シバケンの天国
<−介護・凡人の憂鬱ー>
−明日は我が身の話−

禁談・奇談VNO.6


禁談VNO.5
禁談VNO.1 禁談VNO.2 禁談VNO.3 禁談VNO.4

要介護[2]NO.1 見えるNO.3 禁談NO.9 禁談UNO.2
要介護[2]NO.1 見えるNO.3 禁談・奇談NO.9
番外・爺さん・婆さんの話 母入院NO.4 要介護1NO.3

題目一覧表

目次

禁談・奇談VNO.7

NO.60 初盆の話(4) 事例、その1の話(2)

NO.59 初盆の話(3) 事例、その1の話(1)

NO.58 初盆の話(2) 火の玉になるぞの話

NO.57 初盆の話(1) 嫁の味方するぞ宣言の話

NO.56 仏事、四十九日、納骨の話(10) お婆ちゃんの針刺しの話

NO.55 仏事、四十九日、納骨の話(9) 遺品整理の話

NO.54 仏事、四十九日、納骨の話(8) 「いそべ」の話(3)

NO.53 仏事、四十九日、納骨の話(7) 「いそべ」の話(2)

NO.52 仏事、四十九日、納骨の話(6) 「いそべ」の話(1)

NO.51 仏事、四十九日、納骨の話(5) 納骨の話

禁談・奇談VNO.5


NO.51 仏事、四十九日、納骨の話(5) 納骨の話

そんな事で、「東大谷祖廟事務所」で、正式に、7月26日、納骨したの記録して戴きまして。
正直、肩の荷、降ろせたです。
さもなくばの、中途半端状態でして。

トッとの、そやなあと。
当方、単なるの、庶民感覚での、手土産持参の。
ソラ、単純明快の、感謝の意の表明でして。「お供養」の、文言、思い浮かばんかったですが。云われてみて、そやなあと。


での、話、戻しの、その、前日の、7月26日<日曜日>。
責任者の、責任の下、法律違反になるけどと。釘刺されたの状態での、納骨なれどです。
ではと、有り難う御座いますと、皆で、当家、墓地にと、向こたですが。
既に、河波忠兵衛の方、待機されてまして。
息子共は、先に、墓石の掃除等々、してくれてまして。

イヤ、事務所の許可得たの返答待ちみたいでねえ。さもなくばの、勝手には、納骨出来ませんでして。
ここでも、多少の手違いあったですが。割愛致しの、納骨担当者、とするのか、河波忠兵衛の方なるは、相応の年齢の方での、手際良く。お骨を収納するの、袋、布と思うですが。取り出しの、骨壺を箱から、取り出しの。中の遺骨なれどの、コレを素手で、扱わはてねえ。へえと。
素手かと。

いやなあ、意味なるは、決して、気色のええモノであらへんわと。
慣れとするのか、手慣れたはるのやなと。
壺の上の方にあるの、大きな遺骨は、素手で、片脇と、するのか、骨壺を収納の箱に置かれまして。骨壺の骨を、袋の中にで。しかる後、片脇のを、入れられて。箱にこぼれてるの、残余のも、綺麗に全てを、袋にと。

いやなあ、ここだけの話の、親族に寄るの、骨拾いの際、上手く、骨壺に入らんかったのも、あってねえ。箱の周辺にと。骨がや。
当方、その骨壺を持ってるの役目してたですが。入れるに、下手なのも、居てねえ。それも、全部、袋にと。
見てて、嗚呼、良かったなあと。こんな具合にされるかと。
心なるは、骨壺のだけを、ゴソリと、袋になら、箱の底に落ちてるの骨、残ってまうやろな。コレ、どするやと、危惧してたです。イヤ、しかるべくの、頼むの積もりしてたですが。

骨拾いでは、骨壺に入れられずは、マシの話の、まだまだ、諸般あったですが。
過ぎたるの、話故、ここまでに、しとくです。

ででの、納骨には、何度か、来てるですが。当家のなら、祖母と、親父の、なれどです。生後即の、妹のもで。それは、それで、こちが、幼稚園児での、祖母、親父の時、こんな詳細、覚えてえへんです。
別途には、柴田の、叔父、叔母のも。母方、津崎の、伯父、伯母のも、立ち会おてるですが。こんな具合やた怪と。津崎のは、宗派、寺も、違うですが。骨壺のままであったよな記憶でねえ。
それなら、代が重なれば、壺の置き場が無くなるのではと、思てるですが。勘違い、見違いの可能性あるけどや。
ここでは、そのよに、袋詰めでして。この方が、ええなあと。

での、その作業途中で、坊様、到着。
作業者と、するのか、納骨担当者、作業中断の。とするのか、袋と、法名なるは、墓石の中に入れられたですが。焼香道具なるは、納骨担当者が持参されててねえ。
サと、墓前、墓石に置かれの、焼香出来るよにと。

イヤ、従前と、するのか、法要では、坊様が、焼香道具持参されてまして。納骨と、その他では、形態違うの哉と。よお、知らんですが。
イヤイヤ、以て、坊様より、焼香についての、注意事項、述べられて。
真宗大谷派では、焼香2度。つまんで、額の辺りに、運ばず、つまんで、そのままに、焼香をと。
へえの、3度で、額の辺りに、運びの、焼香してたですが。違うかと。

での、読経始まり、順々に焼香をの、指示にての、故人に近いモノ。事実上、喪主でありの、当方、一番手にての、焼香をと。
ついついの、習慣での、額の方に運ぶの、仕草、してまうですが。ま、ええかと。兎に角、2度やなと。
次ぎ、嫁はんがで、長男家、次男。そして、妹一家、姪がと。
次男嫁、風邪引いてたの、孫君4号と、共に、事務所で待機でして。姪婿と、その子も、ここまで、登って来てませんでして。小さいのが、居てまして。オンブして、ここまで、来るも大層でして。

そらなあ、この真夏の、又、この暑い、暑いの、輪掛けての、ダダ暑いの、この時間帯に、無理して、来る事、あらへんです。
正直、ジっとしてたら、足、動かさんかたら、靴がさえ、暑なってもての、足先、チュンチュン。長男嫁が、日傘、かざしてくれてましての。ソレでも、汗タラタラの、ハンカチで、拭きっ放し。
それ程の、強烈なるの、日差しで、暑さで、どもならず。

焼香も10分もあれば、終わったですが。ンの坊様、説教。
いやなあ、このところ、説教流行り。光圓寺住職も、説教するし、ここでも、でして。
後刻、長男と、へえの、説教なるは、ここ、東本願寺の方針になったの哉と。それまでは、説教あらへんでねえ。
少なくともの、菩提寺住職先代の時には、一度も聞いてませんでして。現住職になてからでして。説教あるがです。これも、最初の頃、あらへんでねえ。云うたら、単なるの、世間話をチラとしてたですが。
ここ最近でして。説教され出したがです。ここ最近とは、親父の25回忌から哉と。

そんな事で、真宗大谷派では、即心即仏故、既に、あちらの世界、仏様なれどの、区切り、区切りの仏事では、親族集まり、故人を偲び、話をする事が、何よりの、供養ですと。的なるの、話、説教されて。
ここだけの話の、この暑いのにです。
坊様も大変なれどの、こちも、大変。聞いてるのがです。

終われば、待機されてたの、河波忠兵衛の納骨担当者が、遺骨収納の入り口と、するのか、蓋の周辺の掃除をされて。
イヤ、覗かせて戴いたです。墓石の中の様子をでして。蓋されたら、覗けませぬ故での。ンの、右手の方、親父の袋やろなあと。法名と、共にあってねえ。
母のは、左手になってたですが。
まだまだ、25年では、法名も、袋も、そのままでして。ソレ以外のは、土に帰ってるのか、よお、分からんでねえ。
それで結構の、灰になりての、五十年もしたら、土でして。

ここだけの話、でも無いの。次ぎ、当方怪と。
順当ならばの、当方でして。順当で、結構でして。そは、遠い話でもあらへんでして。
当初、目標なら、75歳辺りで、結構と、思てたですが。ンの、75歳なら、後、ン年。チョと、早い怪と。

そんな事で、納骨担当者、後はやときますと。宜しく、お願い致しますと。
イヤ、蓋は、セメントで、固定されるです。セメントも、強力なのでは無いですが。強力では、次ぎ、当方の時、開けられへんわと。
(15/08/01)


NO.52 仏事、四十九日、納骨の話(6) 「いそべ」の話(1)

余計なるの、上に、余計なるの話。
当家、墓石なるは、昭和59年<1984年>、新調したですが。
それ以前のは、墓石の裏手、台石と称するのかの、下側中央に半円状に取り外しの出来るの穴、石で蓋がしてあったですが。ここが、骨を納めるの穴でして。
新調したのが、「河波忠兵衛」の墓石での。これは、正面、台石の上でして。家紋を刻んだ石で蓋してるです。
イヤ、単に、納骨のための、穴には、色んな方式あるのやなあと、云うだけの話。

この、墓石新調の時、墓開きしたです。
簡単には、旧のを処分。新のに取り替えるに、当然の、「河波忠兵衛」の方にやて戴きの。坊様には、読経して戴きの。相応の手順、儀式を執り行おたですが。
この時には、沢山の親族、集まって戴いて。

そらなあ、31年の昔の話の、その分、親族皆若いわと。
オッとの、コレ、葬儀で無い故、全員、柴田家でして。少なくともの、柴田の家から、出た方でして。叔父が、叔母がと。
叔母ねえ。この時、久しぶりに、京都に来てくれて。結果的、健康とするのか、元気な姿を見たの最後でねえ。
以降、親父が、上の叔父がと、順々に亡くなったですが。
<参考=「不可思議の世界NO.18、からNO.26」桜散る散る、花吹雪の話>


オトトの、そんな話、するの積もりで無くの。この時、墓開きの時、会席の場に選んだが、円山公園の、「いそべ」。
「いそべ」も、京都市在住の方以外、何のこっちゃの話、なれどです。
円山公園からしての、どこなんやと。

「祇園祭」の、祇園で、八坂神社の上手の、円山公園、とか、云うたってなあ。ならばの、知恩院、清水寺なら、分かって戴けるの哉と。
云うたってなあ。一度も京都になんか、行った事、あらへんかたら、名称だけなら、聞いたよなでも、位置関係、分からんやろと。
分からんで、結構の、その、円山公園の右手が、「東大谷祖廟」でして。
当家、墓地から、京都の町、一望に見下ろせるの絶景のと。

それでや、京都の人間なら、円山公園、承知で、「いそべ」も知ってるの筈の、京料理の店でして。云うたって、一見さん、お断りの料亭に非ずの、熱烈歓迎の料亭なれどの。
弁当なら、ヒョイと、入って、注文出来るですが。会席となればの、我々の身分、甲斐性では、チョとなあと。高いわと。
コレ又、上から、下まで、あるけどや。
一番上では、贅沢やし。下では、恰好ワルツの、折角ならの、まあ、中手でもと、見栄張って。その当時、墓開きの時の話やでと。

二階の席、貸し切りでして。
円山公園、見えるで無いけどや。見えて、どなんやと、なればの、まあなあと。
只なの、これが、京料理やなと、思えるの風情でして。手が混んでて、流石やなあと、堪能出来るです。

での、ここには、ソレ以外と、モ一遍、何で来たかは、忘れたですが。二階の席が取れへんでの、一階の席に成ったですが。コレ、思い出さんでねえ。多分なら、年会と、思うですが。
もしかしたら、もしかしての、親父の一周忌哉と。或いは、三年哉と。
どちにしろ、よお、覚えてませんの、「いそべ」も、その程度の、2度哉と。直近のが、親父の三年なら、22年の昔の話やしと。

いやなあ、兎に角、嫁以外。当然の、孫共、知ってる筈はの、是非共の、こんな機会故にと、鋭意決断の、「いそべ」に決めたです。
京料理を堪能させて、やりたいわと。
堪能出来るかは、分からんけどや。出しモノの、好き、嫌いも、あるやろしと。

そらなあ、値段だけでなら、結婚式、披露宴のは、大方、万円掛かるけどや。大抵ならばの、ホテルの料理で、シェフで、洋食主。
京料理なら、料理長でして。和食でして。
との、区分、ええ加減の、適当の、では無い怪の範疇なれどです。
イヤ、洋食、シェフで、和食、料理長なるの、名称がです。

どちでも、結構の、当方、墓参、月参りの、時には、円山公園をも、散策致すですが。致せば、「いそべ」が、そこでして。見たら、見る、見んの意識無くとも、そこやしなの、一度、嫁共にもなあと。
かねがね、思てたの事でして。
念願と、申せば、大袈裟なれどの、近いわと。

披露宴のは、料理堪能、出来ひんわと。新郎、新婦に対するのお祝いでして。主役、そちでして。
余程に気楽な立場での、参列でもや。
基本、洋食と、和食、京料理では、違うんやと。何がと、問おてくれるなの。そんな、通でも、グルメでもあらへんしと。云えるは、雰囲気がと、ダケ、申すです。

とりあえず、当方でさえが、出来るなら、又、「いそべ」でと、思てるですが。ヒョイとは、来られえへんわと。再度の、そんな身分と、違うわと。
云い出したら、方々の、しかるべくの、会席には、出てるですが。諸般、必ずや、参列してるですが。
ここだけの話の、「いそべ」クラスはなあ。ソラ、あらへんでと。

これはなあ。そこ様の墓地、家の場所等々、絡みもあるです。
そらなあ、墓地から、家から、遠く離れたの、料理屋で、会席するもなと。大人数での、移動大変。
当家なら、墓地、家から、離れてるですが。墓地のソバには、相応の料亭あってねえ。ソラ、墓地、京都市内でして。幾らでも、あるです。ピン、切りでして。
ピンなんか、トンでもでして。
モ一発、そらなあの、「いそべ」よりも、マダ、上、あるわと。「東大谷祖廟」右手になら、「菊乃井」がと。本店がと。どんな哉と、メニュー覗いて、一発、嗚呼、嗚呼、無理、無理の、アカンなと。
そんな具合になら、左手、円山公園の、スグのソコが、「いそべ」やわと。


そんな次第の、斯くなるでの。
別段の、一々の、場所説明の必要無くの、「いそべ」なら、皆承知の、納骨終われば、そちらにと。時間的にも、左程の遅れ無くの、13時半から、14時に行けると、申してたのらしくの、その中間には、到着出来そでねえ。

只なの、観光客が多いの場所での。ソラ、祇園、八坂神社、円山公園、知恩院、清水寺等々の界隈での。観光客なるは、車なんか、無視でねえ。道幅一杯に闊歩での、こちからしたらの、困るの事よの。
まあ、慣れてるけどや。

での、「いそべ」の駐車場に到着の、先方の誘導にての、4台、駐めて。
さての、二階で無かってみいと。文句は云わんの、されどの、部屋代も取られるからには、二階やなと。
ほんまになあ、当世、イヤ、以前より、なれどの、相応の料理屋でなら、個室になればの、部屋代がと。コレ、正直、バカには成らずの、総額の1割でして。消費税以上でして。
まあなあの、そんな細々、気にしてたらの、この手、料理屋には、入れぇへんわと。

ででの、二階に案内されの。
ンの、当方、満足やと。
要は、この人数ならばの、貸し切り状態になるが故。
当然の、前回、昭和59年<1984年>当時の記憶がと。
案内されての、貸し切り状態、正解なれどの。チョとだけ、イメージがと。ホンのチョとだけ、横幅、狭なてるみたいな、印象がと。
どでも、ええ事、なれどです。
(15/08/02)


NO.53 仏事、四十九日、納骨の話(7) 「いそべ」の話(2)

話、若干の逸れるですが。
当家、墓石の真向かい様。
10年間、管理費、支払わずで、張り紙張られたはりまして。それが、昨年の事でして。
<参考=「単なる雑談NO.124」NO.1509 気が付けば、アルジであったの話(5) 飯代<はんだい>の話(1)

当方、月参りの、前回、5月の連休中哉の時。
この時、連休故、当家、全員集合での、張り紙、除去されてましての、嗚呼、権利者と、するのか、墓地使用者、連絡あったんやと。
思たですが。此度、母の納骨<7月26日>の墓参で、ンと。
墓石消えてましての、更地にされててねえ。そか、結果的、相続者と、するのか、後継者が見つからんかったんかと。
昨年、張られて、この1年、ダアレも、墓参したはらへんかったんかと。

<参考>にも、チラと、掲載の通り、当家、墓石の新調直前、そこ様が、新調されてねえ。結構広く、当家のホボの倍の面積での。借地権とするのか、使用権だけで、ン百万円でして。ンには、「3」の数字を予測するですが。
墓石そのものは、よお、分からんわと。当家のとは、質、全くの違いの。それでも、ン百万円哉と。

要は、それ程の資産の墓地で、墓石でして。
かと、申しの、墓地なるは、使用権、借地権故に、転売なんか、出来ひんけどや。墓石にしたって、血縁親族以外に、引き取り手もあらへんけどや。

オッとの、そんな話、するの積もりで無いの。
その当時、当家、墓開きの辺りの時、なれどの。墓開きの日では、無いけどや。単に、その辺りでの、月参りの時、一度だけ、その墓にお参りしたはるの、老夫婦、見たなあと。
当家、墓開きなるは、昭和59年<1984年>。
10年間、放置で、張り紙故に、あれから、20年後、何かあったんやと。20年ねえ。当時の、老夫婦の年齢、知らんけどや。70代哉と、したなら、20年も経てば、90代。

にしたってや。
子どもなり、居ずに、大金出しての、建墓する怪と。
イヤ、話簡単の、余程の事、あったんやと。
実は、その一度だけ、老夫婦、見たは、見たけどや。その後、墓参されてるの様子無く。そらなあ、真向かい故に、注視してるです。墓参で、鉢合わせせずとも、樒なり、華、飾られてるかの程度、見てるです。見えるです。

片やの、「東大谷祖廟」は、丸儲け。
年に一度の、公募で、倍率、ン十倍哉の。ンは、「4」とか、「5」と、聞き及ぶわと。
云うたら、当家、ご先祖様、多分ならばの、祖父の代なれどの、よお、確保してくれたなと。感謝致してるです。場所、ええだけになと。当方、大満足してましての。
自慢の墓所なんやと。

それでなあ、一度だけ、老夫婦、見てるだけに、なと。
当然の、苗字なら、墓石で、分かれど、どこに住んだはるも、知らんですが。知りたい、とも、思わんですが。知って、意味無く。
只、真向かい様故、その意味での、ご縁あったのにと。
そんな意味でなら、当家、墓石の、右隣ならの。ここ様、当家、墓開きの、数年して、新調されたですが。

その直後哉に、一度だけ、会おたと、するのか、見たです。
よて、25年程度、経つの哉の、感慨深げに、たたずんだはてねえ。矢張り、その当時で、軽くの70代の爺様でして。コレ又、その一度だけでの、以降、見ず。その親族哉の、婆様2人が、墓参には、コレ又々の、一度だけ、昨年やた哉に、出会したですが。

ここだけの話の、墓参慣れしたはらへんでねえ。
オッとの、コレ以上の、余計なるの話、辞めとこと。

余計の話、逸らせての。
昨日、8月1日<土曜日>、やとで、祭壇の引き取りに来てくれて。セレマからです。
ソラ、四十九日が過ぎて。納骨終えまして。祭壇、不要での。これあると、片付けと、するのか、整理整頓も、ままならずの。
にしても、この祭壇、使い終われば、処分と、するのか、廃棄なんやねえ。担当者が、コレ、どします。コレはと、一々の聞くし。変やなと。思てたら、中には、コレ、残しといて頂戴なと、申されるの事、あるですて。へえと。
残すもなあ、用事、終われば、邪魔でして。
当家には、仏壇あっての、ソレで、充分でして。

それよりも、やとで、本格的、母の持ち物、保管品の整理整頓でして。
まずは、写真でねえ。これも、あちこちから、見つかって。過日の、納骨の日、納骨、終えてからの、「いそべ」で、その写真も、披露してねえ。
披露結構の、さての、これら、写真も、鋭意決断の、片っ端から、処分せねばの、膨大でして。よお、こんなに沢山の写真、持ってるなと。ンの、我が写真で、消えた、紛失かと、思てたの、までが、出て来てねえ。
困るの事よの、母なんやと。

イヤイヤ、衣類なら、ホボの終わってるですが。写真が、マダやったんやと。
コレに類するだけで、ゴミ袋、2つでして。コレ又、当面、アルバムの厚いのもあっての、順々に処分しな仕方が無いなあと。オッとの、全部は、処分しやへんけどや。
当方の軽くの、ン倍はあるなあと。当方なんか、最近、特に、写真なんか、あらへんでして。
出不精での、どこにも、行かずがあるけどや。その辺り、母、方々にで、或る意味、羨ましいなあと。
そらなあ、出不精も、資金さえあれば、行きたいわと。年に一度程度ならなと。

オッとの、そんな事で、真向かい様、更地になてもてての、「河波忠兵衛」の方に、ここ、踏んでも、ええのですかと。
いやなあ、当家、納骨での、この場に、13名が来てまして。墓石消えての、更地故に、遺骨は、しかるべくのと、思うですが。余所様のと、感覚的にで、確認しとく方がと、尋ねたですが。
イヤ、結構ですよと。そですかと、安心して、更地にも陣取れて。


斯くなる次第の、斯くなるでの。
「いそべ」での、会席なるは、是非共の、嫁共にもと。味おおて欲しいなと。味あわせて、やりたいなと。
過年には、嫁はんも、妹も、ええなあと。ええモノを、ええ料理を、一寸ずつ、味わえるは、ええモンやなと、口にしててねえ。
そらなあ、出来るの事なら、諸般の行事で、ここにするの手もあるけどや。懐具合がなと。そは、許せんわと。

での、コレ又、話逸れるけどや。
当世、流行りのグルメ番組にての、アイドルが、単品、ン千円。コースで、ン万円も、のを、一口して、嗚呼、美味しいと。絶賛してるですが。ソラ、そやろと。秀逸の食材をば、一流料理人が、時間と、手間掛けて、料理するのが、不味い訳あらへんわと。

コレ、受け取りよ、なれどの、当方でもが知るの、こんなアイドル、高名ゲーノー人なら、一流レストランの特別室、プライベート・ルームで、番外の特別メニューで、食事するなんか、特段の珍しくもあらへんやろにと。
我々、庶民感覚ならばの、単品、ン千円のなんか、よ、注文しやへんでと。

そもそもがの、そんなレストランになんか、一生で、何度、入れる哉の、「いそべ」でさえが、「清水の舞台」から、飛び降りるの決断やのにです。
本物の、「清水の舞台」なら、ここから、歩いて、二十分哉の距離にあるけどや。飛び降りたら、打ち所、悪けりゃ、死ぬるけど。大抵ならばの、骨折怪の。骨折も、下手したら、再起不能怪と。
そんな決断、よしやへんけどや。
いやなあ、皆が、美味しそに、食してくれてるを見てるだけで、こちも、嬉しいわと。決断したの、甲斐あったなと。

での、ででの、兎に角、この猛暑で、喉渇いてねえ。
その前にや、一応は、挨拶も、せねばの、しんならんなと、ダケでの、特段の、文言、考えてえへんでねえ。
「本日、お忙しいところ、母、智の、四十九日で、納骨に参列して戴きまして、有り難う、御座いました。」と。
そこまでは、結構の、麦酒なり、注文したのが、居てへんでねえ。当方、頼みたかたけれどの、皆から、えと、疑念の眼差し、集中での、ンの、ノン・アルコールの麦酒に変更したですが。
まあなあ、別段の、飲み助でもあらへんでして。

ここから先、云うの事、あらへんでの。
納骨では、諸般の書類、忘れてもての、明日、持参するですと。
とまでは、事実上、述べての、いやなあの、お目出度いの場、席でもあらへんでして。デハ、皆様、乾盃をと。とも、云うは変やしの。
後は、ン十年ブリの、「いそべ」ですと。堪能されたしと。
とも、変やけどの、気持ち、そのまま云うてもたわと。
(15/08/03)


NO.54 仏事、四十九日、納骨の話(8) 「いそべ」の話(3)

余計なるの話。
としたなら、全部が余計なるの話、なれどです。
ここでは、本題に非ずの些末なるの話、と、しとくですが。

イヤ、席順の事での、「いそべ」に入りの、二階に上がりの。上がったは、当方、一番の最後になてもてねえ。
上がったら、皆、立ったままやし、ンの、ソかの、席順決めたらんとなと。
こちは、主催者故、下座でして。パと見たら、とするのか、開いてた襖から入って、右手、奥の方に、床の間故、ここが、下座かと。
イヤイヤ、大きな声で、皆に聞こえるよに、申してるです。その方が、ハキリと分かる故での。ほならの、女将哉が、いえ、こちは、上座で、あちらが、下座ですと。えと。
よ見たら、こちにも、床の間あってねえ。

何を意味するかとなればの、二部屋を空けてくれたはったんかと。
にしたって、出入りしてるの襖の方が、下座と思たですが。これは、階段から、近いのだけの便宜的出入り口やったんかと。
どちにしたって、女将が、そのよに、申す故に、ほならと、あっちが、下座やしと。柴田家の面々、そちの方に移動致しの、妹家、上座にと。

モ一発、子ども達のは、席の中央に設えてあっての、丁度、宜しくて。
イヤ、大人の人数、6名、6名でねえ。
イヤイヤ、子ども達のが先に出て来たけれどの、正直、量、多てねえ。豪華でねえ。美味そでねえ。へえと。ええなあと。

ここだけの話、でも無いの、孫君3号、喰い助なれどの、それがさえ、四苦八苦。直前まで、熱出して、ひっくり返ってたもあるですが。
オッとの、ひっくり返ってたか、までは、知らんけど。
大人なら、そは簡単に、熱下がらんけどや。子どもは、回復早くの、すぐにも、元気になるねえ。喰い終われば、皆、走り回ってねえ。お母様方、追い掛けるに四苦八苦。
制止して、大人しいなんか、ならへんわの。しやへんわの、益々の、隙伺いの、走り回ってねえ。

その辺り、女の子は、大人しいねえ。
期せずしての、一番の年長、孫娘で、小学2年生。一番の下が、姪の娘で、何歳哉の、モすぐにもの、2歳やたの哉の、これは、まだ、走れへんし。
その間の、孫君3人、姪の子と合わせの、4人の男の子が走りまくりの、コラコラと。
このコラコラとは、当方での、運動場と、違うしなと。「運動場」なんか、意味分からんと、思うのけどや。

云うて、聞くよなでは、情けないもあってねえ。男の子やしと。かと、申しの、放任では、尚、情けなく。爺婆、親がです。「いそべ」やしなあ。余所様やしなあと。襖でもにぶつかり、破ってもたら、困るし、転けて、怪我されてもなと。こちも困るし、「いそべ」もなと。
この辺りの兼ね合わせ、加減が難しいねえ。
歳は違えど、似たよな、歳での、走りまくりも、遊びでの。又、それが出来るの広さもあって。喰てもたら、遊ぶしか、あらへんしと。

ほんまやでの、母親が、制止するに、追い着かんわの。追い着くに、親が一緒に走りまくる訳にもいかんやろな。
二階の部屋、余所様、客が居てへんで、助かるけどや。

ほんまやでの、怒鳴り散らすもなと。
走って来て、抱き抱えたって、するりと、すり抜け、遁走でして。
賑やかで、結構もあるけれどの、兎に角、備品を壊したり、ぶつかって、怪我されても、困るの事よの、難儀やねえ。
そらなあ、相応の歳に達しの、コレでは、アホかと、成るですが。親の教育、成ってえへんぞと、不愉快にも、成るですが。
孫君1号が男の子の最年長で、来年で、小学1年生。最年少で、3歳にもなてないの、孫君3号。

兎に角、ガツンと、一発、雷落とすの手もあるですが。
そんなモン、瞬時の効果の、スグにも、走り出すは目に見えてての、それが、この年代の男の子でして。
冒険心旺盛の、そやから、怖いもあるですが。それが無いは、別途の心配がと。この別途の心配、あるの方が、数段に困るの事よと。

いやなあ、話、ドンドンの、逸れるですが。孫君3号も、日本語喋り出してねえ。
従前より、親が、こちが、云うてるの事、殆ど、理解してるの風情では、あったですが。これが、喋り出したら、ウルサイやろなあと。

オッとの、大人の、若干一名、喰うが、遅てねえ。
それもあるけどの、母の写真、又、出て来たと、皆に見せたりでして。
基本、若干一名、喰い終わったの辺りで、又、概ねの、写真も見終わったの辺りを見計らいの。一応の、解散宣言の。そらなあ、退席、特段の急ぐ事もあらへんですが。時間制限されてませんでして。
只なの、ズルズルの、ケジメ無くの、延々のこのままにしてるの訳にもでして。

イヤ、難しい解散宣言に非ずの、「本日は、有り難う、御座いました。」
直近なら、初盆、8月8日<土曜日>、光圓寺住職に来て戴くにしてるですが。これは、当方のみでの、予定してるですと。言外には、わざわざの、来て戴くの事は無いの意での。
その次ぎとなればの、百箇日なれどの。コレは、どするも決めてませんですと。
以上ですと。

いやなあ、事実、百箇日をどするやは、具体的には、マダでの。もしかしたらの、初盆同様の、当方のみでと、考えてるですが。
皆でと、なればの、一年でして。一周忌でして。
現在唯今、そんな先の事はと。とりあえず、現在唯今の、無事に、四十九日で、納骨を終えたの、ホと安堵でして。この時には、書類上の手続き、終わってえへんしで、中途半端状態なれどです。

それもあるし、祭壇処分で、諸般の、遺品整理の本格化でして。
本格化も、ゲと成る程に、沢山あって。廃棄するにしたって、一気、無理。残すべきは、残すですし、相応の日数掛かるわと。

オッとの、それでや。
確かに、四十九日、納骨の辺りでは、当方の気分的にも、落ち着いて来てるなと。
とするのか、家に、遺骨あると、落ち着かんわと。線香焚かんならんし、お供えもと。諸般のお守りをしんならんし。遺骨あるの間に、ガンガンと、処分するも、はばかられの、遠慮致すわと。
ソラ、母、そこに居てるよな感覚での。
ソラソラ、納骨までは、母の部屋に祭壇で、遺骨安置で、法名、遺影飾ってまして。

納骨にての、遺骨、法名、無くなったけどの。遺影をどするやと。
オッとの、廃棄はしやへんけどや。小さい、写真も、スタンドに入れての、セレマから、戴いててねえ。
そらなあ、仏壇無ければ、祭壇を廃棄せずの、そこに暫くでも、1年でもの。何なら、2年、3年でもの、飾てやるですが。仏壇あれば、基本、そこ。最早の、ご先祖様の、一員でして。
母のだけ、写真飾るもなと。
ほんまやでの、当家、ご先祖様、母1人と、違うんやと。

オッとの、そんな次第の、挨拶終われば、皆、適当にの、帰り支度の、出てもてから、忘れモノは無いやろなあと。前回、親父の25年では、妹のハンカチ一枚あったけどや。コレ、見た積もりが、ミスってての、仲居さんが、上座にありましたと。
での、此度、あったなあ。見つけたなあ。姪の子の、持ち物がと。
最後、長男と、甥の、三人で、点検したの結果での、見つけたは、甥。
(15/08/04)


NO.55 仏事、四十九日、納骨の話(9) 遺品整理の話

さての、遺品の本格的整理。
整理も、処分が主なれどです。
衣類なら、粗方の処分、終えてまして。
形見別け的、妹にも、渡ってまして。云うたって、礼服的なるの、モノだけでして。

謡曲の本、これの一部、20冊か、30冊なんかなあの、それは、棺に入れたですが。
全部なら、ン百冊あっての、処分しな仕方があらへんわと。燃えるのゴミとして、袋に入れて。それを、ゴミ袋にと。

問題は、写真でして。膨大でして。
勿論の事、全部を廃棄は致さんですが。さての、どれを残すやと。
方々に旅行して、記念写真、団体さんで、撮ってもろての、一枚、千円哉のが沢山あっての。何度でも、申すの、北は、北海道、南は沖縄までは、行ってえへんですが。
宴会での、写真多くの、周辺の人、皆目のと。そんな写真、残したって、仕方があらへんし。

かと思えば、京都時代には、その昔、町内会から、バスで、近在に遠足したですが。その写真があってねえ。
京都時代、そのものが、その昔、なれどの、それでも、更なるの、その昔の話の、当方、小学生時代まで哉と。皆で、遠足にと。
写真見たら、嗚呼、隣の小母さん、小父さんが写ってるですが。コレ、見て、分かるは、当方、妹程度でして。強いてなら、叔父哉と。
それも、くどいけど、50年、60年の昔の写真やでと。今時、生存してるの怪と。
まあ、云うたら、その町内会に戻れるなら、あってもええけどや。ホボの、戻れませんです。残念、無念なれどです。ならばの、処分するかと。

なるけれどの、微妙なるは、当時の家の前で、撮ってるの写真もあったりでして。
懐かしの写真では、あるですが。その家、遠の昔にあらへんわと。コレ又、残念、無念、なれどです。
そらなあ、自身の、生まれ、育ったの家、無いは、寂しいぞと。戻れえへんも、寂しいぞと。

トッとの、祖母の写真もあってねえ。
梅干し婆の写真なれどの。コレがなあ、何の時哉の、三姉妹揃ての、写ってたりで、フウンと。
コレ又、写真見て、誰と分かるは、当方、妹、叔父の三人でして。
とは、云えどの、これはなあ、残しとくかと。親族故でして。

あるいは、母方、伯父達と、その当時の、妙齢の美女が親しく、写ってるの写真あっての。この女性の嫁入りの時の写真もでして。コレが、誰か、サパリの不明。
様子からして、津崎家にご縁の女性と、思うですが。
多分ならばの、年代的、当方、既に、居たとての、ご幼少に過ぎての、皆目での。
以降、付き合いあらば、当方承知も、あらへんでして。以降とは、婚礼しての以降でして。多分なら、遠くに嫁に行ったの怪と。
兎に角、顔見て、嗚呼とは、思い出さんです。
思い出すは、町内会の小父さん、小母さん連中でして。それも、若い、若い時の写真での。大抵ならばの、生きてたら、百歳、百歳に限りなくの、近く。

それでや、我が息子共が、我が祖母、その三姉妹の写真見て、分からんやろな。
分からんでもの、血縁親族、ご先祖様なんやと。
特には、祖母のは、当家がこそ、残してやらんと、誰様、残してくれるの哉と。

とかとか、一枚、一枚、考えてたら、切りあらへんでして。
鋭意決断の、心鬼にして、掛からんと、際限あらへんわと。エイの、ヤと、処分、処分の、オッとの、親族の写ってるのは、残してるですが。これだけでも、又もやの、ゴミ袋、一杯の、部厚いの、アルバム故、それも、処分せぬ事にはなと。

それもあるし、華道の免許証とするのか、段階、段階にての、証書があって。準教授とかのが、最高位哉の。それで、先生出来るで無いけれどの、コレ又、どするやと。全部、お金で、階級戴きの。
但しの、ダケの事での、エイの、ヤと。処分しな仕方が無いわの。
そら、諸般、出来るわと。くどいけどの、年金全部、自分の事、だけに使えたんやでと。
さもなくばの、方々に旅行したり、稽古事なんか、出来るモンかと。アクセサリーも買えるモンですかと。余所様には、気前良くの、上げるが出来ひんわと。
こちは、金貸せ、借金作って、返済、こっち。
イヤ、その当時には、特段のと。家族故、親故と。

結果的、何が残るか、分からんけどの。
残したいのが、一点あっての、母ので無いの。祖母の裁縫道具箱。
最早の、ボロボロでの、保管状態悪いがためで。いやなあ、祖母のが、あらへんのや。あるには、あるけれどの、ソレ、満州で戦死の叔父<次男>からの、葉書と、戦死の報告書と、白樺の、ペン筆でして。
要は、戦死の叔父のを、息子のを、後生大切に保管してたんやと。
結果的、この叔父が、祖母にとて、一番の親孝行したになるですが。理由、恩給。そやけど、死して、ではなと。

での、この、ボロボロの裁縫箱見たら、祖母想い出し。
80歳で、他界したですが。その一年前に、交通事故での。その経緯、バカバカしいの。加害者の云い分、止まってるの車に母がぶつかって来て、勝手に転けた、ですて。それまで、その歳で、裁縫してまして。
祖母のソバには、常に、その裁縫箱での、祖母の宝物的、道具箱。

コレ、残して、何になる怪の、モノなれどです。
変な話、祖母に対しては、ええ想い出しか、あらへんでねえ。
朝飯、喰わせてくれたも、祖母での。祖母、寝た切りになて以来、母からは、喰わせてもろてえへんでの。結婚して、嫁はんからでして。

ほんまやでの、母、寝坊助でねえ。
通学、通勤の時でも、寝てるわと。
そして、兎に角、無理難題、ばかり、口にしての。究極、後年、晩年の、親不孝者、虐待してからにと、呪い殺してやる、化けて出てやるでして。
これは、云うたら、あかんなの、占い師の先生から、感謝したはります。大往生ですと、聞いて、安堵してるですが。諸般諸々の、特には、これがため、ええ想い出あらへんわと。強烈に過ぎて、他は霧散。

オッとの、くどいけどの、その上での、親は親での、正々堂々の、最優先に、して来てるわと。大切にして来てるわ。して来たわと。
自信持てるわと。真似出来るモンなら、やてみいと。まあ、無理難題也と。

死んでからも、尚、膨大なるの、費用掛かってるなと。特段の、母のためと、思ての事で無いけれどや。
結果的になら、そのためも、あるけどや。
この機会を利用しても、あるです。

にしてもの、既に、大部分のが、無くなったけどや。
イヤ、葬儀費用として、貯めてたの資金がや。まだ、底突いてえへんけどや。よお、ここまで、貯められたな、貯めてくれたなと。
嫁はんに感謝。
(15/08/05)


NO.56 仏事、四十九日、納骨の話(10) お婆ちゃんの針刺しの話

平たくに、お婆ちゃんの針刺し。
針刺しも、分かり易くなら、裁縫道具箱。

明治の人で、生きてたら、128歳哉と。
針刺しを片脇に、家族の衣類等、繕おてたです。
当世の如くに、破れたりしたら、新しいのを買うの習慣無く。兎に角、繕い、繕いでして。トコトン、使いまくるです。
よて、遺品の衣類も、貴重品でして。
その辺り、日本の伝統的着物は、寸法、どにでもなるですが。洋服は少々、難しいねえ。

イヤイヤ、基本、モノを買うとするのか、コレ、贅沢でして。うどん屋で、うどん喰いに行くも、贅沢でして。
その替わりに、客人来たら、うどんなり、寿司取ったり。コレ、出前。
熱烈の歓迎を意味してるですが。
まあなあ、大体が、チョと遠方の方が、時分時に他家訪問、チョとなあと。ズラすが、心得哉と。コレ又、諸般のケースあるけどや。
チョと遠方も、どの範囲で、親<ちか>しさ、あるやろなと。

オトトの、こないな具合に、チョと脱線で、横道逸れて、ドンドン逸れるが故、収拾付かんよに相成るです。
軌道修正での、話、元に戻しの、その、祖母、お婆ちゃんの針刺しの修繕をと。結果的、使いモノに成らんの可能性あるけどや。それは、それで、出来るの事、してやろかと。
そらなあ、折角の、ここ、この場にあるです。あれば、ポイと、燃えるのゴミで、処分するは、簡単なれどの、まずは、補修出来るの範囲でしてやっての、場所あれば、飾っとくもなで、小物入れにでも、出来るなら、してやろ哉と。

とりあえずは、サンド・ペーパーと、セメダインを買い求めの。オッとの、ニスもいるですが。
まずは、ホコリ等々、拭き取りの、綺麗に水洗いでもと、着手し出したです。
し出したら、引き出しの金具も、歪んでてねえ。歪みを見たら、直す以前の、これを、ここを、お婆ちゃんが、何度も、何度も、触ってた、出し入れしてたんやと、思えば、尚更の、ほかせんよになてねえ。

ほんとに、小さな、引き出しでねえ。
そらなあ、ボタン、ハサミ、指差し、糸、等々、その程度と、もしかしたら、小銭でもを入れてた程度の、引き出しでして。大きなものは、入らんわの。ンの、直して、何を入れるの怪の、代物なれどです。

肝心の、針刺し部なるは、取れてもてて、あらへんけどや。
本来ならばの、この小箱の横手に、棒一本の先に針刺しやけどです。その棒諸共に取れててねえ。
取れた箇所の板が、ささくれ立ってて、ソゲでも刺されば、困るの事よで、サンド・ペーパーで、剃り落としてやろかと。その上で、ニスでもと。要は、完全復元致さんですが。単に、小物入れと、だけでして。その小物も、何を入れるの怪と。
使い捨てのライターか、残薬怪と。残薬置いてたら、次男夫婦に叱られたり、するかもと。あかんでと。


での、初盆、祥月命日でもあるの、8月8日<土曜日>接近での、従兄弟より、初盆にと、線香、送って来たり。線香では、抹香臭いからと、生ハム送って来たりで、有り難い事。
それもあるし、香典返しも、届き出しての、御礼の電話とか、メールをくれたりと。メールは、嫁はんに、なれどです。
とかとかで、まだまだ、母の葬儀の延長戦継続なれどです。

いやなあ、それでや、忌中の、四十九日は、7月27日に執り行いの、経過したですが。
町内会の、「夏祭り<8月22日>」は、さての、どしょかの、まあなあ、祭り故に、忌明け直後でも無いけどの、遠慮しとこかと。

いやなあが、モ一発の、ここからが、少々、難しいなあと。
忌明けは、四十九日なれどの、喪中なるは、基本、13箇月とされてるですが。忌明けが過ぎたら、喪中期間に、一般生活に戻るよにと、されてるですが。
要は、神社参拝も宜しいと。
そやけどの、矢張り、諸説紛々の、「夏祭り」は、忌明け直後故の、遠慮で結構の。
次ぎなるの、「秋祭り<10月16日>」、大井神社の、神輿をどするやがあってねえ。百箇日も過ぎてるしの、考えあるには、あるけれどの、喪中、13箇月は、過ぎてえへんしと。

そらなあ、諸般の考えあるですが。
四十九日、神道では、五十日、過ぎれば、諸般結構也と。
されどの、喪中葉書を出すやろなと。コレ、年内の事での、ここでは、13箇月が生きてるわと。
喪中で、「おめでとうございます。」も、云えへんわと。

云うてるは、厳密に守るの事も、あらへんけどや。
「祭り」等々、派手なるは、避けるべき哉と。
イヤ、当方なら、余所様、喪中で、神輿担ぐも、神事に関わるも、別段にの、構わんと、思うですが。コレ、世間体あるわいなと。
神社の神主が、構わんと、云えば、構わんけどや。再度の、そんな事、余所様一々の詳細、裏事情、知らはらへんわと。

いやなあ、インターネットで、検索、探索の、どんな見解、あるかを、調べたですが、両極端。
50日、過ぎたら、忌明け也と。
片やで、1年間、或いは、13箇月はと。

基本、気持ちや、気持ちの世界での。世間体もあっての、「秋祭り」と、来年の、初詣は、遠慮するが、無難哉と。
まあなあ、「芋煮会」の、「収穫祭」なるは、特段のと。神社で、執り行うで無くの、仲間内での話の、当方、飲みもせずの、車での、送迎担当。

オッとの、ならばの、町内会の、運動会は、どするやに相成るですが。
イヤ、選手としての、出場なるは、大いに協力致すですが。その後の、慰労会がなと。この辺り、限度ギリギリの、セーフなんやろか、アウト哉と。
ここらが、よ、分からんわと。
別段にの、祭りでは無いにしてもの、祭りみたいなモンでの、「慰労会」とは、宴会でして。この時なら、送迎致さん故、当方も、飲むけどや。チョとダケなと。

とするも、我が組、組長の顔もあるやろしと。
諸般、諸々の、お世話になったも、あるやんかと。それこその、神社に無関係の、運動会でして。
これも、別途の、気持ちや、気持ちの世界やわと。我が組で、運動会の、「慰労会」に出るヤツなんか、当方以外、居てへんでと。
そらなあ、自身、組長なり、役したら、分かるわの、ダアレも、出てくれへんかたら、寂しいモンでして。

オトトの、結果的、話、大いに、逸れたけど。
基本、万事、世間体でして。気持ちや、気持ちの世界でして。
自分だけなら、どでも結構の。余所様が、どされよと、勝手での。当方、ソレに対しの、とやかくの申さんけどや。
諸般、口にするの面々、居てるがな。
(15/08/06)


NO.57 初盆の話(1) 嫁の味方するぞ宣言の話

イザ、補修しよと、モノ、重々見たら、方々、補修の跡あって。
オトトの、お婆ちゃんの、針刺しの事。

お婆ちゃんが、補修したか、多分なら、親父なり、叔父が命じられたんやろ、なあと。
オッとの、もしかして、もしかしたらの、当方かもと。

いやなあ、この、針刺し、元は、釘一本も使て無いです。正確には、金属製の釘はで、ほならの、板と、板の合わせとするのか、繋ぎはどしてあるの哉と。申せば、専門用語、分からんの、木釘哉と。
双方の木に穴開けて、木を通してるです。フウンと、感心致すですが。接着剤も使てえへんのやなと。

補修で、釘打ってるですが、下手でねえ。斜めになって、或いは、場所ズレて、相手の木が、割れてもたり、曲がってもての、スカ打ってたり。
この下手のは、当方哉と、反省したり。
要は、手元、狂てるし、釘結構も、長過ぎるもあてねえ。

いやなあ、セメダインで、くっつけたろかと、画策の、既に、買い求めてるですが。微妙に反ったり、してるが故に、しんどいねえ。ならばの、紐で、固定するなり、したら、宜しいですが。そんな程度で、ビシリ、バシリと、隙間収まらんわと。
明日にでも、今度は、適当なるの、釘でもと。

とかとか、お婆ちゃんの大事な、大事な、針刺しでして。
とは云えどの、針刺しとしては、モ使わん、使えんけどや。嫁はんにしたって、当世のええのを、所有してるです。
よて、適当なるの、小物入れにでもと、考えてるのダケなれどの。
イツから、使てたのかの、少なくともの、半世紀以上の昔でして。その気で、見たら、ホントに、ボロボロ。形、引き出し、入れて、恰好付けたら、引き出しが、入らん、出んで、微妙に寸法がと。
まあなあ、固いのは、削ってやればの、他にも、多々、補修すべきの箇所あるの。問題は、如何にしてと、方策悩むです。

何ちゅうても、工作するは、ン十年ブリでの、この手の作業、自慢や無いけどの、苦手でねえ。
よて、先にも、云うてるの、釘の位置、ズレてもたりは、当方犯人哉と、反省したり、してるんやと。コレ、時空超えての、真剣なる、大真面目の、反省でして。
まあなあ、その時には、見掛け、上手く、修繕出来てたんやろなあと。

での、その話は、本日、ここまででの、釘調達、明日でして。
ついでになら、この猛暑、酷暑の毎日での、作業、やてられんもあての、遅々として、進んでえへんですが。やる気だけなら、満々でして。


ででの、嫁との、相性の話。
相性ええと、占い師の先生申すも、重々分かるです。
ここが気にいらん、あそこが、何たると、この言葉使い、けしからん。
等々、全くのあらへんでねえ。とは、極論に過ぎるもあるけれどの。ソラなあ、人間故、多少なら、あるけどや。

要は、ええ嫁でありの、娘と、思てるわと。
軽くの、合格点付けてるわと。合格点も、60点以上と、するならばの、60点は軽くの、あのなあの、そんなギリギリの水準に非ずの、満点近く。近いとは、100点満点の、100点では無いを意味するけれどの。
再度の、先の通りの、完璧はあらへんわと。望んでえへんわと。そんな出来過ぎの嫁なんか、こちが、困るの事よと。

話簡単の、嫁のここが気にいらん、あの態度、反吐が出るわの、あれ、何者怪と。
コレ、嫁はんも、当方も、全くの感じてえへんでねえ。
コレ、当初からでの、その当時からの印象、現在唯今に至るも、不変でねえ。その、当初、当時とは、初めて、面談とするのか、見たと、するのか、話、したの、時の事、云うてるですが。

云うたら、そらなあ、多少の仮面なら、被ってるやろと。
現在唯今でもや。
被ってたって、時と共にの、チラとでもの、素顔見えるわと。ここだけの話の、その、素顔、本性とするのか、チラなら、見えてるわと。延々の被ってられるのモンかと。
オッとの、そのチラ見えも、当たり前の範疇での、気に障るの話であらへんわと。見えて来るの方が好ましく。イツまでも、延々の仮面、幾重にも、被られてたら、困るの事よの、その辺り、考慮も、重々の、満点、花丸でして。

での、当方、一体、何を云いたいかと、なればの、ハキリと、世間に自慢出来るの嫁でありの、娘也と。
ここからは、嫁とか、娘とか、二重辞めの、嫁の一本化致すですが。適宜、娘にする哉と。

大体がや、パと見て、ゲとなるよな女の子なら、息子には、悪いけど、辞めとけと。苦労するぞと、忠告の上、結婚には、相応の反対の意思表示致すわと。
その上で、当人同士がええなら、徹底抗戦致さんですが。
云うたてなあ、息子の嫁、我が娘と、最初っから、その概念でして。こんなのが、外見だけでもの、娘となてもの、一緒に外によ出んわと。
では、最初っから、あらへんわと。

云うてるは、見た、会おたの、その時から、へえと、フウンと、気にいってるわと。こっちがなと。
コレ、外見だけを云うてるでは無いの。外見もあるけどや。外見見たら、中身も概ね、出てるわと。話、したら、尚、分かるわと。相応の年月経て、悪い箇所、目に付くどころか、ええとこしか、目に入ってえへんわと。
との、表現、チョと、問題あるけどや。

トッとの、嫁、2人なれどの。当然の、外見も、中身も、違うのけどや。違うで当たり前の、別人でして。
ここまで、してるの話、その2人を、頭に想定で、云うてるわと。どちか、一方の事に非ずの、花丸でして。当初から、気にいってるわと。
そして、この思い、我が嫁はんと、共有してるです。

コレ又、話簡単の、ここだけの話、でも無いの。
嫁はんと、2人して、嫁の、ここが、あそこがと、あげつらうのよな、気にいらんなと、そんな話、出た事も、した事も、あらへんわと。
むしろの、反対の、よお、やてくれてるなと。ほんまやでと。

さもなくばの、諸般の、相談されて、必ずや、味方するとか、宣言の、云うもんかと。
云うとくの、当方、自分の言葉に、責任持ってるわの。適当、思い付きで、こんな話、口外するのモンかと。

ほんまやでの、そこらのと、一緒にすなよと。
この時は、この気分で、こんな事云うて。別の時、別の気分で、正反対の事、云うて。云うた事、皆目の、へえの、そんな事、云うてえへんわと。するよなの、無責任人間で、無いは、息子共も、嫁共も、分かってる。
とは、思てるですが。
それも、皆の居てるの場で、云うてるわと。
事程左様の、思い付きみたいな、では無いの。軽々には、云うてえへんわと。
相応の決意表明でして。

ンの、何がためと。
ホントの、ホントは、これが、問題やろな。
オッとの、その時、外郭ならばの、申してるです。
以て、当方、子として、夫婦としての、責任果たしたと。ここでの、意味、親をば、無事に見送れたと。
今後は、次世代也と。
イヤ、別段にの、従前、次世代軽視してへんのけどや。
(15/08/07)


NO.58 初盆の話(2) 火の玉になるぞの話

お婆ちゃんの針刺しの修繕。
コレ、どんな具合に、どこまでをがあるですが。
当世なら、貼り合わせ、多分なら、接着剤なんやろなあと。

されどの、先にも、申してるの、木釘でして。
木釘故、元の板、箱、引き出しと同色でして。諸般、見てて、感心致すです。当時の職人、大したモンやと。
オッとの、ニス的なるは、塗ってるですが。その他、表面なるは、装飾してるですが。
その木釘が損傷での、外枠の箱が、壊れて来てるです。

イヤ、当方、職人に非ずの、只の人故、釘を使いの修復なれどの。その釘も、ハタと、物置小屋の、と、する程のでは無いの、単なるの、イナバの物置なれどの。そこに置いてるの、道具箱に、釘あったなと。
思い出しての、探し出し。
ンのまの、2センチでして。1.5センチ程度なら、行けるの範囲での。2センチなら、チョと長めなれどの、結構哉と、行動に移すにしたです。

ラジオ・ペンチ、金槌、ニスもあるしと、前庭に運び出し。
炎天下故、影のある場所にて、とんとん、かんかんと。手元狂い、横向きになたりしたら、先の、ラジオ・ペンチで、引き抜いて。板厚どれ程やろかの、5ミリ程度哉の、少々、狭くて、難儀なれどの、まあなあ、この幅、厚さなら、なと。

にしても、どみても、下手な、補修してるの誰かさん。
釘が、何箇所か、打ち付けてあての、その1箇所、2箇所、ズレあっての、はみ出してるですが。多分なら、当方の仕業哉の。記憶は無いけれどや。
やたとしたら、中学生辺り哉と。
お婆ちゃんに頼まれ、命じられの、気前よ、したと、思うけどや。出来映え、確認してへんかったんやろなあと。しとくですが。コレも、ラジオ・ペンチで、抜いてもて。

当然の、組立出来たら、ニス塗って。
それも、二度、三度と、塗りまして。大方なら、完成と、するのか、出来たですが。最下段の、引き出しの表面部、浮いててねえ。
イヤ、多分なら、引き出しの表面部には、何か、布状のが、貼り合わせてあっての、それが、剥がれて来てるです。
そらなあ、使わんよになっての、半世紀。多分なら、お婆ちゃんが手にして、使い出しての、1世紀以上哉の、モノでして。当然でして。
そらそら、その当時、明治の時代ならです。針刺し持っての、裁縫なんか、少女時代から、してたのでない怪と。道具そのものは、何歳から、自分のを、持ったかは、知らんけど。少なくともの、嫁入り道具の中には、入れてたやろと。
では、無いの怪と。

その補修、割れの箇所は、後日に致すにしての。
さての、嫁に助太刀致す宣言の話。

云うまでもあらへんわの、息子共に対しの、何かあれば、遠慮すなと。云うて頂戴なの意なれどです。
そらなあ、諸般、当方、嫁はんでもや、はらはらするの、態度、言動。息子が、嫁に、する事、散見してるわと。よお、そんな事、云うなあと。
従前、その事、どのよに、思てたかと、なればの、親が下手なる口出し、するは、辞めとこと。とするのか、正直には、若干の逡巡、多少の遠慮あったわと。
はたまたの、こちが、どのよにと、判断するに、行動するに、困ってたと、するが、正解哉と。

そらなあ、基本、夫婦間の話やわと。
されどの、でも無いも、重々の承知。
間違いは、間違い也と。息子共の言動がや。とは、思えどの、息子にも、自尊心なるがあるです。ソバには、子ども達も居てるの場で、それは、おかしいぞと、ガツンの説教も、なと。
加えての、そこで、息子共から、反論されてみい。こちも、引っ込み付かんわと。
或いは、嫁が、それを納得してたら、こちが、浮いてまうわと。アホ怪と。
とかとかは、諸般、考え過ぎ哉の事もあっての、基本、息子共の家庭内の、事也と、するも、異なるの、表現なれどです。

云うたってなあ、息子共、嫁共、最早のええ歳やと。
ハタと、こちも、相応の、ええ歳やと。人生、そは、長くもあらへんは、重々の認識してるわと。長くの云々、こちの、寿命の話やでの。

ならばの、方針転換、致すかと。
どんな具合にかと、なればの、話簡単、当方居てるの場で、変と、するのか、ソラ、あかんやろと、思うの事、言動あれば、誰が居よと、一切の、遠慮も、配慮も、致さんと。
するの必要性、あらへんわと。
オマエ等の、親也と。
その手の事で、誰が、一言、それはなと、口出し、出来るかと、なればの、親以外あらへんわと。別段にの、息子、嫁が、憎たらしいで、云うで、あらへんわと。
オッとの、基本、嫁の味方なれどです。そらなあ、諸般、あるわと。
オトトの、方針転換にての、細々、箸の上げ下げ云々、荒探し、してまでの、までは、申さんですが。嫁共から、話あれば、別途の事、なれどです。


当世、良くも、悪くも、親の目、希薄也と。
口出し、しん過ぎてるの傾向、益々の、深みにはまってもてるわと。コレ、広義での話での。
下手したら、遠慮、配慮の、し過ぎで。受け取りよでなら、無関心怪と。親が、息子共の家庭に対しの、無関心で、ある筈、あらへんわと。
あらへんでも、無言でなら、無関心と一緒での。

いやなあ、ここだけの話、でも無いの。
世間見て見てみの、当世、余りに、離婚多く。へえと、感心致してるわと。
コレ、あくまでもの、世間一般の話やでの。そこに、親の顔、姿、見えず。親が、何か、関与した怪の、他家の事、故、全くの不明なれどの、変やなと、思わん怪と。

親が関与と、なればの、親に対するの、不平不満なら、聞くけどや。コレ又、変と、思わん怪と。
云うてるは、婿殿の親変で。ならばの、嫁の親、どしたんやと。

再度の、いやなあの、結婚なるは、前提、家と、家でして。
両家、姻戚関係に相成るわと。それまで、赤の他人、他家が、突然の、一気、親族でして。勿論の事、婚姻によるの親族故、関係特殊なれどです。
更なるの、いやなあの、我が承知の範囲、昔の、京都の町内会で、離婚やとか、出戻りなんか、知らんわと。
我が、学友、小学校から、大学に至るので、離婚したを、知らんわと。くれぐれもの、我が承知の範囲なれどです。
オッとの、1人だけ、居たなあと。後刻、チョとだけ、解説致す哉と。

での、その承知の範囲の、現町内会で、多いぞと。
へえと、感心致す程に多いぞと。
正直、中身までは、知らんけどや。中身とは、離婚原因なれどの、こんなええ子、娘さんが何故にと。
コレが、どれ程多い事かと。

まさかの、安直に結婚しの、そは、易々の、離婚なんか、しやへんやろと。
とは、思えどの、ならばの、何故にそんなに多いの怪の、良くも、悪くも、核家族化で、親の姿見えず。
そらなあ、多分ならばの、親も出てると、するのか、関係修復なりの、努力なり、してる。とは、思うのけどや。
そんな事、細々なんか、他家の事での、我が耳に入らんけどや。

当方から、したらの、親、どのよに、動いたの怪と。
親、納得してるの怪の。
くどいけど、結婚なるは、当人の惚れた、腫れたなれどの。されどの、希しきの、ご縁あっての、事での。のみに非ずの、両家、家と、家があるんやわと。その許し得ての、その代表、痩せても、枯れてもの、親でして。
基本、余程でなければ、反対なんか、しやへんけどや。

いやなあ、我が実の娘の事なら、離婚なんか、されてみい。しやがてみいの、してみいの。火の玉になるぞと。娘、育ててえへんけどや。
娘なら、出来たわと。嫁でして。

斯くなる次第の、斯くなるでの。
本題、明日<8月8日>、母の初盆でして。
光圓寺住職に来て戴きの、読経でして。
(15/08/08)


NO.59 初盆の話(3) 事例、その1の話(1)

お婆ちゃんの針刺し、修復。
本日、休み。

イヤ、午前は、光圓寺住職が来られての、お盆、初盆の読経でして。
午後には、「セレマ」の方、司会進行役して戴いたの方なれどの、来られて、会員にと。なてくれと、勧誘されてまして。

イヤイヤ、初盆にと、従兄弟、滋賀のからは、線香、白檀のを、送ってくれてまして。折角故、使わせて戴いたです。
千葉の従兄弟からは、線香なるは、抹香臭いからと、生ハムを、お供えとして、送ってくれてまして。コレは、後刻、後日、息子共が来たら、分配でもと。お盆故、来週にでも、来るやろと。

いやなあ、そ云うたら、誰とは、申さんの、過日、初盆、イツえ。何時からと、ひつこくと、するのか、尋ねるのが居た故、この日、8日、10時8分、並河駅着と、伝えてたですが。
イヤ、坊様をば、駅に迎えに行くにしてるですが。
結果、一向にの、どするかを、伝えて来やへんでねえ。
イヤイヤ、当日、来るのか、来やへんのかを、でして。単に、聞いたのダケなんやろと。

そんな事で、時刻通り、坊様駅に到着の。
初盆も、イツも通りですよと、読経して戴きましての、母の初盆も、無事に終了。コレ又、一区切り、付いたですが。
にしてもの、真宗大谷派は楽、楽、楽の、楽チンでして。初盆やからと、特段の、特別な事、致しませんでして。

云うたってなあ。
朝から、仏壇を置いてるの間、単に、居間なれどの。散らかしてるが故、整理整頓、掃除して。嫁はんと、2人してでして。
前日には、坊様用の座布団、虫干し致し。今日は、経机出したり、何したりで、汗ダクダクなんやでと。汗は、この季節、お盆の時期故、なれどです。
にしても、当年、異常やねえ。頭の天辺から、湯気。ではなくての、汗かいて。コレ、気色悪いねえ。髪の毛、一応は、チャンとあっての、愚衆、グシュ、濡れて。頭から、水でも被れば、宜しいですが。
してたら、日に何度しんならんかと。


での、諸般の話をと。
事例、その1の話をと。
いやなあ、鬼姑の話、なるを、テレビでやてたです。くれぐれもの、とあるの、テレビ番組での話やでと。
嫁が、姑のこんな仕打ちをと。

明らかに、構成的、鬼姑に対するの、嫁の被害、可哀想の話でして。
当方、テレビ見てての、フウンの、この程度の嫁なら、味方なんか、しやへんわと。了見違いも甚だしいわと。
されどの、世間一般、この話を聞いて、意地悪な姑が居てるになるの、やろなあと。

ででの、話、チョと、紹介致すの、大した話に非ずの、ナレーションと、するのか、解説も、或る程度、正確に、やてると、判断出来るですが。
まずは、夫の実家に、年1回、お盆の時期に行くですて。その時には、家族全員集まるですて。
そんな事で、この嫁はん、お盆に、夫の実家にての、大忙しの、下働き致しの、くたくたになての、やとで、飯喰えると、残余の寿司を口にしよとしたら、鬼姑、アンタ、食べたんやろと、ゴミ箱に、捨てたですて。
へえの、そんな姑居てるの怪の話。

いやなあ、残余の寿司、それを、捨てるの姑、確かに、精神異常的、鬼姑と、評されての、仕方の無いの面、重々分かるですが。
番組に出てるのゲストの面々も、皆、嫁に同情的での。チョと待てと。
その行為、腹立つは分かるけどや。その原因、アンタ、嫁が作ってるぞと。とは、当方、ゲスト出場、招かれてるの、ならばの、申すわと。招かれてえへんしで、ここで、掲載致すですが。

或る程度、正確なるの、話、してると、申したですが。
家族全員集まるが、お盆怪と。年1回怪と。あのなあと。
ご主人の、親、ご両親、寂しい思い、してるなと。させてるなと。鬼嫁やなと。当方なら、一刀両断、斬り捨て当たり前のと、致すぞと。

くれぐれもの、口にするモノ、食べ物をば、ゴミ箱に捨てるの行為、成ってえへんですが。この親、アホですが。勿体ない精神あらへんですが。
イヤガラセ行為であるは、事実で、明々白々なれどです。
くどいけど、家族全員、集まるが、年1回、お盆だけ怪と。
もしかして、もしかしたらの、そ、思てるは、鬼嫁だけと、違うの怪の、他の兄弟姉妹、家族なるは、度々の、実家訪問、してるで無いの怪。
当方なら、息子に一言、申してるの、養子に出した、覚えあらへんぞと。

とか、申さんでもの、お盆に、年1回で、常識的、意味分かるの筈でして。
いやなあ、話、超の簡単での、立場替えてみたら、一発でして。結婚したら、息子も、年1回、お盆にしか、戻らんよになったの怪と。誰の影響怪の、嫁に決まってるわと。
オッとの、この話の情報、コレ以上の事、分からんわと。何人兄弟で、誰が結婚してる等々、触れられてえへんです。

その上で、養子に出したの、覚えあらへんぞと、当方、申すの意なるは、大体が、正月、どなんやと。
嫁の実家、里に、息子夫婦、行ってるなら、明らかなるの養子同然。
くれぐれもの、正月に、嫁の実家、里に行くなと、申してるで無いわと。正月にも、幅ありの、元旦、当家也と。皆で、祝うわと。

それもあるし、皆が集まるが、年1回哉の、寂しいの親元やなと。
その息子も、嫁も、自身の子どもが、将来的、同じの状況、行動したなら、ど思うやと。ダケが分かれば、ご主人の母、姑の怒りも、分かるやろと。そこが、分からんではなと。情けないの、嫁でありの、ゲストでして。
それを、明確の、口にせずの、残余の寿司を、ゴミ箱にの行為なるは、陰湿なれどです。
云えるの、人間関係、構築出来て無いも、意味するわと。これは、親の責任あるですが。

それでや、当家の嫁、悪いけど、そんな嫁とは、全然の、違うわと。
自慢出来ると、申してるわと。花丸やわと。百点満点では、無いけどや。テレビの嫁なんか、合格ギリギリの、60点なんか、とても、とてもの、落第点の、限り無くの、零点に近いわと。
ハキリと、申せば、しもたなあと。こんな程度の嫁かと。そこまでは、分からんかたなの、されどの、今更の、どするやと。
どするも、こするも、息子に、しかるべくの、善処せよと。盆正月なんか、地獄の釜の蓋が、さえ、開きの、年季奉公の時代、休み戴けるわと。


オトトの、当家、我々夫婦の場合、コレ又、事情異なるですが。
明確には、嫁はんの里、四国・香川の、詫間でして。距離的遠いがあっての、基本、お盆には、毎年、一家全員にての、嫁はんの里に出向いてるです。概ね、2泊かと。
ここだけの話、でも無いの、一時なら、母まで、同行したけどや。
旅行と勘違い致しての。確かに、京都から、四国・香川の詫間になら、旅行気分も、間違い無いけどや。

嫁はん、それ以外、こちでして。こちは、当方、親と、同居やしなと。親元に帰るも、帰らん、あらへんわと。
コレ、息子共、結婚も、尚、全員一緒に、嫁はんの里に行ってるわと。皆、相応に楽しみにしてるわと。
云うたら、嫁も、楽しみにしてくれてるわと。孫共世代もなと。

での、モと云うたら、嫁と、当方のみやでと。
何がと、なればの、嫁はんの里で、血縁あらへんが、です。
考えて頂戴の、血縁あるは、嫁はんと、息子共。そして、孫世代。ソレ、云い出したら、義姉婿と、当方、尚更の無縁。

そんな次第の、斯くなるでの。
昨年、盆の時期直前、四国の里の、義姉婿、親父様、他界での。期せずしての、当家、母、当年での。盆の時期恒例の、嫁はんの里帰りも遠慮致すですが。
コレ、当方、結婚以来の毎年での。こちの、年齢もなと。何歳と、思うやの。
イツまで、同行出来るの怪のと。
(15/08/09)


NO.60 初盆の話(4) 事例、その1の話(2)

本日<8月9日>、朝からです。朝、二番からです。
実は、「なんぼや」に出向いたです。
「なんぼや」とは、何ぞやと。ブランド品、貴金属、骨董品等々、買取屋。
場所、どこやと、なればの、四条通りの河原町の、東入ル、南側。要は、木屋町通りから、チョと、西でして。
何がためと、なればの、諸般のアクセサリー類が、ナンボのモノ哉と。
それもあるし、当家、所蔵の掛け軸なるが、どの程度の値打ちのモノ怪と。

この手の業者、沢山あるですが。インターネットにての、探索、検索の上での、結果、京都の中心部。中心部とは、賑わいの、でして。地図上では無いの、しかるべくの、店舗ありで、主要都市部にも店構えてるの業者をと。
且つは、入り易そなところをと。
中には、我々みたいなのが、ヒョイとは、入り難いの、豪華絢爛の店構えのがあてねえ。それは、敬遠したです。

での、この話、追々に致すにしての、お盆で、読経して戴いたの、光圓寺住職との、雑談をチラと。
いやなあ、時代の移り替わり、変遷、時代の流れで、昔の美風が失われの、矛盾を感じてましての、その話。コレ、坊様との話故に、葬儀の話。

自宅で葬儀せぬよになった。
これは、諸般の事情もあるですが。要は安易なるの、方向でして。その昔の自宅ので、なら、テント張ったりしてるし、喪服の面々、そこらで、屯してるし、無関係なるも、見て一発、嗚呼、葬儀と、分かるです。
近所の方も、嗚呼、あそこの方がと、分かるです。
分かれば、義理でも、厄介でもの、承知の宅様なら、葬儀に顔出すわと。顔出すに、義理で、厄介、近所のよしみで、ならばの、3千円程度を包んで、香典として、受付にと。

当世、所謂の、シティ・ホールやしで、少々、遠くでありので、承知してても、顔出せぬの場合もあてねえ。義理で、厄介ならばの、近所のよしみも、まあ、ええかと。邪魔くさいが先に立ちての、サボるになったりでして。
それ以上に、町内会で無ければ、連絡するも、難しくの、出来ませんでして。連絡せぬなら、葬儀あるを、知らんがな。

云うてるは、まずは、葬儀形態、替わったですねえと。
住職も、当世、ここ数年、自宅での葬儀知らんですて。さもありなんと。結果的、葬儀社では、費用嵩むになるですが。反面、家族にしたら、埒開いて結構なれどです。
反面、当世、何故には、「一般」の方の場合、香典辞退の風潮、強く。コレ、変ですねえと。
何度でも、申すの、葬儀なるは、急での。先立つのモノ、金がと。あらへんわと。ンの、あるから、相応の葬儀されてるですが。当家、我が家でもや。葬儀代、準備してたわと。
そやけどなの、我々のは、してへんぞと。我々とは、当方、嫁はんの、でして。

よて、互助の精神でして。
香典なるは、皆が、故人をお悔やみしての、云々での、僅かずつでもの、資金をば、香典として、差し出すです。
1人、3千円でも、百人も、来て戴いてみい。30万円でして。30万円では、葬儀出来ませんと、するのか、足らんけどや。大いに、助かるわと。
そらなあ、親族が、3千円では、アカンやろの、ン万、ン十万円でも、出してくれるやろと。ン十万円もは、チョとなあ、なれどの。この香典だけで、百万円にでも、達してみい。大いに、助かるぞと。
これが、互助なんやと。互助の精神、助け合いなんやと。

されどの、当世、奇妙、珍妙、奇怪なるの、風潮蔓延の、町内会と、するのか、ご近所の皆様方からの、香典辞退致してるです。当家も、その風潮に従おたですが。
本心でなら、何たると。
大いなるの、不満でありの、矛盾感じてるです。

葬儀の、風習、慣わしとして、参列者には、粗供養をば、持ち帰って戴くですが。明確に申せば、1個、1080円也<消費税含む>でして。
香典辞退で、来て戴いたの方には、粗供養をと。
とは、変な話やでと。

金銭だけの問題で無いは事実なれどです。
又、そ思い、確信してるのならば、香典辞退せず。自宅で、葬儀すればと、相成るですが。
この手の事、正しい、イヤ、間違いやでと、皆が、そ思てるしと、世間の風潮、慣わしに反する、逆らうは、出来かねるわと。
にしたって、そもそもがの、一般の参列者に対するの、香典辞退、何故に広まってもたかが、分からんわと。

イヤ、香典辞退するは、恰好ええとは、思うです。参列して戴けるだけで、有り難いも、同感なれどです。
言語明瞭には、冷たいの風潮、広がってもたなあと。日本の美風が、廃れてまうなあと。寂しいなあと。
云うたら、これも、核家族化、近所付き合いの、希薄さがためも、あるの哉と。
での、これの、どこがええの怪と。自身が気楽なだけと、違うの怪の、我が儘、気儘の傾向、益々の強く。


オッとの、されどの、それが、世の風潮での、正しい、正しくないの範疇に非ず。
この、嫁姑問題の、事例にしたって、どの立場に立つかで、見解、正反対でして。
イヤ、姑も、奇妙なるの事、仕打ちしてるは事実でして。又、嫁も、その背景あると、思うですが。そらなあ、自身の住み処が夫の、ご主人の、実家と、距離あてみい。そは、易々の、顔出すも、出来んやろと。
とは、重々の承知。

そやけどなと。
ならばの、当世、ケータイもあるし。メール一発の、手も容易なるの手段也と。
何云うてるかと、なればの、常平生からの、言動でして。連絡でありの、話でして。面と向かいの、会いに行くが時間的、距離的、費用的、度々の、出来ぬならばの、せめてもの、言葉だけでもと。

まあなあ、そんな用事無いと、抜かすなかれ。
可愛げ無い事、抜かすなと。
お母さん、お母さんと、何かに付けて、電話一発、ケータイ一発、メールででもの、打電しててみい。これを、憎たらしくの、思うの、義理の母、姑居てへんわと。

云うたろかの、それが出来るの嫁であれと。
その辺り、男はなの、やらんのやと。当方、立場的、舅に該当での。自分で云うも、変の、その手の事、苦手でねえ。
只なの、誕生日にでも、打電一発、嫁から、メール届いてみい。歓喜乱舞。ドギマギ致すわの。嬉しいわと。とかの、奇妙なるの、表現したですが。
概ね、嫁はんと、嫁との、状況なら、承知してるわと。電話なり、ケータイなりの、連絡を、でして。

ほんまやでの、母とは、姑なるは、基本、子ども命でして。
自分の息子を、嫁に取られたの気持ちあるですが。その気持ち、強いがため、強い分だけ、嫁姑問題、勃発致すの。コレ、昔も、今も、全くの、替わらんわの。それだけ、実はの、自身の気持ちに正直なんやと。
当方、母なんか、その典型例での、嫁はん、大変やたです。出来たの、姑なんか、超の、希。
とは、当方、重々の承知してるわと。

事程左様の、当方、思うに、考えるに、諸般、女性は辛いけれどの、その手の役目、嫁の仕事やわと。
姑との関係悪いは、自身、チョと反省してみたらと。原因分析をと。
対しての、概ね、上手く行ってるならばの、その分、その嫁賢いのやわと。

オッとの、しかるにの、息子共一家、我が家に、年一度、二度なんかの、盆正月だけの、回数とは違うでと。
そんな事、余り考えてえへん、回数数えてえへんけどや。それ程に、よお、戻ってるの意での。
次男家なんか、近くでもあるけどや。モと回数多いわと。

実は、本日、冒頭、記載の通りの、外出してたですが。これは、次男からか、嫁からかは、知らんのけどや。今日、寄ってもええかと。嫁はんに打診あったのらしく。
出てるしなあと。
イヤ、嫁はん、過日、入院での、手術したですが。その見舞いですて。へえと。
イヤイヤ、コレ、嫁からであれ、息子からであれどの、どちからでもの、夫婦、相談したの、結果であるは、当たり前の、当然やろな。

トトトの、コレ又、本日、長男嫁からもケータイにての、盆の墓参りの相談がと。嫁はんとで、諸般、皆で、一緒にで、宜しいかと。次男嫁とも、相談しとくですて。フンの、結構なると。
次週、週末、お盆、皆が集まるのやなあと。

ででの、「その1」あれば、「その2」があるです。
(15/08/10)



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