みんながパソコン大魔神
雑談<NO.138>

みんながパソコン大魔神
総 合 目 録 趣意書

表題一覧表

NO 表題 起稿 起稿日
雑談NO.139
1593 嗜好と文化「私のポリシー」:第79回 北村薫さん「本に書き込みをしない」(毎日新聞) 磯津千由紀 17/10/10
1592 『ウルトラセブン』第12話は、封印すべき作品だったのか? “アンヌ隊員”に聞いた(HUFFPOST) 磯津千由紀 17/10/02
1591 笹子峠:わらじ履き旧道の峠越え 山梨で児童が街道学習(毎日新聞) 磯津千由紀 17/10/01
1590 BS:時代劇が活況 勧善懲悪、不安定な世の中だからこそ(毎日新聞) 磯津千由紀 17/10/01
1589 NHK朝ドラ 磯津千由紀 17/09/30
1588 京都人の密かなナントカ(NHKのBS103) 磯津千由紀 17/09/30
1587 余録:先ごろ、NHKの番組「ブラタモリ」が日本地質学会に…(毎日新聞) 磯津千由紀 17/09/20
雑談NO.137

NO.1587 余録:先ごろ、NHKの番組「ブラタモリ」が日本地質学会に…(毎日新聞)<起稿 磯津千由紀>(17/09/20)


【磯津(寫眞機廢人)@ThinkPad R61一号機(Win 7)】 2017/09/20 (Wed) 23:52

 こんばんは。


 ブラタモリは、私は面白いと思ってますが、全く面白くないと言ってる人も居まして。


> 先ごろ、NHKの番組「ブラタモリ」が日本地質学会に表彰されたのが話題となった。地理好きのタモリさんが各地を訪れ、地域の自然と人のなりわいのかかわりを探る番組が地質学の普及に貢献したというのだ▲「柱状節理(ちゅうじょうせつり)」という地学の用語もこの番組で知った方がおられよう。たくさんの角材を束ねたような岩の形で、溶岩が冷えて固まる時にできる。ブラタモリでは水を混ぜたかたくり粉を乾かす実験で、柱状のヒビが入るさまを見せた▲この列島の自然景観の成り立ちや、そこで営まれた歴史への関心がいつになく高まっているのをうかがわせる番組の人気である。だがそんな世のトレンドなどどこ吹く風、物事を予定通り進めることしか眼中にない人々もいるようだ▲ユネスコの世界ジオパークとなった熊本県の阿蘇だ。そのジオサイト(見どころ)の一つ、立野峡谷の柱状節理が熊本地震の復興工事で幅110メートルにわたり破壊された。崩落した阿蘇大橋の架け替えのため国が進めていた工事だった▲削られた柱状節理の現場写真はいかにも無残である。こと立野峡谷の柱状節理についてはダム建設にともなう破壊や水没も心配されている。ジオパーク--「大地の公園」にあって国がこうまで大地からの贈り物を軽んじていいのか▲立野峡谷は阿蘇の神、健磐龍命(たけいわたつのみこと)が外輪山を蹴破って水を流し、カルデラ湖を田畑に変えた伝説の地という。大地と人が織りなしてきた「記憶」をないがしろにして、果たして「復興」などありえるのか。

<参考=「余録:先ごろ、NHKの番組「ブラタモリ」が日本地質学会に…」(毎日新聞)>


NO.1588 京都人の密かなナントカ(NHKのBS103)<起稿 磯津千由紀>(17/09/30)


【磯津(寫眞機廢人)@ThinkPad R61一号機(Win 7)】 2017/09/30 (Sat) 21:29

 こんばんは。


 只今、21時より、京都の職人の話をやってます。
 オムニバスの、ミニドラマ仕立て。

 庭師、陶工、京野菜農家、と来て、現在、料理人。


【磯津(寫眞機廢人)@ThinkPad R61一号機(Win 7)】 2017/09/30 (Sat) 21:45

 追伸です。


 料理人ではなく、漬物屋でした。
 現在、パン屋。(京都人はパンの前では阿呆になる)


【磯津(寫眞機廢人)@ThinkPad R61一号機(Win 7)】 2017/09/30 (Sat) 22:04

 追伸の追伸です。


 五山の送り火の準備。

 22時を過ぎても続いてます。


【磯津(寫眞機廢人)@ThinkPad R61一号機(Win 7)】 2017/09/30 (Sat) 22:09

 こんばんは。


 2204より、スタジオで料理教室に、変わって仕舞いました。伝統食ではなく、現在の京都人が好む料理。

 尚、京都は喫茶店が多く、其の料理が美味しい由。


【シバケン】 2017/09/30 (Sat) 22:19

「万灯会」がチラと出たです。

お盆の行事で、京都の町、夜景が。

これが、当家、墓石あるの、「東本願寺祖廟」です。
まさしく、「万」基あるらしいです。

イヤ、当方、精々が、数千と、思てたですが。


【磯津(寫眞機廢人)@ThinkPad R61一号機(Win 7)】 2017/09/30 (Sat) 22:28

 追伸です。


 2213より、ミニドラマに戻りました。
 送り火。

 尚、京都では、ミックスジュースに牛乳を入れるとのことで、驚きました。


【磯津(寫眞機廢人)@ThinkPad R61一号機(Win 7)】 2017/09/30 (Sat) 22:34

 シバケン様、こんばんは。


 知らない文化に接した思いです。
 京都人には常識でも、余所者には未知の話ばかりで。

 ところでシバケン様は、いつからご覧になりましたか。
 番組の正式名称は、何でしょうか。見逃したので「ナントカ」と書きましたが。


【磯津(寫眞機廢人)@ThinkPad R61一号機(Win 7)】 2017/09/30 (Sat) 22:55

 こんばんは。


 2130頃の料理人の話、続きがありました。見習いの、ハモの骨切。


【磯津(寫眞機廢人)@ThinkPad R61一号機(Win 7)】 2017/09/30 (Sat) 23:00

 こんばんは。


 2259、番組が終わりました。
 面白かったです。


【シバケン】 2017/09/30 (Sat) 23:36

磯津千由紀さん、こんばんわ。


まずは、
正式番組名称

「京都人の密(ひそ)かな愉(たの)しみ Blue 修行中/送る夏」


見始めは、
奈良漬屋の途中からです。

イヤ、
チラと、住所が記載されてたですが。
綾小路烏丸西入ル<?>。
「田中長奈良漬店」

実は、その界隈<烏丸>で、過日、母の三回忌の会席の場としたです。

そんなところに、奈良漬屋があったの哉<?>と。
知りませんでして。

イヤ、旧住所からは、若干離れてますが、守備範囲<?>です<笑>
「堀川高校」の学区です。

壬生寺も出てたですが。これは、「郁文中学」の学区。


で、
ミックスジュースに牛乳の話。
これは、贅沢品ですねえ<笑>


パンは良く分かるです。
意識はしてませんですが、祖母に連れられ、墓参で、円山公園の出店<テント店>。
そこで、パンと牛乳がご馳走でありました。

そもそもが、当方的、時代的、パンも、牛乳も贅沢品でして。
云い出せば、パン屋は、確かに、そこらにあるです。

又、サンドイッチですが、カツとか、玉子等々、挟んだヤツ。
フルーツとかとか、これは、「フルーツ・パーラー」ですねえ。
その名を冠した店も、方々にありまして。
これ又、贅沢品でして。
諸般、この店で、一度、喰てみたいなあと<笑>

での、
パンの消費量、京都が多い<!>
ンの、当家、パン焼き器購入で、朝食は、自家製パン<食パン>に、バター付けて、喰てるです。

当方的には、分かる場所多く。意味も、分かるですが。
一部、へえと。

あんな具合に構成されてるですが。
少々、お高い方々のお話哉と。


【磯津(寫眞機廢人)@ThinkPad R61一号機(Win 7)】 2017/09/30 (Sat) 23:54

 シバケン様、こんばんは。


 成程、ありがとうございました。


> 少々、お高い方々のお話哉と。

 平凡なご庶民の話では、面白くならないので、無理もないかと。


【シバケン】 2017/10/01 (Sun) 00:05

>> 少々、お高い方々のお話哉と。

>  平凡なご庶民の話では、面白くならないので、無理もないかと。

そら、そです<笑>


【磯津(寫眞機廢人)@ThinkPad R61一号機(Win 7)】 2018/01/30 (Tue) 19:11

 こんばんは。


 只今、再放送中。


【磯津(寫眞機廢人)@ThinkPad R61一号機(Win 7)】 2018/01/30 (Tue) 19:31

 追伸です。


 今日は頭30分で終わって仕舞いました。


【シバケン】 2018/01/30 (Tue) 19:49

磯津千由紀さん、こんばんわ。

イヤ、
地上波も、面白くありませんでして、時々、BSを見るですが。
先刻、再放送のをチラと。

銭湯の話と、パン屋の話。
多くの場合、庶民の家に、内風呂ありませんでして。当家も、でしたです。

この銭湯が、結構、コミュニケーションの場、でして。
今時、内風呂が主で、銭湯も、封鎖が相次ぎ、通<かよ>てましたの、「白山湯」も、遠の昔に、無くなってます。

私共の幼少期には、パンはむしろ、贅沢品でしたです。
ですが、確かに、町内<約40軒>に、一軒あったです。
余所の町内にあったかと、なれば、ありませんでして。

結果的、多分なら、小学校区で、1軒でしたです。

で、
現在、当家、朝食は、自家製食パン<!>
亀岡にも、パン屋多いですが、高いですのでね。


【磯津(寫眞機廢人)@ThinkPad R61一号機(Win 7)】 2018/02/01 (Thu) 19:02

 こんばんは。


 再放送第2話が始まりました。


NO.1589 NHK朝ドラ<起稿 磯津千由紀>(17/09/30)


【磯津(寫眞機廢人)@ThinkPad R61一号機(Win 7)】 2017/09/30 (Sat) 23:46

 こんばんは。


 終わった『ひよっこ』、主人公がコック見習いヒデとくっつくことは当初からの予定なれど、約10年間を描く予定が約4年間の物語になってしまった由。
 「何かを成し遂げた女性」ではなく、平凡な女性を描いたとのこと。モデルなし。

 始まる『笑うてんか』、京都人女性が主人公という。


【磯津(寫眞機廢人)@ThinkPad R61一号機(Win 7)】 2017/11/14 (Tue) 20:57

 こんばんは。


 2018年秋からは、日清食品創業者(インスタントラーメン「チキンラーメン」やカップ麺「カップヌードル」などの開拓者)の、安藤百福(あんどうももふく)氏と、その妻が、モデルだそうです。タイトルは「まんぷく」。
 安藤百福氏の著書は、何冊か、持っています。
 其れにしても、安藤百福生誕百年記念に一時発売されたカップラーメン「百福長寿麺」は、美味しかったです。長麺でなくても良いから商品ラインナップに加えて呉れと日清食品に要望したら、コスト面で難しいとのことでした。


【杉山】 2017/11/15 (Wed) 11:59

安藤百福氏は2003年度下半期放送の「てるてる家族」で出てきましたね。中村梅雀扮。
梅雀出演の回は、(24)-(31)(59)(125)(139)(141)で、「かなり出ていた」という印象です。


【磯津(寫眞機廢人)@ThinkPad R61一号機(Win 7)】 2017/11/15 (Wed) 19:20

 杉山様、こんばんは。


 そうだったんですか。

 2003年というと、私事トラブル多岐につき、NHK朝ドラなど、見てなかったです。

 中村梅雀ですか、良い役者をあてたものですね、


【磯津(寫眞機廢人)@ThinkPad R61一号機(Win 7)】 2018/01/10 (Wed) 13:10

副題=水説:60年前の大発明=中村秀明(毎日新聞)

 こんにちは。


 インスタントラーメンは、世紀の大発明でした。
 其れにしても安藤百福氏、凄い人でした。


> <sui-setsu>


> 世界中で毎日約3億食近くが消費されている食べ物がある。カップタイプも含む即席めんだ。

> 世界ラーメン協会によると、2016年の消費量は975億食にのぼる。13年をピークに微減傾向だが、「国際食」の地位は健在である。

> 世界に広まったメード・イン・ジャパンといえば高品質の自動車やカラオケなどを思い浮かべるが、すべてを差し置いて即席めんというべきかもしれない。そんな画期的な発明が世に出て、今年で60年を迎える。

> 大阪府北部・池田市の民家の裏庭に作った粗末な小屋で、即席めんは生まれた。

> 家の主は台湾出身の安藤百福さん。理事長だった信用組合が破綻し、戦後に築いた事業や資産を失って借家の自宅だけが残った。

> 幼いころに両親を亡くし、祖父母の手で育てられた。繊維事業で身を起こしたが、大阪にあった工場などは空襲ですべて焼失している。破綻の責任を問われた信用組合は、実業家としての信望を見込まれ、請われて引き受けた結果だった。

> 彼はこの時、すでに47歳。しかし、「失ったのは財産だけやないか」と言い聞かせたという。

> そして、五つの要素を持った家庭でも食べられるラーメンの開発に取り組んだ。おいしくて飽きない、簡単な調理、長期の保存性、安全、手ごろな価格の五つだ。裏庭の小屋に早朝から深夜までこもり続けて約1年。試行錯誤を重ねて、「チキンラーメン」の誕生にこぎつけた。

> 池田市と横浜市にある安藤百福発明記念館には、世界の食を変えた小屋が復元されている。6畳ほどの板張りの作業スペースには、年季の入った製めん機や調理器具などが並び、研究に没頭した日々がうかがえる。

> 日清食品を創業した安藤さんは後に「発明にたどりつくには、やはり48年間の人生が必要だった」と振り返っている。激しい浮き沈みの半生もまた糧となったのだ。

> 幼いころに苦労した安藤さんの遺志を受け、池田市の記念館は入場無料、横浜市は高校生以下が無料だ。たくさんの子どもたちに発明・発見の楽しさ、ものづくりの面白さを伝えたいという願いが込められている。

> 「転んでもただでは起きるな!」(中公文庫)に、こんな言葉を見つけた。

> 「人生に遅すぎるということはない。50歳、60歳からでも新たな出発はある」

> 多くの人を力づけ、奮い立たせる言葉だ。(論説委員)

<参考=「水説:60年前の大発明=中村秀明」(毎日新聞)>


【磯津(寫眞機廢人)@ThinkPad R61一号機(Win 7)】 2018/02/07 (Wed) 19:56

 こんばんは。


 安藤百福(ももふく)さんをモデルにした立花萬平(まんぺい)を演ずるのは、長谷川博己(ひろき)さん(40)の由。


NO.1590 BS:時代劇が活況 勧善懲悪、不安定な世の中だからこそ(毎日新聞)<起稿 磯津千由紀>(17/10/01)


【磯津(寫眞機廢人)@ThinkPad R61一号機(Win 7)】 2017/10/01 (Sun) 00:38

 こんばんは。


 衰退してきた時代劇ですが、最近、BSで再放送が多くなるとともに、特にNHKのBSで新作が放映されるようになって来ましたね。


> 地上波でめっきり見る機会が減った時代劇が、最近はBS放送で「復活」している。再放送だけではなく、10月からは人気シリーズ「水戸黄門」(TBS系)が6年ぶりにBS-TBSの連続ドラマとして帰ってくる。今、BSで時代劇にスポットライトが当たっている理由とは?


> 「演じるというより(黄門役に)就任した気分。ご期待を裏切らないよう頑張る」

> 京都市の東映京都撮影所で8月上旬にあった「水戸黄門」(10月4日から水曜午後7時)の制作発表記者会見で、6代目の水戸光圀(みつくに)役に決まった俳優、武田鉄矢さん(68)がやや緊張しながら抱負を述べた。光圀が「助さん」「格さん」らと諸国を旅して世直しをする、おなじみの「勧善懲悪」の物語。全10話の今シリーズは黄門様一行が水戸から東北各地を巡る。

> TBS系の「ナショナル劇場」枠(月曜午後8時)で、初代光圀を東野英治郎さんが務めた「水戸黄門」が始まったのは1969年。以後、断続的に放送されてきたが、里見浩太朗さんが5代目光圀役だった2011年、レギュラー放送は終了した。今回のBS-TBS版は、地上波時代に続き番組制作会社「C・A・L」(東京都中央区)が制作を担当。出演者は一新されたが、ストーリー展開など基本的な形は踏襲する。白石統一郎社長(57)は「勧善懲悪は時代劇の伝統であり核。世の中が不安定な時だからこそ受けるのでは」と自信を見せる。

> 地上波では「水戸黄門」のほか、杉良太郎さんや松方弘樹さんらが演じた「遠山の金さん」(テレビ朝日系)、松平健さんの「暴れん坊将軍」(同)、中村吉右衛門さんの「鬼平犯科帳」(フジテレビ系)などが人気を博してきたが、00年代に入って次々と終了。今年の民放キー局では、新作シリーズは制作されていない。複数のテレビ局関係者は「(時代劇を好む)50代以上の視聴者は若者より商品の購買意欲が低く、時代劇では企業のスポンサーがつかない」と口をそろえる。

> 一方、BSではかつての人気作の新作制作が相次いでいる。NHKのBSプレミアムは、加藤剛さんが主演した「大岡越前」(TBS系)を、東山紀之さん主演で13年から断続的に放送中。中村梅之助さん主演の「伝七捕物帳」(日本テレビ系)も、息子の梅雀さん主演で昨年からシリーズ化している。BSフジは13年から平日の朝と夜に時代劇の再放送を続けている。

> BSで時代劇が見直されている理由について、BS-TBSの佐藤秀一編成部長(53)は「時代劇はBSに合っている」と分析する。BSは地上波に比べて旅番組など落ち着いた雰囲気の番組が多く、視聴者の年齢層が地上波より高めの傾向にあることを挙げる。

> 時代劇は視聴者に支持されているだけではなく、NHKの山本敏彦プロデューサー(52)は「先輩から『日本の文化を継承しないといけない』と教えられてきた。撮影は時代劇を作る手法を学ぶ場でもある」と、制作側にもメリットがあることを強調する。

> 「地上波でも時代劇の連ドラ復活の波が来るのではないか」と予測するのは、毎日放送(大阪)の元プロデューサーで同志社女子大教授の影山貴彦さんだ。その上で「一度流れが来ると、一気に同じ向きに流れるのがメディアの悪い癖。その中で作品のクオリティーを落とさないでほしい」と注文も付けた。【屋代尚則】

<参考=「BS:時代劇が活況 勧善懲悪、不安定な世の中だからこそ」(毎日新聞)>


NO.1591 笹子峠:わらじ履き旧道の峠越え 山梨で児童が街道学習(毎日新聞)<起稿 磯津千由紀>(17/10/01)


【磯津(寫眞機廢人)@ThinkPad R61一号機(Win 7)】 2017/10/01 (Sun) 16:59

 こんにちは。


 母が地域の民話と歴史の授業に行ってる掛川市の日坂小学校でも、児童(6年生は今年は9名)が自ら草鞋を作り、旧日坂峠に行くそうです。


> わらじを履いて山梨県大月市と甲州市の境にある笹子峠を越える行事があり、大月市立初狩小6年の12人が山道を歩きながら街道や宿場について学習した。


> 笹子峠の上り口に当たる旧笹子小で1989年から始まり、統合された初狩小でも引き継がれている。参加した児童は、5年の時の田んぼの収穫で出たわらで作ったわらじを装着。保護者と峠の入り口に当たる新田地区から、木々が生い茂る峠の旧道を上った。

> 途中にある杉の古木「矢立の杉」付近ではPTA会長の石材業、小林哲さん(48)が山伏にふんして「笹子峠は何という街道にあるか」などと地域学習の問題を出し、正解した児童に「通行手形」を渡した。

> 児童らは峠を越えて甲州市に入り、JR甲斐大和駅から初狩小に戻った。佐藤颯心さん(11)は「多くの人が通っていた笹子峠をこれを機に知っていきたい」と話した。【小田切敏雄】

<参考=「笹子峠:わらじ履き旧道の峠越え 山梨で児童が街道学習」(毎日新聞)>


NO.1592 『ウルトラセブン』第12話は、封印すべき作品だったのか? “アンヌ隊員”に聞いた(HUFFPOST)<起稿 磯津千由紀>(17/10/02)


【磯津(寫眞機廢人)@ThinkPad R61一号機(Win 7)】 2017/10/02 (Mon) 21:56

 こんばんは。


 私は、公開すべきと思います。


> ひし美ゆり子さん「私の目の黒いうちに絶対復活を」

> 安藤健二 ハフポスト日本版ニュースエディター / 「知られざる世界」担当


> 特撮番組『ウルトラセブン』は、10月1日で初放送から50周年を迎えた。

> 頭に装着した「アイスラッガー」というブーメランを敵に投げつける戦い方が特徴的で、1967〜1968年に放送。ウルトラマンシリーズの中で、もっとも人気があるキャラクターの一つだ。

> 正義の宇宙人が巨大化して外敵と戦うという点では、ほかのウルトラマンシリーズと変わらないが、「地球は狙われている」として、宇宙人の地球侵略にテーマを絞った。暴力や退廃的な文化を描いたり、差別問題を扱ったり、子供向けとは思えないほど「社会派のストーリー」が際立っていた。

> そんな『ウルトラセブン』には、放送から3年後に欠番となり、世の中の表舞台から「封印」されたエピソードがある。第12話「遊星より愛をこめて」。「スペル星人の回」としても有名だ。

> 再放送では扱われず、ファンの間では「幻の作品」とされている。なぜこの回は「封印」されたのか。当時の時代状況を振り返るとともに、「復活して欲しい」と願う、当時アンヌ隊員を演じた俳優ひし美ゆり子さんを訪ねた。


> ■真っ白な体の宇宙人

> ウルトラセブンの第12話は、スペリウム爆弾の実験で被曝して健康被害に悩んだ宇宙人「スペル星人」が、腕時計に似せた道具を使って、地球人の血液を集めるというストーリーだ。スペル星人は、真っ白な体にケロイド状の火傷の跡がついた、核爆弾で被爆したような痛々しい姿だった。

> 当時はアメリカとソ連の間の冷戦のまっさかり。軍事的な緊張が高まっていた。脚本家・佐々木守さんは12話に込めた思いを「核実験反対ということだった」。実相寺昭雄監督も「被爆のない国へ、がテーマ」と生前に私のインタビューに答えていた。


> ■被爆者団体から抗議

> 第12話は、実相寺監督の前衛的な映像表現もあり、放送時は問題にはならなかった。

> しかし3年後、小学館の学年誌『小学2年生』の付録についた怪獣カードで「ひばく星人」というニックネームで紹介されたことが大きな騒動となった。

> 東京都内の女子中学生がこのカードを見つけ、原爆被害者団体の関係者だった父親に相談。父親が出版社に抗議の手紙を送ったことが、1970年10月10日付の朝日新聞が報じたことで全国に知られることになった。

> 実際の番組では「被爆星人」という字幕やセリフは使われていない。このニックネームは、放送後にフリー編集者の大伴昌司が発案したものだった。

> 彼が1968年に出版した『カラー版 怪獣ウルトラ図鑑』で使ったのが初出と見られており、円谷プロが出版社などに配布した設定資料にも書かれていた。

> 1970年10月21日、円谷プロの円谷一社長(当時)は被爆者団体からの抗議に以下のように回答。『ウルトラセブン』第12話の封印を約束した。

≫ 出版物に於けるスペル星人の取り扱い方につきまして、弊社と致しましても、監修、管理の不行届きのありました点及び別名を被爆者星人(※)と称した点、又形状の人間に近いプロポーションであった点等を十分反省し、今後一切、スペル星人に関する資料の提供を差し控える所存でおります。

≫ ( ※正確には「被爆星人」)


> ■50周年を機に復活を望む声

> 封印から実に47年。特撮ファンの間では、『ウルトラセブン』の放送から50周年を期に「今こそ解禁を」という望む声が盛り上がっている。

> ウルトラマンシリーズでは「平和」がテーマになることも多く、「スペル星人」制作陣も差別意識があったことを否定している。 円谷プロに「12話を解禁する予定はありませんか?」と取材を申しんだところ、以下の答えが返ってきた。

≫ ご質問の件でございますが、1970年当時の当社発表内容から方針の変更はございません。つきましては、本件に関するコメントは控えさせていただきます。

> 円谷プロは、円谷一族の同族経営が2009年に終わり、現在はパチンコ企業「フィールズ」の子会社となっている。3月にはウォルト・ディズニー・ジャパン出身の塚越隆行氏が新社長に就任するなど経営環境が変わっているが、スペル星人を取り巻く状況は変わっていないようだ。

> 筆者は2004年10月に出した単行本『封印作品の謎』で、ウルトラセブン第12話を取り上げたことがあり、ハフポスト日本版でこの欠番エピソードを取り上げることは悲願だった。

> 実相寺監督も脚本家の佐々木氏もすでに亡くなっている。第12話の関係者に取材を申し込んでも「そっとしておいて欲しい」と断られる日々が続いた。


> ■ひし美ゆり子さん「第12話こそ、絶対に風化させちゃいけませんよ」

> そんな中、女優のひし美ゆり子さん(70)にインタビューすることができた。『ウルトラセブン』のヒロインに当たる友里アンヌ隊員を演じた、その人だ。

> 近年では執筆活動にも力を入れており、セブン撮影当時のことを振り返ったエッセイ集「アンヌ今昔物語」(小学館)を7月に出版したばかりだった。

> ——12話が封印されていると知ったのはいつですか?

> 私が知ったのは、だいぶ後ですね。ファンの間でダビングを重ねて画質が悪くなったビデオテープを貸し借りしていたんですが、「ひし美さんにも見せてあげる」と送ってくださった方がいたんです。私自身は、封印された経緯を全く知らなかった。作品に関わった当事者は知らないんですよ。キリヤマ隊長(中山昭二さん)も亡くなる数年前に、電話で「アンヌ12話ってなんだ?観たいのだけど」って!

> ——放送時に映像を見た記憶はありますか?

> 日曜夜7時にオンエアした時に見てなければ、見てないですね。そんな時代でした。再放送していたことすら知らなかったんです。

> ——もう50年近く前になりますが、撮影当時のことで印象に残っていることは?

> 監督の実相寺さんと会うのがそのとき、初めてでした。「鬼才」と噂されていたし、「すごいのが来るよ」ってマムシさん(毒蝮三太夫、当時の芸名は石井伊吉)に脅かされていました。ロコ(桜井浩子さんの愛称)は、すでにタメ口で「うらやましいな」って思いました。私はすごく人見知りで、特に上の人には全然、口がきけなかったんです。

> ——実相寺監督の演技指導は厳しかったんですか?

> いえ、演技指導は一切しない人でした。どちらかというと勝手にしゃべらせておいて、遠くから望遠レンズ撮っていましたね。逆に緊張しなくて良かったです。

> ——実際に第12話を見返してみて、どんな感想を持ちましたか?

> 「みんなが騒ぐほど、何が悪いのかな?」とは思いますね。作品のメッセージとしては「原水爆は良くない」と風刺を込めた作品なのに、なぜ50年近くも封印されなきゃいけないのかな、と思いますね。

> ——ひし美さんにとって欠番になった12話は、どんな存在でしょう?

> 私だって、もう意地ですよ。12話は決して悪いものじゃないのに誤解されていると思います。私の目の黒いうちには絶対復活して欲しいと思っています。20年近く前、1997年にインターネットで個人のホームページを始めたばかりのころから、ずっと言っているんです。

> ——第12話が描いたテーマでいうと2011年にも福島第一原発事故が起きました。「放射能の恐ろしさ」が改めて広まっているように思います。

> だから第12話こそ、絶対に風化させちゃいけませんよ。監督の実相寺さんや脚本の佐々木さんら、作品を作る人たちはそのつもりで作ったわけですから。それを逆の意味で捉えられちゃうと悔しいですね。


> ■作品を公開して議論する道はないか?

> ひし美さんは「作品自体に罪はない」「風化させちゃいけない」と痛切に訴えた。その熱い視線は「ウルトラセブン」の放送当時と変わらなかった。

> 今回の件は、「ウルトラセブン」のキャラクターが、映像の枠を超えて、子供向けのカードとして流通していくうちに「被爆星人」という誤解をもたらすニックネームが使われてしまった。そのギャップが抗議を受け、封印に繋がった。

> 爆弾実験で被曝した宇宙人というスペル星人のシリアスな設定は、そもそも子供向けの商品としては不向きだったかもしれない。

> ただ、円谷プロは「ウルトラセブン第12話」に込めた思いや当時の抗議の背景を説明した上で、映像資料として公開する手もあるのではないか。

> そうすれば、作品を残しながら議論を深めることが可能になるはずだ。一部の海賊版を除いて映像が見られない現状では、スペル星人に本当に問題があったのか議論することができない。

> 関係者が多く、50年の時がたっているため難しい面もあるかもしれないが、「私の目の黒いうちには絶対復活して欲しい」と訴えたひし美さんの思いが、円谷プロに届くことを期待したい。


<参考=「『ウルトラセブン』第12話は、封印すべき作品だったのか? “アンヌ隊員”に聞いた」(HUFFPOST)>


【磯津(寫眞機廢人)@ThinkPad R61一号機(Win 7)】 2017/10/02 (Mon) 22:44

 追伸です。


 引用元記事(リンク先)には、「怪獣カード」と「朝日新聞記事」の画像があります。


NO.1593 嗜好と文化「私のポリシー」:第79回 北村薫さん「本に書き込みをしない」(毎日新聞)<起稿 磯津千由紀>(17/10/10)


【磯津(寫眞機廢人)@ThinkPad R61一号機(Win 7)】 2017/10/10 (Tue) 17:18

 こんにちは。


 やっぱり、北村薫という人は、博覧強記ですねぇ。
 そして、作品も「優しい」ですし。「空飛ぶ馬」のシリーズは素晴らしかったです。


> 毎日新聞のニュース・情報サイトの「嗜好と文化」。JTと日本推理作家協会協力のもと毎月1回掲載します。第79回は北村薫さん。


> 「本に書き込みをしない」
> 本というものは次の人に受け渡すもの

> 大学時代に「ワセダミステリクラブ」に入り、東京都内のすべての古書店を回り、古今東西のミステリー小説をあさったという北村薫さん(67)。博覧強記の読み手としては中でもエラリー・クイーンをこよなく愛し、書き手としてはクイーン作品群の大小のかけらをふんだんにまぶした小説「ニッポン硬貨の謎」(2006年)で第6回本格ミステリ大賞を受賞。さらに戦前のお嬢様学校に通う女学生の周りの人間模様を歴史の波の中で情緒豊かにつづった「鷺と雪」(2009年)で直木賞を受賞するなど、幅広い作品群を持つ。ミステリーに限らず、書籍好きの半生と持論を物静かに、かつ力強く語った。


> 今日は、趣味というよりご自身のポリシーについてお話しいただこうと。

> 「ごく平凡に思われますが、読書が好きですね。でも読書は趣味じゃないよと言われそうで。本を読むことは受け身な行為で、書く行為が能動的と言われますが、大間違いです。読書という行為をみると、本の書き手が半分ですが、本の読み手が半分作るもの。読書は能動的なものです。いかに良い読者になるかが大切なことなんですよ」

> いつごろから本好きに?

> 「生まれて最初に父親に買ってもらった本が川端康成訳の『イソップ』でした。兄がよく漫画雑誌を読んでいたので、漫画の本を買ってもらえると思っていたのですが、そうじゃなかったので泣いてしまった。イメージが違っていたんですね。泣きやんだ後に、母親がその本を読んでくれました。それが面白かったので、その時のイソップの1に次いで2、3とそろえて読むうちに、本そのものが好きになりました」

> 長い読書歴で培われたポリシーは何ですか。

> 「本に書き込みをしない、ということです」

> 傍線を引いたり、要点箇所に自分の意見を書いたり……。

> 「もちろん、本を大事に扱うということもありますが、古書店で手に入れた本にはよく傍線が引かれていたり、トンチンカンな書き込みがあったりする。ああ、この人は本の内容を全然読めていない、これはいかんな、という気になって、ストレスがたまるんです。まあ、音楽でいえば、調子っぱずれの歌を聞かされるようなものですね」

> でも、自分が買った本なら、どういうふうに使おうと本人の勝手では、という考えの人も多いでしょう。

> 「わたくしは年齢も年齢ですので、自分の本がいつか誰かの手に渡るということも考えますが、本というものは次の人に受け渡すものだと考えています。自分の書き込みなどなく、次の持ち主に受け渡したいと」

> そうすると、一冊の本の中で自分が大事だとか、忘れちゃいかんという箇所はノートに筆記しておくのですか。

> 「いやいや、この中に……(と頭を指さす)。でも、ひと頃は書き込みをしない代わりに、本全体に白い紙のカバーをかけて、そこに何ページには何々が書いてある、というふうに一つひとつ書いたこともありますが、だんだん面倒になって来て、いつしかやめましたけど」

> 古書店巡りなどいつごろからですか。

> 「小学校に入ってから江戸川乱歩などを読んでいましたから、ミステリー小説には早くから関心がありました。中学生の頃には新刊では読みたい本がないときなど、古書店に行って昔の本を探すようになりました。高校生のころは(埼玉県の自宅から)神田神保町の古書店街まで行っていました。大学に入って、ミステリクラブの先輩や仲間たちと、古書店地図を手にして、東京中の古書店を一軒一軒つぶしながら、ほぼ回りましたね」

> 掘り出し物などが見つかる時もあるんですか。

> 「我々のうちで新宿事件と呼んでいる出来事がありまして。ある古書店に先輩たちと入ったら、戦前の『新青年』という雑誌が膨大な量あるんです。掘り出し物がドカッとある。そんなのに出くわすと、それは事件ですよね。最近では戸板康二先生の本がたくさん出ていたことも。昔高かった本が安く出ているのを見ると、ああこれはマニアの人が亡くなって、残った家族が売り払ったんだなと思って、うれしいような悲しいような」

> 作家の方の多くが、相当膨大な量の書籍を自宅にお持ちになっていますね。よく本棚の床が抜けるといわれますが、蔵書の整理・管理も大変なことでしょう。北村さんはどうされていますか。

> 「自宅の書庫にしまっています」

> どこにどんな本があるかなど、何か整理して書いてあるものがあるんですか。私など、小さな本棚が幾つかあるだけですが、それでも最近、ええ、あの本はどこだったかな、と探し物に時間がかかるようになりました。

> 「すべては脳内に整理されているんですね。ただ、エッセーなど書くときに読もうと思っている資料が見つからないときは、県立図書館まで行くこともあります」

> 私と同じ生まれ年のようですが、そろそろ断捨離と言いますか、蔵書の始末のことをお考えですか。

> 「なかなか、ちょっとねえ……。まあ、残っちゃうでしょうね」

> 先ほど、本とは次々に人の手を渡っていくものだとおっしゃいましたが、もう少しその辺のお考えをご説明ください。

> 「やっぱり本というものは特別なものであり、本そのものに存在意義があると思います」

> 人によっては、本はそこに書いてある情報さえ得ればいい、いわば本は情報の入れ物だという考えの人もいますね。

> 「本は単に情報の入れ物ではありません。どんな紙質か、どんな活字を使っているか、文庫本など判型はどうか、装丁はどうか、そうしたものすべてを含めて一つの形体をなしているのが書籍、本です。例えば、シェークスピアの芝居が、どこの劇場でやるか、どの演出家なのか、俳優は誰を使うか、によって形を変えるように、書籍もいろいろ味わいを変えていくものです」

> ご存じのように、今の日本では特に若者が以前より本を読まなくなっていると言われます。北村さんは長く高校や大学で教えられた経験もあり、若い世代と接してこられた。妙策はありますか。

> 「小学校で朝の読書をさせてうまくいっている。あれは有効だと思います。我々の子どもの頃はラジオがあって、その後テレビが出てきた。ところが今の子供たちは生まれたときからテレビがある。つまり、情報をすべて絵で説明してくれるのに慣れている。例えば、悲しい場面では悲しい音楽が流れて悲しい気分に導いてくれる。まあ、手取り足取りですね」

> テレビドラマでも、説明的なセリフや場面が多いですよ。

> 「いろんな面で時代が豊かになった。子どもたちは歯が弱くなったといわれる。硬いせんべいを嫌がって軟らかいチョコレートをなめる」

> 子どもに限りませんが、現代人はそしゃく回数がずっと減っているそうです。

> 「例えば、小説と漫画の二つがあったら、どちらを先に読むか。私にしたところで、コミックの方を先に読んでしまいそうです。絵がある方が取っつきやすいから」

> 確かに、絵や映像の持つ力は圧倒的なものがありますね。

> 「反対に、小説の文字による情報は理解するのに人に努力を強いる面がある。慣れていないと文字を見ただけでイヤになる。でも、文字による理解は、小説を読みながら人物像を自分の脳の中で自分が描き出す作業ができる。これは大変ぜいたくなことです。自分でキャスティングでき、演出も自分でできるから。これは非常にクリエーティブな作業ですよ」

> 自分の頭の中で、小説の中の登場人物の声や顔を想像し、創造していますよね。

> 「コミック作品をアニメ化した場合、登場人物の声をある声優が担当するでしょう。原作であるコミック作品を読んでいない人は初めから声優の声とキャラクターとを同一視しますが、すでにコミック原作を読んでいる人は、一度自分の脳内でそのキャラクターの声を創造していますから、アニメの声に違和感を抱く場合がある。つまり自分の内なる世界の声が、悪くいえば奪われたと思う。小説を読んで自分の世界をクリエートしていく面白さを知ってほしいです。読者が100人いたら、100通りの物語が描かれる、ということです」

> うれしい、悲しいといっても、人によっていろいろな表現があるのに、映像表現の場合は、その演出家、監督の選んだものに限定、制約されてしまう。それにデジタル時代になって、刺激的な場面でもCGなどではっきりとわかるように映像が作れてしまう。

> 「醜いものがあって、別に映さなくても見る人が想像すればわかるようなものまで映像で見せないとお客さんが満足しないと思っている。ひと昔前の携帯電話がない頃、恋人と1カ月会わなくてもどうということはなかったのに、今はのべつ恋人と会っているのにメールのやり取りを頻繁にする。人情もそうなっている。濃い味付けじゃないと満足しないようになっていますね」

> 活字文化の将来はどうですか。

> 「すべて他人がかみ砕いて、全部わかりやすいように見せてくれることが今は多い。でも、活字を読めば自分の脳内で想像しながら自分の物語を創造できる、というクリエーティブな作業が可能になります。今の時代、近くの店に買い物に行くのにも、自分の足で歩かずに、ひょいと車で行ってしまう。歩くのがおっくうになっちゃうのは恐ろしいことです。健康のためには自分の足で歩きましょう、とよく言われているでしょう。ならば、健康のために脳を歩かせましょう。読書とは脳を歩かせることです」

> 〈次回は2017年11月6日(月)貫井徳郎氏掲載予定〉

> 北村 薫(きたむら・かおる)
> 1949年埼玉県生まれ。早稲田大学在学中はワセダミステリクラブに所属。1989年、覆面作家として「空飛ぶ馬」でデビュー。91年「夜の蟬」で第44回日本推理作家協会賞、2006年「ニッポン硬貨の謎」で第6回本格ミステリ大賞評論・研究部門、09年「鷺と雪」で第141回直木賞、15年には第19回日本ミステリー文学大賞を受賞と数々の文学賞を受賞。05年には、本格ミステリ作家クラブ の会長に就任。評論やエッセー 、アンソロジーなどの著書も多数。近著に「愛さずにいられない: 北村薫のエッセイ」「遠い唇」などがある。

> 取材を終えて  ジャーナリスト 網谷隆司郎
> 以前読んでいた小説の中で、男の子たちの遊びを描写する場面があり、火薬遊びの2Bがどうのこうのと詳細に書かれてあった。あれ、オレの子どもの頃と同じだなと感じて、作者の略歴を見たら昭和24年生まれとあった。私と同じ年に生まれた北村薫さんという作家を、そのとき初めて知った。
> いわゆる団塊の世代であるが、この推理作家インタビューシリーズでは黒川博行さんに続いて、同年生まれは64回で2人目となる。見えない絆や連帯感など大げさなものはないが、この年齢で同じ年生まれと会うときは「お互い、いろいろありましたな」と目と目でサインを交わすような秘事めいた瞬間がある(と私は感じている)。
> さて、それはそれとして、70年近い人生で今回初めて北村さんとお会いしたのだが、お話を聞いているうちに「もしかしたら街ですれ違っていたかもしれない」という思いに駆られた。日本だけでなく海外も含めたミステリー小説を幅広く奥深く読んできた博覧強記の北村さんが、高校生のころから今に至るまで足しげく通っているのが、神田神保町の古書店街だという。インタビュー当日も散策中の神保町からインタビュー会場の毎日新聞本社まで駆けつけていただいた。
> 昭和43年(1968年)の1年間、私はその通りをほぼ毎日歩いていた。大学受験浪人で午前中は駿台予備校に通い、午後は明治大学前の坂(時々神田カルチェラタンになっていたが)を下りて、三省堂の角から九段下まで古書店を一軒一軒のぞき歩く「古本屋ホッピング」を楽しんでいた。
> 終点は九段下にあった千代田区立図書館で、そこで夕方までほとんどいつも読書をしていた。我が本好き人生の孵卵(ふらん)器が神保町かいわいと言っていいだろう。脈絡なく世界文学全集をつまみ読みしながら、いつか知らず坂口安吾に淫して読みまくった。古書店で「欲望について」という初版本を購入して、半世紀たつ今も我が本棚のどこかに鎮座している。その本のページを開けたとたんに49年前の青春の空気があふれてきそうで、ちょっと怖い。
> さて、北村さんのポリシー「本に書き込みはしない」は、おそらく少数派の主張で、多くの人は必要な重要箇所に傍線を引き、あとから参考にするため赤や青色のメモを書き込んでいる。自分の仕事や勉強に有用な部分を抜き出して、役立てているのが現実だろう。そしてお役御免になったら、その本は捨てられるか売られるかの運命だ。
> 私もその多数派の一員で、これは坂口安吾の影響大だ。「どんな本や雑誌でも自分にとって必要なところだけ破いて持っておけばいい。本そのものをありがたがることはない」という趣旨の主張にひかれて以来、仕事で読んだ本は書き込みだらけ。「サンデー毎日」編集部記者だった頃は、1週間弱で1本の原稿を書くとき、短期間に10冊程度の参考文献を集中して読まねばならないことが多かったから、これは致し方ない。
> ただ、北村さんのポリシーの深い意味をくみ取ると、「書籍そのものは誰かから誰かへと受け渡されていくもの」という文化の継承という重い意味が隠されている。1冊の本そのものの誕生には、紙の質を選び、活字・フォントを決め、判型を選択し、表紙をはじめ全体のデザインをする装丁の技が不可欠だ。オギャアとこの世に生まれ出る赤ちゃんがオンリーワンの特別な存在なように、さまざまな要素の組み合わせから生み出される本という知的産物も、「意義のある特別なもの」と思えてくる。
> 「本は単なる情報の入れ物ではない」と力説するのも、中身=情報と同等かそれ以上に、形状・スタイルとしての書籍そのものが一個の創造物、芸術品である、という価値観に基づいているからだ。
> 私はその後、サンデー毎日編集部から雑誌「毎日グラフ・アミューズ」誌に移った。2年近く編集長を務めた間に最も売れた企画は「神田神保町古書店全ガイド」だった。

<参考=「嗜好と文化「私のポリシー」:第79回 北村薫さん「本に書き込みをしない」」(毎日新聞)>


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