クルマのハナシNO.3

クルマのハナシNO.1 クルマのハナシNO.2

目次

クルマのハナシNO.4

30.息子の運転(2) バイクで転倒

29.息子の運転(1) 滋賀県へ

28.私の事故遍歴(4) 団地のご主人

27.私の事故遍歴(3) 玉突き衝突(3)

26.私の事故遍歴(2) 玉突き衝突(2)

25.私の事故遍歴(1) 玉突き衝突(1)

24.中古原付のハナシ

23.長男、普通免許取得

22.おかしな、停車位置

21.あわや、クラクッション暴行事件

クルマのハナシNO.2


21.あわや、クラクッション暴行事件

自動車は、横暴や。
自動車が横暴なんと違て、そのドライバーが横暴なんや。
普段はヨイ人でも、車に乗れば、人格が変わる。多分、私もそうやろけど。
私なんかより、その変わり方が、桁違いのが多いです。クラクッションですが、前の車に早よ動けと催促してるのやろなあ。渋滞やったら、どうすることも出来んのに。
これ、車同士の話やけど、人が普通の道歩いてて、プープー鳴らされたら、腹立たんのか。
何で、そんない鳴らされんならんのや。オマエさんだけの道と違うやないか。
どうか、そこをちょっと、譲ってくださいと頼みなさい。それなら仕方ないから、譲ってやらんこともない。
それを、ドケ、アホ、ドカンカ、ヒキ殺スゾ。そんな調子でやられたら、サア、殺セ。
云うてやりたいけど、本当に、ひかれでもしたら、タイヘンや。そんな、勇気もナイ。それに、鳴らすのが趣味のヒトが居てるのです。それこそ、プープープープー鳴らし過ぎ。
下手な運転で、狭い道で、ちょっと対向車があったら、もうアカンのです。鳴らして、道を空けてくれ。
それなら、対向車が通過するのを待てばヨイのにそれが出来ません。よう見るのは、女性ドライバーです。
イライラ、イライラしくさって、隠したい眉間の皺も沢山出して、前かがみになって、プープープープーやってます。不思議に高級車です。
自分が一番エライと錯覚してるのやろ。そやけど、アンタさんからビタ一文も貰たことないで。
どこの、どなたかも知らん。そんなエラソウな態度をしんといてクレ。
このクラクッションですけど、人間様に向かって、誠に失礼な装置と思いませんか。
本来、警報です。相手が気が付かんとき、危ないから仕方なしに鳴らすのです。
クラクッションみたいなもん、イランのです。鳴らすことナイ。
半年前のことやけど、JR嵯峨嵐山駅前にタクシーが客待ちしてるロータリーに若い連中が外車で乗り付けて来た。
タマタマ、家族を迎えに来てた車が停まってたのです。
普通ならそのタクシーと家族待ちの車の間を通過出来るスペースはある。そやのに、外車はタクシーの真後ろに停まって、プーーやってます。
そのプーーが止まらんのです。鳴らしっぱなし。タクシーの運ちゃんも意地になってしもて、動きもしません。抵抗してるのや。
鳴らしてた若い兄ちゃんが降りて来て、
「オマエ、ナンヤ。ドカンカー。ドケ、云ウテルノヤ。」
そんなこと、やってる間に家族待ちの車は、もう、居てません。
そやから、その気なら外車も楽々通過出来るけど、無関係になってるのです。
ロータリーには、タクシー仲間が沢山居てるのです。喧嘩になったかて、タクシー仲間の方が多いけど、歳やしなあ。
私らくらいから白髪のシルバー世代まで5人程度。兄ちゃんは3人。
どないなるんやろ。私も暇人です。
悪いけど、興味津々で、それ見物や。私以外にも暇人が沢山居たたで。
そやけど、殆ど、限界です。その若いのがタクシーのドアをドンドン叩き出した。運ちゃんは、意地張ってる。
タクシーには無線もあるのです。イザとなったら、それで何とかするやろ。
アホみたいに、イキがってるのを相手にして、ケガでもしたら、もっとアホみたい。
誰かが、無線で連絡したのやろ。パトカーが、スーッと、来た。
パトカーが来たら、その若いのは、
「バカタレ。今度ヤッタラ、承知セエヘンゾ。」
又、やるつもりかいな。これ、決まり文句です。そう云うて、どっかへ行ってしもた。
そうなんや。最近、こんな兄ちゃんが多いのです。思たことを、思たようにやる。
ちょっと、降りて、
「すんません。ちょっと、前に行ってもらえませんですか。」
そしたら、よっぽどのヒネクレ者なら別やけど、たいてい、譲るで。それだけのことが出来ません。
脅して、やらせる。こんな連中を相手にしたら、何されるか分からん。逆らわん方が宜しい。
ただ、この親、どんなんか、それを思うのです。似た、オッサンやろ。
そして、こんなんが、クラクッションを鳴らされたら、逆上して事件を起こしよる。
そんなことやから、鳴らされて不愉快な、そして、殆ど鳴らすこともないクラクッションはイランのです。
大草原の羊を相手でも、羊が迷惑。アフリカのライオン相手なら、怖いで。
それなら、砂漠で鳴らせ。ダレも迷惑しません。それどころか、遭難でもしたはったら、神様、仏様、拝んでもらえる。
自動車メーカーも、付けるのなら、ウルサイ、ウットオシイ、プーやなしに、華麗な音楽にでもして。
そしたら、ひつこお鳴らされても喧嘩にならん。
これ、何の曲やったかなあ。
クラクッションやなしに、クラシックかなあ。それとも、ラーメン屋さんかなあ。
かえって、渋滞になったりして。
(98/08/11)


22.おかしな、停車位置

信号が赤になったら、停車するのは当たり前。
停車する自動車で横断歩道に掛かってナイのは珍しいです。
平然としてるのはおかしいのと違いますか。にも関わらず、ふんぞり返ってからに、せめて、申し訳ない表情しなさい。
四条河原町などは凄い人です。赤信号で停まるのは当然ですが、横断歩道で停車するとは、どうかしてる。
自分が、その横断歩道を歩いて渡る立場なら、邪魔やろな。
こういうとき、面白いのは、軽自動車は運転席で小そうなったはる。運送屋はんの大型車ならその場面を見たことがない。バスはときたまある。ヨク見かけるのは、高級車に、RV車とバンです。
けっこう、オッサンが多い。何を考えてるのやろなあ、コイツ等。
賑やかな場所でナシ、亀岡みたいな田舎でも不思議に大型トラックにはそれがナイ。
横暴に思うけど、道を開けてくれるのです。こんな、デカイのが横断歩道の真ん中に停車されたら、目立つし、邪魔やけど。
気分の悪いときなら、横断歩道のド真ん中に停めるドライバーの顔をジッと見てやるのです。
そしたら、どこかで見たかいなあ。そんな表情でこっちを見るのです。知るかいな。オマエみたいな阿呆。
それと、店から車道に出る車です。人道を塞いだ状態で通過する車を観察してるのです。
もう出られるやろな。早よ行ってクレ。そお思ても、よう出ませんのです。
下手クソやなあ。こっちは、進行方向を塞がれて、どうしょうもナイで。
これは、お姉ちゃん、お兄ちゃんに多いなあ。中年のオバハンもです。指示器も出してないから、ドッチへ行くかも分からんのです。もしかして、真っ直ぐ行くのか。そしたら、向かいのお店に突っ込むで。
この手の馬鹿にはこっちも用心です。マエに出て、急に発進されても困るがな。後ろに回って、後退されてもイカンのです。どっちみち、歩行者には気などつけてない。
或いは、道を歩いてたら横道から車が走ってきて進行方向の真ん前を塞いでくれる。当然、こっちに気がついてるはずやのに、全く無視しやがって、車の状況を確認するのです。
気の利いたドライバーが停車して道を開けてくれたら、ありがとさんで通過です。
オイオイ。私はさっきから、アンタのために、足止めされてるのに、ナンにもナシかいな。
もっとあるで。他の車の邪魔になるやろと、路肩に乗り上げ、駐車してる車。
そら、アンタも、他の車もそれでヨイ。歩行者はどうなるのですか。道を塞がれ、危険な車道に迂回せんとしょうがない。
私らならまだマシやけど、車椅子に、杖付いたはる人なんか、危険やで。
マッタク、車が道路を占拠して、肝心の人間様が横に追いやられ、それが常識となり、ヨイ世の中になりました。
何年か前、何処かで、歩行者天国の日。
車が無かったら、不便やけど、増え過ぎて意識もおかしくなったのです。
免許の更新のとき、事故は怖いぞ。そんな当たり前のことやってんと、そういう、マナーのことをやればヨイ。
そやなかったら、事故が減るもんか。
マナーが欠落してるから、事故が減らんのです。
(98/08/18)


23.長男、普通免許取得

この8月31日から、9月18日まで、長男の健太郎が運転免許を取りに島根県まで合宿に行きよった。
約三週間で、実技試験まで完了。あとは、長岡の自動車教習所で学科を受けるのです。
受講料は合宿費用込みで約30万円。合宿で、免許を取るのは学生だけで、皆、バラバラに入所して、バラバラに帰るらしいです。
「お父さん。仮免は貰てるしな。」
そういうことやったら、家の車にも、任意保険を掛けとかんとコワイです。
調べたら、保険代が倍になる。嫁はんの軽だけにしときましょう。
「来週の24日に学科試験や。それで、合格したら、即日、免許証を貰えるのや。」
「そうか。えらい早いのやなあ。」
「仮免は、もう持ってるしな。」
「さっき、聞いた。」
「免許を持ってる人が一緒やったら、運転してもエエのやて。」
そんなことくらい知ってるわ。
「今日は休みやし、車は少ないやろか。」
「休みやったら、多いで。」
「まだ、明るいうちやったら、安全かなあ。」
「そうやろなあ。」
「今、エエか。」
「ナニガ。」
「一緒に行ってえな。」
「何処え。」
「運転の練習や。」
しっかり、「仮免許運転中」の表示を書いて、準備万端整ってます。
こっちに引っ越したとき。18年前やけど、嫁はんが免許を取りに行ったのです。
そのトキ、練習したのが南桑(なんそう)中学校の側。
休日なら生徒は居ません。周囲は田圃。見晴らしも宜しい。車も通りません。
それにしても、ケッタイな気分です。息子が自動車の仮免まで取ったことは、我が事のように思えて嬉しいです。同時に恐怖。
こんなんが、事故を起こして、車大破で死んでます。下手クソが、無茶な運転するからや。
他人さんなら、若いのに可哀想とか、スピード出してアホやなあ。で、済みますが我が息子ならそうはイカン。
物損程度の事故ならヨイ経験です。痛いけど、お金で済む話。
他人さんをケガさしたり、ケガどころかもっとヒドイことにでもなたら、どおします。
申し訳ナイと謝っても済まんことがある。やっても、やられても、地獄です。
そやから云うて、今更なあ。どっちみち、誰もが通る道です。
「そしたら、行こか。」
今度は嫁はんが健太郎に何やらブツブツ云うてます。
「何を云われてたんや。」
「まだ、ボクの保険は掛けてないしなて。」
「早よ、その表示を付けて来い。
南桑までは、お父さんが運転して、そこから、代わる。」
現地までは、車で二三分。交代して、イザ、動き出したら、たまらんなあ。怖い、コワイ。
「ユックリや。スピード出したらアカン。もっと、ユックリや。」
教習所の車ではナイ。助手席にブレーキはあらへんけど、必死にブレーキを踏む気分。
こっちの方が緊張します。
「教習所の車はナンやったんや。」
「コロナ」(私の車はスプリンター)
「大夫、感覚が違うやろ。」
「似たようなもんや。同じ1500やし。」
この辺りには、十字路に信号がナイから、気も使う。
「あの車が行ったら、向こうに渡れ。」
「マダヤ。マダマダ、アカン。ヨーシ、発車。」
力が入ってしょうがない。
「それにしても、オマエ、ブレーキが遅いで。十字路のもうちょっと手前で、停車せえよなあ。」
「こんな、見晴らしの処でかいな。」
「行き過ぎてしもたら、どうするのや。」
「心配せんでもエエで。一応、路上教習もやった。」
「怖かったやろ。」
「最初はなあ。そやけど、先生はもっとスピード出せと云わはるのや。80くらい出せて。」
コマッタ先生や。
「車が少ないしやろ。」
「そんなことないで。亀岡より多いのと違うかなあ。」
「今は緊張して運転してるやろ。
運転は慣れやけど、慣れたときが一番危ないで。
お父さんも、エラソウなことは云えんけど、その気持ちを忘れたらアカン。余裕と緊張や。」
ようやく、車の試運転も終わり、家に戻れば首筋が痛い。肩も凝った。
そして、9月24日。
免許を貰て、早速、お母さんの軽で弟の裕次郎を迎えに並河駅まで運転したらしい。
このトキは、心配やからと、つき合おた、お母さんの肩が凝ったらしいです。
(98/09/26)


24.中古原付のハナシ

二男の裕次郎。
大学受験の決着が付いたら、早速、原付の免許を取りよった。
続いて、長男の健太郎も取りよった。取れば原付が欲しいです。
最初は、友達のを5万円で買えるハナシが有ったのですが、アカンようになった。
祖母の知り合いのお孫さんのが不要になったよおで、話をしてもらうとか。
これも、先客があってダメ。どうするのかと思てたら、
「お父さん。スクーターやけど、ヨイのがあるのやて。連れて行ってくれへんか。」
「何処やな、」
「大体の場所は分かってる。太秦の方や。」
「太秦やてか。故障したら、どうする。そこまで、持って行けんで。」
「中古なんや。」
「ナンデ、中古を買うのや。」
「新車やったら、15万円くらいするし、中古やったら、10万以下や。」
「そら、新車の方が高いやろうけど、買う店の場所のことや。」
「友達もそこで買おたらしいし、大きい店やし、安いみたいで。」
私は、中古云々は別にして、修繕問題が頭にあった。
故障して、動かんようになってら、亀岡から持って行けません。そもそも、原付なんか調子のヨイのは売らんがな。ナニかがあって、気に入らんから売るのです。
私が大学時代に乗ってた、スーパー.カブも、少々の問題なら自分で修繕した。
どうしょうもないときだけ、バイク屋に頼んだのです。原付は自転車の延長です。
5年間乗って、下取りですが、ガタガタやった。次にナニか問題があったら、自分の手には負えん状態で手離したのです。就職もし、普通免許も取り、車も手に入れてたからです。
原付そのものは、置いときたかったけど、エンジンの掛かり具合がアカン。音は凄いし、プラグのネジ山もバカになりかけ、燃費も悪くなってたのです。
この冬は越せんし、限界かなあ。車(軽自動車)も買うことやし、下取りしてもろたのです。一応5千円也。
そんなこともあったから、中古はどおかと思たけど、それ以上に、裕次郎が主張する店の場所が気に入らん。
「亀岡にないのか。修繕に出せる範囲や。」
「修繕くらい、何処でもしてくれはるで。」
「そら、してくれるけど気分が違うで。田中サイクル(自転車を買おた店)はどうなんや。」
「中古はやったはらへんのや。」
一応、私のスーパー・カブの話をして、
「原付を買うことには反対ではないけどな。」
「お父さん。スーパー・カブは高いのやで。スクーターの方が安いし、お金もナイしなあ。少しは援助してや。」
私の方は、中古なら1年持てばヨイ処やけど、とりあえず、こいつらの勉強と了解したのです。
裕次郎の主張どおり、太秦の中古屋さんで、9万円。保険も付けて10万弱。
その結果、裕次郎に燃費のことを訊ねたら、無茶苦茶悪く、10km/リッターやて。
ウソやろ。普通車並やないか。6月には、マフラーから黒い煙がモウモウです。近所の田中サイクルに修繕に出したら、
「改造してる。」とのこと。
7月には、エンジンの掛かりが悪い。この時期に、これなら、冬をどうするのや。
そして、8月。今度は健太郎。
「お父さん。どうしょう。動かへん。」
もう、来てしもた。私の予想より早過ぎる。
「ブレーキが掛かってるみたいに、動かへんのや。」
確かに、エンジンは掛かるけど、押しても硬く、ブレーキが掛かってるよおな状態です。
こんなトラブル続きなら、治す修繕代が勿体ない。燃費もバカみたい。
「ヨイ勉強したやろな。田中サイクルに、スーパー・カブの値段を聞け。お金は三人で等分や。それが、無理やったら、それまで、待て。」
息子はお金がナイから、早速、アルバイトで稼いで、15.9万のスーパー・カブを注文したのです。
燃費も桁違いに宜しい。私が自慢する筋合いではナイけど、スーパー・カブは私が学生時代には存在した名車です。
それに、問題があったら、近所の田中サイクルが取りにも来てくれる。
どっかの中古専門店ではアカンのや。遠いこともあるし、そもそも、ヨイ加減なヤツを持って来やがったのです。
文句云うても、燃費のことは、
「中古ですしねえ。」
改造は、
「そういうこともありますよ。」
動かんのは、
「持って来て頂ければ、何時でも修繕致しますので。」
そういうことです。軽トラックでも有ったら、持って行きよおもありますが、動かんのをどおしょおもナイやんか。
それにしても、勉強代も高かった。この次は、きっと、自動車です。
イツの時代でも、一緒やから心配です。
(98/09/28)


25.私の事故遍歴(1) 玉突き衝突(1)

昭和45年。「ホンダNV」(350cc)。これが、我が初代の車です。
箱型で、チェンジ・レバーが奇妙な形式で、音もウルサかったけど、燃費は良かった。
市内走行で、30km/リッター。モーター屋さんでは、再生車と云うてました。
中古車と、どう違うのかと聞けば、メカを整備しただけは中古車。座席シート等、内装を新品にしたのが再生車。それで、20万円也。新車なら、30万円です。
安いみたいやけど、当時の初任給、3.35万円也。勿論二年月賦。
その当時、私が勤めてたローム(当時は東洋電具)は、正に、発展途上で、協力会社がドンドン出来てたのです。幹部候補生が実習で何人も来てました。
それまでに、東邦デンキ(山口県。昭和48年解散)、ワコー電器(岡山県)、アオイ電子(香川県、昭和65年離別)があったけど、更に、九州にサカエ電子(佐賀県、昭和53年解散)が出来、エンゼル電子(昭和45年解散)、アポロ電子(福岡県)が誕生したのです。
サカエ電子のトキはビックリした。
私が会社に入社早々、佐賀に就職して、帰郷したはずの大学の同窓生の時尾(ときお)君が、会社に来てるのです。
「ドオシタ。佐賀に帰ったのと違うのか。」
「そうなんや。帰った。柴田は、ここに就職しとったのか。」
「それで。何でや。どうしたんや。」
「佐賀で就職した先から、実習を命じられてのお。」
そういう次第で、同じQCで新入社員の私と一緒に1.5年間。他にも二名居たのです。
そんなヤツとのハナシは一杯ありますが、ここでは割愛です。
サカエ電子の時尾他二名は、実習完了でサカエ電子に戻り、即、課長さん。創業初期の幹部ですからねえ。
それが、終わり、入れ替わりにエンゼル電子からQCの実習生一名がやって来た。
伊東君と云うたかなあ。機械屋さんという記憶がある。
そのエンゼル電子の伊東君と、同期入社の田内君と三人で、食事に行った。時間が遅いときは会社の近所の焼き肉屋。早いときは京都見物を兼ねて遠出で、北山の方とか、イロイロです。田内君は岐阜県出身で、アパート暮らし。
私の車でアッチコチ行ったのです。
最初の事故はその時やがな。
(98/10/02)


26.私の事故遍歴(2) 玉突き衝突(2)

その実習生の伊東君と、田内君。
仕事が終わってから、私のホンダNVでドライブがてら食事に行った。
御池を東に進んで、二条通りに入り、鴨川の二条大橋に来たときやがな。助手席の伊藤君が、ナニか云うて、左後方を指さした。
「ナニかあったんか。」
伊東君の方を見ようとしたら、前方の状態が眼に入った。
「アッ。」
ドスン。
前の車が停車してたのです。その前方の信号は赤やった。
こっちも、速度は出してないけど、それに気づくのが遅れたのです。
スローモーションで見てるような状態で、どうすることも出来んかったなあ。
ブレーキは踏んだけど、その減速状態と、車間距離から判断して、無事に停車するのはムリ。
まず、私の軽が直前の軽トラックにドンとぶつかった。その軽トラックが、その前の普通車にドンとぶつかった。つまり、玉突き衝突です。
スピードも出てないし、むち打ちなどの心配はナシやけど、兎に角、しもた、やってしもた、幾らくらいやろ。相手が二台やからなあ。
車から降りて、状態を見るのと、相手に謝るのが同時です。
ナンと、私の車のボンネットが大破してるで。
前の軽トラックは荷台部分が凹んでる。その前の車はどこがどうなったのか、よう分からん。
まず、先頭車の所有者。当時、30歳そこそこ。
「すみません。どうしましょ。」
「新車やしなあ。ぶつかったんやし、どっかナニかあるやろ。修繕屋に見積もりを取る。免許証を見せてくれ。電話番号は。」
私も、電話番号を聞いた。
私が直接ぶつかった軽トラックの所有者は、50歳くらい。
軽トラックのは、そっちから住所と電話番号を云うてくれて、
「一週間後くらいに電話してくれ。」
そういう次第で、まずは普通車の人から電話があって、昼間に呼び出されたのです。
行った先はナンと、私の母校(堀川高校)の向かいにある駐車場。
その車の中に入って、明細書を見せられた。
「検査料三千円や。何処も、どうも無かった。」
「そうですか。そしたら、三千円ですか。」
「ホンマは慰謝料を請求してもヨイのやぞ。」
ちょっときつい口調でそう言われたのです。
「すみません。」
そんなん請求されるのもかなわんし、ひたすら謝るだけ。
「新車なんやで。」
それは前にも聞いてたけど、どれくらいの走行距離かとメーターを見たら、1.5万kmも走ってるやないか。
営業でもしたはるのやろか。イランコト、云うたらアカンのです。
兎に角、もう一遍、謝って、三千円を手渡し、ハイ、サイナラ。
軽トラックは、一週間して、こっちから電話したのです。
「来い。」ということやったし行ったのです。
二条東山の塗装業の人でした。板金代金が二万円。私の初任給が3.35万円の時代。
頼み込んで月賦にしてもろたのです。五千円づつ、四回。
行く度に、お菓子とか、手土産持って、その度に、ちょっとイヤミを云われたけど。
「ホンマは、直ぐに謝ってくれたら、こんなもんヨイわて云うたけど、オマエ文句云うたやろ。
そやからきっちり返済してもらう。」
正直云うて、文句を云うた記憶ナシ。
そやのに、支払いに行く度にそれを云われるのです。
ぶつかったのはコッチやから、ナニを云われても、
「ハイ、スミマセン。」
そして、何とか、約束の四回で完了した。
結果、普通車が三千円、軽トラックが二万円、私のホンダNVは実に五万円也。
これは、モーター屋さんに頼み込んで、ボーナスまで待ってもろたで。
(98/10/07)


27.私の事故遍歴(3) 玉突き衝突(3)

初めての事故が玉突き衝突で、損害金額総額7.3万円。
これの金銭処理は当事者間の話し合いです。当然やけど、私の全責任で支払い完了。
ところが、エンゼル電子の伊東君が事故のことをエライ気にして幾らやったとか、少しでも費用を負担させてくれと云う。
私は心配してもらわんでもヨイと断った。
そういうことが何回もあって、伊東君が、
「ワシは九州男児やから、それは困る。」
と云い出した。云い出した程度ならヨイのですが、怒ってるのです。どうしたものかと悩んでたら、ナンと伊東君に帰社命令。
伊東君が所属のエンゼル電子が発足したばっかりで、解散やて。
オイルショックの直前のことで、景気が急激に後退。まだ、これから出来るはずの工場が犠牲になったのです。
限られた受注の中での生産やから、実績のナイ工場は損害が少ないうちに切られてしもた。
伊東君の実習期間は、まだ半年残ってた。私ら兵隊さんにはそんな状況は知らんこと。
そこで、その負担金のことに名案が出た。
「そしたら、それで送別会しよか。」
よう考えたら、当人のお金で送別会という奇妙なことになるけど、伊東君もそれならスッキリすると大乗気。
結局、その時の当事者である田内君と三人で伊東君の送別会です。
三条京阪にある日昇旅館でやったのや。
ここは、一応、旅館やけど、料理もやってます。学生時代に一回だけコンパですき焼きを食べたことがある。
田内君もそういうことがあって、大乗気。当時は我が母校の理工学部の学生がヨク使たらしいです。
送別会では、これからどうするのかと云う話。
「そうねえ。突然だし、ナニも考えとらんですよ。理由もナニも聞いとらんのです。」
伊東君の気持ちとしては、一旦、帰郷して、会社の話を聞いてから、最悪の場合は、家業の農業を手伝うとかです。
「ヨイなあ。イザとなったら、そういうことが出来る人は。」
「その変わり、こっちのように、就職口はナカとですよ。」
そんな送別会をやって、伊東君は帰郷し、結果、家業を継いだらしい。
そして、田内君のことやけど、送別会で曰く、
「柴田の事故で得した。タダでご馳走してもらってさあ。」
そう云うたらそうなる。
田内が、一番、得をした。
その田内君も、その一年後、自己都合で退職したのです。
(98/10/13)


28.私の事故遍歴(4) 団地のご主人

ホンダNVの次は新車のホンダZ(350CC)。
通称、水中眼鏡と称する。
リアウインドの形が水中眼鏡に似てたからで、値段は35万円くらい。勿論、月賦。
今、軽自動車は、奥様用のセカンドカーやけど、この当時、金のナイ私みたいな若者用。しかも、このホンダZは軽自動車でも、スポーツタイプです。
色んな歌手のカセットテープを沢山集めた。当時のカセットテープは現在のビデオテープの大きさです。
それを車に搭載してたら、夏は室温が無茶苦茶に上がって、ケースは変形するわ、テープはくっついてしもて、回転せんようになるわです。
そのテープがデッキに引っかかるわ、せっかく買おたテープを何本もパーにした。
勿論、軽自動車にはクーラー(エアコン以前)など、パワーを喰うもんは付けらません。というよりも、軽自動車用はまだ無かったのです。
普通車でも、クーラーなんかバカデカイし、スイッチ入れたら、坂道が苦しいのです。
それでも、初めての新車やし、運転にも大分慣れて、ジッとしてなかった。
この車では、丹後半島には何回も行きましたし、職場のレクリエーションにも、仲間でドライブとか。
出張でも使たのです。四国には何回も行ったし、友達とは高知にも行った。九州にも行った。
遠出では、事故はやってナイですよ。
朝、出勤途中で、友人を拾って、会社の側の道路脇に降ろしたのです。
さあ、駐車場に向かおと発進したそのとき、私の右に車があったのです。もう遅いわい。ガリガリガリ。
要するに、私が停車してたから、それを追い越そうとした車があって、それと、接触した。私の後方未確認。
ホンダZのボンネット部が先方の助手席側のドアを擦ってしもた。助手席には、その運転手の奥さんらしき人と、後方には幼稚園児くらいの男のお子さんが見えてました。
多分、幼稚園にでも送る途中やったのか。
私がもっと急発進して、対向車でもあったらエライことやった。とりあえず、物損事故でスンだのです。
例によって、住所と電話番号を通知して、指定場所(先方の家)に修繕費用を持って行くことになったけど、場所が分からんのや。
阪急の西京極駅の側の市営住宅のハズやけど。夜で、その何号棟というのが見えんのや。
しかも、柵が周囲にあって、その団地の入り口そのものが分からんのや。グルリと一周して、やっと、それらしい場所を見つけたのです。
そこは、えらい賑やかな雰囲気で、大声が聞こえてます。表札を確認すれば、間違いはナシ。
中に入ったら、麻雀をしてるのです。
「柴田ですけど、お約束の修繕代金を持ってきました。」
「そうか、丁度良かった。」
と、そのご主人。
私が封筒に入れたお金を渡したら、そこから一万円(三万円を渡したのです)抜いて、麻雀の精算してるがな。負けたのやろけど、それにしてもねえ。
お金に区分はナシ。どれを使ても先方の勝手やけど、もうちょっと待ってクレよなあ。私を追い出してから、やればヨイのになあ。
お子さん用にと、ケーキも持って来てるのです。
「これ、お子さんに。」
「ああ、そこ置いといて。オマエラ、ケーキ好きか。」
麻雀仲間に、そう云うたはる。
「そしたら、もう帰ります。」
そう云いながら、玄関の履き物を見たら、子供用のがアルのです。
ドアを締めて、表札を見たけど、確かに、間違いはナイ。
事故の時のイメージと、ギャップが大き過ぎるのです。
あっさり終わった云うたらそれまでやけど、世の中、イロイロあるなあ。
(98/10/14)


29.息子の運転(1) 滋賀県へ

我が家では毎月家族全員で墓参りしてます。
ところが、最近になって母はゲートボールが最優先。ジャマクサイと云い出す始末。
息子達も大学生になってから、クラブとか、アルバイトとか、ナカナカ、日程が合わんのです。
そんなことで、ここ何回かはダレかが欠けた状態での墓参です。
ところが、珍しく長男が、「行こか。」やて。
ナンでかなあ。どういうことかなあ。
お墓まで自分が運転したいのです。免許を取ったとこやし、しとおてしょうがない。
ついでに、滋賀県の琵琶湖大橋辺り、緑ガ丘に住むクンちゃん(私の妹夫婦の長男)に、大学の学園祭の券を持って行ってやるとか云うてます。最初は郵送すると云うてたくせになあ。
大学の学園祭に越前屋俵太が来るらしいです。学校で義理で買わされたとか。
私にもお声は掛かったのです。もうちょっと、マシならヨイけど断った。それよりも、ジャマクサイのや。それで、従兄弟に回すことにしたのです。勿論、タダですよ。
息子が電話したら、妹は、
「そんなん知らんで。」
婿はんは、「アア、あのキタナイヤツや。」
クンちゃんは知ってるらしい。友達と行くので、二枚になった。お墓参りか、券か、滋賀県へのドライブか、どっちが本命やな。
嫁はんの軽自動車の任意保険には息子も加えました。それで、三人で行くことになったのです。二男はテニスで、母はゲートボール。
息子が仮免許のとき30分ほど私の車で運転させましたが、同乗するのはそれ以来です。
早いのか、遅いのか、あれから一ヶ月が経過する。その間に嫁はんの軽では運転してるから、ナンとかなるやろ。
助手席はダレかなあ。そう思てたら、嫁はんは、イヤヤと、サッサと後部座席。しょうがないから、私が助手席です。
亀岡縦貫道で大井町から沓掛へ。そして、円山公園のソバにある西本願寺の墓地へと進む。
なるべくイランことはいわんとこ。刺激したらアカンと、グッと我慢です。
ガマンもしんどいです。そもそも、ブレーキが遅い。もっと早お踏めばヨイのになあ。
そんな急ぐこともナイから、スピードを出すこともない。そう云いたいけどガマン、ガマンの子。
前を走る車に接近したら自然に体が堅おなる。ハヨ、ハヨ、ブレーキを踏まんかい。こっちは、口にせんだけで、ありもせんブレーキをグッと踏み。
墓地の駐車場に着いたら、頭は痛いわ、肩は痛いわ。サッサと車から降りて、大きく息を吸い込んだ。
とりあえず、ここまでは死ぬ思いもセズ、無事やった。まだまだ、これから先が長いのです。
墓参も済まし、イヨイヨ、滋賀県です。
「お父さん。道云うてや。」
こいつ。いつもは私に道を教えてるくせに、自分で運転してたら、そんな余裕はナイらしい。
湖西バイパスが出来、山科から真野(まの)まで、楽なもんです。有料道路なら信号もナイ。こっちもブレーキに車間距離のことは心配することナイはずや。そやけど、
「オイ。そんなスピード出さんでもヨイで。」
100kをオーバーしたら、我慢出来ません。ツイツイ云いとおなるのです。
「オイ、オイ、ここは60k制限みたいやで。」
「ここはヨイ道やのになあ。」
「そやけど、標識はそうなってる。」
二時頃に墓参が終わり、三時には着いたのです。
妹の処では、婿はんと二男の泰介(たいすけ)君が居た。長女の明日香と肝心の国明君(クンちゃん)が居てない。国明君は琵琶湖大橋の店でウドン屋のアルバイトやて。
この家では禁煙。婿はんも私も愛煙家。よって、吸うときは換気扇の側。
その換気扇の傍らで、
「残業が減ってねえ。」
「不景気やからねえ。10万円ほどチガウのやろか。」
「5万円ほどかなあ。休日出勤したら、代休を取れて云われるし。」
「代休みたいなもん、有給がたくさんあるのやろ。」
「そうなんですわ。1回出たら2万円にはなるしねえ。」
「そやけど、リストラされるよりはマシやで。」
「そうやねえ。」
近頃はそういう不景気な話ばっかり。
コーヒーとオカキをよばれて、一息ついてたら、
「兄さん。ビールどうでっしゃろ。」
「エッ、ビール。」
「一箱買おたんですわ。」
「そうやねえ。運転はアイツやし1杯だけご馳走になります。」
勿論、本人が飲みたいのです。私はその一杯だけで十分堪能出来る。
「それはそうと、クンちゃんは何時頃帰るん。」
「4時頃には帰るはずやけど。」
そしたら、それまで待ってんとしょうがないのかなあ。
ここから京都方面は時間によっては凄い渋滞になる。3時までに退散せんと、渋滞に突入。
ところが、その4時を過ぎてもまだ帰らんのです。そして、4時半。もう限度で帰ることにした。
「お好み焼きやけど、食べて帰ったら。」
妹はそう云うてくれるけど、帰ることにした。遅おなったらなるだけ渋滞になる。
越前屋俵太のチケットを渡してイザ帰宅。
キッチリ、湖西バイパスの途中から渋滞に突入。状況は分かってる。すぐにバイパスを降りたのです。降りても、ノロノロ運転やけど、まだ動いてるだけマシ。
そしたら、何線か知らんけど、鉄道の駅がある。左が坂本、右が南滋賀。
「地図、地図、よう分からんけど、方向は間違いナイ。」
嫁はんが地図を出し、見たら、「京阪石山坂本線」。
これで、現在位置が分かったのです。どっちみち、国道に出たかて渋滞や。比叡山経由に決めたのです。
そして、ようやく我が家にたどり着いたら8時半。
それにしても、息子の運転に長いこと付き合わされて、ホンマにフラフラになりました。
(98/11/25)


30.息子の運転(2) バイクで転倒

今度は二男、裕次郎の学園祭。
裕次郎はテニス部で、部の出し物は、「モグラタタキ」。新入生やから、その準備にこき使われて、外泊ばっかりしてるのです。
友達の下宿先を転々と渡り歩き、夕食にだけ戻って来る。
外泊するくらいなら食事もそっちで食べたらヨイのに、そのお金がナイのやて。
されど、価値判断の基準が違う。時間とバイクのガソリン代なら時間は無視して、ガソリン代より、自宅なら食事代がタダやんか。
長男がバイクを使てるトキはJRです。これは定期券があるし、本人負担ナシ。
勿論、いつもはJRです。基本的にバイクでの通学は禁止されてるから、学園祭の準備期間だけです。時代背景が異なりますが、私等のトキなどバイク通学はナニも云われませんでした。
その二男が夜11時頃、大学からバイクで帰宅途中に転倒したのです。
大学へは枚方−亀岡線を使い、途中、石採場があって、砂のためバイクは滑り易いから、注意せえよと云うてたのになあ。そこでやってしもたのです。
転倒原因は同じ方向に走ってる車がバイクに接近して来て、それを避けるためにバランスを崩したのです。
「アホやなあ。そんな処でスピード出したらアカンぞ。対向車があったら、そんなケガくらいで済まへんがな。
骨折とか、大きなケガは無さそうやけど、何処かケガしてるはずやで。」
「フン。肘にちょっとケガしてる。それと、ジャンパーも破れてしもた。」
二男は破れたジャンパーを脱いでシャツをめくって肘を見せたのです。幸いカスリキズ程度で、ホッとした。
とりあえず、自力で家まで帰ってるから、そんな重症ではナイことは分かってる。
「その程度で、ヨカッタなあ。」
私はそこまでやったけど、そのジャンパーは買おたばっかりで、嫁はんの方がエライことやと云い出した。
カスリキズ程度やから、そっちのホウはヨイとして、そうなると、まだアルのです。
「で、バイクはどうなんや。」
「どうもナイハズや。」
転倒して、バイクがどうもナイはずがナイ。夜も遅いし、物的損害は追求セズ。
「夜にそんなコワイ処を走るなよ。幸いなことや。ヨイ勉強や。」
夜は山越えするなという命令です。云うても、何処まで効き目があるのかなあ。
この道は、私も車で通ったことはありますが、狭いし、曲がりくねって、厄介です。
二男も携帯電話は持ってますが、このコースは山の中やから、不通になるのです。ひき逃げでもされたら、エライことやで。
明くる日、懲りもせず、バイクで大学やて。
「今日は帰れんかもしれん。学園祭の準備の追い込みや。徹夜になるやろなあ。それでも、間に合うんかなあ。」
「もう、遅おなるんやったら、友達の処にでも泊めてもらえ。その方がヨイで。
それと、バイクもちゃんと確認しとけよ。運転にどうもなかったらヨイけど、何処かが壊れてるはずやで。」
家まで帰れてるのやから、そんな大層な損傷はナイとは思うけど、
「おかしいなあと思たら、すぐ戻らんとアカンぞ。オイ、聞いてるんかいな。」
学園祭の準備で、バイクの機動力も必要です。
それと、JRでは約二時間やけど、バイクで山越えなら三十分程度。
とか、なんとか、口実ばっかり付けやがってなあ。
私の話なんかまともになんか聞いてないがな。
(98/11/29)



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