シバケンの単なる雑談NO.104

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題目一覧表

目次

雑談NO.105

NO.1310 十人で、四国えの話(14) レオマ・ワールド案の話

NO.1309 十人で、四国えの話(13) バーベキューの場所の話

NO.1308 十人で、四国えの話(12) 諸般悩むの話

NO.1307 十人で、四国えの話(11) バーベキューと花火の話

NO.1306 十人で、四国えの話(10) 里の話(3)

NO.1305 十人で、四国えの話(9) 里の話(2)

NO.1304 十人で、四国えの話(8) 里の話(1)

NO.1303 十人で、四国えの話(7) 浜での話(2)

NO.1302 十人で、四国えの話(6) 浜での話(1)

NO.1301 十人で、四国えの話(5) 孫娘の話(2)

雑談NO.103


NO.1301 十人で、四国えの話(5) 孫娘の話(2)

<参考=「単なる雑談NO.94」NO.1209 表鬼門の南天の木の話>

イヤ、過日、上記<参考>の、当年、4月の28日です。
過日、過年より、計画の、ツモリをしてたの、南天の木を処分とするのか。小さくして、植え直したですが。そらなあ、成長結構なれどの、ブロック塀を押し出して。
植え直すも、大変の、土を掘り起こしの、根こそぎの、取り出したです。
以来、順調に根を張ってくれれば宜しいですが。枯れ出してねえ。

それなりに、懸命にです。水やりしたですが。
この連日のカンカン照り。雨降らず。お盆の四国行きでは、正直、心配してたですが。運が良ければ、夕立、にわか雨でもと。そやけど、雨無かったみたいでねえ。遂に、葉の青の箇所無くなったです。

イヤイヤ、枯れ出しては分かってる故、懸命の水やりしてたし。嗚呼、無理哉と、交換の、南天の木も心積もりしてまして。イヤ、裏庭に一鉢、予備のがあってねえ。小振りで、迫力無いですが。
かねてより、イザとなれば、コイツをと。裏庭から、表鬼門に移動させるにしてたです。
そのイザが、過日、日曜日<18日>でして。

イザとするよりは、意を決しの、裏手から、一鉢、出して来まして。
従前の南天の木には、すまんなあと。申し訳無いなあと。心底、心よりの、声出して。今まで、有り難う御座いましたと、感謝の意も伝えまして。ソラ、事実、邪気、悪鬼、鬼人、変人、馬鹿も来たですが。
生命、人命には影響無く。諸般、長男の車、前日の件の、修繕等々、当たり前の、被害報告、警察には届け出てまして。要は、保険で、処理してるです。
犯人、アレとも、伝えてまして。但し、証拠無く。

ではあるですが。
何度かは、パトカーが、あっちの道、一角をば、パトロールしてくれて。当たり前の、そんな場所、パトロールなんか、する筈はの、狭い一角<団地>でして。そもそもがの、我が家の前も、通過してたですが。
パトカーが通過したは、この当時だけ。
云うたってなあ。肝心のアイツが。アイツの家族が、パトカーの通過を見て無ければ、意味無いけれどや。
我が方にしたら、一応の、対応してくれてるなと。
イヤイヤ、念には念の、云うとくですが。パトカーの巡回、その当時だけ。後にも、先にも、見た事無いわと。

オッとの、そんな事で、やらんならんなと、思てた、枯れた南天の木は処分しの。新しいと云うても、元々が裏庭にあったのを表鬼門には、そのままの鉢植え状態でと。さもなくばの、又、根を張られたら、処理困るわと。
何十年の先に成るか、分からんですが。何十年も経って、掘り起こすとなれば、難儀やでの。ワタシャ、何歳やと。生存疑わしいですがと。

ついでの話の。真向かいには、犬が居たですが。
イヤ、現在でも居てると思うですが。犬小屋が無くなってねえ。車は、下のガレージにあったのが。一時、一週間程、消えててねえ。その間も、犬は居たですが。ハタと、気が付けば、家のガレージに、車が収まってて、犬小屋消えて。
多分なら、犬小屋も、裏手に移動したの哉と。理由、当然の知りませんですが。

超の、推測ならばの、当時、紙袋を携え、持って、クレーム付けに来たの時です。犬の毛で、周辺の宅様に迷惑掛けて居たとの話、聞いてまして。ソラ、諸般、そこ以外の何軒かは、知ってまして。
又、こっちの道を別途の方が犬の散歩をしてたら、その犬、吠えてねえ。五月蠅あてねえ。もしかしたら、その件もあっての、裏手に移動させられたの哉と。

オッとの、その件と、我が家の、南天の木の植え替え、交換、無関係なれどです。こっちの方が、以前より、交換考えてるわと。
只、しかるべく、ホーム・センターなりに、買いに行くか。裏手のを、出して来るかを、迷てただけでの。
モ一つは、元々のが、元気に成りの。葉も青々となればなと、様子見してただけでして。されどの、残念乍らの、俄雨も無かったの哉と。イヤ、従前なら、南天の木に、そんなに気も使てませんですが。


オッとの、そんな次第の、孫娘の話をと。
兎に角、二歳頃の、どついたろかの、顔見たら、泣いて、泣いてが嘘みたいの。抱っこせよ、手を繋げの、スグにも、膝に乗って来たりの。まあなあ、抱っこも、ソラ、重たいわと。重たくなって、来てるわの。六歳でして。来年には、小学生ぞと。
話簡単の、抱っこせよも、イツまでの話かの。まさかの、十歳、小学生高学年に成っても抱っこせよは、あらへんわと。云うたら、今の内の、後、何年かの世界かと。
万が一にも、高学年になっての、抱っこせよと、云われてもなあ。こっちも、その分、歳喰いの。よっしゃと、応えてやるに、こっちの、体力、気力が保たんわと。

にしても、そらなあ、四国の孫世代、男の子は、義姉婿宅には慣れてるが故、縦横無尽の走りまくりの、ヤンチャし放題なれどです。
こっちの、孫世代、年に一度の、尚かつの、これで、何度目哉の、そは出来ず。
とは云え、男の子は、男の子同士で、ヤンチャしまくってるですが。女の子は、その辺り、大人しく。そもそもが、走りまくるは致しませんでして。オモチャも、女の子のはあらへんしと。イヤ、手を出したいの気はあっても、遠慮してるの哉と。

男の子は、男の子同士でヤンチャしまくりも、孫君1号だけでして。これも、縦横無尽にと。とは、出来ず。
そならあ、孫君2号にしたって、立って、歩くがやっとの事の。3号君、まだ、一歳未満。
この辺りまでが、歩き出し。走り出したら、仁尾の家も大変哉と。
(13/08/20)


NO.1302 十人で、四国えの話(6) 浜での話(1)

南天の木、鉢植えのを、そのまま、表鬼門にと。
ダケで終われば、表鬼門に、鉢があって、南天の木がと、イメージ成るですが。
単純に、チョイと、鉢置いてるでは無いです。しかるべくの、元々の、南天の木を植えてたの箇所に、穴空けて。オッとの、元々のは、土の一角に植えてまして。退けた、その穴に、鉢を埋めてるです。
よって、遠目、一見したでは、南天の木が、土に植えてるよに見えるですが。近くで、よくよくの見れば、鉢植え状態。


ででの、そらなあ、孫が、自分に似てる、似てない。
話の一つではあるですが。似てないからと、気にいらんで無し。むしろ、そっくりさんの方が、やり難いやろなあと。
云うてもな、別段に、一緒に暮らしてるで無し。偶に会うから、話題の一つに成るのであって。いつも一緒なら、そんな話、どでも良く。強いてなら、親子、孫子故、似て当然の。似て無くて、それが、何じゃの世界也と。

とは云え、折角故、似てる、似てないの話を致すです。
その前に、子でありの、孫とは云えどの、双子やあるまいにの。双子でも、個々人、別物でして。只なあ、子故、孫故、一寸した、表情、角度、仕草が、特徴が。
親族を彷彿させる事あるです。
又、血は、水よりも濃く。表現、悪いは承知の、血筋、血は、争えずの、良くも、悪くも、呪縛あるです。

イヤイヤ、変な話は止めにして。
孫君2号、3号、ここだけの話の、私に似てるとしたですが。2号、3号のどちらが、どれだけ、色白かは、そんな目、見比べ、比較して無いが故、分からんの。時々、そんな話が出ての、そんなとは、色白の事での、各々の母親、つまりは、嫁がです。
チラと、私の顔見たりして。

イヤ、現在唯今、色白とは、逆立ちしても、申せませんですが。若い頃でも、色白とまでの、評価、受けた覚え無いけれどや。
色黒で無いは確かの、どちかとなれば、白い方でして。
ならばの、現在唯今、逆立ちしてもと、云うたですが。あのなあの、歳喰たら、一寸、日焼けしたら、冷めへんなあ。その一寸が、重なってみい。ドンドン、黒くなるです。とは云うても、色黒とまでは、成ってませんですが。

何が云いたいかと。
嫁共、チラと、私の顔見て、少なくともの、色白では無いと、判断してると違うかと。とは、口に出しては、云わんですが。嫁共も、嗚呼、お父さんは、色白では無いですねえと。とも、口に出しては云わんですが。

大体が、私共、男が、日焼け止め塗ったり、日傘さしたり、致しませんです。最近でこそ、余りに日差しきついが故、帽子被る事もあるですが。普段、被ってませんでして。よって、仁尾での二日目、潮干狩りとするのか、海遊びと称するのか。出る時には、流石に、日焼け止め、形、塗ったですが。藁帽子も借りて、長袖のカッター・シャツ着て、出たですが。
海水パンツ故、露出してたの、足真っ赤っか。
一週間は経ったが故、真っ赤っかは収まったですが。足全体が、黒なってねえ。
日焼け箇所、全体に広がるの哉と。

での、そんな次第の、斯くなるでの。
概ね、仁尾では、予定とするのか、やるの事、決まって来たみたいでねえ。
到着した、その日は、比地木に寄りの、当たり前の、義母<嫁はんの母親>に挨拶しの。義兄夫婦が住むの、本宅には、仏壇にお詣り致しまして。
晩飯は、諸般、ご馳走がで、ビール等、飲みまして。

明くる日には、仁尾の浜で、海遊びなれどの。
私からしたら、折角なら、一寸、泳ぎたいですが。イヤ、その昔とするのか、比地木で泊まってた時には、比地木の浜で、泳いだですが。年に一度の、実は、これが、我が楽しみであったですが。
そらなあ、一応は、高校一年生の、一年間だけなれどの、水泳部所属でして。それ、以前なら、京都の、踏水会では、赤帽から、白帽<赤線三本>から、黒帽<白帽に黒線三本>の線も無くなって。云うたら、師範<先生>の資格まで到達してたんやと。

とか、云うても。
高校一年の水泳部は、大した実力でも無くて。イヤ、京都の新人戦では、相応にの。その勢いで以て、近畿大会に出場の。出場なら、誰でもが出られるですが。正直、ヨーイの、ドンで、他府県の面々との、実力差、認識したです。
イヤ、ドンの合図で、周囲の選手の足の裏見えて。私共の、同好会的、水泳部と、他府県の、本格的、水泳部との、圧倒的違い、判明。
云い出せば、体格からして、全然の違うわと。
我々の高校には、プールがさえ、ありませんでして。西京極プールを借りたり、朱雀高校のを、借りたりと。私が水泳部に入部動機、只で、泳げるとだけでして。

ででの、二年に進級の際、担任の先生より、呼び出しあっての。貴君、柴田君。君<キミ>、水泳選手にでも成るの気か、進学のツモリしてるのかと。問われてねえ。進学のツモリしてるですと。返答したなら。
貴君、柴田君。君の、成績、深く、静かに、着実にです。潜水してる故、即刻の、退部致しなさいと。ハイと、二の返事で、退部したです。

結果、二年では、文化部系での、化学部にと。入部して、いきなりの、部長にさせられて。えと。
正直、何も解って無いの、出来の悪いの、部長様でして。イヤ、我が母校では、三年生で、部活やってるのは、居てませんでして。一応は、進学校でして。二年生も、何人かは、居た筈が、逃げたかと。部長様をです。
要領悪いがため、とするのか。無理矢理にと。

がしかし、出来の悪い、無責任なるの、部長様でして。
今度は、三年に進級の際には、下級生に、オマエ、ヤレと、無理矢理に、部長にしたのが、京都府立大学農業関係かの、博士で、先生やってるわと。余計な話の、これが、亀岡の、「京都府農業総合研究所」に通てたらしく。
イヤ、優秀故、部長を押しつけたですが。怒られ、怒られてねえ。諸般、無責任であると。それに、異議無いですが。家にまで、押しかけ、頼んだわと。化学部部長をです。

オッとの、水泳の話ならです。
当時、小学校区での、町内会対抗の、水泳大会もありまして。当たり前の、断トツ一位。
くれぐれもの、町内会対抗での話やでと。且つは、高校生時代、大学生時代での、話やでと。要は一番に馬力のあるの年代でして。
先の通りの、近畿大会では、圧倒的、競泳にさえ成らずの、問題外の、外の、外。
(13/08/21)


NO.1303 十人で、四国えの話(7) 浜での話(2)

云うてもなあ。
最早の、何年泳いで無いかと。五年、六年の程哉と。
五年も、六年も、一度も泳いで無いとなればの、不安先立つです。イヤ、泳ぐは、泳げても、体力、気力がの、従前の調子で、泳いでてみい。嗚呼、しんどと、成って、岸に辿り着くに、難儀するかと。

難儀で済めばええけれどや。途中で、モあかんと、救助求めるもなと。新聞沙汰になっても、困るわと。京都、亀岡の男性<ン十ン歳>、嫁はんの里で、溺れて、水没。
とでも、書かれてみい。大恥で済まんぞと。
あの世で、新聞記事をば、インターネットで読んでみい、ガクリの、プライドが許さんしと。

イヤ、これがなあ、五十代なら、何とも思わんですが。そんな事、考えも、気にも致さんですが。流石に、自分で、歳やなと、実感する事、度々でして。
そらなあ、ええ恰好云うて、神輿が云々と、してるですが。これも又、正直、声掛かって、ハイと。分かりましたと。気良く、参加出来るはイツまで哉と。無理せず、歩いて、くっついてたら、ええのやわと。
とは、思てるですが。場に成ったら、そは云うてられませんでして。一寸は、恰好付けませんと、恰好悪いわと。
とはとは、云うても、終盤、ええ恰好も、恰好悪いも、云うてられませんの、へとへとでして。皆様、好きにして頂戴の、私は、ソバ付いてくだけで、精一杯ですと。

それさえ、云えんよに成るのか、成らぬのか。参加してみん事には、分かりませんの。とりあえずは、今年、今回、ならばの、マダマダ、参加意欲、満々なれどの。イザ、参加で、あの辺り、この辺り、保つの哉と。承知してるだけに、不安箇所、方々あってねえ。要は、走るの箇所でして。初回参加の時には、神輿後方の紐持って、引っ張ってもらうに、付いてくがやっとの、二度目参加の際には、引っ張ってもらうが、出来ませんでねえ。
若手の諸君、全力走行でして。こっちは、後から、休み、休みの、小走りでして。
何が問題かと、なればの、足が保たんわと。大股も、小股も、ついてけませんです。


斯くなるでの、泳ぎたいの気はあっても、本気、泳ぐの気なら、別段の、仁尾の浜でも、泳げるですが。
実は、仁尾の浜なるは、超の遠浅。よって、潮干狩りで、貝取れるです。その取った貝を、当日、夜の部の、バーベキューで、食するのがイツの間にやら、恒例に相成って。恒例も、先の、五年、六年の話なれどです。

オッとの、仁尾の浜で、泳げん事は無いけれどや。海水浴場でもあるまいにの、泳いでる人、居てませんでして。要は、子どもを連れての、海遊び場哉と。
又、麦わら帽子、被っては、泳げえへんわと。被ったままでも、泳ぐは、泳げるけれどや。その気ならと。超の遠浅での、大抵の場所なら、足も立つけれどや。立てば、体力、気力がの、しんど成って、泳ぐを止めるも出来るけれどや。
変な話、そんな場所で、泳いで、泳いでるの気になれるかと。なりませんでして。
かとかと、云うて、有料のプールになんか、行く気に成らず。人ばっかり、多て、飛び込みも出来ず。泳ぐに、余所様にぶつかっては、いけませんの、あんな場所、泳げぬ面々、子ども達の、遊び場哉と。


での、泳がず、皆と一緒に、浜には、向かうですが。そもそもがの、私に何の用事がと。
孫共の監視なら、親居てて。保護者の補助、予備軍哉と。親が居てるのに、孫共の手とり、浮き輪を持っても、変でして。
イヤ、実際問題、何の用事がと。用事云々では無いと、云えば、云えるですが。

義姉婿殿なら、道具持って、器用に貝獲ってるですが。皆が喰える分、確保しんとと。私も何度かやってみたですが。案外に難しく。カツンと云うたら、来たら、貝がと、婿殿云うですが。慣れてる人と、年一回、それも、一度、二度しかやってえへんのが、ナカナカにと。

此度なら、孫君3号、マダ、小さ過ぎる故と、母親であるの、嫁は、子と共に、参加せず。孫君1号、少々熱出してての、嫁はん、面倒見てるしと、参加せず。大体は、嫁はん、一度も仁尾の浜では、参加してませんですが。
そんな事なら、義姉も一度も参加してませんでして。

甥は、二人の息子を連れて来たり。一人だけであたっりの。姪は、一人息子をと。
結果、爺二人、孫の面倒、見るの用事も無く。仁尾の爺なら、潮干狩りで、勤しむの、重要なるの、用事あるですが。そんな事なら、我が次男、小さいのを相手に良くやってるですが。そらなあ、孫共世代からは、親父世代。当たり前に、若いわと。体力、気力、充分でして。
結果の結果、モ一人の爺、私の事なれどの、用事皆無。
有り体には、完全に浮いてるの状態でねえ。強いてなら、雑用担当でねえ。精々が、姪が、姪の息子が相手してくれてるの程度哉と。ホンマやでの、この姪と、その息子が居て、助かるです。

オッとの、例年なら、その婿殿も来てるですが。此度は居てませんでして。
又、この子が、結構、懐いてくれてねえ。この私にです。正確には、私に懐いてくれてると、するよりは、人懐っこいの哉と。歩くに、手出せば、手を繋いでくれるしと。これなら、扱い易いし、可愛くも思うわと。

それを云い出せば、甥の子、二人共、私には、接近致しませんでして。ならばの、避けられてるに成るですが。
此度はなあ、下は参加してませんですが。上の方、浜に行くも、帰るも、手を繋いで、往復したですが。当然の、姪の子もでして。姪の息子は分かるですが。甥の長男の方、風向き、変わったの哉と。
イヤイヤ、ここの次男とは、マダ、一度も手を繋いだりの行為してませんですが。長男<小学一年>とも、此度、初でして。大体が、年一回、顔合わすだけでの、慣れて無いのもあるけれどや。
従前、接近すら、してくれませんでして。

そんな事での、別段の、用事無く。テントを張ったり、始末したりはあるですが。ソラ、雑用担当での。日焼けだけして、帰るだけなれどと。
まあ云うたら、義姉婿殿、私共一行様のためと、貝獲りに頑張ったはるのにです。私が知らんフリの、家で、寝転がってるの訳にもなと。主<あるじ>、さしおいてと。


孫共世代の、海遊びが終われば、昼飯喰て。
今度は、夜の部の、バーベキューの準備をと。この、バーベキューも、イツから、恒例に成ったの哉の。従前、比地木で、親元、小屋の庭先にての、バーベキューもしてたですが。
ソラ、あっちが、嫁はんの里でして。
私には、複雑怪奇なるの、気があるです。
(13/08/22)


NO.1304 十人で、四国えの話(8) 里の話(1)

諸般、以前には、当たり前に、里帰りは、比地木の親元でして。
当時には、義理の両親のみが、古家に住んでたですが。イヤ、長男夫婦は、一寸とするのか、離れた、鳥坂<とっさか>の方でして。
イヤイヤ、古家には、五右衛門風呂があってねえ。火傷しやへんかと、冷や冷やで入ったを覚えてるですが。

その長男夫婦と一緒に住むになっての、古家を建て直すとするのか、改築されたですが。
イヤ、盛大なるの、棟上げ式。とするのか、最早の完成してたが故、改築祝いなんか、祝い膳にて、親族一同、棟梁も参席されまして。
又、屋根の上から、義理の両親、義兄夫婦が、餅を投げたり、菓子投げたり。家の中でも、そんなよなモノを投げてたですが。
もお、もお、義母、喜色満面の、ついには、歌い出しの、踊り出したの情景、シカと、記憶してるです。果たして、何の歌か、踊りかは知らんわと。

私共一家も参席させて戴きまして。正直、へえと。イヤ、そんな儀式、風習、初体験でして。まあ、云うたら、ええ経験させて戴いたですが。まいた、米も、一石分であったか。その他諸々の、相当なるの、金額になる等々、聞いたですが。
投げる時には、近在の方も、来られてねえ。この集落だけで無く。余所の集落からも、来られてたりで。これ又、へえと。
正確には、餅以外、何をとまで、覚えてませんですが。呆気に取られたとするのか。兎に角、初体験での、餅を投げるかと。大きな餅なら、争奪戦展開の、或る意味、よくぞ、怪我人出んかったなと。
私共も餅拾いに参加はしたですが。何分の、息子共、小学生低学年での、危ないしなあ。私が代表で、取りにで、何個かは、拾えて、息子共にと。ソラなあ、ホカにも、小さな子は居たですが。争奪戦の中には、入れませんでして。

そんな事で、以来、里帰りは、改築の家に相成って。
義姉一家も、時期を合わせの、来てくれて。
云うたら、この当時から、姪一人ででも、我々と一緒に寝泊まりしてくれてねえ。
ホンマやでの、考えたら、我々が行けば、必ず、姪は一緒に行動してくれて。結婚しても、子が出来てもの。云うたら、次男と同じ歳でもあるですが。そんな事なら、嫁共二人も同い<じ>歳。

ついでの話、ここだけの話。一寸、話、飛ぶですが。
飛んでも、海遊びした、当日の話。
諸般、夜の部、バーベキューの食材等々、調達するに、女性一同。申しても、その三人。若手女性の意での。若手となればの、一番の若手、孫娘も加えての、調達に出て。女子会すると。
要は、女子会に、孫娘までが、加えてもろてと。聞いて、へえと。結構なると。

斯くなるでの、何かにつけて、この姪、居てくれて。ホントに、ホントに助かるし。当時、オッとの、皆が小学生時代の事なれどの、比地木の浜で、泳いだ後には、息子共含め、四人一緒に風呂に入ったり。してたわと。
その方が、手っ取り早いし、待たずに済むし。姪も、嫌がりもせず。自分から進んで、一緒にと。オトトの、風呂の話やでと。何分の、四国も、母屋の方の水、出方少なくて。四人バラバラでは、時間も掛かるわと。


そんな次第の斯くなるでの。
母屋で寝泊まりしてたは、どれ程かの、詳しい事情、知らんわの。母屋から、一寸だけ、離れたの場所に小屋建って。イヤ、同じの敷地内では無いです。離れてるですが。
そこに、義理の両親、移動致しまして。
小屋故、狭いけれどや。ならばと、我が一家、一同も、そっちに寝泊まりとするのか、親元故、里帰りは、親元故です。するよに成ったですが。
爺様<義父>、イビキが酷いしと、母屋で、寝るだけでも、寝たらと、云われる事もあったですが。よって、何度かは、母屋で、寝るだけ、寝に行ったりしたけれどや。静か過ぎるとするのか、落ち着かんでねえ。

イヤイヤ、この辺りの時には、食事だけは、母屋で、全員とするのか、義理の両親、義兄夫婦、義姉一家も加えての、居てるの期間、晩飯だけは一緒にしてたですが。
そして、甥が結婚。その嫁も参加し出したり。
ででの、2005年、義父他界で、結果的、多分なら、その頃より、母屋での寝泊まり、食事だけしに行くも、止めたの哉と。

そらなあ、声掛からんのに、勝手に寝泊まり出来かねて。食事も勝手に出来ませんでして。
基本、原則、当たり前の、里帰りとは、親に会いにであってねえ。私からしたら、当人、嫁はんにしたって、折角の里帰りして、寝泊まり、別では、積もるの話も出来ませんでして。
私なら、委細、構う事無く、ほっといてくれたら、勝手に寝てしまうわと。イヤ、小屋で、狭いも、反って、気楽やわと。食事も、適当の、小屋での方で、結構也と。
兄夫婦に会うがための、里帰りで無しでして。只なの、義父他界で、仏壇は、母屋故、お詣りには、参るですが。墓も浜の方にありの、一応は、管理者、義兄には、断り入れての、お詣りでして。

そんな事で、小屋出来て、義理の両親、そっちに住み出して。次第にの、晩飯も、母屋に行かずになってからかと。
イヤ、小屋の庭で、バーベキューをやり出したのがでして。
義姉一家が、バーベキュー・セットから、食材等々、調達してくれてねえ。
母屋の義兄夫婦にも、声掛けて。皆で、一緒に、バーベキュー・パーティやったり致しまして。

甥夫婦に、長男誕生。
又、我が長男、結婚して、長女誕生。
そして、姪が婚約者を、このバーベキュー・パーティにて、お披露目したりで、へえの、おめでとうさんと。
斯くしての、パーティも、年々の、人数増えてねえ。孫共世代も、増え出して。

とは云え、我が一家も、長男結婚以来、小屋で、全員の寝泊まりには、一寸問題の、狭いわと。まあ、云うたら、四人も寝たら、一杯でして。親子だけなら、少々の我慢も、融通も出来るし、するですが。嫁が、孫娘がと、なれば、一寸なの。
よって、長男一家については、姪一家の新宅に行ったり。ここは、車で、概ね、三十分哉の。義姉宅に、泊まったりの。時には、次男も、義姉宅にと、泊まりに行ったりと。

要は、頑としてと、するよりは、当たり前の、常識的の。
私共夫婦だけは、比地木の里、親元にて、寝泊まりしてたですが。そらなあ、私にしたって、義理であれどの、親元でして。
当然の、狭いで、結構の。何よりも、気楽やわと。
(13/08/23)


NO.1305 十人で、四国えの話(9) 里の話(2)

云うたってねえ。
この当時で。
この当時とは、息子共結婚以前の当時の。大人が四人の頃でもです。
嫁はんの実家、親元の小屋ではなと。部屋としたら、三畳の間と、六畳の間<居間>の二つ。
三畳の間は、元々が老夫婦の寝室でして。物置と、ベッドがあってねえ。それだけで、満杯状態。とは云え、二人なら、それで、充分でして。
我々、六畳の間で、寝てたですが。六畳の間には、テレビがあるし。食器棚あるし。テーブルもの、諸般の家具あるわと。
狭いが故、母屋で、泊まらんよになってからは、息子共だけでも、仁尾の義姉宅で、泊まらせてもろたりと。
での、長男結婚しまして。子どもが一人、二人ともなればです。子どもは、小さいしで、実質的、大人が五人ともなればの、小屋では、とても無理の。長男一家、仁尾の、義姉宅とか、甥宅にと。致しましたり。

仮になれどの、母屋でなら、どかとなればの、現在の、十人でも。子ども達が、成長しの、大きなっても、泊まるは出来るです。人数、更に増えても、可能哉と。

とは云えです。
仮にの話の、そらなあ、泊まるとなればの、寝具がいるわと。夏場、お盆の時期故、掛け布団まではいらんにしても、敷き布団に、毛布程度はの、枕もいるし。
細々、云い出したら、細々でも無いの、食事するなら、茶碗もいるし。歯ブラシもと。旅館やあるまいにの、人数居たら。ソかと、泊まればと。とは、易々には云えませんの。受入体制あっての事やでと。

オッとの、我が家、当家ならばの、息子共夫婦の、一家、二家の。それこその、紛れ無くの、里故、実家故の。受入体制、万全、ばっちり。
とまでは、云えんにしても、全員、泊まるに不自由無いよにしてるわと。
孫共の成長に伴い、相応に体制整えるです。整えて、当然のと。

つまりは、泊まれるとは、受入体制あっての事での。寝るの場所あっても、しかるべくの、体制無いなら、泊まれませんでして。体制とは、寝具等々の事でして。云うたら、喰うだけの、茶碗の数、揃えるだけでは、済まんわと。
まさかの、嗚呼、泊まれと、ええ返事しての、ンの、布団が無いなあでは、反って、こっちが困るわと。

斯くなるでの、その当時の事、云うたらです。
その当時とは、長男結婚した当時の。子どもも、一人、二人と増えまして。里帰りするに、最早の、小屋では無理の。バラバラで、でも、泊まらせて戴くにしてたですが。
そらなあ、くどいけれどの、実家は親元でして。基本、親に会いにの、里帰りでして。云うたら、何やけれどの、兄弟、姉妹に会うは第二義でして。
第二義云うても、折角故に、嗚呼、来たかと、義姉夫婦一家も、義兄夫婦も、会いに来て戴いたり。義兄については、別居当時は、何度か、挨拶だけにでも、宅の方に行ったりしたですが。
ソラ、遠くでもあらへんしと。

イヤイヤ、よって、次男も結婚での、サテの、里帰り、どするやと。
先の通りの、とてもやないの、小屋では、寝泊まりするに、幾ら何でも、無理難題。既に、長男結婚段階より、無理でして。どこか、しかるべくの、宿でも借りるかと。
イヤ、姪の結婚式に参列の際には、そしたです。観音寺の方に、一室、一万円であったかの。値は忘れたですが。一室に、三部屋あってねえ。二部屋が、寝室とするのか、一部屋が居間でして。
要は、短期レンタル・アパートでして。

これなら、安いし、二泊程度ならなと。
問題は、観音寺でして。比地木までは、三十分程度、掛かるの哉の。食事もどするやがあったりと。
只なあ、私からしたらの、それは単なるの、一案での、一寸、変でして。
息子共一家は、面倒でも、仁尾にでも、泊めて戴くとして。我々夫婦は、頑としての、狭くとも、実家で泊まるが当然でして。

云うたら、私、長男の立場でして。兄弟、妹一人だけなれどです。当時なら、滋賀在住故、余り泊まるまではしてませんですが。時には、泊まったりも、してたですが。
これが、遠方にて、里帰りで、帰って来て、泊まる部屋がと、体制がと。他所ででもと、余所に泊まられてみい。我が、自尊心、長男としての、立場あらへんわと。簡単には、馬鹿にすなと、相成るわと。
はっきりとは、妹の実家、我が家也でして。ここだけでして。

モっと、云うたら、親父の妹、叔母が、晩年、我が家に来たですが。何泊か、泊まってくれたですが。大阪の、婿殿の親族、これが、親元なんか、兄弟の家なんか、皆目の知りませんですが。そこまで、聞いてませんでして。
婿殿、既に、他界してたですが。

イヤ、大阪にも寄って、方々挨拶して。そのまま帰るわと、云うてたですが。出たのその日、私が会社から、帰宅したなら、我が息子共二人と、玄関先で、出迎えてくれて。えと。
この、えは、祖母と見間違おたの、えでして。それ程に雰囲気、姿が全くの一緒の。そら、夜でして。薄明かりでして。涙出る程に嬉しくて。
ででの、次の瞬間、大阪にの筈がと、思たですが。叔母曰くに、私は、この家から、嫁に出たんやと。

この家ねえ。
実際には、この家からではあらへんですが。こっち、亀岡は、引っ越して来た先ですが。この家とは、当家よりの意でして。柴田家、本宅の意でして。且つは、母であるの、祖母も、兄であるの、我が親父も、他界してるですが。
尚、そのよに、思い、口にして、云うてくれたが、有り難く。

での、有り体には、大阪では、泊まったらと。
とは、云われへんかったんかと。云われんなら、泊まれませんでして。少なくともの、泊まれるの雰囲気、無かったの哉と。雰囲気無ければ、早々の退散賢くて。
にも、関わらずの、泊めてくれと、口にするの図々しさなんか、我が叔母には、ありませんです。勝ち気は、勝ち気でも、モノ事の、常識、自尊心がありの、先様にも、諸般あるやろしと。

とかとかは、叔母、一切の、口には、してませぬ故、大阪の件、私が勝手に、想像しの、思ただけの、真相不明なれどです。
イヤイヤ、叔母の一言、嬉しいてねえ。当方なら、叔母、熱烈の歓迎でして。

云うたら、そもそもがの、東京から、こっちに来るは、我が家に泊まるが大前提に思てましての。来た当日の、夕食からして、諸般、何がええ、手巻き寿司でもしよかの。明くる日には、息子共、母も、保津川下りしたらと。久しぶりにの、嵐山で、食事でもしたらと。

ソラ、京都出身でして。
間違い無く、親族でして。少なくともの、血縁でして。オッとの、私め、血縁云々、無関係の、親族なるは、大切にしてるです。
余計な話、親族で無くともの、ご縁あるの方、大切に思てるです。少々の意見の喰い違い、問題にしてませんの。当然の、公然と、罵倒するよなヤツ、嫌うですが。そこまで、許容出来るの器量無く。
許容してたら、アホやろと。

オッとの、少々、話逸れたですが。
(13/08/24)


NO.1306 十人で、四国えの話(10) 里の話(3)

諸般、事実的経過のみ、記載致すです。
イヤ、くどいですが、嫁はんの里、実家は、親元でして。そこが、小屋なら、小屋に泊まって当然でして。人数多く、無理なら、分散しか、あらへんわと。
申し訳無いけどの、義姉宅でありの、甥宅であったりと。実は、甥宅、義姉宅のスグのソバでして。歩いて、数分、五分程度哉と。よって、甥の子ども達、長男、次男、始終、爺婆宅を往復してまして。

そこも、敷地広くて、家の前には、車が二台。横手、庭とするのか、空き地になってて、その気なら、四台でも置けるです。
イヤ、何年前になるのか、数年かの。それこその、新築致しまして。それまでは、義姉宅には、普通車駐めるの場所、ありませぬ故、近くの借り駐車場に駐めたりしてたですが。そもそもがの、家の前の道狭く。入れませんでして。

事実経過のみと、し乍らも、別途の話致すですが。
ソラ、最初、嫁はんの里に、結婚の話で、行った時には、ビックリしたです。慣れぬ道、左手には海で、右手、山。民家が途切れたり、又、あったりの。その先どこまで行くの哉の。先に集落あってねえ。

イヤ、ビックリし乍らも、時計、止まるの感してねえ。ごろんと、イツまででも、寝てられる哉の。されどの、集落、何軒程かの、正確なるは知らんの、ン十軒かと。店はあらへんし、駐在所は勿論の。
交通機関、バスだけの。日に何本かと。数時間に一本やろねえの。現在でも、コンビニ無いです。諸般の食材なら、軽トラックで、週に何回か、知らんの、回って来るだけの。ドンドンと、人口も減りまして。
まさしくの、少子も、若年層、居てるの哉の、高齢化で、限界集落にまっしぐら。その替わりに、そこらが親戚みたいなモンでして。隣の人は、何者かは、あらへんわの。私共、余所者でも、嗚呼、京都のと。顔知らぬの年寄りまでが、承知しててねえ。声掛けてくれてねえ。

そら、単純には、海がソバにありの。小高い山あっての、風光明媚の、ええ処。
但し、車無ければ、どしょも無く。イヤ、バスなら、あるですが。私共に生活するかと、問われたならばの、ええわと。よ住まんです。

ならばの、仁尾はとなればの、ソラなあ、比地木と比較したなら、大都会。コンビニはあるし、うどん屋も、商店街もあってねえ。モ一発、そらなあ、人口七千人弱。かと云うて、義姉宅周辺の僅かな範囲しか、知らんわと。
比地木と比較で、大都会と云えどの、矢っ張り、車が無ければ、不便哉の。ソラ、土地の者でもあらへんしと。

イヤイヤ、職さえあれば、土地は安いし、エンゲル係数に非ずの、住宅係数、ガクンと軽減されるです。話に寄れば、概ね、坪数万円。場所に寄り、一万円ですて。へえと。
それを云い出せば、比地木なら、モっと、安いのではと。その昔なら、別荘もあったですが。現在でも、あるかの。されどの、もしかしたらの、改築、嫁はんの実家のが、最新ではなかろかと。
後は、住んでるのか、住んで無いのか。荒れ果てて行くの家、散見してまして。云うたら、売り手あっても、買い手がと。

ついでになら、義母も、一寸、離れた土地、広くも無いの。農作物やってたですが。花も栽培してたですが。マーガレットと云うてた哉の。
その昔、時には、ジャガイモなんかを、ミカンをと。ミカンは、親戚筋での、送ってくれてたですが。
最早、行くが出来ず。もしかしたら、義兄嫁が、代行の可能性あるですが。そんな話もチラと聞いたよなの。どなんかなあの、実情知りませんです。


オトトの、一寸、話、戻すです。
まあなあ、云うてる間にも、私自身、ええ歳になってねえ。限界集落とも、云うてられんの。我が町内会も、似たよなでして。
オッとの、での、云うたら、我が長男の嫁、嫁はんの実家の、小屋は知ってるですが。ソラ、毎年、行ってまして。母屋の仏壇も、墓にもお参りしてるですが。寝泊まりまでは、してませんでして。くどいけれどの、小屋では、人数、無理でして。
同じく、次男の嫁も、でして。

イヤイヤ、ここ数年にて、状況大きく変貌してまして。
何度も申すの、年々、当家、人数増えてまして。ソラ、紛れ無くの、良い事、目出度い事でして。

での、我々としたら、二案あってねえ。
強いてなら、我が案と、嫁はんの案。
我が案も、嫁はんの案も、云うてるですが。私は、実家は、実家故、親元での寝泊まり前提、常識でして。但し、小屋では、人数無理故、分散するかと。義姉宅にでもと。お願いしてと。
ソラなあ、母屋、義兄宅が一番ええに決まってるですが。出来るの状態なら、我々だけの時でも、してるわと。
くれぐれもの、私は、喧嘩、口論なんか、一度もしてへんわと。顔合わせたらなら、極普通に話もしてるわの。嫁はんにしても、誰にしてもの。それ以上の詳細、割愛致すです。

ででの、嫁はんのは、短期レンタル・アパート借りるの案でして。
当然の、有力なるの案ではあるですが。
コレ又、私から、云わせて戴ければ、私の立場で、我が親族が、例えばの、東京在住の叔母がです。珍しくも、十数年ブリに京都に来てです。一泊、二泊故と。ホテルにでも予約されてみい。
腹立つです。激怒するです。
とは、叔母故、云えませんですが。態度に現さんけれどや。内心、穏やかに非ず。精々が、一言、云うてくれたらええのにの。泊まってくれたら、良かったのにと。

東京の従兄弟<叔母の長男>の時には、ホテルが何度かあったですが。来てる故と、会いたいなと。
よって、ホテルに会いに行ったりしたですが。一度は、その嫁はんとで。二度目は、出張やったかなあと。曰くに、タマには、贅沢したいんやと。そかと。イヤ、上等のホテルでして。ならばの、好きにして頂戴の話になるですが。

我が親父の葬儀の時には、そこの、次男が来てくれて。されどの、仕事満載の、トンボ帰りしたですが。後日、その長男が来てくれて。その時には、我が家に泊まってくれたですが。イヤイヤ、居間で、私と一緒に寝まして。夜通しの四方山話で、徹夜になってしもてねえ。
そらなあ、その昔、私が小学生、高学年までは、大阪に居たし。行ったり、来たりの、喧嘩ばっかりしてまして。年齢的、一歳上でして。どっちにしたって、小さい時から、喧嘩ばっかりの、従兄弟でして。それだけ、仲がええと云う事でして。

四方山話も、叔母の事、従兄弟にとっては母親の事が主でねえ。親父の一寸前に、他界したですが。
そして、彼<従兄弟>曰くに、タケちゃんの処は理想的に上手く行ってるなあと。何の事かは、具体的には申せませんの、他家の事での、事情、割愛致すですが。
割愛、割愛では、第三者にさっぱりなれどの、諸般、長男には、長男としての、悩みあるです。苦悩あるです。長男同士、皆まで、申さずとも、一言聞けば、分かるです。内部事情、重々の、承知故。
とかとかの、又もやの、話、逸れてもて。
(13/08/25)


NO.1307 十人で、四国えの話(11) バーベキューと花火の話

金曜日<八月二十三日>昼頃より、雨降り出して。
明くるの土曜日、朝方まで、降ってたですが。昼前より、雨止んで。良かったなあと。
イヤ、この土曜日、町内会最大の催し、「夏祭り」の日でして。雨なら、会議所で、やるですが。降らんなら、公園にテント張って、盛大にと。

結果的、昼前には、雨止んだ故、テント張り等々、準備が出来るです。
更には、夜にも、雨降らず。そして、日曜日は晴天でして。「夏祭り」の後かたづけも出来るなと。オッとの、私がやきもきしたり、するの立場で無いですが。こんな、厄介な天気では、役員、特には、区長は大変やなあと。経験してるだけに、思うだけの。幸いにして、我が期では、雨の心配、全くでして。振り返れば、良かったなあと。

イヤイヤ、最早の、以来、八年経ってまして。一応は参加したですが。くじ引きの時だけの、夜、二十時から、チラとだけでして。テントに加わり、飲み食いしてませんですが。飲むに大して飲めへんし。喰うに、そんなにもなと。話題にしったって、あらへんわと。
話の合うの面々でも居たら、一寸、中に入ってと、思うですが。探すに大変、ウロウロするも、異でして。とかとか、余計な事、考え過ぎるが故に、中に入れませんでして。
区長努めた直後、数年は、義務感からも、大いに参加してたですが。ソラ、ご来賓も、承知してまして。当期、区長の手助けをと。考えた時期もあったですが。強いてなら、誰様とは申さんの。既に他界されたですが。アンタもえろなった<偉くなった>なあと。ワシの方が上やのにと。何が上か、知らんのですが。年齢的上の事か。町内会に古手で、先輩の意かと。

この一言、引っ掛かってねえ。そんな具合に、斜から見る人もあるのやなと。以来、遠慮するにしたですが。
云うてもなの、先の通りの、云うた張本人、他界されたですが。この方、親分肌で、気のええ人で、好感持ってた方だけに、尾を引いてまして。ソラなあ、正直な方だけに、正直な話をされたの哉と。
オトトの、斯く申すの私も、正直に過ぎるの人間なれどの、そんな事、口裂けても、酒席の場でも、口には致しませんですが。とか云うて、斯くの如くに、掲載してたら、一緒なれどです。一緒と、云うたってなあ。誰様とは、記載も、実名記載してませんです。

での、そんな次第の、「夏祭り」のくじ引きも、結果、何にも当たりませんでして。イヤ、この手のくじ引きでは、何か当たったの記憶無く。嫁はんが参加とするのか、来てた時には、当たったらしく。
ならばの、来てくれたら、ええのになと。
イヤイヤ、世帯に当たるがため、代表者とするのか、籤であったた、宅様を読み上げられたら、ハイと、挙手して、景品戴けば宜しくて。

にしても、コレ又、余計な話の。
従前なら、参加票<世帯名記載>を、くじ引きの箱に投入しまして。その参加票から、抽出してたですが。イツの頃から、ソレしんよになってねえ。世帯全員のを予め入れてしもて。それを抽出するの方式にと。
にしても、会場の人数の割には、読み上げられた、当選者の殆どが、場に居たですが。
イヤイヤ、人数、相当数居たですが。世帯一人やあるまいにの。家族全員が出て来てたりしてまして。子ども達が居たら、相応に賑やかでして。

どっちにしても、当たらずの、明くるの、日曜日、組長が、残念賞とするのか、記念品を持って来てくれたです。
イヤ、私なら、当日、チラの、ホントの片隅にて、抽選の模様、見てたですが。当たらずの結果、退散するに、我が組、組長等々、しかるべくの、失礼しますと、だけ程度の、挨拶だけは致したです。


でででの、斯くなるでの。
割愛、割愛では、分からんですが。そらなあ、超の内々でなら。或いは、全くの、第三者になら、話出来るの事でも、ここに掲載、出来ぬ事、多々あるわと。
されどの、事実の経過だけなら、諸般、掲載してるです。
困るは、意図せぬ方向に解釈されるの事あって。それは、当方の表現、手法拙いからなれどです。

そんな話は結構の。
仁尾で、バーベキューするよになったは、イツから哉と。
いやもお、どっちが先か、後か。同時かも、忘れてしもてねえ。
イヤ、多分なら、同時哉と。何と同時かとなればの、泊まるの先、仁尾の義姉宅になったのと。バーベキューも、仁尾でと。

イヤイヤ、孫共世代も、一人、二人と増えまして。三人、四人と成るですが。現在なら、孫共世代、七人でして。
での、何年かの以前。果たしての、この頃、孫共世代が何人であったかの。よお、覚えてませんですが。現在唯今、最高齢で、甥の長男小学一年生。孫娘で、来年が一年生。
多分なら、三年前哉の。ならばの、甥の長男、四歳。孫娘、三歳頃でして。後は、一歳、二歳でして。
例年通りの、バーベキューをばしてたですが。皆様、一同にでして。適当なるの頃になれば、花火でもと。その頃には、義兄夫婦、居てませんでして。
大体は、概ね、最後の方まで、一緒してたですが。この年と、前年には、途中退散してまして。

花火も孫共世代対象での、精々が三十分程なれどの、キヤキヤ、ワアワア、ソラソラ、騒ぐですが。この時期、お盆の時期なるは、この比地木の浜では、どこの面々かは、知らんの。お盆で、帰省してるの方か、余所から、遠征かの。多分なら、帰省のと、思うですが。打ち上げ花火もしてまして。
正直、真夜中、延々のやってる事もあってねえ。小屋で、我々、寝てても、音聞こえてるですが。
そらなあ、家も何十軒かの。それも、高齢化がため、普段なら、静かとするのか、静かに過ぎるの場所でして。

云い出せば、亀岡でも、この時期、夏場、方々にて、花火大会してるの哉の。夜、ボンボン、音したり、見えたりもしてるですが。大体は、真夜中までは、してませんですが。精々が、二十時、二十一時には、終わるですが。
この辺りでは、所謂の統制された、花火をしてるで無くの、どこかの、個人が、若手が浜で、してるのでして。正直、零時近くまで。下手したら、過ぎてもでして。こっちは、就寝の、まだ、やってるかと、五月蠅いなあと、思う事もあるですが。

での、母屋より、電話一発、小屋にで、五月蠅いよと。左様<さよ>ですかと。オッとの、私が電話に出たで無いですが。
正直、花火は、子ども達対象での、延々のは、やってませんですが。ソラ、確かに、周辺静かで、子ども達の声で五月蠅いは確か。我々も、連れて、声出し、騒ぐしの。事実、ハタからしたら、五月蠅いやろと。
只なあ、一旦、云われたらなあ。最早の、以降、出来ませんでして。

孫共世代、楽しみにしてるの花火出来ませんですかと。ここではなと。
騒がしいとなればのバーベキューも、早々にやってられへんしの、どするやと。仁尾の、甥宅、横手の庭なら、広いし、出来るしと。以降、そっちで、するかと。

とは、成ったですが。それは、それとしての。
私と、嫁はん、尚、寝泊まり、当然の、親元であるの、小屋を前提にしてたですが。
(13/08/26)


NO.1308 十人で、四国えの話(12) 諸般悩むの話

オッとの、我が町内会の、「夏祭り」えの参加方法。
とするのか、様子、抽選の時だけ、静かに、片隅では、従前に戻っただけでして。

思いなるは、我が区長時代、先輩区長<役員>には、ご来賓の相手して戴き、助かりまして。
そらなあ、当時の私からしたら、市会議員様、自治会三役様なるは、雲上人。冗談、誇張に非ずの、本気です。そらなあ、四月に就任。マダ、八月でして。
そもそもがの、新米区長での、市会議員様になんか、期首総会で、チラと喋ったが、初でして。焦りっ放し。自治会会長も、見てるだけの方でして。イヤ、ご来賓として、参加は、副会長なれどの、性格も、何も知らんわと。

偶々であれ、我が期には、先輩区長四人居てまして。且つは、前期、前々期の区長がでして。大いに、助けて戴いたとするのか、頼んで、ご来賓席に呼びましたり。役員で無くとも、経験者居たなら、声掛けて。

退任後なら、市会議員も、自治会会長も、隣接町内会区長も、よくよくの、承知してまして。一年経ってたら、雲上人からは、数段の、身近に感じてまして。顔知ってて、挨拶だけで、ハイ、サイナラも出来かねて。
中に入って、談笑してただけなれどの。人によりの、見方、感じ方、全然の違うを、思い知り。

騒音の話も、諸般あるわの。この、「夏祭り」にしたって、従前、カラオケ大会してたですが。会場であるの、公園に隣接の寺より、五月蠅いと。
との、苦情一発、止めになったですが。
我が期の話に非ずの、その、数期以前でして。
先輩区長で、役員より、しかるべくの、事前に挨拶しとけよと。助言賜りの、粗品持参で、三役にて、当日、騒がしく致しますが、宜しく、お願い致しますと。
かと云うて、一旦、苦情出たなら、カラオケやりませんですが。出来ませんですが。せずとも、会場に集まり、談笑したり、ビンゴしたりで、五月蠅いは、五月蠅いはと。よって、挨拶をと。

そ云うたら、イツの頃からか、我が家の前の駐車場にて、そこの町内会が、「夏祭り」とするのか、「地蔵盆」かを、してたですが。そこには、お地蔵さんがありまして。
毎年、毎年、しかるべくの、我が家にも、当日、お騒がせ致しますがと、役員が来てたですが。無くなってるです。
オトトの、我が方、まともに五月蠅いけれどの、一言たりともの、苦情申してませんですが。諸般、云うた先様があるんやわと。

正直、ソラ、五月蠅くて。されどの、年に一度、一日の事でして。準備含めて、二日間。時間的になら、一日分もあらへんわと。
只なあ、騒音五月蠅いは、確かでして。とは云え、我慢の限度、幅広く、高く。その日に成ったなら、嗚呼、やったはるなあの程度でして。別段にと。
それよりは、朝の早く、又、晩遅くに、溝の蓋、鉄板の上を車が、ガッタン、ゴトゴトと。鳴らして走ってくれる方が余程に五月蠅くて。イヤ、ガレージの方の面々でして。或いは、大声で、話をしたり、談笑での、ケラケラと。車のドアを、バッタン、バタン、バタンはソラ、五月蠅いわと。

とは云え、私共も絶対にと。
やらん、やって無いの、保証無く。一切の苦情申してませんです。申すに誰にが、あるけれどと。音して、血相かいて、表に出て、オイ、五月蠅いぞとは、云えませんです。
我慢、我慢の我慢して。耐えて、耐えての、我慢たまらずの、一発、云うたらんとと、出た頃には終わっててみい。ダアレも居てへんかってみい。馬鹿みたい。居てても、喋ってなければ、ソイツであるとは、断定出来ませんでして。
云うたら、苦情一発。文句云うて、その場は溜飲収まっても、この手の話、尾を引くです。

あそこなあ、五月蠅い、五月蠅い云うて、自分の事、分かってえへんなあと。
面とは、云われず、陰口されるが、余程に怖いわと。それが、世間様でして。ソレ、されとは無いなら、お互い様であると。余程でなければ、苦情申さんが一番でして。

での、余計なるの話。
最近、皆様、町内会の方々、相応に歳喰て、外に出ておられませんですが。斯く申すの、私もでして。
そんな意味での、従前なら、一寸、外に出たら、あのなあと。或いは、区長時代は特にです。こんな、あんなと、苦情であるとか、アイツがなあと、どこまでが、ホントか、大袈裟なんかの、話、一杯、聞かされて。はたまたの、告げ口されて。
苦情の方なら、自分から、云うは抵抗あっての、しかるべくの、区長時代の私にと。持ち込まれてもなあ。猫が、犬がと。五月蠅いと。そんなモン、自分で処理して頂戴の範疇哉と。
我が家でも、近在の、どこ様の飼い犬かの、鳴き声五月蠅いですが。慣れたわと。そもそもがの、私め、犬好き、猫好きでして。余所様の飼い犬まで、好きでは無いけれどや。
こっちにも、好み存在致すわと。


とかとか、そんな話は結構の。里の話なれどの。
そもそもがの、バーベキュー・セットも、食材も。準備万端、義姉一家がしてくれてまして。バーベキューをやり出したは、イツ頃からやった哉の。ええ加減には、甥夫婦に長男誕生の頃から哉と。
それまでは、総勢にて、母屋で、夕食なり、してたですが。
まあなあ、誰が考えても、年に一度の事での、場所もあるし、バーベキューが宜しいに決まってるわと。

されどの、花火が、一寸なの、五月蠅いの話出たなら、こればかりは、感じよの事での。最早の、小屋庭先での、バーベキューも、どかなあと。
とかとかの、そもそもがの、そとなればの、私共夫婦が、小屋に寝泊まりでは、諸般、送りの、迎えが、大変やと。義姉がです。
要は、我が一家、全員、仁尾で、寝泊まりしたらの案でして。

イヤイヤ、ご親切、申し出、誠に以ての、有り難いけれどの。その上でも、尚、私、納得出来ませんでして。
何度でも申すの、嫁はんの里、比地木でして。その母親、健在での、里帰り、比地木に決まってまして。
仁尾は、その姉宅でして。ソラ、比地木で、全員、無理承知の、息子共は、その家族は、仁尾で、お世話になるは、やむお得んとするのか、お願いせねばならぬの立場ですが。

事程左様ですの、筋的、小屋では、全員無理故、本来ならばの、母屋なれどです。泊まれ、泊まったらと,、云われんなら、泊まれませんでして。
まさかの、我が一家、本年、此度、総勢、十名にも相成っての、小屋には、無理難題のと。


ならばの、我が次善の策、案なるは、何なら、我が愛車で来ても宜しいですと。三台もの車では、諸般、経費等々、勿体ないとするなら、義姉の車を借りられるならと。事故ったら、怖いけれどや。
それなら、小屋えの、寝泊まりの、送りの、迎えを、息子共にさせる。とかとかと、頑として、我々夫婦までが、仁尾での寝泊まりについては、納得、全然してませんでして。
理由、くどいけれどの、本来的、筋違い。よって、嫁はんの案、短期レンタル・アパートがあったですが。これは、観音寺での、一寸、距離あるは事実なれどです。

とかとか、云うてもなあ。
心底、親切、我が身として、云うてくれてるの案、仁尾で、全員がの、案、論外とは、無視出来ず。大いに、悩んだですが。既に、四度、三年<2011年より>、私共一家全員、お世話になっててもです。
正直には、現在唯今、尚、割り切れずの感あってねえ。
オッとの、四度、三年とは、異な話したですが。一度は、盆では無く、比地木の義母、入院<丸亀>がため、私共夫婦と、息子二人で、見舞いに行ったです。
その際も、仁尾で泊まらせて戴いたです。
(13/08/27)


NO.1309 十人で、四国えの話(13) バーベキューの場所の話

イヤ、仁尾の義姉婿殿には、ご両親、居られまして。
ここだけの話、ご両親、年寄り二人をみるは大変ぞと。
処が、過年、母上様、脳溢血にて、倒れられ。入院にて、そのまま、介護施設に入所されたですが。同時に、親父様も、入所されまして。オッとの、所謂の老人ホームでは無いです。
再度申すの、介護施設でして。現在、我が母入所の、「ふないの里」と一緒です。
洗濯モノ、回収、収納がため、週二回、家族が出向かねばなりませんでして。

但し、システム、よお、分からんの、先様、仁尾のご両親、入所継続でして。
我が母、既載の通り、追い出されてまして。夏場、暑い時期、良い環境で、過ごさせてやりたいとの理由にて。事実、その通りの理由にて、この六月から、入所させて戴いてまして。九月末までの予定でして。
この件、話途中で、中断してるですが。
ここで、超簡単に話、してしまえば、入所後、二、三週間での状況、今後の方向についての打ち合わせの際、先様相談員、八月末までと、理解してまして。ンの、申込書には、九月末としてるですがと。

相談員、それで、大丈夫ですと、返答戴き、ホと安堵したですが。
イヤ、ここ、「ふないの里」では、原則、三箇月の入所となってまして。されどの、三箇月で、退所されてるの方、居てるの哉と。母より、早くに入所。現在唯今、尚、入所の方も居たはりまして。
原則三箇月とは云え、脳溢血等々、半身不随等々になっては、家に帰っても、生活出来ませんでして。何より、家族が大変でして。このよな状況の場合、話簡単には、半永久的、入所できるの哉と。

そんな事なら、我が母にしたって、車椅子生活でして。
我が家でなら、母も大変、我々家族も大変なれどです。ソラなあ、オシッコで、下手したら、三十分。大抵ならばの、一時間。長くなれば、二時間に一回、トイレに付き合うは、施設とは違いましての、寝ずの番と。までは申さんの、嫁はんと交替で、やってるですが。
戻って来たら、その生活かと。

とは云え、ここから先の、我が考えなら、出来る限り、家でと。それが一番に決まってまして。
オッとの、されどの、現在唯今、母、上機嫌。そらまあ、正直、生活し易いです。家と違いの、広いしなあ。トイレも、相応での、介護士が居てまして。生活するに、不自由ないです。
但し、個室では無いがため、四人部屋での、テレビはありませんですが。広場になら、あるですが。
まあなあ、当人も、老人ホームで無いがため、安心してるですが。


オトトの、若干の話、逸れたですが。
義姉より、全員、こっち、仁尾で泊まったらの話があった。その年<2010年>、四国からの、帰りしなです。イヤ、一旦、仁尾に寄りの、帰ったの、その直後です。
とするのか、その当日。我々、出発してからなれどの、母上様、脳溢血で、倒られて。その報、義姉より、嫁はんのケータイにあったですが。ギクリとしたです。我々が精神的負担に成ったの哉と。
イヤ、私共夫婦は、その年には、マダ、泊まって無いけれどや。息子共も、それぞれで、義姉宅、甥宅に分散で泊まってまして。とは云え、仁尾と、比地木を行ったり、来たりの、仁尾宅には、長時間居てまして。
されどの、義姉夫婦、姪も、それには関係無いしと。気にせず、来年、泊まってくれと。云うてくれてねえ。気分的、楽に成ったですが。さもなくばの、最早の寄るもなと。

只、結果的、先の通りの、ご両親共、介護施設入所に相成って。イヤ、母上様の入所理由、脳溢血で、親父様のは、知らんですが。明くるの年、四国、仁尾に行った際には、入所先に、挨拶しに行ったですが。
<参考=「親父として、爺としての話NO.15」NO.145 諸般諸々の事情(6) 介護施設の爺様、婆様の話

そらなあ、ご両親、居られんよになっての。正直には、泊まり易くなったは事実哉と。
更には、昨年<2012年5月>、肝心の義母、大腸で入院致しまして。人工肛門に相成って。とするのもあるの、義母も、要介護2かで、ディ・サービスに通うよになってまして。此度も、月曜日には、ディ・サービスの日でして。従前のよに、小屋に、ズと居てるで無く。行った日、日曜日に、顔出し、仏壇にお詣りしの、一日飛ばして、火曜日、再度の寄りの、墓参りにしたですが。
<参考=「単なる雑談NO.7980」丸亀の病院の話>

その上でも、尚かつの、私には割り切れんの事あってねえ。上記、「丸亀の病院の話」では、余計な事、記載せず、諸般、事実をのみ、そのままに掲載してるですが。
まあなあ、ここでも、繰り返しの、超の簡単、事実のみ、話すればです。
丸亀の病院には、見舞いに行くに、仁尾の夫婦。そして、姪夫婦と、その息子が一緒に来てくれたです。イヤイヤ、独身時代より、姪は常に一緒してくれてと、記載してるですが。
比地木の、母屋で、我々泊まってた時には、一緒に泊まってくれて。小屋に移動してからは、狭くて、幾ら何でも、泊まるに無理なれどです。
今年は、諸般、姪婿、仕事が忙しいのか、仁尾には来てませんですが。


オッとの、での、話、前に進めるです。こんな調子で、やってたなら、全くの終わりませんでして。
事程左様の、海遊びも、終了の。昨年には、仁尾宅で借りたの、健康サンダルの、イボとするのか、突起が、足裏にきつくてねえ。喰い込んで来てねえ。痛あて、いたあて、僅かな道中、歩いて帰れるのかと、危惧してたですが。次第、次第に、鈍足になりの、先頭集団、云うても、義姉婿と、長男の二人なれどです。ドンドン、離れて行ったですが。

我が歩き方、変と、気付いたか、遅すぎると、思たかの、我が後方に回った、次男。
後ろから、様子見て、お父さん、サンダル交換したろかと。云うてくれて、嗚呼、有り難うと。
イヤ、実際問題、海水で、足濡れて。云うたら、足裏ぶよぶよ状態になってたのもあるですが。当然の既に、渇いてる筈なれどです。
イヤイヤ、交換してもらうの気、毛頭の。ソラ、誰が履いても、痛い筈でして。別段の、迷子に成るの場所でも無く。休み、休みでも、辿り着けたらと、思てたですが。距離、半分助けてもろたら、そら、有り難く。

での、此度、こっち、四国に出るの前日、次男一家、我が家にで。
次男曰くに、サンダル持ってるかと。この話、覚えてたんやなあの、此度、サンダル新調してまして。持ってくと。
健康サンダルでは無いのをでして。元々が健康サンダル所有してませんですが。その際、去年にも、次男曰くの、あのなあと。健康サンダルでは距離、歩けへんでと。そやなあと。

そこまでは、宜しいですが。
新調したのサンダルの底には、穴空いててねえ。水はけ良いよになれどの。その穴に、石が詰まってねえ。詰まっても、歩くに支障は無いですが。変な感覚になってねえ。
実は、海岸、浜で、石が詰まったので無いの。バーベキューの際でして。
此度、甥宅庭ではせずに、義姉宅、横手の空き地でして。地肌そのままでして。そこの、石コロが、我がサンダルの穴に詰まったですが。
何とまの、甥が、その石、取ってくれたらしく。

イヤイヤ、此度、甥宅で、バーベキューせず、義姉宅横手の空き地でと、成ったの理由、甥嫁が、当日、出勤でして。嫁居てませんのに、息子共、泊まるのもと、此度は、泊めて戴くも、止め。バーベキューも、こっちでする事にと。
空き地と云えどの、所有者居てての、義姉婿殿の同級生か、後輩らしく。借りたい、借りてくれと、一発で決まったとの話での。
とは云え、雑草一杯での、義姉婿殿、わざわざの、雑草刈ってまで、場所の確保、準備してくれたですて。へえと。
(13/08/28)


NO.1310 十人で、四国えの話(14) レオマ・ワールド案の話

本日、<八月二十八日>、昼前には、歯医者でして。
被せの歯の治療は前回にて、終わってまして。新しいのが、被せられてるですが。それが、六日でして。
要は、本来の歯の治療での通院では無いの。歯科衛生士によるの、歯の掃除。

行けば、最初の時の歯科衛生士でして。
イヤ、二人居られるのか。人数知らんですが。最初、二度は、小太り妙齢の美女。後の四回、別途の、背の高いの妙齢の美女。そして、此度、以前の美女でして。
問われるに、どですかと。どですかと、問われても、思い当たるは、知覚過敏。

イヤイヤ、事実でして。
アイス・モナカでも喰てみい。歯に凍みてねえ。特には、治療した側の、右の歯で噛んだ時でして。ズキンとするのか、脳天に冷たさが来るです。
よって、知覚過敏は何で、ですかねえと。一般論的、質問してみたです。

ならばの、加齢と共に、歯肉が痩せて。歯垢もあっての、下の方にと。又、加齢と共に、神経が鈍感になるの傾向がと。その場合、治療の手もあるですがと。ンの、加齢、加齢と、ホンマかの、従前、若手の頃でも、知覚過敏あったですが。
とは、云うて無いですが。
神経、鈍感で、知覚過敏ねえ。反対のよに、思うですが。イヤ、鈍感の方が、知覚過敏軽減哉と。
とも、云うてませんですが。

歯磨きでも、対応出来るのがあるですよと。へえと。
「シュミテクト」がお勧めですねえと。左様<さよ>ですか。次回、試してみるですと。

斯くしての、口をあんぐりの、ガリガリと。最後に、歯ブラシにて、歯を磨いて戴きましての、今回、右側を致しましたのでと。ハイ、そですかと。
この、話方が一寸、変と、思いツツです。前回、別途の歯科衛生士は、次回で、オシマイになるよな事、チラと云うたよな、気がしてるですが。カルテには、しかるべくの、記載されてるの筈故、任せとけと。
での、精算終わって、次回ですがと。直近で、九月十一日ですと。フウンと。イツ、無罪放免に成るの哉と。イヤ、歯の掃除だけで、次回、来たなら、七回でして。
とは云え、掃除をして戴ければ、歯とするのか、口内スッキリするは事実でして。オッとの、私、歯の掃除、歯磨きなるは、日にも寄るの、原則、二度。朝晩でして。外出の場合、その分、一度、二度と、増えるです。

イヤイヤ、外出するに、一度とは申さんの、念には、念の、二度したり、三度の事もと。
イヤ、此度、歯医者に来て、歯の掃除の出掛けしなにも、二度してるです。
そらなあ、エチケット哉と。歯の掃除して戴くに、パカリと口開けて、口臭プンプン、悪臭紛々放<はの>てみい。妙齢の美女歯科衛生士に悪いやろと。鼻曲げてみいと。盥回しにされるぞと、加齢と共に、気を使うわと。

イヤほんまやでと。
先様、妙齢の美女歯科衛生士はそであっても、口が裂けても、申せませんでして。その分、こっちが、しかるべくの、対策をと。オトトの、我が口臭、ある無し、知らんけれどや。誰からも、聞いてませぬ故、無いと、思てるですが。
イヤイヤ、誰様とは、云わんの、ゲとなるよな、口臭のが居てまして。そんなヤツに限って、顔ソバに持って来てねえ。喋りの、まくりの、口角泡飛ばし。こっちは、ゲゲゲの鬼太郎状態。
とは、余所様に対し、成らぬよにと。


とかとか、そんな次第の、諸般、熱心に企画してくれまして。仁尾の面々がです。
この仁尾の面々には、姪含むです。
此度、「レオマ・ワールド」に行くの案もあったですが。多分ならばの、姪の発案かとも、思うですが。結果的、宿が満員御礼状態ですて。
イヤ、ここだけの話の、「レオマ・ワールド」も結構なれどの、諸般、一寸、早いのではないかいなあと。

云うたら、孫君2号、3号、小さくて、足手まどい故、嫁はんと、義姉が、預かる故、宿で、待機してるしと。それ以外の面々が行ったらと。
となればの、そんな事してまで、面白いかと。
上の、甥の長男、孫娘、辺りは、満喫出来るですが。孫君1号辺り、姪の息子、甥の次男も、微妙なるの、年齢でして。ソラ、行けば、はしゃぎまくりの、喜ぶとは、思うですが。訳分かっての、はしゃぎか、喜ぶのかは、別問題でして。

イヤイヤ、その辺り、重々承知の上での、案なれどと。
毎回、毎回、バーベキューもと。偶には、違う事でもの、気遣いなれどです。
思うに、モ一、二年。孫君3号、二歳、三歳にでもなればなと。そらなあ、大人だけでも、面白いとは、思うですが。子ども達を、婆二人に預けて、楽しめるかと。
私等がと、云うてるの、預かるの、婆二人、親切心からも重々承知の、こんなモン、行くなら、行くで、全員参加で、意味あってと。

オッとの、くれぐれもの、一寸、早いの哉だけでして。その、一年、二年先にはなと。名案でして。或る意味、是非にも、孫世代、遊ばせてやりたいわと。
只なあ、全員参加で無いと、必ずや、爺二人、浮くです。浮いても、二人なら構わんですが。まともに、付き合おてたら、相当に、草臥れるです。
とは云えどの、浮いたモノ同士の、爺二人してです。園内、どこかの、茶店で、コーヒーでは、情けないし。時間、勿体ないしなあ。

さりとて、付き合えるのこの時期、マダ、カラダも動くの間で無ければ、出来ませんですが。
且つは、行くなら、相応に探索してからで無いと、アトラクション等々、只ではありませんでして。又、親世代の面々も、趣味趣向があるやろしと。イヤ、アトラクションのです。
ソラ、折角なら、自分が面白いと、思えるのを、選択するべきでして。まあなあ、適当、その場で、決めても宜しいですが。只ではあらへんしと。
余りに、あれこれ、云うてても、金掛かるだけ。

オッとの、此度、取りやめになったですが。来年となればの、まだ、少々、微妙の、孫君3号、二歳前。歩き出したの頃哉と。
となればの、年々、こっちも、その分、歳喰てねえ。
(13/08/29)



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