云えず。
そらな、来てくれるは、結構の、熱烈の歓迎なれどです。日が、日でね。
且つは、礼服のままで帰って、客人、招き入れの、ンの、しんどいの顔も、態度も出来ひんやんやんかと。
そらな、単に、他家の法事、年会、一周忌でも、三回忌でも、葬儀でも結構の、兎に角、他家のなら、気も楽、気楽なれどの、当家、母のやしなと。

諸般、諸々の、相応に、気も使いの、心労してるわと。
表面的になら、普段と替わらずの、のんびりしてるのみたいやけどや。仮にもの、施主でして。
まあなあ、諸般の、諸般で、嫁はんも、嫁共、息子共も、手助けしてくれてるが故、助かってるですが。
そらなあ、息子共が、重いの荷物、とは、粗供養、お供え等々、運んでくれて。1個、2個では無いの、粗供養、10個。1個なら、大した重さで無いけどや。数揃えば、重たいぞ。

お供えも、分配した後の、空の箱も、「いそべ」にそのままに置いとく訳にも、いかんやろな。
ンの、当方、一言も、運んでくれと、とは、云うてえへんのけどや。自主的と、するのか、やてくれて。大いに助かってるですが。
本日の、事の運び等々、参列者に失礼あってはあかんし、抜けあってもなと。
超の簡単でもの、挨拶の文言も、練った上での、話やでと。決しての、万事、適当ではあらへんわと。臨機応変の、場の状態等々より、変更してるのけどや。
ほんまやでの、想定しとかへんかたら、イザの時、当方なんか、上がり症故、気も動転の、声出せへんわと。

まあなあ、これも、以前なら、可成りの長文を考えての、そのままに反復練習、本番にて、飛んでまうが、落ちなれどの。回数重ねて、簡潔に、簡潔にと。
簡潔なるの方が、言葉も間違わんし、呂律も回るしと。

オッとの、そんな事で、当日、5月の3日、当面の、最大の行事、母の一周忌を終えて、ホと、安堵の間も、帰れば、我が家の前に、車が一台。姪の、なれどの、駐まっててね。
ンの、現実に来たの怪と。
この経過、動向なるは、嫁はんがケータイにての、逐一の、連絡取ってたですが。

イヤ、我々、御一行様、次男家なら、本日自宅に戻りの、明日、当家に来ると。結果、長男家と、我々夫婦の、7名様、帰宅するも、道中、途中、長男、申すに、人形の、「島津」に寄りたいと。えと。
云うたら、5月、子供の日の、鯉のぼりを見てみたいと。へえと。

いやなあ、ここだけの話、でも無いの、我が町内会、とするのか、大井町の、氏神様、「大井神社」の云い伝え、伝承より、「大井町」では、鯉のぼり、御法度でして。
モと云うたら、鯉も喰うは出来ませんでして。

イヤイヤ、中身なるは、Wikipediaによれば、
「創建に関わる伝承として、大宝2年(702年)に京都市西京区の松尾大社から月読命と市杵島姫命が亀の背に乗って大堰川を遡上したが、八畳岩辺りから保津の急流で進めなくなったので鯉に乗り換え、亀岡市河原林町勝林島の在元淵にまで至った。
それを見た工匠が社を建立したという(河原林町の大井神社)。その後、現在地に遷ったと伝えられる。
以上の伝承から、当社では鯉が神使とされているほか、当社の氏子は鯉を食べることを禁忌とし、端午の節句に鯉のぼりを上げることもない。」

そんな伝承あるが故、お見事、「大井町」では、鯉のぼりを見ませんでして。
当家、真向かい、違うの町、「千代川町」と称するですが。通り、一つ隔てて、鯉のぼりは、正々堂々の、当初引っ越して来て、当時の、区長より、その辺りの話、聞かされて。
云うたら、当家、男の子2人でして。ンの、残念無念のあかんかと。
そらなあ、悪い事、起こると、されたら、好き好んでは、やらんわと。
当然の、「大井町」を一歩出たら、構わんですが。

息子共の家、長男、神戸で、次男、長岡京故、又、男の子が居てるし、鯉のぼりを上げてもどて事、あらへんですが。
よて、見るだけでも、見に行くかと。値がどれ程かも、知りたいしと、「島津」えと。
礼服着たのままでね。されどの、仕方があらへんですが。

イヤイヤ、そんな事で、可成り、遅れると、伝えたですが。我が家前に居てると。
へえの、時間潰しなら、国道9号線沿いの、「アル・プラザ」もあるけれどと、嫁はん、申したですが。知らんの地で、あちこちの、移動もなと。
加えての、四国、香川、仁尾からでの、御一行様も、草臥れてるわと。そら、そ鴨と。

とかとか、結果的、鯉のぼりも、案外に高いねえ。
オッとの、当方なら、一度だけ、仏光寺の我が家で、鯉のぼりを上げてもろたですが。
狭いの、裏庭でね。鮮明に覚えてるですが。ンの、その鯉のぼり、どしたん哉の、一度で、終わったですが。
イヤ、立派な、鯉のぼりであったですが。当時、小学生哉の、竹竿買い求めてね。
イヤイヤ、竿竹、竿竹、いらん哉と、竿竹売りが、リヤカーかなあ、乗せて、売り歩いてたですが。

オトトの、そんな事で、30分程度の寄り道したですが。
買おては無いですが、見に行ったのダケやしなと。
我が家に戻れば、今度は、我々、御一行様、7名に加えての、四国組、4名様の、都合の、11名でして。

普段なら、我々夫婦2人だけが、昨日より、長男一家が。この日には、11名様になりの、明日の、4日には、次男家加わりの、14名様怪なあの。
但しの、4日は、基本、女子会にての、嫁共、姪の3名様は、別行動での。
残りの面々、爺婆、息子共は、さての、孫共5人をどこに連れててやる怪の。
とりあえずは、「京都市動物園」にでもと。
計画、積もりなら、してるですが。一説では、雨の予報もあってね。降られて、動物園もなの、話もあったですが。
さりとての、明日になってみな、分からんしと。他のアテも、考え付かんしと。
(16/06/02)


NO.1747 母の一周忌と、5月の連休の話(12) 女子会と、動物園の話

斯くなるでの、当日、5月3日の話なれどです。
そらねえ、四国組も疲れてるです。
そらねえ、四国、香川も、仁尾からでして。

そらねえ、こちも、疲れてるです。朝から、下京、菩提寺、「光圓寺」で、住職に寄るの、法要して戴き、当家、墓のある、「東本願寺祖廟」で、墓参。
そして、円山公園、「いそべ」で、会席で。島津に寄り道で、帰宅でして。
そらねえ、礼服でして。ネクタイでして。ネクタイなんか、会席終われば、外せば宜しいですが。喪主なら、そもなと。いかんわと。

そらねえ、狭い我が家に、何名様、11名様での、内の、4名、孫世代。
賑やか、結構も、賑やかに過ぎて。
よくぞまの、そのテンションで、いつまでも、続けられるなと。若いなと、感心致すの、そらなあの、マダ、10歳にもなてへんの、最高で、孫娘と、義理姪の息子の、8歳でして。小学の、3年生でして。

ンの、この二人は、同年でして。
後は、孫君1号の、6歳の、ピカピカの、1年生と、2号の、4歳の、保育園児。
この辺りの年代のは、兎角に走りの、回りの、喧嘩したり、一緒に遊んだりの、声張り上げ、必死で、物事致しの、叫びの、元気やね。

正直、申しの、当家、常は、静かやしなと。
イヤイヤ、孫共、ほたえるは、そのもの、別段にの、結構も、怪我されたら、困るの事よの、気が気で無くて。
ましてやの、まあ、云うたら、余所のも、異なれどの、他家の子も、尚更の、怪我されたらなと。皆、怪我されたら、困るの事よ、なれどです。

特には、男の子は、凄まじく。
その点、女の子、孫娘は、左程で無くの、大人しく。安心して、見てられるですが。

いやなあの、この義理の姪、以降、邪魔くさい故、姪としとくですが。
そらねえ、赤ちゃんの頃から、承知故に、可愛く思てるですの、事実、可愛らしいけれどの、どしても、その当時、モと、若い頃の情景、浮かんでね。
何よりもの、我々、四国の里に行けば、常に一緒に居てくれて。何よりもの、一緒に行動してくれ、一緒に寝起きまでしてくれて。
正直、申しの助かるです。落ち着くです。安心するです。

最近では、里の海では、泳がんですが。里の海とは、嫁はんの実家の、スグの、そこは海でして。歩いて、5分も掛かるの哉の、距離でして。
一緒に、泳いだり、一緒に風呂も入ったり。ほんまやでの、但しの、小学生時代までの話なれどです。
イヤイヤ、息子共も、一緒の、話簡単、4人での、風呂。
そらなあ、別々に入ってたでは、時間が掛かるわの、海は塩が利いてるしと。早くに入らんと、ベタ付くです。

それもあるし、自身の意思、考えなるを、はきりと申し。解り易いわと。当方にはなと。
此度も、相当の以前より、こいつ、姪から、当家、嫁共に、女子会の話をしてて。
ンの、皆で、LINEをやてるですて。へえと。
当方のみ、参加してへんけどや。LINEなるは、やる気、毛頭の無くて。そもそもがの、スマート・フォンを所有してませんでして。ならばの、タブレットなら、出来るのらしいけど、先の通りの、そんな事、やる気無く。
皆様、お好きにして頂戴の世界也でして。

でや、明日の予定を申し述べ。
基本、「京都市動物園」と、考えてると。
ならばの、姪、抜かすに、そちは、任せると。宜しくと。ンと。モと、何か、云う事、無いの怪と。無いと。こちは、女子会故、子守はお願いと。ンと。

まあなあ、それも、あるのやろなあと。
母親として、常に、子どもの面倒も、大変でして。偶の一時、忘れてもての、京都の町で、爆買いか、どかは、分からんの、方々、遊びにと、するのか、冒険に出るも、ええやろと。
当家、嫁共も、共感の、そやなあと、成ったの鴨と。

での、問題は、駐車場でして。
何分の、大型連休の、真っ直中での。要は、「京都市動物園」なるは、「岡崎公園」にあるですが。ここには、「平安神宮」「京都会館」「京都市美術館」「みやこめっせ<京都市勧業館>」等々、あってね。

どこかで、催ししてましての。あったら、駐車場も、満杯でして。
イヤ、公園内、大型駐車場、2箇所あるですが。「みやこめっせ」地下。「岡崎公園駐車場」も、地下なれどの。とてもやないの、不足での。
常の、平日なら、空いてるですが。

かと、申しの、子ども達の、年代的、「動物園」が最適での。他になら、梅小路の、新装開店、「京都鉄道博物館」も、ええけれどの、この、4月29日に開店と、するのか、開店でして。
テレビでも、度々の、紹介、放映されての、まあ、ムリ、無理、ムリの、大賑わいに過ぎるやろと。
まあなあ、一度は連れてって、やりたいの、場所なれどです。

それなら、「動物園」も、でして。
当方なら、何十年ブリ哉の、息子共、小学生時代に、行ったの哉の、昔での。
矢っ張り、孫共にもと、思てるわと。
但しの、コレ又、5月の、4日での。子供の日と、重なってての、時期的にも、ええ季節でね。大入り満員のと、思うのけどや。
そらなあの、入園料も、安いしね。大人が、600円也の、子供<中学生以下>が無料。
話簡単の、保護者が有料で、本命の、子どもが、只でして。

とかとかの、相談と、するのか、我々、「動物園」組、子守組、なるは、車が2台。
女子会組、3名の女子、とりあえずは、姪の車で、次男宅え向かいの、その車は、次男の駐めてるの駐車場所に駐めて。次男は、自分の車でと。結果、息子共の車が2台に相成って。
女子会そのものは、JR長岡京駅から、JRで、京都駅に向かいの、後は、適当の。
夕食は、予約してるですて。ええなあと。

とかとかの、明日、天気が心配なれどの、予報が次第、次第にの、都合良くになりての、従前には、明日、4日の午前中雨予報が、3日の、夜半より、雨で、4日、朝方には、上がるになってもて。へえと。
天気さえ、味方してくれるなら、結構なると。
サ、ボチボチの寝る怪と。草臥れたわと。

そらなあ、我々、母の一周忌で、気疲れしてるし、四国組は、四国から、やしなと。
女子会に無縁の、嫁はんの姉夫婦も、ええ歳での、そら、疲れてるです。
(16/06/03)


NO.1748 母の一周忌と、5月の連休の話(13) 京都市動物園の話(1)

そんな事で、5月4日は、女子会組と、子守組に別れるになったです。
有り難いの事に、当日、夜半の雨上がりの、快晴と、までは、申さんですが、雨で無く、ヨカツタなと。
とりあえず、全員で、車2台で。2台は、長男のと、姪の、でして。長岡京の、次男宅えと、移動しまして。

次男宅からも、車2台なれどの、姪の車は、次男宅の駐車場所に置きまして。女子会組は、徒歩での、最寄りの駅、長岡京駅での、次男の車で、子守組は、「京都市動物園」に相成るですが。
少々、時間早いけど、先に、昼飯、喰てからにしやへん怪と。

イヤ、ほんとはね、義理姉の案で、コンビニで、適当なる食料調達、例えばの話、おむすびとかや、パンとかや。
それ、持参で、動物園で、食べるの法あるなあと。そやなあと。
イヤイヤ、無駄なるの出費避けるがためでして。

只なの、動物園も、この時期、連休のド真ん中では、大入り満員の、この人数、総数、11名で、飯等、喰えるの場所、空いてるの可能性乏しくて。
云うたって、この、ン十年、動物園内、知らんけど。
そもそもがの、喰えるの場所、あるかが、でして。無いなら、大変ぞと。それも、そやなあと、次男の意見採用の、近在の、「さと」えと、移動したです。

この場合、時間、早過ぎるもあってね。11時頃やったの哉の、ガラガラでね。
11人一同にの、和室が空いてまして。とは、云うたって、2部屋の仕切りを、外しただけなれどです。
での、そこ、「さと」で、皆が昼飯喰ての。喰い終わったら、当然の、12時過ぎでして。そらなあ、人数多いと、時間も掛かるわと。ましてやの、小さいのは、時間要するわと。

正直申しの、昼飯、喰てもたら、眠とおてね。
動物園は、パスしの、その他の皆様、宜しくと、自分1人、家に戻って、昼寝したいわと。
とは、本気モードで、思えどの、そも出来ず。

とかとか、細々、経緯、掲載してたら、ナカナカに終わらんが故。
さての、岡崎公園に到着の。

岡崎公園も、平安神宮えの、正面の道、神宮道と、称するですが。この、5月から、なんやろねえ、一部、車は通行禁止になっててね。
イヤ、報道で、知ってたですが。
そんな話は、結構の、サテの、駐車場やんかいさの、えの、「岡崎公園駐車場」えの、道、封鎖されててね。入れませんでして。

ならばの、モ一箇所、「みやこめっせ」があるやんかいさの、そこに向かってと。
云うたてなの、この界隈、車は、Uターンも、難しく。ダメでは、無いけれどの、車の通行量多く。易々には、出来ずの、ダアレもやってえへんし、交番もあってね。
要は、そこがダメなら、あっちにも、又、岡崎公園の外周からでして。外周も、車が相応にの、こんな日には、動き難くの、ンの、駐車場もど哉の。
「京都市美術館」では、「モネ展」をやっててね。尚更の、駐車場は、大丈夫怪と。

云うたてなの、どこかに、駐めねばならずの、兎に角の、「みやこめっせ」の地下駐車場に向こたですが。ンの、警備員が、満車でねと。入り口前には、概ねの、20台が順番待ちでねと。
云われたってなの、待たな、仕方が無くの、待つにしたですが。
ンの、後続の、次男の車が、通過してもてね。
イヤ、こちの、長男のが、入るは、見えてた筈なれどの、一旦、入れば、戻るも出来ず。
イヤイヤ、結果的、次男も、岡崎公園、再度の、外周一周しての、こちに来たですが。

実際には、警備員より、入れませんと、断られたのらしく。
しもたなの、後続の一台、一緒ですのでと、云うとくのべきやったの哉と。
云うたてなの、遅れる事の、20分程で、入って来たですが。又、順番待ちのも、10台程でね。
これ、地下駐車場での、前方何台、居てるかが、分かりませんでして。

とかとか、予想通りの、駐車場状況での。
とするの以前の、「岡崎公園駐車場」が封鎖は、想定外なれどです。
少々の時間喰たですが。駐められたのダケ、ヨカツタなと。
後日、実は、妹婿母の葬儀に参列したの際、妹の娘、姪より、聞いたです。
何とまの、この日、午前中なれどの、姪一家4人、動物園に行ってたですて。へえと。

での、よお、車が駐められたなと、申せば、ンの、秘密の、でも無いの、「動物園」の横手の通りにあるの、小規模駐車場なれどの、空いてたですて。
所謂の、穴場ですて。安いですて。左様かと。
次回、機会あらばの、検索、探索でもして、そこにしよ怪と。
云うたって、「岡崎公園」のが、「みやこめっせ」のが、空いてたら、それで、結構なれどです。

とかとかの、「さと」を出て、この界隈に到着の、車を駐めて、「動物園」入り口に着いたの時刻、なるは、14時過ぎやったの哉と。
イヤ、駐車場からの、所用時間、精々が、10分程度なれどです。
只なの、皆が、「みやこめっせ」のトイレに行ったりしてたら、何分の、11名様故、時間も掛かるわと。

でや、肝心の、「動物園」なれどの、入り口付近でもが、凄いの人でね。こんな時間やのになと。
とか、云うたって、子ども達、孫世代のに、動物、見せてやるがための、ここに来ての、「動物園」でして。人多いし止める怪は出来ず。
まあねえ、子供の日が中心の連休でして。そら、そやろなあと。

にしたって、ここに、来るだけで、草臥れたわと。
とか、云うたってねと。当然の、皆で入ったですが。当方にしたら、ン十年ブリの、「動物園」なれどの、記憶とは、チョと、違てね。
狭いは、承知も、入ったのそこに、猿山があったの筈なれどの、あらへんでね。猿山なるは、奥の方でして。スグのソバには、「キリン」がと。同じの、檻に、「シマウマ」がと。
何故かは、知らんの、「キリン」が走りの、それを、追い掛けるのよに、「シマウマ」がと。

これを、まともに、見るも、人、人、人でね。
「動物園」がこんなに人気とはなと。
それもあるし、案外に、匂いがしませんでねえ。
イヤ、その昔の記憶でなら、凄いの、動物臭、糞尿の、なれどの、漂おてたの気がしてたですが。左程で無くて。左程処か、全然のしてへんでねえ。へえと。
まあなあ、季節的も、ある鴨の、夏場ならなと。

そんな話は結構の、子ども達、大いに、はしゃぎの、あちに、こちにと、走りまくりやがってねえ。
子ども達、5人に、保護者、6人なれどの、監視が大変、子守も大変。
まあなあ、こいつ等、孫共、満足してくれれば、結構なると。
(16/06/04)


NO.1749 母の一周忌と、5月の連休の話(14) 京都市動物園の話(2)

さての、子守組の、動物園の話をしたってな。
おもしろくも、何とも、あらへんわと。
云うたら、ライオンを見たし、ヒョウも居たし、トラもなの。猿山もあったしと。そやそや、ペンギンも居たなあと。
残念乍らの、象は、営業時間終了で、奥に入ってもてたわと。見たかったのにと。
その他、触るが出来るの動物が居てまして。何が居たか、触ったか、忘れてもたですが。山羊が居たなあ、その他諸々居たですが。こちは、草臥れてもてね。

いやねえ、この当時には、当方、便秘症状でね。
加えての、右目、目尻が荒れててね。瞬きする度、痛とてね。困ってたです。
されどの、別段にの、生命、財産に関わるの重症、家で安静にしとくの程の、でもあらへんでして。

でや、次回なり、孫共を連れてってやるなら、「京都府立植物園」も、ええなあと。
大人が、200円で、子ども<中学生以下>は無料。植物園の駐車場もあっての、終日、800円也でして。
ここも、又、息子共をン十年の昔に連れてってやたですが。当時には、駐車場が無くてね。そこらに、適当に駐車してたの哉と。よお、覚えてえへんけれど。当世、遊具もあるのみたいでね。結構なると。

ここ、概ね、どの辺りかと、なればの、まあ、云うたら、京都の北方。「京都府立大学」とか、「京都府立総合資料館<図書館>」が隣接して、あるです。
まあ、云うたら、そこを、南に下がれば、「葵祭<正式には、賀茂祭>」の、「下鴨神社<正式には、賀茂御祖神社>」があって。
更に下がれば、「京都大学」で、「平安神宮」。要は、「岡崎公園」に相成るわと。
そこを、西に向かえば、「御所<京都御苑>」でして。過日、昨年、孫娘を連れてったわと。

いやなあ、京都には、見所なら、一杯あるです。
只なの、駐車場所に困るんやと。どこえ行っても、有料の駐車場でして。かと、申しの、大学に連れてってもなと。行くなら、入れるならなの、「京都大学」もなと。ええけどや。当方、内部、知らんわと。


オッとの、余計なるの話、してもたわと。
いやなあの、女子会の面々なるは、夕食を、予約してるのらしくの、へえと。知らなんだな。満喫してるな。ええなあと。
での、帰宅、何時や、午前様に限り無くの。ンの、ほんとに、零時、過ぎてたと違うの怪のと。
まあなあ、偶には、それも、ええけどや。女子3名様やし、気も大きくと。

ででの、そこから、哉の、姪が喋り出し。
とするのか、こちも、どやったんやと、楽しかったの怪と、聞いたが拙かったの、諸般、あってねと。フウンと。
延々の、終わらんでねえ。

いやなあの、京都の町を、ウロウロは、ええけれどの、ンの、下手しての、四条通り界隈も、ええけれどの。その下手して、とも、云えんのけれどの、ハタと、気が付いたら、当家、墓所のと、するよりは、そち方面まで、行ってたのらしくの、へえと。
そらなあ、ムリも無いの、何度でもの、申すの、当家墓地、観光地でして。超の有名処でして。
いやなあの、本日<6月4日>も、月参りの、墓参に行ったわと。その帰りに、四条河原町の、「高島屋」に寄っての、昼飯、云うたって、カレー・ライス、なれどです。
ついでにの、晩飯のお総菜と、オヤツも買い求め。

オトトの、余計なるの話で、あったの、姪からの、ご報告の話をと。
姪と、するのか、女子会組、3名様の、話やけれどや。

いやなあの、当家墓地の方、云うたって、祇園、円山公園の辺り、までと、思うのけどや。
そもそもがの、どこがええの怪と、尋ねられたが故、何なら、当方、京都案内してやろ怪と、申した程でね。
いやなあの、何度でもの、いやなあの、ホントやでの、「東本願寺祖廟」の界隈、ええとこなんやでと。何度でも、云うてやる。教えてやるの、そこで、東に向かいの、左手に進路で、「知恩院」さんで、左甚五郎の、忘れ傘があるしなと。
あのなあの、右手になら、「高台寺」に、「霊山観音」にの、その先には、「清水寺」があるんやでと。

何なら、若手の3人ならばの、左手の、「知恩院」さんを更に、先に進めば、神宮道で、「岡崎公園」での、「京都市動物園」なるが、存在するの、入れば、もしかしての、もしかしたらの、我々御一行様に遭遇の可能性がと。
までは、申してませんですが。イヤ、云うたの鴨なと。可能性あるは、事実故。

それとも、嵐山界隈も、散策には、ええことやでと。車でなら、「金閣寺」辺りの、そこから、「立命館大学衣笠学舎」で、「龍安寺」があってねと。その先、進めば、御室の、「仁和寺」でして。
更には、「広沢の池」あっての、「大覚寺」で、嵐山に行けて、湯豆腐喰えての、ええなあと。嵐山になら、「天龍寺」があるぞと。

ンの、中心部、繁華街、賑やかさならばの、祇園の四条の、店、店、土産物屋等々、見て歩る記も、ええぞと。
で、そもそもがの、女子会で、何するん怪と。
何するも、どち方面にするかが、大問題やしなと。爆買い怪と。
ン、ンのその辺りが、適当での、さりとての、京都駅で、「伊勢丹」ウロウロも、しょが無いしと。そやなあと。
まあなの、お好きにして頂戴の、こちは、子守やわと。

とかとかの、結果的、車は、次男宅に置いて、JRで、京都駅で、そこから、どんな具合に、四条、祇園に向こたかは、聞いてえへんけどや。そらなあの、子どもやあるまいにの、その、子持ち、成人女性三名様。
基本、当家、嫁共なら、一応は、京都人故、迷子には、成らんやろと。それこその、方向音痴、地名音痴の、我輩みたいで、あらへんやろしと。
ンの、京都市内なら、当方、迷子にならへんわと。

ン、ンの、でや。
姪申すに、色々あったんやと。ンの、その話を聞いてるわと。
一発目、何の話、やったの哉の、昼飯の話。

鴨川の、先斗町の、床に行ったんやでの、へえの、ほんま怪の、ええなあの、贅沢やなの、羨ましいなの。それがやと、色々あってねと。何がいやと。
申すに、一口に、床と、申せどの、これ、鴨川の、先斗町故、納涼床の事、なれどの、諸般、差があるですて。云われたってなの、当方、床なんか、過日、過年、鴨川の河川敷の、下から、見上げただけの、四条大橋からなら、見えて、見てるだけの。
床になんか、上がった事、あらへんでね。
あんなモン、観光客のと。

ンの、この女子会の面々、観光に京都怪と。
まあなあ、どこがええのかと、相談してたんやったんやと。にしたって、床、納涼床に行ったとは、豪傑女子やなと。
での、幾らするんや、取られたの怪と、尋ねたらの、それに、種類、差別、差があったんやと。
右と、左があってと、云うたか、川の方と、手前と、云うたの哉の、差があってと。

ンの、当方、解釈ならばの、川の方も、手前の方も、一緒みたいに、思うのけどや。基本料金、出し物、料理に格段の差があったんやてえ。
ええ方は、万円して、別途のは、3千円から、なんやてえ。
万円もは、幾ら何でもの、よ出さずと、3千円のに、したのらしくの、ここで、へえの、連続やったんやてえで、へえと。
へえも、中身、聞いてからの話なれどです。
(16/06/05)


NO.1750 女子会の話(1) 納涼床の話(1)

まずは、表題、「母の一周忌母と、5月の連休の話」をば、ここより、「女子会の話」に致すです。

での、ややこしいけれどの。
この、5月の大型連休で、当家の人口、どんな事になったの哉と。
5月2日に、長男一家<5人>が夜に到着。
5月3日に、四国組<4人>が夕方に到着。
5月4日に、次男一家<3人>が、合流。
5月5日には、昼飯喰て、一番に遠い、四国組が。神戸組の、長男一家が。そして、夜には、次男一家がと。
結果、当家には、その人数、居てると、するのか、最大は、5月4日の、14名様。この、狭いの我が家に、よお、泊まるとするのか、寝るが出来たなと。

云うたって、実際には、3日は、母の一周忌で、外出での。
4日は、孫共、孫世代の、動物園組と、女子会組に別れて、外出なれどです。

ならばの、5日の午前中は、全員居たですが。
コレ又、云うたって、孫共、5名を町内会の、公園に連れてったですが。コレ、保護者、次男と、当方。

そんな事で、この、5月の連休の、ンの、何ちゅうかの、騒がしい事。
まあなあ、偶の事故、結構なれどです。
くどいけど、母の一周忌と、重なってる故、疲れたわと。
されどの、多分ならばの、諸般、来年の、この季節、5月の連休も、似たよな事に、なるの鴨なと。

イヤ、今度は、来年、母の三回忌と、妹婿母の一周忌が重なるです。
実際には、重ならんのけどや。母、6月8日で、婿母、5月14日が命日でして。
ホボ、確実の、婿母のが、5月の連休中に成るのやろなあと。さすれば、当家、母のは、6月なり、5月の末なりに、しな仕方が無くて。
ンの、四国の姪が、四国組がや、こちに、来るとは、限らんのけどや。

只なの、よ、考えたら、ここ数年、毎年のよに、こち方面に、来てるのよに、思えてね。
イヤイヤ、一向に構わんの、熱烈の歓迎なれどです。
そらなの、来るなんか、とても、とてもの、嫌、イヤ、嫌の、ド嫌の、トンでものと、抜かす、云われる、問題外の、外の、外と、拒否されるよりはなと。数段の、嬉しいわと。

問題はなの、孫世代も、マダマダ、年少での。狭いの我が家でも、居てる、寝るが出来るのけどや。
年々の成長の、図体、デカくに、なてもてみい。どするやと。
どするも、こするも、雑魚寝でも、何でも、して、寝な、仕方があらへんわと。まさかの、ホテルとか、旅館にと、とは、トンでもでして。余計なるの、費用掛かるわと。


オッとの、でや。
姪の、女子会の話、なるは、女子会組、3人と。聞き手、当方と、嫁はんと、多分なら、途中から、次男も居たの哉の。長男もと。
子ども達は、遠の昔に、寝床で、グー、スカなれどの。ンの、嫁はんの、姉夫婦は、どしてたのやろ怪と。一向に、思い出さんでねえ。
もしかして、もしかしたらの、姉婿は、草臥れての、寝てもたの可能性がと。姉の方なら、台所で、こそこその、明日の昼食なり、朝食の準備でもを、してたの哉と。ほならの、嫁はんも、一緒にの、暇を見ては、聞きに来てたの、可能性もなと。

いやなあの、多分ならばの、この人数故、兎に角、風呂に入れ、入れの、女子会組、戻るまでには、全員がと。入ってもての、その途上で、帰って来たの哉と。
どちにしたって、順々に、風呂に入って、しまわんと、入れえへんぞと。

とかとかの、人数、多いと、風呂が問題でね。
孫共、一気、5人を、長男が引き受けたり、してね。ンの、そんな大きな風呂で、無いけどや。むしろの、小さめの、風呂、なれどです。そんな事、云うてられんでね。

ン、ンの、それでや。
多分ならばの、缶酎ハイとか、缶ビールとかとかの、適当なるの、おつまみ、つまみ乍らの、ダベリングと、するよりは、姪の独演会を拝聴の、聞いてたわと。

それを、掲載するも、なの、聞いたは、イツの話や。
5月4日の事でして。最早の、1箇月が経てもての、只でさえ、記憶力、希薄、貧弱、適当の上にの、この処、右向いて、左向いたの途端、瞬間にも、先刻の事、すかりの、消滅、消え去るの、蒸発、昇華、揮発状態やのにや。
1箇月も経ったの事なんか、覚えてるモンかと。
ましてやの、こちが、経験、遭遇、見たの事であらへんわの、姪の話やわと。
イヤイヤ、それに、当家、嫁共が、そやなあの、こんな、あんなと、付け加えるが故に、尚更のと。そんな沢山の事、容量オーバー、過多やわと。我が能力、遙かに、超越してるわと。
よて、記憶、適当、曖昧が、妄想、空想、作成してもたり。

でや、申すに、昼飯なるは、先斗町のと。床にと。
へえの、ええなあと、までは、前回の話。
それも、「いずもや」と、称するの、屋号の、店なるは、四条大橋の一番の手前の、なれどの、面白無いなあと、モと、奥の方、先の方えと、進んだのらしくの、そのの店の名までは、云うたか、云うても、失念のと。
多分なら、当人、女子会組の3人も、覚えてえへんかったの筈の店。

イヤイヤ、話なるは、姪の表現ならばの、最悪やったわと。へえと。何でと、当方も、興味そそられ、根堀の、葉堀の、聞くが故、話がなと、具体的になりの、兎に角、入りしなの、出来事あっての、悪いの予感がと。
いやねの、精算してるの方、えらいの剣幕での、文句云うたはてと。こんなモン、成ってえへんと。

での、嫌な予感、悪いの予感を感じつつの、席に座ればの、そもそもがの、モノがね、ナカナカにね、出て来いひんでねと。フウンと。
あちの方、高いの、ええ方のは、ドンドンと、モノ出てるのにと。
待たされ、待たされ、請求しての。出て来たのが、ンの、値の割、この程度怪の、モノでの。そらねえ、あちの、ええ方に比べたらの、安いけどの、それでもの、3千円やでと。

当方、聞いてての、そらなあの、床、納涼床、ともなればの、観光客用での。
ンの、この面々も、観光気分なんやなと。特には、当然の、四国、香川、仁尾の姪、姪も、くどいけどの、義理の姪での、当方とは、血の繋がり、なるは、あらへんのけどや。
ン、ンの、それなら、嫁共、2人も、血の繋がりなら、あらへんけどや。

オトトの、云うてるは、姪は、四国故、間違い無くの、観光での。
只なの、当方なら、床に上がるの発想なら、あらへんの、しやへんの、けどや。
表現、難しいけどの、観光客的、気分に成らず。ましてやの、この季節、納涼怪と。5月の、4日、やでと。マダ、肌寒いと、違うの怪と。思えどの、この、3人、若いなの、上がったんやと。

云うとくの、想定外の、値の高さはなと。ど考えても、仕方が無くて。
料理なるは、おつまみ、付け足し、みたいなモンでの。主は、納涼床を、雰囲気を、鴨川とはの、その光景、情景、南座でもを、その場から、角度から、眺めるのモン、程度に理解してて。当方なら、なと。

とは、云うてえへんけどや。
にしたって、料理が遅れるは、あかんなと。
と、申したならばの、多分ならの、アチの、高い方と、こちとでは、担当が違うのみたいでねと。
ども、こちの方の担当、頼りが無くてと。ハキリと、申しの、アルバイトやでと。経験不足も、不足の、教育されてえへんわと。へえと。
(16/06/06)



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