リストラのハナシNO.1


目次

リストラのハナシNO.2

20.後日談

19.覇権戦争(5) 発表会、監査

18.覇権戦争(4) 人事刷新

17.覇権戦争(3) 奇妙な人事   

16.覇権戦争(2) その発端(2) 

15.覇権戦争(1) その発端(1)

14.リストラの実状(12) 他のメンバー

13.会社で出世する法(2) 教訓10ケ条 

12.リストラの実状(11) 関係会社のアイツら

11.会社で出世する法(1) ムカッとしたらアカン

10.リストラの実状(10) 遂に退職

9.リストラの実状(9) 我が身にもジワジワ(4) 

8.リストラの実状(8) 我が身にもジワジワ(3)

7.リストラの実状(7) リストラ対策本

6.リストラの実状(6) 我が身にもジワジワ(2)      

5.リストラの実状(5) 我が身にもジワジワ(1)

4.リストラの実状(4) ある部署の大惨事

3.リストラの実状(3) 関係会社の地獄

2.リストラの実状(2) 地獄の前哨戦

1.リストラの実状(1) 京都駅八条口


1.リストラの実状(1) 京都駅八条口

リストラは常識になってます。日常化してしもて、失業率も四%を突破。
私も、そのリストラされた一人です。
新装なった京都駅にフラッと行って、あることに気が付いた。
差別用語かナンか知りませんが、浮浪者が居たはるのです。私らの小さいときは浮浪者とは云わなんだ。乞食です。
乞食は物乞いしますが、浮浪者はしません。そしたら、種類が違うのですねえ。
まず、乞食のことです。ムカシは鴨川の四条大橋にゴザ敷いて、お茶碗をマエに置いて、ここに幾らかでも入れてくれ。そんな感じで何人かが居たはった。私もナイお金を入れたことがある。
ナンで四条大橋か。人通りの多い場所なら、それだけ実入りも多いのです。
店のマエではイヤガラセになりますが、橋のウエなら迷惑も掛からん。
それが、少のなっていつの間にやら、全く見んようになりました。以来、乞食は見たことナイ。
年数を経て出現したのは浮浪者で。最初に見たのは十数年前。当時、上越新幹線は上野発でしたから、乗り継ぎのため上野駅に行ったら、それ風の人が居たはった。京都、大阪では見たことなかったのに、上野に居たことになる。
まだ、リストラ云々が囁かれ出し始めた頃のこと。
それからマスマス不景気となり、私もリストラされた。一歩間違おたらダレでもそおなるから、関心もあって京都駅の八条口で見つければ、やっぱりと云う感じです。ポルタに入る地下道の入り口近辺です。
昔なら、食べ物そのものが無かった。物乞いせんと仕方なかったけど、当世は何やかんや云うても飽食で、捨てられてる中に食料が一杯あるから乞食までせんでもヨイのやろ。
或いは、乞食が出来る世相。でもナイのかなあ。
ところが、浮浪者スタイルではお店には入れませんよ。入るには勇気が要る。コンビニにファミリーレストランに来られたら、店員さんはどう対処するのやろ。
買い物が出来る風体の限度は何処までなんやろ。そんなアホなことまで考えた。
お金が多少あっても仕方がナイ。土木関係の仕事なら服装も汚ないけれど、その汚さとはゼンゼン違います。服の上の顔も髪の毛の状態からもその差は歴然。
その浮浪者をあるコンビニで見たのです。お店にはお客さんが五人ほど居てましたが、見て見ぬフリ。
浮浪者風の人も遠慮したはったよおで、大人しく、なるべく他のお客さんが居てない場所での買い物です。
逆やねえ。他の人がその人に近ずかんようにするからそおなってしまう。勿論、私もです。
何を買わはったのか知らんけど、アルバイトの店員さんも緊張気味。浮浪者風の人が店を出やはってから、他のお客さんの買い物が始まった。私もです。
それまでは早よ用事を済ましてほしいなあ。えらい処に来てしもた。申し訳ナイのですがそんな感じでした。
話は昔に飛びます。
乞食三日やったら止められん。そんな話がありました。
乞食を演出してる大金持ちのお婆さんの金貸しが居たはるとかで、話題になったこともある。
運転手付きの外車で四条大橋に横付けして、衣装道具の乞食スタイルで寸貸しの高利貸しをやってたらしい。
そんな大金持ちとは知らん酔っぱらいとか、アベックとか、気の優しいお子さんからオメグミを戴いたはったとか、なかったとか。
そこを通る度にそんなお婆さんが居たはるのかと探したこともありましたが、らしき人を見たことない。
そんな乞食の時代とは違うのです。
浮浪者でも充分に食べられる。昼間っからワンカップの日本酒飲んで寝たはったりして、悲壮感というよりヤケクソ感が漂おてます。
京都駅で久しぶりに見たのは、風体明らかに浮浪者。複数で仲間と一緒。
この人等が果たしてリストラの犠牲者かどうかは知りませんが、京都にも出現したのや。
(98/06/09)


2.リストラの実状(2) 地獄の前哨戦

リストラの形態は千差万別です。
一時は窓際族なる表現が流行ったなあ。そんなもん可愛らしいもんやで。
旧国鉄でもJRになるとき、大規模に人事異動しやはった。その異動を拒否した人もあったけど我が儘やねえ。
管理職は組合も守ってくれません。それで、「管理職ユニオン」が話題にもなったりして。
そやけど、組合員でも余程の組織やないと守ってくれませんで。
実際問題、普通の会社ではストライキまでしません。するような組合は珍しいのや。以前は年中行事で飛行機、鉄道、バスがやってましたが、最近は大人しいもんです。やられて被害を一番被るのは利用者やんか。
強かった組合も賃上げよりも雇用優先です。
一般の会社従業員も首を切られたと、会社を提訴するよおな勇気のある人は少ないです。時たまありますが、後ろ盾があるからです。
日本を代表する大企業なら独立支援等々、有り難い配慮もしてくれます。
退職金の割り増しも桁違い。早期退職に応じたら、定年までの給料の七十%を給付するとか新聞に載ってましたで。これは例外中の例外で羨ましいこと。
余所の組合とか早期退職なんかどおでも宜しい。ある会社での出来事です。
二十数年間、お世話になった会社ですから私にも思い出が沢山あります。そやから云うて、日数が経っても鮮明に思い出すのです。
会社から云われて退職する。リストラとはそれを指しますが、私が勤めてた会社はそんなこと十年マエからです。
希望退職の募集もありましたが、二十年以上前(1975年頃)の話で、別の事情でした。会社そのものが危機でしたから仕方がナイなあ。
十年マエから方々の部署でパラパラと退職者が出現したのです。これは個別でのことですから、他の部署の者は知らなんだ。何で辞めたのかと疑問に思てたら、自然に情報も伝わって、「おまえはイラン。」と云われたのやて。
七年前には各部署で五%の人員を減らすとの話が広まった。それが本格的リストラの開始でありました。
各職場毎に人選して個別に呼び出すのです。
「お前はもおイラン。お前にしてもらう仕事はないのや。
居ても守衛(守衛さんには失礼ですが、実際の話です。)くらいしかしてもらうことはない。」
「お前は無断欠勤が多いから、辞めてもらう。いくら有給休暇使てもヨイから、次の職場を早よ探せ。」
「お前、もう歳(その人、四十歳やのに)やから、このまま会社に残っても、もお昇進もしやへんで。今のうちに辞めといたらどおなんや。多少は退職金に上乗せするけどな。」
等々、こんな話が横行した。
誰かがそのブラックリストなるものを役員室で見たらしい。どこそこの部署では誰それが名簿に載ってたで。誰それが辞めたのはそれと関係あるのやろ。そんな話題で持ちっきり。
ところが、そんな話が会社で話題になってたとき、私は左足を骨折して入院してました。
そして、KUNI君からの電話です。
「いつ、退院するのや。」
「今月末に退院して、来月早々に出社しょおかなあと考えてるけど。」
「それでは遅いなあ。今月末に会社を辞めるのや。」
「エッ、ナニ云うた。」
唐突なことを聴いたけど、聞き間違いと違うのかなあ。
「今日でもそっちへ行くわ。」
ナンのことか聞き返そとしたら、
「ワシやけど。」
その部署に所属の、ITA君が電話に出て、
「そう云うことや。ワシも一緒に行くわ。ワシはまだ無事やけどな。」
そんな会話があって、我が家のソバの喫茶店で三人が合おて事情を聞いた。
「無茶苦茶やで。ナンでそんなこと云われんならんのや。」
「なんとなあ。それで、もお辞めるんかいな。」
事情を聞かされて、唖然呆然としてしもた。そんなこと、もお一ヶ月もマエに云われて、数日前に辞めると返事したらしい。
「辞めたる。もお、辞めてやると云うたった。」
「それで、ナニするのや。」
「辞めてからの話や。今まで、ワシ、何してたんやろなあ。」
そんな話の明くる日です。
今度は、私の部下のMITI君からの電話です。
「相談、あるんですが。」
昨日の話が有ったから、状況は瞬時に把握出来たけど、MITI君のことなんかダレからも聞いてない。そもそも、我が部下やんか。
そして、昨日とオナジ喫茶店で、
「HATA氏(私の上司)から話があってどおしたものかと。
友達もそんな話をされて、組合に相談しに行ったよおですが、組合なんか関知せずで、逃げ回てるんですわ。」
「御用組合やからなあ。それよりも、問題はそんなこと云われて、MITI君自身はどう判断してるかやで。」
「困ってるんです。そんなこと云われてどおしたものかと。」
「それでも、頑張って一緒に仕事してくれるのやったら私にも考えがある。」
可哀想に最初はそんな話で終わってしもた。
そして、日を改めて聞いたら、給料の三ヶ月分の割り増しがあるのやて。
「三ヶ月みたいなもん、ナイのも同じやで。本人がそれでも、私について来るのやったら私も一緒にHATA氏に話をする。」
そして、三回目です。
「やっぱり、辞めてしまおかと。」
「気の弱いことやなあ。私の考えは会社を変わるのやったら早いほうがヨイ。
MITI君はまだ若いから充分出直しが可能やで。
そやけど、ここで頑張るつもりやったら、私もハタさんにねじ込んででもと覚悟はしてる。
結果は分からんけど、MITI君ともナンかの縁で関係したのやから。要は、ウエとぶつかってでもと、そんな覚悟やがな。そやけど、本人が迷てたらアカンからなあ。
仮に残留して、その先のこと(業務評価)を心配したかて、組織が変わったら、マタどう方針が変わるか分からんのやで。そんなことショッチュウやからなあ。兎に角、MITI君がどお判断するかだけのことやで。」
本人はまだ迷てたみたいですが、何回も相談しに来るのやから、辞める気がナイと判断して、私単独でHATA氏に談判決行。
そんなことしても所詮は上からの指示でやってることですから、HATA氏が困るだけですが、承知のウエで直談判。私も阿呆な性格です。
その詳細はアホらしいから、止めときますが、結局ミチ君は退職決意。
その間も誰それが、五%ルールで辞めたとか、辞めさせられたとか、その前から退職を決めてたから時期の問題で割り増しをもらえんかったとか、そんな話ばっかりです。
そのとき、辞めた人の年齢層、三十から四十五歳。その基準はナンやろか。十中八九、その部署の長が気に入らん奴。ではありますが、マダましやった。はっきりと上からの話があったがな。
ここからが地獄の本番です。
ちなみに、そのMITI君ですが、その後アルバイトでたこ焼き屋をしたりしましたが、横浜の会社に再就職出来て出世してます。結果論ですがあのとき辞めて正解です。
その前のKUNI君も何とかやってます。
そして、二人共有り難いことに今も交際出来てます。
(98/06/11)


3.リストラの実状(3) 関係会社の地獄

海外に工場展開。そお表現したら聞こえはヨイのですが、リストラと表裏一体です。
関係会社でもやりました。
関係会社(工場)主体で海外に工場を作ります。工場のスタッフは二年から三年の期間、海外工場に出向。
現地のスタッフを教育して日本に戻って来たら、当たり前ですがその職場はありません。降格され、十年も後輩の部下にさせられたりしてねえ。
人も余ってるし、希望退職を募られたり。このときの条件は退職金が倍やった。
その関係会社での噂の話やけど、百名の募集に二百名もの希望者があって、その中には幹部クラスの社員まで居て、経営者もビックリしたとか。
その幹部はその時期に退職してますから、まんざらのデマでもナイ。
その上、親会社からの出向でその会社の経営陣に収まってしもて。私もその親会社の一員ですが、誰が聞いてもバカバカしい。その会社幹部が希望退職に応募したのも理解出来ます。
その二三年前なら、海外工場の立ち上げで頑張って、戻って来たらゴクロウサン。昇格させてもろたりして、それなりの扱いされてたから、ダレもが夢を持って張り切ってたのに、手のひら返したみたいに邪魔者扱いしやがって。
「よお知らん、親会社のヤツがポッと経営幹部ですよ。やってられますかいな。」
これが、その関係会社の連中の生の声。そんなこと私に聴かされてもねえ。
ソオか、ソオかと返事してるしかショウガナイ。
(98/06/13)


4.リストラの実状(4) ある部署での大惨事

ある部署。ここは業績不振でした。あるエライさんがフラッとやって来た。
「あいつ、何してるのや。」
指さして、その部署の長に尋ねるのやて。
「ハイ、ナンとかの業務をしています。」
「そしたら、あいつはどおや。」
そんな具合にそこの部署のメンバーの業務内容を確認するのやて。
実は、この話はその部署に居た後輩のTANA君に聴いただけ。私が見たのではありませんです。
そやけど、私と同期の桜のISHI君も似たよおな話をしました。そこの部署とは違うけど、この話から三年後です。
結果的にその部署の人数ですが、百名居た筈が四十名になったのです。その後輩も辞めましたから大袈裟な話ではないのです。
そのエライさんはショッチュウ職場にやって来て、男女の区別なく直接本人に、
「おまえ、何してるのや。」
「こんな書類ばっかり沢山机に置いてムダやないか。」
そこまでならヨイのですが、
「おまえ、もうここには用あらへんで。明日から営業所に配属や。直ぐ行け。」
「おまえは、もう来ることない。すぐ帰れ。」
「おまえ、まだ居てるのか。もお来ることナイのやで。」
とそんな調子です。仕方ナク、営業所へ行ったとか、辞めたとか。女の子は無茶苦茶云われて泣いてたそうや。
そして、別の部署です。
業績云々には無関係の部署で同期の桜のISHI君の話です。そこにもさっきのエライさんがフラッとやって来て、同じよおに、
「あいつ、何してるのや。」
「こいつ、何してるのや。」
そう聞くから、何々してます。
それだけのやりとりがあっただけやのに、その一週間後その部署が解体ですて。ナンでやろ。
本人も云うてましたけど、聞かれても答えんかったらよかったのかなあ。それとも、何聞かれてもスミマセン云うて、謝ってたらよかったのかなあ。
それで、別の部署に行けと云われて、何人かがその部署へ行ったらそこの長がねえ、
「そんなこと、誰からも聞いてへんで。」
ショウガナイからそのエライさんの指示やと云うて、急遽場所を空け、机、備品の配置はしたけど、組織が違うからすることがナイがな。
とりあえず、以前からの続きのことをしてたら、又一週間後、ISHI君だけが部署から外され、一人にされたのです。その段階で辞表を提出したのです。
確かに経営陣ならそれくらいの強引さでリストラせんとアカンのやろ。
こんなこと、出来るだけでも大したもんで、普通なら出来ませんで。
ただ、やり方が問題です。もうちょっと人間味が欲しいなあ。人間味を持ってたら出来ませんけど。
会社としてはそおいうお人も必要です。そして、不思議に出世しますけど、これがよお分かりませんのです。
神さま、仏さま、キリストさん。ナニをしたはるのですか。
(98/06/15)


5.リストラの実状(5) 我が身にもジワジワ(1)

会社勤めの経験があったら、会社は治外法権である。
こんなことくらい分かってるはずです。
その会社の組織そのものが治外法権とも知ったはる。大きければ大きいほどそおです。
何処かの大会社の社長ともなったら、天皇やで。そんな形容さえあるらしい。それは大会社だけではないのです。どこの会社でもオナジです。それは悪いことではナイのです。
代表取締役社長やから、その会社の命運を担っておられる。問題はその組織の細胞のホウです。細胞が勝手なことをする。
色んな評価基準が設定されるけど、それは殆ど有って無いよおなものです。実際問題、リストラの指示があって、その選定はそこの長がする。そのときの基準は一体ナンやろなあ。例えば、出向。
海外へ出向せよと指名されて、その主旨が邪魔というのと、教育で経験でも積んで来いと云うのではえらい違いやで。そんなこと誰にでも分かります。
邪魔者扱いでも、どっちか云うたら出向の方が宜しい。イラン奴の顔を見てんならことがないだけも結構やし、気楽と云う人もある。教育でも絶対イヤやと云うて逃げ回る人も居る。
これに関して、会社が面白いアンケートを取らはった。
「人材活用のため、海外に出向を希望しますか。希望の場合、どこならよいですか。」
「人材活用のため、移動するとすればどの部署を希望し、どんな業務をしたいですか。」
簡単にはそういう内容です。
そのアンケートで海外出向はイヤと答えたのに海外出向命令。
出向は構いませんと答えたのには社内人事。しかも、希望してない部署。
会社の意図は人材活用のハズやったのに、各部署のエライさんは都合のヨイよおに利用しやはっただけ。それが、外野席の声です。
業績の悪い部署のお取り潰しにも限界がある。各部署から何人かの首を切れ。これも会社からの解雇の話になる。余り、何回もやったら世間体もある。そやから、一通り収まったら、イジメ、陰険人事の開始です。
出向も移動のことも、アンケートを取ってるのに詐欺行為やで。いっそのこと、反対のことを答えといたら良かったとか。
誰それが降格されて何処そこへ移動させられた。海外出向命令を拒否して辞めた。こんな話は山ホドある。イツ、自分の番になるのやろ。
少のおても、私はアンケートで海外出向は問題ナシと回答。
こんなイジメばっかりの部署は鬱っとおしいで。そんなこと書いてナイけど、他の部署で品質管理をやりたい。そお回答しておいた。
そやけど、そんな話マッタクなし。
(98/06/17)


6.リストラの実状(6) 我が身にもジワジワ(2)

ある程度の規模の会社には色んな部署がありまして、部署の長になればその人のやりやすいようにしたらヨイ。
さて、リストラ対策本にはリストラされそおになら、危なかったら、遅刻せず、有給休暇は取らず、公私混同せず、会社から因縁を付けられんようにしなさいと書いてある。
実際には教科書どおりではナイのやで。
上のヤツ程公私混同して好き勝手に振る舞おてます。そんなことリストラの基準にはナイのやで。
特に上には胡麻を擦れんとアカンのです。
私は単純やし、何かあっても黙ってたらヨイものを、我慢も出来ずついついと、ゴタゴタ云うてしまうからアキマセン。
そのリストラの基準ですが、上のモンが気に入るか気に入らんかだけのことやと思てます。他にナンの基準もありませんです。
一番、基準に当てはまるのはその部署の長より先輩の社員。そら一歳でも年輩やったらウッとおしいで。何とかして、外したい。それが人情です。それが器量の狭い相手なら先輩格は大変です。
私も、次第に会議にも呼ばれんよおになりました。出たら長の意見でも反対、賛成はっきり云うてしまうしなあ。
会議ではアホなことを決めてるけど、呼ばれもしませんし、口出しのしようもありませんけど。
勝手に決められて、関係会社も兵隊さんも大変やで。そんなことばっかり決めてます。
そんな内容のナイ会議を毎日、毎日、朝から晩まで何回もやってからに、
「アア、忙しい。」
ナニを云うてます。当たり前や。会議は最小限で宜しいのです。会議は何時間やっても物事は進みません。参加者の時間をその分取るだけです。
そして、査定シーズンになりまして、その長から、
「アナタ、部外交渉が下手です。改善等も出来ませんし、評価は部署で最低です。
この部署もそんなに業績も良くないので、何時までもこの状態は許されません。」
ナニが云いたいのか知りませんが、部外交渉やて、そんな業務私から取り上げてるやないか。
業務上、交渉事が必要ならどの部署の長にでも直談判して、ウンと云わせる自信はあるゾ。アンタには悪いけど、これでもアンタ以上の実績がアル。
改善って、そんな業務も取り上げたくせにねえ。それで、何が評価が最低やな。始めに評価アリキです。
これ、私のヒガミとウヌボレかなあ。
(98/06/19)


7.リストラの実状(7) リストラ対策本

リストラ関係の本が沢山出版されてます。テレビでも似たよおなことをやってます。
要するに、断固戦え。弱味を見せるな、与えるな。日本人は大人し過ぎるのです。
そのとおりですと云いたいけど、そんなこと理屈だけやで。実際問題、断固戦えとはナニと戦うのか。弱味なんか殆どの人にありません。私の何処にありますか。私の何処が大人しいのですか。
懲りずに、まだ書いてある。
中高年に対するパソコン・リストラやて、阿呆かいな。パソコンなんか私でも使てますがな。上手とは云いませんけど。
「お父さんのためのパソコン講座」、「中高年のための」、「管理職のための。」
まるっきり中年をアホ扱いしやがって。これも、ヒガミやろかなあ。
出向はリストラの片道キップやて、そんなこと誰でも知ってますがな。知っててもそっちの方がヨイこともある。私はそれでも構いません。
社内試験を利用したリストラやて。
それに不合格ならそれを理由にリストラされるやて。そんなもん、私かて合格してますがな。合格せんモンがアカンのや。不合格やったらアカンのは当たり前です。
社内ベンチャー制度の落とし穴やてか。
要するに新事業はそお簡単には成功しませんと云いたいのやろ。構いませんです。そおいう受け皿、チャンスを与えて戴けるなら有り難いことですがな。
これはハッキリ云うて、モトモトが能力のナイ人のこと。弱味があって、パソコンがダメで、出向がイヤで、試験に不合格で、ベンチャーで失敗。そらアカンやろ。
解雇と云われたら理由をはっきり聞きなさいやて。
こんなこと、何年前の話やな。
今時解雇とは申しませんぞ。希望退職は自分で選択出来ます。
会社も学習してます。自分から退職するよおにし向けるだけ。その一番の方法がイジワル人事。
本を出すのならその対処方法を教えてクレ。
今更、どおでもヨイけれど、意地悪人事には逆らいよおが無い。
(98/06/21)


8.リストラの実状(8) 我が身にもジワジワ(3)

ある部署で、そこら中に聞こえる大きな声で怒られてる奴が居てました。
ソレはそこの上司より歳下やから余計にやりやすかった。
その部署の連中から、ソレが近々辞めるらしいと聞いたのです。周囲もあれだけコテンパンにやられたら、タマランやろと同情してました。
何か失敗したわけでもないらしい。ただ、大人しいし、損してた。それだけやられても反論もせんかった。
ご当人のOKA君に直接聞いたけど、反論する気もナイと云うてました。このOKA君は下手やのに麻雀で一ヶ月平均、五万円も負けてたのです。よおそれで生活出来るなあ。
私とは二三回しかしてませんけど、確かに降りることをしませんでした。強気一辺倒で、手の内無茶苦茶やのに相手がリーチしても自分の手を何とかと考えてる。これでは負けます。
ソレが辞めたのが六年前。今何してるのやら。
私の時は、そんな罵倒されることは無かったけど、避けられてることは分かってました。長からの話し方は丁寧やったけど、情報は遮断され、除け者扱い。
オナジ部署の連中もソレをイヤがって長を避けてました。鬱っとおしい奴やからなあ。
それが、ナンでエライさんになったのか。確かに頭は切れました。独特の発想もしてました。それなりに私も評価はしてました。そやけど、人間性はダメ。癇癪持ちで身勝手で、所謂ヨイ格好しいですから、どこかの総理大臣とヨオ似てます。
これが、私らの部署の長に就任したとき、挨拶でこんなことを申しました。
「辞めなくて良かったという職場、何でも話しあえる明るい職場にしたい。」
どこかの総理大臣も就任演説でやってましたがな。
「長生きして良かったという国にしたい。」
この話とだぶります。
結局、明るい職場では無かったし、ナニも話しあえる雰囲気でもなかった。
何でも、自分中心。誰かが自分と違う意見を云うたら、もう気にいらん。いかにも感情を押さえて云うてるツモリやろけど、顔が真っ赤になってます。
小さな事は部下に任したら宜しいのに自分が判断せんと気に要らんのです。陰で皆が云うてました。気が小さいのやで。
私の業務にしたかて、全部取り上げて、手に負えんからとほったらかしにして、土壇場になってから突然、やってクレ。
まともなら、一年の業務を三ヶ月でヤレ。次には一ヶ月でヤレ。勿論、それなりに計画変更しますけど、最後はとうとう二週間でヤレ。
幾らナンでも、この二週間でヤレは異常です。オカシイと思いました。
「こんな方法でも宜しいですか。」
更に対象を絞り込まんと仕方がない。了解を得て自宅に持ち帰ってやりましたで。会社に居ても鬱っとおしいしねえ。
私にも自尊心がある。その業務をやってしもたら後輩が大いに参考になって後々必ず助かるのです。どっちか云うと、後輩のための私の遺産みたいな感慨があったなあ。
必要性も緊急性も分かるけど、そこまで急ぐにはナニかがある。実は組織からの正式な情報は遮断されてたけど、私にも情報源がありまして、全社的な流れは耳に入てました。
人事異動の噂です。他の部署ではとっくに本人に発表されてました。その通告を何時されるのやろ。そやけど、この性格やから、早おて前日。下手したら当日やろ。
薄々そお思てたら、案の定当日の十一時頃になりまして、何処そこへの移動を宣告された。移動はその日の昼から。
ですて。それまでに残務を報告してくれ。後は誰かにやらせるとのこと。
そして、私以外にも三人が移動宣告を受けました。女二人と、男一人。
私は、自分だけかと思てましたけど、移動要員になった女の子が私と一緒やと報告しに来たのです。
残務云うても、殆ど完成してます。
「今日中にやってしまいます。」
事実、その日で完了予定やったなあ。
この長ですけど、実はつき合いも長いのです。それはそれなりに、不思議な縁もありまして、想い出もあります。学科は違うけど大学も一緒で、私の後輩です。
ただ、それだけに彼はやり難かったでしょうけど、私としては残念でした。つき合いが長い分、彼の考えていることは、殆ど読めてました。この人事もそおです。
場面、場面で素直にそお云うてるのか、イジワルな気持ちで云うてるのか。
私が残念と表現したのはイジワルな面が見えてたからです。昔のままの彼なら、又違ったかもしれません。
不思議な縁やし、今度マタ会う機会もあると思います。そのときには握手でもしてやって、お互いに素直な気持ちで昔話でも出来たらなあ。私は本気で思てます。
私は器量も広いのやで。それを示したらんとアカンやろ。
話を元に戻しますが、他の移動要員から今後共宜しくと挨拶されまして、一緒に移動先の職場へ向かいました。
そこに、何があるのか知らんとねえ。
(98/06/22)


9.リストラの実状(9) 我が身にもジワジワ(4)

人事異動を命じられ、この部署に移動したのは各部署から男三人、女六人。
ある部署からそこの長が礼儀として来てました。その人もよお知ってます。私と顔を併せて変な表情してた。君までここかいなと、そんな顔やった。
移動先の部署の責任者も知ってます。KOBA君で十年以上後輩です。
さっそく、業務内容の説明がありました。
要するに、現在準社員(主として定年退職者を対象として採用した一年毎の契約社員)がやってる業務を引き継ぐことで、その引継期間が一週間。一週間経過後からは三直二交代勤務(十二時間労働で夜勤もある。)になるのです。
結論的には予想を遙かに越える処置。もおスタッフ扱いではナイのです。決断の時期は近いと判断した。
作業者にされるかなあとは予想してましたけど、こんな形とは思てませんでした。
スタッフやったらどんな業務でも我慢しよと考えてたのです。作業者でも新しい組織を期待してました。
この人事は余程上層部が変動でもせん限り、サキの希望を断たれたことを意味してます。
それで、当日自宅に帰って家族に伝えました。
「残念やけど、近々に辞める。」
息子二人はまだ高校生。一応進学希望。
「大学進学については心配せんでも宜しい。」
それだけは伝えときました。
ただ、退職するにも困った問題がある。私にも自尊心があるし、十年以上の後輩に退職のことを相談するのもバカバカしいがな。
ところが、その数日後先輩社員のYOSHI氏が転属して来たのです。明らかに退職の勧めです。そんな人不足の部署ではナイからなあ。
そのYOSHI氏が私を見つけるなり、
「柴田ハン、何でこんなとこに配属されたのや。何か悪いことでもしたのかいな。」
「阿呆なこと云わんといてクレ。そんなことしてへんで。理由はこっちが聞きたいがな。」
「会社もエライ人事をするもんやなあ。正直云うて名簿は見てたし、柴田ハンだけは分かってた。他のも四十歳と四十一歳やで。
ワシは柴田ハンしか知らんけど、エゲツナイことするなあ。」
その日、YOSHI氏から事務所に呼ばれたのです。
「どおするつもりや。」
「はっきり云うて辞めよかて思てる。」
「その方がヨイやろなあ。実は、ワシも皆を辞めさせてしまえと上から云われてるのやがな。」
この日はこれだけの会話で終わったのです。
その次の日、マエの部署のアレから連絡がありまして、食堂で会いたいやて。今更、ナンの用事やろ。
食堂で話をしてたら、言葉の端々から今の業務内容は知ってる感じやったなあ。そんなんですかとでも云うてくれたら救いもあるけど、知っててこの人事かい。
肝心の本題ですが、
「柴田さん、ワコー電器から始末書を要求されてるのです。
もお二度とワコー電器には来てくれるなということです。」
「それと、始末書とどおいう関係があるのですか。」
「ワコー電器としては柴田さんが出張で来られるために工程を止められたり、スタッフの時間を取られて本来の業務が出来なかったということです。」
阿呆みたいな話やで。確かに岡山のワコー電器には出張でヨク往ってました。そっちばっかりの時期もあったけど、業務内容は代えられてまして、今や二年以上もご無沙汰になってます。出張に無関係な業務にした事情はアンタが一番よお知ってるやないですか。
其れ以前の職務内容から、先方のスタッフを使い推進してたのです。それは先方のテーマでもあるのです。
歩留まりの向上、工程の品質異常対策、クレーム対策、標準類の整備等々。一緒にやらんと進みますかいな。それこそ、先方を無視して勝手にやったら常識ハズレです。
こっちから一方的に往ったのでも無い。先方からの要請で時間の都合を付けて往ってるのや。どおしょ、ああしょ。その場で判断せんと進まんこともある。
それで、沢山の難問を解決したのやで。QCをやってて工程も見んと業務は出来ません。何にもないのにライン、工程のことですが、止めたことはナイ。異常があってその原因究明には当然その設備を止めることもある。
それをせず、不良ばっかり作ってたら収集がつかん。実際にはそれを最低限に喰い止めるために出張してたから、話が反対やで。
業務を外されてからもワコー電器からしょっちゅう来てくれと要請されたけど、アンタが拒否しただけやないですか。
それでも、要請するから、自費で休日に行ったこともある。それさえ、一年以上も昔の話やで。
何回も行ってたら確認する資料の所在も分かってる。そこの部署の長に断って、データをピックアップし、終わったらその長に資料を戻したと伝えてる。
その程度の常識くらいわきまえてるで。
自分は動かんと偉そうに顎で指図してるヤツも居てますがな。ダレとは申しませんが、それこそ、スタッフの時間を取るし、邪魔してる。そお云われても仕方ないのやで。
先方のスタッフから品質管理手法を教えてくれと、頼まれたこともある。
其れをナンやな。人事異動でワコー電器とも無関係になったのに始末書かいな。私を退職に追い込むための材料の一つにしたいだけやろな。
「ワコー電器の誰がそんなことを云うてるのですか。」
「FUJIさんです。」
こと人は技術的なことを真剣に質問するし、勉強熱心な経営幹部です。
しかも、もっとこっちに来て若い連中をドンドン指導してやって下さい。私からもお願いします。このとおりとか云うて、何回も手を会わされたくらいやで。
これはワコー電器の意向とは違う。本社から出向のKIMU氏が経営幹部で往ってるし。
此奴の立場もあるし、どっちみち退職も覚悟してるから、協力したろかい。
ということで、その場で始末書を書いたのです。
「貴社に対し私が出張の際、種々ご迷惑をお掛け致しましたこと、誠に申し訳ありません。
又、その折りには多大なご協力を賜り、誠に有り難う御座いました。
今後、貴社への訪問は致しませんが、遠くからではありますが貴社の益々のご発展をお祈り申し上げます。」
そお書いて提示したら、
「スタッフの時間を取って迷惑を掛けたことを具体的に明記して下さい。」
「それは譲れません。(こんな始末書みたいなもん、所属も変わって書くこと自体に抵抗あるのに、そお云うから我慢して、)その主旨を踏まえて書いたのですよ。」
( )内は言葉にはしてませんよ。
「まあ佳いか。デート印でも佳いので判子を下さい。」
「持って来てませんので、社内便で送ります。」
「佳いのですか。誰かに取りにやらせましょう。」
「そんな手間は要りません。送ります。」
こんな始末書を第三者にでも見られたらイカンやろ。そおいう配慮やろけど、そんなこと気にする内容でもナイ。
イザと云うときの退職勧告の準備。そんなことくらい分かってます。
今までもイロイロあったけど、この始末書の一件はさすがの楽天家の私でも此奴の全人格を見た感じです。
ワコー電器に無関係な部署に移動したのやから、始末書の提出要請があっても、あれは移動したからもお無関係になりました。ナンでそお回答出来んのや。馬鹿タレめが。
ダレでも自分だけが大切です。世の中、ちょっとは採算度外視の私みたいな阿呆も居てんとなあ。
それはやっぱり阿呆で損するのです。
(98/06/24)


10.リストラの実状(10) 遂に退職

もお十年以上も前のことです。ある音響機器メーカーが強引なリストラをした。
会社の所在地地域で不買運動が起こったらしい。それが当時評判になった。それが波及して会社の業績も低迷。
その地域住人にはその会社関係の人が多いのです。
音響機器は購入者が一般の人です。悪い評判が広がったら不買運動が波及する。
ところが、会社の顧客が不特定多数ではなく会社の場合、強引なリストラがあっても不買運動はナイ。
そこの製品を購入する会社からしてみたら、大いにリストラでもやって、その分値を下げてもろた方が宜しいです。但し、その地域からの人材確保は難しくなる。
事程左様に会社の従業員も又購入者となる製品を作る会社の場合、リストラも慎重です。そおでない会社は時として、エゲツナイことになる。
反面、少人数の会社は経営者の考え方もあるけれど、一般的には人情味がある。その替わり、会社そのものが立ちイカンようになって退職金も出んこともある。
社長さんやった人が駐車場の管理人さんとかガードマンをしてはるとかの話も聞きます。
そんなこと、一々上げてたら切りがない。世の中厳しくなりました。
ところで、私の事です。
この年の始め(1995年一月)に占い屋さんに見てもろた。限界に近い状態やったからです。二年前からイロイロあったけど我慢してただけ。
下手したら爆発してしまいそお。そやから云うて、世の中厳しいし、再就職云うてもそう簡単にナイことくらい分かってました。
そして、今年あたり何かある。そんな予感もしてました。円高もドンドン進んでた。
「会社を辞めよかと思てるのですけど、私の運勢、どおですか。」
「今年(1995年)はまだましで、1996から7年が最悪です。1998年から除々に良くなって、1999年が◎。
ですから、辞めても良くはなりませんが、アナタは思ったとおりにする人です。」
その「アナタは思ったとおりにする人です。」をどお解釈してヨイのやら。とりあえず、成り行き任せと判断した。
そして、オナジ会社に居た中学時代からの親友、MINORU君が、四月十一日付けで辞めてしもたのです。
何回も喫茶店で愚痴話をしたけれど、こいつは人事問題で辞めのではない。エライさんからの口での圧力と人間関係から切れてしもたのです。
それが辞めてしもて、四月二十日付けの会社人事で今度は私がキツイことになってしもたのや。移動先では仲間と辞める話ばっかりで。
仲間になったSAKA君もここまでやられるのやなあと申してました。
彼はマエの部署で、マズ職制から外され、職位も変えられ、何回も業務も変えられ、アホ扱いされたけど我慢です。そして、まだ追い打ちがあった。それがここへの移動です。要するに開発関係業務を外されまして、部署内での業務転々です。
彼に占い屋さんの話をしたら、是非視てもらいたいとのこと。
オナジ部署から来た、FUKU君はもともとメカ屋(機械専攻)さんで大人しい。表面的には新しい職場の設備を一生懸命勉強して、馴染む努力もしてたみたいやったけど、その先のことも視野にあったのです。
そして、あのYOSHI氏が事務所に私を呼び出した。
その途中、方々の部署をリストラしたあのエライさんがヒョコっと来てまして、バッタリ顔を合わせたのです。
私は軽く会釈しましたら、そのエライさんも、
「アレッ、柴田さんもここにおられたのですか。」
「エエ、そおですわ。えらい処に来てしまいましたわ。」
そんな会話です。私は知ってます。アンタがマエの部署に来て、アイツとナニやら打ち合わせしてたなあ。
そのとき、アンタがフッと私の方を見て、挨拶みたいに頷いた。そのとき、イヤな予感がしたのやで。あれはこの人事の打ち合わせであったはず。
そして、YOSHI氏に会うと、
「柴田ハン、悪いよおにせえへんし、もう辞めえな。」
「悪いよおにせえへんとはどお云うことや。」
「なんぼかでも退職金の上積みを総務に交渉したるがな。」
「頼みますわ。」
もともと六ヶ月の上積みは知ってたけど、このことは黙ってました。
この数年で何人も辞めたけど、十年以上勤めたら、六ヶ月の上積みがあることくらい公然の秘密やで。
退職金が幾らかもほぼ推察してた。この一年後、早期退職制度として正式に制度化され、四十五歳から基本給の十八倍となったのです。勿論、年齢が上がれば、支給率も下がります。
その日の夜、彼から電話があって、
「明日、退職届を出してくれ。総務のUE氏から、六ヶ月で了解してもろた。」
それやったら、変わらへんで。今更、どおでも結構ですし、了解してしもた。
当日はドシャブリの雨。
出社して、YOSHI氏に会おたら、もう退職届を持ってるのやで。その場で書いて欲しいのやて。
最終所属をこの部署にするのは厭やったけど、仕方がナイなあ。
今の職位を書くのもイヤやけど、仕方ナイなあ。
雨も降ってたし、物凄寂しかったけど、それも仕方ナイなあ。
挨拶でもしに回ろかなあ。そお思たけど、顔を見るのもイヤなヤツも居る。後で手紙か葉書でも出しましょかいな。そんな気分でした。
それが私の出社最後の日になりました。
1969年3月23日入社。
1995年4月28日退職届提出。正式には、5月11日付けの退職です。
在籍、26年と2ケ月で終わりました。この年の一月十七日には阪神大地震もあったのやで。
(98/06/26)


11.会社で出世する法(1) ムカッとしたらアカン

会社も千差万別。その社風、歴史があるし、一概にどおこお云えません。
出世だけが人生でもない。物事には解釈も判断もそれぞれの立場で違うがな。出世についてこんな事例がある。それだけのことです。
一緒に仕事をしたことのあるHYAKU君。
昨年末に会社を辞めて、もっと大きな会社に再就職してしもた。久し振りに会おて話をしたら、前の会社では気に入らんやつが三人やて。
そのうちの二人は一緒やったなあ。
まず、私らが所属してた部署の長が病気で入院してしもた。再起が難しいので東京の営業所からKIMU氏が後任としてやって来ました。
このKIMU氏ですが、専攻は理系ですが、営業やったし、製造関係が分かるのかなあ。部署の主だった連中はそお云うてました。
そやけど、製造云うても長やからマネジメントが出来たらそれでヨイのやで。私はその程度に考えてました。
当時、NO.2と自分で思てたWATA君は陰で申してました、
「営業やし、我慢したってや。」
これは皮肉で云うてるのです。
さて、就任したら、営業出身やし、誰にでも人当たりが宜しい。気さくでにこやかで。
私も以前から知ってますし、親しみを感じてました。ところが、日増しに評判悪化。理由は技術的なことは知らんのに、勝手に判断して拒否されて、仕事が進まへんのやて。
そのKIMU氏が、更に上からアレどうなってるのやと聞かれて適当な返事をしてしまう。結果、担当者が双方から叱られる。つまり、責任は部下に押しつけるのや。私はそんな場面に出くわしたことがナイ。ホンマかいなと半信半疑。
そやけど、あることがありまして、その噂が正しいと分かったのです。
あるクレームが発生しました。私はQCを担当してましたから、クレーム内容から判断して即刻関連の製品を社内で喰い止め、処置せんとアカンのです。
工場ではクレームに該当する製品はどれか。どれだけ製造したか。現在どの工程にどれだけあるかの調査を指示。
それと平行して、流通在庫も止めるため配送センターと営業にも連絡です。営業倉庫から顧客納入分まで未使用品の全てを回収指示したのです。
その上でクレーム状況を関連部署(社内スタッフ)とKIMU氏に報告。
この程度はクレーム発生時の再発防止のイロハです。つまり、マズは製品に関係する工場等に指示して、それから、社内の関連部署に連絡する。
そうでないと、時間によったら製品が動いてしもて手遅れになってしまうのです。指示された方も直ぐには動けんこともあるしなあ。事と次第によったら、人を手配し、応援を求めることもある。
工程のだけを止めて、流通在庫のことを忘れてたら、せっかく、対策しても流通在庫が納品されて、同様のクレームが再発してしまう。
その流通在庫を管理してる配送センターのQC担当者が調査してたら、社長さんが巡回して来て、
「何してるのや。」
「ハイ、柴田さんの指示で在庫調査してます。」
そんな話があったらしい。
その社長は別件でKIMU氏に電話した。そのツイデにその話もしたのです。それをこのKIMU氏、何をどお勘違いしたのか私に、謝罪のFAXを書けやて。
「これはナンとか社からのクレームで、先ほどご報告した件の内部処置です。」
「イヤ、先方の社長がご立腹やった。文面は私の勝手な判断で貴社の社員を使い申し訳ありませんや。」
この文面、後日、どこかで聞いたよおな台詞やで。
後日とは、それから七年後、私が退職直前の始末書のときです。「リストラの実状(9)参照」
更に、このKIMU氏、
「そのFAXを書いたら、私に提出しなさい。」
まあヨイわ。調査結果が届く頃やし、こんなことで揉めてられませんで。
FAX文書を提示したら、わざわざ承認印を押して、FAXしなさいやて。
この人ナンやろなあ。部下のミスを私が確認しました。そんなことまでする気かなあ。
万が一、部下がミスしたら、それをカバーする立場やろ。それより、私に詰問したらどおなんや。こんなことしてたら、顧客の信用を失おてしまうがな。このクレームを報告したのは一時間程前です。
そのときは、
「そおか、関係者にも連絡したのやろなあ。」
「流通在庫も全て手配しました。」
私は自分の返答まで覚えてます。
早速、そのQC担当者から電話が掛かってきて、
「FAX見ました。こんな話になるとは、社長も考えてなかったよおで困ってます。
それで、そのFAXを私に見せて謝っておいて下さいと。」
「分かって頂いてたらヨイのです。それより、結果はどおでしたか。」
「有りました。どうします。」
「私宛に発送して下さい。お手間を取らしますけど。」
「イイエ、こちらこそ済みません。社長もビックリしてました。これからも、宜しく。」
ある意味でホッとした。KIMU氏はどおでもヨイけど、この人間関係が崩れたら仕事にならん。にこやかに話をしてたのはそんなトラブルのナイ相手。そやから、女の子には人気があった。
尚且つ、ハイハイと云うこと利いて、面従腹背で上手に振る舞おてた連中だけ。結局、こんな上司にどお対応したらヨイのやら。これは難しい問題です。
このKIMU氏、この件だけと違いまして、まだまだありました。
ナンでこの立場になれたのか。会社上層部に覚え芳しかった。例のにこやかさでもって接するからです。
本当は、「申し訳ありません。以後気をつけます。」
つべこべ云うてんと、開口一番、謝ってしまうのが賢いのやろ。私みたいにムカッとしてしたらアキマセン。
(98/06/29)


12.リストラの実状(10) 関係会社のアイツら

これは、事例です。
何人もナンニンもの人が経験しています。まず第一段は自分よりも後輩の下に付けられます。
後輩は他部署から移動して来ますが、オナジ役職やのに実質的には降格や。
全ての指示はその後輩経由ですから、ハイハイと聞かんとしょうがない。
最初はその後輩も業務内容が分かりませんから、先輩にイロイロ尋ねます。その先輩も相手が後輩やから親身になって一生懸命助言する。
一年もしたらその後輩もほぼ内容が分かりますから、たまにしか打診せんよおになる。それもありますし、その人事をした当事者はその光景をしっかり監視しています。
一年も経ったら自分で考えて、自分で判断せえと、釘を刺す。確かに、何時までもそんなことでは頼りないし、心配やがな。そのうち先輩もその役職も業務も降ろされてしまうのです。
早い話が何の業務でも知識と経験が必要。私らのQC業務は特にそれが要求される。クレームで顧客に訪問して、技術的な説明を求められ、
「私は新人ですから知りません。」
こんな受け答えは出来ません。問題が発生したらどおするかを判断し、指示せんとアカンのです。
その新人のソバに経験者を置いといたら、自然に引継が出来てしまうのです。その経験者がイジワルせんかったらやけどなあ。
私らはそんな意図が分かってても、イジワルをヨオしませんです。阿呆やからなあ。
引継が出来てしもたら先輩も邪魔になり、主要業務からは外されることになる。
ホンマやったら気に要らん相手はサッサと飛ばしたらヨイのですがそれは致しません。引継も重要やからです。
そして、後輩から指示されて、便利屋さんとして使われることになる。プライドもへったくれもありません。その人事も後輩の責任でもないし、腹立ちの持って行き場もナイのです。
部署の長は、悉くそんな連中を無視し、阿呆扱い。要するにちょっと自分の意見を云うと何でもないことに真っ赤になって怒るのです。
リストラ対策本では会社でのイジメがあって、集団的イジメやから周囲さえ挨拶せんようになるとのことです。
孤独な状態に追い込まれるから、学校のイジメとヨク似てる。そおも書いてますが、違います。集団ではナイのです。あくまでも個人です。
キツイのはそんな人事されても、どおすることも出来ません。不当人事であると、何処に告げ口するのですか。
不当人事なんかそこらに充満してる。本人も周囲の者も認識してます。前にも触れたけど、業務成績が最低とか、そんな評価を誰がするのかです。寄って集ってはやってナイのです。たった一人がやってよる。
対策本に書いてあったけど、周囲から挨拶されんようになるし、言葉も掛けられんようになる。これは、失礼ではありますが、その人の人間性が大きいと思われます。
それなら、自分からしたらヨイのです。自分から挨拶して、会釈もされんと、あっち向かれるようなことがあったら、あっちの人間性の問題です。
私もその部署の長に、極普通に挨拶はしてました。当たり前やからです。会社からアイツと喋ったらアカンとか、そんなことなら戦えます。
それが、社内やったら、喋れんかっても社外なら宜しいではありませんか。そこまで、同僚が気にして、喋ってくんよおなら、当人の人間性が問題です。
再度申します。会社でのイジメは集団ではナイ。個人です。むしろ、周囲は同情します。その同情の方が辛いのです。
考えてもみなさい。例えば後輩が、
「柴田さん、今辞めたら損ですよ。不景気ですし我慢して下さい。そのうち、体制も変わりますよ。」
後輩から云われたら、嬉しいと云うマエに私らが後輩に云うべき言葉です。
それとです。業務として雑用みたいなことさせられて、誰かがお手伝い致しましょうと云うてくれて、やってくれてても、その人事の張本人が監視してまして、その協力者に、
「それ、おまえの仕事かいな。」
わざわざ云いに来るのです。そやから、申し出があっても遠慮しとくことになる。私かて、そこの部署のままやったら、退職なんかナニがあってもしてませんで。その張本人のためにもです。
牛の刻参りでもしたろかい。明るい夜道ばっかりと違うぞと云うてやりたいけど、そんな阿呆なことも出来ません。それこそ、家族、親戚、親友、その他、諸々に申し訳が立たずです。
ダレでもです。私みたいな立場でも辞めてません。その先の人事があったために観念してしもた。そこには張本人が居てナイのや。
そんな復讐心だけで意地にでも辞めんと云うてても、自分自身の価値とか、存在とはナンやろなあ。そんなことを思い続けて、耐えんとアカンのやろかなあ。それでは、毎日、ただただ、歳を取るだけです。
ナニも社会に貢献することにもならへんし、そやけど、とりあえずは家族のためです。
それを復讐心で支えてるだけやけど、移動で目の前から対象が無くなってしもたらしょうがない。それこそ、ワコー電器に往ってた時、仕事が終わって京都に帰ろかなあ。
「そしたら、失礼します。」
挨拶したら、そこのQCをやってる若い連中から取り囲まれて、
「チョッと待って下さい、柴田さんは会社が好きですか。実はもお辞めたいなあと思てるのです。」
そんなこと云うし、
「私も一日の内、何回、そんなこと考えてるか分からんくらい考えてるで。辞めるのも勇気かなあ。
それやったら、まだ辞めてないし、勇気があらへんのかなあ。」
そしたら、
「以外ですねえ。柴田さんは仕事だけかと思てました。」
そんなこと云われて、こっちがビックリした。私は真正直に答えただけやけど。
その会社で希望退職募集中の時期でした。たまに早お帰るつもりやったのに、いつもの最終になってしもたのです。
そいつ等、その上司を全然信用してナイ。
私は上司とは違うのです。別会社やし、その上司に文書を提示したウエで説明して、指示をしてます。
にも関わらず、そいつ等、必ず確認しに来るのです。正直云えば、指示内容がズレてしもてるのです。そいつ等でも分かるくらいのズレです。
「こんなんで、いいんですか。」
「エッ、ちょっと違うなあ。」
その指示文書見せたら、
「それ、見せてもらってないです。いつものことですが。」
文書をまた渡して、説明して。
「全然、違うやないですか。それで分かったのです。おかしいなあと思てました。」
「イヤ、ちょっとダケのズレやで。」
そいつ等、まだ辞めてない。それどころか、嬉しいことに幹部候補生になってます。
うまいこと、順調に育ってくれて嬉しいです。表題のアイツらとは此奴等のことです。
(98/07/11)


13.会社で出世する法(2) 教訓十箇条

会社に二十六年間在籍して思いました。
会社で出世する一番の方法は、まず上司に胡麻が擂れること。
上司と云うても、出来る限り上の方ですし、趣味も合わさんとアカンのやで。
二番目の方法は、上司に云いたいことがあっても云うたらアカン。
上司も自分とオナジということを肝に命じておくこと。
三番目の方法は、優秀な部下は育てたらアカンのや。絶対に押さえつけること。
そもそも、NO.2を育てたらアカンのです。自分の地位を脅かされるだけですから、目立つ仕事はすべて自分がやることです。
四番目の方法は、他人の成果を自分がやったことにすることです。それを本人の前でも堂々と公言し、上司にも自慢すること。それで自分がしたことになるやないですか。お手柄を戴くことです。
五番目はその逆で、自分のミスでも他人に押しつけること。
上司の前で、押しつけたヤツを叱りつけること。要するに責任を取ったらアカンや。
六番目の方法は、自分について来るヤツを引き立てたること。
そやけど、基準が違うなあ。イエスマンと云う意味です。胡麻擂るヤツは可愛いですよ。
七番目は、敵対者を徹底的に叩き潰すこと。
自分の取り巻きを登用するためにもそおすること。材料があったら、何でも経営陣に告げ口する。
八番目は、上司の前でも部下に偉そうに指示すること。
それが、公私混同でも構いません。自分がマネジメント出来ることを誇示するのです。たとえ、マネジメントの勘違いでも結構です。
九番目は、ウソでも宜しい。上の指示やと云うて、誰にでも指示することや。
つまりは、虎の威を借りること。
十番目は、上司が居る処では滅私奉公していることを示すこと。
普段は適当で宜しいです。
その切り替えが大切で、よおやってると信じ込ますことが肝要です。
以上が出世するための独断と偏見の教訓十箇条也。
全部、ホンマですよ。マキユアベリは正しいのです。会社員で在籍数年以上、つまりある程度の社歴がないと会社の内情は分かりませんです。
それで、十箇条に当てはまるよおな幹部が見当たらんのなら、羨ましいことです。そおであることがヨイに決まってるよなあ。
色々云うてますけど、私が在籍した会社も昔は活気があったのです。
胡麻擂りも何人か居てましたが、可愛いもんでした。それが、何時の間にやら変わってしもた。寂しいことですが、そんな気持ちでの十箇条です。
それと、リストラ時代にはそれに該当する人が生き残るよおな気がしてますし、そおでなかったら生き残れません。そおでないほうが佳いけれど。
会社もリストラ時代に突入して、ほぼ十年。辞めた人、残ってる人、その年齢、背景からもそお思います。
とは云え、この十箇条全てを満足出来ることも、それはそれで大変な才能と思います。
人によったら、一つや二つくらい何とか出来そおやけど、それではアカンのです。やっぱり、五つくらいはやれるよおになって欲しい。
それを満足すれば、とんでもないエゴ人間が出来てしまうやろ。逆やったら、お人良しの単純人間。
学校の先生やったら、後者みたいな人間にならんとアカンよ。エゴ人間は世の中を不幸にしますと云わはるやろけど、それでは出世は出来ませんで。生き残ることも出来ません。
出世だけが人生とは違う。人間、死ぬ瞬間まで幸か不幸か決着は付いてない。私はそお信じてる。
そやけど、云うたげる。神さん、仏さん、それこそキリストさんも、案外、余所見したはることが多いのや。
それはそおと、その十箇条の証明をしてみます。
私が所属した部署のKIMU氏のことです。
このカタはとりあえず、六十%を満足して、合格点。
何の実力もマネジメント能力もナイし、左遷されました。その経緯は知ってるけど、無関係。珍らしくも出世して戻って来ました。
さて、私は他の部署に移ったのですが、これは私にとっては嬉しい移動やったなあ。
暫くして、クレームで顧客が韓国の会社(そこで作った製品での問題でした。)を監査されることになりまして、その対応で当時の長、HATA氏と一緒に韓国に出張した。
せっかくやし、表敬訪問。そのKIMU氏に会えば、下らんこと申すのです。
「その顧客への説明はHATA氏がして下さいね。柴田さんは止めた方が宜しいですよ。」
私は前のことは水に流して、表敬訪問してるのに、このオッサンは何を勘違いしてるのや。
要するに口調は柔らかいけど、私には技量がナイからHATA氏が対応しなさいと云う意味や。
HATA氏には失礼やけど、その知識はナイのです。それもKIMU氏は承知のこと。
そやけど、その意味さえHATA氏は理解してないから、私だけがムカッとした。
明くる日、今度は私らの処へKIMU氏がやって来て、その続きです。
「HATA氏、顧客に何を報告するのですか。」
にこやかに聞くのです。それで、HATA氏は、
「柴田さん、説明して下さい。」
やっぱり、昨日の話を理解してなかったけど、しょうがない。資料を提示して説明し出したら、KIMU氏は資料に眼もくれず、
「HATA氏、どおするのです。」
HATA氏の方だけ見て説明を促すのです。様子がおかしいから、HATA氏は懇願するように、催促するよおに、
「柴田さん。」
こんなこと、第三者が見てたら阿呆みたいな情景です。
ほっといたら変な空気がもっと変になる。私も忙しいのや。やることが沢山あるし、そんなこと無視して説明開始。
「HATA氏、困りますねえ。」
まだ云うてます。
「もお一度、最初から説明しましょうか。」
「最初からにして下さい。」
KIMU氏、よおやく、こっちを向いた。
説明が終われば、KIMU氏は、
「HATA氏、それで、どおするのです。」
まだ云うてますから、大したものです。表情は常にニコヤカやから感心する。
このHATA氏も縁故で会社に入社して、まだ一年。技術屋さんでもナシ、分かるはずがナイ。
そんなことKIMU氏も百も承知。承知してるからやるのです。イケズなヤツやなあ。
韓国の主要メンバーも同席してるけど、下向いてしもてます。そやから、ワザワザ、恥をかかしてるのや。
「現在は対策済みです。
今回の監査はその確認のためのもので、これから手分けして説明用の資料を作成予定です。」
私が答えたら、KIMU氏曰く。
「その資料の説明はHATA氏がして下さいね。」
この人、どこまでイジワルや。HATA氏の面目まる潰れ。それが、KIMU氏の目的です。私もハタ氏をそこまで評価してませんが、それとこれとは別問題。どっちか云うと、このHATA氏も私みたいに単純な処があるし、人間的には面白い。そやから、私も腹立った。そお云うKIMU氏も、ナンにも出来んかったクセになあ。
HATA氏もこの段階ではマシやったけど、そこからとんでもないことして呆れさせました。
ところで、普通なら、KIMU氏も退職までこのままやけど、ナンでそこんなことになったのか、大したもので、日本に戻って来たのです。
大出世して、幾つかの部署の統括することになったのです。
そやけど、このHATA氏とKIMU氏のお陰で、あっちもこっちも悲惨なことになってしもたのです。
(98/07/02)


14.リストラの実状(12) 他のメンバー

「リストラ」と申しますと、通常首切りを意味します。
元々はリストラクチャリング(Restructuring)です。再構築、再組織化。
こっちに都合の佳い解釈なら人材の有効活用で、現状にとらわれず、人材を生かすための組織の見直し。これが、正しい解釈のハズ。
経営者側からは、組織の活性化は当然のことで、そのためには追い出しもしょうがない。
イランのは追い出してでも、組織の活性化を計ることです。ただ、イラン奴の基準が問題で、曖昧模糊。
テレビでやってたました目安です。
1.途中入社組が危ない。
2.一言多い人が危ない。
3.ネクラが危ない。
4.真面目過ぎるヤツが危ない。
「それには、仕事が出来る出来ないとか能力の問題は無関係。」
そんなことを云うてました。チョッとだけホッとする。多分ですが、私は、2に該当してます。
4は過ぎるまでは行きませんが、不真面目でナイことは確かですが、ナンで、4がイカンのかが分かりません。上司がやりにくいのやろか。
そやけど、これは公式論で本音の基準があるのです。余所のことは分かりませんが、人間やから好き嫌いもある。
4.は上司より(仕事が出来る)真面目なヤツが危ない。
項目の追加です。
5.上司より、先輩社員が危ない。
これで、アル程度納得です。
4.は上司の意見と合わんときです。上司の意見を通しても、結果、アカンことがアル。そしたら上司の面目ナシ。
真面目なヤツはキッチリ、覚えてるから、それがイカンのです。結局は好き嫌いやなあ。
4も、5も、上司のプライドがある。鬱っとおしいヤツはイランのです。
ところで、私が最後に在籍した部署のことです。
オナジように移籍した連中はどおしたのか。結果は全員辞めました。もともと、この部署はそれが目的です。
SAKA君は分類すると、2が該当です。現在、個人で事業をやってます。大したものです。
FUKU君は、1、4が該当です。再就職して専門の機械の設計をしてます。よおやく、自分の好きなことが出来ると云うてます。
NISHI嬢(彼女は5だけ)も、
「悔しいけど、私も辞めます。」との連絡がありました。
「暫く、勝手しますけど、適当にパートでも探します。女の子やったら、結構その程度の仕事もありますし。」
NISHI嬢の話ではKOBA君からキツイことを云われて、やられたらしい。
女の子も二交代にされて、朝、KOBA君が来たら何がどおなってるのか報告させられのです。チョッとでもミスしたり、作業量が少なかったりしたら、大声で罵倒されたとか。転籍したばかりで、物の名称さえ覚えてないのになあ。
「バカタレ、そんなことすぐ覚えて当たり前や。これが、ズッと続くんやゾ。」
怒鳴られるし、皆、KOBA君が来たら、震えて逃げ回ってたらしいです。NISHI嬢はどっちか云うと気の強い方やったけど、それでも閉口したのです。
そのNISHI嬢もこのKOBA君より遙かに先輩です。
最後に辞めたHISA嬢(彼女は4だけ)は部署内でコロコロ仕事を変えられてイヤになったとか。
この子は器用でどんな仕事もこなせる。どの仕事を主にするのか尋ねたら、余計にそんなことやられて決心した。
要するに、YOSHI氏の話やないけれど、どんな方法を使てでも、自分から辞めさせるよおにするのですから、たまりません。
結局、YOSHI氏は一通り辞めさせて、元の部署に戻ったらしい。
リストラ対策本の著者さんは、我慢、ガマン、退職したらアカンと云うけれど、組織的にやられたら、どおしょうもナイのやで。
(98/07/03)


15.覇権戦争(1) その発端(1)

これも、リストラのことです。
HATA氏はコネで途中入社し、私が所属してた部署の長となりました。
人間的には浪花節で面白い。ただ、欠陥が幾つかあったのです。その欠陥も含めて色々あって、結果的には失脚してしもた。
まず、韓国での話の続きになります。あの陰険なKIMU氏と、どおこおがあったけど、私は当面の顧客監査の資料を作らなアカンわい。
工場長と相談して、品質管理のメンバー数人と関係する工程長にデータを揃えるように指示したのです。余談ですが、この工場長は私が前の部署のときの弟子です。
品質管理、管轄の製品の製造の管理要点、色んな技術的Know−Howを教育した実習生です。実習生は四国香川県の工場で実習しました。
実習生の人数は四名。品質管理、工程管理、計測器、設備の責任者で、勿論そんな広範囲なこと、私一人では出来ません。ホカには設備のITA君、生産管理のKUNI君も来てました。
品質管理と製造の管理要点は全員に関係します。日程は限られてるし、夜まで勉強会をやりました。
勿論、適当にパチンコとか映画に行ったりして、思えば全員が同じよおな年齢で若かったし、楽しかった。
韓国の人は全員、アルコールが強かったけど、面白いことに京都から参加の連中は揃いも揃って下戸。実習の打ち上げ会でもエライやられてしもて、ビール、コップ、三杯でヒックリ返りそうになりました。
そのあと、海外出張(韓国)したときも、関係者全員からアルコールで攻められた。飲めんもんは飲めません。今度は、実習生諸君が適当にカバーしてくれた。
韓国では、珍露が有名です。むこうのエライさんがこれを飲めと勧めます。実習生諸君が杯だけ貰てくれ、後は任せとけ。耳打ちしてくれるけど、その韓国のエライさんが側を離れてくれません。結局、エライさんに謝りました。スミマセンです。飲めません。
その実習生諸君と寝食を共にして、日本語を教えたり、韓国語を教えてもろたり。そのときからなら、十五年になるのです。
と云うことで、この工場長とは親しく、彼は頭脳明晰で、私よりも歳ウエですが、弟子、門下生に間違いなし。
勿論、工場長は日本語ペラペラで先生の私が京都ですから、若干京都弁。全員が散らばって、私と工場長が資料のマトメと清書をすることになったのです。
「ところで、柴田さん。パソコンは使えますか。」
「アカンのや。」
「ウソでしょう。」
このときはパソコンはダメでした。一太郎どころか、DOSがナニかも知りませんでした。
「パソコンしてたよ。見たよ。」
確かに、会社ではキーボードを叩いてたら、
「コンニチハ、お変わり有りませんか。」
後ろから言われてビックリしたことは記憶してます。
「アレはチガウで、文作君(ワープロ)やがな。」
「柴田さん、日本人やったら、誰でもパソコンを使えると思ってましたよ。
ブンサクはワープロですねえ。それは、有りません。」
「工場長は出来るのやろなあ。マトメを二人で一緒にやろて、アンタが提案したのやで。」
「パソコンの得意は品質管理のユー(韓国の苗字)です。私は勉強中。」
「そしたら、メンバーを変えんとアカンがな。」
「三人でやりましょう。私もパソコン、覚えたいです。柴田さんもでしょう。」
「そら、そうやけど、そんな時間あらへんで。」
この工場長はどこまで本気か冗談か、時々奇妙なことを云うのです。工場長と私がマトメをやることにして、品質管理のユー君はこっちに加わってもらいました。
私が原稿作成で工場長は資料の収集、YOU君はパソコンで清書。
このデータ、あのデータ、対策日、その後の状況等々、沢山の資料を集めて、会議室は書類だらけになりました。それをまとめるのも大変です。
朝の十時頃にスタートしまして、まだ足らんから、揃えて、ハッと気がついたら夜の十二時頃。よおやく、マトメの目処がついたのです。
工場長にホカのメンバーを帰るよおに指示したのです。
「もお、他のメンバーは帰ってもろて、私と工場長とYOU君だけで佳いで。」
「先生をほっとけませんよ。」
「工場長はアカン。YOU君もまだアカン。その他のメンバーのことや。」
「ダメなんです。私が帰らないと帰れないんです。この国の習慣です。」
そのアトです。
「柴田さん、若干一名、向こうでイビキです。」
工場長がニヤニヤして云いに来た。
「大夫、前からみたいです。夕方の八時頃からのよおです。YOU君が笑ってました。」
「まあ、HATA氏にはナニもやってもらうことあらへんしなあ。ホカのメンバーにスマンなあ。工場長から、謝っといてんか。」
「柴田さん、HATA氏にナニか手伝ってもらっても邪魔になるでしょう。それと、あの人、一人で来ることありますが、何時も寝てますよ。」
このHATA氏ですが、私もこの程度は微笑ましいくらいに思てたけど、もっとあったのや。
このときは、一端を知っただけ。その後、とんでもない場面に出くわすことになる。
(98/07/07)


16.覇権戦争(2) その発端(2)

韓国に出向してたKIMU氏が、突然日本に戻って来ました。
ここからは日本での話です。
これにも幾つか裏があったらしい。本来なら、HATA氏をもっと上にするハズやったけど、思ったよりダメと会社幹部が判断したのです。
私はそんな告げ口なんかしてませんけど、誰がしたのかは知ってます。そのきっかけは、こんなことでした。
クレームで顧客に訪問したときです。クレグレも相手は顧客です。しかも、ダレでも知ってる有名大会社。
さて、クレーム内容によっては営業だけですまします。それが一番多いのです。次はQC担当者が訪問です。
更に重要度が増すとQC責任者も同行。本来はここまでで納めてしまうのです。
もっと重要になると、その最終報告等で部署の長が呼ばれることがある。場合によったら、賠償金のこともある。お金のことはQCでは処理出来ません。ここまで来てしまうことも、年に何回かはあるのです。
もっと、キツかったら、まだその上の経営陣も同行と云うこともありますが、これは大問題のときで、全部署をまとめて、年に数回程度。
と云う前提があって、このときは部署の長が行くのですから、重大クレームですが、対策スミですから経過報告。
私の主導ですから、HATA氏はウンウンと頷いてたらよいのです。こんな場合は営業のエライさんも同行です。
そこで、バランス上、先方のエライさんも出て来られます。この場合、一般的には先方と当方が対峙するのです。双方、そのエライさんを中心にその周辺を主要メンバー順に席を取ることになる。営業は付き添いやから端で宜しい。
私と先方の技術的な問題の丁々発止が始まって、まあ山も越え、一段落付いたから、フッと隣のHATA氏を見たら、寝てるやないですか。
先方のエライさんは、真正面やからニガ笑いしてます。要するに先方は向こう側やから様子が丸見えです。
私は、横ですから、肘で小付いたけど、別世界。豪傑と云えばそれまでで、途中から、先方がニヤニヤし出しますから、おかしいとは思てました。
そんなこともあって、その直後にキム氏が韓国から戻りました。経営幹部のSHIGE氏の下でKIMU氏が統括することになったのです。
そのSHIGE氏も、KIMU氏の実力ではアカンと分かってるけど、上の指示やから仕方ナイ。
HATA氏も、本来なら自分がその立場になる筈であったことを知ってたはずで、ガッカリしたのか、それから益々オカシイことになったのです。
私はクレームとか工程改善で社内にはあまり居てませんし、そんな事情は知らんかったけど、余りにも非常識やから、次第に耳に入ったのです。
この部署を元々統括してたのは私の大学時代からの同級生。コレに呼ばれ、その部署に移動したのです。朝、私が移動して、全員に挨拶。その昼、このHATA氏が就任した。
HATA氏の名前までは知らんかったけど、一ヶ月程前に、ワコー電器でバッタリ合おてました。
「トイレ、何処ですか。」
「あっちです。」
そんな会話があったのです。どこのオッサンかなあ。営業さんかなあ。そんな程度でしたから、エッあのときのオッサンやないかとビックリした。私もオッサンやけど。
そのときは、ナンの背景も知りませんでしたが、暫くこの部署の面倒を見させ、その実力により、SHIGE氏の副として、統括させる予定やったらしいです。この部署に来たのは、お手並み拝見です。
そんなことで、私としたら、早よ上に往ってもらわんとアカンのです。そしたら、同期のが復帰出来るやもシレン。本人はそんな甘いもんではナイと申してましたけど。
このハタ氏は業務時間中でも寝てました。眼鏡を掛けてるし、分かり難いとの噂だけは聞いてましたが、ホンマかいなと疑心暗鬼やったのですが、腹の立つくらいにしょっちゅうでした。
まだまだ、こんなもんとチガウかったなあ。
HATA氏がワコー電器に出張する旨、アシスタントの女の子に伝えて朝から会社を出やはったことになってました。
そのあと、アシスタントの子にSHIGE氏から(本当はKIMU氏がやるべき業務です。)電話で、
「HATA氏はどこや。」
「ワコーさんに往ってます。」
「すぐ、戻れてと伝えてくれ。」
それで、着く頃にワコー電器に電話したら、HATA氏が来られるとの話はありませんし、来ておられません。
まさかと、自宅に電話したら、本人が出てきて、ロレツが回ってないのやて。
女の子は云うてました。そんなん、しょっちゅうやで。朝、よお遅刻するけど、アルコールの臭いがプンプン。
社内のドコソコへ往くと云うて、会社の回りをタバコを吸いながらお散歩です。これは私も見てしもた。
その当時、会議室での会議以外はタバコを吸うたらアカンことになったのです。勿論、休憩時間中以外はアカンのですが、HATA氏は会議室を一人で陣取り、書類広げて、タバコ、スパスパ。こんなこと、数え上げたらキリがない。
そして、タマタマ私が用を足しにトイレに往ってたら、何や声が聞こえて来る。
「YAHサーンか。YAHサーンよ。オーイ。」
HATA氏の声はよお通るのです。このYAHサンとは私の同期生のこと。
今でもこのYAHサンには会いますが、本人にもこのことは云うてない。読めばどお思うやろなあ。今更、どおでも佳いのやろ。
YAHサンもHATA氏が来てから、部署内でアッチコッチ職務を代えられ大変やったやろ。管轄してる製品の産みの親ですから、全てこなせるのです。
それで、ナンでそんな名前をこんな場所で声に出したかですが、HATA氏も予感してたのやろ。
決定的なことは次です。マタ、やってしもた。今度はワコー電器に顧客が訪問されることになって、営業関係者とHATA氏と私が対応。以前の顧客でのことを再現してしもた。
このときは、ワコー電器の面々も営業担当者も頭に来てしもた。営業は前の担当者とはチガウけど、それが私に云うたのです。マエの件も聞いてるで。
そんなことが社内のことも含め、SHIGE氏、KIMU氏とまだまだ上にも往ってしもた。
そんな理由ではナク、クレーム多発と業績不振(でもナイけれど、)で、HATA氏は解雇です。
クレームで一々首切られたら、私ら業務ですし、幾つ首があっても足りません。そんなことで、部署の長が解雇になったのは私の知る限り初めてです。
この解雇はHATA氏の行状からは仕方ナイ面もある。勝手に転けてしもたのです。それにしても、このHATA氏ですが、会社を舐めてた節もある。
もともと、有名な会社に勤務してまして、転職して、いきなりの長です。
せめて、顧客面前の居眠りとアルコールさえ控えてくれてたら、KIMU氏よりはマシでした。仕事上では物事の勘所を把握する技量に凄いものがあったと認めます。
居眠り事件は営業関係からの報告ですが、社内でのことはダレやろなあ。その後任が決まるまでの長として、HATA氏はヤーサンを指名した。
これが、HATA氏の最期の仕事で、この解雇がKIMU氏の初仕事。
(98/07/08)


17.覇権戦争(3) 奇妙な人事

選挙も終わって、橋龍さんも辞任した。
それで、KIMU氏のことです。韓国から戻りまして、HATA氏を首にした。次なる仕事はその部署に誰を据えるかです。
ヤーサンなら丸く収まる筈やったけど、なりませんでした。以前に私が所属の部署のア君を選んだのです。これは、奇怪な人事です。
モトモト、そのア君はキム氏が戻り、しばらくしてからQC全体を管轄をすることになったのです。実際には大した仕事はなかったけど。
もともと各部署にはそのプロが居てます。悪いけど、ゴチャゴチャかき回すだけの仕事でした。
そのア君をこの部署に持って来たもんやから、その後釜が必要です。別の部署のQCをやってた若いMO君をその席に付けた。
そのMO君の上司ですが、そんな人事のことを夢にも思てないころ、
「あいつは、目立ちたがりで、ホウ(報告)、レン(連絡)、ソウ(相談)がナイのやなあ。」
あっちこっちに首を突っ込んで、イロイロ指示して、指示された者が報告したら、そんなこと云うたかいなあ。報告せんからアレどおなったと聞くのも大変やでとぼやいてた。関係会社からも、非常に評判悪いのです。
無闇に首を突っ込むのを勉強家と誤解した人が居たのです。私は直接的には関係ナイし、ホウレンソウのことは知りませんけど、関係会社、その部署の連中から評判だけは聞いてました。
そんな人事をしたものやから、その上司も含め、先輩格が全員出向です。
そら、若いのがいきなりその上司の上に座ることになる。本人もやり難いし、上司こそ晴天の霹靂です。
自分で云うのもナンやけど、私もそれと比較したら、遙かに格上。その段階で出向でもナンでもしといてくれたら良かったのに。平々(ペーペー)ですから、そおはならんかったなあ。
私こそそれが希望でした。陰湿な会社でジクジクやられ、カリカリしてるより、海外にでも何処にでも往って、自分の使命を果たせる方が遙かにやり甲斐がある。
どっちか云うたら、当時それを希望してる人が多かった。それくらい、社内は陰湿な雰囲気でした。
その評判の悪い、MO君(若いからアカンのではナイ)も、誰かに似て奇妙な話をしてました。
例えば、韓国工場の連中は面従腹背である。信用したらアカンぞ。
韓国工場の連中がこの話を聞いたら怒りますで。
ある不良の問題で再現実験を工場に指示。口ではハイハイと答え、実際にはナニもしてくれん。そんな話です。
先方にしてみたら、モトモト他の部署の顔も知らん若いのが来て、その内容も分からんと指示されたかて工場の幹部も二十年選手です。結果くらい分かってます。
話がそのとおりなら、やり尽くされた実験やし、過去の資料を調べてから指示すべき内容でした。私なら、どおしてもやらんとアカンことなら、説明したうえで、
「すまんけど、どおしてもやってクレ。」
無理を承知で指示せんならんときもある。モ君の指示した実験は結果予測が付いてます。私はイヤというほどやって来た。
それでも、設備、人、材料。少しづつ違て来てますし、昔のデータとチガウこともあるのです。顧客との事情により、どおしても現状データを示さんとアカンこともある。そんなことを説明したうえで、指示するベキやで。
もっと云えば、任せっきりにセズ、途中で経過を確認したり、立ち会うなり、そんなことは実験のイロハです。
仮にでも実験品が正規品に混入したら、大変なことになる。クレームにでもなったらどんな説明するのやろ。
そんなことを自慢たらしく吹聴する程度の人間を統括責任者にしたのです。
このMO君も本社の人間である。しかもエライさんや。ただそれだけで、指示しても韓国工場の工場長も聞いてくれませんで。
「この若いのは、何者や。偉そうに云うて。」
口にはしませんが、こお思て当たり前。一応、本社のエライさんやから、ハイハイと返事しますが、逆の立場も理解出来んとあきません。
私は黙ってられんから、これだけ云うといた。
「その工場長はそろそろ二十年選手やで。それなりの説明してやらんと失礼やなあ。」
ある程度の若返りは佳いのですが、もっと両目を開けて人選して欲しい。若手で優秀な人材はホカにも沢山居てるのにナニを見てるのか。
そのやり玉に上げられた韓国工場の工場長。知ってるどころやないで。悪いけど私が教えた実習生の一員です。
優秀なんやから、馬鹿にしたらアカンのや。
(98/07/14)


18.覇権戦争(4) 人事刷新

この説明は難しい。登場人物が複雑です。
組織図でも示しせば分かるやろ。幾ら何でもそこまでは出来ません。
結論的には経営幹部のSHIGE氏は韓国出向のKIMU氏が出向解除で戻ったのが命取りでした。
事実上、一部の部署をそのKIMU氏に譲ることになったのです。譲られた部署に私の所属も含まれてました。
KIMU氏にはナゼか経営幹部のFUZI様の擁護もあったのです。一説には擁護しなければ、やれませんとか。
KIMU氏も上手です。FUZI様に付いて来て頂いて、お伺いを立て乍ら指示します。FUZI様も気分宜しいから、ウンウンと云うてるだけとの巷の噂。
ナンでそのKIMU氏を戻したのか。私らの世界では、皆目見当も付きませんでした。とは云うても、私とオナジ大学で、専攻もオナジです。丸々の先輩になるのやけど、本人はそんなこと知らんでしょう。胡麻擂りやったら、話題にして、接近するのやけど、私にそんな気は毛頭ナシ。
かと云うて、技術的なことはまるで理解してない。説明してもダメ。それならマネジメントだけしてれば佳いのに口を出します。
そやのに、FUZI様には説明出来ませんから、又、FUZI様に担当者が呼ばれて、説明させられる。そんなことで、事実上、FUZI様が部署の統括みたいなものでした。私らにしたらそやから云うて、KIMU氏を無視することも出来ません。
回りくどいこと云うてますが、KIMU氏を戻したがため、SHIGE氏の管轄範囲が狭まってしもて、別の部署を統括することになり、結果、経営幹部のヒ氏の機会到来となりました。
SHIGE氏さえ何とかしたら、KIMU氏はどおにでもなる。後ろ盾にフジ様が居たところで実力があってのこと。
予想どおり、ヒ氏が勢力を延ばして来て、まず第一弾、例の大惨事があった。「リストラの実状(4)参照」
それで、実績を付け、SHIGE氏が管轄の部署の一部も統括することになったのです。ここからのHIJ氏の勢力拡大は迅速そのものでした。
この辺りで、SHIGE氏も警戒せんとアカンかったのですが、後輩でもあるし、舐めてたのやろ。アッという間もなく、KIMU氏は更迭。ポストは関係会社の経営者やけど、ここから、矢継ぎ早やに人事異動です。
まず、最初にQCの統括にヒ氏子飼いの部下、ラッキー君を持って来た。
それまで、統括してたMO君も元に戻された。そういう意味で彼の統括期間は短かった。悪いけど彼には能力はナカッタのです。
新任のラッキー君については後ろ盾が違いますから、全員、ハイハイです。私らの部署の長のA君も、ワザワザ会議で云うのです。
「この人は大したもんや。品質だけと違て生産管理までヨオ知ったはる。」
えらい不思議な事を云うのやなあと思てたら、護身術でした。陰ではボロクソ。
そして、SHIGE氏が管轄してた部署の長は全員降格。そこへ元からの部下を据えるのです。人選からしたら、タダタダ、よおやるなあと、そんな人事でしたが、HIJ氏の部下は全員昇格。その右腕として補佐役まで連れて来る。
要するにSHIGE氏は自信過剰で自分の部下の昇格も遅らしてたのです。その点で、HIJ氏はやり手です。
能力そのものより、云うことを利くヤツを優先。ハッキリしてます。ゴルフも好きらしい。HIJ氏より先輩格も何人か移籍昇格組に居てましたが、人間性が変わってました。昔はそんなではなかったけど、胡麻擂りに大変身してたのです。
そおでなかったら、そこまでには成れんのでしょう。それも実力のウチではありますが、寂しいことです。
ちなみに、私はSHIGE氏をキライではありません。人情味豊な人やから好感を抱いてました。話題にはしてませんが、私の先輩やがな。悪いけど、KIMU氏はその人間性を知れば知るホド失望した。
HIJ氏は最初のとおり内容はどおであれ、ハッキリやり手と評価してるのです。
会社を有名にしてくれてるし、しかも私の後輩やがな。
(98/07/17)


19.覇権戦争(5) 発表会、監査

覇権戦争云うても、SHIGE氏が以外に脆かった。
それもこれも、HIJ氏を甘お見て、地盤固めをしてなかったからで、地盤を固めると云うのは有能な人材を登用することですが、それを怠ったのがイカンのです。
イヤ、怠ったというより、ニンジンばかりを鼻先にぶら下げ、それを食べられそうになったら、もっと高くする。つまり、昇格させなかったのです。
それとは対照的にHIJ氏はゴルフ仲間であれ何であれ、気心の知れた連中をドンドン昇格させ、組織を思うように動かした。そんな意味で、HIJ氏はマネジメントは見事です。それにしても、SHIGE氏と、HIJ氏のやり方は全然違います。
SHIGE氏は発表会が好きでした。私はQCでしたが、その業務状況の発表会を個別に二ヶ月に一回やりました。
これは大変やったなあ。私らは顧客クレーム、工場の品質問題、歩留まり向上、工程に関すること等々管理してますから、資料の作成も大変や。下手したら発表前夜は徹夜です。KIMU氏も大好きでした。
リエンジニアリング(企業を根本から変える業務革新)と称するのが一時流行って、早速、その発表会の開催です。これが、月一回の頻度。
リエンジニアリングの考え方そのものは宜しいと思います。コンピューター等をドンドン導入して、顧客へのサービスを向上させる。
何が一番のサービスか。それは納期の短縮で、顧客の待ち時間を短くする。それをどおしたら、出来るかが課題で、業務の見直しをして、重なってるよおな業務は統合廃止し、書類も少なくして、情報の直結化等々。
勿論、本来のリストラも含まれます。この段階では余剰人員をホカの業務に回すことになってました。
そんな事例発表会をキム氏の管轄部署の主だった連中を集めて開催するのです。
発表する内容は初期の頃なら傾聴に値してましたが、次第に種切れになりまして、結果、単なる発表会となり、技術系の部署やのに生産管理の話とか、兎に角、発表のための発表会になってしもたのです。
正確には、前回の発表の蒸し返し。或いはやってもナイこととか、どこでもやってまして、常識のこととか。
そんなことを発表してたのですが、KIMU氏にはそんなことも分からんかったから、発表者はラクでした。
こんな程度のつまらん発表のための発表会にどれだけの時間、人手を取られたことか。資料もOHP用に加工せんとアカンとか、回数を重ねれば、色んな工夫をする部署が出て来るし。
内容より、形式、見栄え、発表態度。ユーモアを交えるとか、OHPもカラーにしたり、グラフも立体化したり、レーザーを使たり、綺麗な絵を描いたり。
そして、KIMU氏の講評も、
「発表の態度、方法に工夫が見られるようになりました。」云々。
そんなことで、資料もそれ専門屋はんに加工してもらうとか、どこまでもエスカレートしてしまうのや。
発表すること自体が仕事みたいな状態で、発表するのが上手なヤツは担当部署でモテモテです。
最初、ナンのためにリエンジニアリングをやろと云い出したのか、業務効率の向上のハズ。
そのための発表会は日頃の成果を公開して、他部署でも採用出来ることはして欲しい。それによって、お互いに切磋琢磨、向上させましょうのハズでした。
それが、内容よりも発表方法に腐心して、見てくれだけを競うヨオになったのでは意味がナイのです。
又、SHIGE氏も発表会が好きやったけど、工場監査もお好きでした。お好きと云えば語弊がある。トップ診断はやるべきですが、やりっぱなしでは意味がナイ。
それよりも、関係者が大変です。いつもはゆっくり出張する連中までが、SHIGE氏が監査対象の工場に着く前には到着してんとアカンから必死です。
私は岡山工場に出張するとき、通常、京都駅が七時過ぎの名古屋始発の「こだま」にしてたのです。
それが一番早いし、効率が良い。朝の九時半には工場に着いてしまうのです。しかも、空席が多いし、一両に数人程度の乗客やがな。
他の連中など、普段なら昼一番に到着やのに、監査のトキはシゲ氏のお相手をせんとあかんから、何とか十時頃には辿り着くよおにするのですが、SHIGE氏もイジワルです。私がいつも乗る新幹線を使うから、駅でバッタリ合おたりして。
結果、その連中は遅れることになる。よって、処世術です。前日から出張して、工場近くのホテルに宿泊。えらいことになってました。会社の経費がです。
そおいうのは、HIJ氏は嫌いでした。時間ばっかり喰うて意味ナイと云うてました。特に発表会が嫌いらしく、私もそれには同感です。
HIJ氏は工場監査も好きではなかったのですが、QCを統括することになったラッキー君がやりました。
やるべき立場ですからやればヨイのですが、凄いことになってるらしい。世間で云う大名行列ですで、もお、大変らしい。あっちのエライさん、こっちのエライさんが参考のためにと付き従うらしい。
私は大名行列を見たことはない。退職したアトの話です。見方を変えますと、会社も大きくなったのです。
テレビCMまでやってますし、OBとしては嬉しく懐かしいことです。
CMで会社の名前が出ることがです。
(98/07/17)


20.後日談

詳細は省略しますが、「リストラのハナシ」について、ある人からクレームがついたのです。
それで、一旦、削除しました。(参考までに、ある人は、「リストラのハナシ」には登場されてません。)
削除するマエに読んだけど懐かしい話やで。
何処でも一緒やなあ。
そんなことがあったのかいな。
参考になった。
等々、色んな連絡がありました。
削除したら、せっかくやのにナンで無くしたのや。
おかしいで。どおかなってしもたのか。
そんな問い合わせが沢山届いたのです。
それで、どうしたものか悩みましたが、まずは削除しました。
ある人が指摘されたことを簡単に説明すると、キツイ表現がある。それはマズイから削除サレタシとのことでした。それも全文です。
まずは、削除してそれから半年が経過。その間にも問い合わせがあったり、何回か見直しもしました。
確かに、チとキツイと思う部分もあったから、これは修正したホウがヨイ。
それよりも、見直す度に懐かしいと思うのです。それもあるし、一点のウソもナイ。体験したことは体験したことやし、感想は感想とし、聞いたことは、聞いたと掲載してます。
掲載そのものも、マエの会社に愛着があるからこその話です。連絡をくれた面々も全てそおです。
現役の社員、退職した人、当時の仲間等々、ベツの会社の人までです。当然ですが、読む人により、受け取りカタもチガウのです。
数年マエですが、ブリジストンの中年社員が下請け会社に出向させられて、話がチガウ、待遇がオカシイとして、ナニを血迷おたのか、包丁片手に本社に乗り込み、社長を脅迫。新聞沙汰になってしもたのです。
それでも、管理職待遇です。甘過ぎて、勘違いも甚だしいのですが、リストラされた者として分かる部分もある。
この感覚は円満退職した人には理解出来るハズがナイのです。ある意味で、これからも色んな会社でリストラが拡大する。そしたらこんな暴挙が頻発する可能性もある。
それを一つでも無くすための一助になって欲しい。そんな思いで再掲載を断行する。そのウエで、マダ問題があれば、今度は何処がどお問題かを明確に教えて欲しい。
ナルホドと私が納得すれば、修正についてはやぶさかではありません。私の見落とし、勘違いもアルでしょう。
それにしても、二度三度、四度五度。何回もの見直しをしてますが、見直す度に懐かしく切りもナイ。
ある先輩へ。
(2000/02/20)



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