シバケンの天国
騒慌珍嬉ThailandNO.3
<at Thailand>

ThailandNO.1 ThailandNO.2

ThailandNO.4

<at Thailand>

NO.60 高架の乞食

NO.59 観光コースの宝石屋

NO.58 絵葉書売りの少年達(2)

NO.57 絵葉書売りの少年達(1)

NO.56 ワット・ポーの涅槃仏(4) お賽銭トイレ

NO.55 ワット・ポーの涅槃仏(3) 理想的な死に様

NO.54 ワット・ポーの涅槃仏(2) 納得の涅槃新説

NO.53 ワット・ポーの涅槃仏(1) 巨大なる涅槃仏と立像

NO.52 外人専用レストラン

NO.51 記念碑警護の象の頭

NO.50 エメラルド寺院のお賽銭箱

NO.49 輪廻転生、欣求極楽浄土(2)

NO.48 輪廻転生、欣求極楽浄土(1)

NO.47 暁の寺縁起

NO.46 屋形船にて対岸に上陸

NO.45 天人の都、KrungTheep

NO.44 喧噪の首都BKK

NO.43 ホテルでの朝食

NO.42 出張タイ式足裏マッサージ(3)

NO.41 出張タイ式足裏マッサージ(2)

ThailandNO.2


NO.41 出張タイ式足裏マッサージ(2)

十二月十日は民主党、鳩山悠紀夫代表辞任(「騒慌珍嬉のThailandNO.2」NO.33タイ空港TG−621便参照)を受けての国会議員に寄る代表選挙。
岡田克也氏(四十九歳)と菅直人氏(五十六歳)の一騎打ちとなり、菅氏勝利して、岡田氏を幹事長に任命で一件落着。
ハッキリ云うて、岡田氏の国会での質問はナニが云いたいのか分からんかった。性格そのままカモ分かりませんが、ネチネチと揚げ足取りバカリで内容希薄で、迫力無し。一応は東大卒ラシイけど、論理的組立ても成ってない。ドでも佳いヨな質問を繰り返すだけ。ソレが若手議員のポープなら極めて人材不足に想うけど。
鳩山氏が進めてた自由党との連携も頭っから不愉快と公言。元新進党に所属のクセしやがって。そやから余計に拒否反応があるのカモ分かりませんが、国家国民のタメを想えば、感情に走らず、大同団結して事にあたらねばお先真っ暗やノニ、狭量の人間と診た。
小泉首相にしても、岡田氏なら民主党は強敵に成ると宣おた。ラシイけど、逆宣伝に決まってるヤンカ。相手にならんから歓迎してくれただけ。
新代表、菅氏は新党さきがけ時代、橋本龍太郎内閣では厚生大臣に就任。O−157問題でカイワレ大根を喰い、薬害エイズ問題でも一世風靡。
ナレド、女性秘書とホテルの一室で打ち合わしたとかで叩かれ、北朝鮮拉致問題では、そんな事実はナイと公言が大失敗で、賞味期限もギリギリ。
ではありますが、鳩山氏よりは言語明瞭、理路整然。岡田氏とならば、比較は失礼と成る。
明けての十一日は和歌山毒入りカレー事件、保険金詐取の鬼婆林真須美容疑者(「単なる雑談NO.2」参照)に当然の死刑判決では、マスコミが接戦の末で岡田氏勝利と予測した民主党代表選挙とは桁違いの加熱報道。民主党も馬鹿にされたモンです。
サテ果て、「騒慌珍嬉のThailand」です。
朝には我が家、やったのにと、慌ただしい一日を振り返ったり。隣の部屋の談笑まで丸聞こえでネ。誰が喋ってるまでは分かりますが、内容までは不明にシトク。
二十一時にはお出まし予定の女性秘書さんではなくて、マッサージ師さんをホテルの一室で呆けっと待ってても仕方がナイ。
嫁はんは隣の部屋を往ったり来たり。義姉もチラリと訪問しに来たり。ナンの用事か知らんのですが、部屋が隣同志ですから、往来が激しい。悪い事してませんので、何時、誰が来て戴いても慌てる事は無いけどナ。
下手に部屋出たら、自動ロックです。パタンと閉まれば、入れませんので、開けてクレ。一度失敗すれば、学習効果で、カード式キーを持って出て。
ホントは一部屋に出来たらとの希望でしたが、六人もの部屋はナイらしい。ですが、幾らナンでも一部屋に女五人で男が一人では私でも気を使うがな。
しかるに、男の私ではホイホイと隣の女性だけの部屋に往くワケにもイカンやないか。
テレビを見乍らの待機ですが、Thailandの放送は喜劇と歌、ドラマをやってたみたいですが、歌も聞き慣れてナイからなあ。
日本の放送はBS1のNHKだけですが、二十三時と表示された。時差二時間ですからThailandでは二十一時。マッサージ師さんが来られる時間でありまして、時報どおりにピンポンと。お見事に呼び鈴が鳴り、三名様のご入室。
正直云うて待つ間も、来られてからも、緊張の連続。
整体ならやって戴いてます。マッサージもサティでやって貰た。けれどもヤ。相手さんは男ですがな。
女性にマッサージして戴くのは初めてで。ましてや部屋中の電灯、全部点灯させても尚薄暗きホテルの一室。云うても、嫁はん、妹も一緒にして戴くのですがネ。
リーダー格の年輩女性がナニやら指示しまして、妹が其の女性で、嫁はんと私は二十歳ソコソコの女性となりまして。失礼乍らでありますが、左程の美人でナイだけ気が楽やったけれど、美女ならドショかト想てたけれど、ご心配無用でありました。されど、女性は女性、気を使うワイ。
さてソレで、どんな体勢になったら佳いのかも分からんし、ホントにマッタク緊張してしもて。
先方も緊張してるのが分かったのか、楽にセヨと身振り手振りで云うてクレまして。
要はそのまま、上向きになってたら佳いみたい。手始めに足からで。足裏マッサージだけに足裏からで、クスグッタイかと想たけど、ソでもナイ。
痛いのかナとも想てたけれど、矢っ張り、痛い。痛いとも云えませんから必死に堪え。日本語なら痛いと言葉発しても意味通じませんが、ウンウン、唸ってました。
妹担当の年輩女性は唯一日本語が出来るみたいで、色々と話掛けてましたが、ホカの人はダメみたい。
トリアエズ、マッサージ師さんのご指示のママに体を預け、足に足裏から脹ら脛。順々に体の上部に移動して。
イヤ、一時間、足を足裏を、脹ら脛をと、指先で押したり、手で揉んだり。休む間もナクやってクレますから、佳く保つナと感心するデ。
そんなに力は入ってませんが、心地佳いと云うよりは、痛い、イタイ。痛いとなれば、ナニかの効き目が有るのかナと。
そんな事はドでも佳い。慌てたのは其処からヤ。
(02/12/12)


NO.42 出張タイ式足裏マッサージ(3)

サテ果て、「騒慌珍嬉のThailand」です。
タイ式足裏マッサージ師さんについては、緊張ばかりしてた故、ご紹介するべきを忘れてた。
マズは、皆様お揃いの制服でした。部屋に入るなり、我々一同に対し、両手を合わせて、合掌です。
タイ国ではソのヨな挨拶でアル。とは聞いてましたが、マトモにされたら、マゴツクで。
そんな風に拝まれるヨな身分でナイし、事もしてナイしと、余計に緊張してしもて。
居場所がナイですからベッドの上に座ったままで、失礼ではありますが、日本式のお辞儀にて、宜しく、お願い致しますと返礼しまして。
年輩女性の指示に寄り、割り振り決まれば、私の担当から又合掌されて。又お辞儀して。日本語で、宜しくお願い致します。
無言もナンですから、分かろが分かるまいが、気持ちや気持ち。
さて、指に手で、絶え間ナク、足を揉みほぐされたり、押されたり。
足程度ならベッドの向こう側からでしたが、脹ら脛になれば、ベッドの上に乗り込まれ。足を抑え込まれて、指で押したり、手で揉みほぐされたり。マッサージ師さんの足まで使われ、足に挟まれ、くの字にされたり。くの字になたは足ですがネ。
足裏マッサージとは文字どおりの足裏だけでナイみたい。
兎に角、されるがママに身を委ね乍らも、痛いのと、気持ちが佳いのが混在ですが、こんな調子で二時間もやらはったら保つのかと、心配してましたら、部屋の入り口側に陣取った妹担当の年輩女性。マズはトイレ休憩されました。
そして、順々にトイレ休憩されまして。マッサージされてる私もホッと一息つけまして。
戻って来られたら、ベッドの上に乗られ、ナニやら指示される。
手振り身振りで反対になれト。イヤ、私の体勢を、ですが、うつむきにナレと云うてるのやナと、解釈しまして。ご指示通りに反転。
但し、枕を抱えるヨにです。うつむきになったら、上から馬乗りにされてモテ。されど、体重掛けてませんから、シンドクはナイ。
処で、枕の下にはマッサージ師さんに手渡すベキ、Baht紙幣を隠してるヤンカいさ。見えてしもてもイカンしと、気が気でナイから、枕を抱えての必死の防衛。
枕を抱えた体勢で、うつむきになり、体重掛かってナイ。とは云えど、マッサージされますと、柔らかい枕ではありますが、大きな枕故、喉の辺りにも有るから、息苦しいのやワイ。されど、必死に堪えまして。枕を時折、移動させたりしまして。枕の下のBahtが見えぬヨに心配りし乍らですから、神経使い、枕の移動にも限度が有って。
腰の辺りから次第に上のホになりまして。肩胛骨辺りになるのかナ。下手したら、私のホが保つのかな。窒息死するゾ。
さりとて、ゲー、ゲー唸るワケにも往かんし、苦しいのは暫し我慢せにゃならぬ。
いか程か経過した段階では、このまま続行されたら、ホントに窒息死スル。かも分からんゾと想てましたら、マッサージ師さん、又もや手振り身振りで体勢を替えよと指示するのです。
されど、佳く分からんフリしてました。薄々は枕は不要故、余所にヤレ。等と云うてるのでナイか。とは想たけど、無闇矢鱈に枕を移動するワケにはイカンのヤ。クドイけれど、枕の下にはBaht紙幣を隠してます。
よって、チとだけ体勢を替えたのですが、マダ不足とバカリに突然の実力行使。枕を引っ張られて、必死の防戦。
此れはイカンと枕の先を手で引っ張り返ソとしたけれど、所詮は我が体勢圧倒的不利。アッと云う間もナク、枕を取られてモタ。
取られれば、当然です。枕の下からBaht紙幣がコンニチハ。最早、隠すワケにも往かず、ショがナイなあ。見つかってモタ。ドにでもシテくれ。どちみち支払うベキ料金也。
見つけた相手様、ハハハと笑い、手早くBaht紙幣をカキ集め、私に手渡してクレたけど、ドショかいなと、大慌て。
そのまま支払おても佳いのですが、状況が悪い。ハタと我がパジャマの胸元見れば、ポケットがあるから仕舞い込み。
結果、気は楽になりました。枕の下に隠すのに腐心する要が無くなったのですが、こんな事なら最初っからパジャマのポケットに入れトクべきやったナと。
発見されたは私だけ。嫁はんも妹もヤバイなと察し、トイレ休憩の僅かな間にホカの場所、パジャマのポケットに素早く隠したのやて。
私のが発見された途端、俄然、室内賑やかと成り、マッサージ師さん同志で何事か雑談。ナニを云うたはるかは皆目不明なれど。
考えてみれば、チップを含めて六百Bahtが千百Baht発見やから歓ぶヨなあ。
ソレにしてもマッサージ師さん、佳く続くナと感心のまま、終わったのは二時間には少々不足でしたが、十二分に堪能。料金ポケットから出し、又合掌され、ホナ、サイナラと相成り、此れにて長き長き一日。
十月二十四日のThailandの初日が幕となり、ご就寝。
日本時間なら夜の一時で、朝は五時起きやったんや。
(02/12/13)


NO.43 ホテルでの朝食

サテ果て、「騒慌珍嬉のThailand」です。
Thailandの一夜は蒸し暑く。
寝るトキに妹がエアコンを切ってモテタのですが、ナクとも過ごし易いThailandの一夜。多少の蒸し暑さも物ともセズ、佳く寝てモテタ。
云うたらナンですが、見知らぬ国の因縁さえ知らぬホテルでアテモ、皆と一緒は安心でアル。
Thailandの妖怪はどんなか知らんし、部屋に取り憑いたる地縛霊に放浪の浮遊霊。幽霊に足が有るか無いかも知らんけど。
イヤイヤ、此方のは足が有るラシイですが、幾らナンでも、足のないお岩さんにお菊さんでは日本からは遠く過ぎて出張出来ませんし、日本だけで充分ですが、閻魔大王も手が届かんと侮ってはイカンぞ。同じく佛教国でアルから存在するラシイ。
存在しても日本でさえ、実物にはお目に掛かった事無いし、知らん程強いものはナシ。口数にしても、多勢に無勢でもアテ、無知なる相手では、妖怪も幽霊も張り合いもナシ。
私にしても、余計な心配一切ナク、タイ式マッサージの気疲れ、大騒動も忘れ、グスリと寝てモテタ。
しかるに、朝の早くに起こされて。
イヤ、壁一つ隔てた隣の部屋が五月蠅いのです。話声が佳く聞こえてねえ。クドイけど、ナニを云うてるのかは分かりませヌが、誰が喋ってるかは分かるけれど、モ片方には部屋がナイのや。此れで両側なら、寝てラレンで。しかるに、念のためですが、ガイド・ブックにも掲載の三十七階建てで、一千四百室も有るホテルとなってます。規模ダケでは意味ナイけどナ。
窓のカーテン開けて二十二階から外界を見れば、下は駐車場。窓ガラスは開けられんし、ベランダもナシ。
見渡す限り、ビルばかりで、極一般的な風景やけど、遠くを眺めても山が見当たらん。
広大なる平坦地の首都の感がしたけれど、実際、ソみたいです。
BKKの寺院は船で、アユタヤには観光船で往き、寺院巡りはJTBの観光バスで見物。
見える風景としては、川と緑に溢れてますが、見事なまでに山がナク、山がナイのがThailandの特徴かと。川が有っても流れは乏しいから濁流ですが、船が重要なる交通機関。
先の話は別にして、そんな具合に窓の先、景観を眺めてる暇はナイ。
集合時間は七時半でアル。
ソレまでには顔を洗い、歯を磨き、トイレにも往て、私は無関係なれど、お化粧もして、ナニよりも、昨晩の菓子パンと豆乳では身が保たんから、ホテルで朝食を喰わねばナラヌ。
歯ブラシは使い捨てのを持って来てますし、髭剃りも持参。面倒なホテルな事。
お隣さんから、電話が掛かって来て、ボチボチ出よかと、朝食のお誘い。一団揃て、一階の食堂へ。エレベーターも六機有て、二十二階からも、速度極めて早シ。アと云う間に到着。
食堂入り口には受付ラシキ、カウンターがありまして、担当の女性にチケットを渡し、タイ語は知らんから、英語で云うてもヨイけれど、発音が無茶苦茶で通じんかっタラ困るし、万国共通かドか、習慣が異なる故、意図通じるかなと思いツツ、片手の指五本拡げてモ片方の指一本を重ねて六名でアルぞ。分かってクレな。
ウンと頷かれ、両手で合掌され、付き従い、案内されたは六人は充分に腰掛けられるテーブルでしたから、通じたのかナ。
御一行様六名ですから見たら分かるけど、ホカにも数名居てましたが、余所々々しいから別のと想たのか。
宿泊客の殆どが日本人みたいで、日本の食堂かと想う程。タマにチラホラ、毛唐も居てますが、極々少数派で、ドもバイキング方式らしい。
さて、ナニが喰えるのかと、一通り見れば、美味しソなパンが一杯。実に、此のパンが種類豊富で、ホントに美味しかった。
単に腹が減ってただけでナイ。此処だけの話やけれど、パンはコソリと夜食にお持ち帰りしたクライ。但し、宿泊、最後の朝食で想いついただけ。モと早くに気付いてたら佳かったのにト。
コーヒーはナン杯でも注いでくれるし、コーヒーも実に美味かったで。
日本のファミリー・レストランでもお代わりご勝手にご自由ですが、セイゼイ、二杯が限度でありますが、三杯、四杯、五杯と要求したで。
嘘ではナイです。ホントです。苦くナク、濃過ぎず、まろやかで、口当たり佳く、お腹が許す限りの事ですが、何杯でもお代わりしたくなる程で。
正直云うて、此のホテルで一番腹立ったは部屋で、満足したは、パンとコーヒー。喰い物が佳ければ、ギリギリでも合格点には達す。
その他諸々、スープにお野菜。お野菜も、お野菜かドかも分からんのですが、味だけは胡瓜みたいでも、形がチガウしなあ。
パイナップルはパイナップルやったけれど、リンゴみたいな味の果物も有ったのですが、切ってはあっても、形が全然違うのですが、タイではリンゴは高価ラシイ。
何故ならば、リンゴは寒い国の果物で、私等にしてみれば、其の昔はバナナにパイナップルが高価な果物でした。温暖なる国の果物故ですが。
イヤイヤ、赤い果物、柿の味に似てるけど、形、舌触り、歯応えが柿とも云えズ。佳く分からんがな。
そんな事はドでもヨイ。日本のでも妖しいのに、タイの料理名称なんか知りませヌ故、ナニを喰たか、ヨ説明出来ズ。
どちらかと云えば、無難な物、バカリ喰てた。
(02/12/21)


NO.44 喧噪の首都BKK

果てサテ、「騒慌珍嬉のThailand」です。
折角なら、お国の果物、お料理を試せば佳いのですが、ソは往かんなあ。
果物程度なら一口で喰える大きさにしてますから、ドかなと、試しもしますが、料理については朝食ですから、そんなに沢山も喰えず。
口に合う、合わんも有りますし、マッタクではなくて、チとは試してますが、ホテルのは日本人好みに味付けしてるヨな感もスルけれど、グルメでナシ。食材、味付けの基礎のキソが分かってナイ故、ナニを喰たかの説明ヨしません。
食事も終わればお部屋に戻り、またもや、トイレに往て、お出かけの準備して。又、電話が掛かって来て、ボチボチ出よかと。
一団ウチ揃て、ホテルのロビーですが、頃合い佳く、納豆さんもホテルに到着。
ホカに誰か参加が有るのかと想てましたが、居てませんし、納豆さんも探す様子ナシ。昨日のマイクロ・バスに六人、載せられて。このマイクロ・バスが常に足となてクレてますが、一路、船着き場に向かうのですが、正直云うて、着くまで何処に往くのかも知らなんだ。自慢やないけど、船着き場に着いて、その先何処に往くかも知らなんだ。
マイクロ・バスに乗るや否や、納豆さんのご挨拶。
皆様、オハヨウ御座います。
BKKの夜はドでしたか。タイ式足裏マッサージはドでしたか。佳く寝られましたですか。
とまあ、こんなヨな事を流暢でナイ日本語で申されまして。
イヤ、納豆さんの喋り方は、無表情と云うよりは笑てるヨであても、芯からでナク。人相は至って真面目ソで、表情からは何処とはナク、裏も有るヨで、得体の知れぬ風貌でして。実際には仕事熱心な御仁でありましたが。
さて、BKKの町にはバイクが目立つでショ。バイクのホが殺人的交通渋滞慢性化のBKKを移動し易く、所謂タクシー・バイクですて。イヤ、勉強不足の私にトテは聞き始めのタクシー・バイクです。
昨晩もチラホラ見てましたが、仰るとおり、朝のBKKにはバイクが異常に多い。
Imperial Queen’s Park Hotelを出てスグの処にもバイクが数台、停めてありました。道路の反対側には所有者と思しき男が数人タムロして。私の眼からは胡散の臭い雰囲気ですから、暴走族崩れカト。
バイクは同じヨな形ばかりで、個性に乏しいのですが、遠目でなら、綺麗。綺麗とスルよりは原色タプリの色彩派手ハデのハデ。其のバイクが車のソバをビュン、ビュン、ブッ飛ばす。
自家用車と神風タクシー、神風バイク。加えて、幌つきのが走行してまして、朝のBKKはオドロ、オドロしい光景でアルぞ。
バイクなんか、車にチラリとでも触れてみいな。引っ掛かってしもたら、オシマイやで。ソレを器用にスリ抜け、カイ潜り。
実際には事故が多い。ラシイですが、幸にして不幸な現場には立ち会てナイ。
走ってる車は日本製でして、日本で使い古された中古車が大半ですが、バイクもソですヨ。原型不明な程に改造し、塗装してしまうのですテ。
タクシー・バイク、本来ならば、料金、一キロ、一二Bahtが基準。但し、信号待ちで、一分幾らトカトカ、細かく決められてますが、大抵なら運転手と乗客との直接交渉で何処其処まで幾らで往てクレ。
通勤ラッシュ、雨であるとか、乗客多いトキなんか、正しく、足元見られてモテ、高額に成たりしまして、屋根つきタクシーなら、相場、一キロ、三Bahtくらいかナと。
屋根つきと申しましても、四輪の自動車ダケとは限らんゾ。
バイクの後に荷車くっつけ、三輪か四輪か分からんヨにしてたり、車輪総数、五輪であたり、幌を被せて、人数載せて。
イヤイヤ、BKKを縦横無尽の三輪車ですが、見始めでナクて、大いに見覚えがアル。
想うに昭和の三十年代でありましたから、私が小学生か中学生か、ハタマタ、高校生に成た頃でありました。
排気量二百五十か三百ccでした。大村昆がミゼット、ミゼットと連呼してのテレビCMでお馴染み、電撃的登場の大人気車種。日本の高度成長時代幕開けの名実共に牽引車ともなた、アノ懐かしの三輪車で、ハンドルもバイクと同様のバー式で、始動もキック式ですから、バイクの延長線やんか。
軽三輪トラックですから、軽免許。昔は軽免許が有たのやワイ。
二人乗りのダイハツのミゼットではナカロカと。そんな昔の事を納豆さんにしても分からんヤロし、云うたらナンですが、日本でもBKKには負けてないゾ。
二人乗りで、三人でも四人でも、荷台にでも人を乗せて疾走してた。
さりとて、云うてオクぞ。所謂白タクまでにはシテませなんだ。あくまでも、商用の軽トラックでありまして、商品運送用のトラックとしてでありまして、斯程の原色のハデ、ハデの派手ではナカッタのは国民性の差かナと。
但し、余所の事までは知りませんし、京都ではの話ですが、運転席にダケは幌を被せたのも記憶してるし、立派な鉄板のも見てますし、日本でも三輪車が疾駆の時代も有たのヤ。
有たと云うよりも、その当時、四輪の普通自動車もトラックも、マダマダ高価なる時代故、軽の三輪トラックは正しく、時代の要求、寵児でありました。
オソラクは、三十万円弱で購入出来たのでナイかと。ソレでも当時の貨幣価値からしてみたら、相当なる値段でありました。
我が初任給、昭和の四十四年で三万三千五百円也。
昭和の三十年代、小中学生の頃ならば、十円は立派なお小遣いで、グリコの一粒三百メートルの十個入りが一箱(「騒慌珍嬉のThailandNO.2」NO.38Imperial Queen’s Park Hotel)買えたし、一円もあれば、貴重なる、サイコロ飴一個が買えたワイ。
我が先輩の話ならばですが、昭和三十年代後半の初任給では一万円以下の八千円程度であたとか。
そしたら、当時のミゼットの値段、現在の感覚なら軽く一桁は上がってマウし、我が愛車、スプリンターなら二台半か三台を買えるのかナ。此れ又、十二年マエの事ですがネ。
イヤハヤ、事実、ミゼットでアルぞと見えたのですが、荷台部分を座席に改造、現役で走り廻ってるのです。
バイクにくっつけた、人を乗せる用の荷車にしても、種々有て、二人用に三人載せてたり。ソラ、沢山載せられるホが利用価値高いけど、馬力も要るし、ガソリン代も高いヤロ。Thailandでのガソリン代、リッター十五Baht。日本の半分以下ではあても、ホカの物価からは馬鹿高いから流しなんかしてラレン。のに、してるなあ。
何れにしても、主要道路は無法地帯で命知らズ。二輪車、タクシー・バイクのホですが、乗客がヘルメット被ってるのは珍しいし、トラック、ホントのトラックですが、荷台に人載せるは常識化してるし、佳くゾ、振り落とされんナと感心するけれど、流石に首都です。
其の分、活気に満ち溢れ、如何にも必死に生きて、ナンでも商売にしてしもてるナと想たのですが、納豆さんに云わせれば、タイ人は怠け者が多いのですテ。
気候、温暖過ぎて熱い故、長時間歩いてたら草臥れてまう。
論より証拠、自転車がナイでショ。自転車は人力で動かさねばなりませヌ故、シンドクなるから、人気ナシ。
ナルホド、云われてみれば、喧噪の首都BKK。
車とバイクだけで、自転車を見掛けへんのや。
(02/12/22)


NO.45 天人の都、KrungTheep

サテ果て、「騒慌珍嬉のThailand」です。
納豆さんの話は処々、興味のアル部分だけには耳傾けて、BKKの町並みを眺めてるに、街路樹が多いのに気づく。
場所にも寄るし、ナンの木かも知りませんが、鮮やかなる緑の葉、生い茂ったる木が目立つ。
そもそも、バンコック、或いはバンコクとは、日本語的発音でありまして、英語的表記では、Bangkok。
Bangkokとは、タイ語的発音ではバーン・コークとか。
Bangが水辺の村、町の意で、Mgkok、マコークと発音のがオリーブの一種のため、オリーブの町ともされてます。
ナルホド、Bangkokは水の都であて、昔は村か町であったのか。
其の語源より、昔にはオリーブの樹が生い茂る美しき町並みであったのではナカロカの推測もある。
あくまでも、推測でありまして、天人の都が通称でとか。ついでに、天人の微笑む都トカ。
見解がソなてる事があるのですが、天人の都こそがBangkokの正式名称。
イヤイヤ、天人の都は略称でト。益々、話がややこしくなるけれど、天人の都も正式にはですが、日本語に訳すとスルならばの事ですが、
「天人の偉大なる都、帝釈天の戦争なき平和で、偉大なる輝かしき大地、九種の宝石の如くに心楽しき王の都、多くの王宮に富み栄え、神が化身となりて、国王が住み賜う、帝釈天が建築の神ヴィシュカルマに命じ、造り賜わったる神聖なる住処也。」
となりまして、世界で一番長い都市名となってますが、要約してしもて、「神の化身である王が住む土地は天人が守る。」
つまりは、王様を守るため、無敵の八百万の神々が住む土地であるの意味となり、更に簡略化して、天人の都。
英語的表記で、KrungTheep、日本語的には、クルン・テープとでも発音するのか。
Krungが都市であり、Theepが天人、神、天使の意。
元々、タイ語を無理矢理に英語読みにしたり、してるだけですから、ナニが正しい発音、表音かが分かりませんが、KrungTheepがBangkokと称されてる都市の正式名称である事には間違いナシ。
しかるにですが、Bangkokとはナンぞやとなれば、現タイ国のアユタヤ王朝時代(千三百五十年から千七百六十七年)の何処ゾの町、村の名称でアテと。
タイ人でもない私にはナニが正しいのか分かりませヌが、Bangkokが江戸とするならば、KrungTheepが東京の意と成るのですが、世界には明治以前の江戸の名称で広まってしもた事になり、タイ国もイヤ、チガウぞと大宣伝セズ、至って、鷹揚、肝要の精神に富むお国で、自国でもBangkokを立派に通用させ、郵便物も届くのです。
BKKに郵便物を出した事はないけれど、Bangkokがタイ国の正式首都名であると、私も信じ込んでましたが、自動車のナンバー・プレートは厳然とKrungTheep標記。
しかるに、ナンやけど、京都の京とは帝都の意であり、都も帝都であるからにして、京都とは帝都のナカの帝都の意で、平たくは、都のナカの都也。
北京、南京、東京は解説セズとも分かるヤロ。ついでなら西京も京都の地名に存在してる。
イヤ、ナンデこんな事を云い出したかとなれば、フとBangkokとは如何様なる意味かいなと興味を抱き、更には、「騒慌珍嬉のThailand」を掲載するに当たり、止せば佳いのにチと調べ出したのが運の尽きでありました。
ガイド・ブックに旅行会社のパンフレットに、ネットで調べたけれど、検索で引っ掛かる件数だけでも膨大なれど、実に多種多様で、佳い加減なる掲載ばかりが目立つダケ。
何処の、とは申しませヌが、旅行社でも勘違いしてるのが数多存在してますし、バッサ、バッサと薙ぎ倒し、蹴飛ばし、ゴミ箱に破棄してしもて。
信頼出来ソなのダケを総合すれば、斯様な結論に達したのであります。
つまり、首都、Bangkokには、摩訶不思議なる意味合いがありまして、もっとモト、お説も存在するけれど、一々取り上げても意味はナク、以降も通称のBangkok、BKKで押し通す。
(02/12/23)


NO.46 屋形船にて対岸に上陸

果てサテ、「騒慌珍嬉のThailand」です。
本来ならば、世界一長ったらしい名称のThailandの首都BKK。
長ったらしい名称の由来からも分かるが如く、BKKとは梵天と共に仏法を守る神、帝釈天の命に寄り建築された都市であり、帝釈天の乗り物こそが象でアル。
其の象はマダ見てないけれど、マイクロ・バスの窓から見えるBKKの町並み、看板、悉くに読解不能。時折、英語が書いてたり、日本企業の看板も見えますが。
実際問題として、タイ語は日本では発音しない、発音するにもし難い発音が数多有るラシイ。
ハングル語も一緒でありますが、納豆さんもナットウではナクて、ナッターホンであると、既載してるけど、ナッターホンでもジャパニーズ・タイ語になるから、納豆で佳しト。
その納豆さん、マイクで着きましたと一言。
マイクロ・バスから降りてくださいと云う事ヤ。
船着き場、チャンとした近代的建造物でして、観光客相手の土産物屋も有るみたいですが、朝の八時ではチと早いのか、扉は閉まってまして、誰も居てないし、灯りもない通路をヒタスラ、納豆さんを見失うマジと付き従いまして。
云うても、直進十メートル先の光景は見えてます。
幅の有る川、彼の有名なる、MenamChaophrayaかいなと。
Menamは川、Chaophrayaも川。よって、チャオプラヤー川とは、川々、ハタマタ、川なる川となるけれど、委細構う事は無し。
処替われば文化がチガウ。飛行機で一時間先の北朝鮮でさえ理解に苦しみ、隣のオッサンでも得体が不明。
飛行機で六時間も掛かるThailandで同じ感覚で推し量っても致し方ナシ。隣のオッサンは別として、Thailandと北朝鮮を比較するは失礼千万なれど。
兎に角、船着き場には船が一艘停泊してて、ドもソレに乗るラシイ。
船はエンジンつきの屋根つきで、所謂、屋形船。納豆さんに乗てクレと促され、足元覚つかん屁っ放り腰で乗て、一目散にマエのホの極上、特上の席のつもりで陣取ったのですが、何処でも一緒で、全面には操舵室がアテ、マエは見えんのですが、乗たらスグに動き出し。
「私等だけですか。」
イヤ、オソラクは五十人は乗れる席が有るのに、御一行六名様と納豆さん。そして、操舵手兼務の船長一人。
船長の横手に陣取った納豆さんの返事は、
「ハイ、ソですヨ。」
ソかソか、貸し切り状態ですから気分ヨシ。しかるに、川の水がザブン、ザブンと撥ね返り。船も上下左右に揺れ動き、太平洋の荒波を航行してるミタイですが、ミタイと云うても太平洋を船に乗た事も無シ。海水でもナイから服が濡れても、頭から被っても構いませんが、似たヨな船が頻繁に往き来してます。
イヤハヤ、遠慮は損慮と、船内縦横無尽、動き廻て、使い捨てカメラでバシャリ、バシャバシャと御一行様のお姿。調子に乗て、納豆さんのも記念写真を撮りまして、結果、私だけが映てナイわい。
そんな事はドでも佳い。見る光景、見る光景が物珍しく、特に寺院ラシイのが派手ハデで、浮き殿の如くに川のナカに建ってるみたい。
イヤ、浮き殿ではなくて、増水のタメにソ見えるのと、実際にも浮き殿がアルのですて。
そんな事もドでも佳い。
此れから先、何処に往くのやら、連れてってくれるのやら。貴方任せの旅なれど、観光なれど、暫くしたら、船着き場に接岸、降りてクレ。
足元不確かなる埠頭を怖々対岸に。
対岸に渡り切り、いの一番に見つけたは野良犬やんか。
Thailandではやたらに犬が多いのです。寺院と云う寺院には何処にでも居てる。
薄い茶色のと、白の斑のが殆どで、所謂、雑種の犬コロでして、コリー、ブルドッグ、チワワに柴犬なるブランド名称不明のでありまして。
事前に野良犬が多いトハ聞いてましたが、確かに多く、予防接種などしてませんから、狂犬病にも要注意とか。
聞いてますが、注意処か日本みたいに元気がナクて、ご主人様と一緒のも見てナイで。
大抵はヨタヨタ、ヨボヨボ、歩いてるか、寝てるかであて、走ったり、吠えたり、喧嘩してるのは見てナイで。
オマケに可哀想な程に病的なる、虚ろな表情、目つきで、オドロ、オドロしてて。事実、皮膚病でも患ろてるのか、赤ムクレのが目立つ。
Tahilandの人口約六千万人で、面積日本の四割増しで、犬が六百万匹で、五分の一が野良犬とも聞き及ぶ。ついでなら、日本は飼い犬だけなら、一千万匹と聞き及ぶ。
私と異なり、犬は寒い国で元気な動物。斯様な温暖地帯では棲息も大変。
ではあるけれど、人間に対しては不用心で警戒なんかしてナイのか。単に暑さでシンドクて、ナニがアテも動くの大儀なだけなんか。されど、喰うに困ってナイ風情。
其の割りには猫を見てなくて、次に見えたが蛇。大きて長い蛇ですが、蛇使いの蛇ですから怖がる事は無いけれど、キャツと叫んだ姉さん、アッチ、蛇の居るホですが、往くのは絶対に辞めてクレと絶叫の凄い形相。しかるに、日本語の分からぬ犬は寝たフリの知らぬ顔で、私にしてみたら、ソか、姉さんにも怖い物があったのかト。
先導の納豆さんには、特に逆らう理由も無くて、チとだけ進路を変更。
辿りついたが、WatArun、ワット・アルンでありました。
正直に告白しとく。勉強不足故、其のトキにはワット・アルンの仔細承知してませなんだ。
(02/12/24)


NO.47 暁の寺縁起

サテ果て、「騒慌珍嬉のThailand」です。
皆様カメラを持参されてますので、私にしても彼方此方でカメラには収まってます。揃いも揃て使い捨てですが、総数何個のカメラになるのか。各自二個はありますので、最低十二のカメラですし、納豆さんも撮ったり、撮って戴いたりしてます。
そして、エラソに解説してますが、旅先の事前調査はしてません。帰ってから、此処に往ったナ、彼処に往ったナと、地図を拡げて確認してるだけ。
折角なら往くマエにでも勉強しとけば佳いのに邪魔臭さがり屋が災いして。
何度も往復しました韓国なんか、ガイド・ブックの一冊すら持てないワイ。旅行でなくて、仕事やからナ。
カノ有名なるチャオプラヤー川。等とも表現したけれど、姪が其処の畔のホテルにしたい。旨の要請がアタから有名なんやナと想てるだけ。(「騒慌珍嬉のThailandNO.1」NO.2サティのJTB参照)
そして、ついでの話であります。
往く処、往く処の寺院には犬コロが無気力そのもので、寝そべってたりしてましたが、Thailandでの犬の地位は非常に低く、見掛け的にも元気が無くて、生きてるだけで草臥れたる風情。
吠えたり、喧嘩したりの元気さえなくて、Thailandでの諺でこんなんがアルぞ。
「天の花とお寺の犬」
天の花が月とするならば、お寺にタムロの犬はスッポンであて、高嶺の花のお嬢様を、甲斐性のない男が恋するみたいなもんやと云うことや。
イヤイヤ、Thailandの犬の様子を見たら、ピタリとしてるのが佳く分かるし、犬が好きな私でも汚らしいて、病的で。
無愛想な犬故、相手にもセなんだ。無視され、相手にもしてクレませんが。
されど、危険注意ともされてます故、もしかしたらですが、猫みたいに、夜ともなれば気温も下がり、活動開始するやも知れズ。それでも、猫のホが余程活気が溢れてるデ。イヤイヤ、チャム猫処か野良猫一匹拝謁してないけれど。
さて、ワット・アルンであります。
私のホは入るなりThailandらしき佇まいの立派なお寺やナと、感嘆しツツも、目敏くも一番には灰皿を見つけてスパスパと。云うても一服だけですが。
ご同類が沢山居まして、灰皿と周辺には、セブン・スターにピースに。吸うてるどの顔見ても日本人でありまして。お仲間に加わり、眼前の仏塔眺めてた。
しかるに納豆さんは五人の女性に案内、解説してるのです。私にしてみれば、煙草が最優先でして、ドノミチ聞いても分からんワイと。
されど、無視はしてません。お話は聞き耳立てて聞いてました。
聞こえて来たのが、ワット・アルン。ワットとは、寺の意でアルンとは夜明け、暁の意であり、称して暁の寺。
私にしてみれば、暁の寺と同名のが三島由紀夫の小説にアタでト。
更に聞こえて来たのが、三島由紀夫の小説でも有名ですの一言。
此の寺が三島由紀夫にナンの関係が有るのやなと、ビックリしまして、急遽、煙草の火を消し、聴講生の仲間入り。
「日本の小説家、ノーベル文学賞候補にまでなりました、三島由紀夫が此処を訪れまして、数日滞在されまして、小説に書き上げたのが暁の寺。」
ソかいな。此のお寺が素材にナテたのかとビックリ仰天。俄然、集中して聞きました。
イヤまあ、「豊饒の海」全四巻、「春の雪」「奔馬」「暁の寺」「天人五衰」の全四巻は読んでますし、初版本を後生大事と本棚に飾ってるデ。(「単なる雑談NO.21」415.快挙、田中主任のノーベル賞(1)参照)
内容糞難しく、所謂輪廻転生を著したもので、霊界の摩訶不思議を垣間見せられた。のでありまして、日本初のノーベル文学賞を噂されてただけに自刃とは勿体ナイぞと思たけど、天才の考える事は凡人には解読不明。
納豆さんの説明を聞きまして、ソ云うたら、タイで日本人の生まれ変わりと訴える幼い姫が登場したナと微か乍らに想い出し。
ご説明は続くのです。
「ビルマ軍の猛烈呵責なる攻撃に寄りまして、遂に陥落したアユタヤ。
壊滅、瀕死のアユタヤ軍が夜を徹し、命からがら逃げ延び、船でチャオプラヤー川を下りて、辿り着いたるがBKKのこの寺院のソバ。
トキにまさしく、明け方で、暁の頃でありました。」
イヤ、納豆さんの解説にも熱気帯び、聞き入ってしもた。
しかるにですが、明け方、そして夕日に映える仏塔。仏塔には埋め込まれた中国製陶片、キラキラと眩しく美しく、輝く故に暁の寺と称ス。
との説明もあるけれど、夕日、明け方がどんな光景かは見てないから知らんけど、ソラ美しいヤロとは想うけど。
たとえ仏塔が夕日に美しく映えてヨが、夕日は夕日で黄昏でありまして、悪いけど、暁とは云わんのヤ。
事程左様に仏塔を単なる陶片の寄せ集めで形成された巨大陶器みたいに紹介してるのもありますが、由緒正しき寺院、仏塔、仏像、仏具には必ずや歴史的背景、謂われ、由来が存在しまして、意図はナンであれ、単なるキラキラの美しさだけを以て銘々なんかしませんのです。
してるのが有たら、有ったかスマンノオと謝るだけですがネ。
此のキラキラと光るは、鏡の裏面に使用の薬品を薄い中国製陶器の裏面に塗ってるからでありまして。とは納豆さんのご案内でありました。
其の薬品とは、超簡単には銀でありまして。ナルホド納得、陶器を鏡様にしてるからアユタヤ軍撤退の際、仄かなる朝日でキラキラと映えてたのかト。
暁であるからコソ、明日の王国再建の夢、決意を新たに出来たけど、夕日、黄昏ではチと侘びしく、寂しく、情けなく。ガクリと意気消沈してマウがな。
納豆さんのご説明、今に成ても、理屈的に悉く納得出来るものでありましたし、実際、ソバに往て陶片の現物、間近に観察したけれど、一枚一枚の陶片、手鏡様に加工されてるのまでは分からなんだ。何せ加工は裏面のホやし。
イヤ、触ったらイカンぞと厳重注意されました故、触れてはいません。
(02/12/24)


NO.48 輪廻転生、欣求極楽浄土(1)

テレビでもラジオでも。
マスコミだけが騒いでるのか煽ってるのか。私は外されてしもてたのか、自ら外れたのか。関心が無くなってモタ。
兎に角、十二月になった途端、コレデモか、コレデモカとジングルベルの曲と歌が流れてましたが、過ぎてしもたら、忙シナイ師走もアト一週間。
ソ云うたら、近来新曲も出てまして、クリスマス・ソングと総称するミタイです。
我が家ではナンの変化もナカッタのです。息子共も成長してしもたし、ソレ処でナイみたい。
二男は就職戦線真っ直中でありまして、クリスマスのデコレーション・ケーキを買うのも忘れてた。
昔はクリスマス・ツリーも家のナカだけで慎ましやかに飾ったものですが、此処十年で外に出すヨにナテしもて。出すからには慎ましやかでは目立たんから、派手にして。
お隣さんがアノ程度ならば、此方はもっとト、ドンドンと派手ハデになて。電飾も凝り出した。
我が団地でも数軒ですが、クリスマス間近ともなれば、綺麗に電飾してましたが、ガタリと少なくナテしもて。お子さんが小さなお宅はされてますが、派手さは消滅。ソレでも昔のとは比較にナラズ。
桂坂でも以前の派手ハデさは陰を潜めてしもて、余計に此の世の不景気風が身に染みるし、特に今年は空々しくて。
イヤ、世間には隙間風吹いてますが、我が懐具合も穴ダラケで、補修するも間に合わズ。ナニか佳い話はナイものかと、友達に会えば挨拶替わりにナテますが、返事はイツも一緒。
有ったらこっちに教えてクレ。
サテ果て、ついでの話です。マズは輪廻転生。
黒蜥蜴、ヨイトマケの歌の丸山(美輪)明広氏。
自らの前世は天草四郎時貞でアルと主張。
要は徳川幕府によって弾圧されたキリシタン。我慢堪らず、天草四郎を総大将として祭り上げ決起して、徳川幕府に応戦した、世に云う島原の乱ですが、彼は美少年としても有名。
処が女性であったの説も有り、そもそも、実在したのか、してないのかも確たる資料がナイとされてまして、謎の多い悲劇の若武者総大将。
丸山明広氏がナンで天草四郎の生まれ替わりと主張してるのか。美少年で、女性であったの説と、謎の多い人物であるのが理想像としてるから。ではナカロカと。
事実とすればの事ですが、此の生まれ替わりこそが輪廻転生であり、過去に実在してたトキの記憶まで鮮明であるとする人も存在してる。
イヤ、口から出任せか盲信か、事実であるのかまで私には分からん。私自身は霊感皆無の、只の人間故、現世さえ覚つかんのに、前世の事まで記憶に御座ランわい。
単なる守護霊ならば、生身の人間に危険予知してクレたり、助言を与えてクレるけれど、余りに人間的過ぎて、判断を間違おたり余所見したりする事多々ありまして。霊視能力あるならば、守護霊様が見え、会話出来るラシイですが、ヤパリ、私には無理難題。
一般的には守護霊とは、ご先祖様の事で、先祖供養、お墓参りでもしてたら、守護霊様との会話、マデは知りませんが、守護霊力がつくとされてます。ソレ以外のヘンな奴が取り憑いたら困る事があるので要注意。
イヤイヤ、輪廻転生の事ですが、時空を越えて、幾度も輪廻し転生を繰り返すから、丸山明広氏が他界しても又誰かに転生するし、丸山明広氏までの間にも誰かに生まれ替わってた。カモ分かりませんし、天草四郎そのものが、誰かの生まれ替わりであります。
ついでですから、幸福の科学出版社の本に載ってるのがアタから、紹介しとく。イヤ、私は信者ではありませんので、念のタメ。
信じる信じないは別として、坂本龍馬が劉備玄得。勝海舟が諸葛亮孔明で上杉謙信が関羽。
そしたら、三国志のモ一人の主人公項羽は誰かとなれば書いてナイ。
イラクのフセイン大統領は足利尊氏で、小泉純一郎が伊藤一刀斎景久で。ついでなら、米国ブッシュ大統領と北朝鮮の駄々っ子、金正日皇帝と次期総裁候補の筆頭、石原慎太郎東京都知事も知りたいけれど、書いてナイなあ。
伊藤一刀斎は戦国時代の剣豪で、一刀流の開祖で無敵。生涯の真剣勝負三十三度で、負け知らズで、命懸けで信ずる道一直線との事やがな。
其のワリには小泉首相、支離滅裂で口から出任せ。責任の押しつけ、根回し下手で、妥協ダキョウで一つの公約さえも、バサリと退治してナイがな。
松下幸之助が紀伊国屋文左衛門で、長嶋茂雄がスペインの闘牛士で、王貞治が千葉周作。までならソかナと想う。
田中角栄が斎藤道三、小沢一郎が伊達政宗は分かるヨな気がしますが、加藤紘一が新井白石で、宮沢喜一が太宰府の天神さんで、学問の神様の菅原道真とナタラ、嘘ヤロ信じラレンぞとなてマウなあ。
あくまでも、幸福の科学のお方様が霊視で視たと云うだけで、対象が歴史の彼方ですから、誰にも検証、実証不可能。
私にしてみたら、輪廻転生思想なるもの人間の、殊に権力者、有名人の奢りでないかと想てるのです。
永遠の生命、長寿は秦の始皇帝の果てしナキ夢ですが無理でした。よって、肉体滅び、消滅しても、霊魂、意志、願望は永遠であり、幾度も現世に蘇り、肉体を得る。
肉体なるモノ、魂の単なる仮住まいの場也としてるのです。
(02/12/26)


NO.49 輪廻転生、欣求極楽浄土(2)

朝の事です。
初雪、積もる程でナイですが、パラパラ降ってまして、野暮用済ませ、嵯峨嵐山界隈歩いてました。
通角曲がった途端の事です。妙齢の超美女とバタリと鉢合わせ。
イヤ、何処の誰かも知りませんですヨ。しかも金髪の毛唐女性が真剣な眼差しで、丁度佳いとバカリに我が目を見つめ、ナニか云うたのです。
ご心配無用。其の後には彼氏かご主人かは知らんけど、ヤパリ超美男子の毛唐が控えてました。
揃いも揃て背が高く、私は金髪毛唐を見上げ、金髪は私を見下ろしやがて。イヤまあ、十センチ程度の差でしたから、毛唐にしては背が低いゾと。
多少の英単語なら分かります。しかるに、バタリとイキナリでは突然過ぎて。一発目はナニを云いやガタのかが聞き取れんカタ。
トリアエズ、次なる言葉は日本語ではナイし、英語でもないゾ。此奴等、一体何ジンかいなト。
正体不明の台詞故、されど仔細構わず、英単語の羅列でモ一発云うてクレと請求。超美人毛唐、ニコリと微笑み、
「デンジュジャ。」
シカと斯様に聞き取ったけれど、我が知る言葉の範疇、日本語にも英語にも、ハングル語は殆ど知らんし、タイ語は皆目なれど、語彙、Vocabularyにはデンジュジャなる文言なんか見当たらず。
困ったゾ。されど、外人が私みたいなオッサンを捕まえ、超難解なる言葉は使わんヤロし、尋ねんヤロし、誰でも佳いから適当に、簡単な事やから捕まえたダケやろと。
そやけど、知らんものは知らんし、ドナイショ。
モ一回云えと催促したら、三度、四度、五度と同じヨな文言、真剣な眼差しで連発しやがた。
「デン・ジュ・ジャ」、「デン・ジュ・チャ」、「デン、ジュ、ジュ」
抑揚と僅かに言葉を替えまして。ナンとか分かってクレ。理解してクレとバカリに繰り返しヤガルけれど、伝授者に、茶に樹とはナンのことかいな。
マサカ、日本語で尋ねてるのでもあるまいに、ト想た処でハタと気がついたのが、最後の一発、付け足しのデンジュジュで、天竜寺ではナカロカと、
「もしかして、テンリュウジかいな。」
とは申してませんが、我が発する文言で、ソレやとバカリに金髪毛唐の美しき目が輝き、付け足しの美男子もニコリと微笑み手を叩いたワイな。
テンリュウジと発音するのやゾ。覚えトケ。
とも申してませんが、コッチやでと、曲がり角に戻り、西方を指差し、此の通をヒタスラに真っ直ぐ進め。ユックリなら歩いて十分。早足なら五分程度で行き止まりに達す。其処がデンジュジュ。イヤ、天竜寺也。
英単語の羅列で教えてヤタら、野郎のホがお辞儀して、発した言葉が、アリガトウゴザイマスやで。
ナニ、もしかして、日本語やないかと。
ソ云うたら、開口一番、発された文言。もしかしてですが、ExcuseMe、やったかナ。
最近の日本人、挨拶言葉さえ表現出来ず。感謝の意も表明出来ズの多いのに、毛唐の言葉には感心したデ。
事程左様に、一連の流れでのデンジュジャなら理解も致しますが、如何にも突然に、バタリと鉢合わせしたのが私なんかに無縁の超美人金髪毛唐。無視され、素通りの筈がシカと捕まえられて、話掛けられたら気も動転、ビクリするで。
納豆さんは男で、美男子。ではないけれど、時々、聴取不能の日本語を喋た。けれど、一連の流れでの文言ですから引っ掛かり乍らも理解出来たけどナ。
サテ果て、輪廻転生ですが、肉体滅びても、魂、思想、意志、癖に才能に運命的なる事象を未来永劫に継承。見果てぬ夢在るならば、何百、何千、何万年掛かろとも、叶えたい。
のは、人間の欲望でして。されど、前提としては、生まれ替わるは人間でアル。
そやけど、そんな美味い具合にはなてナイで。
生前に悪癖、悪計、奸計、悪行三昧、積み重ねてたら、悪因悪果也。
生まれ替わりも悪人であり、人間なら運が佳くて。猿に犬猫畜生、馬、牛、豚で、意地悪人間に虐められ、コキ使われる運命とナル。
イヤイヤ、動物なら高級で、鳥類でも上等でありまして。下手したら、魚、プランクトンにミミズ、蝿、蛾、ゴキブリに蚊に生まれ替わり、人間に駆除され、蝿叩きで潰される。
カモ分からんゾ。との話もあるのです。
しかるに、故人を祀り、葬式、年会を行い縁者が集うは、故人を偲ぶのは勿論なれど、あの世、黄泉の世界で、安らかに過ごしてクレよの意味も在る。もっと簡単には、あの世への往く通を迷てしもて、此の世に戻って来てしもてはイカンぞの意味もある。
イヤ、戻って来ても佳いけれど、此の世の恨み辛みは忘れてしもて、浄化され、霊能力を高め、佳き守護霊と化して、身近な処で子孫を見護り、艱難辛苦、災難からも、一族、家系を護てクレ。
そんな意味で、欣求極楽浄土の思想がアテ、此の世では辛い事バカリであても、死ねば、極楽、浄土が待てるゾ。
ではあるけれど、そんな美味い具合に事は運ばんゾ。
極楽浄土も存在するけれど、入り口には閻魔大王。生前の善行、悪行を逐一吟味詳細に評価し、悪行千万、ばかりしてたなら、下郎、墜ちヨ。罰当たりめがと奈落、地獄の底に突き落とされて、死ぬ想い。
既に、死んでるのに、死んでても更に死ぬ程の、死んだホがマシな程の辛い目に遭わさせられる事にナテル。
儒教的道徳的な教えでアテ、灯り乏しく、天災地変に苛まれ、情報ナニもナク、一寸先が闇ならば、想像逞しく、黄泉も地獄も身近に存在し、我一人では生存出来ず、一家に隣近所、一族郎党、一蓮托生かと想てます。
されど、地獄極楽、輪廻転生思想。
現世、現在唯今、凶悪犯罪列島日本、現行不一致なる指導者、不景気真っ直中で我一人佳ければ、アトはドでも佳しで、正直者が馬鹿をみる世相。
理屈抜きで斯様なる伝承も大切な時期でナカロカと想うけれど、核家族化進行では無理難題で、方や、最近の兆候として、伝承するに無理なる身勝手老人、中年、親も多くナタ感もあるけれどヤ。
(02/12/27)


NO.50 エメラルド寺院のお賽銭箱

二日連続で、またもや、朝から積雪で。
チラリとは積もりましたが、ホンのチラリで国道筋はドもなかったです。
しかるにです。山々、殊に嵐山は白き雪の薄化粧で目映い程に美しい。
さて、輪廻転生、前世の記憶がアテもショがナイなあ。
今はシガナイ、サラリーマン。安月給で我慢してるけど、嘗ては徳川光圀、水戸の黄門様でアタのやぞ。下郎、頭が高いゾ。下がりおろう。
社長さんにそんな事云うたら首になりまっせ。
近所で吹聴したら、可哀想にナと相手にしてもらえず、家族に力説したら、悲しみの余り、病院に放り込まれまっせ。
ではアテも、前世がどんな人であったのか知りたい気は有るけれど。
知った結果が、歴史上の人物、卑弥呼でアテも、剣豪、宮本武蔵であろおとも、千円札の聖徳太子、ドブ鼠、毒蜘蛛であったとされても、ドにもならん。現在の状態に意味あるのでありまして。
されど、ドブ鼠、毒蜘蛛でアタよりは、卑弥呼なら霊感呪術師、宮本武蔵なら運動神経抜群、聖徳太子なら頭脳明晰の潜在能力あるカモ知れず。
未来に於いて、英国のベッカム選手の生まれ替わりなら、美男に加えて、有名サッカー選手に成れる可能性も有るけれどヤ。分かっても私の歳では手遅れカイナ。
デハではアテも、前世が後生にまで名を残した逸材が身に宿るならば、ホカの道でも一流ヤロし。想えば、ヤパリ、凡人は辛いノオ。
よって、現在唯今が重要で、前世よりも一寸先の運命と死に際がドかが知りたいものでして。
家人に迷惑掛けず、最期が佳ければ全て佳しとして、人生楽しく過ごせた事にナテ、想い残す事も無く、大往生出来るがな。
そのためには他力本願、欣求極楽浄土のための、別名ポックリ寺が存在する故、其のウチ、お参りに往かねばナラヌ。
京都のポックリ寺、東山、泉涌寺の即成院。極楽往生では右京嵯峨の清凉寺、別名嵯峨釈迦堂が在るやんか。
ホカにも一杯あるやろけど、佳く知らん。兎に角シカリと頭に叩き込み、近くに往ったら想い出し。ついでにお参りしときましょ。
想い出したゾ。嵯峨釈迦堂には嫁はんと二人でお参りしたことがあるから、一応は大往生、確約カト盲信シトク。
サテ果て、雪には無縁の温暖の国、「騒慌珍嬉のThailand」です。
納豆さんは幾度も視てます故、説明完了すれば、皆様ご自由に見廻って頂戴。二十分後には此処でお会いしまショ。
一斉に一巡したけれど、近くで見てるより遠くのホが景観宜しい。
暁の寺はソレだけの事でありまして、再び船着き場に向かい、納豆さんが乗船代金、一人に二Bahtを支払い、エライ安いのやなと、ビクリしたから覚えてるダケ。ちなみに、暁の寺は二十bahtやたから異常に高い。
イヤ、最期の日に拝観の寺院等々の入場券は一人一人に手渡してクレたのです。
船を待つ事、五分程度。先客には軍人と坊様。一般客も一緒でありまして、船が到着したら、真っ先に坊様が乗り込まれまして、最後尾に着席されました。
嘘か誠かは知りませんが、納豆さんのお話では彼処が坊様のお座りになる指定席ですて。
船で何処まで往くのかナと想てましたら、チャオプラヤー川の対岸に渡っただけでありまして、渡った先にはお店が並び、川の増水で、周辺水浸しやで。
委細構わず通過しまして、往った先が、WatPhrakeo、ワット・プラケオでありまして、別名エメラルド寺院。同時に王宮も見学出来ますが、何と入場料、二百Baht。日本円に換算したら、六百円也。
京都清水寺が三百円、金閣寺が四百円で、天竜寺が五百円。京都御所に西本願寺、東本願寺は只やけどナ。
私にトテは豪華絢爛がエメラルド寺院で、印象深く残ったのは三島由紀夫の暁の寺。
エメラルド寺院は中国の寺院のヨな派手さでありまして、云うても中国には往てないけれど、御本尊様はエメラルドではなくて、一塊りの翡翠で造られてると称される仏陀像。
本堂には上がらさせて戴き、座して拝観させて戴いたけれど、暗くてお高い処に在らせられます故、仔細伺えず。
お賽銭箱がありましたから、投入させて戴きました。チャンとしたBaht硬貨でありますが、タブンなら五Bahtでした。
イヤ、彼方様のお賽銭箱はガラス張りの箱で、ナカが丸見えで紙幣に硬貨がギシリと詰まってまして。
しかも、箱が沢山在りまして、何でかなと疑問に想てました。
明くる日の事ですが、大仏様のある、WhihamPhraMongkhonBobit寺院、ヴィハーン・プラ・モンコン・ボピット寺院にお参りしたときに納豆さんに聴いたのですが、お賽銭箱はお祀りしてある仏像一体一体毎に在り、嘘か誠か、仏像様の収入に成るのですて。場合に寄ればですが、一体で、月に数千万Bahtをお稼ぎになる。事もあるラシイです。そしたら、下手したら、日本円では一億円になる事もあたりして。イヤ、あながち、大袈裟でもナイのです。一抱えもあるガラス張りのお賽銭箱に、ひっきりなしにお賽銭を入れてる人、アト断たずで、紙幣が多いからナ。
兎に角、お賽銭は仏像様の収入でアル。
Thailandではソレで通用してるのかも知れませんが、其れで間違いでもナイけれどや。
罰当たりメがと、叱られソやけれど、必ずや、仏像様の影には生き仏様が存在してまして、日本なら管理されてるお寺様の臨時収入やんか。
嗚呼、南無三宝様、羨ましいなあ。
(02/12/28)


NO.51 記念碑警護の象の頭

サテ果て、「騒慌珍嬉のThailand」です。
エメラルド寺院はTahilandでは一番格式高く、王宮まで拝観出来るのですから入場料もそんなモンかナ。
とも想うけど、物価水準からしても二百Bahtは可成りな高額ですが、時間を掛けてジックリ、拝観すれば値打ちが在るのカモ分かりません。
本堂には本物の宝石、其れこそ、エメラルドとかルビーとか、ダイヤモンドまでは分かりませんが、翡翠に水晶、瑪瑙が散りばめられてたけれど、盗まれたりしまして、殆ど無くなったラシイのですが、其れこそ、ジックリ探せば僅かにでも残ってる可能性があるのですテ。
豪華絢爛なる本堂の周辺には本堂にも負けぬ程の装飾立派な屋根つきで、六畳程の広さで平らに加工された大理石の、腰掛けても佳いし、上がって座り込んでも佳シの休憩所が何箇所かありまして。
何処の国の女性か、姿形からして亜細亜人ですが、お子さま連れで、数人が上がり込み、ナニやら喰てました。
納豆さん、私に気を利かしてクレて、煙草を吸いたいお方は其処に灰皿が有りますよ。
ナルホド、休憩所には灰皿が設えてありまして、折角のご厚意であります。遠慮ナク煙草を一服と、吸い出した途端、何処からともナク、我が周辺には男連中が集合しまして、煙草を吸い出した。殆どは外人でありまして、外人とはデカイ図体の欧米人でありました。
Thailandでは公共施設等々では禁煙であると厳重注意されてますし、元々が灰皿のナイ処では吸えへんし、見事に煙草のポイ捨ても視てません。
煙草を吸うてる間にも、納豆さん、五人の女性にナニやら解説してますが、吸うのが最優先故、聞き耳も立てず。
さて、ボチボチ、往きましょかと促され、移動の途中、石塔がありまして、石塔の周囲には象が四体飾ってありまして、称してブッサ・ボック、記念碑ですが。
納豆さんの曰くには、本来、象、但し白象は国王様ダケの乗り物であり、石塔、記念碑には、歴代の王様の御璽、ミシルシですが、所謂象徴である玉座なんかが納めてあるのですて。
そして、飾ってある象は警護のためですが、触れば、御利益数多ありまして、必ずや佳い事がアルらしいですヨ。
よって、象は訪れる人々に触られまして、撫でられまして。
色艶からしても青銅製であるのか、お陰様で象の頭に鼻はツルツルで、ピカピカとた光沢で輝き、殊に頭はヘコんでしまうに至ってます故、触ってはイカン事になりました。
とは、注意書きには書いてあります。
確かに、ナニやら表示されてますが、タイ語故、読解不能。英語もアルみたいですが、細かな文字故、読解不能。そもそも、他国語なんか、読み書き算盤、全然ダメでして。
しかるに、遠路遙々折角ですのに、残念な事です。
されど、運佳くも、此処には我々以外に誰も居てませヌ。私も知らヌ、存ぜヌ、彼方を向いてます故、其の間ダケですヨ。ナニをされても、私には見えませんです。
ナニナニ、納豆さんは、ナニ云うた。
イヤ、本堂での人々々での人集りが嘘みたいに周辺極めて静かでありまして。事実、真空地帯の如く、御一行六名様と納豆さん以外には誰も居てナイのです。
ホントはアカン事にナテるけれど、象を壊す程にヘコム程に力一杯、撫でたらアカンけれど。
要は誰も視てナイならば、多少ならば、触っても構わへんデと云う事やんか。
では、早速、お言葉に甘えまして。皆様、適当に石塔、記念碑を取り囲み、四体の象の頭を撫で、ナデさせて戴きましたです。
ナニか佳い事、ありますヨにと。
ツルツルして、ピカピカの、タブンなら青銅製の象の頭が照り輝いてるのが、イツからアカン事にナタのかはまでは考えズ。
ナニか佳い事がアルかも知れずの伝承を知ってタラの事ですが、標記された文字読解出来ズなら、誰もがやりたいヤロなと。
イヤイヤ、私はこんな事、大好きでして、得した気分にナテ、大満足。
此にて必ずや、警護の象さんの御利益頂戴出来るヤロ。
ヤル事ヤテまえば、長居は無用と、次なる場所にサッサと移動しまして。
エメラルド寺院参拝で、一番の想い出に残てるのは拝観料の事もお賽銭の額はアトで知っただけですし、御本尊のエメラルド仏は暗くて高過ぎて、分からんかたし、金色に輝く豪華絢爛の仏塔、寺院や宝石の盗難は、ソかだけヤタし。
休憩所での煙草一服の話でもなくて、納豆さんの余所見てるからのご配慮に寄りまして、ナニか佳い事をと念じツツ、象の頭を撫でた事。
(02/12/29)


NO.52 外人専用レストラン

サテ果て、「騒慌珍嬉のThailand」です。
昨年末よりホッタラカシでホカの話ばかりしてたから、ボチボチでも掲載しませんと、Thailandの事を忘れてしまうがな。
しかるに、私は見てませんのでと、納豆さんの粋なお計らいで象さんの頭を撫でまして。
豪華絢爛のエメラルド寺院をアトにして、往った先はお隣さんの王宮ですが、常日頃の運動不足が祟ってしもて、チと草臥れてしもて、殆ど覚えてナイ。
覚えてるのは盆栽と、微動だにしない衛兵でありまして。御一行様、挙って撮ろ撮ろと。記念写真をと、其処等の親切な日本人観光客にお願いしまして、パチリです。兎に角何処へ往っても日本人が多いです。
姉さん曰くに、目は動いてたえ。
衛兵も生きてる人間ですから目くらい動きますが、ナンで衛兵は人形みたいな動作をスルのかと。
本家本元の英国はバッキンガム宮殿の衛兵はとなれば、英国には往った事がナイので知りませんが、姿格好からしても華麗で、極上でありまして。交替の儀式は寸分狂わず凄いのですて。
人形の兵隊さんみたいにシテルのは、其処等の見物人に愛嬌振り撒いてたり、仲間でお喋りしてたらダラシがナクて、国王の沽券、威厳に関わるから、一切周辺に惑わされず、動揺セズとしてる。
されど、戦時中ではありませんので、スッカリ、観光化されてます故、観光客が一緒にと、記念写真を撮られる気分はドオなんやろ。
無視されるよりは遙かに気分は佳かろおと想てますが、後日、写真を現像してみれば、シカリとカメラに顔、視線を向けてたで。勿論正面から写真を撮ったのですが、衛兵にはサービス精神もあったのです。
王宮を出ましたら、納豆さん大慌てしてるのです。ナニを慌ててるのかと云えば、相棒の運転手が見つからんのですて。
何時もの場所に居てナイから探して来ます。チョッと待っててくださいと。
場所は王宮の横手。塀の向こうは王宮ですが、王宮での人集りとは対象的に静かな場所でありまして。道には喰い物の屋台がチラホラと。人集りは無いから、商売にはならんと想うのですが、木陰で涼しくて、犬だけが相手して貰てまして、道の両側には駐車の車が一杯で、出るに出られるのかと心配になる程の余裕のナイ停めカタでした。
多分、其のドレかですが、数分待たされて戻って来ましたが、運転手君は寝てたらしい。
そんな具合に運転手君にしても、お客、私等の事ですが、観光が終わるまで待ってなイカンから大変やで。
マイクロ・バスに乗れば、昼食に向かうとの事で、ソ云えば腹が減ってます。何処をドのよに往ったかまで知らんのや。日本国内でも妖しいのに。
着いた先は外人専用レストランで、外人は全てが日本人でしたが、三分の入りで、バイキング方式で好きなモノを好きなだけ取って喰え。
或る意味、バイキング方式は気楽で簡単ですが、案内されたテーブルにはタイ風ドライ・カレーとスープみたいなんが置いてある。スープと想たはタイ風ラーメンです。早い話が其の程度の量しかないのやで。
ソ云えばJTBのオプションでラーメン三昧なる企画もアタけれど。三昧も三種類だけですが、ナニもワザワザ、Thailandくんだりまで往って、ラーメンもナイやろしとバツ印。勿論、嫁はんがですが、三食もラーメンなら飽きてマウ。
ところで、レストランでの条件が一つだけありまして。お飲物は有料である。ナニが有るのかとメニューを見れば、ビール、洋酒に日本酒に。ナルホド、アルコールまでバイキング方式で一律金額にしてしもたら、呑み助はトコトン呑んで動かんで。
私なんか、旅先とは云えど、真っ昼間からお酒なんか呑めるもんですか。真っ赤っ赤にナテ、動けんよになってしもて、昼からの予定はImperial Queen’s Park Hotelで一寝入りとなてしまう。
しかるに、隣のテーブルに着いた女性客、妙齢のお若い二人組でしたが、ビールに煙草をスパスパやで。私も負けジと煙草を二服。
メニューには烏龍茶にオレンジ・ジュースにコカ・コーラ等々もありました。昼食でオレンジ・ジュースにコカ・コーラも合わんから、烏龍茶にしたけれど。
レストランの従業員は日本語がアカンみたいで、お飲みモノはナニにするかとは、納豆さんが代行ご用聞きで、Thailandの烏龍茶はどんな味かと想たけど、烏龍茶は烏龍茶。
此処のお店は明朗会計でありました。烏龍茶の値段までは覚えてナイけれど、安いとは想えんかって、日本と替わらんなと。
精算金額、丁度の小銭までは持ってませんので、Baht貨幣一枚手渡せば、テーブルのナプキンにお吊りが幾らか書いてくれたのです。御一行様、六名、バラバラのお吊りですから効率の佳い方法である。
お吊りを忘れられるか誤魔化されるのを心配せずに居てられる。しかも、お吊りに戴いた札は新札同然。気分の佳いレストランでありました。
レストランで喰うモノ喰えば、往き先はWatPho、ワット・ポーの涅槃仏。
Thailandに関しては、Thailand以外デモですが、貧弱なる我が知識ですが、是非共見たいと想てましたる仏像です。
(03/02/14)


NO.53 ワット・ポーの涅槃仏(1) 巨大なる涅槃仏と立像

サテ果て、「騒慌珍嬉のThailand」です。
二度目が有るのか無いのか。ヒョンなキッカケで訪問出来たThailandです。
キッカケとは就職した息子がいきなりのThailand、半年の赴任ですから、居てる間にと、決断したのでありまして。息子の関係が無ければ永遠にナカッタ。
かドかまでは分かりませんが、可能性極めて低かったから、タイはBKKに来てる事、自体が夢みたい。来たからには是非共拝観したカタのが涅槃仏。
ナンで興味があるかと云えば、元々京都には神社仏閣が多いですし、小さな頃から慣れ親しんでるし。
涅槃仏は見た事ないのかと問われれば、小さな仏像なら何処かで見てる筈やし、どんなモノかは分かってます。
そしたらナンでかと云えば、巨大仏故でありまして。どの程度の規模かを知りたカタ。
巨大仏と云えば、奈良東大寺は世界最大の木造の大仏殿。盧舎那仏、銅製の大仏様が有名ですし、大仏殿の柱の穴潜りもありまして。
潜れば、大人の知恵が授かるとか、イヤ、厄除け、寝小便退治であるとかで。ナニが正解かは知らんけど、穴は大仏様の鼻の穴の大きさであり、小さい頃、成長してしもたら潜るにも潜れんからですが、潜った事を鮮明に覚えてる。
云われはナンでも佳いのです。記念の想い出造り、我が息子共も幼い頃に潜らせました。
そして、この際です。触れておきたい事がある。
京都にも奈良東大寺の大仏様よりも大きな木造の大仏像が存在してまして、私は二度拝見してる。
東大寺の大仏様が高さ十六メートルで方広寺のは十九メートルとされてます。
高校生時代の夏休み、友人と二人で自転車で見に往ったのが、三十三間堂、博物館の辺り、豊国神社に隣接の方広寺。
豊臣秀吉建立で徳川家康からイチャモンをつけられ、豊臣家崩壊の一因ともナタ、大鐘の銘文に刻まれた、国家安康、君臣豊楽の文字。家康と豊臣の文字が見事に含まれてまして。当然ですが、意図的に美味く組み込んだのやから、イチャモンをつけられるとは夢にも想わなんだヤロ。
其の大鐘が存在する方広寺には、首から上だけの木製の仏像が有った。過去形である。
元々は十九メートルの大仏様とされてますが、地震で破壊され、度々の火災のために、首から上だけが残り。
遂には、昭和四十八年の火災で首から上も消滅したけれど、私は運佳くも、火災の前に二度拝見してた。
此の大仏様は仏像としては珍しく、怒りの表情で、怒りの大仏とも称されてまして、大仏殿に一歩入れば其処にドンとお顔があるからビクリしたで。
怒りと云うても大仏様や。怖くはナカタけれど。ホカには拝観者もなくて、ヒソリとしたる大仏殿に友人と二人だけで首から上のご尊顔と相対峙ですから、異様なる雰囲気で。
本来なら、仏像なるもの斯くの如く也。ヒソリとした場所で相対峙して、心と心で会話するものと想てます。
奈良の大仏様も何度も拝見してますが、果たして、BKKの巨大涅槃仏はどの程度の規模であるかに興味も有った。
其の前に、ツイデやツイデです。
反対に方広寺、博物館の先の三十三間堂のマダ其の奧には、養源院がありまして。
本堂の廊下の天井は血天井。伏見城が落ちたる際に鳥居元忠らが自刃した廊下の板が使われてるのであるから、ヤパリ、豊臣家由来の養源院でアテ、俵屋宗達の描いた麒麟の絵がありまして。
天才宗達は見た事の無い麒麟の絵を描いたとの事で、天才の事を麒麟児と称するとは、此の絵からである。とは、高校時代に拝観したときに養源院の人に聞いたのや。
そしてツイデと云うより本命の話で、麒麟の絵と共に、俵屋宗達描く処の白象の絵がある。
白象とは云うまでもない。Thailandの国王様だけが乗れる象であるゾ。流石に、俵屋宗達は天才であります。Tailand、当時ならSiam、シャムですが、事情を理解してたのかいな。
しかるに、BKKの巨大涅槃仏の大仏殿には人が一杯で、拝観人は外人、西欧人が多かったのですが、押されて押されて、忙しない事。此処は撮影禁止にナテませんので、皆様必死に写真を撮るので、余計に邪魔で邪魔で。
ヤットコサで適当なる場所、涅槃仏の足元ですが、足裏から拝観してましたら、我が後頭部を柔らかいモノに押されてしもて。半歩前進、ヨタヨタと。
柔らかいモノとは感触的に人体の一部と分かってますが、振り返れば、巨大なる胸が目に飛び込んで来て、イヤ、胸と想ただけですが、上、遙か上空から、Excuse meと聞こえたデ。
イヤハヤ、巨大涅槃仏よりも此方様のホウにビクリした。
見上げれば、身の丈、倍まではナイけれどヤ。縦も横もです。超巨体の金髪の老婦人がニコリと笑みを浮かべ、悪かったと身を二つ折りにして謝った。
謝られては、文句、しかも英語では意志伝達出来ませんので、ニコリと会釈と云うよりも、苦笑で応答しまして。
処で、我が後頭部は巨大立像、金髪の老婦人の何処に押されたのかナ。
胸もお腹も境界線不明の相当なるデカサ、出っ張り故ですが、双方の名誉のため、お腹ではナイと想てオク。
(03/02/15)


NO.54 ワット・ポーの涅槃仏(2) 納得の涅槃新説

二月十四日はバレンタイン・デーでありました。
私も一個だけ、嫁はんから頂戴しましたが、バレンタイン・デーこそは超近世での輸入物で、且つは日本国で調整されまして、チョコレート屋さんの商売繁盛には大いに貢献してるは周知の事実也。内情、承知でヤテルは楽しいからでありまして。
我が若き時代、私にも若き時代はアタのですが、そんな習慣、ナカッタし。
有ったとしても、戴ける目算無し故、彼奴が沢山、無数で、此方がマッタクの無しなら惨めやんかいさ。
結果、ひがまされる事もナクて佳かったのかいな。
何時の頃からか忘れたけれど、会社の女性から沢山戴きました。
イヤ、義理チョコやから、女性陣、ヒソヒソとご相談されまして、職場の男性全員一律に戴いたのや。其れでも戴けんかたら、除け者にされたのやから、尚惨めになるけれどや。
義理チョコを戴けば、ホワイト・デーのお返しが大変。
嫁はんと相談しまして、予算幾らで、適当なのをと一緒に調達しに往ったがな。女の子にナニが佳いかが分からんからやし、毎年々々、同じにするワケにも往かズです。昨年の事まで覚えてないけれど。
戴いたお義理のチョコレートは包装形態、内容からしてですが、百円か二百円か、場合に寄っては高価なるのが有るけれど、さりとて、お返しに差をつけたらアカンし、お返しを百円二百円には出来ひんから、掛ける事の数倍にはなるのんや。
マシュマロでも佳いらしいけど、ソは往かんワイ。付け足しのマシュマロなら喜ばれますが。
過ぎた話なら、節分の豆まき、巻き寿司に鰯の丸カブリがあるけれど、諸説紛々有り過ぎて。
殊に巻き寿司についてはですが、一説には昭和の四十年代に何処ぞの海苔屋のオッサンが流行らせての説が存在するラシイのですが、私が物心ついた頃にはやってたで。
物心ついてたとしても、物事には必ずや、発祥の段階が有る筈でして。
私でない事だけは確かですが、有力なる説では、江戸時代末期から明治初期に流石は大阪、商人の町が発祥とされてます。
云うたら昭和よりは古いダケでありまして。節分の習慣の仲間入りとしては新しいは事実で、昭和の話は、一旦廃れたのを再発させたの説もありますが。
何が正解で、デッチ上げか分からんですが。地域、地域にも寄るのヤロ。
私が祖母から聞いてた話では、年越し蕎麦同様にして、巻き寿司を長いまま。切れば佳き知らせを切る事になる故と。
兎に角、此れからの一年、無病息災、勉学達成、良縁祈願、理屈は後回しであて、ナンでも佳いから一生懸命に念じて、恵方さんに向こて無言のママで丸カブリするべし。
其の祖母も明治の産まれでありました故、物心ついた頃にはやてたのかいな。
バレンタイン・デーにしても、楽しければヤレば佳いし、戴けずに癪に触れば、輸入物なるぞと、蹴飛ばしてマエ。
ツイデなら、豆は鞍馬山の鬼退治に有効で、鬼は鰯の焼ける匂いも嫌いでと。そしたら福は内の意味やけど、鬼が嫌いなら、反対に福が好くのやて。豆は福豆と云うのやて。
しかるに、祖母の云うてたとおりです。理屈は後回しで結構や。鰯の頭も信心からであて、信ずる者ダケが救われるのや。
サテ果て、「騒慌珍嬉のThailand」です。
涅槃とは、消滅の意でありまして。此の世から消え去る事。簡単にはあの世に往く事ですが。
涅槃仏とは釈尊消滅。つまりは入滅のお姿を表現した像でありまして。
其処から、無我無心、煩悩を捨て去った理想的なる境地、悟りの状態ともされてます。
サテ其処で、納豆さんのご説明に寄ればですが、Thailandは熱くて熱くて、人も犬も頑張るのが苦手。
寝てるが一番ですから、仏像までが大儀であると、寝そべってしもてますとの事ヤタ。
イヤマア、そんな解釈が有っても結構でして、案外正解かも分からんで。其の証拠に、Thailandには涅槃仏が多いのです。建立するにしても、縦より横のホが楽やしなあ。
しかるに、こんな形、自然な状態、寝姿で他界出来るは幸せやんか。
医療の進歩向上も結構ですが、色んな管を通されて、栄養剤かナニか知りませんが、ワケの分からんがママに病院で他界してるよりはです。
交通事故に火事天災で、アッと云う間に死滅するよりはです。其れでもアッサリ死ねれば佳いけれど、痛み苦しみ乍らで死ぬのは厭やしなあ。
私なんか、俗世間に棲息の生身の人間でして。欲望ギラギラ、満ち溢れ。
されど、呑むには下戸故、酒には無縁。
打つは、麻雀、パチンコは卒業してしもて。競馬も一度しかヤタ事ないし。
花札、トランプならあるけれど、早熟ですから小学生のトキにはやってたけれど、単なるお遊技での花札、トランプやんかいさ。
賭けるのは、コインとしての一円玉。十枚も貯まれば一財産故、ポポナイナイしてしもて。
ホカには爪楊枝かマッチ棒で、飴玉でも拠出してくれたら大張り切り。其れも二十歳の前半で卒業したとするのか、機会が無くナタ。
買うのも、大きいモノなら車程度で、家は今だにローンを支払おてまして、ホカの高価な買い物にはご縁がナイです。
事程左様に欲も損得も一杯有って、捨てるはナカナカにして、叶わんのです。
人生の成功のタメには欲望、ギンギラギンで、コテコテで、欲求深ければ深い程、執念でもって、努力を惜しまず、目標達成の確率高し。とも云うし、多少なら世間様よりは強欲でなければナラヌ。
とは想てるけれど、強欲の度合いが希薄な分だけ損してるのでないかと。イヤ、世間とはそんなモノですよ。
逆説的には、世間の皆々様の大多数が釈尊が如くに達観、悟りを得られまして、涅槃して戴ければ、欲望剥き出しの我が天下也で、好き勝手にしたるワイ。
そんなナカで、世間様から後ろ指差されず、生活維持するは難しいけれど、外出もセズに、涅槃、寝てたらお金も使わず、お隣様とも摩擦を起こさずにスムやんか。
よって、納豆さんのお説、大いに気に入ってるけれど、寝てばかりでは人生もツマランし。
(03/02/16)


NO.55 ワット・ポーの涅槃仏(3) 理想的な死に様

Thailandは仏教国でありまして。
色んな意味から人生とは。死とは、生とはと考えたりも。
イヤイヤ、彼方に往ってる間は騒慌珍嬉やから、ナンにも考えてませんでしたがネ。
帰ってからも改めては考えてませんですが、考えるにしても、人生とはナンなのかは漠として難しい。
其の割りには寝てるだけなら人生つまらんしと、佳い加減な話をしてしもて。其れでもナンとなく意図を理解して戴けるのも人生なる文言でして。
二月の十一日でした。
二十六歳の無職の男性が、自殺志願、Netでの掲示板に心中してくれる相棒、女性限定で募集すれば、同調者の女性二十四歳、二名が出現。
独身男性が女性限定の募集とは、考えよによっては身勝手で都合のヨイ話でもありますが、同調者の女性も洒落、冗談では無しにホントに心中、心中としてよいのか自殺してしもた。
チナミニ、googleで、「自殺」と入力すれば、六十万件と表示され。但し、斯くの如く、「自殺」と掲載した段階で我がサイトも一件として加算されてしまうのですが。
更に、「志願」で絞り込みすれば、八千件となり、「掲示板」で千三百件となる。
そもそも、Net人口が日増しに増えまして。増えるは大いに結構ですが、無秩序で。
Netの世界にも、越えてはナラヌ一線も有る筈ですが、一線なんかナイも同然で、有っても極めて曖昧でして。
十代、二十代だけでない。佳い歳したオッサンかオバハンでも、簡単に越えてるのがNetの世界の一線や。
勿論ですが、一線とは私の基準でありまして。日々刻々、気分にもよて大いに変動するけれどや。ホントに此の人、オツムは大丈夫かいなと、嘆かわしくなる事、度々でして。主旨が余りに外れる故、詳細は避けますが。
元々が実体の有る社会でも個人差大いにアテ、曖昧、無秩序で身勝手で。彼方様の常識は私の非常識でありまして。
非常識にも程度の問題がありまして。腹の立つのから、まあ、佳いかと妥協出来るのと、私に無関係故、好きにしてクレと、ほっとけるのと。
そんな意味ならば、見も知らぬ他人様です。何人が何十人であろおが、心中、自殺をしよおが私に関係はナイのですから、ほっとけば佳いのですが、一報を知ったとき、チョッとした衝撃と如何にも猟奇的なる匂いがプンプン漂おた。
そもそも、実体の伴わぬ、匿名、覆面、偽造、成りすましが可能なるNetの世界では猟奇的なモノが存在しても不思議でない。
本来なら、寿命は自分では決められず、天命に寄るものであるからにして、天命を遵守しない、所謂自然でナイ死は猟奇、怪奇、異様でアテ、戦争、天災地変、交通事故死、自殺、殺人に寄る死は此の類。
戦争、交通事故死、殺人に寄る死は人間が人間を抹殺したのであって、天災地変は大自然の気紛れに寄るものであり、自殺だけは自分の判断である。
よって、自殺に同情は不要。簡単には阿呆な奴。
但し、自殺にも自刃、止むに止まれぬ背景がアテ、自らの死でもって、より多くを救うための選択の事もあるけれど、極めて希で、大抵は思慮分別のナイ、身勝手で自分のタメの死。
イヤ、死を畏れる事は無いけれど、死に急ぐ事も無いと云う意味や。
Net心中事件は死に急いだだけでありまして、其の死にナンの意味もナク、無価値な死。むしろ、死に急ぎたい輩の無価値な死の悪しき範となり、悪影響を及ぼす危険が存在。
いわば、迷惑千万なる悪例である。
ナニを以て悪しき影響とするかと云えば、其処で死ぬを選択しなければ、以降の人生が如何なる事になるかの喜怒哀楽が途絶え、関係者、親兄弟姉妹、家族を遣り場のナイ悲しみに陥れるだけで、表現を替えれば、其処までの人生でアタとも云えますが。
しかるに、人生なる表現は、宗教的な色彩濃くて、宗教家なればコソ、正解のナイ人生を知ったかの如くに自信満々に説くのやけれど。ナカには猟奇的、異様な宗教団体も存在するけれど。
人生とは、字面のまんまの人の生き方であり、生きるのを断ったのやから、其処までの人生で間違いでないけれど。たったの一歩、突っ込まれて、生き方とはナンぞやとなれば、漠として不明故、宗教家にも成れず。
本音では、宗教家でもあるまいに、真面目に考える程の事では無い。とも、想えて。
ワット・ポーの巨大涅槃仏を拝見しまして、単純には人の生き様の反対で、こんな死に様、様はザマと読んで欲しいのですが、理想的と想ただけ。
(03/02/17)


NO.56 ワット・ポーの涅槃仏(4) お賽銭トイレ

ワット・ポーの涅槃仏。
仏像に慣れ親しむのは佳い事と想てます。
仏像に限らず、墓参、お仏壇でも結構。虚心坦懐、間近にする時間は無駄にはナラヌ。
伝統工芸、匠の技、スポーツでも神技は素晴らしいし、一流と評価されるモノには其れなりの価値がある。
残念乍ら、世間で云う処の匠の技は間近で拝見した事はナイので分かりませんが、匠ではナイけれど、日本の製造工程でも無名の作業者で凄いのが居てました。製造設備でも熟練を要する作業もあたからですが。
名勝旧跡、神社仏閣と其処に存在する神仏、画像、工芸品等々は当時の最高峰、傑作として現存。或いは、時代を象徴した歴史を刻んでる。
其れ等に触れる、触れるとは間近に接し、接しとは触る事ではナク、目で見る事を意味してますが、触れる事によて、洗心なる言葉が理解して戴ければ有り難い。
其処まで大袈裟でなくとも、あの世のご先祖様なら、親兄弟姉妹、家族には云えぬ愚痴話でも、ソかソかと異論挟まズ、素直に聞いてクレルがな。心のナカで訴える事で、頭のナカのモヤモヤも整理される。
神仏に接近するとは、死に対峙する事でもあって、漠とした生死感も培える事になる。
等と表現すれば、私はあの世を信じてるみたいやけど、在って欲しいとは想てますが、世間様と一緒で、左程には信じてナイ。
死ねば無の世界。無とはナニもナシで、単なる抜け殻が残るだけでありまして。残骸も焼かれしまえば、灰となて。一部だけがお墓に埋葬される事になる。
魂、霊魂がと想うのは人間の傲慢なる欲でありまして。死んでも覚えてくれてる者が生存してる間ダケは其の心のナカに残影が存在するけれど。
会いもせず、話もセズ、単なる通りすがりの人、見も知らぬ他人さんが生涯覚えてくれてる筈がナイけれど、もしかしたら、そんな世界が在るカモ分かりませんし、輪廻転生も存在するカモ分かりませんが、過去世の記憶がアタとすれば気色が悪い。
私自身は自殺を真剣に考えた事は無いけれど、誰でもソですが、常に死とは対峙してる。
車でも運転してて、真正面から大型トラックが走って来たとして。チョッとでもハンドル操作を誤れば、誤らんでも悪戯心で操作してもですし、偶然にもタイヤがパンクしてもです。
ぶつかってしもたらあの世往き。
相手がトラックでなくとも、クネクネとした葛折の道。方や断崖絶壁も同じ事情。居眠り運転でもしてたらエライ事ですよ。
町中を歩いてましても、ナニが有るカモ分からんし。家のナカに居てましても、自動車が飛び込んで来たり、天井から飛行機が落下して来るカモ分からんし。
そんな不遇の事故は避けたいですが、避けるに避けられん事もありますので、其れで他界すれば天命である。
イヤマア、ナンでそんな話をしてるかと云えば、Netでの掲示板での心中事件。
但し、マスコミが言葉を選ばず、心中としただけでアテ、単なる赤の他人が三人集まり、集団自殺しただけやんか。
しかるに、十六日には、「コンビニ・ダンス・ストア」(「単なる雑談NO.15NO.16NO.17NO.18参照)の続編と云うのか、再び同窓生のお誘いを受けまして。
前回と同じ事情で、面々で、京都府立文化芸術会館にて観劇させて戴きましたる劇の内容たるや、「プンプンプン」と題した、輪廻転生をテーマとしてまして。
バスの転落事故で死亡した若き男女、恋人か夫婦か分かりませんが、死んでも必ずや再会したいと、そんな話でありました。
よって、心中ではナイのですが、輪廻転生を恋物語と結びつけたる物語でありまして、其の気になたら紹介スル。
事程左様に小学校の同窓会に、学友の嫁はんのお葬式の話にと、「単なる雑談」に掲載したい事が多くて困ってる。
ナンなら簡単簡潔に掲載するのも方法ですが、想てる間にも増えてしもて。脱線ばかりしてるから尚更やけど。
イヤイヤ、「騒慌珍嬉のThailand」です。
肝心の涅槃仏ですが、見た印象はと聞かれても困るのや。
大仏殿の構造には大きな問題が有りでありまして。要所々々に太い柱が有ってなあ。仏陀涅槃の全貌を見られへんのやけれど、大仏様のおみ足から眺めるのが最良でしたが、記念撮影してる人が多くて、通行も頻繁やし。
負けジと眺めてたら、後頭部を超巨漢婦人の巨大なる胸で押されてフラフラとさせられたりで、結果は幸せでアタとするべきか、まともには見てられへんカタのやわい。
しかるに、こんな形で死ねるは理想的でありまして。昔なら殆どがコであたのやからと、羨ましくて。
日本人なんか、働き蜂みたいにアクセクして。景気が悪くなればナタでお払い箱で。年金も戴ける頃には減額されては目も当てられん。
此処は達観しまして、涅槃像の真似して、暫し休息。休息し過ぎても心配になるのが日本人の特性でありますが。
事実、休憩し過ぎてましたら喰うに、度が過ぎたら、生存にも困るのや。
大仏殿を出まして、案内して戴いたのはトイレですが、入るマエに納豆さんから説明がありました。
基本的にはお賽銭、二Bahtとしてあります。お賽銭ですから、幾らでも佳いのです。あくまでもお賽銭でありまして、有料ではナイのです。気は心であります。
トイレでお賽銭は聞き始め。イヤ、日本ではですが、Thailandでは有料のトイレがあるとは聞いてました。
往けば、見張人が居てるワケでナシ。単にお賽銭箱があるだけですが、お賽銭と聞けば無視するのも気掛かりでして、私は二Bahtの手持ちがナイ故、嫁はんから二Baht硬貨一枚拝借しまして。
(03/02/18)


NO.57 絵葉書売りの少年達(1)

サテ果て、「騒慌珍嬉のThailand」です。
Thailandの話もこんな調子では、何時になたら完結するのヤラ。
何せ、昨年十月二十四日に彼方に到着で、明くる二十五日の話をマダやってます。滞在は二十八日までやのに。
処で、一々日本円に換算もナンやけど、金銭感覚的にも換算するのは重要な事。
お賽銭の金額指定も聞き始めですが、二Bahtならば六円也。日本のお賽銭相場は十円で、お稲荷さん、恵比寿っさんなら五十円とか百円の大奮発。私の場合ですがネ。
そしてら、六円は安いみたいやけど、Thailandの物価水準からしたらボッタクリです。しかもトイレやし。
イヤイヤ、大仏様、涅槃仏の御前でそんな不謹慎、バチ当たりな事を考えてはイケマセン。
お賽銭箱にチャリンと硬貨を投入すれば、納豆さんは便乗しときますと、支払わずに連れションで。
お賽銭トイレだけアテ、極めて綺麗なトイレでしたが、大仏殿の拝観者の数のワリにはですが、我々御一行様だけしか居てなんだ。
お賽銭トイレであるから出入りが少ないのでもナイのです。説明書きは彼方語でありまして、納豆さんが説明してくれたから分かっただけで、外人ならサッパリです。
用は足せましても、女性陣五名は何故か一斉に往って、一斉に戻るし、相当なる時間を要するのです。
よって、煙草も一服なら有り余る程の時間がありまして、納豆さんともお話をし乍の時間潰し。
いやまあ、納豆さんも日本、しかも京都には一週間来たらしいのですが、滞在するにしても、食べ物、日常品の物価が大変でと。
京都でなくともThailandからでは日本そのものの物価が異常です。仮にはですが、収入がThailandの三倍でも、物価も三倍なら同じ事になる。
よって、多少のデフレは大歓迎。土地、株価程の下落なら、生活も楽になるのになあ。ソはなってないから生活も大変や。ついでなら、Thailandでも外人用料金は高いナと。日本での感覚と替わりませんよと、一言云いたカタけれど、納豆さんに云うてもショがないし。
さて、Thailandの気候、温度は流石です。午前中は左程でなかったのですが、午後から気温が急上昇。屋外に居てますと、動くのも大儀。当日はお天気が佳かったセイもありますが、喉が乾いて、乾いてねえ。
女性陣もトイレから出て来まして、ワット・ポーから大通りへ。
待機してる車の場所に往く途中です。
美味い具合にペット・ボトルの水を売ってまして、一番に納豆さんが買おたのですが、値段が十Baht。高いのか安いのか分かりませんが、三十円や。
タイ人の納豆さんがスンナリ支払おてますから、そんなモンかと御一行全員が買い求め。
アトで調べたら、コンビニでは七Bahtでしたが、水はアッサリ買えたのですが、嫁はんが精算してくれてるウチに小さい男の子が私に寄って来て、日本語で絵葉書を買えと。
「安いヨ、安いヨ。百Baht、百Baht。
此れ全部で百Baht。
沢山有るヨ。安いヨ、安いヨ、百Baht。」
葛折にした絵葉書をペラペラと繰って見せまして。BKKの主要観光地の写真が約十枚で、小さい子とは、小学生の低学年程度で、十歳には達してない。
そんな子から訴えるよな目つきで見上げられたら困るのや。
旅行本には書いてある。相手にスナと。切りナイぞと。加えて、絵葉書なんか欲しくもないしと、無情、鬼面、気前の悪い余所者で押し通してヤレとは想うけど。
本には目を通してますし、書いてあるし、理屈では分かってますが、我が身が直面したら心得もぐらつく。
此奴等、オソラクは家族のタメに働いてるのです。自分の小遣い稼ぎでナイのです。一家の生計の助けをしてるのです。
エラソオにしてやがるけれど、我が息子共にもこんな時期が有ったし、私にもアタのやで。
私のこんな時期なんか、右も左も分からず夢の世界ヤタ。
小さい子が学校にも往かずに一家のために頑張ってるのかと、涙して、潔く妥協して買おてやらんとショがナイのかな。
等と葛藤してましたら、お見事、我が心の動きを察知されたのか、同じよな年格好の女の子も含めて三四人が集まって来よったがな。
此れは困った。全員のを買うワケにもイカンしと、そんな沢山のBahtも手持ちにナイしと、心を鬼にして其の場から遁走。
一ツも欲しいと想わん絵葉書を三ッツも四ッツも買わされたら処分に困る。一人の子のを買おて、ホカのを無視するワケにもイカンしなあ。
イヤ、其れでも佳いのですが、ホカの面々、お先に失礼と往てしもたし、置いてけぼりも困る。
待機の車まで往く途中でも、マエを往く女性陣は何故か捕まらんのですが、私には次から次ぎに小マイのが接近して来よる。
世間慣れした敏感なる少年達です。人相からしても、意志薄弱で、人情には脆い鴨親父と見透かされたのかと。
イヤ、心を鬼にして買ってませんです。
下手に相手すれば、場合によりですが、身動き出来ぬ程に取り囲まれる事もあるらしい故、少年やからと、侮ってはイカンのですて。
(03/02/19)


NO.58 絵葉書売りの少年達(2)

二月十八日、韓国大邱市で大惨事。
自殺志願の大馬鹿中年男が一人で死ぬのは厭やからと、一蓮托生、地下鉄で放火やて。
放火犯の年齢が五十六歳とかで愕然。私と同い歳やんか。
車両が二両燃えて死者百二十名以上。放火をやってしもてからの土壇場で命が惜しくなったのか。当人が生存では納得出来ず。
日本でもNetでの掲示板で心中募集がありましたが、自殺するなら余所様にご迷惑はお掛けせず、一人でコソリとやってクレ。
これが現実です。不惑の五十歳を過ぎてましても稚拙。年齢だけ喰てもアカンのです。
年齢には無関係に、一般常識と生死感の無さが顕著。小さなウチです。学校の教育ではなくて、家庭で適宜やるべきでして、方法は簡単です。墓参です。或いは、神社仏閣で神仏とシッカリ相対峙セヨ。
処で、日本の地下鉄は大丈夫かとテレビでやってますが、材料は不燃材を使用してるから心配するなと専門家は自信満々。
似たよな話を聞いた事があるゾ。
サンフランシスコの大地震(1989年十月、マグニチュード7.1)で道路が崩壊した際に、日本の専門家は申してました。
日本での高速道路の建築基準では、サンフランシスコの二倍から三倍の地震が来ても大丈夫でアルから安心してなさい。
とのお説拝聴してましたが、お見事、1995年一月十七日の阪神大地震(マグニチュード7.2)で打ち砕かれた。マグニチュードは0.2で地震の規模二倍であるからにして。
但し、設計上は大丈夫でも施工と点検がズサンでもありました。何処かの首相も真似してますが、下請けに丸投げで。
コンクリートの厚さが不足してたり、柱のナカにはジュースの空き缶が混ざってたり、海の砂が使われたりしてました。
京都で地下鉄と云えば、阪急、京阪と市内には市電が東西と南北に走ってますから要点検しといてクレ。
しかるに、韓国は大邱には往ってませんが、ロームの韓国工場のDIODE工程はSEOULから其方に移動してるのです。馴染みの面々は大丈夫かと心配。
さて、「実録ハイテク物語」の余談で触れる予定でしたが、ホッタラカシになてますから、此方で触れてオク。
三十五年前の韓国です。勿論、出張でありまして、DIODEの製造開始に伴う品質確認ヤタ。
SEOULに到着すれば、存在は認識してましたが、初対面のTRANSISTOR製造部QC課の朴課長が出迎えに来てまして。私は抵抗器部門からの移動でありまして。彼も抵抗器からの移動でしたから、文書等では知ってたのです。
到着は夜でしたから、そのまま夕食にでもとなりまして。寄った先が餃子、麺類のお店でありまして。日本人でも抵抗感のナイ食事でありました。
焼き餃子に蒸し餃子なんかを戴いてましたら、イヤ、私は蒸し餃子は初めてでして。
小さな男の子が寄って来て、靴を磨かせてクレと、日本語で云われたのではナイのですが、持ってる道具と動作で分かりますがな。
小さな頃には見た事がある。四条大橋でありましたが、靴磨きの人が沢山並んでた。私が学生時代までは居てたのではと。
されど、人様に靴を磨いて戴くよな身分でナイし、高級なる革靴でもないし、やって戴いた事はナイ。
其のトキは初の外国出張で。革靴は新調したものでしたが、此れ又、人様に磨かせる身分でないしと、対応に困ってましたら、課長はポケットから百Won硬貨を出して、少年に手渡しました。
課長の曰くには、韓国は日本の二十年遅れてます。こんな場合は百Wonで充分です。与えてやってくださいと。
顔立ちは左程替わりませんし、服装を韓国人と同じにしても日本人は雰囲気でスグに分かるのです。喋らなくても分かりますよ。日本語を喋ったら確定ですから、気をつけてくださいね。
ナニに気をつけるのかと云えば、日本人と見ればボッタクラレル可能性もあるから、必ず韓国人と共に行動するべし。
イヤ、三十五年前の話ですが、確かに、日本人と韓国人はナンとは無しに区分出来ます。顔立ちは同じよおで違います。
其んな話をしてましたら、今度はお婆さんが近寄って来て、ロッテのチューイン・ガムを買おてクレ。しかも、バラ売りや。
チナミニ、ロッテとは韓国での大財閥で、バラ売りと云えば、煙草もバラで売ってました。
チューイン・ガムなんか欲しくもないけれど、矢っ張り、課長は百Wonを手渡しました。
当時の百Wonは日本円で十円やけど、価値からすれば、そのまま百円としても佳しで、一枚で百Wonはボッタクリやで。
イヤマア、其れが韓国でのチューイン・ガムの初対面でしたが、食事に往きまして、精算すると戴けるのがチューイン・ガム。勝手に持って往けの処もあるけれど、韓国人はチューイン・ガムが好きなんやろか。
しかるに、外国の事情は知りませんでしたから、両替はホテルでするつもりで、Wonは持ってなかったし、相場も分からんがな。
但し、以降は経験してません。タマタマ寄ったお店での事でした。
イヤマア、BKKの絵葉書少年で、四条大橋の光景と、韓国初出張を想い出して。
(03/02/20)


NO.59 観光コースの宝石屋

靴磨きに物売りに、こんなんは苦手です。
我が家も裕福でナカッタから尚更やけど、特別にではなくて、世間がそんな状態やったし、お金はナイならナイなりに、悲壮感はなかった。
或る意味、現在では希薄になてる隣近所の互助の精神に、狭い家でも大家族で、一家の結束はシッカリしてましたし。むしろ、貧乏一家のホが連帯感強固。下手に資産があれば、骨肉の争いになたりして。無いホが気楽ですが、無さ過ぎても老後が心配。
そやから云うて、今でもカツカツの生活ですが、其のワリにThailand旅行とは優雅な事やと云われソですが、嫁はんが工面して、工面して、ヤットコサやんか。
イヤイヤ、そんな現実、俗世間の話と貧乏談義は辞めて、「騒慌珍嬉のThailand」です。
マイクロ・バスに乗れば、Thailandのお水はどんな味かいなと、早速にもペット・ボトルのお水を体に補給したけれど、水は水でアテ、何処のを飲んでも替わりません。
南極の氷のも六甲のでも、其処で飲めば値打ちがあると想うけど。ペット・ボトルのはThailandの名水でも無いしなあ。
走る車の窓から見える光景は王族の写真の大きな看板でして。
誰其れであると、納豆さんが一々説明してクレるのですが、予備知識がナイものでして、チンプンカンプン。
要するにThailandは王族の国家。民衆の尊敬を集めてるとは理解した。何処かの世襲王朝、国民が命懸けで亡命してる金正日様のお国とはエライ違いです。
そして往き着いた場所は、宝石屋。
宝石屋まで観光コースに入ってるとは知らなんだのですが、着くや否や、民族衣装の妙齢の美女がガラスのコップに注いだ飲物を持って来てクレまして。
オレンジ・ジュースにコカ・コーラですが、サッキ、お水を飲んだ処やし、シモタと後悔しましたが。戴いたものは有り難く。
戴いたは佳いけれど、立ったママですから、手にしたコカ・コーラを何処で飲んだら佳いのかと心配してましたら、通された大きな部屋、収容人員二百名と推定ですが、たったの六名様がチョコンと隅っこの椅子に座りまして。イヤ、ホカには誰も居てないけれど、ド真ん中はナンやしなあ。ナニが有るのかも知らんのやし。
係員が退場しまして、カーテンが閉められ、灯りが消えて。幻灯で、日本語版宝石宣伝映画が放映されたのでありました。
正直云うて、此の段階で宝石屋に来たと分かったのですが、Thailandのコカ・コーラをチビチビと飲み乍ら観賞させて戴いて。Thailandは宝石でも有名やから、もしかして、宝石の加工工程でも見学させてくれるのかと、淡い期待をしたけれど、ナカタ。
幻灯が終わって係員の誘導で案内されたのは、ダダ広い宝石売場でありまして。客は御一行六名様だけやのに、売り子さんは沢山居てるのや。此れでは調子が狂うワイ。
しかるに、余程、日本人客が多いのです。納豆さんよりも流暢なる日本語で。宝石屋には納豆さんは入りませんでしたがね。
「安いですよ。安くしときますよ。如何ですか。」
「奥様には、此れが似合います。遠慮要りませんから、指にはめてください。
サイズは幾らですか。此れくらいですか。」
等と、指にはめさせまして、お勧め上手でありまして、多勢に無勢。何人もの売り子さんが取り囲むよに一緒に着いて来るのや。されど、見るだけなら、只やし、目の保養。
値段もピンからキリまでで、私に真贋の眼はないし、安いのか高いのかも分からんけれど。
懐具合、持ち合わせの現金は日本円でン万円だけですが、宝石屋に寄るとは想てなかったし、ホテルの金庫。仮に持って来てたとしても、宝石は予定外でありまして。
一応はクレジット・カード、JCBも有りますが、カード用の銀行口座の残高は知れてて、正真正銘、自慢にはナランのですが、限りなくゼロ円に近く、カードで買い物すれば、忽ちにして、期限までに入金せねばならんのです。何せ、カードは避けてまして、此処七年はカードを利用してない。
私は光り物には趣味はナイけれど、嫁はんが気に要ったのでもあればです。但し、安いのしかアキマセンが、覚悟しとかんと。と想てたのですが、誰も買わんし、買う気配もナシ。
もっとお客が居てまして、売り子さんも大人しければ目の保養、ジックリと見てられますが、ピタリとくっついてられたら、忙しないし、値段も値段やし。
相場も分かりませんが、飛び切りの破格の安さとも想わんカタ。
(03/02/21)


NO.60 高架の乞食

寒いナと想てましたら、寒の戻りで二月も下旬になってからの積雪で。
嵐山の山々、頂にはチラリと白い物が積もって、薄化粧。
観光的にはシーズン・オフ故、至って静かなる佇まいで水墨画の如く絶景也。
サテ果て、「騒慌珍嬉のThailand」です。
暖かい国、Thailandに雪は降りませんし、宝石屋の売り場にシーズン・オフはない筈やけど、軽く面積五十メートル四方の場所に売り子さんが何名かも知らんけど、お客は我々六名のみでは気色が悪い。六名やから、マダましやけど、一人なら逃げ出すで。
札束ゴッソリ、手元か銀行にでも有ったら、其れなりの体勢、気の持ちよもありますし、売り子、お付きを何名でも従えまして、選り取り見取。真剣に物色するには佳い機会ですが、先立つ物がナイからアキマセン。
せめて、人集りでもあれば買う気はなくともドサクサ紛れ。群衆心理も手伝おて、値の安いのを記念にデモとなりますが、要は、来たときには事情がサッパリでしたが、次第に立場が把握出来て。
宝石の陳列台を覗くのも辞めて、着いてくる売り子も煩わしくもなて、皆様早足で逃げるが如くに退場してしもた。
宝石屋のお次はタイ・シルク専門店。
着くや否や、又もや民族衣装の妙齢の美女に大歓迎されて。胸にはカーネーションをつけて戴いて。本物ではないです。布製やた。もしかして、タイ・シルクかと。
宝石と異なりまして、値段的には手が届く範囲故、適当な値段で佳いのが有ればと皆様、目が爛々と輝きまして。
私は金魚の糞みたいにしてただけですが、皆様、自分のではなくて、親族、知人のお土産物にドヤロカと物色してたのです。
此処でもお客は我々御一行様だけやたけれど、店員さんがピタリとくっつきませんので、気楽に物色出来たよで、何点かは買おたみたいですが、私は一通りか二通り、三通りになたら飽きてしもて。店外に出て、煙草。当然ですが、店内禁煙、灰皿店外故。
納豆さんは何処からともなく現れて、お次は同時多発テロで飛行機に体当たりされたニューヨークのビルと同じ名称のワールド・トレード・センター。但し、免税店ですて。
免税店なら、皆様お目当てがありますし、私も財布が欲しい。
ナニもワザワザ、Tahilandまで来て、ブランド物もナンですが、免税店なら安いヤロと頭っから信じてる。とは云うても、免税店もBKK一日観光コースに含まれてるとは知らなんだし、お金はホテルの金庫やから、イザとなったら、カードやなあ。
マッタク以て、納豆さんも昨日にでも云うといてクレ。私も調べとけば佳かったのですが。
ブランド物の財布、Dunhillを持ったのはハワイの免税店で買おたのが最初。
以来、ササヤカなる贅沢として財布はブランド物にしてるのですが、ハワイのも十年で擦り切れてしもて、二代目の財布となってます。
聞く処に寄れば、旅先では佳い財布を買うべしと。さすれば、お金が貯まるラシイのやて。
そしたら気は心であるからにして、安いのがあればと。
納豆さんに付き従いまして、BKKの中心部、高架の階段には子連れのお乞食さんが何組か居てました。
物売りと乞食を同列では失礼やけど、既に絵葉書少年に遭遇してるし、経済情勢からしても、乞食が居てても不思議でないと。
日本では乞食と云うたらアカンのですて。家がナイだけですから、カタカナでホーム・レス。或いは漢字で、浮浪者、路上生活者ですて。
昔なら銭か喰い物を恵んでクレと、四条大橋の欄干袂では、茶椀を前にしてましたし、家にも訪問されたりしてましたが、確かに最近のは物乞いなんかしてないのです。
物乞いせんでも其処等で喰い物が調達出来るし、捨てられたナカに立派に使える生活用品が有るのやて。衣類にしても、電化製品でも手に入るのやて。電化製品、ラジカセにテレビが有っても電気はどしてるのかが不思議。マサカとは想うけど、盗電してるのかいなと。
下手な詮索は辞めといて、不景気日本ではあるけれど、マダマダ裕福で、飽食日本。ゴミのナカは宝庫ですて。
乞食がホーム・レスであろおが、浮浪者、路上生活者、名称はドでも佳い。
公園が、駅が幾ら占領されても、昔みたいなホントの生活困窮者が居てないのが摩訶不思議の国、ニッポン。
(03/02/22)



inserted by FC2 system