シバケンの単なる雑談NO.121

雑談NO.116 雑談NO.117 雑談NO.118 雑談NO.119 雑談NO.120

雑談NO.110 雑談NO.115
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雑談NO.10 雑談NO.20 雑談NO.30 雑談NO.40 雑談NO.50
題目一覧表

目次

雑談NO.122

NO.1480 続・ゴミ当番の話

NO.1479 ゴミ当番の話

NO.1478 月桂冠、大倉記念館見学の話(8) 「鳥せい」での話

NO.1477 月桂冠、大倉記念館見学の話(7) 「鳥せい」の話

NO.1476 余談・雑談・墓参の話(2) 余計なるの話

NO.1475 余談・雑談・墓参の話(1) 変なのが、多いなの話

NO.1474 月桂冠、大倉記念館見学の話(6) 土産は、酒の滓の話

NO.1473 月桂冠、大倉記念館見学の話(5) きき酒、3酒の話

NO.1472 月桂冠、大倉記念館見学の話(4) 爺が、爺婆の案内役の話

NO.1471 月桂冠、大倉記念館見学の話(3) 着いたの話

雑談NO.120


NO.1471 月桂冠、大倉記念館見学の話(3) 着いたの話

そんな次第のです。
T君、奥様の事、当時、40年以上の昔に成るですが。重々の承知してるもののです。喋った事もあった筈なれどです。
その社内旅行の、その光景しか、覚えてませんでして。

にしても、社内旅行ねえ。この時、どこえ行ったか。もしかしての、白浜方面やったかなあと。夜行列車で、車内泊で、白浜ねえ。鈍行やったんやろねえと。
当時の社内旅行、派手ででねえ。
まさしくの、宴会あっての。舞台では、飛び入りでも無いの。隠し芸大会あったを覚えてるですが。
一部、実名出すですが。当時、工作課なるのがあっての。そこの奥野課長と、営業の、名前忘れたの2人が、ドジョウすくい踊ったよなでして。その奥野課長が、後年、ダイオードの製造部長になりの、製造部結成にての、我が上司になったですが。
イヤイヤ、若くして、40代であったかに、大腸癌で、他界されたですが。

オッとの、手品もあってねえ。当時、購買部であったかの、SWDさんが、披露されたですが。へえの、そんな特技があるのかと。
まだ、覚えてるの。当、「芋煮会」のメンバーであるの、K氏。実は、相互リンク先の、AOKI氏と。他に誰やったの哉の。もしかしての、その、SWD氏哉の。楽器演奏での、ハワイアンをやらはってねえ。コレ又、へえと。
社内に、卓球場がありましての。そこで、サンタナであったかを演奏、練習してたを記憶してるですが。

いやなあ、集合場所、「中書島」西口に、到達するやの、一直線での。T君、奥様と、話、しっ放しの。イツまで居た。会社にの話の。曰くに、5年居たの。1972年に辞めたと、云うしなあ。西暦で、云うしなあ。
暗算、ソロバン、ンの、今年、西暦何年哉の、嗚呼の、42年経つのやなと。以来、当然の会ってませんでして。

ここに、来るまでの、道中、車中。
フサオ君には尋ねてたです。何年経つのかなあと。そしたら、過日、過月の、昨年<2013年>、9月。
コレ又、「芋煮会」での、サントリーのビール工場見学のです。二次会であったかに、奥様来たですて。へえと。
この時、我が方、所用、用事。多分なら、母の件あったかで、二次会、辞退してねえ。一足お先にお暇したですが。
<参考=「単なる雑談NO.105NO.106」サントリー、ビール工場見学会の話>


オトトの、トットの。
集合時間、10時半で、10時半に着いてまして。皆、揃てると、するのか。周辺見渡せばの。ンの、3名足らんなの。1人、多いなと。先の、S氏奥様別としてです。
要は、モ1人の、奥様、居たはりまして。この奥様、社内結婚では無い筈のです。よって、全然の知らんの方なれどの。「芋煮会」には、旦那を車で、迎えにの。毎回、来ておられるがため、承知してるですが。
結果、3名減って、2名増えて。総勢、16名様の団体さんに相成って。
イヤ、15名以上が団体さん扱いでの、ガイドが付くですが。「月桂冠大倉記念館」の見学にです。

ほなら、これで、全員集合成ったみたいやしの、行こかと。幹事の先導にて、向かうになったです。
イヤイヤ、経路なんか、全くの無関心。適当に、誰かを相手に、雑談し乍らの、先導者が進むの方向、付いてくだけでして。ソラ、概ねなら、方法だけなら、承知してるですが。行った事、無いしなあ。
イヤ、全員、知らんみたいでねえ。幹事も、知らんのみたいでねえ。目的地、「大倉記念館」をです。
されどの、地図上では、見てるみたいでねえ。多分なら、こっち方向やろと。行った先には、運河があって。ンの、妹宅前にも、運河あるですが。それは、それなれどの、場所違うなと。
多分なら、それは、大分、左手の方での。その前には、坂本龍馬で、有名の、「寺田屋」があるですが。
此度、来たの場所には、見覚え無く。見当付かず。元々が、この界隈、京阪、「中書島」下車が、初でして。

どっちや。あっちやろと。右手に、橋あってねえ。渡って、スグにも、案内板、地図あってねえ。現在地、どこや。目的地、どこやと。地図上での、探索にての。ンの、もしかしての、真後ろが、目的地、「月桂冠大倉記念館」かと。
イヤ、正解での。看板に、そのよに、書いてあったです。「月桂冠大倉記念館」と。へえと。

イヤイヤ、洋館建てみたいに、思ててねえ。勝手にですが。「記念館」故でして。木造とは、思てませんでして。再度の、勝手にですが。

云うたら、予めの、検索、探索でも、しとけばなれどの。自分1人。或いは、嫁はんと2人でと。ならばの、検索、探索も、するですが。
これだけの人数での。幹事居てるしと。こんな場合、一切の、探索致さずの、その場、その場の雰囲気、発見、見聞なりを、楽しむにしてまして。全面的、幹事指示に従うにしてまして。

での、幹事の、ここや、はいろかの声、指示にて、入りまして。入れば、沢山の人、居ててねえ。へえと。
木造建屋の、旧家での。そんなに広くもあらへんわの、土間にです。あっちの団体さん、こっちのと。幹事、曰くに、二列に並べの、ハイと、二列に並べば、係の方、ここの方。パンフレットを配ってくれてねえ。

多分なら、これで、人数、数えてるの哉の。入場料とするのか、見学料、300円也です。
まとめて、幹事が精算哉の。300円も、お土産付きでの。180ミリ・リットルの、日本酒ですて。そらそやろの、「月桂冠」やろと。

ここだけの話の。他言無用。
でも無いの。下戸でして。

日本酒なんか、何度飲むやの。精々が、正月のお屠蘇と、「大井神社」祭礼、御神輿にての、3度でして。オッとの、御神輿の際には、出発の際の、無事安全祈願の、1度と、無事に帰還の、祝杯致しましての、2度のため。
この3度、3回だけでして。

何が云いたいかとなればの、果たしての、180ミリ・リットルの日本酒、300円也が、そんなモノか、高いか、安いかさえ、見当付かずの。何分の、一度たりともの、自分で、買う事、あらへんわと。
いやなあ、正確になら、正月のお屠蘇用の酒なら、年末に買おてるですが。一升瓶でして。それさえ、嫁はんと一緒に買いにのため、一々の、値まで、覚えてませんの。考えもしてませんの。万事、会計、嫁はん任せ。

そんな事なら、当世、日本酒も、飲めるよになってまして。
飲める云うても、下戸は、下戸故の。桁違うですが。その昔なら、口に含むだけでも、苦しいてねえ。ブワと、口から、吹き出しそになってねえ。
鋭意決断の、意を決しの、喉に通すの状態でして。

モと云うたら、イツであったか。学生時代の、祭礼にアルバイトでの。御神酒戴いてねえ。お猪口に一口、一杯なれどの。祝杯故、必死に飲み干したですが。その帰りの道中。当時、市電に乗ってるの真っ最中。
故に、相応の時間経ってる筈がです。
突然に、気分悪なってねえ。立ってられへんでねえ。顔、当初、少々、赤かったのが。見る見るの、真っ青の。自分でも、その変化、分かってるの、悪寒してねえ。
市電の中故、吐くも、出来ずの。必死にこらえの、帰宅したを覚えてるですが。
イヤイヤ、そんな状態になれどの。吐いたの事、一度もあらへんですが。
むしろ、吐いた方が、楽に成るとは、思うですが。
オトトの、そんな時代から、比べたならばの、当世、そこまでの事にはならずの。口に僅かの量ならばの、意を決すの事無く、飲めるよになってるですが。
(14/02/26)


NO.1472 月桂冠、大倉記念館見学の話(4) 爺が、爺婆の案内役の話

オトトの、私共、御一行様。
渡ったの橋、「弁天橋」と称するですて。
イヤ、諸般、FHさんのご近所でして。界隈の地図、貼ってた場所。駐車場でしたですが。その先、奥とするのか。には、小学校があるですて。「南浜小学校」と称するですが。FHさん、そこの卒業生。

いやなあ、見てませんです。気も付いてませんです。目的地、「大倉記念館」でして。
その駐車場が、どこのか知らんですが。その真向かい。私共にしてみたら、振り返ったのそこが、目的地、「大倉記念館」で、えと。

そらなあ、まあ云うたら、民家。云わんでも、民家。
昔乍らの、木造、豪邸。
イヤ、外から、見てるの範囲、只の家。門構えで無く。ガラガラと、戸を開いて、こんにちは。ごめんくださいと、気楽に入れるの風情。
イヤイヤ、「記念館」故、洋館建ち、ビルかと、思てまして。私がです。広大なる、ロビー、受付には、妙齢の美女でもが、ズラリと、多数居てまして。諸般、いらっしゃいませと、おもてなしの、ニコリの、挨拶、受け入れてくれての。案内してくれるみたいに、勝手なる、妄想抱いてたですが。

オッとの、らしきの、面々。
らしきとは、私共と同類、見学者なら、薄暗いの土間に、多数。中年、老年、男女。話簡単の、おっさん、おばはん。モと、簡単になら、同年代のが、多てねえ。鬱でねえ。わいわい、がやがや、五月蠅さあてねえ。
ウロウロ、してやがってねえ。

私共、「芋煮会」御一行様、総勢16名様。
夫婦4組、その他大勢10名様。内訳、男10名、女6名様。幹事命により、2列整然、並びまして。ほならの爺様、半纏<はんてん>着てる故、「月桂冠」の人やろねえ。
いやなあ、半纏なるは、昔の制服、作業着故、懐かしくも思うですが。当世の、制服と違うのやねえ。
イヤ、ほんまかいなの。「月桂冠」ともなればの、大会社でして。多分ならなと。私でもが、承知故でして。飲まんでもです。

且つは、年齢相応、爺様でして。爺様なら、当方にしたって、爺様、婆様会、なれどです。コレ又、多分ならばの、先様、70代やでと。我が会にも、超接近のが、数名居てるですが。もしかしたらの、大台に到達してるのがです。
よ考えたら、自身、ええ歳してたんやと。

あのなあの。諸般、自分の歳、余り、考えてませんでして。余所様見て、風貌、様子で、嗚呼、70代哉とか。勝手に推測の。70歳なら、悪いけどの、ジジイやなと。
判断しての。ンの、正解でもです。70歳としたら、大して、替わらへんのやでと。
「芋煮会」の、主力メンバーなら、年齢的、ン歳上での、今年、下手したらの、70歳になるが何名様哉の。ほならの、既に、到達のが、あれ、あれ、あれの、3名になるなあと。イヤ、計算間違い、2名様、70代到達でして。今更なれどの、へえの。「芋煮会」から、「老人会」哉と。

ほんまやでの、周辺見渡しの。年寄り多いな。ジジイ、ババア、多いなと。思いツツの、ハタと。自分自身、決して、若く無かったんやと。下手したら、同級生。もしかしたらの、後輩であるの可能性あるぞと。
イヤイヤ、ここだけの話の、他言無用。でも、無いの。見掛け、自分よりも、年配と思てたのが、案外に、下やったりしての、ゲとなったり。致しまして。

再度の、自分の年齢、忘れてまして。ならばの、まさかの、青年、若手と。までの、勘違いしてへんけれどや。中年意識旺盛でして。
よ考えたら、冷静になら、ハタと、老年に達してるなと。残念なれどです。

そんな次第の。「老人会」
「老人」案内担当に、案内されて。これが、又、勘が狂てねえ。先の通りの、妙齢の美女がガイダンスしてくれると、勝手に思い込んでたのにです。案内役、ジジイかと。ジジイまでは、結構の、年齢値踏みの、ンの、大して、変わらんのやと。気が付き、ガクリと来たりして。

いやなあ、最近、余計な話の、時折、そんな事での、気分、滅入るの事、あるです。
そらなあ、「芋煮会」の面々、旧知の連中でして。初対面の頃となればの、20代。私がです。皆、若かったんやと。それと、一緒に行動してたら、その当時の気分に成ってしもてまして。新入社員時代の感覚でして。

42年ブリの、T氏奥様にしたって。知ってるしと。その42年前の、そのままの、記憶で、停滞の。真ん中、過程、スコンと抜けての。会えば、一気、その当時の面影、見えて。はっきりとは、妙齢の美女時代、そのまんまと、合体、合成、だぶってまして。
時間の経過と共に、益々の、その当時と、接近のです。42年経ってるに、気がつかんとするのか。忘れてしもて。
ここで、雑談的、お孫さんはで。ンの、えの、その年代かの。そらそやろと。爺様、婆様でして。


そんな次第の、斯くなるでの。
「月桂冠」には、定年無いのか。嘱託、準社員、契約社員哉と。
そんな事、聞いてえへんし、知らんですが。社員、番頭らしきのが、ちらほら、居てるですが。皆、その年代でして。へえと。皆云うても、3名、4名しか、見えてませんですが。そらなあ、この広間、土間に、軽くの50名や、60名は居てまして。結構なるの、大入り満員での、宜しいねえ。千客万来でして。

オトトの、冗談云うてる場合で無いの。その爺様が、案内役での。さあ、こっちと。皆、後付いて行くも。土間出て、庭を通過で。別途の部屋での。ここも、当然の土間でして。要は、「月桂冠」の歴史でもを、記載してるの哉の。そでして。
ここが、この民家が、「月桂冠」であるの、創業者、「大倉家」の発祥の地、家であると。フウンと。
云われてみたら、「月桂冠」なるは、商品名でして。

「大倉記念館」には、当時、そのままの、状態で、残してるですて。貴重なるの、品々をです。酒造りの、道具をでして。

いやなあ、ここだけの話の。それも、結構の。ほんとはなあ。現在唯今の、工程も知りたかったですが。サントリーの、ウィスキー、ビール工場のよなのをでして。実は、それを、想定しててねえ。
こんなとは、失礼乍らの。古い道具は、それは、それで、珍しいけれどです。
日本酒が、近代的工場で、どんな具合にと。までは、思てえへんもののです。その片鱗が見たかったと、するのか。チラとでも、展示があったらなと。されどの、それは無くの。昔の酒造りは、こんな道具で、やってたんやと。「大倉記念館」は、その展示場でして。古道具のです。

イヤイヤ、それは、それで、見たかったけれどです。
酒の出来る工程を、そのままに、見学したかったですが。少々、想定との、ズレあったですが。
只なあ、見学者多数。お互いに邪魔でねえ。何分の、民家でして。大振りの民家なれどの。家内工場でして。

まあなあ、酒造りは、こんなモンと、思うですが。
名水と、美味い米で、酒でして。昔っから、酒屋。造り酒屋ともなれば、金持ちでして。くどいけれどの、話簡単になら、水と、米で、酒でして。ここだけの話の、案内ジジイも、申したです。
諸般、水で、薄めるんやと。
そやろなあと。
(14/02/28)


NO.1473 月桂冠、大倉記念館見学の話(5) きき酒、3酒の話

年配者ガイドが案内も、40分のコースの筈がです。
20分程度で、終わってねえ。
そらなあ、数名で、説明、解説聞くなら、なれどの。16名も居たら、ソバに寄るも難しく。巨大設備、道具が展示されてるで無く。又、別途の、見物人がウロウロしててねえ。
まともには、聞いてませんでして。聞けませんでして。

イヤ、終われば、聞き酒とするのか。3種類の、酒を試飲して頂戴と。へえと。
オッとの、皆様、ソレが目的でもあってねえ。
斯く申すの、下戸自認の、私も楽しみにしてたわと。飲めへんのにと、云うても、どんなモンかなあと。興味ありまして。

での、又、順番に並びの、シロップの風邪薬入れるよなの、プラスチックの小さなカップに、どれ程やろねえ。何シーシーやろかねえ。底から、どの程度やろねえ。1/3くらいやろかねえ。
1シーシー、2シーシーなんやろかねえ。
この程度ならと。それが、3っつあってねえ。一々、何酒と、注ぐ手担当、説明してくれたですが。多分なら、1つは、吟醸酒。2つめ、よお、分からんの。3っつ目、梅の酒ですて。梅酒では無いらしいですが。
差が、よお、分からんでねえ。
イヤ、結構、口当たり良く。ワイン感覚でねえ。

ソバに居たの、誰やったかに、ソ云うたら、そやで。ワインやでと。
こいつ、又、分からん事、云うなあと。ここは、日本酒屋で、ワイン屋と違うのにと。されどの、ワイン感覚でして。要は、日本酒屋でも、ワインを売ってるの哉と。

イヤイヤ、下戸なれどの、多分なら、この3種類、ええ酒なんやろねえ。皆、口当たり良く、スと飲めまして。
云うてもなの。この程度故、警戒心無く、飲めるです。

いやなあ、下戸が、酒席、敬遠するの最大の理由。旨くも無い。旨いとも、思わんの酒、ビールでもを、いらん、云うのみ、ひつこくの、勧めやがってねえ。こんな旨いモノをと。旨いと、思うなら、思たの人が、飲めば宜しくて。旨いと、全然の思わんのこっちに、無理に勧めるの必要性無く。
それも、無理して飲んでるのに。飲んだら、飲んだで、嗚呼、飲めるやないかと。又、注ぎやがってねえ。

私共からしたらの、飲みたい人は、遠慮せずの、自分等で、飲めば宜しいです。私等に勧めるは、勿体なくの。下手したらの、拷問でして。
飲めるのヤツには、飲めん、弱いの面々の、気持ち、分かってませんでして。強いてなら、欲しいなと、思たら、自分で、注いで、飲むわと。それも、マイ・ペースでと。

ビールなら、そんな調子の、時間掛けて。自分のペースでもって、ビールを、日本酒の如く。ウィスキーが如くの調子の、チビリ、チビリの、チビチビと。ホロ酔い加減を、適当に持続の程度が、気分良く。
これを、調子に乗って、ペース上げて、飲むと、後が大変の。気分、悪なってねえ。眠くか、吐きそか、苦しくなってねえ。実際には、吐いた事、無いですが。

オッとの、私が、口当たりが良いとの、表現にての。旨いとは、記してませんです。
意味合いなるは、左程の抵抗感無く、飲めるを意味しての。勧められても、少量、3杯。この程度なら、悪寒したり、眠くも、吐きそにもならずの、安心感。

サントリーの、大山崎ウィスキー工場も、長岡京の、ビール工場にも、「芋煮会」で、参加したですが。
これも、試飲故、倒れる程には、くれへんわの、安心感でして。製造工場、現場での、味はどんなかなあと。口当たり良くてと。
ここ、「月桂冠」も、製造元での、酒、どんなかなあと。
その味、試して、さっぱりなれどです。同じくの、口当たり良くてと。
どちにしたって、飲むの量、知れてまして。ウィスキー工場、ビール工場でも、お変わり自由は、自由なれどの。さあ、飲めと、面々よりの、勧められるの事、あらへんしで、気楽でして。

さての、吟醸酒ねえ。
名称だけなら、承知してるですが。吟醸酒なるが、どんなモンか、皆目の知りませんです。所謂の、上等の日本酒なんか。安物では無いと、思うですが。安物飲まされて、安物と、判断さえ、付かぬですが。
3っつ目のなんか、何とか酒ですと、教えてもろても、右から、左の、覚えてませんでして。興味無いがためでして。イヤ、どんなかなあと、だけでして。

いやなあ、これは、「幻の名酒」なるぞと。されるの酒、諸般聞くですが。果たしての、「越乃寒梅」が、該当かは、知らんの、時々、聞くですが。酒量販店に行けば、売ってるですが。
ならばの、「幻」ではあらへんわと。云うなら、「銘酒」であり、「名酒」でして。有名なる日本酒と、するならばの、理解するですが。
「幻の」と、なればの、入手困難、稀少価値の、酒と思うですが。そは、易々の、入手出来ずの、高級酒哉と、思えどの、「芋煮会」でも、時々の、誰かが、持参で、皆が、飲み助がです。嗚呼、ソレ、幻のと。

幻のを、皆が承知で、持参出来るの哉と。
その辺り、可成り、大袈裟と違うかと。
とは、云えどの、皆口々、へえと、そんなのをと。云うてるなら、そなんやろなあと。そんな時には、一口、一滴では、分からんでもの、口に含むの程度なら、してみたいなと。思いはするですが。
何分の、酒席、そんな場では、運転手故、飲めませんでして。

ついでの話。
飲むヤツ、際限が無く。ほっといたら、イツまでも、延々でして。そして、そこらで、寝てしもたりの。後の面々大変ぞと。連れ帰るがです。そこまで、何で、飲むの哉と。
チとは、自制せよと。ハタの事も、考えよと。するが、我が下戸の気持ちでして。
ましてやの、私共、飲みもせんの。飲めもしんの、酒、皆が飲むのに、お付き合いの。しかも、そんな具合に、ほっといたら、イツ、終わるやの。私共の身にも、成れと。

オッとの、そんな場、嫌いと、云うてるでは無いです。時間のケジメを云うてるのダケ。
相応の時間になれば、サと終われと。思うですが。飲んでるの面々、クドクド、ナカナカに腰上げずの、腰の完敗哉。
(14/03/01)


NO.1474 月桂冠、大倉記念館見学の話(6) 土産は、酒の滓の話

下戸自認のくせして、酒屋で、きき酒、楽しみにしてた。
とは、意なる話なrどの、えやないかと。
元々が、並々と注がれるとは、思てませんでして。にしても、下戸故、この程度、ホンの僅かで、充分でして。飲み助、これでは収まらんやろなあと。同情する程の量でして。

且つは、こんな具合に、3種類もの酒、ワインを含むですが。飲み比べしたは、人生初。所詮、きき酒しても、分かりませんですが。よって、ワイン以外の、2種類、片方、吟醸酒とは、聞きの、記憶したですが。モ片方、さっぱりでして。何やったかなあと。

イヤイヤ、以て、基本、おしまいでして。折角故、庭で、記念写真をと。そこには、水が出てまして。流れてまして。所謂の、伏見の名水でして。この水で、「月桂冠」が出来るですと。
ガラスのコップも備えてあっての、皆様、余所様、試飲してまして。私も、チョイと飲んでみたですが。正直、只の水やなと。コレ又、私共には、判別付かず。
イヤ、皆様、口々、分からんなあと。
毎日、亀岡の水、飲んでるですが。浄水器通しての話の、地下水とは、違うの筈なれどです。

いやなあ、そんな意味なら、その昔、京都の水道水と、ポンプで、くみ取ったの水では、差があったです。カルキ臭あてねえ。水道水がです。
イヤ、裏手に隣の家の、納屋あってねえ。勝手と云えば、勝手に入って、そこには、ポンプがあっての、水が汲めたですが。美味也と、思てたですが。オッの始終では無いです。ホンのたまの、冒険的、侵入しての、話です。
時には、そこの小母さん居たはったりと。別段にの、叱られるの事も無く。ソラ、私が子どもの時代でして。精々が、中学生まででして。

そんな次第の斯くなるでの。記念写真撮れば、土産モノ、コーナーにでもと。
種々の酒から、菓子類、漬け物等々、あったですが。荷物に成るも嫌やしなあ。且つは、酒なんか、買う気、毛頭の。安いモノで、嫁はんには、酒の滓でもと。一袋、400円也のを一袋。
皆様、「芋煮会」の面々、沢山買おたはったですが。近所に配るでも無しの。嫁はんに1つ、あれば、充分でして。

我が嫁はんも、下戸でして。
されどの、何故か、酒の滓好きでねえ。焼いたり、ちぎって、そのままに喰てるですが。
甘酒、粕汁、好きみたいでねえ。時々、造っては、勧められるですが。嫁はんにですが。無下に一言、いらん。事実、余り、好みで無く。小さい頃には、無理矢理にでも、粕汁の方、喰わさせられてたですが。
甘酒もなあ。一寸なあと。

オッとの、そんな次第の、酒の滓程度なら、小物入れにでも、入れられまして。荷物にも成りませんでして。
さての、ボチボチの、ここ出て、次なるの、先、昼飯なれどの。その前にです。参加、入場記念、土産で、「大倉記念館清酒180ml・純米酒」を戴けるになってましての。これもなと。
売店に、300円也で、売ってましての。そかと。
入場料、300円也で、その分、酒180mlで、還元してくれるの哉の。皆様、全員、戴きまして。幹事を通じてなれどです。

私も、飲みもせんの。イヤ、飲むかも、分からんですが。下手したら、いつまでも、いつまでも、そこらに、放置で、遂には、処分のための、料理酒にでもされるの可能性大のを、1個戴きの。
それも、小物入れに入れまして。
いやなあ、一応は、レジ袋も持参してるですが。袋付きで、戴きまして。とりあえずは、この範囲なら、荷物には成らずの、計画通りでありまして。

での、昼飯なるは、「鳥せい」でして。予約されてまして。
「鳥せい」もなあ。屋号なら、承知してましての。正確なる、場所までは知らんですが。以前には、産院あってねえ。実は、次男、そこで生まれまして。長男連れて、何度か、来たですが。
イヤイヤ、その当時には、槇島在住でして。
長男なら、嫁はんの里、詫間なれどの。詫間の産院で無くの、観音寺の産院にて、生まれたですが。

その産院、オッとの、次男の生まれた産院の方なれどの。過年、無くなってしもてねえ。現在唯今、歯科になってるですが。「鳥せい」とは、そのお隣さんでして。
オトトの、当時、隣に、飯屋では、失礼かもの。料理屋があるは、全然の感知してませんでして。
用事もありませんでして。

での、過年、妹一家が、こっちの方、伏見に引っ越して来たしで、挨拶がてら。訪問したの際、「鳥せい」の話が出まして。
イヤ、単純明快の、産院は、歯科に変わっての、その隣に、「鳥せい」あってなあと。そこには、名水あっての、婿殿、毎日のよに、汲みに行くですて。へえと。

そらなあ、この界隈、造り酒屋が沢山あってねえ。酒造ってるは、名水あるからでして。ビールも、洋酒もでして。水が無ければ、飲み物、造れませんでして。水も、飲用に足るの、名水、上等ので、無ければ意味が無く。
そんな意味なら、地下水なればの、相応に浄化されてまして。
日本国は、水資源の豊かなるの国やなと。それだけ、山あり、木々あり、川有りでの、自然に恵まれてるの証左でして。

そんな事で、恥ずかし乍らのです。
それまでは、「鳥せい」なるの、屋号の店の存在、知らんでねえ。婿殿、妹から、へえの、知らんかったんかと。ンの知らんかったわと。
とは云うたってねえ。妹夫婦にしたって、こちらに引っ越すまで、知らんかったの筈でして。こっちに来るまで、用事あらへんわと。

イヤイヤ、私なら、槇島に居たの当時の、約の7年。この界隈なるは、通勤コースの1つでしたです。
只なあ、次男の産院なら、通過の際の、真正面に位置してるですが。ホンの偶になら、「鳥せい」の道を通過の可能性もあるですが。車で、走ってる分には、細かな事まで、見えてませんでして。見えてても、用事無ければ、気にもせず。
事故せず、道間違えんよにと、ダケでして。

いやなあ、さりとて、「寺田屋」の場所も知らんかったわと。「月桂冠」さえも、知らんかったのにと。
理由、簡単明瞭の。「寺田屋」に関心無く。酒に無塩でして。
この界隈で、承知とならばの、筆頭、「御幸宮」さんと。その向かいとするのか。大手筋の、みたらし団子屋でして。何分の、甘党でして。家族の土産モノ、手土産にと。気が向けばの、寄って、人数分、買い求めてたです。
云うたら、そこの、みたらし団子、有名でして。竹の皮で、包んでくれるしなあと。屋号、「桃山餅」と云うたの哉と。
イヤ、桃山でして。その先、山手に、桃山城がと。
息子共連れて。一家全員、当然の、母もなれどの。一度だけ、入ったですが。桃山城にです。オトトの、そんな事なら、桃山城も有名なれどです。「鳥せい」からなら、相当の先でして。


でででの、斯くなるでの。次ぎなるは、「鳥せい」にての、昼食でして。そんな事から、これも、楽しみにしてまして。どんなかなあと。屋号から、したらの、鳥を喰わせてくれるのやろと。
鳥は、鶏なんか、雀なんかなあと。雀なら、苦手なれどです。多分なら、鶏やろと。
雀なら、「伏見稲荷神社」の方でして。

にしても、予約12時丁度で。マダ、小30分程の間があってねえ。
ここからなら、10分も掛からんらしいてねえ。イヤ、現在地。「月桂冠」と、「鳥せい」の位置関係、皆目とまでは、申さんのです。正確なる距離感、分からんわの。ぶらりと、界隈、遠回りの。ンの、聞いた事のあるの、銘柄、酒のです。
河童の、「黄桜」がありので、へえと。皆、口々に、嗚呼、ここかと。ここにあるのかと。
いやなあ、「黄桜」なら、承知も、京都、伏見とは、知らんかったわと。
(14/03/02)


NO.1475 余談・雑談・墓参の話(1) 変なのが、多いなの話 

本日、3月2日<日曜日>
イヤ、月初めの、墓参でして。基本、毎月、月初めには、嫁はんと、2人しての、墓参してまして。特段の事、無いですが。
諸般別途の件、あってねえ。

オッとの、での、そらなあ、出たら、出たで、色々な場面に遭遇するです。
「東大谷祖廟」の駐車場、入り口に付けば、入った、そこに、車一台、駐まっててねえ。前が、混んでるでもあらへんし。かと、云うて、パーキング・ランプも点けて無く。イツ、動くかも、分かりませんし。
と、思たら、助手席側から、人出て来てねえ。乗用車故、多人数乗ってて、不思議で無いですが。これが、2名様、別段の、よぼよぼでも無いの年配者男女でして。駐まってるの原因なら、察知したですが。
只なあ、それなら、それで、パーキング・ランプでも、点けて、後方の車に状態、知らせるべきでして。そのための、装備、あるの筈の、高級車。

まあなあ、駐車場担当者とするのか、係の方、特段の催促もせずの。何もせずでの。判断、我が方に委ねられてるも。無理して、追い越す程に、急いでませんでして。精々の、1分、2分かと。後続車もあらへんしと。
その1分、2分では、無理の、3分にて、動いたですが。これが又、駐車箇所に駐めるに、四苦八苦の、下手なヤツやなと。見たら、爺様でして。ソレなら、「クローバー・マーク」でも、付けとけと。

そんな事で、いつも通りに、寺務所にて、お供えの花買うですが。それは、嫁はんに任せの、こっちの方、トイレ直行、小用でして。出て、寺務所前のベンチで、煙草吸うに。その通路、ド真ん中で、そやなあ。高校生程度かなあ。大学生かなあの、男の子が居てまして。イヤ、スマホか、何か知らんの、ケータイを一心不乱に弄くってるだけなれどです。何も、そんな場所、通路ド真ん中を占領する事、無いやろにの。当方、接近するも、無視でして。オモチャのスマホでもに、一心不乱故でして。
まあなあ、こっちが、しかるべくの、肩身狭くの、縮めの、突破で、灰皿のあるの、長椅子に座れば良い事でして。

での、座って、煙草一服するに、その子の親やろねえ。寺務所から、出て来てねえ。
これがなあ、又、変なヤツでねえ。親子でねえ。
まずは、息子の方、私が座ってるの方の長椅子に座ってねえ。そこまでは、結構の、その親父が、又、こっちの、椅子に座りたそな雰囲気でして。チラと、こっちの方見る故でして。だけの事なら、席空いてるなら、どて事、無いの話なれどです。

何を隠そおの。隠す事無いの。灰皿、挟んだ、我が右側には、同じの長椅子あっての、空いてまして。
云うたら、この親子、変やなあの。とは、思いつつの、こっちが、席譲りの、空いてる方に移動したですが。した途端の、さっきまでの、我が場所に座りやがってねえ。
オトトの、それがため、こっちが、移動したは事実の。ならばの、すみませんねえの、一言、あってもええやろと。子ども、息子の手前も、ええ恰好せよの、礼儀やわの。全然の、無視の。一緒にスマホかの。取り出しの。何やかやの。話をし乍らの、こっちが、灰皿に煙草の灰、落としてるも、斟酌なしの、煙草持ってるの、手、出して来てねえ。それも、あっち向いてホイの、こっちには、顔向けずの、灰だけ、器用に落とす気の。

場所、間違いの、我が手の甲にでも、灰落としたり、煙草の先でもが、触ってみい。こっちは、アタタの、アツアツのえの、ゲの。何たるの、事かの。こいつめがと。
とは、成らんよに、煙草持ったの手を退けるですが。
益々の、奇妙、変人、無礼の、三拍子の、親子やなの。コレが、親父ならばの、さもありなんと。
これでも、場によっては、ええ恰好云うてるやろの、信じられませんですが。

まあなあ、大体が、子の方。或いは、親の方、見たら、親なり、子の事、分かるですが。この親あっての、この子でして。成る程の、通路、ド真ん中で、ゲーム三昧やろの。周囲の状況、見えてませんの。天上天下唯我独尊。
とは、違いの、天上天下に、我一人のみの、口でして。

イヤイヤ、解説してやろかの。息子、周囲見ず、見えずの、こっちの席に陣取りの。別段にの、3人掛け出来るの席での、譲ってくれんでも、座れるの。あっちに移動は、そっちの勝手やわの、考えやろと。


での、当家、墓石を掃除方々、ご先祖様に諸般の報告してたらです。
これは、別段にの、当家、墓石に無関係なれどの。一人のご婦人。まあ、中年。
少々、離れたの箇所でして。あちら、あっち向きでの。こっち、自分の番、終われば、嫁はんの番での、全方位。理由、諸般、小高い段に登りの、待機故。

墓石、掃除は、結構なれどの、荷物類、墓参道具等々、一軒置いて、隣の墓石に置いてねえ。いやなあ、その更なる先なら、段あっての。諸般、置き場にするに都合宜しいですが。多少の、遠めもあってねえ。少々、不便は不便。
その事なら、当家、墓石、ええ場所でして。隣に余所様墓石あるもののです。その先には、その段あっての、諸般、掃除の際の、置き場に持って来い。

当家、全員での、墓参の際にも、掃除の際には、その段の処で、待機してまして。さもなくばの、場所狭いわと。段の場所なら、邪魔にもならずの。待機場所としても、都合良くの。確かに、段から、2軒目故、違和感無く、出来るですが。これが、三軒目、四軒目と、遠くになれば、成るの程に、一寸した、置き場があらへんなあと。ならばの、私共なら、地面に置くに致すですが。

いやなあ、墓石なるは、家でして。モノ置き場に非ずでして。まさかの、そこに、墓参の方、居られたら、しんやろと。そんなバカな事をと。
少々、汚れても、地面やろ。自分の墓やろと。仕方無いやんかと。
チョイと、余所様の場所、墓石を置き台に使うは、何たると。これが、案外に、人相、お上品でして。へえと。これ又、普段ならばの、常識的なる事、云うのやろと。
とりあえずは、私共、余所様に見られて、変やなと。ええのかなあと。思われんよにしてるですが。特段の、第三者が、ソバに居てても、居てんでもです。

オッとの、にしても、誰やろなあ。
線香立てに、線香、若干の残っててねえ。当家の線香ではありませんでして。
ならばの、息子共なら、どかなあの。長男が、来てるの筈は無く。神戸でして。次男なら、分からんですが。墓参に行くなら、行くで、云うて来るのかなあの。
下の叔父は、最早の高齢にて、一人では、無理でして。結果、上の叔父の、従兄妹か、我が妹夫婦哉の。上の叔父の従兄妹の可能性大哉と。

オッとの、そ云うたら、下の叔父嫁の墓所確保は、以前よりの。建墓も、したと、云うてたなと。
ならばの、近々にでも、その墓にでも、御参りしてやろかと。場所も、知らんではなと。それも、叔父に挨拶がてらの。様子見兼ねてでして。
以来、一人暮らしになってまして。とは云え、その息子一家、我が、従兄弟一家なれどの。そんなに遠くでも無いの。同じの地域でして。週に一度見当、来てるのらしく。とは、過年、一昨年かの1月にです。
ふらりと、行った際、申してたです。

イヤイヤ、元々が、妹宅に行きまして。その足で、叔父宅にの。妹夫婦と一緒に行くになったですが。
そもそもがの、予定は、未定故、妹宅から、ケータイ一発、今、暇かと。これから、4人して、行ってもええかと。
(14/03/03)


NO.1476 余談・雑談・墓参の話(2) 余計なるの話

オトトの、「月桂冠、大倉記念館見学の話」なるは、マダ、終わってませんですが。
一寸、寄り道、してるだけ。

我が方、物心付いて以来、何度、墓参してるかは、分からんですが。
とりあえず、基本、月参りしてまして。かと云うて、せぬ時期もあったですが。
当家墓地、墓石の、ご近所様に遭遇、まあ、無いなあ。オッとの、全くの、無いの、皆無とまでは、申しませんですが。

印象に残るとなれば、見知らぬ方が、我が墓にお参りされてたに、遭遇した事でして。多分なら、小学生時分の事哉と。
イヤ、その時、祖母から、聞いたは、祖父の親友が入ったはると。子ども乍らに、へえと。ビクリしたですが。この件、祖母の生涯の、課題として、処理してくれたですが。イツであったか、死ぬまでに、チャンとしておくと。

イヤイヤ、そらなあ、誰かが、お参りされてたかは、分かるです。行けば、線香がマダ、残ってたり。当時には、私共以外、墓参してるの筈が無く。
そして、祖母が遺言的、口癖的、申してたのが。いつしか、そんな事が、無くなって。嗚呼、やってくれたんやなあと。
思てて、暫くしたら、又、同じよな事あってねえ。されどの、祖父の云々の方では無いは、分かりまして。ソラ、一旦、墓を出られたならば、先様、当家の墓に用事無く。

よって、誰やろなあと。
云うたって、親戚筋で、墓参するよな。してくれそなは、数、限られて。
これがなあ。不思議とするのか。私共、夫婦が、墓参の時には、その従兄妹と遭遇、一度も無いですが。参ってくれたの直後は、度々あるですが。そらなあ、線香まだ、残ってたり。花が、新しかったりしてみい。一足違いやったんやと。
なるですが。

息子共が、独自の墓参した時、2度、会おてるらしく。へえと。
云うとくですがの、一緒になら、原則、年2回。独自にも、ン年に1回哉の話でして。それで、我が従兄妹に会おてて。私共の、この回数で、遭遇せずの、ニア・ミスならしてるですがの、程度でして。

での、墓のご近所さんともなればの、隣の方とは、一度、二度、遭遇してるです。
一度は、その隣の、墓石、新築とするのか、墓石を新しくされたの直後でして。
イヤ、その風情より、隣の方やろなあと、思ただけの。墓石のソバの、段の処に、座ったはったかなあの。爺様一人。感慨深げにでして。積年の、念願の、新築やったんやろなあと。勝手に推測したですが。

イヤイヤ、当家、一足お先に、新築してまして。何故か、当時、新築ブームでして。当家のは、昭和の、59年なれどです。諸般、墓石を替えたのがです。
となれば、隣のが、言葉選ばずの、みすぼらしく見えてねえ。基本、土台のみ、新しくされたの哉の。ここだけの話の、当家のより、数ミリ、1センチ哉の、高くされてねえ。へえと。
まあ、お好きで、構わんですが。
期せずして、その当時に、爺様と遭遇したですが。会釈程度での。特段の話してませんですが。するよな、雰囲気でも無くて。

そして、以来、昨年、或いは、一昨年哉の。爺様では無くの。婆様2人。その墓にお参りされてるに、遭遇したですが。正直には、墓参に慣れたはらへんみたいでねえ。
この場合、一言、二言、言葉交わしたですが。そら、先様、墓参の真っ最中での。我が方、終わられるまで、待機致したです。
そらなあ、こんな場で、横手に行って、諸般、墓掃除云々、先客急かすみたいでねえ。遠慮して、当然かと。そんなに、広いの、墓石、占有面積で無く。どれ程やろなの、計った事、あらへんしで、正確なるは、知らんの、精々が、横幅、1メートルかなあと。

更になら、遭遇したは、真後ろの先様哉と。こちらは、面積、我が方の倍あるの哉の。立派でして。そこ様の方が、当家のより、一足お先に新築された筈でして。矢っ張り、新築直後やったかなあ。殆ど、すれ違い的、見た事あったです。
イヤ、墓参終わられ、退散されるの場面でして。多分なら、そこの縁者やろなあと。
以外なら、別の通路の、一寸先。年会やろかなあの。多人数で、喪服で。坊様、読経の場面に遭遇してるですが。
一段上の、地区の方なら、時たまなれどの。居たはるの事、あるですが。この場合、どこの辺りかまでの、記憶はしてませんの。云うたら、余所の町内会的、感覚でして。
顔、会えば、こんにちはと。


事程左様の、墓には、そこに眠るの方の、縁者なりが、墓参するですが。
私に、所謂の、本家無く。当家が、本家でして。
そらなあ、ポと、出たので無く。本当、本来の本家、どこかに存在と、思うですが。知らん事には、墓参も、挨拶も、しに行くも出来ず。知ってたら、墓参程度、するですが。近在なら、なれどです。

ここで、「家」なるは、本家中心、「家」、存在してまして。そこには、そこが、管理の、「墓」あって。根っこであれば、ある程に、守るが大変やろなあと。相応の歴史、あるの筈でして。
当家なら、我が家、本家で。「墓」存在してまして。ここ、中心と相成るですが。

いやなあ、母方のなら、どの範疇哉の、本家、どこと聞いてるですが。聞いてるだけで、寄った事無くの。
とりあえずは、場所的、河原町通り。云うても、五条通りよりも、下<しも>ですが。そこは、伯父達、その息子<従兄弟>の問題でして。

まあなあ、云うたってなあ。当世、「家」の概念、超の希薄。
結果、親戚付き合いも、超の希薄。濃厚にするにも、居宅、場所的、バラバラでして。ヒョイと、近所に用事で、そのついでにでも、寄ってみよかの、こんにちは。居たはるかの、事には、ならぬでして。

ほんまやでの。
その昔の如くの。皆が、京都市内に居てた頃なら、従兄弟も、ヒョイと、寄ると、するよりもです。私が、家の前で、用事してたら、声掛けてくれて。そら、わざわざの、家の前を通ってるからでして。
私にしたって。その近所に用事あれば。母方、下の伯父、伯母でもが、居てるの哉と。勝手に家の中に入ったり。
父方、叔父宅の場合、同じの京都も、ヒョイの、近所には、無理あったですが。少々、遠てねえ。そっち方面、幾ら何でもの、ヒョイはなと。チャンと、用事作って、行ってたですが。

オッとの、その、下の伯父嫁。
当然の、伯父嫁故、血縁無いですが。不可思議なるの事、あってねえ。
亀岡に引っ越してからの話の、母が、一寸、寄りたいと。申すが故、車で、連れてって。伯父は居たですが。伯母不在。母だけ、置いて、多分ならばの、帰りの道中。
家は、仏光寺黒門通りの。その黒門から、高辻通りを大宮通りの途上。反対側の人道向こう向きに歩くの伯母見つけ。オトトのと、車駐めて、追いかけて。「伯母さん、久しぶり。」と、後ろから、声掛けての。目的、ビックリさせたろかの魂胆なれどです。
ヒヤアの、タケちゃんかと。
とかとかの、一言、二言、詔<みことのり>の。これが、最後とするのか。その一週間、二週間後かに、脳溢血かで、他界したです。

いやなあ、諸般、誰とは、申さんの、会わせてくれたんやと。
この伯母、私を可愛がってくれてねえ。
乗り物、苦手なくせして。電車がさえ、苦手の。鳥取の里にさえ、一度も、よ帰らんかったのくせして。私が骨折で、「公立南丹病院」に入院してたの時、見舞いに来てくれてねえ。

苦手の度合、尋常で無く。
我が学童時代、一緒に市電に乗った時、座席で、下向いて、青い顔して、ガタガタ、小刻み、振るてたです。大丈夫やでと、振るうの手、握ってやったを覚えてまして。
その事、承知、あったが故、ビックリしたです。よお、来たなあ。来れたなと。

ほんまになあ。
この手の、摩訶不思議の話。この場合、血縁無いものの、親族でして。
血縁あるのなら、諸般、まさかの話の、只一人、感涙、涙するよな、現象までもの、遭遇、経験致してるです。
オトトの、幽霊に遭遇には、非ずの。それは、怖いわと。
(14/03/04)


NO.1477 月桂冠、大倉記念館見学の話(7) 「鳥せい」の話

ここでです。
話、あちこっちに行くですが。ややこしいですが。戻して、2月の、22日の、「芋煮会」での、「月桂冠大倉記念館」の話の続きをと。
イヤ、「余談・雑談・墓参の話」も、マダ、したいの話、あるですが。まあ、ええかと。

いやなあ、ブラブラとするのか。昼飯やなと、「鳥せい」にと。思てましたら、通り、右行けば、ドン突きには、「鳥せい本店」の看板見えてまして。この看板、明らかに、この通りから、見えるよに。宣伝になるよに、してあるですが。
先発組、反対方向に歩いてまして。ンと。

「鳥せい」こっちやでと、声掛けても、皆、無視でして。えと。
一緒には、フサオ君が居てまして。おかしいなあと。そやけど、この看板、先発組も、見てる筈、見えてる筈と。にも関わらずの、反対方向に行くからには、何か、目的あるのやろと。12時には、一寸、間もあっての。そやからと、10分、20分、早くに着いて、入れてくれへんでも無いやろにと。

勝手行動、する訳にもで、皆の行く、西方向、左手を行けば、ンの、河童の、「黄桜」があってねえ。嗚呼の、これが、目的哉の。にしても、ここにあったのかと。
中、覗けば、沢山の人が居たはってねえ。観光客ですが。
丁度、それこその、立派な、中庭には、テーブル、椅子も備えてあっての。皆、飲み食いしたはってねえ。
ここは、予約も、要らんのみたいでねえ。フウンと、での、どするのかと、思てたら、それだけの話の、デハと、行こかの、「鳥せい」にと。
要は、時間稼ぎとするのか、一寸、寄ってみただけみたいでねえ。


にしても、「鳥せい」
諸般、噂の、「鳥せい」とは、どんなとこ哉の。要は、昔乍らの、木造2階建ての。如何にもの、老舗、料理屋の風情でして。まあなあ、料理屋も、そんなに高級とも、申せませんですが。規模からして。店内に入った、様子からしてです。云うたら、中程度哉の。

只なあ、一歩、店に入れば、人一杯で、へえと。凄い人気やなあと。
何分の、初故、店の構造、知らんですが。とりあえず、順番待つ人、一杯でして。立ってる人も多いしなあ。まあなあ、時分時でもありまして。
そこを、先登組に付いてけば。急な階段上がって。靴脱いで。行くの先、右手の部屋に入れば、まあなあ、16人程度、軽く入れるの、部屋でして。二部屋を1つにしてるの哉の。これなら、落ち着いて、昼飯喰えるなと。

での、私、最後尾に近く。空いた席、ンの、T氏夫妻と、フサオ君の間が一箇所。丁度宜しいなと。イヤ、基本、誰が隣でも、結構ですが。嫌いで、顔見るも、嫌。話するなんか、トンでもの、ヤツなんか、居てませんでして。
そんな、「会」なら、参加してませんですが。

ほんまになあ。
ここだけの話の、他言無用のです。その点、町内会なんかなあ。正直、気の合わんのも、居てまして。心許せんのも、居てまして。
ええ恰好しいの、口先だけ。口は方便のが、沢山居ててねえ。もしかしたらの、町内会とは、そんなモン哉と。とも、思うですが。云うたら、新興住宅街でして。30年経とが、40年、50年経ってもです。

自分だけ、ええ恰好云うてなあ。都合悪い事は、黙<だんま>りやしなあ。
私くらいやでの、バカ正直で、バカ見てるのはです。
モ一発、云うてしもたら、イザとなったら、スと逃げるくせしてなあ。残るは、要領悪く、口にした以上はの。私くらいでして。殆どの面々、全員、皆様と、までは、申さんの、ズルやなあ。賢いなあと。
あの時、こ云うてたのに、喉元過ぎたら、知らんの顔。
その事、覚えてるが悪いの哉の。腹立ってねえ。
その手の面々でも、旧知になら、責任あるの、行動、言動、するのかなあと。親切なんやろかなあと。しやへんやろの。イザとなたら、知らんの顔やろなと。人間、場により、相手によりの、コロコロ、替われるのモノで無し。

オトトの、そのT氏、T君でも宜しいですが。入社同期故の。その隣が、奥様での。先の通りの、42年ブリでして。
変な話、旧姓承知故に、何さんと、云うが難しいてねえ。まさかの、旧姓で、呼ぶ訳にもの。隣、T君居て、Tさんとはなと。ご主人、旦那も、誰に声掛けてるか、分からんやろと。結果的、何さんとは、云うてませんでして。
話するに、チョイ、チョイと、手を出し、顔見てでして。オトトの、手を出しも、旦那の面前、目の前やでと。拙いの手、出してませんですが。

その前にです。T君に、「奥さん、飲めるのか。」と。
そらなあ、「月桂冠」の、見学に同行でして。95%、酒豪也と、思てたならばの、返答、一言、飲めへんわ。えと。
での、チョイ、チョイの手を出し、失礼乍らの、簡単明瞭のです。当人、奥様に、「飲めへんのか。」と。確認のためです。問おたならばの、まあ、云うたら、付き添いみたいなモンですて。へえと。「監視か。」と、云うたならばの、そですて。フウンと。

オッとの、出て来たの料理、ここの、1700円也の弁当ですて。
それが、メニューにあらへんでねえ。真正面には、幹事、農園主居たですが。その下の、1500円のは、メニューにあったですが。ほならの、1500円の、よりは、上等なんやねえと。ソラ、差額分、上等にしてもらわんとなの。

ででの、仲居さん、お飲み物はで、とりあえず、皆で、乾盃のビールをの。
乾盃の音頭、誰がで、モ一人の幹事、農園主にして頂戴の、「デハ、皆様、乾盃。」と。ンの、それだけかの。それだけやと。マア、宜しいですが。
出て来たの、弁当、正直、美味でねえ。満足、満足の。堪能の。喰てるの間に、出て来たの、突き出しがです。飲む方にと、仲居さんがで。飲む方ねえ。そんな差別、しんと、全員にと。幹事、返答の。仲居さん、曰くに、一人前、200円也ですて。へえと。この、突き出しがかの。さりとての、折角に持って来てくれたの、返品もと。
農園主曰くに、これで、2000円の弁当になったなと。ンの、ビール云々、モっとやでと。そやなあと。


いやなあ、正直、マダ、飲みもしてへんの、乾盃以前。
何やら、火照って来てねえ。私がです。
顔真っ赤っかになってるが、分かってまして。ンと。
何でやと。沈思黙考のです。嗚呼と。

思い当たるは、只一点の、「月桂冠大倉記念館」での、きき酒、ホンの一寸の、ワイン含むの、3種の酒。あれから、諸般の時間、経ってるですが。下戸とは、そんなモンやと。
これで、乾盃含めの、ビール、一口、二口。コップに二杯も、飲んでみいの。何をしでかすか、云い出すかと。ご心配無用の、しでかすまでは、飲めませんです。倒れてるです。
云い出すまでもは、無理の、よ飲まんわの。云うなら、飲まんでも、酔わんでも、云うてるわと。
隠すは出来かねるの、バカの付くの、正直でして。酒のチカラ、借りてるよなのと、一緒にすなと。
(14/03/05)


NO.1478 月桂冠、大倉記念館見学の話(8) 「鳥せい」での話

いやなあ、T君、T氏、どちでも結構の。
入社、同期の桜故、「君」であり。実は、一浪、一留故、2歳年上故、「氏」でもと。イヤ、この辺り、悩ましく。オトトの、コイツ、モ、スグにも、70歳かと。今更乍らのへえと。

同期で、一時、同じの部署、抵抗器製造部の、生産技術課にも、所属した事、あってねえ。
云うても、同期生の場合、他部署えの応援等々、狩り出され。アフター・ファイブには、顔合わせの。応援とは、クレーム品とか、工程異常品の手直しとかです。或いは、新工程、新製品の実験にと。

又、ここだけの話、でも無いの。当世と違いの、全体的、会社そのものが、若くてねえ。忘年会、新年会、その他、諸々、レクリエーションにも、狩り出され。
イヤ、賑わしにでの、横の繋がり豊富でねえ。
彼とも、一緒に参加したですが。買いたての、HONDAの、NVで、方々にと。レクリエーションに参加でして。日本海方面にと、ドライブに行ったりしたですが。

入社、2、3年した辺りから、所属、業務も、バラバラとするのか、応援も無くなって。社内でも、会うの機会も、次第、次第に、無くなったは、無くなったですが。若い頃の繋がり、重要でねえ。
同期入社の、気易さもあってねえ。

イヤイヤ、ここだけの話、でも無いの。彼、実家、寺。跡継ぎ故、現、住職でして。
要は、にも関わらずの、会社勤め、してたになるですが。何分の、専行、機械工学での、仏門とは、正反対。
での、諸般、勤めてるの間、退職してからもなれどの。寺の事、誰がやってたかとなればの、奥様でして。聞いて、へえと。
イヤ、その話、「芋煮会」での事での。諸般、講義であったか、講演であったか。してると、聞いてねえ。一昨年の事哉の、聞いたがです。検索、探索の、寺の名称よりも、奥様の姓名での方が、有名でねえ。
寺名で、検索しても、住所しか、表示されへんのに、奥様名なら、一杯でして。

での、奥様にです。チョイ、チョイの、肩叩いて。オッとの、間に、旦那が居てての、コイツ、邪魔でねえ。さりとて、名前で、呼ぶも、ややこしく。気ぃ使うわの。奥様に、それは、そと、講義やたか、講演してるのやてと、問おたならばの。
違う、違うの、「講義」「講演」に非ずの、「法話」やわと。嗚呼、そかと。

ででの、曰くに、ボチボチ、主人にも、やって欲しいのにと。ペーパー・ドライバーなんですよと。へえの、上手い事、云うなあと。要は、諸般、昨年であったかに、講習会に通てまして。彼がです。
無事に卒業とするのか。証書戴きまして。目出度くの、坊主とするのか、資格とするのか。私共には、よ分からんですが。しかるべくの、知識得ての、坊主稼業出来るですが。一向に、やらんがため、ペーパー・ドライバー也と。
この世界にも、ペーパー・ドライバー存在哉の。

いやなあ。
不思議やねえ。
彼、実家、寺。稼業、坊主故、顔とするのか、人相、坊主面。イヤイヤ、これで、この風貌で、しかるべくの、法衣着てみい。高僧の風格、充分でして。
今や、オツム、可成り、白く。益々の、そのままでも、坊主と云うて、皆、信じるです。オトトの、事実、坊主でして。髪の毛あるですが。

そ云うたら、同期ので、モ一人、実家、寺のが居てまして。それは、跡取りでも無くの。又、その手の専攻でも無いですが。矢っ張り、坊主面。実家、寺と聞いて、違和感無く。こいつも、そのまま、坊主しても、立派に通用するの、面構え。

その辺り、私共なんか、とても、とてもの、坊主面してませんでして。坊主面とはと、問われても、困るの事よの、具体的、よ説明出来ませんですが。
強いてなら、達磨大師的、風貌のイメージあってねえ。
余計な話の、神職も、そでして。神職も、神職らしいの、風貌してるです。別段の、神主の恰好、服装してへんでもです。

そんな意味ならばです。
奥様、元々、美人は、美人であったですが。諸般、その風貌、らしなっててねえ。上品且つ、親しみ易く。元々が、親しみ易いの顔なれどです。一段と、柔和なる顔付きしてて。へえと。
そら、こっちは、嫁いでからの、仏門でして。
にしても、諸般、大変やった、やろなあと。覚悟して、結婚してるは、してるですが。イツかは、知らんの、名実共の、稼業継ぐになってねえ。オトトの、くれぐれもの、経緯知らんの、勝手推量、推測、妄想、空想なれどです。
そらなあ、奥様も、会社に居てたのやしで、実家、寺とも違うやろと。とは、断言、よ致しませんですが。彼女の、そこまでの、素性、知らんわと。実家が、どこかも、皆目のと。
承知してるは、旧姓、氏名。

オトトの、ソ云うたら、彼女、どこに所属してたの哉と。
どこの工程やったかなあと。班長やったかなあと。問おたならばの、モ、昔の話で、忘れたわと。そんな筈無いやろの。ソ云うて、トイレに立ったが故、T氏に、どこに居たはったんやと。
問えば、工程とは、違うですて。ンと。
云うたら、スタッフ部門であるの、生産管理に所属での、班長とは、違うんやと。そかと。
そなら、そと、隣、とするのか、真ん中で、話聞いてたのなら、ソ云うてくれと。
とは、云うてませんですが。それで、忘れたと、云うたの哉と。

いやなあ、当時には、有名班長何名か、居てまして。
有名とは、ナカナカに厳しく、しっかりした、女性でして。事実上、班長が、工程取り仕切ってまして。そもそもがの、女性が主の、製造工程でして。
実験であれえ、何であれ、工程長にも、班長にも、話通さん事には、あきませんでして。
我々の立場、新入社員程度では、この班長と接近、顔なじみ、話出来るよになるが、先決での、話早かったですが。

この奥様、当時、しっかりしてるは、してるの印象強く。よって、どこかの、工程の班長やったかなと。
そらなあ、この日、会うが、42年ブリの話やわと。そこまで、細々、覚えてえへんわと。業務に直接には、無関係でして。

イヤ、大いに、あった哉と。
実験品が、その部署に届くになってたなと。
その前に、実験品も、その部署を通じての、工程伝票<実験ロット>発行してたの哉と。
(14/03/06)


NO.1479 ゴミ当番の話

オッとの、ゴミ当番が回って来まして。
これは、近所、8軒で使用、管理してるですが。要は、その8軒が共同使用の、ゴミ集積場の管理でして。
管理も、カラス除けの網を元の状態に、整理整頓、かたづけるだけですが。だけでも無いの、基本、場所が汚れてたりしたら、バケツ1杯分の水で、汚れを取るですが。実際には、士が指定のゴミ袋に入れて、廃棄故に、まずは、汚れる事も無いですが。

時には、何処様かは、知らんですが。変な捨て方したはってねえ。
ゴミ袋から、ゴミが出てしもてたり。ほんまに、何処さんやろねえと。ええ加減なヤツはと。

での、話は、そのゴミに被せるの網でして。網は、我々のグループのは、ガード・レールに掛けてあるですが。多くの、網は、その手の場所に付けてあるですが。
その付けてあるの、紐とするのか、縄の片方、切れたんやろねえ。段違<だんち>になってまして。イヤ、先週からでねえ。先週なら、何処様のゴミ当番なれどの、そのままに、当番回って来まして。

回って来たなら、ほっとけへんしなあ。
大体が、この手の修繕、手直し、やるは、決まってまして。当家を含め、3軒哉と。
とは、断言出来ませんの、それ以外の宅様も、されてるの事、あるかもなの。兎に角、先週辺りに、ンの段違になっててねえ。先の通りの、片方切れて、結んでるですが。短かなった故に、段違でして。

コレ、不便やしねえ。
そのままに、回って来たからには、一発と。直したろかと、鋭意決断の、嫁はんに、丈夫な紐無いかと。結局は、洗濯紐を出してくれたが故、ゴミ当番回す前に、やってまえと。
さての、網を、つなぎ目をば、確認したなら、ンの、単純では無いぞと。網には、太い紐で、周辺、網を三等分の、畳み易いよにと、してあっての。その、三等分してあるの、太いの紐が、延長されてての、ガード・レールに結び付けてあっての。洗濯紐が通るよな、編み目でもなかってねえ。

イヤイヤ、モと、粗い目と、思てたですが。
単純に括り付けてるだけと、思てたですが。よくよくの、見たら、専用網なんやろねえ。特注なんやろねえ。
強いてなら、網も、処々、破れててねえ。そらなあ、イツの話やなの。過年、2004年であったかの、京都の、浅田農産、船井農場では、隠蔽されたり。
いやなあ、この当時には、道端にも、国道にも、カラスの死骸が落ちてたりしてたですが。まあ云うたら、近所でも、ニワトリを飼おてたのが、死んでねえ。大掃除してたのを見たですが。

この時からでして。
網を掛けるに成ったのがです。カラス対策であると。カラスが、生ゴミ、突っつかんよにと。正直、えらい迷惑でねえ。余計なるの、役割分担、増えまして。

オトトの、以来故、最早の、10年経つのやねえ。
当たり前やなの、ボロボロになるがです。破れたり、切れたりと。
この際と、新調頼むかと。誰にとなれば、組長<支部長>でして。いやなあ、変な話、この一角のは、余所の町内会との、供用でして。只なあ、あっちは、3軒、こっちは、5軒でして。まあ、ええかと。

云うたら、あちらの町内会で、処理もあるですが。当番で、気が付いたの宅様、やればと。ほならの、全宅、全軒、承知の筈なれどの。ゴミ当番がやるべきでして。
やるも、組長に伝えるだけなれどの。デハと、組長宅えの。ピンポンの、パンの、そこの孫さん出て来てねえ。要は、爺様不在でねえ。斯くの然での、帰らはったら、云うといてと。そこの、某が、来やはったと。
での、正直には、そこに孫さん、居てるを知らんかってねえ。知らんも、語弊あるの。正確には、多分なら、近在に居てて、時々、遊びに来てるの哉と。

余計な話、まともに顔見て、喋るは初でして。同じ組も、筋違い故でして。
それもあるし、当世、子どもとなれば、外で遊ぶは珍しく。精々が、通学の時、下校の時に、見掛けるの程度。成長したら、通勤の時だけでして。それも、偶々にこっちが、外に居ての話でして。

でででの、一向に、音沙汰無し故、こっちから、再度の、出直しの、組長宅様えと。
ピンポンのパンで、出てきやはっての、あっちの、ゴミの網が云々也と。直すのつもりで居たけどの。重症でねえ。網が破れてるもあっての、交換をと。
伝えたならばの、そこ様、使てるのゴミ集積場の網、先日、交換してですて。へえと。
現在のは、青色なれどの、黄色が効果あるですて。へえと。
コレ、町内会の負担ですて。フウンと。


実はの、ここだけの話の。
他言無用でも無いの。次年度、当家、組長の番でして。そこ様から、引き継ぐに成ってるですが。
だけに、云い難うてねえ。来月、4月からは、こっちの番でして。やからと、この不便なるの、網の状態ではなと。云うたら、網を止めるのクリップなんかは、個々人、修理するの方が調達での、やってたですが。我が方にしたって、何度も交換修繕してたですが。

段違に成ったは初でして。網の破れだけなら、モ暫くでも、待っての、組長に成ってからでも、一発と。思てたは事実の。それも、本来なら、来々期の話やったですが。諸般、突然の番狂わせでねえ。
一年早くに回るに成ったのだけでして。

そんな次第の、斯くなるでの。
もしかして、もしかしたら、誰か、先に、云いに行ってるの可能性もと。思いはしたですが。話、無かったみたいでねえ。
そんな事なら、次週、次々週の当番が、交換して欲しいと、組長に云いに行くかもなと。順番書いた、木札あっての、それを、当番に、回してるが故、それに、メモ書き致しまして。要は、アミの交換依頼致しましたと。

セロ・テープで、木札に貼って、隣宅、次週担当の先様に、持参したなら、奥様曰くに、そこが、紐を結ぶの補修したですて。へえと。
補修よりは、交換の方がええしなと。
そやなあと。
以て、一件落着でして。
(14/03/07)


NO.1480 続・ゴミ当番の話

呼び鈴、ピンポンのパン。
当家のが鳴りまして。
ンの、イタズラか、来客かの。よお、分からんですが。とりあえずは、玄関のドア、開けたならばの、ンンの、ご当地、区長が突っ立ってまして。ンンと。何用かの、ホンの、ナノ秒程度の瞬時には、議長。

イヤ、この3月23日には、町内会の期末総会あってねえ。
されどの、我が第六感、五感、超の感覚、判断より、有り得ませんの事でして。そらなあ、総会の回覧、回すの際には、その辺り、決めてからでして。それもありの、この区長からは、無いの判断してまして。
理由、明確には、分からんの、そんな確証的、気がしてまして。
イヤイヤ、我が区長の時には、三顧の礼で以て、お願いに上がったです。諸般、お付き合いも古くてねえ。子供会も一緒にさせて戴いたですが。助かったですが。近在の話、よお、知ったはてねえ。

オッとの、そんな話は結構の。何用かは、手元見て、ンと。
黄色の、網を持参でして。
何を隠そおの、隠す事は無いの。先刻、掲載してるの件。なれどの、何で、当家に、区長がと。
とも、ホンの、ナノ秒程度の瞬時なら、疑念持ったですが。

全容、瞬時、理解の、見えたの、見たの、理解したわの。我が方、市か、業者。清掃担当のです。網交換に、しかるべくの、専門家が来て、やてくれるモノと、頭っから、思てたですが。違うんやなあと。
例えば、そこから、区長宛、届けましての。ご当地にて、しかるべくの、設置するの哉の。しんならんのかと。

にしたって、何で、役員でも無いの、我が方にと、成るけれどの。まあ、云うたら、支部長<組長>、不在で、こっちかと。要は、ゴミ集積場の、網の件でと、我が名が出たんやなと。イヤ、一向に構いませんの、事実故。

只なあ、更なるの、ナノ秒にての、覚悟決めさせられたです。
話簡単、交換、我輩がするのか。させられるのか。手を貸すのかの。やらんならんのやなと。モ一発、一向に構わんですが。にしても、早いなの。昨日云うて、今日かいなと。

でででの、区長曰くに、網見せての、これの件ですわと。ハイと。見たら、分かるの、嗚呼、あそこですわと。それも、見たら分かるの、ゴミ集積場の方えと。
方も、スグのそこなれどです。
いやなあ、早いですねえと。
イヤ、買おて来たですと。えと。どこでの、「コーナン」ですと。へえと。2000円の網ですて。このサイズで、ええの哉と。まあねえ、そんなモン哉の。

我が鈍足、旧態依然、旧式、反応遅くの。少々、年季が入り過ぎでの、狂い生じの、計算結果、ナカナカに出て来ませんの、脳味噌、モヤモヤモヤの、モヤ状態。
乍らにも、手足、口だけは、勝手に反応してまして。
何がとなればの、我輩が、実作業しな仕方が無いわの、覚悟したわの、ガードレールに取り付けたの、網、外してねえ。

再度の申すです。
我が想定、空想、妄想、予定ならばの、しかるべくの、業者がやてくれるモノ也の、誰が、網の交換、破損の件、支部長なりを通じて、話持ち込むか。だけの労と、思ててねえ。
しかも、年度内には一寸なと、思たが故、メモ書き致しの、順番、当番札にセロ・テープで貼り付け、次ぎの当番宅。昨日、奥様にバタリと会いの、手渡したですが。
こんな具合に、その明くるの日の、本日、唯今、区長が持参で、私めが作業、交換してるの光景、非現実世界。

そもそもが、「コーナン」で、売ってるの網とは、夢想だにも、してへんの。相応の、特需、特殊、特製網と、思ててねえ。
での、色は色で、従前のは青で、此度、黄色。
且つは、青のを、外すは簡単の。ほどくのだけでの。ほどけば、括るなり、網の目通して、ガード・レールにグルグルの、グルと、巻いて、固定のロープに、さての、どんな具合にの。紐がいるなあの。そのロープを通すに、網の目、細かあてねえ。四苦八苦の、やてたら、区長曰くの、こっちの、紐切って、取り付けたら、どですのん。

そやなあの。ならばの、ハサミを、取りに行かんならんなの。当然の、我が家に戻って、ハサミを取り出しの。チョイの、チョイのと、切りまして。
実は、この紐が切れたが故、交換依頼したのやわと。

とかとか、やてたら、軽自動車が駐まってねえ。オッとの、当組、支部長の奥様でして。コレは、車種にて、分かるの、姿形見えず。
での、区長に、車の窓越しにての、手伝う事、あるですかと。区長、返答するに、ありませんですの。先程、宅に伺いの、家の方には、伝えときましたのでと。要は、交換するの件なれどです。
そですかで、奥様消えてねえ。消えるも、宅、スグの、そこなれどです。

ンの、ここだけの話の、他言無用の。云うたら、実作業してるの、我輩無視かと。とは、チラと。
確かに、区長曰くの通りの、手伝おて戴く程の事もあらへんわの。ご主人なら、手伝えと、云いともなるけれどや。さりとての、こんな作業、2人も、3人もが、手、出したら、反って、ややこしいわと。現に実質的、作業、我れ一人。
只なあ、役員たる、立ち会うも、役目也と。

大体が、どこが、どんな具合、不都合かも、ダアレも聞かへんしなと。
もしかして、もしかしたらの、私だけが思たの事哉の。さりとての、紐切れて、片チンバ、段違<だんち>の状態ではなの。網も、大きな穴、開いて来ててねえ。
穴は、相当の以前から、なれどです。紐切れたが、交換、提案、申請のきっかけでして。云うたら、掃除当番の、番になたが故の、処置でして。行動でして。別段にの、当家番で、破損したで無いけれどや。

後は、誰が、しかるべくの、筋に云うの、伝えるの、行動するか、だけの事でして。
結果、こんな事になるが故、誰もが、面倒故、声出さずの哉の。当方、自分も、諸般、無視しの、パスするは、自分が許せませんでして。無視、パス、出来ませんでして。誰かが、やらんならんわと。

云うたら、手も、足もの、作業に非ずの。想定外なるは、あつらえ、専用網で無くの、「コーナン」に売ってるの網での、誰か、市とかとかの、担当者なりが来て、しっかり、きちりと、やってくれるモノと、ばかり、思てたが、大間違いの元。
とも、云えずの、そらなあ、下手したらの、自分がやらさせられるの可能性なら、ホンのチラの、千分、万分、億分の一程度なら、覚悟もしてたですが。まさかの、昨日の、今日は、思てませんの。
要は、支部長、案外に、行動、手配、伝達するが、早かったんやと。
えらい、えらいの、褒めてつかわすですと。

にしてもです。
これも、又、諸般の、性格なんやねえ。私の場合なら、やてしもてから、やっときましたと相成って。
この場でも、悩んだわと。区長が立ち会うべきか。モ結構の、当方にて、やっとくですと。云うべき哉の。思てるの間にも、目鼻付きの、完了してしもて。
終われば、これ、処分しときますと。従前の網等々、区長が持ち帰り。お役目、ご苦労さんと。

結果、斯くなるでの、想定外の、「続・ゴミ当番の話」に相成ったわと。
そらなあ、先の通りの、昨日の、今日とは想定外の。
且つは、自分が交換作業するとは、夢想だにもの、億分の一程度ならなの。宝くじ、当たらず、こんな事だけ、当たるのやなと。
(14/03/08)