不可思議の世界NO.33

京都・亀岡の良く当たる占い師の話

京都でよく当たる占い師は?
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不可思議NO.31 不可思議NO.32

不可思議NO.20 不可思議NO.25 不可思議NO.30
不可思議NO.5 不可思議NO.10 不可思議NO.15

題目一覧表 お問い合わせ状況 三栖神社・炬火祭

目次

不可思議NO.34

NO.360 長男、被害者、事故られるの話(2) 先生からは、頭の精密検査、必要無しの話

NO.359 長男、被害者、事故られるの話(1)

NO.358 <続>妹婿母がご挨拶に来られたの話 四十九日の話

NO.357 妹婿母がご挨拶に来られたの話(11) 本家、分家の話(2)

NO.356 妹婿母がご挨拶に来られたの話(10) 本家、分家の話(1)

NO.355 妹婿母がご挨拶に来られたの話(9) 「清和荘」の話(2)

NO.354 妹婿母がご挨拶に来られたの話(8) 「清和荘」の話(1)

NO.353 妹婿母がご挨拶に来られたの話(7) 派生の姓、何家の話

NO.352 妹婿母がご挨拶に来られたの話(6) 嫁はんの喪服の話

NO.351 妹婿母がご挨拶に来られたの話(5) 告別式には、1時間半以上前に着いてもたの話

不可思議NO.32


NO.351 妹婿母がご挨拶に来られたの話(5) 告別式には、1時間半以上前に着いてもたの話

いやねえ、その2日間。
とは、婿母の葬儀の間、右目、目尻が、荒れて、痛あてね。

イヤ、本来、5月の3日の、母の一周忌の、前日、2日<月曜日>に、皮膚科、眼科、町医者なれどの、出向いたですが。5月の連休で、休診日でね。あかんかったですが。
その3日から、5日の、母の一周忌と、四国、嫁はんの姉夫婦と、その娘、姪と、その息子の、4人が来た故、諸般、痛い、イタイの、嗚呼、イタイも、フっ飛んでもて。
ところが、ジワジワと、右目、目尻の荒れが、復帰で、困ったなと。

休み明けにでも、今度は、眼科にでもと、思てたですが。実際にも、その葬儀、終わって、診て戴きの、軟膏、「オフロキシン眼軟膏0.3%」と、目薬<カチロフ点眼液0.3%、フルオメソロン0.1%点眼液>をば、処方して戴きまして。
先生曰くの、2、3日で、良くなると。
事実、2日目より、相当に、マシになりの、3日目では、赤みが消えてもての、本日、唯今、安全のため、軟膏、目薬使てるですが。瞬きで、痛い、イタイの、嗚呼、イタイは、解消してるです。

オッとの、この目尻の、荒れの原因、聞き漏らしたですが。花粉症もあるんやろなあと。目脂が、目尻に貯まって、固化してもての。簡単に取れる故に、指で取っては、目尻が荒れてものやろと。
又、荒れてるが故に、尚、目脂とするのか、涙が出て。固化しては、意図的で無くの、顔など、洗うの時、手で触ってもての、ポロリと。
どちにしても、軟膏にて、赤みは取れて、触って、痛くも無くの、嗚呼、ヨカツタなと。
この、1箇月、2箇月の悩みは何やったと。


での、通夜の日、デハと、喪主初めの、皆々様には、お暇致しの、当家、4名、長男の車で、帰ったですが。途中、次男を降ろし、我が家、亀岡えと。
その道中、明日は、当方の車で、運転で、告別式なれどの、その経路は、どするやと。
いやなあ、くどいけど、京都市内から、国道24号線<竹田街道>になら、分かるですが。明日<15日>なるは、京の三大祭の、下鴨神社、上賀茂神社の、祭礼、葵祭でね。
交通渋滞、通行止めにご注意をの、掲示がされててね。

下手に、京都市内には、行かん方がの。されどの、どんな具合にの、息子曰くに、久世橋通りから、国道24号線が一番に分かり易いでない怪と。
この久世橋通りなるは、洛西ニュータウンより、イオンモール京都桂川経由の、真っ直ぐやと。そかと。
そかと、返事はしてるですが。久世橋なるは、久世橋と、称するの橋があるは、承知の、通り名としても、存在するが、この時まで、知らんかってね。

での、帰宅してから、Web地図を睨みの、ンの、へえの、こんな郊外にまで、京都市内の通り名が続いてるの怪と。
簡単には、大宮、油小路、烏丸が存在しの、24号線なるは、高倉通りでね。実際にも、京都市内からなら、高倉通りから、24号線に入るですが。且つは、鴨川が、ここ等では、東西に流れてまして。
正直、申せば、この界隈の事、全然の知らんわと。

先の、油小路なら、当時の我が家があったの、通り名でして。ここまで、それが、続いてるとはなと。
いやなあ、ここ等になればの、多分ならの、通り名、通用するの怪の、しんやろと。何故かと、なればの、南北の通り名あっても、東西が無いです。よて、地域名で、深草とかとか、云うてるですが。

どちにしたって、この日、通夜の日、長男、零時直後に、帰宅の途に付いたですが。
明くるの、日曜日、午前中、何してたの哉の、忘れたですが。
イヤ、諸般、雑用、野暮用でね。
とか、云うたって、14時から、告別式となればの、何時頃、家出るやの。目標11時で、3時間もは、掛からんやろの。ほならの、12時までにはなと。

ほならの、昼飯、どするやの、簡単に、ラーメンでも、喰うかと。
あっちに、着いて、マクドナルドで、これ又、簡単に、アップルパイと、コーヒーの手もあるなあと。

そらなあ、一般参列者でもあるまいにの、親族たるが、姻族でもや。遅刻は問題外での、早めに着くが重要での。
以て、一般参列者を迎えるの立場での。実際には、我々末席のが、迎えはしやへんのけどや。形上、そんな感覚やわと。
少なくともの、喪主たるは、その立場やわと。親族なら、それに追随でして。

オッとの、喪主一家なら、故人のお守りで、葬儀会館に泊まりやろと。結果、遅刻はあらへんわと。
この辺りの事も、自宅なら、親族も、喪主家に泊まるですが。近くで、帰るが出来るなら、帰っても結構なれどです。葬儀本番、告別式に、遅刻はあらへんわと。云うたら、年会でも、遅刻はあらへんわと。喪主なり、施主に、何よりも、故人に対しの、失礼やわと。

そんな事で、喪主家に失礼あってはと、充分に過ぎるの余裕見て。そら、まともなら、推定、1時間も掛からんですが。葵祭の事、日曜日だけに、又、昼になる故もあるし、予定経路の、交通状況からしての、皆目での。
2時間を見て、12時15分前に我が家出発。
当方、自慢やないの、方向音痴で、地名音痴。
京都市内なら、細々分かっても、郊外路線、周辺、景観、分からんでねえ。予定の経路、久世橋通りにしたって、真っ直ぐであらへんわと。おまけで、カー・ナビゲーション装備してませんでして。

Web地図の、地名、通り名なりを、乏しいの、記憶力で、頭に叩き込みの、イザの出発。
まあなあ、洛西ニュータウンの、ド真ん中の、道路なら、ここの、高島屋に行くの際、通ってまして。イオンモールも、この処、何度か、出向いてましての、承知してるですが。
云うたら、そこから先、自力、我が運転で、24号線までは、初でして。
ソラ、こんな経路で、24号線の方に、行くの用事、あらへんわと。

とかとか、地図にあったの、フウンの、ここが、大宮か、油小路かと。油小路なら、上に有料道路が走ってるですが。にしては、西洞院があらへんし。烏丸通りはあったですが。ここらでは、狭いの道でねえ。
ンの、そこまで来たら、24号線も、スグのそこでの、昨日、見たの上には、有料道路の、ここやなと。

右手に右折で、右折したら、そんなに遠くは無いの、嗚呼、あったなと。「洛王セレモニーふかくさホール」が。嗚呼、ヨカツタなと、ホと、安堵。
時計見たら、ンの、12時15分。
何と、まの、30分で到着してるなと。
そら、京都縦貫道路も使てましての、交通渋滞も無くの、まともなら、こんなモンやと。
とは、思てるのけどや。さりとての、30分前や、1時間前に家出るなんか、出来んわと。そんな勇気あらへんわと。

オトトの、くれぐれもの、他家の菩提寺なりに、喪主より先に、到着も、チョとなあと。コレ又、失礼の、1時間も、2時間もはなと。15分なり、30分前辺りが適当と、思うのけどや。
その辺り、葬儀会館で、近在に、適当なるの場所、マクドナルドがあれば、時間も潰せると、するのか、腹の足しにでも、出来る哉と。

オッとの、早過ぎてるですが、それでも、数名様の親族が来たはって。姪一家も居てたですが。喪主には、挨拶をと、親族控え室を覗けど、ダアレも居てへんでの、葬儀会館担当者の話で、昼食に出てると。左様かと。
ここで、姪が、どこかで、食事するの場所あらへんかなあと、申す故、ンの、ほならの、一緒に、マクドナルドえ行く怪と。問えば、ンと。
そらなあの、1時間半以上も、時間あるわと。
(16/05/21)


NO.352 妹婿母がご挨拶に来られたの話(6) 嫁はんの喪服の話

過日より、バタバタ。
イヤ、諸般で、バタバタなれどの、話は順々にの。
実は、更なるの過日の。どれも、話、してへんのに、過日も、第三者には、さっぱりなれどの、5月3日<憲法記念日・祝日>には、当家、母の一周忌を執り行おたですが。
その日、3日には、四国の嫁はんの、姉夫婦と、その娘と、息子の、4人が、京都、亀岡えと。要は、我が家に来たですが。

ンの、年会の、その日にでして。
その詳細なるは、一周忌の話を掲載してての、続きで、するの積もりの、後回しにしてもての、急遽の、妹婿母の、葬儀の話をしてるですが。

いやなあの、その四国の、義理の姪が、嫁はんに、古い喪服やなと、単刀直入の、素直に評したのらしく。当人、嫁はんも、気にはなってたのらしくの、そやなあと。3日の、後日の、8日<日曜日>であったの哉に、「アル・プラザ」に、喪服を買い求めにの、実際にも、買おたですが。
されどの、少々の、気にいらんでね。
とか、思てるの間にも、この話、妹婿母の亡くなったの報にての、その日、通夜に参列までに、替えてまおかと。午前中に、別の売り場、「サティ」に出向きの、ええのがあっての、そこのにしての。
「アル・プラザ」のは、返品致し。

との、細々まで、掲載する事もあらへんのけどや。
経過的、その日、当日にも、着るの用事あるが故の、そら、通夜の日での、チョっとの、寸法直しも、後日にしての、とりあえずは、持ち帰りの、新調も、新調の、買いたての、喪服で、この葬儀に出向いたですが。
葬儀も、終えて、本日、21日<土曜日>、「サティ」に出向きの、寸法直しに出したです。

とかとか、諸般の、嫁はんの用事で、本日、午後一番より、「サティ」に、又、「アル・プラザ」えと、出向いたです。
オッとの、「アル・プラザ」えの、返品なら、過日、8日に済ませてるですが。別途の、上着の修繕にも出してましての、仕上がったが故でして。
ンの、ついでの話の、当方の、座椅子も、新調したですが。
現在使用のが、ボロボロ、禿げ禿げに相成ってもて。
これは、余計なるの話の、ついでにの話なれどです。

期せずしての、新調の喪服、嫁はんの、なれどの、こんなにも、早くに着る事になる。
とは、予想だにも、してへんですが。
ンの、予想だにもと、なればの、正確には、薄々にはなと。
そら、諸般、ボチボチと、聞かされてまして。こんな事、イツとは、申せませんでして。

諸般諸々の、このところ、色んな事、あってね。
当方、少々、お疲れ気味での、本日、掲載、ここまでに致すです。
イヤ、明日は、明日で、22日<日曜日>には、町内会の、草刈り<春の環境衛生行事>の日でして。
朝一番より、出向かんならんし、早めに就寝致すです。
(16/05/22)


NO.353 妹婿母がご挨拶に来られたの話(7) 派生の姓、何家の話

このところ、色んな出来事あってね。
それを、この調子で、掲載てたら、切りが無く。
されどの、全部、重大な出来事での。それを、掲載し出したら、又、この話が中途半端になる故、順々にと、考えてるですが。

そらなあ、平々凡々なるの日々が一番に宜しいですが。そはなと。
結果、諸般、気忙しく。
特段の、日々、毎日、何かあるで無いけどや。気忙しけりゃ、落ち着かずで、他の事に手が付かず。

オッとの、そんな次第の、本日<5月22日・日曜日>なら、朝、8時に会議所前に集合での、町内会の行事、草刈りでして。
その話もしたいのけどや。
気が向けば、後日にでもと。

でや、妹家とするのか、妹婿家、婿母の葬儀も、2日目の、告別式と相成って。
ここだけの話、でも無いけどや。ややこしい事になるなあと。何の話、事かとなればの、当家、我が母が、昨年の、6月8日やでと。
婿母、5月14日でして。
正直申しの、ここから、四十九日、百箇日、一周忌等々、当面、仏事あるです。そして、婿母の、一周忌の頃、我が母の、三回忌でして。まあ、云うたら、仏事ばっかりやなと。ばかりは、結構なれどの、一周忌と、三回忌が、時期的重なるなと。

此度、当家、一周忌なら、皆が集まり易いよにと、5月の連休にしたですが。三回忌は、そは出来んなと。
まさかの、両家、同じよな日にもなと。
それは、その時、来年の話なれどです。今から、どしたモンかと、思案致すわと。

ででや、妹の娘、我が姪なれどの、その家族<姪夫婦、その子2名>と、マクドナルドで、昼食と、するのか、昼食やねえ。喰てたら、らしきの面々、らしきとは、葬儀参列の方々と、思うですが。
イヤ、婿母の葬儀で、チラと顔見てるの、記憶してるの方々での。何名様かが、入って来やはてねえ。
そらなあ、こちは、喪服、礼服での、先様も、そでして。一発、分かるですが。一応は、軽くの、黙礼したですが。無反応での、姪に、ンの、あれ、誰なんやと、問おても、イヤ、知らんえと。
知らんと、云われても、見た事あるですが。ま、ええかと。
当家の親族でもあらへんしと。

とか、してるの間にも、1時間前と相成っての、ボチボチの行くかと。葬儀会館えと。
行って、着席も、姪一家は、正々堂々の、親族席、前の方での、こちは、前日同様の、末席で結構の。結構も、一般席の前の方に陣取って。
座ってたら、会館の担当者より、親族の方ですかと、問われの、ハイと返答したなら、モ一列、前の方に、お詰めくださいと。ハイと、素直に従いまして。

にしても、暇やねえ。
ほならの、嫁はん、ケータイで、写真を撮ってくれと。
何故にと、なればの、四国の姪に見せてやるの、写真ですて。
イヤ、元々は、姪の、古いタイプの喪服やなと、評されての、コレでして。
ならばと、会館の外に出ての、適当なるの場所で、バシ、バシと、数枚の写真撮ってやりの、適当なるのを、電送したらしく。

とかとか、してるの間にも、ええ時間、三十分前に相成って。それでも、三十分、あるですが。この日は、前日、通夜よりは、参列者、少な目でね。多分なら、一般も、少な目でね。
そらなあ、当家にしたって、通夜では、4人が来たですが。この日は、我々、夫婦のみでして。


そんな次第の、斯くなるでの。
住職入場、以て、告別式の法要と、相成りの。
順番失念の、何の順番かと、なればの、焼香終わってからか、焼香直前かの。
担当者より、弔電でも、読むのかと、思たら、弔電では無く、昨日の粗供養に付いてたの、喪主の言葉とするのか、挨拶文が読み上げられて。へえと。
要は、故人えの、思いなれどの、フウンのそんな演出もあるの怪と。結構なると。

イヤ、葬儀なるは、そのままの儀式でして。演出でして。盛り上げ、盛り上げ、参列者を涙させるですが。
コレ、喪主にしたら、困るの事よの、喪主挨拶がなと。
当方なら、そちで、頭一杯の、盛り上げ、盛り上げも、概ねの、他家なりのを、見て来てる事での、喪主挨拶の文言をば、考えてたですが。この手、粗供養に添付の、喪主の挨拶文を読みあげられるは、初めてやなと。
イヤイヤ、ええも、悪いも、あらへんですが。

万事、葬儀会館により、担当者により、異なるです。一番に異なるは、葬儀会館により、でして。ここは、ここの方式、方法でして。
喪主曰くに、こんな具合、様式にて、出るとは、思てなかったみたいでね。
只、電話で、尋ねられの、概ね、こんなよな事をば、伝えたですて。流石にプロやなの、上手に文面化されてるですと。そかと。

でや、焼香も終わり、住職によるの、法要も終わり、法名の意味合いでもを、説かれるかと、思いきやの、あらへんでねえ。
実は、この住職、当方的、2度目でして。前回、ン十ン年の以前の、婿母によるの、新調仏壇の魂入れの時でして。説教された故、その辺り、されるの哉と、思いきやの、あっさり、終わって、退場されて。

ではの、参列者で、故人の棺に花などを添えて。最後故と、身近な面々が、最後の別れを致しの、蓋閉めて。
オッとの、我々夫婦、末席の末席故、問題外のソト。
イヤ、そらなあ、何度も、何度もの、葬儀には、参列してる故、手順なら、重々の承知してるわと。
喪主の言、粗供養に添付ので、代用かと、思いきやの、喪主挨拶は、喪主挨拶で、されまして。
一言、一句と、までは、申さんの、現在唯今なら、概ねの記憶してるですが。喪主挨拶なるの文言、ここに掲載するもなと。それなら、文面化されたのを、引用の手もあるのけどや。それもなと。遠慮致すわと。

挨拶、概略ならばの、晩年、大変やったの話、なるは、皆が承知故に省略の、喪主母から、派生の親族の苗字、姓なるが、二十数通りあるですて。フウンと。
それだけ、兄弟姉妹の、姉妹、女の子が多かった。
その子の世代も、女の子が多かったになるの哉と。

柴田家なら、二十数種類もあらへんでして。母方で、2種類の、これは、旧姓含むですが。ンの、伯父の子で、女子、各々で、1人で、2家がと。叔母なら、3人で、3家哉と。
父方なら、叔母、1人だけでの、これ又、2種類でして。これには、柴田を含むですが。叔母には、三人の男の子<従兄弟>やしなと。
当方からなら、妹での、ここで、1つで、姪が結婚して、1つ。

嫁はんの方なら、旧姓と、姉家があるですが。姉家の娘が結婚で、更に、姓1つが加わるですが。
ンの、これ又、どこまでをと。
当然の、母の葬儀で、声掛け、参列してくれたの姓になるの哉の。それなら、9家になるぞと。当然の、柴田と、母の出生の津崎を含むですが。
ン、ンの、息子共の嫁の、親元のもあるの、ならばの、加える事の、2家。
1家、参列の、1家、遠方にての、参列出来ず。
それなら、母方のも、3家の内の、2家なるは、参列出来ずの、記帳のみ。イヤ、そこの、長女が、記載してたです。
どちにしたって、母基準なら、11家やなと。

妹婿母の、派生の姓の、半分哉と。
オッとの、但しの、香典としてなら、嫁はんの兄家からも、承りの、記帳してるですが。
云うたって、当家からは、2家加わったのみ。
(16/05/23)


NO.354 妹婿母がご挨拶に来られたの話(8) 「清和荘」の話(1)

そらなあ、親族の姓の数、要は、苗字なれどの、当方、数えた事、無かったですが。
妹婿、葬儀に参列、記帳さえたのを、数えたのらしく。
姻族の、更なるの姻族も記帳されてるの事もあるやろし、果たしての、どこまでをと。

そらなあの、従兄弟は承知も、その子までは、よ知らんでねえ。
従兄弟も、付き合いのあるのも、無いのもあって。
ましてやの、親父の従兄弟なら、数人、承知も、父他界で、ご縁薄れてもてね。母方のは、最初っから、全然の知らんわと。
又、そこまでは、親族としての、付き合い致さんでして。

イヤ、現住所の問題もあるです。
当家、京都市内なら、まだまだ、お付き合いしてた鴨の、宇治、槇島え。又、亀岡になっては、親族、皆、遠くになてもてね。早々に会うも出来ずで、年賀状をさえ、出さんよになてもたわと。
それもあるし、祖母が、親父が、亡くなれば、自然に疎遠にと。

そらなあの、昔のよに、親族一同、京都市内で、その気なら、歩いてでも、行けるの距離なら、延々の親戚付き合いも出来るのけどや。何よりもの、距離が、疎遠にさせるです。
昔なら、どこそこの、誰それ、親父の従兄弟の、子のと。諸般、何かあれば、その伝手辿って、物事頼んだり、尋ねたりもしたですが。
云うたら、特段の親戚付き合いせずともの。双方、お互い、遠い親戚であるを、承知してて。それ程に、血縁なり、姻戚をば、大切に、又、伝承してたわと。

モ一発、そらなあの、当家、仏壇、新調するも、その伝手、辿ってるわと。
万寿寺、寺町の辺り、界隈には、仏具屋多く。その近くに、祖母の妹一家が住んでてね。まあ、云うたら、親父の従兄弟家での。そこの長男さんに近在の仏具屋を紹介してもろて。当然の、同伴して戴きの、そこで買おたわと。

親父の従兄弟の紹介やし、信用出来るです。
そらなあ、安い買い物でもあらへんでして。チョとでも、気持ちだけでも、安くの、ええモノをと。実際には、どか、分からんのけどや。あちら様も、近所の方の親族筋故に、安心でして。
こちも、同様での。

最早の、祖母も、その姉妹も亡くなってての。その家も、その方も、遠の昔に代替わりしてるし、どなってるかは、知らんけど。
イヤ、所謂の木工屋でして、当方、高校生時代、自分で設計致したの、本棚の板切れ数枚、加工して戴きの、自分で、組立たですが。ンの、果たしての、材料費、加工費、どしたの哉の、多分なら、只で、やてもろたの哉と。

当時には、祖母も、その妹も健在でね。やったげての、一言でして。
イヤイヤ、親父にも、祖母にも、その旨、伝えてるです。頭っから、金銭の事なんか、話、してへんわと。
仏壇なら、当方、亀岡に引っ越してからでの、祖母亡くなってるですが。その妹、健在の頃でして。健在も、90歳突破<30年前>の、亡くなったの知らせ、知らんなと。
オッとの、知らせ、無かっただけでの、遠の昔に、亡くなってるわと。


オトトの、何の話、してるの哉の。
事程左様の、本来的、親族、姻族、大切でして。
昔なら、核家族であらへんしで、近くでもあっての、遠いの親族でも、何とは無くの、交流してたわと。

そんな事で、喪主挨拶終われば、出棺。
我々夫婦、マイクロ・バスに乗車で、行き先、東山の火葬場ですて。
東山の火葬場なら、下の叔父嫁の葬儀以来哉と。
当家なら、祖母が、そこでして。親父、母なら、亀岡の、でして。

ンの、東山のなら、深草からは、少々の距離ある故、焼けるまで、待機してんならんぞと。概ねの、1時間半から、2時間かと。
とかとかの、話なんか、してもなと。
その時間、省略の、骨拾いなれどの、婿母も、腰の辺り、骨折してての、矢っ張り、金具がなと。

ほんまやでの、祖母も、親父も、母も、でして。皆、左足、腰の辺りに、金具がと。母なら、右にもでして。
ついでになら、当方、金具は取ってるですが。左足をば、骨折経験あるです。
どちにしたって、現時点、焼かれて、金具出て来やへんですが。この金具、痛々しいねえ。婿母のは、関節部も、人工骨とするのか、替えられてまして。余計に痛々しいねえ。よお、頑張ったなと。

イヤ、ある程度の年齢より、金具、外しませんでして。人工関節では、外しよがあらへんけどや。
当方の場合、若かったが故、金具外したですが。外すに、再度の入院したですが。

オッとの、とっとの、骨拾い、済めば、マイクロ・バスで、葬儀会館に戻るかと、思いきやの、素通りしての、着いたの場所、「清和荘」。
なる屋号の、風情、豊かなるの、料亭での。へえと。
イヤイヤ、葬儀会館に戻りの、初七日の法要で、会席かと、思てたですが。違うのみたいでね。直接の、料亭にての、ここで、初七日の法要で、会席哉と。
着いて、既に、19時でして。時間的、葬儀会館からは、表現選ばずの、営業時間過ぎてての、追い出されたみたいでね。へえと。
イヤ、駐車場に駐めてるの車なら、時間外でも出せるですが。

元々が、告別式、14時からが、遅いですが。コレ、住職の先客、納骨がためでの、仕方があらへんですが。
正直、えらい事やなと。
薄々なら、火葬も、一番の最後と、違うの怪の、状況での。理由、超の簡単、待機してるの方々、少なあて。
そらなあの、何度も、来てるですが、待合い場所、大入り満員の、座るの席、見つけるが一苦労の、火葬場での。ソラ、京都市でして。
それがや、焼けて、骨拾いに行くの時には、ンの、我々だけと、違うの怪の、他に、ダアレも居てへんでねえ。待機してるの面々がや。

亀岡のなら、葬儀会館から、車で、10分もあればの、距離故、一旦、会館に戻りの、そこで、住職交えの、会席したですが。会席し終わってから、骨拾いで、会館に戻りの、初七日の法要して、解散したですが。
要は、ここでは、焼けるまで、火葬場での待機故、時間的、効率悪く。
との表現も、異なれどです。

母の時には、15時、16時頃哉には、葬儀会館での事、終わってもての、葬儀会館の担当者が、当家に来て、祭壇を設えてくれたわと。一部親族も、当家に来てくれて。皆、帰ってもたの、後で、受付してくれたの、町内会の宅様には、夫婦で、御礼にと。
ンの、此度、婿家の場合、どするかは、知らんのけどや。祭壇をや。

いやなあの、一部、親族、「清和荘」に着いて、帰宅してもたの方もあってね。
その辺り、喪主に伝えてるかは、当方、知らんのけどや。そらなあ、料理の数もあるやろしと。予約はしてるの筈やしなと。
ンンの、当家の場合も、当日になって、会席の人数、少々の変動あったですが。
把握してるの積もりも、変動するは、しょがないわと。
(16/05/24)


NO.355 妹婿母がご挨拶に来られたの話(9) 「清和荘」の話(2)

いやなあ、目尻の荒れ。
お見事、治ってもたです。
既に、眼軟膏塗布せず。目薬つけず。赤みはチョと、残ってるですが、従前程で無く。触って、痛く無く。目脂も、解消してるです。
当方、医者でも無いけれどの、ども、この荒れが、目脂を出させてたの哉と。
イヤ、目脂が固く、取っては、目尻が荒れたですが。この目脂なるは、花粉のためではと。勝手に推測してるです。

での、次ぎなるは、咳。
咳や、コンコン、ヒツコおてねえ。出ると、苦しいてねえ。実は、この、月曜日<5月16日>、町医者えと、馳せ参じ。
満員御礼かと、思いきやの、ガラガラでねえ。正確には、当方1人で、へえと。過年には、概ね、1時間、2時間も、待たされたですが。ここ、数年なら、ややの遅めに行けば、先客、患者、1人、2人でして。遅めは、遅めに出向いてるですが。当方、1人は、知らんなの、待ち時間無くの、結構なると。

ででの、先生曰くの、曰くも、何も、花粉の季節は過ぎたなと。
確かに、喉が少々の赤くになってるが故、しかるべくの、咳止め<ムコソルバン錠1.5mg、メジコン錠15mg、リン酸コデイン散1%「ホエイ」>と、トローチを、1週間分、出しとくですと。治れば、服用せずとも結構ですと。ハイ、ありがとう、ございますで、2日目なれどの、薬服用のためか、咳や、コンコン、収まってるです。
流石やなと。

イヤ、市販の、「エスエス ブロン錠」なるを、買い求めの、服用してたですが、効かんでねえ。
よて、この際と、町医者にと、相成ったですが。
これなら、最初っから、町医者に出向きの、しかるべくの、処方してもろたの方が、早くに、解消してるのにと。
とは、常々、思いはしてるですが。ついついの、手軽の市販の薬にしてもてるですが。

ででや、話、大いに、逸れるですが。
確定申告の、医療費控除の話、なれどの、これ、原則、概ね、10万円以上の分についての控除でして。
10万円以上と、なればの、月、1万円からの、医療費で、以て、年間、12万円での。10万円差し引けば、2万円の所得からの、控除額。

我々、夫婦だけでは、月に、1万円もの、医者代、使てませんでして。使わずで、幸いなれどです。
何の話かと、なればの、この数年、十数年、母の医療費、介護施設費用の事あっての、医療費控除してたですが。我々の分、含めて、年間、実に、70万円也でして。
オッとの、この額なるは、ここ数年なれどの、今更乍らの、凄い金額やったんやと。されどの、最早の、医療費控除出来んなと。
くれぐれもの、出来ずで、幸いなれどです。


でや、時間的、場所的、諸般の事情によりての、こならざるを得んけれど。
この手、料亭にての、住職によるの、法要なるは、初でして。
イヤイヤ、葬儀会館素通り故、マイクロ・バス車内で、皆様と、までは、申さんの、ンの、どするんやろと、口々に。
当方も、ンの、どなるかは、知らんでして。ここから先の予定がでして。頭っから、葬儀会館にての、初七日の法要と、思ててね。

着いたの先、情緒豊かなるの、料亭での。ここで、初七日執り行うの哉と。
手順的には、そなるです。
要は、住職をば、当、「清和苑」に招きの法要哉の。しかるべくの、部屋に通されて。そこには、「南無阿弥陀仏」の掛け軸がと。簡単なるの、祭壇がと。そこに、遺骨、遺影が置かれまして。

そして、住職、入場の、成る程の、法要がと、初められたですが。結果的、住職含めの、総勢、21名でして。フウンと。
イヤ、ええも、悪いもあらへんわと。料亭には、この手、部屋が準備されてるんやなと。
とするのか、部屋のあるの、料亭でしか、法要までは、出来んけど。

この場では、我々夫婦、一番の末席、最後尾に、座ったですが。
初七日の、法要故、順々にの、焼香致し。

くどいけど、葬儀会館により、担当者によりの、微妙に、手順、異なるのけどや。
此度なら、葬儀会館の営業時間と、するのか、以内に葬儀が終わらずの、延長戦なるは、料亭になったん哉の、正直には、法要までを、料亭でするとは、思てえへんでねえ。
フウンの、やらせてくれるんやと。

住職によるの、法要なるが、結構時間、要してね。小1時間哉の。それから、部屋移動の、隣の部屋なれどの、そこで、会席をと。
喪主より、入って頂戴なの、声掛かったけどの、どの席に、陣取ってええものかが、分からんでねえ。
イヤ、末席と、するのか、この場合、会席でなら、上座になるの、けれどの、我々が、指示もされんのに、勝手に上座に陣取るも、憚るわの。場が、落ち着くまで、部屋の片隅にて、待機してたですが。

一応の、席が決まりの、ここえと、指示の場所、上座でね。
且つは、喪主夫婦、とするのか、妹夫婦と同席での。
イヤ、結構なると。喪主の指示でして。

ソラ、我が家、母の一周忌の、ついの先日、5月3日の、会席なら、所謂の、上座に柴田の、津崎の、従兄弟達の席にと、指示致し。真ん中には、妹一家で、末席、柴田家と、するのか、嫁はんなり、息子共の席にしたですが。
人数、席の都合もありの、当方と、妹は、従兄弟席にと。ソラ、従兄弟達からしたらの、よくよくの承知は、我々兄妹でして。
柴田と、津崎で、従兄弟同士は、知らんでして。ほっとけへんわと。

同じの事での、我々夫婦のみが、チョと、異質での。姻戚での。
知ってると、なればの、妹家のみでの。他の、婿家親族、知らんわと。全くの、知らんでも無いけどや。知らんに等しいわと。
知らんの面々と、会席の場で、同じの席も、チョとなあと、思てたですが。この組み合わせなら、結構なると。
ンの、住職、場におられずで、別室にて、食事されてるのらしく。

でや、会席、会食の場にての、妹婿殿、曰くに、矢張りの、時間的問題での。
そらなあ、会席開始、20時過ぎでして。概ねの、解散なるは、22時頃になると、違うの怪の、正直、遅くに過ぎるですが。万事、住職の都合と、するのか、先客、納骨が午前中にあったがためでして。
かと、申しの、葬儀の日を変更も出来ず。

当方的、意見なら、葬儀会館担当者と、妙案はと、相談が一番哉の。それで、ども成らずなら、これ以上の責任、喪主が感ずる事もあらへんの哉と。
我々にしたって、14時からの告別式故、終わるは、遅くになるは、覚悟致したですが。
且つは、火葬場、東山の方なら、余計にでして。
オッとの、さりとての、当葬儀会館にての、会席するの場所あるかは、知らんけど。

にしてもの、当然の、この、「清和苑」なるは、初めてなれどの、場所的、京都の外れになるのけれどの、京情緒、豊かで、料理も、美味でね。
喪主夫婦、妹夫婦に、旨いなと、評したです。

以て、解散となりの、「清和苑」の、マイクロ・バスにて、「洛王セレモニーふかくさホール」に戻りの、喪主には、失礼致しますと、お暇申し。
ンの、本来ならばの、右手に行けば、久世橋通りになるのけれどの、車の状況もあるなあと。ソラなの、22時過ぎてもての、車も少なくての、右に進路をと、「竹田街道」に出よと、したの、途端の。
ガッタン、ゴットンの、えの、車が、縁石に乗り上げてもたわと。そらなあ、夜で、この界隈、皆目の、分からんしと。

イヤイヤ、車に損傷、あらへんわと。
云うたって、ガッタン、ゴットンの、大きな音した故、底面、多少の、傷なら、付いたと、思うのけどや。
明くるの日、見えるの範囲でなら、異常なしで、ホと安堵。
(16/05/25)


NO.356 妹婿母がご挨拶に来られたの話(10) 本家、分家の話(1)

さての、会席の場で、婿殿より聞いたの話。
本家ですて。今更乍らの、へえと。
ここで、初めて、聞いたです。

云うたら、当方も、柴田家本家に相成るですが。
本家も、祖父の代からでして。
只なの、祖父の兄弟を知らんです。祖母なら、三姉妹の長女であるを、承知してるですが。その妹、二人を重々の承知してるですが。
過去帳で、家系とするのか、分かるですが。過日にも、掲載してるですが、祖父の母親は、記載も、父親が記載されてませんでして。母親が記載故、長男と推測してるですが。
当然の、我が父、長男でして。その妹、弟も、重々の承知してるです。妹と、弟3人。内の1人、満州にて戦死。
当方なら、妹、1人でして。

要は、祖父のが、よ分からんですが。以降のは、明確での。
婿殿の本家も、どこからの本家かは、聞いてえへんです。親父様の代からか、祖父から、かをでして。

どちにしたって、本家は、本家らしくと。表現替えたら、長男は、長男らしくと。
コレ、難しいぞと。大変ぞと。
周辺より、嫌と云う程、聞かされてるです。周辺とは、母方、下の伯父から。下の伯父の息子共。要は従兄弟なれどの、その、弟達より。
当然の、我が柴田の叔父達よりでして。

どんな具合にかと、なればの、兄貴は、兄貴らしくと。
何を以て、兄は、兄らしくと、云うてるかとなればの、値打ちを云うてるです。
平たくなら、下を可愛がれ、面倒見よと。それして、当たり前の、長男ぞと。せずして、長男面すなと。
長男面とは、どんな事かと、なればの、やる事せずに、えらそにすなと。

ここで申すの、長男たる、産まれたの順番、一番に早く、年長を意味してるです。上に、姉なら、一番の最初で無いけどや。
上に姉も、女性なら、他家に嫁ぎの、姓なるは、嫁ぎ先の姓と成るですが。長男たる、末っ子と云えどの、家を継がんならんわと。家継ぐとは、何を継ぐかと、なればの、その家の姓でありの、ご先祖様を、でして。
形的、両親を、墓を、仏壇を、先祖供養を、でして。

言葉でなら、表現的になら、それだけに成るけれどの、早々には、出来んぞと。
事実、出来てるの家、長男家、どれ程に存在するの怪となればの、当世、少ないぞと。


ここで申すの、そらなあ、葬儀の喪主なるは、その家の長男が勤めるに決まってるわと。
以降の、法事、年会も、長男がやるに、決まってるわと。姉が居たって、他家の方。弟が出しゃばるも、出来んわと。
モ一発、ここで申すの、葬儀も、法事も、費用掛かるわと。無いから、葬儀せず、出さずは、出来ひんし。法事も、やらずは、ンの、長男たる、何してるの怪と。

云うたって、親他界で、財産分与、あったとてもの、兄弟姉妹で、均等割り。長男故、割り増しなんか、あらへんわと。
そらなあ、親見てたら、相応のと、相成るの事、あるのけどや。原則、財産あったらの話の、殆どのは、あらへんわと。
それどころか、葬式代もあらへんし。ンの、残してなんか、くれてえへんしで、全部、こち持ちでして。
イヤイヤ、大抵ならばの、そで無い怪と。残してくれてるは、相当の出来たの親でして。

オッとの、それでや、本家ともなればの、無い袖振れんと、云うてられんわと。
実際に無いなら、袖振れんけれど。さすれば、分家より、諸般、云われるわと。云われて、どこ吹く風の、気にせずなら、ええけれどの。そはナカナカになと。出来ませんです。
よて、或る意味、見栄であれの、相応の事、しんならんわと。

ほんまやでの、弟たるが、兄以上の事、したら、出しゃばりでして。
羽振りのええ、弟が居たら、大変やろなあと。事実、大変でして。

ならばの、そんな事、以外に、本家となれば、何があるかとなればの、分家の法事、必ずや参列せなばならぬわと。
反対には、分家たる、内々の葬儀、法事も、本家には、声掛けねばならぬわと。
声掛けられ、参列するなら、相応の、本家としての、香典をと。分家なら、本家以上には、出さずで済むです。これも、本家以上には遠慮しとくが、原則でして。
さもなくばの、本家、本家と、威張ってられへんわと。

オトトの、婿殿とは、そんな話、してへんのけどや。
こんな事、常識の話故での、祥月命日、月命日をどしてるの怪の話なら、出たですが。

ンの、当家も、婿家も、同じの、真宗大谷派でねえ。菩提寺は違うのけどや。よて、住職によりの、考え方も違うのけどや。
当家なら、月命日なんか、やってえへんでねえ。住職もその辺りの事、金銭についても、触れるの事、あらへんでねえ。
されどの、月参りの、墓参はしてるです。
基本、同じの事と、解釈してるです。

そらなあ、住職に来て戴き。或いは、菩提寺に出向きの、読経なり、して戴けば、相応のお布施がいるですが。この場合の相場も、種々あっての、一概にの、何とも早の。
そもそもがの、当家、祖母の代より、月命日なんか、知らんでねえ。やってえへんでねえ。
正式になら、まともになら、月命日に、住職に来て戴けば、お布施も、万円単位やろなあと。それに、遠くなら、お車代も、相応にと、相成って。

当家、そこまでもは、してへんでねえ。
分家の、叔父も、菩提寺、同じなれどの、そこまではしてへんですが。多分ならなと。住職からも、叔父家からも、そんな話、聞いてえへんしと。
これが、門徒、モノ知らずの、ええところと、解釈してて。

まあなあ、どちにしたって、親戚付き合いも、相応の大変でして。
されどの、当方、本家、との自覚、してるが故、別段にの、苦にもしてへんでねえ。
確かに、諸般、可成りの見栄も張ってるのけどや。張ってもては、ンの、えらい出費で、ゲとなってるのけどや。

モ一発の、そらなあ、母の一周忌にしたって、香典、幾ら、持って来てくれるかは、封開けるまで、分からんのけどや。
開けて、あんた、少ない故、粗供養これ。あんた、多い故、粗供養あれ。出すの料理も、差つけて。
とは、間違おたって、出来んわの、皆、一緒。

云うてもたら、断じての損させんを基本にしてて。損させずで、文句、云わせずの。
これが、本家としての、見栄なれどです。
やてもての、後は、我々夫婦、当面、お茶漬けにしとこが、本家の立場やわと。
とか、云うてたら、笑われる事も、あるのけどや。ほっとけと。当家、内々の話やわと。それで、良しと、してるんやと。
とか、云うたって、当世、その昔程に、本家の値打ちなんか、あらへんのけどや。
あらへんでも、分家より、小言、云われるだけは、云われたり。
オッとの、当家なら、云われた事、あらへんわと。
(16/05/26)


NO.357 妹婿母がご挨拶に来られたの話(11) 本家、分家の話(2)

本家、分家の話を、モ一発。

ならばの、本家中の本家となればの、どこ様かと。
なればの、天皇家に成るの哉と。
実際には、遠い親戚でも、あらへんですが。DNA的にも、無縁なれどの、調べてみな、事実は、分からんのけどや。
天皇家の末永くは、日本国民なら、皆、望んでると、思うです。

その昔、昔なら、一族郎党、1つの集落で、生活共にして。
本家と、するのか、部族長たる、その方針、考えで、部族一同、皆の命運左右するです。
現在、民主主義と称しの、部族長たる、選挙で選ばれ、残念乍らの、勝手放題、好き放題してるですが。嘆かわしい事でして。この場合の、部族長たる、小なら、村会議員なり、市会議員を指しの。村長、市長、知事、首相と、云うても結構なれど。
はきりとしてるわの、系図明確の天皇家と、選挙で選ばれるの、首長とは、部族、部民、国家国民に対するの考え、全然の違うは一目の瞭然でして。

同じくの、当世、本家、分家も、その昔程の線引きも、本家の値打ちもあらへんけどや。理由なるは、コレ又、明々白々。
それでも、葬儀とか、年会となればの、親族集まりの、昔話に花咲くですが。親族、詰まりは、一族郎党での、本家、分家はハキリとしてるわの。
本家は、本家らしく、分家は、分家らしくと。

ここで、申すの本家とは、或る程度の、見栄、張らんならんの立場やわと。
これを、ケチると、サボると、種々、陰口叩かれるです。そらなあ、部族長たる、ケチな事、しててみい、云うててみい、ソラあかんやろと。
まあ云うたら、親戚付き合いからして、本家は、本家らしくと。

これも、個々人にての、考え、様々での。
自分の生活あっての、親戚付き合いやと、するの方、多いのけどや。イヤ、事実、そと思うですが。
借金してまで、見栄張るはせずとも、精一杯の誠意、見せねばなと。

それで、何か、ええ事、あるかと、なればの、何にもあらへんわと。
とも、云えずの、本家は、本家として、立てて戴けるです。一目、置かれるです。
只なの、やるべきを、やらんと、アカンやろと。やらんと、親戚付き合いも希薄になりて。モ、ええやろと、切るの前に、切られるぞと。
それがどしたと、なればの、ども無いけれどの、寂しいぞと。

そらなあ、職場仲間は、職場仲間。
学友は、学友での、親戚は、親戚での、各々、付き合い方、違うわと。
一番に、要注意は、近所付き合い哉と。

云うとくの、皆、親族、相応に相場、承知してるわと。相場とは、この手、葬儀、年会等々の、常識の範疇での、知らぬは、経験不足であっての、若けりゃ、仕方が無いけどや。親が教えてやらんとなと。
その基準、相場から、上にか、下かで、評価されるわと。上でも、下でも無くの、標準でええけれど。

要は、本家たる、神経細やかに、誠意尽くしの、多少の見栄張るが、お役目哉と。お役目果たせてたら、正々堂々のと。
以上、あくまでもの、当方、経験から、思てるの、一般論やでと。

以て、この話、一応の終わるですが。
ついでの話の、以降、真夜中、1時、2時頃。
とは、丑三時の、電話の、リン、あらへんわと。

云うたって、葬儀から、そんなに日は経ってえへんのけどや。
日中の、間違い電話もあらへんわと。押し売り的なるは、あるけどや。

正確には、日中、ケータイには、あったですが。
出たら、何とか、クリニックです。そろそろ、来て下さいと。イヤ、当方、某での、違うですがと。これが、間無しの、2度あって。電話番号、コレコレですかで、番号に間違い無いけれどの、やから、2度も掛かって来たですが。

モ一発は、知らぬ方から、知らぬ方え。
要は、某ですが、某さんですか。イヤ、違うです。失礼しましたで、オシマイでして。
この手、ケータイえの間違い電話もそんなには無いけどや。年間を通してなら、
時々なら、あるですが。
(16/05/27)


NO.358 <続>妹婿母がご挨拶に来られたの話 四十九日の話

以て、おしまいにするの積もりが、過日。
とは、昨日<5月27日>、妹婿殿より、ケータイに電話一発。
何事かと、思いきやの、婿母殿の四十九日の、法要の件。

過日は、有り難う御座いましたで、そちら様こそ、お疲れ様でしたと。
での、四十九日の事やけどと。6月26日<日曜日>の、16時に決まりましたと。えと。聞き間違い鴨と、再確認の、16時にと。
問えば、イヤ、当日、朝、どしてもの用事あってと。
まあねえ、基本、喪主、施主の都合のよいよに、決めて戴ければ結構でして。こちは、それに従うのだけでして。

での、場所なれどの、大手筋の、「イオン」があって、その向かいの、「東本願寺ブイン」と、聞こえたですが。再度の、「ブイン」と。
何度も、ブイン、ブインと、聞こえる故、ンの、「分院」でもを、ブインと、読ませてるのやろ哉と。
云うたら、「東本願寺分院」哉と。

イヤ、当方、「分院」の存在知らんですが。それ以前の、大手筋は承知も、「イオン」を知らんですが。
と、申せば、まあ、云うたら、次男が産まれたの産院がありまして。産まれたの当時にはの、後年、歯医者に替わったですが。その近くらしく。へえと。
要は、そこと、大手筋の間の辺りに、「東本願寺ブイン」があると。へえと。

そこには、駐車場もあるのらしく。そですかと。
とりあえず、当日、16時に、その、「東本願寺ブインに行けば宜しいのやねえと。そですと。
イヤイヤ、ブインなら、「東本願寺」云々で、Web地図でも見たら、分かるやろと。

それで、出席は、二人ですかと。
尋ねられの、今聞いて、今、即答、しかねるですが。まあねえ、息子共なら、通夜には、参列してまして、以降の仏事は、ええやろと。嫁はんと、二人、出席するですと、即答致し。
そらねえ、故人、血縁で無く。姻戚でして。

云うたら、「東本願寺」なら、烏丸通りにあるです。
当家、墓所なら、祇園、円山公園のソバ、「東本願寺祖廟」にあるですが。

での、早速にも、検索、探索の、調べたなら、「イオン」も、「イオン伏見店」なるが、存在で、へえと。
イヤ、この界隈なら、槇島在住の頃、よお、通ってたです。次男が産まれたの地でもあってね。されどの、「イオン」が存在は、知らんでねえ。その当時には、無かった筈なれどです。

ででの、その向かいには、確かに、「東本願寺伏見別院」なるが、存在したです。「分院」でも、「ブイン」でも無くの、「別院」でして。
もしかしたらの、「別院」を、「ブイン」と、読ませてるの可能性なら、あるですが。はたまたの、「別院」と、云うてるのを、当方、耳鳴り症が故、「ブイン」と、聞こえてるの可能性もと。
事実、このところ、声、聞こえ難うてねえ。困るです。
何度も、何度も、云うてるの事、確認致すですが。特に、小声は、皆目の聞こええへんし。こち向いて、喋って戴かん事には、聞こえ難く。
さりとての、何度も、何度も、聞き返すも、失礼に思えてね。困るの事よと。


まあねえ、どちにしたって、当日、16時。
場所分かっても、その場所、「別院」の様子が分からんでねえ。車で行くは、行くですが。駐車場も、どこから入るの鴨も、分からんしと。
加えての、中途半端な時刻故、遅刻せぬよに、早めに着いて、何なら、「イオン」でもを、散策と、するのか、店内見学もええのではと、嫁はんに申したならばの、喪服着て、「イオン」内、ウロウロするのん怪と。

ンの、それも、あるなあと。どする兵衛哉と。
云うたって、1箇月も先の事なれどです。
(16/05/29)


NO.359 長男、被害者、事故られるの話(1)

いやねえ、実は、過日、過月、当家、長男、事故られて。
「られて」故、被害者なれど、です。
責任分担、100対ゼロ故、全面的、先方様の過失。

イヤイヤ、生命には、問題無く。
基本、頭の具合、回転の程度も、事故られるの以前と、替わらん故、まあ、ヨカツタなと。

只なの、受けたの、怪我なるは、整形外科、日にち薬の範疇なれどの、右手、手首骨折。左腕、2箇所骨折。
要は、両手、両腕、使えませんでして。
コレ、先月、中旬、5月の、18日の、出勤途上での事での。
嫁の話に寄ればの、片側2車線の、長男、右側をバイクにての、走行してたら、突然にの、左手、トラックが、Uターンして、対抗車線側にと、移動して。
話、簡単の、走行前方、トラックが横向けでの、遮断されたに相成っての、そらなの、ぶつかるわと。

いやなあの、バイク乗車時の装具してたが故、これで、済んだ。
とも、云えて。
云うてるは、ヘルメットは、当然の、服装は勿論の、膝アテ等々、してたが故、生死に関わるの事、無かったですが。してへんでみい。あの世行き鴨の、今頃、こんな暢気な、掲載してられんわと。
の、程の、事態に成ってたやろと。

よて、当方、嫁はんと、共にの、当日、昼から、なれどの。ソラ、聞いたが、昼正午での。嫁はんから、ケータイにての、長男、事故したと。
その時にはなと。事故、「られた」とは、聞いてえへんでねえ。
イヤ、嫁からは、ケータイにメールが入ってたですが。大体が、当方のケータイに、メールの着信、殆どあらへんしで、気が付いてえへんで。嫁はんから、その事、聞いて、早速にもの、覗けば、ンの、メール届いてての。

内容、概ねの、今朝、通勤途上、トラックとぶつかっての事故に遭遇。
両腕骨折がため、15時頃より、手術での。尚、頭の方は、ども無いよおですと。

そかの、「頭の方」はの、事、読んでの、安堵したですが。
このメールには、骨折の程度は、記載されてえへんの。されどの、両腕骨折では、当面、何も出来んなと。
イヤイヤ、それ以前の、嫁が、手術に立ち会わん、ならんのよでの。そとなればの、孫共の事。

イヤ、上の二人、孫娘と、孫君1号なるは、小学生故、自身で、下校なれどの。孫君2号、保育園でね。少々の、距離あっての、迎えに行ってやらんとなと。云うたって、神戸でして。
それもあるし、長男の具合、様子見と、するのか、見舞いにと、するのか、行ってやらんとなと。
急遽、昼より、嫁はんと、2人して、神戸えと。

イヤイヤ、再度、申すの、コレ、先月、中旬<5月18日>の話やでと。
来週、6月17日にでも、右手首の、何ちゅうかの、針金。でも無いと、思うの、埋め込んだのを、取るの手術、するですて。
且つは、20日に退院ですて。へえと。

へえも、ここだけの話、でも無いの。
当初、嫁より、5日間で、退院と、話聞いて、へえの、嘘やろと。
嘘とは、少々、極端表現なれどの、両腕骨折で、5日間で、退院なんか、出来んやろと。せめてもの、抜糸が出来てからやろと。
とは、思てたですが。
嫁の話なるは、手術の同意書に書かれたの文言、入院期間、5日間と。これでして。

いやなあの、当方も、骨折にての、入院経験あってね。
当方のは、左足、足首での、コレも、二箇所の骨折での。足の場合、入院期間、概ねの、3箇月の、主たるは、リハビリ期間での。
確かに、当時の、同部屋の、面々の中には、腕のが、肩のも、居てましての。腕のは、早いも、早いの、2週間で、退院してたですが。要は、抜糸で、退院での。
されどの、両腕とは、違うわと。片方やと。

それも、あるし、足の場合、歩けませんでして。
腕なら、吊してるだけでして。再度の、片方なら、なと。
まさかの、両腕、吊して、退院なんか、出来んわと。
退院したって、家で、何も出来ひんやんかの、嫁が大変ぞと。
(16/06/10)


NO.360 長男、被害者、事故られるの話(2) 先生からは、頭の精密検査、必要無しの話

何故に、当家長男、事故られたの話を、「不可思議の世界」に掲載かは、追々のと。

兎に角、そんな事で、実際に、家出た、出られたは、14時頃哉と。
もしかしたら、15時に成ってた鴨なと。

概ねの、所用時間、2時間半で、長男宅に到着の、孫君1号、外で遊んでてね。
当方の車、見つけて、お爺ちゃんと、寄って来るは、結構も、危ないしと。近寄るなと。車にでして。

嫁は、病院でして。
15時からの、手術が、マダですと。諸般、他にも、緊急のがあっての、22時頃になるよな話ですと。とは、嫁はんえの、連絡での、聞いて、へえと。
どちにしても、孫娘も帰宅で、2人共に、父親の件、母親から聞いて、知ってたですが。それで、どんな具合か、までは、分かってませんでして。
どちにしろ、こちは、孫君2号を迎えにの、保育園え、なれどの、場所なるは、嫁はんが、概ねなら、承知の、そっちの方えと、馳せ参じ。

イヤ、分かり易いの場所での、柴田ですと、保育士に伝えたならばの、ンの、そこに居てて。
飛んで来たですが。
ンの、本来なら、母親が迎えに来てる故、爺婆がと、伝えといてなと、頼んでたですが。伝わって無かったですが。伝えて無かったは、後刻、嫁から、聞いたですが。嗚呼、忘れてたと。
伝わって無くともの、特段の問題無く、引き渡すと、するのか、当人、孫君2号が、承知故に、これ又、特段の、怪しまれるの事も無く。

ほんまやでの、当世、爺婆でも、少々、イヤ、可成りの、気ぃ使うわと。
まずは、誘拐が多いし、保育士が、こちを、知らんし、こちは、保育士を知らんわと。
厳格なら、保育士が、電話ででも、親御さんに、確認しますので、少々の、お待ちをと、云われるので無い怪なあと、危惧してたですが。そ、云われたって、別段の構わんですが。
何よりも、当人、孫君2号が、こちを、承知してるわと。

イヤ、当然の、孫君2号の、チャイルド・シートは、長男宅、玄関先に置いてあっての、それを、我が愛車、カローラに、乗せてるです。
云うたら、何やけどの、当家、息子共、嫁共、その辺り、きっちりしてるです。当方もや。
ほんまやでの、子どもに、チャイルド・シートに座らせてるの親なんか、殆ど、見やへんねえ。前を走ってるの車の中で、小さな子が、車内ウロウロしてるが、見えてるですが。
それで、子どもが乗ってます、寝てますの、シールを貼ってるのが、あるですが。変な具合でね。
まあな、我が子の安全に無関心なだけ也と。

そんな話は結構の。
まずは、用事1件、済ませたですが。
本来ならばの、我々も、病院に行ってもええけどや。病院名なら、聞いて、知ってるですが、場所が分からんわと。
正確には、場所なら、時々、行ってるの、「マクドナルド」。更には、そのソバにあるの、「ソゴウ」「プレンティ」の。ここにも、行ってるですが。そのソバの、「西神戸医療センター」なんやけど、なの、行き方を知らんわと。

こちに来たら、どこえ行くも、息子の車で、運転にての、出掛けてまして。
当方、こちに来たら、愛車カローラは、家の駐車場に、どっかと安住。要は、来て、そこに駐めて、あとは、帰るの時しか、愛車カローラには、乗らんでねえ。
乗ったって、この神戸、地形、地理、位置関係なんか、皆目のと。

そらなの、最早の、何度も、来てるですが。
来てたって、自分の運転で、考えての、移動で無くて。又、頭っから、覚えるの、気があらへんわと。
そこ、「西神中央駅」からは、孫共3人と、我々夫婦とで、市バスで、息子宅に戻ったりも、してるですが。これは、孫共の、道案内にて、でして。オッとの、嫁からも、市バスの事、重々の聞いてるですが。


そんな次第の、斯くなるでの。
着いたの、その日は、嫁は、息子が入院の病院にての、付きっきりでの。こちは、孫共と、一緒にと。
結果、嫁、帰宅は、午前様、やったの哉の、ソラ、22時からの、手術での。

帰ってから、聞くに、成功は、成功での、どちにしたって、当面、手が、腕が、使えませんねえと。
での、右手の方、諸般、針金みたい、なのを、挿入での。こちの方が、早くに治るのよ、ですと。へえと。
左腕には、プレートがで、2箇所ですと。
どちにしても、相応の時期に、針金も、プレートも、取り外すの、よですと。ンの、成る程なと。

イヤ、基本、若い故でして。
まあなあ、腕の場合、よ、分からんですが。歳喰てからの、足の、腰の、骨折では、再手術で、金具、外しませんでして。その前提の、手術での。
この、若い、歳喰てるの、境界線、よ、分からんですが。
多分なら、70代辺り、まで哉と。イヤ、至って、ええ加減の、適当なれど、80代では、最早のなと。外さんやろと。骨のくっつき具合も、年齢と、共にの、低下するわと。

そんな事で、この日は、病院には、行かず、行けず。
嫁の最新情報をば、聞いただけの、申すに、麻酔が切れて来て、痛がってましたと。そら、そやろなあと。
更には、先生に、頭の方、精密検査の事、尋ねたならばの、そんな過剰な事、するの必要性無いと、云われましたですと。そかと。
確かに、見て、一発、正常也と、判断出来てたら、念には、念をの、検査なんか、過剰やわなあと。
まあな、先生から、そのよに、聞けば、安心でして。どちにしたって、当面、病院に居てるのやから、異常なり、おかしいの面、伺えれば、その時、診てもらえばと。

での、嫁から、病院に行くの経路を聞きまして。
イヤ、明くるの日には、朝飯、とするのか、パンと、コーヒーなれどの、喰えば、早速にも、病院に、見舞いにで。
その足で、京都に戻るの積もりでして。

でや、とりあえずは、簡単ですよと。
家出て、「コープ」に向かうの道を進み。その手前の、とするのか、その道の最初の信号をば、右に。又、最初の信号をば、左えと。行けば、「西神中央駅」がと。
イヤイヤ、相応の距離あると。5分、10分は、掛かる鴨と。へえと。
諸般、病院にも、駐車場はあるですが。
満車の場合、裏手のと、するのか、「プレンティ」の駐車場に駐めるの手もあるですと。尚、病院のも、「プレンティ」のも、有料であると。そかと。
(16/06/11)



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